礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

中でも山田孝雄博士の「梁塵秘抄をよむ」は……

2018-10-20 00:05:23 | コラムと名言

◎中でも山田孝雄博士の「梁塵秘抄をよむ」は……

 本日は、小西甚一校訂『梁塵秘抄』(朝日新聞社、一九五三)から、校訂者・小西甚一による「解説」の一部――文献案内の部分(二八~三二ページ)を紹介してみたい。
 なお、小西甚一のエッセイを紹介した一昨日のコラムも、あわせて参照していただければ幸いである。

 最後に、秘抄をもつと深く研究してゆきたい方のために、主な研究文献を挙げておかう。専門的な調べになると、私の知る限りでも百種に近い著書や論文を渉猟せねばなるまいが、古典としての秘抄を幾らか詳しく知るといふ程度であるならば、およそ左の著あたりでよいかと思ふ。
   梁塵秘抄   佐佐木信綱博士校
 秘抄の本文は、佐佐木博士により、六次にわたつて刊行された。すなはち、初版本(大正元年八月明治書院刊)、増訂本(大正十二年七月同院刊)、改訂本(昭和七年六月同院刊)、岩波文庫本(昭和八年八月刊)、岩波文庫改訂本(昭和十六年七月刊)、影印本(昭和二十三年好学社刊)がそれである。本文研究において第六次の影印本附篇が最も進んでゐることは言ふまでもないけれど、関係資料を網羅しでゐる点では第二次の増訂本が最も完備したものである。殊に、この増訂本に附載されたさまざまな研究文献の中でも、山田孝雄博土の「梁塵秘抄をよむ」といふ論文は、秘抄における難歌難語を縦横に解き明されたもので、まことに卓れた業績であり、また佐佐木博士の「梁塵後録」は貴重な歌謡資料を多数蒐集されたもので、どうしても参考されなくてはならない。特に、これらの中で、影印本は本文研究にこの上ない資料となるものである。ぜひ参照されたい。
   梁塵秘抄考   小西甚一著
 昭和十六年十一月三省堂刊。秘抄に関するひとわたりの基礎事項と、本文研究および出典考証、歌詞索引などをまとめたもの。本格的な註釈といふわけではなく、眼に触れた資料を雑然と挙げたに過ぎないから、あまり頼りにはなるまい。現在では修正を要する点も少なくないけれども、原典あさりや用例さがしの煩はしさを減ずることには、幾らか役立つかも知れない。
   歌謡史の研究 第一
    ―今 様 考―   新間進一氏著
 昭和二十二年一月至文堂刊。秘抄歌謡を深く理解するためには今様といふものに対する歴史的な知識が当然必要となる。新間氏の研究はこの歌謡史における難関をみごとに越えた労作であつて、高い価値をもつ。第一部は後白河法皇の御芸能生活をあらゆる角度から検討したもので、特に口伝集巻十をよむとき、必らず参照さるべきであらう。第二部は今様の史的展開を、発生から音楽的属性および文芸的特質、その精神と時代的な意義などにわたり、細かな考証が遂げられてゐる。氏によつて発見された新資料が多く、少なからぬ創見も含まれてをり、私が嘗て犯した誤謬の幾つかも周到な討究により是正された。
   和讃史概説   多屋頼俊氏著
 昭和八年五月法蔵館刊。さきに述べた如く、秘抄歌謡の正しい理解には、周辺よりする研究を必要とするが、現存秘抄歌謡の半ばを占める法文歌は、和讃と密接な関係がある。随つて、和讃の歴史に通じておくことは、きはめて有益であらう。多屋氏のこの著は、豊富な資料を駆使することにより適確な史的叙述をされたもので、創見に富む好著である。
   宗教芸文の研究   筑土鈴寛氏著
 昭和二十四年七月中央公論社刊。秘抄歌謡に含まれる宗教性を考へるため、ぜひ参照されてよい好著である。「西方憧憬」と「空」と「和光垂迹」との三中心につき、懇切な論述述がなされてをり、特に宗教と生活と文芸とが未分化なる人間存在の根柢からすべてを考へ直さうとする点は、著者独自の境地である。豊富な資料と透徹した思索とは、専門家にとつても啓発されるところが多いであらう。
   神歌の研究   志田延義氏著
 昭和十年四月日本文化協会刊「古代詩歌に於ける神の槪念」の後篇。秘抄歌謡の他の半ばを占める神歌は、伝承歌謡と深い関係がある。そのつながりを究めることは、秘抄歌謡の生きた解釈に、どうしても必要である。志田氏のこの硏究は、夥しい伝承歌謡を資料とし、秘抄歌謡の展開を迹づけられたもので、民俗学的研究への方向をも含み、注目に値する。
   歌謡の研究    佐佐木信綱博士著
 昭和十九年一月丸岡出版社刊。秘抄歌謡にゆかりの深い諸種の今様資料や伊勢神歌についての解説が収められてゐるので、それらの条は、ぜひ参照すべきである。秘抄二二八の歌が康和二年書写の和讃から出てゐることなどは、まことに貴重な収穫であつた。
   中世民謡集   新間進一氏編
 昭和二十二年十一月古典文庫刊。「梁塵祕抄」は現在その大部分が散佚汰してゐるので、平安後期歌謡の全貌を伝へてゐるわけでない。しかしこの時代の歌謡は、いろいろな文献に引用されてゐるし、新しく発見された資料も少くない。それらを集成し整理することは、秘抄歌の研究にとつて必要なばかりでなく、国文学全体としても欠くことができぬであらぅ。私もその必要に迫られて、以前、それを試みたことがあるけれど、あまりに煩はしいので、中途で抛棄した。ところが新間氏は、この繁瑣きはまる作業を遂行されたのであつて、氏の熱心さと慎重さはまことに敬服にたへない。

*このブログの人気記事 2018・10・20(なぜか2位に『日本週報』)

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする