礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

久保山火葬場のすぐ上に興禅寺というお寺がある

2018-09-07 01:44:13 | コラムと名言

◎久保山火葬場のすぐ上に興禅寺というお寺がある

 花見達二著『大転秘録』(妙義出版株式会社、一九五七)から、インタビュー記録「スガモ絞首刑の真相」を紹介している。本日は、その五回目。前回、紹介した部分のあと、次のように続く。

  遺骨盗み出しを計画
 三文字 広田さんは絞首台で「万歳」を叫ぶとき「まん歳!」とさけんだ。すぐ「万歳!」と叫び直して死についた。広田さんの絶命するまで十四分かかったということだ。首の巻き方がまずかったんじゃないかともいう。もっとも広田さんは柔道が相当なもので、つよかったらしいから、シメが効かなかったかも知れない。首の筋肉が固くなっていて――。
 花見 ふつうは何分ぐらいで死ぬのだ。
 三文字 四、五分でしょう。ところが、その人のいろいろな条件がある。
 花見 絞首合のあった場所はスガモ刑務所の女囚監のすぐウラ手とかいいましたね。立会人はだれでしたか。
 三文字 アメリカのシーボルト大使、中国の高震大使、ソ連のテレヴィヤンコ中将、イギリスのショウだ。
 花見 日本側は立会人を要求するなり、希望はしなかったのですね。
 三文字 それはやらない。ただ刑場の入口まで例の教誨師の花山信勝〈シンショウ〉という人が入っている。
 花見 世間の一部で絞首刑の東条以下がどこかに生きている、という憶測というか、想像というのか、疑問をもっている者もずいぶんありますね。だれも立会ってみていないからね。それに昔はよくあったことだそうだ。
 三文字 こんどにかぎってそんなことは絶対にない。
 花見 遺骨も遺体もないのだから。
 三文字 サア、それがだ。じつは判決のあったあとで、東条の弁護人のブルウエットがマッカーサーのところへ出かけていって「日本人は遺骨を欲しがる。これは当然のことだから、遺骨をやるようにして下さい」と直接たのんだ。するとマッカーサーはソッポむいて何も答えんというのだ。われわれは大いに怒った。清瀬〔一郎〕君なぞも大憤慨だった。ニュールンベルグのときは遺骨を飛行機からまいたという話だ。なにしろ死んでしまえば神さまだ。遺骨もなにもないなどというのは、浮ばれない話だ。
 花見 遺族もたまらぬでしょう。
 三文字 わたしは検事団に遣体はどこでどうするのか、ときいた。すると「それはアメリカ人を火葬にする場所で火葬にする」という。アメリカ人を火葬にするところといえば、横浜の久保山の火葬場ときまっていた。そこでわたしは考えたのだ。決心したのです。
 花見 それは?
 三文字 だんだんお話しする。ふしぎなもので、久保山火葬場のすぐ上に興禅寺というお寺があります、ここの方丈さんが市川伊雄〈イユウ〉という男で、実はわたしが非常に懇意にしていました。面白い坊さんで東京裁判の傍聴にもよくきて熱心にきいていた。わたしは市川住職のところへいった。「いよいよ死刑になるのだが、なんとかして遺骨を欲しい」というと市川住職はすっかり感激してしまって「先生やりましょう」というのだ。この市川はむかし海軍士官の訓練をたのまれて「若い士官はダラシがない」と寒中に冷水をアタマからぶっかけたという荒法師だ。なにしろ三年間も顔を合わせていた人たちが、たとえ罪はどうあろうとも神ほとけになった遺骨も還らぬというのは東洋人の道徳じゃない、というので、わたしに共鳴してくれた。
 ところで、市川がいうには「火葬場の所長をやっている飛田〔美善〕という男は自分の部下みたいなやつだからあれを呼びましょう」ということになった。そこで死刑執行の前に飛田を興禅寺へ呼んだ。飛田という男はわたしは知らんから、ほんとうに生命がけみたいな気持だったが「遺骨を手にいれることはできんか」と相談した。みつかればむこうの法律でこっちが死刑だから容易じゃない。すると飛田は「ぼくも元は兵隊だ、ひとつなんとかやってみましょう。火葬場を管理しているアメリカの司令官にも懇意なのがおるから――」という。すると十二月廿三日の朝五時半ごろ、飛田がたたきおこされたというのだ。みるとカンの好い新聞記者たちがカメラマンをつれて何人もきている。かれらは火葬の模様もうつしにどこでどうきいたか探知してやってきたものらしい。するとまたこれを知ってアメリカの兵隊がジープでおしかけてきて、新聞記者をきれいに火葬場からみな追っぱらってしまった。
 わたしは火葬場の上の興禅寺にいてみていると、七時半ごろ、アメリカ兵がいっぱいカービン銃で火葬場をとりまいている。ホロをかけた車にのせて七ツの棺〈ヒツギ〉がはこばれてきた。【以下、次回】

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