礫川全次のコラムと名言

礫川全次〈コイシカワ・ゼンジ〉のコラムと名言。コラムは、その時々に思いついたことなど。名言は、その日に見つけた名言など。

組閣の大命を受けても陸軍から反対されれば首相になれなかった

2013-02-20 07:58:47 | 日記

◎組閣の大命を受けても陸軍から反対されれば首相になれなかった

 昨日の続きである。昨日引用した部分に続く部分(「第四章 誰が日本を動かすのか(つづき)」の一部)を引用する。

 近衛が軍から受け入れた他の半面の政策は所謂「新体制」であつた。支那事変のために物的人的資源の動員が必要であるといふ意味に於いては、この新体制も一つの戦時施策であり、日本に現らず如何なる国の政府も採らねばならぬ政策であつた。然し近衛はそれ意外に考へるところがあつた。支那事変の初まる数年前から彼の頭にあつたものがあるのである。即ち彼の言葉を以ててすれば統帥と国務の融合といふことであつた。彼は日本の二元制度の弱点を知つてをり、軍をもその中に含んだ強力な政府を創ることを考へてゐた。彼は軍も新体制の中に入つてその一部を分担することを願つてゐた。
 然るに軍は今迄の独立不羈の立場を捨てない態度を明かにした。近衛の新体制に対する熱は立ちどころに冷却してしまつた。彼は普通は文官の占むべき官僚の椅子に陸海軍軍人を数人置いてゐたのであるが、彼の意図するところは、ただ陸海軍の支持をかち得べき人を閣内に置いて内閣を強化せんとするにあつたのであつて、それは飽くまで一つの政治的工夫であつたのであり、解決ではなかつたのである。
 何故にもつと本質的な憲法上の解決が必要であるかを理解するには軍の地位を知らねばならぬ。茲に於いて我々は日本政治の第三要素たる軍を検討する段取となる。数年前、或る時は日本に於いても政治的進展の方向は、他国に於いて見られるやうに文官の支配の方へ進みつゝあるかに見らることもあつた。併しながら陸軍が武力に依る膨脹政策を採つて以来、日本の政治的発展の方向は反対の途〈ミチ〉を進んだのである。文官の勢力は隅の方へ押しやられる一方、軍部の勢力が増大したのである。陸海軍は政府に与へられた武器であるべきはずのものが、反対に行政各部が却つて軍人に使はれる関係になつたのである。
 陸海軍の権力は一種の独裁である。それはロシアや独逸のやうに国家の凡ての権力が唯一点に集中する型の独裁ではないが、矢張り一種の独裁である。
 陸軍は政府を代表して自ら政治を行つてはゐなかつた。単に国策の向ふべき途を示すだけであつて、自ら前面に出てその責任を背負はうとはしなかつた。現役の陸軍大将が総理大臣にされたのは実に米国との戦争が決定された後なのである。近衛も支那との戦争は引受けた。が米国との戦争は別物だ。彼は到底引受けようとはしなかつた。軍は遂に自らの代表者を政府の首班たる地位に送りこまねばならなくなつたのである。この新しい総理大臣がどんな人であるかについては世間は殆んど何も知らない。陸軍中将東条英機といふ名前が日本人に与へる印象は、何処の何者とも知れぬ陸軍少将ジョン・スミスがアメリカ人に与へる印象に等しいのである。だが、それは問題ではない。問題は、政府の最高地位を引受けたのは陸軍である。個人ではない、といふ一事なのだ。
 軍部の法律上の基礎は憲港によつて与へられた類例なき特権的地位である。また、軍部は国民の心の中にも同様の特権的地位を与へられてゐると言へるから、道徳的にも強固な基礎をもつてゐるといふことができるのである。憲法によれば、天皇は大元帥陛下として陸海軍統帥事項に関しては総理大臣ではなく、陸海軍の首班、即ち参謀総長・軍令部長・陸海軍大臣によつて補佐される。これら陸海軍首斑は直接天皇に上奏し、また天皇の至上命令は政府ではなく、統帥部の上奏に基いて下される。陸軍大臣は総理大臣が選ぶのではなく、陸軍部内の三長官、即ち陸軍大臣・参謀総長・教育総監が選ぶのである。即ち陸軍大臣は自らの後継者を自ら選ぶのである。陸海軍大臣はそれぞれの現役の大将、または中将でなければならぬ。陸軍は内閣から陸軍大臣を退けることができ、また事実退かせたことがある――結果は内閣の総辞職である。また陸軍大臣の選出を拒否することがある――結果は組閣の大命を受けた者でも陸軍から反対されゝば総理大臣になれぬといふことになる。陸軍大臣は要するに連結手の如き者であり、内閣の中の陸軍の出店なのである。

 ここでは、「日本政治の第三要素たる軍」について述べている。ヒュー・バイアスのいう日本政治の三要素とは、すでに紹介した通り(今月六日のコラム)、天皇と内閣と陸海軍である。
 一読してわかるように、当時における政治要素のひとつである軍部について、簡潔にして的確なスケッチをおこなっている。
 ヒュー・バイアス『敵国日本』の紹介は、このあとも続けるが、とりあえず明日は、他に話題を振りたい。

今日のクイズ 2013・2・20

◎組閣の大命を受けた者にもかかわらず、陸軍からの反対を受け大命を拝辞した(総理大臣になれなかった)のは、次のうち誰でしょうか。

1 荒木貞夫〈アラキ・サダオ〉 
2 宇垣一成〈ウガキ・カズシゲ〉  
3 真崎甚三郎〈マサキ・ジンザブロウ〉

【昨日のクイズの正解】 1 第一次世界大戦の末期に退位し、オランダに亡命した。■ドイツ皇帝ヴィルヘルム二世についての出題でした。「金子」様、正解です。

今日の名言 2013・2・20

◎日本の書評文化は危機にひんしている

 日本図書新聞代表・井出彰〈イデ・アキラ〉氏の言葉。本日の日本経済新聞「文化」欄より。井出氏は、三島由紀夫自決事件当時、日本読書新聞の編集委員だった。事件当日、興奮した村上一郎が日本刀を持って家を出たと聞き、市ヶ谷の自衛隊正門前で待ち伏せ、村上を呼び止めたというエピソードが興味深かった。

コメント (1)
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