ひまわりが咲いた。
このひまわりには、種まきした覚えがない。
つまりは、去年咲いたひまわりからこぼれた種が発芽したものだったのだろう。
春に庭の片隅で見つけ、気にかけて水や肥料をやったりして育ててきた。
すると、昨日、あんなに大雨だったのに花を開かせ始め、今日も雨の中完全に花を開かせたのだった。
もともと矮性のひまわりだったので、その背丈は1mにも満たないのだが、しっかり育って咲いた、その姿に、生命力を感じた。
ひまわりの花。
いろいろと連想が浮かんできた。
まず、ウクライナ事情。
世界最大のひまわりの生産地だったウクライナ。
ひまわりは、ウクライナの国花でもある。
今も戦闘は続いている。
今日のニュースでは、ウクライナの首都キーウの小児病院にロシアのミサイルが撃ち込まれたという。
平和の象徴でもあるひまわりの花。
なのになあ…と思ってしまう。
ひまわりの花。
ひまわりの花が、東日本大震災で被災した後、復興への象徴となったこともあった。
福島ひまわり里親プロジェクトとかいうプロジェクトもあった。
ひまわりの花。
ゴッホが描いた名画もあった。
いくつかあったが、日本にはSOMPO美術館に1つあるのだったなあ。
美術館巡りが好きだった時代もあったので、何かの折にわざわざ見に行ったことがあったはずだが、あれはいつのことだったか…。
ひまわり。
そんな名前の歌も多かったはず。
岩崎宏美の「すみれ色の涙」は、名曲だったが、そのレコードのB面が「ひまわり」という、竜真知子作詞、松任谷正隆作曲の歌だった。
「ひまわりが咲いてるだけの 小さな駅から」で歌い出す歌だった。
「こんな夏の陽ざかりに ひるむことなく空を仰ぐ
ひまわりの一途さが なぜか今は憎らしい」
B面の曲だったが、結構よく聴いて好きだった。
ひまわり。
同じく、岩崎宏美以前の大ヒットレコードのB面の曲にもあった。
そのレコードとは、あべ静江のデビュー曲「コーヒーショップで」。
B面の「ひまわり」は、「ひまわりが咲いている 窓の外」で始まるのは似ているが、こちらは歌の終わりが「愛している 愛している 愛してる 愛している 愛してる」と、愛してるの連呼だったなあ。
ハート射抜かれてしまいました。
ひまわりの花も終わると、やがて立派な種ができる。
日本では食べるのはあまり見ないが、メジャーリーグでは選手たちがひっきりなしに口にしてプップ、プップと皮を吐き出している。
今季は、ドジャースの大谷がホームランを打つたびに、ひまわりの種シャワーを浴びているシーンをよく見せられている。
ひまわりの花が咲き、そこからいろいろな連想が広がったのだった…。
当時は日本がここまで落ちぶれるとは思いませんでした。(恥ずかしいながら、私は高校時代、美術部で、好きな画家はレコードジャケットを多く担当したイギリスのロジャー・ディーンでした。)
私は障害者なので、(なぜか?)美術館入るの無料なこともあり、良く美術館には行きますね。最近行った中では万代島美術館で開催されたコシノジュンコ展が良かったです。
上京した時は良く上野の東京国際博物館に入りますけど(なぜか手帳を見せると、すぐ入館させてくれて、並ぶ必要がありません。)、全体的に日本の美術館はしょぼいですねぇ。ここあたりはフランスのルーブルなんかはやっぱり次元が違いますね。(一回しか行ったことないですけど…。)
ウクライナと言えば、第二次世界大戦の独ソ戦の主戦場だったこともあり、戦史が趣味の私は詳しいですね。当時はキーウはキエフと言っていましたけど…。
日本は第二次世界大戦で310万人の方が亡くなられましたけど、ヨーロッパの戦いは桁違いで、ソ連は2,600万人以上亡くなっていますし、一番気の毒なのはポーランドで600万人以上が亡くなり、失われた比率はトップですから…。地上戦の被害は空襲の比ではなかったと言うことでしょうか。
雑文すいませんでした。これからもよろしくお願いします。
「1987年、安田火災海上保険(現損保ジャパン日本興亜)が、約53億円で落札した」そうでしたね。それが原SOMPO美術館の「ひまわり」なのでしょうかね。いろいろ細かいことはどんどん忘れてしまうわが身の悲しさよ…。
日本だけでなく、ソ連、ポーランドの戦死者数にも詳しいですね。さすが戦史研究家のりゅーとさんです。
その詳しさに比べたら、私のひまわり連想はずいぶんレべチの低さですね。ちょっと恥ずかしいです。
まあ、その程度の人間なので、ご容赦ください。
またお気づきのことをご教授ください。ありがとうございました。