11月16日金曜日。
父の祥月命日である。
そればかりでなく、今年は亡くなった年と曜日も同じ、金曜日なのである。
あの当時は、実家からはもちろん、住居所からも少し遠いところに勤務していた。
職場にあわただしくかかってきた、倒れたことを知らせる電話。
実家に電話してみると、読経の声。
泣き叫ぶ1歳間近の娘を横にして、あたふたと準備していたアパートの妻と私。
車で急ぐときに仰ぎ見た満天の星空。
様々なことが、34年たった今も鮮やかによみがえる。
例年、この日や前日などに墓参りに行って、線香をあげてくる。
今年は、命日前日の昨日の午前に行って来た。
この時期は、寒くなって、冷え込む日も多い。
しかし、昨日の午前中は、風が少し吹いていたが、陽が射して暖かかった。
父は、50代の半ば過ぎで亡くなった。
その年齢が近づいていくにつれ、様々なことを思った。
ただ、実際にその年齢になった年には、自分のことより病に倒れた娘のことで、頭がいっぱいだった。
もうそれから5年が経過している。
私は、父が経験しなかった60代を生きている。
父が亡くなる直前、5日前の日曜日、その娘を連れて実家に帰った時のことが忘れ難い。
娘が「ハイ!」と返事をするものだから、父は、板の間をトコトコ歩く孫の後ろを追いかけて、何度も娘の名前を呼んで、返事をさせようと追いかけていたのだった。
…あれから34年。
あの頃9カ月で歩き始めて、元気だった娘は、現在、まだまだ病からの回復途上である。
今日が娘の通院日で行けないから、昨日のうちに墓参りに行っていたのだった。
墓に向かって、
「あの時何回も名前を呼んだ孫娘がまだまだ困っている状況です。どうか見守り、助けてください。」
そう祈って、帰り道についた。