俺はワルポンだっ!

ちょいワルおやじを卒業したワルポンの斜め下から見た現代社会

『親分子分、先輩後輩』

2007-12-27 23:32:52 | Weblog
上司と部下、先輩と後輩、年上と年下、主人と使用人、上官と下士官、親分と子分などの上下関係などの長幼の序を重んじるということは、永いこと善しにつけ悪しきにつけ日本の風土であり、文化でありました。しかしながら、封建的であるとその開放を余儀なくされて来ました。

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とある地方都市で、その地の任侠の親分が逝去され、その通夜と葬儀に出くわしたことがあります。
通夜では、会場のセレモニーホールには数え切れない花輪が立ち並び、100台を超す駐車場は黒塗りの車で埋め尽くされ、会場前の通りには延々と黒い車が連なったのでありました。

通りを挟んだホテルはワルポンの常宿にしており、その日も投宿したのですが、その日は親分の通夜でございましたので、黒服の一見その筋と思われる宿泊者がロビーに溢れておりました。
缶ビールを抱えて早々に自分の部屋に入り、朝まで部屋から出ませんでした。

翌朝、朝食をとるべくいつものバイキングのあるレストランに行くと、彼らオンリーの張り紙があり、一般客は一階のホールで幕の内弁当の朝食でした。

所要を済ませた後、帰京のため空港に行くと、50人ぐらいの黒衣装の方々と出発の待合ホールで一緒になりました。

ところが、その日はあいにくと荒天で羽田からの飛行機が落雷を受けたということで、空港では飛行機の鼻先の黒い部分を、横にドア開きに開けて、なにやら多くの人が話し込んだり右往左往しておりました。

しばらく経ってから、「飛行機が落雷を受けて避雷針の部品が損傷したために、出発できない」とのアナウンスが流れました。「修理終り次第、出発する」という。

しばらくすると、又、アナウンスがあり、「修理できないので、次の羽田からの便で損傷部品の代替をを持ってくるのでお待ち下さい」だと。
それまで2時間以上もあるけれど、乗客たちは待つしかないのです。

黒服たちは自由奔放である。
・おう!みんな見てみろ!飛行機の鼻開いて鼻くそ取ってもらっているゾ!
・幼児が持っていたチョロキュウのようなおもちゃで、その子供と遊び出す。母親 は気が気でなくてうろちょろ
・あんぱん10個も買って仲間で頬張る
・親分風のかなりの年配者は腕を組み、じっとイスに座っている
・イスに居座って後方の仲間と後ろ向きになって話し込む。
一般客より時間のつぶし方がうまい。

ワルポンはトイレに立った。
トイレには痩せ型の老人が一人用をたしていた。前立腺肥大かワルポンの方が早く終わって手を洗いトイレの外に出ようとしたら、入り口で腰を90度に折り白いハンカチを頭上にささげ持った姿勢で、「理事長!どうぞ!」と若いのが・・・。

ワルポンすぐに気がづいて、「俺じゃねえだろう!」と云うと、若いのは直立不動のキオツケの姿勢で「たいへん失礼いたしました!」
仁義と社会性が彼らにはあると思いました。

そうこうするうちに、「雷雲が飛行航路から去ったので、避雷針無しで出発する」旨のアナウンスが流れ出発・・・、多少不安ではありましたが無事羽田空港に着陸することができました。

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年末のお得意先のあいさつ回りに後輩のH君と出かけました。
一軒目のお客のビルはかなり古いビルで自動ドアではありません。「H君、ドア開けて!」と言うと、きょとんとしていました。もう一度云うと「はいっ!」と云って開けてくれました。出る時も先にたって、開けてくれました。
次のお得意先からは率先してドアを開けて、「どうぞ」と言ってくれました。

先輩と行動する時は当然後輩がドアを開けるものと、彼は感じたと思います。
でも、「何を先輩ズラして威張っているんか!」と内心は憤慨していたかも・・・。


ワルポンはこの時期、静電気が異常に走り、そのショックに、からきし弱いんです。その日は静電気除去の秘密兵器を忘れてきたので、ドアの開閉を御願いしたのです。

他意はありません、あしからず・・・。