それぞれの形~お楽しみ開花 チューリップの日々

2014年04月22日 | 日記
今年のチューリップは、遅咲きの品種、6種類を植えていました。

その開花は、まず一輪「バレリーナ」(赤橙に橙)から始まり、ついで「シナエダキング」(赤に黄色)、
バラード(赤紫に白)の順に開花しました。

4月8日晴れ。「バレリーナ」1輪、11日は、曇りのち晴れ。「バレリーナ3輪、シナエダキング」1輪
陽がよくあたるお昼ごろの写真です。
  

次の左の写真は、12日、夕方6時15分、真ん中と右は、13日のお昼12時すぎの様子です。
花は、先が尖った美しい形をしています。13日は曇っていました。
  

14日この日は朝からよいお天気で、軒下に入れてあったのですが、大きく開いています。
真上に大きく開いています。これは、チューリップですか?と尋ねたくなるような花形です。
  

実は、この「バレリーナ」「シナエダキング」は、ユリ咲き系と云われる品種で、
「花弁の先が細く尖っているのが特徴。多くはアクミナータという原種から出たもの」(1)
とされています。確かに真上から見ると、まるでユリのようです。

15日、晴れ。左と真ん中の写真は、12時半ごろの様子と、右は2時過ぎ。軒下のためか
もう閉じてきていました。
  

19日晴れのち曇り。10時前の写真です。「バラード」(赤紫に白)が2輪咲きました。
「バラード」もユリ咲きです。
   

22日今日の様子です。この赤に黄色の「シナエダキング」は、枝咲きでもあるのです。
以前に植えた途中から枝が分かれる枝咲きとは少しちがい、根元から枝が出て、小さ目の花が
咲きました。
   


あと3品種のうち2品種が咲いています。

「クリスピオンラブ」

4月11日は、まだまだ蕾が伸びてきていませんでした。 すっかり途中の記録をわすれています。
次に撮っていたのは、咲いた1輪目が咲いた19日でした。 
  

4月22日、今日の「クリスピオンラブ」です。花びらの縁がギザギザになっています。このような咲き方を
フリンジ咲きといいます。花びらの色が少し色づきが濃くなりました。夕方になると窄まるように閉じます。
  


「カーナバルデリオ」
4月1日頃の様子。 8日に全体で撮った様子の写真しかありませんでした。
  

蕾が色づいて気になりかけたのは、19日でした。
 

今日22日すっかり開花しました。このような咲き方をレンブラント咲きといいます。
 

少し黄色みがかったものも出てきました。17世紀のチューリップバブルは1球に途方もない価格が
つけられようです。画家レンブラントの家(現在のレンブラント美術館)一軒とチューリップ1球と同じ値段
だったとか(2)想像もつかない法外な値段だったようです。


ユリ咲き・フリンジ咲き・レンブラント咲き 半年待ったかいあって、それぞれの形が楽しめました。
沢山の種類のなかから選べる現代に生きることのありがたさを思う今日この頃です。

(1)wikipedia チューリップの項参照。

(2)『チューリップ・ブック』より「天上の甘露を享ける花ー十七世紀オランダに咲いたチューリップの肖像」
    小林頼子p174-175より。






表からも裏からも~見守りたい~

2014年04月21日 | バラの手入れ
バラの葉に小さな穴が開いているものがあり、ひっくり返してみても
すでに穴をあけた虫はいませんでした。念のために、指で葉の裏を
さっと擦って何もないのを確かめてOKにしていたのですが、翌日は
別の葉に穴が・・・・・

ひっくり返すといました。2~3ミリでしたが、ハバチの幼虫です。
  


葉が極端に少なければ、虫だけを取りますが、葉が沢山ある今は、穴の開いた葉は取り去ります。
ヒノキやヒバからつくられた植物活性液を2000倍以上に薄めてスプレーで茎や葉にかけます。

ただし注意しているのは、出始めの若葉や小さな蕾には、かけないようにしています。
特に、葉が黄緑色の薄い種類のバラにかけると、葉が変色することがあったので、
初めて買った苗にかけるときは、下の方の葉で試して、翌日改めてかけるかどうか見ます。

これからの季節いろいろな虫がやってきます。蕾に黒い点や白い点のようなものがが付いていれば、
すぐに取ります。蕾の中に侵入するまえに針のようなもので取り去ります。

まだ今年も、うどん粉病は発生していませんが、アンジェラと、ユーゲンフルストに黒点病の葉が
出ていましたので、すぐに取り去りました。活性液をスプレーしました。

 

芽ぶきから1か月を過ぎ、すくすくと成長してきましたが、個体差がかなりあります。

左の写真のバラは12月に来た、イングリッシュローズの「レディー・ソールズベリ」です。日当たりの
良いところに置いていたために一度水切れを起こしたのか、成長が止まったかのようでしたが、
なんとか葉が開いてきました。

右の写真は、同じときに来たイングリッシュローズの「ヒースクリフ」です。同じ場所に置いてあったのですが
こちらは、丈がぐんと伸びました。

 

この苗たちは、大苗です。大苗とは、2年前の冬に台木に芽継ぎされ、去年の春に新苗として成長し、
秋に葉を取り去ってイギリスから来た2年生の苗です。

次の苗は、同じく去年の秋に蕾を持って売られていた現代バラで、フロリバンダの
「プリンス・オブ・ウエールズ」です。3年生の苗ですが、しっかりしています。


去年12月末に地植えしたアンブリッジローズは、育てて4年目ですから6年生の苗と
いうことになります。左が根元部分、右が上部です。細い枝が結構出てきました。
  

今日は、鉢を一つずつ、半日かけて裏から見てみました。水やりするときに上から見ているだけでは
見つからなかった虫を見つけ取り去りました。虫も病気の葉も早期発見を心がけています。

穀雨を過ぎ、この雨が終われば、一気にまた気温が上がり始めます。そうすればバラたちもまたいっそう
5月の開花に向けて枝葉を伸ばしてくれます。水やりも鉢植えでは特に気を付ける時期がやってきました。
基本は、乾ききらないうちにやることですが、やるときは鉢底から流れ出るまでたっぷりやります。
水とともに空気も通すためです。土の渇き具合を見ながら、朝の早めの時間にやりたいものです。
夕方遅くの灌水は避けるようにしています。この季節でも夜の気温が下がってうどん粉病などの発生に
つながらないようにするためです。

今年も咲きました。「鯛釣り草」
 

明日の雨に備えて、チューリップを軒先に移動しました。















小町の寺に咲く~シャクナゲ~

2014年04月20日 | 日記
4月19日 晴れのち曇り。

昼下がりに、気になっていた時折お訪ねするお寺の庭の木の花がそろそろ咲いているのではと
思い立って、いそいそ出かけました。

3月は梅、4月上旬は桜できれいな随心院ですが、寺の中庭にある低木に蕾が付いている所は
見たことがあるのですが、実際に咲いたところを見たことがなかったのです。

中庭の中央に、咲き揃いかけの薄桃色のシャクナゲ。

  

ズームアップ


真っ白な花。


シャクナゲは、滋賀県の県花です。比良山系に群生しているそうです。

拝観を終って外に出ると、今まで気がつかなかった若い木がありました。そこには、
花梨という札がありました。

  


この札によると、花梨(カリン)は、弘法大師・空海(1)が唐から持ち帰ったもので、
満濃池の改修に赴いたときに宿泊所として供せられた邸の庭に苗木を植樹されたとのこと。

それが由縁で、香川県の満濃町の町木になっていること。

満濃池は、701年から704年頃に讃岐国の国守・道守朝臣が創築したものですが、、
空海が821年に改修しています。日本最大の灌漑用のため池として知られています。

随心院の由緒書きによると、随心院は、真言宗善通寺派の大本山で、弘法大師より
8代目の弟子にあたる仁海僧正の開基。一条天皇の991年にこの地を賜り一寺を
建立されたとのこと。

ちなみに香川県の善通寺は、807年、空海の父で、地元豪族の佐伯直田公から
土地の寄進を受け、813年に完成。善通寺の名は、その佐伯直田公の法名の善通に
由来するとのこと。(この部分は、wikipedia「善通寺」の項による)


またこの随心院の由緒によると「古来、小野とよばれていたこの地は「和名抄」の
「小野郷」に相当し、小野氏の栄えたところであり、醍醐天皇陵東には小野寺と称する
小野一族の氏寺の遺跡が近年発見され・・・」とあります。

さらに、小野小町は、「『群書類従正編』によれば、小町は小野篁(たかむら)の孫に
あたり、出羽の国司を勤めた(小野)良実の娘であるとされています。」とあり、
「『都名所図絵』には、「小野随心院、勧修寺の東なり。曼荼羅寺と号す。また小町水、
門内南の薮中にあり、此の所は出羽郡領小野良実の宅地にして、女小野小町つねに此の
水愛して艶顔を粧ひし」とあります。」とも書かれています。

敷地の南西角には、小町の化粧の井戸と伝えられる井戸があります。

ここからほど近い六地蔵の地には、小野篁(802-853)ゆかりの大善寺もあります。
小野篁の5代前が小野妹子にあたります。

ついでながら、滋賀県の小野という地に、小野氏の始祖を祭る小野神社があり、小野篁神社
と、小町のいとこにあたる小野道風神社もあります。

このカリンの若木の後ろには、立派な八重桜が満開になっていました。



花咲く春の庭。これからさらに霧島ツツジ、5月には平戸ツツジ、さつきが咲くようです。
美しい季節が続きます。


(1)空海(774-835)が弘法大師と呼ばれるのは、921年に醍醐天皇よりの諡名(おくりな)
によるものです。











清明~春うららかに~

2014年04月08日 | 日記
4月8日 快晴 朝の気温はまだまだ5℃と肌寒いものの、日中は22度に。
ようやく春らしい穏やかな雰囲気になってきました。



11月8日に植えたチューリップ「バレリーナ」(赤橙に橙)の1本目が
ようやく咲きました。
  

にょきにょき 芍薬の芽も伸びてきました。よく見ると小さな蕾も見えています。
 

葉牡丹の菜の花
  

パンジーに、ビオラ
 

 

ふりふりの大柄のパンジー、流通名は、イタリア貴族とありました。地植えした「アンブリッジローズ」
元気に芽吹きました。その裾にもイタリア貴族のボルドー色のパンジーが広がりました。
 


地植えした他の2本のバラとジキタリスも順調に成長しています。「ジェームス・ギャルウエイ」の赤い芽が
一段と大きくなっています。

  

日本のすみれも花が増えてきました。
 

一昨年の暮れにもらったシクラメン。
 

アポロチョコレートのような蕾だったポリアンサの青のゼブラも満開に。


先日のあの同じバラの芽が、こんな風になりました。
 

そして、今年の「一番の蕾」は、やっぱり「ユーゲン・フルスト」で、続いて「ルイ14世」も
出てきました。

  

トレリスに這わせている「ピエール・ド・ロンサール」も「コンスタンス・スプライ」も
生き生きしてきました。
 


〈 アンのよもやま話 〉


今日の京都の「日の出」は、5時35分。冬に比べると随分と早く夜が明けるようになりました。

一年で最も「日の出」が遅いのは、京都では、1月1日~15日の7時5分で、それに比べると
1時間半、今日の方が夜明けが早くなっていることがわかります。

ちなみに京都の「日の出」は、1月27日に6時59分、2月27日6時30分、3月21日に6時と
早くなっていき、6月10日~16日が京都では「日の出」4時42分となり、これが一番早い時間です。
その後少しずつまた来年の1月1日に向かって「日の出」の時間は遅くなっていきます。

また今日の「日の入り」は、18時24分ですが、一年で最も早い「日の入り」は、2013年は
12月1日~9日の16時45分でした。それから比べると、1時間39分長くなって昼間が長く
なっているのです。

「暑さ、寒さも彼岸まで」のお彼岸を過ぎると、がらりと暖かい日が増え、日中の気温も20℃を
超えるようになり、ほっこりするような気持ちになってきます。

3月21日の太陽が真東から出て、真西に沈むという「春分」を過ぎ、4月5日は二十四節季のうちの
「清明」(せいめい)で、4月20日の「穀雨」までの期間です。

「清明」は、万物が清清しく明るく美しいころであり、まさに桜が咲き、いろいろな草花も咲き始める
美しい季節の始まりです。

今日4月8日の庭です。



その後の何でもアン調べ・・・・・

なお、2013年の冬至は、12月21日で、昼間が一番短く9時間48分(2013年・京都)でした。
2014年の夏至は、6月21日ですが、京都の「日の出」は、4時43分「日の入り」は19時14分で
昼間が一番長く、14時間31分です。その冬至と夏至の昼間の差は、4時間43分(京都)となります。


冬至と夏至の昼間の長さの差は、同様にくらべてみると札幌では6時間23分の差があり、東京で4時間51分、
那覇では3時間28分の差があります。日本列島も長いので、北と南では、かなりの差があります。

調べていると、必ずしも冬至や夏至の「日の出」や「日の入り」が一番早いとか一番遅いとは限らず、それと
前後しているのがわかりました。それにその変化は1日毎でなく、数日から十数日同じ時間の日の出や日の入りが
あるかと思えば1日2日で1分づつ増えていったり減っていったりして・・・・地軸の傾きや公転軌道が楕円が関係
そんなんかな~っと。

国立天文台・天文情報センターのホームページの暦計算室、各地のこよみをもとに調べました。




桜咲く~哲学の道~

2014年04月02日 | 
4月1日 晴れ。東山のふもとを流れる琵琶湖疎水沿いの小道。
この道は「哲学の道」として知られ、4月上旬の桜の咲く季節は、
殊に美しく、日本の道100選に選ばれています。


北向き

南向き

途切れることのない大勢の観光客のうち、半数以上は外国の
方々のようで、色んな言語が聞こえてきました。

 


北に進むにつれ、まだ蕾の状態の大島桜と思われる木も何本か見られました。
染井吉野は7~8分咲きです。

 

振り返り撮影しているうちに、銀閣寺側の入口付近に出てきました。
 

今出川通りを西へ向かいます。


歩きながら目にした一つ一つの桜の花はこんな感じです。
 



哲学の道「関雪桜」と書かれた銘板がありました。それによると

●哲学の道の名の由来は、哲学者西田幾多郎(1)等が思索にふけりながら歩いたことから、
現在「哲学の道」と呼ばれている。

●この桜並木は、銀閣寺畔に居宅を構えていた日本画家の橋本関雪(2)が画家として大成した際、
妻よねの提案で、苦しい時代を支えてくれた京都の人々への恩返しとして寄贈したもので、
1921年(大正10年)に約300本の桜の苗木が植樹され桜並木ができた。

●以降この哲学の道の桜並木は、京都の人に「関雪桜」と呼ばれ親しまれている。

 

後ろに見える山には、大文字の「大」の字が見えています。



桜咲く・・・新入学・新入社など祝福の時期に咲く桜の花。心にいっぱい幸せが咲くようです。




(1)哲学者・西田幾多郎(1870-1945)

(2)日本画家・橋本関雪(1883-1945)