びわ湖のほとりに(1)

2018年10月08日 | 日記


10月1日 滋賀 建部大社さんに参拝させていただきました。


ご祭神は、日本武尊(ヤマトタケル)
16歳で熊襲を誅し、その後に東夷を平定
32歳で崩御されました。



写真上は拝殿と本殿
下左は、父の景行天皇や皇后のお社
下右は、本殿前の狛犬です。

台風一過のこの日、朝から快晴で
清々しい空気が流れていました。







色々な光に照らされて、有り難い参拝となりました。


追記


京阪電車の唐橋前駅を下車して
すぐに瀬田の唐橋があります。

「急がば回れ」という諺は、この橋に由来しているというのを、先日テレビで見て知りました。

室町時代の連歌師 宗長の

もののふの矢橋の船は早けれど、
急がば回れ瀬田の長橋

という歌に由来しているとのことです。

矢橋とは矢橋の渡しのことで
東海道五十三次草津宿の矢橋の渡しから、
大津宿の石場港までを結ぶ湖上水運でした。

矢橋の渡しから船でびわ湖を渡るには
比叡山からの突風もあり危険を伴いました。

急ぐ時は危険な近道よりも、遠くても安全な
本道を通る方が結局早い。安全で着実な方法を取れという戒めです。


1889年(明治22年)までは、瀬田川にかかる唯一の橋でした。東海道や東山道方面から京都に行くには、びわ湖を舟で渡るか、南北に迂回しないかぎり瀬田川を渡らなければならず、交通の要所でした。古代の橋は今より南の位置にあったそうです。壬申の乱では最後の決戦場になったとか。
以降も度々、戦闘が唐橋で繰り広げられた歴史があります。

唐橋が今の位置になったのは、織田信長が命じ1579年のことです。近江八景の一つ、瀬田の夕照。1795年から1894年の100年間に18回架け替えが行われたそうです。①


唐橋を渡り、しばらく歩くと大木の杜が見えて来ます。そこに建部大社はあります。

① 瀬田の唐橋 Wikipedia 参照
大正13年に木造から鉄筋コンクリートの橋に
架け替えられ1979年に現在の橋が竣工され
2012年に唐茶色に塗り替えられ現在に至るそうです。




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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
ありがとうございます✨🙏✨ (まさよ)
2018-10-10 06:47:53
私は大津市に住んでいて、建部大社さんは、とても大好きで、大切な神社⛩の1つです。
唐橋もよく通ります。
その2つを他府県から来られたアンさんに、詳しく説明していただき、綺麗な写真をたくさん撮って頂きとても有り難いです✨🙏✨
建部さんの写真の中の光、とても綺麗ですね✨
神々しいばかりです✨✨✨
唐橋も古い橋と聞いていましたが、色々な戦場になっていたのですね。
昔はあの橋しかなかったら本当に不便だったでしょうね。
と、色々想いを馳せていました。
これからも、この大津、滋賀県を愛して下さい。
よろしくお願いします✨🙏✨
ありがとうございました✨✨✨
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Reありがとうございます✨💖✨ (アン~✨)
2018-10-10 07:23:04
まさよちゃん✨おはようございます👋😃

こちらこそありがとうございます。琵琶湖には小さいころから
魚つりや夏に泳ぐのに連れてもらうことがあり、また毎日のお水は
琵琶湖のおかげで暮らさせており
ありがたい隣県なのです~😌🌸💓去年から時々建部大社さんに
参拝させていただく機会があり、
毎回とても掃き清められた境内で
清々しい気持ちにならせていただき、ありがたい神社になりました。この日は台風一過の翌日で
青空が広がり、空気も澄んでいました✨
瀬田の唐橋。テレビで由来を紹介されるまではホントに知りませんでした。現在は琵琶湖大橋や近江大橋など立派な大きい橋がかかっているので唐橋自体をみても正直普通の橋くらいに思っていたのですが、江戸時代まで唯一の橋とはなんと重要な橋だったのですね。✨
またなんども訪れてみたい場所になりました。これからも時おり伺いますね🎵よろしくお願いします✨🌹✨
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