日本でも、コンテストなんてあるのかもしれないけれど、
少なくとも、私のいた頃は、学校を休んで、ピアノのコンテストに行くなんて言う子供は、そうそういなかったように思うのです。
オーストラリアでは、Eisteddfod の季節になると、”Eistedfod に参加するので、早引きします” とか
当たり前の様に、別に、お嬢様お坊ちゃま、でなくても、”ピアノ”とか”ダンス”とか、”ドラム”とかとか、色々な理由で、
学校を後にするのです。
学校側も、他の子供たちも、”あ、行くの?”と言うような程度で、特別扱いじゃないし、第一、
学校のオーケストラや、コーラスに入っている子供も、学校から出場するので、当たり前の行事になってるんだけど、
出場する人にとっては、学校同士の競争にもなり、プレッシャーの多い時期になるのです。
ウチの子供も、今年はピアノのコンテストに参加したのですが、
練習してくれない。
難しい年ごろで、あんまり、練習しろって言うと辞めちゃうでしょ?
練習しないと下手になって、これもモチベーション下がるし...
なんでもそうなんだけど、辞めさせると、”ああ、お父さんは、ぼくの苦しい気持ちを分かってやめさせてくれた”ってなるし、
辞めさせなかったら ”お母さん、辞めさせないで、続けさせてくれたおかげで、ここまでできた”ってなるので、
どっちにしても同じなんだけど、
私としては、辞め癖もつけたくないし、
才能なんているのは、続けられること、が才能の半分以上を占めてると思うので、やれって言いたいんだけど、辞めさせないために、
すごく気を使っている訳なのです。
何だって、ある程度すれば、飽きて嫌になるなんて当たり前なんだけど、
この年になると、(うちの子、14歳と16歳です)
会場は、アジア人ばかり。
年を重ねるごとに、オーストラリア人が減り、教育ママの多い、アジア人が大半。
そもそも、教育ママって言うのは、子供をサバイバルに強くさせるため天塩かけて育てる、と言う、
卵を月に一つしか産めない女性の本能のはずなんだけど、
生物学的には、特に、若くないママや、旦那さんの遺伝子じゃなくて、良い生活環境をくれる人を選んだ場合は、顕著になる筈なんです。
若いママなら、才能無い子供にコストと暇かけるより、次の子供作った方が効率良いし、
旦那さんの遺伝子が良くないと思うなら、しっかり子供にサバイバル術教えないと、子孫途切れちゃうでしょ?
そんな事意識してるママいないと思うけれど、それが女性の本能。
...だけど、オーストラリア人のお母さん、どうなってるのかなぁ?
小さな子供の頃は、国際色豊かだった会場も、
年齢、グレードが上がると、オーストラリア人は殆どいないのです。
オーストラリア人は、才能主義。
練習前から、才能あるなしを決めちゃう。
で、お前は才能無いから、何か他のことしなさい、と言っても、何も才能無かったらどうするの?
無い人が殆どじゃないかなぁー。
だって、そういうレベルで才能決めちゃったら、本当に天才に近くないと、認めてもらえなさそう...
そんなことしたら、天才でなくても、練習すれば伸びる子供だっているのに、もったいないなぁ!
こうして、アジア人ママさんの、1年ぶり同窓会会場になった、ピアノコンテスト会場は、
日本人ママさん同士のおしゃべりでにぎわいあうのでした。
少なくとも、私のいた頃は、学校を休んで、ピアノのコンテストに行くなんて言う子供は、そうそういなかったように思うのです。
オーストラリアでは、Eisteddfod の季節になると、”Eistedfod に参加するので、早引きします” とか
当たり前の様に、別に、お嬢様お坊ちゃま、でなくても、”ピアノ”とか”ダンス”とか、”ドラム”とかとか、色々な理由で、
学校を後にするのです。
学校側も、他の子供たちも、”あ、行くの?”と言うような程度で、特別扱いじゃないし、第一、
学校のオーケストラや、コーラスに入っている子供も、学校から出場するので、当たり前の行事になってるんだけど、
出場する人にとっては、学校同士の競争にもなり、プレッシャーの多い時期になるのです。
ウチの子供も、今年はピアノのコンテストに参加したのですが、
練習してくれない。
難しい年ごろで、あんまり、練習しろって言うと辞めちゃうでしょ?
練習しないと下手になって、これもモチベーション下がるし...
なんでもそうなんだけど、辞めさせると、”ああ、お父さんは、ぼくの苦しい気持ちを分かってやめさせてくれた”ってなるし、
辞めさせなかったら ”お母さん、辞めさせないで、続けさせてくれたおかげで、ここまでできた”ってなるので、
どっちにしても同じなんだけど、
私としては、辞め癖もつけたくないし、
才能なんているのは、続けられること、が才能の半分以上を占めてると思うので、やれって言いたいんだけど、辞めさせないために、
すごく気を使っている訳なのです。
何だって、ある程度すれば、飽きて嫌になるなんて当たり前なんだけど、
この年になると、(うちの子、14歳と16歳です)
会場は、アジア人ばかり。
年を重ねるごとに、オーストラリア人が減り、教育ママの多い、アジア人が大半。
そもそも、教育ママって言うのは、子供をサバイバルに強くさせるため天塩かけて育てる、と言う、
卵を月に一つしか産めない女性の本能のはずなんだけど、
生物学的には、特に、若くないママや、旦那さんの遺伝子じゃなくて、良い生活環境をくれる人を選んだ場合は、顕著になる筈なんです。
若いママなら、才能無い子供にコストと暇かけるより、次の子供作った方が効率良いし、
旦那さんの遺伝子が良くないと思うなら、しっかり子供にサバイバル術教えないと、子孫途切れちゃうでしょ?
そんな事意識してるママいないと思うけれど、それが女性の本能。
...だけど、オーストラリア人のお母さん、どうなってるのかなぁ?
小さな子供の頃は、国際色豊かだった会場も、
年齢、グレードが上がると、オーストラリア人は殆どいないのです。
オーストラリア人は、才能主義。
練習前から、才能あるなしを決めちゃう。
で、お前は才能無いから、何か他のことしなさい、と言っても、何も才能無かったらどうするの?
無い人が殆どじゃないかなぁー。
だって、そういうレベルで才能決めちゃったら、本当に天才に近くないと、認めてもらえなさそう...
そんなことしたら、天才でなくても、練習すれば伸びる子供だっているのに、もったいないなぁ!
こうして、アジア人ママさんの、1年ぶり同窓会会場になった、ピアノコンテスト会場は、
日本人ママさん同士のおしゃべりでにぎわいあうのでした。