スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

難民受け入れ状況について(その2)

2015-12-01 19:19:15 | スウェーデン・その他の社会
前回の続き

11月の後半に入ってからも、スウェーデンに辿り着いた難民に提供する仮宿舎の数が大幅に不足。スウェーデンの南端にある国境の町マルメでは移民庁のレセプション見本市会場(メッセ)を宿舎として開放したものの、それでも足りず、日によっては屋外で夜を越さねばらならない人が発生する可能性があったが、幸いにも近隣にあるイスラム教のモスクキリスト教の教会が難民を収容してくれた。


教会に寝泊まりする難民(Dagens Nyheter 2015-11-25より)

前回も触れたように、EUの他の加盟国が今回の難民問題に対してスウェーデンやドイツなどと同じくらいの積極さで取り組みを行っていれば、状況はもっと異なっていたであろうし、スウェーデン政府やドイツ政府にとっても、それが逼迫する窮状を打開するための鍵であった。しかし、EUが共同で取り組むはずの難民政策は名ばかりだった。そのため、自国の難民受け入れ態勢のキャパシティーが限界に達したと判断したスウェーデン政府は、ドイツ政府と同じく独自の対策を導入せざるを得なくなった。

スウェーデン政府が11月11日に、同じシェンゲン条約締結国であるドイツやデンマークからの入国に際してもパスポート検査を行うことを発表したことは、前回のこのブログ記事で書いた。しかし、それ以外にも様々な決定が10月以降、スウェーデン政府から発表されている。それらを簡単にまとめておきたい。


【 10月23日の与野党合意 】

まずは、10月23日に発表された与野党合意。これは20項目からなり、例えば
・スウェーデンだけでは対応しきれないので、スウェーデンに庇護申請した難民の一部を他のEU加盟国に引き受けてもらうこと
そして、
・スウェーデンが難民認定しない国からの庇護申請者への審査・却下決定を早くすることで、審査プロセス全体を迅速化する。
難民認定された人々の受け入れと彼らへの住居提供を各自治体に義務付ける
・難民受け入れの経費として各自治体に特別予算を配分する(総額100億クローナ)。
・新規住居建設の審査の簡略化
といった難民受け入れ態勢に関わる事項、それから、
・庇護申請者には決定を待っている段階から既にスウェーデン語教育を行う。
職業訓練の強化
・家事労働サービスや家の改修サービスなど未熟練労働者でも比較的就きやすい産業に対する補助制度を、庭仕事、引越しサービス、ITサービスなどにも拡張する。
・教員養成を母国で受けた難民が、同じ言葉を話す難民(子供)に対して教えることができるようにする。
といった雇用・社会統合に関わる事項が続く。

また、難民として認定された人にはこれまで無期限の居住許可(永住権)が付与されてきたが、これをどうするかという議論はこれまでも政党間で続いてきた。無期限の居住許可(永住権)を付与することのメリットスウェーデン語やスウェーデンでの就労に必要なスキルを学ぶインセンティブを高め、社会統合を容易にするという点が挙げられる(数年で送り返されると分かっていれば、誰がわざわざスウェーデン語を学ぼうとするだろうか、という考えである)。また、子持ち家族の場合、子供の成長にとって何がベストかを考えると、既にスウェーデン語で教育を受け始めたスウェーデンでそのまま教育を続けられるようにしたほうが良い、という主張もある。これに対し、期限付きの居住許可を付与し、一定期間後に就労状況などを考慮しながら延長するかどうかを決定する方法を主張している人たちもいるが、彼らの意見も「そのほうが就労インセンティブになり、社会統合を容易にする」というものである。(後者の主張には、スウェーデンでの難民待遇の質を落とすことで、スウェーデンへの庇護申請者の数を減らしたい、という意図もある)

10月23日の与野党合意では、これまで平行線を辿ってきたこれらの主張の間に、一つの妥協が見られ
・今後3年間に限り、難民認定者には期限付き居住許可を付与する。しかし、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とし、今後も無期限の居住許可を付与する
ことが合意に盛り込まれた。例外規定が適用されるのは、難民認定者の半分ほどになる見込みだ。
(注:割り当て難民とはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が認定し、スウェーデンなど先進国の一部に受け入れを割り当てている難民を指す)

この与野党合意には、国政政党の中でもっとも左に位置する左党ともっとも右に位置するスウェーデン民主党を除く6党(議会の議員数の約8割)が加わっており、スウェーデンのメディアは、困難な状況を前に党派性に固執せず、建設的な合意が交わされたことを大きく評価していた。(世界恐慌中の1933年に経済政策に関して与野党が交わした合意や、1990年代初頭のバブル崩壊に伴う経済危機に際して与野党が発表した危機対応と並ぶほどの合意だと評価する声もあった)


合意内容を発表する6党の議員(Dagens Nyheter 2015-10-24より)

たしかに、この合意が発表された一週間前には、2014年12月に結ばれた「12月合意」が崩壊しており、難民問題という大きな課題を前にし、野党がスウェーデン民主党(極右政党)の力を借りて与党の政策や予算案を阻止したり、場合によっては内閣総辞職もあるかもしれないなど、政治の不安定性が懸念されていた。しかし、それからわずか1週間のうちにこのような与野党をまたぐ合意が形成されたことはスウェーデンの強みであり、政治的リーダーシップの証ではないかと思う。と同時に、直面している難民問題がそれだけ危急の問題であることを意味している。

過去の記事:
2014-12-28:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その1)
2014-12-29:「12月合意」により、スウェーデン議会の再選挙が回避される (その2)


【 11月5日の欧州委員会に対する要請 】

前回触れたように、スウェーデン政府は11月5日、EUの行政府である欧州委員会に対して、スウェーデンが既に受け入れてきた難民の一部も、EUの他の加盟国が分担して受け入れるように要請した。難民受け入れの分担についてEUが決定したクオータ(割り当て)制度のもとで、ギリシャやイタリアだけでなくスウェーデンも難民を送り出す側に加えてほしいということである。これは、10月23日の与野党合意にも盛り込まれていた一項目である。


【 11月11日のパスポート検査の実施発表 】

これも既に触れたように、11月11日、スウェーデン政府は国境でのパスポート検査を実施することを発表し、その翌日から実行した。また、この数日後にはドイツやデンマークからスウェーデンに向かうフェリーの乗船時にもパスポート検査が行われるようになり、海路からスウェーデンへ入る難民の数が減ることになった。


【 11月24日に発表された追加措置 】

欧州委員会や他のEU加盟国の対応に期待をかけ、実際に働きかけていたスウェーデン政府だったが、彼らの動きが非常に遅いため、スウェーデンとして難民圧力を緩和するための、さらなる措置を発表することになった。措置の焦点は、10月23日の与野党合意の時にも焦点となった、難民認定者に付与する居住許可の有効期限についてである。新たな措置では
すべての難民認定者に対して有期限(1年もしくは3年)の居住許可を付与する
とされた。また、1ヶ月前の与党合意では、子持ちの家族、18歳未満の子供、割り当て難民は例外とする規定があったが、それを改め、割り当て難民のみを例外とすることにした(子持ち家族の場合、この措置が発表された24日15時以前に庇護申請の登録がなされていれば、例外に加えられ、無期限の居住許可が付与される)。

居住許可の期限が過ぎたあとはどうなるかというと、延長の申請ができ、その時点で一定水準以上の収入があれば無期限の居住許可を得ることができる。それ以外は、審査の後で再び期限付きの居住許可を付与されるという。

また、
・難民認定を受けた後に家族をスウェーデンに呼び寄せることを大きく制限し、呼び寄せられるのは基本的に自分の配偶者と子に限る
こととされた。

さらに、フェリーだけでなく、バスや鉄道といった陸路の公共交通の乗車時にも、パスポートなどの身分証明証の提示を義務付けることが、この発表に盛り込まれていた。

(以上に書いたのは、新たな措置の概要にすぎない。実際には難民認定のカテゴリーごとにもっと細かく規定されている。たとえば、どのような難民に対して、1年期限または3年期限の居住許可が付与されるのか、などである。また、先ほど触れたように配偶者・子をスウェーデンに呼び寄せることができるのは、3年期限の居住許可を付与された難民だけである。ただ、詳しく書く時間がないので割愛する)

いずれにしろ、11月24日のこれらの追加措置によって、スウェーデンの難民認定と待遇国際条約やEU法が規定する最低限の水準に下げられることになった。難民が庇護申請を行う権利は国際条約で認められているが、その権利を事実上、奪ってしまうことになるため、スウェーデン政府には厳しい批判も寄せられた。その批判に対する一つの釈明としてスウェーデン政府は「スウェーデンが自身の難民受け入れ政策を劇的に変化させたという事実が、他のEU加盟国に対して警鐘を鳴らして、彼らの消極的な態度を変化させてくれることを期待している」と答えている。しかし、残念ながらこれまで何度も書いてきたように、今回の難民問題に際してEUはまったく機能を失っており、その願いがかなえられる可能性はゼロだろう。私は、非常に残念なことだと思う。しかし同時に、スウェーデンとして、危急な状況に何らかの手を打たなければならず、このような追加措置は仕方のないこととも思う。


追加措置を発表する首相(社会民主党)と副首相(環境党)(Svenska Dagbladetより)

以上のような10月後半からの一連の政策転換により、11月のスウェーデンへの庇護申請者の数は10月の数を下回ったようだ。2015年に入ってからスウェーデンに庇護申請をした難民の数は、11月26日の時点で合計14万6000人だ。移民庁は今年一年間の申請者の数を14~19万人と予測しているが、この様子だとメインシナリオとされる16万人前後になりそうだ。


【 国の財政と経済への影響 】

難民の受入れにかかる費用の大部分は、これまではスウェーデンの政府開発援助(ODA)の予算枠から拠出されてきた。OECDの規定では、それぞれの難民の受入れにかかる費用のうち最初の一年間にかかる部分を政府開発援助(ODA)として計上することが許されているからである。しかし、本来は途上国での貧困支援や発展支援に使われるはずの予算の少なからぬ部分がスウェーデン国内における難民受け入れに充てられる現状に対しては、ODAの行政を取りまとめるSIDA(国際開発協力庁)やNGOなどから批判の声が上がっていた。

スウェーデンのODAの支出額は世界的に見ても高く、GNI(国民総所得)の1%に上るが、今年はODA予算全体の22%がスウェーデンにおける難民の受け入れに充てられる見通しである。スウェーデン財務省としては、来年はさらにこの割合を増やし、ODA予算のおよそ半分を難民受け入れに充てようと考えていたが、さすがにそれでは途上国における様々な貧困・発展支援に影響が出るという反発が激しく、先日、財務省と外務省は協議の結果、最大でも30%までを限度とする決定を行った。

そのため、少なくとも今年から今後数年間にかけては、難民受け入れ経費の一部を国債の新規発行によって賄うことになる。移民庁によると移民庁の経費総額は今年が260億クローナ、来年2016年が580億クローナになる見込みだ(すでに触れたように難民受け入れに関連する経費の一部はODA予算から拠出される)。一方、国債を管理する債務庁によると、国債発行額は今年が450億クローナ、2016年は330億クローナになると見られている。

大きな数字だと感じる人もいるかもしれないが、国債の発行額に関しては、国の借金の増大を懸念すべきような水準では全くない。スウェーデンのGDPは年間約4兆クローナだから、450億クローナはGDPの1.1%に相当する。一方、スウェーデンの経済成長率(GDP変化率)は年率2~4%だから、国債残高の対GDP比はむしろ減っていく。スウェーデンの中央政府の国債発行残高は対GDP比で35%であり、国際的に見てもかなり低い水準にある。だから、私は対GDP比をさらに減らす必要はなく、30%台の水準を保つように努力すれば良いと考えている(つまり、経済成長率と同じ%だけ債務を増やす余裕はあるということ)。

(また、近年の国債発行額を見てみると、昨年2014年が1170億クローナ、2013年が1310億クローナであった。だから、今年と来年は難民受け入れの費用を借金で賄わなければならないとはいえ、借金の額自体は過去2年を大きく下回ることが分かる。)


スウェーデン中央政府の債務残高の対GDP比(← 青い線)
(灰色の線は政府が所有する金融資産などを加えた場合)

難民の受け入れはスウェーデン社会にとって大きなチャレンジである。しかし一方では、経済的な効果もすでに現れている。先日発表されたGDP速報によると、2015年第3四半期(7-9月)のGDP(国内総生産)前年同四半期と比べて3.9%の増加だったという。難民の受け入れがさらに増えた10月以降の第4四半期がどうなるか気になるところだが、おそらく2015年全体の経済成長率(年率)は3.5%を少し上回るくらいの水準になりそうだ。これはかなり高い水準だ。

ただ、難民受け入れが短期的には経済にプラスの効果をもたらすことは、別に驚くことではない。受け入れにともなって、住居や家具、運輸、通訳の確保など、関連する産業に対する公共支出が増えており、雇用も増加している。また、難民認定者や庇護申請中の人々には一定額の生活費が国から支払われるが、その大部分が消費に回っている。それらが景気を後押ししているのである。もし、この公共支出や再配分の増大が増税によって賄われることになれば、それは景気に冷やす要因になるが、すでに触れたようにスウェーデンの財政は安定しており、難民受け入れにかかる経費増大を増税で賄う必要性は今のところない。

もちろん、中長期的な経済への影響がどうなるかは、難民認定された人たちがどれだけ早い段階で労働市場に吸収され、彼らが税金を収めるようになり、生活保護・住宅手当などの国の出費が減っていくかに左右されることになる。

最新の画像もっと見る

3 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
はじめまして。 (もみじ)
2015-12-02 23:02:55
こんにちは。
私もスウェーデンに住んでいて、最近知人に教えてもらってこのブログを読み始めました。

先日の政府発表のニュースを見て、ぜひYoshiさんの解説を読みたいと思っていました。色々な背景や数字・経済的分析など、とても勉強になりました。ありがとうございます!

ここまで詳しく、客観的事実に基づいてスウェーデンの時事情報を紹介している日本語の記事は中々ないので、とても貴重なブログだと思います。難民問題以外の記事も興味深いです。

また更新を楽しみにしています!
Unknown (Yoshi)
2015-12-07 20:15:48
コメント、ありがとうございます。

客観的な事実を参考にするように努めていますが、もちろん私の主観や主張に基づいたものの見方です。今年、世界中で特に話題になっているこの難民問題に関しては、偏った情報が多く飛び交っていることと思いますが、それとは違う角度から情報を提供したいと思っています。
Unknown (say)
2016-09-08 19:38:34
財政についての記事を興味深く読ませていただきました。

コメントを投稿