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機龍警察 狼眼殺手


 月村了衛         早川書房

 傑作近未来警察小説「機龍警察」シリーズの最新刊である。このシリーズは全部でこれで6冊目。短編集で「機龍警察 火宅」があるがいずれこのブログでもレビューしよう。
 さて、5作目の長編である本書は、このシリーズの売り物である、機龍兵によるアクションはない。アクションはないが、あいかわらず読ませる。
「クイアコン」新世代量子情報通信ネットワーク開発プロジェクト。このプロジェクトが完成したあかつきには、従来の通信手段はすべてご破算になる。まったく新しい通信手段をゼロから構築しなければならない。画期的な通信手段である。そのクイアコンの関係者が次々と暗殺されていく。
 警視庁特捜部と刑事部が合同の捜査本部を立ち上げた。なにかと反目反発しあう特捜と刑事が手を組んで1つの事案に向かう。これだけで警察がいかに本気かよく判る。
 暗殺実行犯は「狼眼殺手」と呼ばれるすご腕の殺し屋。この殺し屋をめぐって中国人の闇社会の男たち、警察。この三つ巴の戦いが繰り広げられる。
 クイアコン。天文学的な利権を生む。国会議員から闇のフィクサー、中国マフィアに日本のヤクザ、金の亡者、権力の亡者が絡み合い、真っ黒な曼荼羅を成す。その黒曼荼羅の糸をときほぐす警察も、単純に「正義」のために動いているのではない。クイアコンの正体があらわになっていき、それとともに警察の奥深くに潜む「敵」がだんだんと垣間見えてくる。
 警察小説であり、経済犯罪から国際謀略、さらには北アイルランドの情勢までからんでくる。徹夜必至の一気読み小説である。このシリーズのファンなら決して読み逃してはいけない。 

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赤いオーロラの街で


伊藤瑞彦             早川書房

 分類すれば破滅テーマのSFかな。といってもだれも死なない、街も破壊されない。舞台は現代の現実の北海道。登場人物もごく普通のITの技術者や写真家や漁師、公務員。あなたや私が生きているこの日本から「何か」を抜いたらどうなるかシュミレーションした小説である。何を抜いたか。電気である。21世紀のこの世界から電気がなくなればどうなる?
 巨大な太陽フレアが発生。全世界の発電送電施設が破壊される。電気が送電されない。無線有線の通信もできない。インターネットもダメ。さあ、どうなる。電気がダメになるだけで人体には影響はないが。街も人も文明はそのままで、電力が使えない江戸時代のような状態となる。
 主人公は、さしたる能力ももたない普通の若い男。沈着冷静、不撓不屈の鉄の意志を持っている、というような主人公ではない。えらいことになったが、さしせまって命に危険があるわけではない。(一度だけ厳寒期の北海道で車がエンコ雪にとじこめられるが)彼ができる範囲で身の回りの人たちの利便をはかろうと、いろいろ知恵を出す。
 いわばソフト破滅SFといえよう。SFにふなれな人にも安心しておすすめできる。

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。

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行き先は特異点

 
大森望・日下三蔵編       東京創元社
 
このアンソロジーも10冊目。かような年間傑作選は、SFマガジンの劣化によって短篇SFの飢餓状態にある好事家にとって実にありがたいアンソロジーである。大森、日下のご両所にはぜひ来年以降の継続をお願いする。
SFマガジンの隔月刊化によって、国産短篇SFの供給量が低下するかも知れないと危惧されていたが、その心配は無用であったとのこと。逆に供給は増えている。喜ばしいことである。ご両所の仕事に敬意をはらう。
 収録作は次の20作。

「行き先は特異点」         藤井大洋
「バベル・タワー」         円城塔
「人形の国」            弐瓶勉
「スモーク・オン・ザ・ウォーター」 宮内悠介 
「幻影の攻勢」           眉村卓
「性なる侵入」           石黒正数
「太陽の側の島」          高山羽根子
「玩具」              小林泰三
「悪夢はまだ終わらない」      山本弘
「海の住人」            山田胡瓜
「洋服」              飛浩隆
「古本屋の少女」          秋永真琴
「二本の足で」           倉田タカシ
「点点点丸転転丸」         諏訪哲史
「鰻」               北野勇作
「電波の武者」           牧野修
「スティクニー備蓄基地」      谷甲州
「プテロス」            上田早夕里
「ブロッコリー神殿」        酉島伝法
「七十四秒の旋律と孤独」      久永実木彦

 ベテランから中堅、新人までバランスのとれた選択である。では、印象に残った作品に言及していこう。
「行き先は特異点」GPSが狂ったか?アマゾンの配送用ドローンがおかしい。グーグルの自動運転も狂ってる。みんなここに集まって来る。 
「バベル・タワー」縦籠家は縦に移動。垂直こそ世界だ。横箱家は横に移動。水平こそ真理。両家は相容れない。縦籠家の者はみんなエレベーターで生まれる。女の子はエレベーターガールになる。へー、円城塔がこんな話を書くのか。ふうん。
「人形の国」サイバーパンク漫画。ナウシカを想い出した。
「スモーク・オン・ザ・ウォーター」タバコの煙と隕石。
「幻影の攻勢」老人私小説SF。さすがに安心して読める。
「性なる侵入」カメラつき陰毛。 
「太陽の側の島」戦地の夫と内地(広島?)の妻の書簡集。どうも「あの戦争」ではなさそう。傑作。
「玩具」気を失った友人の少女を介抱する。 
「悪夢はまだ終わらない」加害者に被害者になってもらうことが最高の刑罰だ。
「海の住人」この海には人魚がいる。
「古本屋の少女」禁断の魔法の本をあつかってるのかな。
「点点点丸転転丸」たんなる一発芸。
「鰻」恐怖鰻女。
「スティクニー備蓄基地」スティクニー備蓄基地が奇妙な攻撃を受ける。敵は「生物兵器」を使ったのか。
「プテロス」風の惑星。一生飛んで過ごす生物とそれを研究する科学者。傑作。
「ブロッコリー神殿」植物SF.あて漢字満載。こんな原稿アホ辞書のワードでかいたら苦労するだろうな。
「七十四秒の旋律と孤独」読ませられた。本格宇宙SF。この本で一番センス・オブ・ワンダーを感じた。メアリー・ローズ?
 
 今回は豊作である。満腹した。ごちそうさん。
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お加代


 篁はるか 文芸社

 お加代は呉服屋のひとり娘。出好きの娘であるが、親がなかなか許してくれない。それでも親の目を盗んであちこちに出かける。なかなかのおてんばで、スリを自分で捕まえようとする。それが縁で同心の風間駿介と知り合う。お互いひとめぼれ。紆余曲折があって、商人の娘お加代と武士の駿介はめでたく夫婦に。子供にも恵まれ、めでたしめでたし。
 商家の娘が武士の青年と結婚?もちろんお加代はいったん、駿介の上司の養女となって、そこからのお輿入れということに。
 お加代は武家の育ちではない。武家のしきたりはなんにも知らない。駿介の同僚でベテラン同心の奥方が指南役になる。
 お加代が武家の奥方として成長する物語で、ひとりの女性の半生記であるが、上はお奉行から下は岡っ引きまで、お加代と駿介の周りはみんないい人ばかり。だから安心して読めるが、できればもう少しお話にスパイスを効かせて欲しかった。甘くて口あたりが良いが、お話が一本道すぎた。曲がり角や、別れ道も必要なのではないか。
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地下鉄道


 コルソン・ホワイトヘッド  谷崎由依訳 早川書房

 アメリカはえらそうなことをいってるけど、昔はこんなひどいことをしていた。奴隷制度のこと。アフリカからアフリカ人を拉致して強制労働させていたのである。特大の拉致問題である。
 時は南北戦争の前、アメリカ、特に南部は奴隷制度が厳格にしかれていた。そこでは黒人は人間ではない。農園主の「所有物」だ。しかし、「所有物」であることを断固拒否、自由な人間であること求めて逃亡する黒人も多くいる。この逃亡黒人の逃亡を助けること、かくまう事は法律で禁じられていた。賞金目当てに逃亡奴隷を追跡捕まえる賞金稼ぎもいる。かような人もいるが、心ある人たちもいる。その人たちは奴隷黒人の逃亡を助ける秘密組織「地下鉄道」を作った。この言葉は比喩だが、実際に地下に鉄道を走られて黒人を逃亡させる人たちがいた。と、いうのがこの話である。
 15歳の黒人少女コーラは南部の綿農園で奴隷生活を送っていた。母親はコーラを置いて一人で逃げた。農園主や監督は残忍で黒人を人間扱いしない。ちょっとしたことで、すぐしばり首。
コーラは黒人少年シーザーにいっしょに逃げないかと誘われる。最初は断ったが、結局二人で逃げる。地下鉄道の「駅」に着く。そこには黒人に同情的な白人がいて、自由黒人になれる北部への汽車に乗せてくれる。そのコーラたちを奴隷狩り人リッジウェイが追う。プロ中のプロのすご腕ハンターのリッジウェイが追う。つかまれば南部へ連れ戻されしばり首だ。コーラは逃げおおせるか。
 アメリカの恥部をこくめいに描写した南部の綿農園のようすは、読んでいて痛みすら感じる。奴隷制という歴史上の黒い真実を描きつつ、地下を走る蒸気機関車という虚構を加えることで、読者の興味をそそり、それに逃げる者と追う者、サスペンスがページをめくらせる。重く暗いが一級のエンタティメントに仕上がっていた。 
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せつない動物図鑑


 ブルック・バーガー  服部京子訳    ダイヤモンド社

 人間はとてもかなわない能力を持っている動物は多い。象は人間より力が強い。陸上競技すれば馬やカモシカに負ける。オリンピックの金メダリストでも水泳でイルカに勝てない。きれいさでは人間の男は孔雀のオスに負ける。全哺乳類参加のオリンピックをやれば人間国はいくつメダルをとれるだろうか。たぶんだいぶん下のほうだろう。
 こういう動物のすごさ、強さ、きれいさ、めずらしさを紹介した本はいままで数多あるが、本書は「せつない」というコンセプトで動物を紹介した本である。おもしろい切り口だ。
 
カンガルーはケンカに負けるとセキをする。
 ゴリラは人間からカゼをうつされる。
 ハトはめんどうくさいことを先のばしにする。
 イヌはテレビが好きなふりをする。
 ウミガメは母親の顔をしらない。
  
などなど。かような動物たちは別に人間を意識してかようなことをしているわけではない。動物のそのような様子を知って人間がわが身に振り替えて思い巡らすから「せつなく」感じるのだろう。母親の顔を知らない子供。人間だととっても悲しい子供。せつない。かわいそう。と、なる。ところがウミガメは、それがあたりまえだから、せつなくもなんともない。逆にウミガメが人間の母親を見ると、

人間の母親は10年以上子供のそばについていなくてはいけない。

わ、かわいそう。人間の母親ってたいへん。せつないなあとなるだろう。この本には人間は載っていないが、人間にもせつないことがいっぱいあるのだ。特に人間のおじさんという人種はせつないのだ。いろいろたいへんなんだから。
かわいいイラストと面白い文章。すぐ読める。小生は通勤の電車の中で、下車駅に着いたときには読み終えていた。 
 
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SFマガジン2018年4月号


SFマガジン2018年4月号 №726   早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 博物館惑星2・ルーキー
   第2話 お開きはまだ      菅浩江
2位 魔術師             小川哲
3位 「方霊船」始末         飛浩隆
4位 9と11のあいだ         アダム・ロバーツ 内田昌之訳
5位 邪魔にもならない        赤野工作
6位 宇宙ラーメン重油味       柞刈湯葉
7位 骨のカンテレを抱いて      エンミ・イタランテ 古市真由美訳
8位 1カップの世界         長谷敏司
9位 憎悪人間は怒らない       上遠野浩平

連載
椎名誠のニュートラル・コーナー(第59回)
謎の周回飛行物体物          椎名誠
先をゆくもの達(第2回)       神林長平 
マルドゥック・アノニマス(第19回)  冲方丁
忘られのリリメント(最終回)     三雲岳斗
マン・カインド(第4回)       藤井大洋
幻視百景(第12回)         酉島伝法
SFのある文芸誌(第57回)     長山靖生
筒井康隆自作を語る(第6回)
「『虚人たち』『虚航船団』の時代」  筒井康隆
アニメもんのSF散歩(第21回)   藤津亮太  

「BEATLESS」&長谷敏司特集
ポーランドの作家スタニスワフ・レムをめぐって 沼野充義×巽孝之×円城塔

 今号は毎年吉例「ベスト・オブ・ベスト2017」「SFが読みたい2018年版」で上位にあがった作家の読み切り短篇の特集である。書き下ろし4本と訳しおろし1本である。飛浩隆、小川哲、赤野工作、柞刈湯葉、アダム・ロバーツの作品がその特集企画の作品である。
 その特集企画の作品をおさえて人気カウンターの1位に輝いたのは、菅浩江の「博物館惑星2」の2作目。ずいぶん久しぶり。1年ぶりかな。もう少し発表の頻度をあげてもらいたい。今回は全盲のミュージカル評論家のお話。視覚、聴覚、触覚などの人間の感覚をいかに数値化して頭脳に伝達するか。
「魔術師」天才マジシャン、タイムマシンの手品。ほんとうにタイムマシンを発明したのか、それとも・・・・。
「『方霊船』始末」女傑ワンダ・フェアフーフェンへのインタビュー。「零號琴」のキャラ二人の出会い。飛さん、早く「零號琴」を読ませて。
「邪魔にもならない」ゲームを始めて終わるまでの時間を競う。トイレの時間も食事も睡眠時間もすべて競技時間。ロスタイムはいっさい認められない。
「宇宙ラーメン重油味」小惑星群の都市「エキチカ」のラーメン屋。消化管のある生物はすべて客だ。
「9と11のあいだ」トレフォイル族との戦争。連中は偶数が苦手か。
 特集企画の5編はいずれも面白かった。それから「骨のカンテレを抱いて」はめずらしやフィンランドのSF。小生も長年SFファンをやっているがフィンランドのSFを読むのは初めて。高野史緒さんが紹介した作品。オーソドックスなホラーであるが毛色が少し変わってて面白かった。
 今号は久しぶりに読みごたえがあった。やはり読み切り短篇が多いと満腹する。またフィンランドSFの紹介という目新しいSFも読むことができた。じつにけっこうな号であった。  

                                                                                                                                                                                                                                                                  
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ウィスキーは日本の酒である


輿水精一         新潮社

 うまいタイトルである。ウィスキーは、もちろん発祥はスコットランドとされている。だからウィスキーはイギリスの酒である。
 著者はサントリー山崎蒸留所勤務のチーフブレンダーである。著者は日本人でサントリーは日本の企業で山崎は日本の地である。日本には昔から日本伝統の酒日本酒がある。だったら著者は山崎で日本酒を造っているのかというと、もちろんそうではない。ウィスキーを造っているのである。
 酒と文化は不可分。その土地その土地の酒は、その土地その土地の文化があって、その土地の酒ができるのである。ウィスキーはスコットランド、日本酒は日本の、ワインはフランスやドイツの文化があっての酒である。
 著者はスコットランドの酒ウィスキーを、どこの酒でもない日本の酒に仕上げた日本人のウィスキー職人の一人である。日本の文化、なかんずく和食に即したウィスキーを造り上げたのである。
 今、世界の5大ウィスキーは、スコットランド、アメリカ、カナダ、アイルランド、日本。アングロサクソンでないのは日本だけ。その日本のウィスキーはいま、世界的評価が高い。山崎、響、イチローズモルト、世界一の称号を得たウィスキーもある。だから、ウィスキーは日本の酒であるといえるのである。
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ビアンカ・オーバーステップ


筒城灯士郎     星海社

 筒井康隆ゆいいつのラノベ「ビアンカ・オーバースタディ」の続編である。著者の筒城灯士郎は筒井康隆の別名ではない。まったくの別人。筒井が筒城に声をかけたわけでもない。「だれか続編を書いてくれ」という筒井御大の言をまに受けて、若い無名の新人がかってに書いたのがこの作品である。筒井御大、この続編、えらくお気に入りで腰巻まで書いておられる。
 いやあ。なかなかのSFに仕上がっていた。「オーバースタディ」の主人公は高校いちの美少女でマッドサイエンティストのビアンカ北町。今回主人公をつとめるのはビアンカの妹で中学いちの美少女ロッサ北町。どんな話かというと「姉をたずねて3千里」
 天体観測中にビアンカが消失。お姉さん命のロッサはもちろん必死で探す。判らん。天に昇ったか地に潜ったか、はたまた未来へ流れたのか過去へ行ったのか、生きてるのか死んでるのか、ともかく判らん。消失した時刻は判っている。こうなりゃ消失した瞬間を見るしかない。未来人ノブのタイムマシンを借りてビアンカ消失時点にタイムトラベル。ここからロッサ北町の時空を越える大冒険が始まる。包帯をぐるぐる巻いた最未来人。口の悪い中学生AIなど、ロッサにからむキャラもなかなかのもの。そしてどっかから見ている異世界研究者。その研究者が異世界を移動する物体を発見。これこそ宇宙の歴史上で初めて観測された「異世界旅行者」なのだ。その名はロッサ北町。
 破天荒、大ぼら、気宇壮大、そして少しエロもある。たいへんにけっこうなSFでありました。早川の「SFが読みたい2018年版」の2017年ベストSFに入ってない。それに「マイベスト5国内編」で上げてたのは、大阪大学SF研と山岸真氏だけ。あいつらこの本読んでないのか。
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ヒストリア


  池上永一   角川書店

 うおおお。面白い。痛快爽快愉快。600頁を超す長編を一気読みさせる駆動力を備えた小説である。ともかく、この作品の有するトルクははんぱじゃない。強力なトルクでグイグイ読者を引っ張る。
 主人公である。だれが主人公か判らぬ小説もあるが、この作品は、作品中のベクトルはすべて主人公の知花煉に向いている。そして、すべてのエピソード、サイドストーリー、脇役、悪役、登場するキャラクター全員は知花煉と有機的に繋がっている。
 ともかく知花煉が魅力的。これぞヒロイン。強気。絶対に弱音をはかない。何ごとも一歩も引かない。プロレスラー相手にリングに立って、ジャーマン・スープレックスをしかける。元ナチスのエージェント相手に決死の戦いを挑む。商売を始めて巨万の富を築く。為替相場の変動で無一文に。開拓地で農業を始めるが川が洪水。作物が全滅。伝染病に罹って死にかける。だれにも/なににも、知花煉は絶対に負けない。強い。きれい。頭いい。商売上手。
 知花煉。太平洋戦争末期。沖縄。沖縄生まれの煉は沖縄で死ぬはずだった。空からは爆弾と機銃掃射、海からは艦砲射撃、陸からは火炎放射。死ねなかった。そのかわり彼女は魂を落とす。
 アメリカ軍のおたずね者になった煉は沖縄を脱出。南米はボリビアに渡る。そこで、日系ボリビア人のイノウエ兄弟と友だちに。リングで闘った人気プロレスラーのカルメンとも大親友になる。この3人とは終生友だち。
 ボリビアの都会では商売。開拓地で農業。イノウエ兄弟が手に入れた飛行機で空賊稼業。南米を放浪する若い医師エルネスト・ゲバラと恋仲になったりして。革命動乱のキューバに渡り葉巻の密輸で大もうけ。
 波瀾万丈。驚天動地。猪突猛進。不撓不屈ヒロイン知花煉の生き様に酔いしれるべし。買うべし。読むべし。
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星を継ぐもの


 ジェイムス・P・ホーガン 池央耿訳 東京創元社

 たしか筒井康隆師匠の言だったと記憶する。「SFなんてもんはでかいホラ話なんだ。ハードSFはまじめな顔してヨタ飛ばす。あの面白さだ」さすがは筒井師匠、ええことおっしゃる。
 で、「でかいホラ話」を満喫させてくれるのが本作である。「まじめな顔してヨタ飛ばす」面白さをたっぷりと味あわせてくれる。
 読者は最初にでかいホラをどおーんとかまされる。月で真っ赤な宇宙服を着た死体が発見される。どこの基地の者でもない。どこの国の人間でもない。そいつの死亡推定時刻。5万年前。生物学的には人間とまったく同じ。そいつはチャーリーと名付けられた。
 チャーリーとはだれ。どこの何者?この作品は、ほとんど、このことに費やされる。原子物理学者ヴィクター・ハント博士をまとめ役に、世界中の学者がチャーリーの正体に迫る。ひとつ疑問点が解決されると、大きな矛盾が出てくる。それも解きほぐすと、さらに大きな疑問が。そうこうするうちに木星の衛星ガニメデで異星の宇宙船を発見。それはチャーリーと関連があるのか。
 ひとつの巨大な謎を大勢でよってたかって解明していく。うす皮をむくように。そして最後に座っている椅子をけ飛ばされるような、衝撃的な事実が判明。SFミステリー。あ、いいや。ミステリーSFの大傑作である。
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SFマガジン2018年2月号


SFマガジン2018年2月号 №725 早川書房

雫石鉄也ひとり人気カウンター
1位 サイバータンクVSメガジラス ティモシー・J・ゴーン 酒井昭伸訳
2位 マリッジ・サバイバー     澤村伊智
3位 タイムをお願いします、紳士諸君 アーサー・C・クラーク&スティーブン・バクスター           中村融訳
4位 からっぽの贈り物 スティーブ・ベンソン 中村融訳

連載
先をゆくもの達(新連載) 神林長平
筒井康隆自作を語る♯5
「『虚人たち』『虚航船団』の時代」   筒井康隆
椎名誠のニュートラルコーナー(第55回)
岩石回廊               椎名誠
マルドゥック・アノニマス(第18回) 冲方丁 
忘られのリリメント(第6回)     三雲岳斗
マン・カインド(第3回)       藤井大洋
幻視百景(第12回)         酉島伝法
近代日本奇想小説史[大正・昭和篇](第34回) 横田順彌
SFのある文学誌(第56回)     長山靖生
アニメもんのSF散歩(第20回)   藤津亮太

オールタイム・ベストSF映画総解説 PART3
特集・「ガールズ&パンツァー」と戦車SF
アーサー・C・クラーク生誕100年記念特集

 なんだこの表紙はバカにしてんのか。SFマガジンはアニメオタク専門誌に変わったのか。知らなんだ。ワシはSF専門誌だと思っていた。だいたいワシはテレビアニメは観ん。よって「ガールズうんぬん」とかいうもんは観てない。観ない。興味もない。じゃによって特集は読んでない。とはいいつつも小説は読む。「サイバータンクVSメガジラス」は面白かった。これは拾いもんであった。
 半年にわたって掲載された「オールタイム・ベストSF映画総解説」やっと終わる。これで編集部のお好きな映像関係の企画をやり終えてご満足だろう。次から心を入れ替えて、まじめにSFをとりあげてくれ。
 ご覧になればお判りだろう。クラークの特集は欄外に小さく記してある。アニメや映画よりもクラークの扱いが小さいとは。嘆かわしきことこの上なし。
どうせなら、山ほども有る連載を一旦休止して、クラークの代表作「幼年期の終わり」か「都市と星」あるいは「宇宙のランデブー」「楽園の泉」といった長編をどーんと一挙掲載してみろ。
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奇想天外 復刻版


山口雅也編著        南雲堂
 わお。奇想天外だ。うう、なつかし、うれし。日本で唯一のSF専門誌と称するSFマガジンの劣化がとまらず、SF専門誌としての義務も責任も放棄したいま、あの奇想天外誌の復刻は干天の慈雨か荒野の泉か。
 表紙のイラストが懐かしの楢喜八。さっそくページをめくってみよう。目次のレイアウトも第2期奇想天外のものだ。
 「奇想天外」編集主幹の曽根忠穂さんへのインタビュー。第1期は福島正実、小鷹信光が編集顧問につき、第2期は小松左京、星新一、筒井康隆がアドバイザーについた。などなど、小生のような古狸SFファンにとっては興味深い話がいっぱい。
 短編小説もいっぱい載っている。H・F・エリス、ロッド・サーリング(あのロッド・サーリングである。ミステリーゾーンの)、エヴァン・ハンター(エド・マクベイン)、ヘンリー・カットナー、マック・レナルズ&オーガスト・ダーレス、鈴木いずみ、フィリップ・ホセ・ファーマー、そして大和眞也(「カッチン」再録)どうだ、この陣容、いかにも奇想天外じゃないか。懐かしさに涙ちょちょぎれるとはこのことだ。
 そして、最後にあの伝説の、第1回奇想天外SF新人賞選考座談会。新井素子を強力に推す星新一VS新井の文章についていけない小松左京&筒井康隆。結局、星さんの熱心さに小松、筒井ご両所が譲歩。星さんの慧眼である。その後の新井素子の活躍はご存知のとおり。
 このようなうれしい復刻版を世にだしてくれた山口雅也氏には感謝と慰労の言葉をささげる。こういう企画が次にあるのなら、編集はぜひ、永遠のSF少年で、奇想天外出身の山本弘氏にやってもらいたい。
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ブルー・マーズ


 キム・スタンリー・ロビンスン 大島豊訳 東京創元社

 ふ~、やっと読み終えた。しんどかった。ながかった。上巻614ページ下巻634ページ。1200ページを超える長い長い小説であった。
 実はこの作品は出るのを楽しみに待っていた作品だ。3部作のうち「レッド・マーズ」「グリーン・マーズ」が火星SFの傑作なので、その完結編たるこの作品はぜひ読みたいと思っていた。機会があれば、東京創元社の小浜氏に「あれ、いつ出んねん」と聞いていたが、なかなか出ない。で、16年待ってやっと出た。そういうわけで、喜んで読み始めたが、なかなか読み終わらない。読了に1か月かかってしまった。
 正直、「グリーン・マーズ」が出てから16年。なんぼなんでも覚えていない。それでもかすかな記憶を頼りに読んだ。分量的には大河小説だろう。しかし、長大な大河小説を読んだという気はしない。なぜか。この作品、物語の大きな波、うねりが見えない。描写の密度が濃いのだ。細部の描写にばかり枚数を費やして、ストーリーの駆動がおろそかになっている。長い時間、せっせとエンジンは回っている。しかし、エンジンが回っているだけで、どんなふうに駆動力を伝達しているのか、タイヤの回転は極めてゆっくり。時間をかけたわりには車はさほど進んでいない。そういう感じの小説だ。
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2017年に読んだ本ベスト5

 小生の読書スピードは遅い方だ。それに、最近は本を読み始めると、すぐ眠くなる。困ったものだ。とはいいつつも、本はいつも読んでいる。電車の中、会社の昼休み、医者の待ち時間、寝る前。この中で特に多くの時間を読書に使えるのは、朝、起きてから朝食までの時間。会社に着いてから始業までの時間。小生の起床時間は朝の4時。朝食は5時半。この1時間半は読書だ。で、6時には家を出て、7時には会社に着いている。CEタンクの点検したら7時30分。ここから8時の始業までの時間が読書タイム。小生の電話はガラケー。スマホではない。ゲームはしない。空き時間はぜんぶ読書に使える。う~む。今年はもっと読書量を増やそう。
 と、いうわけで、小生が昨年読んだ本のベスト5は次の5冊だ。

1位 サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ 柴田裕之訳 河出書房新社
 知的興奮に満ちた本。はるか古代から、現代、そして未来までをリニアに語るホモ・サピエンス史。上質の長編SFを読むがごとき面白さ。

2位 山猫の夏 船戸与一 講談社
 カンカン照りのブラジルの太陽。死、血、金、欲望、憎悪が渦巻き、犬猫の死体より人間の死体の方が多い地。山猫が笑いながら行く。ヤツは何を考えているのか。

3位 デビルマン 永井豪&ダイナミックプロ 講談社 
 映画は天下の大愚作だが、原作は大傑作。悪魔だ。何が。デーモンか。はたまた人間か。美しく、かつ凄絶なラストは必見。

4位 遥かな海路 神戸新聞社編 神戸新聞総合出版センター
 かって神戸に日本一の巨大商社があった。鈴木商店。稀代の名番頭金子直吉が率いる鈴木商店の栄光と挫折。

5位 破獄 吉村昭 新潮社
 脱獄の天才。実在したスーパー犯罪者を主人公に、どんな牢獄からも脱獄する囚人と刑務所との壮絶なバトル。それとあわせて、刑務所という特殊な環境から観た戦中戦後。

次点 あとは野となれ大和撫子 宮内悠介  角川書店
 大統領が暗殺され政治家どもはみんな逃げた。国を司ったのは大統領の薫陶をうけた女の子たちだった。

 SFは「あとは野となれ大和撫子」だけであった。早川書房と東京創元社の本が1冊もない。2017年はSF不作の年だったのか、はたまた、小生がボケて最近のSFの良さが判らないのか。う~む。
 
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