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8月31日(金) マングース深酒する

「なに。もうそのへんでやと」
「もう一杯くれ。もう一杯」
「これが飲まずにおられるか」
「ワシどうしたらええんかわからんわ」
「ワシ、ワシはマングースや」
「ほんま、こんなとこへ来とうなかったんや」
「そや、ハブを退治してくれゆうから来てやったんや」
「確かに最初は喜ばれたわ。マングースVSハブなんて異種格闘技戦みたいなこともやったりして、ワシちょっとしたスターやったんやで」
「それがなヤンバルクイナを食ったゆうてえらい怒られて」
「そんなもん、ワシが知るかいな」
「そや、ワシ、マングースやで。人間の都合のええようにハブだけ食うなんてことできるか。腹減ったらヤンバルクイナも食うわいな」
「なに、ヤンバルクイナは貴重な動物やて。そんなことワシが知るか。ボケ」
「もいっぺんゆうけどな、ワシはこんなとこ来とうて来たんやないで。来てくれゆうて頼まれたから来たんや」
「それがマングースは邪魔やて。勝手といえばあまりに勝手とちゃうか」
「ええい。今夜はとことん飲むぞ。酒や酒」

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SKAT.6


第44回宣伝会議賞実行委員会編      宣伝会議

 宣伝会議賞は宣伝会議(昔は久保田宣伝研究所といった)が毎年実施している広告コピーのコンテスト。キャッチフレーズだけが審査対象で原稿用紙に鉛筆だけで応募できる。広告関係のコンテストとしてはたぶん日本最大だろう。
 1962年に始まり2006年で44回を数える。第44回目は20万624本の応募があった。
 小生は昔、広告の勉強をしたことがある。少しの間だがコピーライターをやっていた。クボセンのコピーライター養成講座大阪校の17期生だった。「情熱の17期」のみなさん、お元気ですか。
 紆余曲折があって広告業界を去ったが、宣伝会議賞には毎年応募している。なんらかの結果を出すまで応募を続けるつもりだ。もちろんこの44回にも応募した。2作品だけ1次審査を通っていた。
 この「SKAT.6」は第44回宣伝会議賞に応募された作品のうちで、1次審査を通過した作品すべてが収録されている。
 553ページの本で、審査員のあいさつと協賛企業の課題紹介のページをのぞくと、あとはすべて応募された広告コピー。小さな活字で広告のコピーがえんえんと掲載されている。コピーや広告に興味のない人が手にしてもまったく面白くないだろう。しかし興味のある人にとってこれほど面白い本はない。
 1つの課題に対して実にたくさんの応募作品が掲載されている。一読してわかるのはのは人間の考えることはみんな同じ、ということ。同じアイデア同じ切り口の作品がいくつか並んでいる。さすがに賞に選ばれた作品は他と一味違うコピーになっていた。
 小生もさんざん頭を悩まして応募したからよく分かるが、人と違うことを考え出すのはいかに難しいか実感できる。

「こんにちは土曜日くん」 土屋耕一
「おいしい生活」     糸井重里
「おしりだって洗ってほしい」 仲畑貴志

 いずれも日本の広告史に残る名作である。土屋と糸井の作品はデパートの伊勢丹のコピー。特に土屋の「こんにちは土曜日くん」はわが国に週休二日制が定着しはじめた時代のもの。土曜日も買い物にいらっしゃい、ということをストレートに出さず、土曜日を擬人化してそれをデパートの広告に使うという発想がすごい。これらの作品は土屋、糸井、仲畑にしか作れないコピーだ。
 「SKAT.6」を読むと、小生の作品も含めて、死体が累々と転がる戦場を思わせる。それも同じ所に同じ弾を受けた死体ばかり。なかには虫の息でまだ生きている作品もあるが。大虐殺の弾丸の嵐をくぐり抜けて生き残るのは大変だ。今年こそがんばろう。
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8月30日(木) ゴールの向こうに何がある

 6月19日の日記で紹介したパイナップルが大きくなったので植え替えた。実のすぐ下を切り頭に生えている葉っぱを出して植える。順調に行くと1年ほどで4代目が育つ。
 小さな植木鉢の中で世代交代を繰り返してる。生き物ってこうして生命を順送りしていくのだな。生命のバトンを受け取った最終走者のゴールには何があるのだろう。
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8月29日(水) そうめんの具


 夏の朝食はなんといっても冷たい麺。冷たい麺の代表といえばやっぱりそうめんでしょう。細い麺がつるつるとノドを通る感触は何ものにも替えがたい快感です。
 ところで、そうめんには必ず具をつけますが、小生はいつも干し椎茸の煮物、錦糸卵、きゅうりの千切りの3種。あれこれ考えるのですが、最終的にはいつもこの3種になってしまいます。
 出勤前の15分ほどで作れる(椎茸だけは前の晩に煮ています)。冷えてもおいしい。などの条件を考えるとこの3種が今のところ、小生のそうめんの具ベスト3。
 そこでお願いです。このブログをご覧になっている方で、これ以外でおいしいのそうめんの具をご存知なら教えていただけないでしょうか。

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8月28日(火) クレーンには近寄らない

 去る8月25日に川崎造船神戸工場で大型ジブクレーンの倒壊事故があって、3人の方が亡くなった。まことに痛ましい事故で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げる。また負傷された方々の一日も早い回復をお祈り申し上げる。
 事故を起したクレーンはジブクレーンといって腕(ジブ)を長く伸ばして、そこからワイヤーを垂らして吊り荷を吊るタイプ。普通クレーンと言って思い浮かべるのがこのタイプ。
 その他のクレーンの種類は、門型クレーン、天井クレーンなどがある。門型クレーンは文字通り門の形をしており、門が前後に走向し、門のガータ(ケタ)に沿ってトロリが横行して荷を移動させるもの。
 天井クレーンは建物の天井に設置されていて、構造は門型クレーンと基本的には同じ。先の中越沖地震のさい柏崎原発内のクレーンが破壊されとの報道があったが、あのクレーンは天井クレーンである。
 門型、天井のクレーンはほとんどが工場内で使用されるので一般の人が目にするのは少ないだろう。
 街を歩いていて一番目にする機会が多いのは、川崎造船で事故を起したクレーンと同じタイプのジブクレーン。ビルの工事現場では必ず使われている。資格を持っていない人はクレーンの近くに近寄らないのがベストだが、それでも工事現場の近くを通らなくてはいけない場合もあるだろう。
 クレーンはジブの先からワイヤーを垂らしその先のフックに荷を付けて(玉掛け)吊る。バランスを取るため運転席の後ろ、お尻の部分にカウンターバランス・ウェイトといって重りが付けられている。そのため負荷がかかっていない状態ならば後ろが重たい。倒れるとすれば後ろへ倒れる。今回の川崎の事故も後ろへ倒れた。見た感じジブの有る前に倒れそうだが、後ろの方に重心がある。もちろんジブの伸展ぐあいで一概にはいえないが、このことを頭に入れておけば万が一事故に遭遇した時の参考になると思う。
 クレーンで吊られた吊り荷の下には絶対に立ち入ってはいけない。近くにも行ってはいけない。吊り荷の真下にいないから大丈夫と思うかもしれないが、そうではない。
 クレーンで荷を吊れる状態にする作業を玉掛けというが、玉掛けにもいろいろやり方がある。通常は玉掛けワイヤーを、2本か4本を使う2点吊りか4点吊り。
 玉掛け事故のうち落下事故の占める割合は大きい。落下といっても真下にドスンと落ちることは案外少ない。
 例えば4点吊りの玉掛けをした吊り荷としよう。この時4本の玉掛けワイヤー全部が同時に切れるか外れれば荷は真下に落ちる。確率的にそういう事故は極めてまれ。ほとんどは4本のワイヤーうち1本が切断あるいは外れる事故だ。なんトンという荷を4本のワイヤーで支えているうちの1本が切断。どのワイヤーが切れるか、荷の形状、重心の位置、アイボルトの位置などによって荷はどこに飛んでくるか分からない。大丈夫だろうと思っていても、なんトンという鉄の塊があなたの頭を直撃するかもしれない。だからそういう場所からはできるだけ離れていよう。
 クレーン事故、玉掛け事故は工場内での事故が大多数だが、一般の人も工事現場など、そういう作業をしている場所をやむをえず通る事もあるだろう。もちろん、そういう場所にはガードマンがいて、原則的には彼らの指示に従っていれば安全と考えても良いだろう。しかし、何事にも想定外ということがある。だからこそ悲惨な事故が絶えないのだ。
わが国では、毎年、クレーンと玉掛けの事故で年間2500人以上の人が負傷し、100人以上の人が亡くなっている。
 せめてこのブログをご覧になっている方々だけでも、こういう事故には巻き込まれてもらいたくないので、このような記事を書いたしだい。
 ご安全に!
 

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8月27日(月) さらば西村寿行さん

 西村寿行さんが亡くなった。享年76歳。死因は肝不全。二日に一本アーリータイムを開けるという酒豪だったとか。
 西村寿行はSFファンの小生が大藪春彦とともに愛読した作家。それまで少年の読み物とされていた冒険小説を、大人のエンタティメントとして確立した最大の功労者は西村寿行だろう。それまで生島治朗という先駆者はいたが「君よ憤怒の河を渉れ」で日本の冒険小説を開花させたのは西村だ。
アリステア・マクリーン、ギャビン・ライアル、ジャック・ヒギンズなどの英国製冒険小説で飢えをしのいでいた日本の冒険小説ファンが、国産の冒険小説を読めるようになったのは西村寿行のおかげだろう。それ以後、田中光二、船戸与一、谷甲州など、優れた冒険小説作家が出てわが国の冒険小説ファンも飢えなくてすむようになった。
 西村の小説のパターンに復讐物語がある。愛する人を奪われた主人公が、奪った犯人を追いかけて復讐を果たす物語。追跡の途中で主人公はたびたび敵方に捕まり拷問を受ける。それが尋常な拷問ではない。酸鼻を極める拷問。でも、なんと逃げ出し復讐行を続ける。それも平坦な道中ではない。臥薪嘗胆、艱難辛苦、難行苦行。そこまでしなくてもいいのでは。それだけやればあの世の故人も許してくれる。もうやめたら。と、読んでいて思うが主人公は絶対あきらめない。寿行さん、もう堪忍してやれよ、と、読者が作者にお願いしたいぐらい。西村寿行の復讐譚はそれほど濃密ですさまじい。
 ともかく西村寿行の小説は濃く熱い。すさまじい暴力と人間の持つ執念情念を極限まで描きながら、ある種詩情を感じ、また時にはユーモアさえも感じる。そして西村作品の底の方に仏教的な思想をかいま見えることもある。
 西村寿行の作品で印象に残ったものを思い出してみよう。
「君よ憤怒の河を渉れ」
 この作品で日本の冒険小説は花開いた。
「往きてまた帰らず」
 狂気のテロリスト僧都保行。秀逸な悪役キャラ。いま考えると地下鉄サリン事件を予言しているような作品といえる。
「化石の荒野」
 初期のハードアクションの傑作。
「滅びの笛」
 日本のパニック小説№1と小生は思う。
「蒼茫の大地、滅ぶ」
 寿行の作品を一つだけ選べといわれたらこれ。飛蝗の大群が東北6県を襲う。非情な中央に対し6県は日本から独立を目指す。
「牙城を撃て」
 暴力、情念、執念、陵辱、再起、追跡、復讐。
「地獄」
 西村寿行本人と出版各社の担当編集者が死んで地獄に。地獄でドタバタ。寿行作品で最もユーモラスな作品。西村寿行バージョンの「地獄八景亡者戯」

 つつしんで西村寿行さんのご冥福をお祈りします。熱い作品をどうもありがとうございました。

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どろろ


監督 塩田明彦
出演 妻夫木聡 柴咲コウ 中井貴一 中村嘉葎雄 原田美枝子 土屋アンナ

ニュージーランドでロケをしたとか。確かにその効果は出ている。景色が広大で日本ではない感じ。手塚治虫の原作は日本の室町期が舞台だが、映画は日本の過去と思われる架空の時代が舞台。登場人物の名前も日本名だし、どうも戦国時代なのだが少し違う。街の様子も違うし、盛り場でベリーダンスを踊っている。決定的に違うのは城の形。天守を持つ日本の城郭ではない。ジブリのアニメに出てくるような城だ。だから、この映画は時代劇というより異世界ファンタジーとして観た方がいいだろう。
 お話は手塚の原作でご存知の方も多いと思う。武将醍醐景光は己の野望実現のため48の魔物と契約をかわす。自分に力を貸せば、生まれてくる自分の子どもの身体をやるとの契約。男の子が生まれる。子供は体の48の部分が欠損した子供だった。
 景光は一国一城の主となる。子供は母の手で川に流される。子供は呪術士に拾われ、欠けている部分を人工物で補われ、武術を教わる。
 子供は百鬼丸と名乗り、自分の身体を奪った魔物を探す旅に出る。魔物を一体倒すたびに欠損している身体の一部分が戻ってくる。百鬼丸は旅の途中、どろろと名乗る男の格好をした女盗賊と出会い一緒に旅をする。
 映画は原作の漫画よりファンタジー色が濃くなっている。例えば百鬼丸の手足は原作は木彫りで作られるが、映画はマッドサイエンティストの実験室のような所で作られる。で、映画の出来はどうかと聞かれれば、難しいところだが上出来とはいいかねる。駄作ではないが、芯を少し外れ球威に押された大きなファウルといったところか。どっちかいえば映画を観る時間があれば手塚の原作を読んだ方がいいだろう。
 どろろ役の柴咲コウ。うまい女優さんだがこの映画はいただけない。しゃべりすぎでギャーギャーとうるさい。彼女は黙ってふくれっ面をしているのが一番魅力的。百鬼丸役の妻夫木聡は適役だった。醍醐役の中井貴一もいい。
 この映画で一番の見所は百鬼丸と魔物との戦い。実はこの一番の見せ場がこの映画の最もだめな部分。どういう魔物とどういう戦いをするかが腕の見せ所だが完全に失敗している。
 戦闘シーンは、さすがに立ち回りはスターウォーズのチャンバラより上手かったが、たいした工夫もされていないし美しくもない。せめてチャン・イーモウの「英雄」の立ち回りぐらいは見せて欲しかった。
 決定的にだめなのは魔物。これは原作の漫画の方が圧倒的に良い。SFへの造詣も深い手塚の描くベムは非常に魅力的なものも多い。漫画「どろろ」の魔物も手塚の異生物創造の才能がいかんなく発揮された魔物が多かった。映画の魔物は仮面ライダーのショッカー怪人とたいして変わらない。誤解してもらっては困るが、小生は別にショッカーの怪人を悪くいってはいない。あれは仮面ライダーだからあれでいい。映画「どろろ」は独自の魔物を創ってもらいたかった。


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8月26日(日) 塩の焼き鳥

 
 8月の鶏料理月間の最後はやっぱり焼き鳥。それもタレではなく鶏の旨みをストレートに味わいたいから塩の焼き鳥。熱源はぜひとも炭火を使いたい。
 鶏肉はモモ肉、砂ずり、ササミ。野菜はトウモロコシ、長ネギ、エリンギ、なす。
 モモ肉、砂ずりはシンプルに切って串に刺し、塩して焼く。小生は砂ずりが好き。あのコリコリした歯ざわりがたまりません。
 ササミはさっとあぶって、梅干を裏ごししたものをつけて、シソの葉でくるんで食べる。さっぱりしてておいしい。
 野菜類は焼く前に油(ごま油かオリーブオイル)を塗って焼くと、水分が蒸発せず、野菜がパサつかないで具合がいい。
 もちろんビールを飲む。
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8月25日(土) 三色丼


 三色丼。丼としては軽いめの丼。夏の昼食にいいだろうと思って作った。
 まず、鶏ひき肉を小鍋にごま油をひいて炒める。醤油、酒、砂糖で味付け。少し甘目がいい。次に炒り卵。卵をときほぐすとき生クリームを入れるときれいな黄色になる。卵3個にコーヒーフレッシュ1個がちょうどいい。
 もう一色は栄養のバランスを考えて野菜を使おう。ほうれん草や小松菜をゆでて刻んで醤油をたらしたものをよく使うが、今回は夏だからキュウリを使う。ちいさいめのサイの目に切って、醤油とワサビで味付け。
 三色の具を炊きたての熱々のご飯にのせて食べる。
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8月24日(金) 警官がストーカー?

 警視庁立川署の巡査長が女性を射殺して拳銃自殺した。女性はつきまとう巡査長に困り果て、別の警官に相談したが取り合ってくれなかった。
 身の危険を感じ警察に相談したが取り合ってくれない。困っているうちに事態は悪化。そして最悪の殺人事件に。こういう事例が今まで何度あったことか。あの時警察がもっと機敏に対応していれば失わなくてもよい命がいくつあったことか。警察はその都度反省して再発防止を誓うが、警察、少なくとも警視庁はまったく反省していないことが今回の事件でよく分かった。被害者の女性の訴えに真摯に耳を傾けていれば、女性は死ななかっただろう。
 今回は特にストーカーの犯人が警官だから始末に悪い。一般人の男が女性のまわりをウロウロしたり、彼女の自宅の前で待ち伏せしたりしたら、怪しまれ警察に通報されるだろう。これが警官だと、それを見た人も、何か警察の仕事でやっているのだろうと、別に怪しまれないだろう。
 もし、これが警官ではなく、一般の男性だったら、警察はどういう対応をしたのだろうか。ストーカーが警官の場合と一般の男性では、警察の動きは同じであっただろうか。警察の身内びいきはなかったのか。このあたりも充分に究明するべきだ。
警官は拳銃という殺人の道具を持っている。本来は市民の安全を守るための拳銃が、己の欲望を貫くため被害者と自分の命を奪ってしまった。拳銃の管理方法も考える必要がある。
 犯人の警官は自殺して、もうこの世にいないが、警視庁はいったい何があったのか充分に調べて事実を公表すべきだ。犯人は死者になったとはいえ罪は許されるものではない。
 警官といえども性欲はある。ほとんどの警官は理性的に行動し職務を真摯に遂行している。しかし、今後もこのように理性で自分の欲望を押さえられない半端者も出てくる可能性は否定できない。上記のように警官がストーカーになると非常に始末に悪い。全国の各警察は再発防止を真剣に考える必要がある。

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8月23日(木) 自腹切り

 経営危機を脱出した企業の経営者に「ボールペン1本、コピー用紙1枚まで節約した」と、自慢する輩がいる。
 小生が以前いた会社でも同様のことがあった。消しゴム、ボールペンといった文房具は総務が厳重に管理、使えなくなったものを持ってきて物々交換。だれがいつ何を取りに来たか記録していて「あんた××日にあげたでしょう。あれどうしました」と聞かれる。
 こういう具合になると「自腹切り」が社内に横行するようになる。文房具を総務にもらいに行ったら、素直にくれない。そんなことなら自分で買う。ボールペン1本でごじゃごじゃいわれるぐらいなら自分で買う。それがエスカレートして少々高価なものでも自腹で買う社員が出てくる。フロッピーやプリンター用のインクカセットまで自腹切りする社員もいた。で、総務は前月比で何パーセント経費の節減ができた、と自慢。アホじゃなかろか。
 当時小生は労働組合の執行委員をやっていた。労使委員会のとき「自腹切り」を問題にした。会社は「仕事に必要なものは遠慮なく申し出くれ」との回答。「自腹切りはやめよう」とのポスターを制作して会社の回答を全組合員に告知した。さすがに「自腹切り」はなくなったが、総務でイヤミをいわれたという人も何人かいた。
 また、こんなことがあった。経費節減のため社内で使う図面のコピーは使用済の紙の裏を使うべしとなっていた。で、機構設計の人間が機械工作課に回す図面を会社のお達しに従って裏紙にコピーして回した。機械工作課はその図面を元に板金部品をいくつか製作して組立課に。組立課の課長がカンカンになって機械工作課に怒鳴り込んできた。わけのわからん部品をつくるな。機械工作課は図面どおり作っていると反論。よく調べてみると、図面の裏が正しい図面。
 設計者は使用済の紙にコピーしたわけ。その裏に大きくバツでもして機械工作へ流せばいいものを、そのまま流したから裏の図面で板金を作っていたというおそまつ。その後コピーは裏紙を使うべしというお達しもなくなった。
 経費節減も確かに必要だが、あんまりしょうもないことで従業員を悩ますとロクなことがない。文房具やコピー用紙を節約したとしても、金額的にはたかが知れている。これは会社が、これだけ必死なんだ困っているんだという姿勢を社員に示して、精神的な引き締めをしているにすぎない。
 こんなしょうもないことで従業員を悩ますより、もっとのびのび仕事をさせた方が効果が出ると思うが。

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8月22日(水) テレビの上の妖怪

 小生は長年のSFファン。大昔からSFファンダムなる世界に棲息している。SFファンもこれだけ長いと友人、知人も多くできる。
 知らない人はSFファンなる人種は、奇妙奇天烈なものが好きな連中だから、さぞかしおかしげな人々が多いことと思われるだろう。そんなことはない。みなさん、極めて真っ当な人ばかりである。立派な社会人や学生として人並み、いや、人以上に世の中で活躍しておられる。
 SFファンはしっかりと常識をわきまえた常識人ばかりであるが、中にはユニークな人もいる。これは別段SFファンダムに限ったことではなく、ある程度の人の集団ができれば、変わり者がいるのは自然なこと。
 さて、小生が出会ったSFファンで一番ユニークなのは、なんといってもMくんだろう。国立大学の理学部で理論物理を勉強した秀才で、SFを書かせてもSFマガジンのコンテストで何度か1次予選を通過したことがある。
 小柄で長い髪をしており、極細のシャープペンシルで虫眼鏡でないと見えない細かい字で、びっしりと原稿を書く。何人かで喫茶店にはいったら、だれか犠牲者を捕まえてマンツーマンでじっくりと話し込む。小生も犠牲者になったが、理屈に理屈を重ねる極めて高度な団子理屈でからめとられて逃がしてくれない。何度か口喧嘩をしたり論争したことがあったが、小生ごときでは絶対勝てない。知っている限りでは彼とまともに論争できる人物は評論家の巽孝之氏ぐらいのものだろう。
 ともかく社会的な常識の埒外にいるご仁で、深夜の2時、3時といった時間に電話をかけてくる。「涅槃の電話」といって関西のファンダムで恐れられた。
「昨日な涅槃の電話があってん」「え、ほんまか」「ほんま」「それは、それはご愁傷様。なんまいだぶなんまいだぶ」
 小生のように彼の扱いをある程度分かっている人ならばいい。しかし、Mくんをよく知らない若いSFファンは、おうおうにして恐い目にあう。
 大阪のSF大会の合宿でのこと。ある若いSFファンが一人で合宿所の自室に入った。何人かの相部屋である。早く着いたので部屋には誰もいない。ところが何か不思議な「気」を感じる。異様な気配が部屋の中に漂っていたとのこと。で、ふと見るとテレビの上にMくんが座禅して座っていた。半眼に開けた目でジロと見られた。若いファンは視線が合ってしまった。しばし見詰め合った。若いファンは何かに憑かれたようになってにらめっこをしていたそうだ。蛇ににらまれた蛙である。そうこうしているうちに部屋の他のメンバーががやがやと入ってきた。その人たちはテレビの上のMくんを全く気にせずにお話をはじめた。若いファンはやっと呪縛から解けた。

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沈黙のフライバイ

野尻抱介 早川書房

 5編の短編が収められた短編集。
「沈黙のフライバイ」
 SETI地球外文明探査をテーマとしたもの。サーモン・エッグ計画という画期的な探査方法が出てくる。
「轍の先にあるもの」
 探査機が小惑星エロスから画像を送信してきた。その画像を見た主人公のSF作家は強く興味をひかれる。長い年月を経てSF作家は、長年の念願が叶い有人小惑星探査機に乗ってエロスへと向う。
「片道切符」
 火星への有人探査に出発した4人のクルー。ところが計画に反対するテロリストによって重大な障害が発生。計画は中止されるのか?4人は火星に行くのか帰るのか決断を迫られる。テロリストの正体は?
「ゆりかごから墓場まで」
 C2Gスーツ。それは光さえあれば無補給で「ゆりかごから墓場まで」まで生きていける完全閉鎖系生命維持スーツ。このスーツをめぐる三つの物語。
「大風呂敷と蜘蛛の糸」
 成層圏のさらにその上の中間圏にも風が吹く。その風を利用して凧を揚げて、そこからロケットを打ち上げようというアイデアをコンテストに提出した女子大生。有人計画として実現したプロジェクトに参加した彼女は、発案者の特権で凧に乗り込む。
 5編とも近未来の太陽系内での宇宙が舞台。SFの分類で行けばハードSFということになるのだろう。小生のごとき中高年SFファンはハードSFというと日本では石原藤夫、堀晃、海外ではアーサー・C・クラーク、ハル・クレメント、ジェイムズ・ブリッシュなどを思い起こすが、野尻のハードSFはこれらの作家のだれにも似ていない。しいていえば雰囲気が光瀬龍に似ているかな。
 いずれの作品もかってのNHKの「プロジェクトX」のネタになりそうだが、各編の主人公たちは「プロジェクトX」みたいにがんばらない。サラッ、と軽やかに事を成していく。例えば「大風呂敷と蜘蛛の糸」の主人公沙絵などは命がけの大冒険をしているはずなのだが、地上の指導教官と冗談をいいつつ危機を乗り越えていく。
 出てくる宇宙探査はいずれも実際にある計画を元に書かれているので、極めてリアルな描写で読み応えがある。とはいうもののガツンとくる読み応えではなく、フワッとくる読み応え。このあたりはライトノベル出身の野尻ならでは味わいだろう。好短編集であった。
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8月21日(火) ICOCAのメリット

 通勤はJRを使っている。定期券はICOCAだ。JR西日本の広告ではICOCAのメリットとして一番に上げているのは「パスケースから出さずに改札機にピッとするだけ」だそうだ。確かに磁気カードの定期券のように、機械に挿入するやり方より便利である。しかし、それ以前は定期券をパスケースに入れたまま改札口で駅員に見せるだけだった。
 JRに限らず最近の各鉄道の定期は、このピッとやるタイプが多くなった。このやりかたは乗客にとっては、駅員に見せる昔のやり方と手間は同じ。ピッとやるか駅員の目にみせるかの違いだけ。
 ICOCAは改札の人員を減らすのにメリットがあるのだろう。考えてみればICOCAは乗客よりもJRにとってのメリットの方が多いのだろう。それをいかにも乗客にとってのメリットのように広告しているのはいかがなものか。

 阪神VSヤクルト。阪神逆転勝ち。タイムリーヒットやホームランを打たれる。4球だす。お得意のボーク。危険球退場。と、ジャン大あばれ。7点もとられれる。今日は負け、と、思とったら鳥谷のホームラン、そして桧山の代打満塁ホームラン。矢野の勝ち越しホームラン。と、あれよあれよと逆転。そしてJFKが3人づつ抑えてゲームセット。いやあ結構結構。あっぱれあっぱれ。
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8月20日(月) 同族経営、その罪万死に値す

 賞味期限をごまかしていた北海道土産「白い恋人」の石屋製菓の石水社長が辞任する。この石屋製菓は大変なワンマン&同族会社で、経営にかかわる大切なことはすべて社長の母親と社長で決めていた。他の役員もほとんどが石水家の親族。石水社長自身も創業者の2代目。
 石屋製菓の従業員の方々にはお気の毒としかいいようがない。このような不祥事をおこした会社の従業員は共犯者との見方をするムキもあるが、小生はそうは思わない。むしろ彼らは被害者だと思う。
 このたびの賞味期限のごまかしにしても、決定して実行したのは工場長クラスの管理職だろう。製造現場で働く従業員は管理職の指示に従っただけである。会社という組織において、それがどのような指示であろうとも、指示に従わないということは職を失うことである。
 それにしても同族経営ほど罪深いものはない。不二家、ミートホープ、パロマなどなど、問題をおこした企業はほとんどが同族経営。同族ということは社長は先代社長の子供が、役員は社長の親族がなる。会社の決定事項は創業者一族だけで決めてしまう。ここに他人が口をはさむことはできない。アホが何人か集まって決めてもアホなことしか決まらない。まわりの人間が「そんなアホなことしたらあきまへん」といってもアホの集団は聞く耳を持たない。だから同族経営の会社にアホなことする会社が後を絶たないのだ。
 自分が作った会社を赤の他人にやるのはいや。かわいい血を分けた息子に跡を継がせたい。これ、親の個人的感情で親子の情に溺れているだけ。創業者といっしょに苦労に苦労を重ね、現場からたたき上げた、真に社長にふさわしい人がすぐ横にいるのに、ただ社長の息子だというだけで、どんなバカでもアホでも社長になってしまう。で、結局アホして会社を傾けてしまう。これでは苦労して現場で働いてきた従業員はたまらない。
 会社は創立した瞬間、「公」の性質を帯びる。だから、いくら創業者といえども個人的感情で会社をどうこうできないはず。それが嫌なら株式を上場してはいけない。また、株式会社にしなくとも、一人でも他人を雇えば、会社の経営者は従業員の生活に対して責任を負うべき。だから、その時点で会社は創業者の個人的な所有物ではなくなる。
 それが嫌で、どうしても自分の会社の跡を自分の子供に継がせたいなら、もちろん株式会社にしてはいけない。また従業員は一人も他人を雇わず、全員、パート、アルバイトも含めて子供、妻、親、兄弟、親戚だけでやるべきだ。
 会社を個人的な感情に溺れて左右することは万死に値する犯罪だといえよう。
もしこれをご覧になっている世襲の2代目3代目の経営者は直ちに辞任して、真にトップにふさわしい人に社長の座を譲るべきだ。

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