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百日紅


監督 原恵一
出演(声) 杏、松重豊、濱田岳、高良健呉、美保純、筒井道隆、立川談春

「オレのオヤジはへんなオヤジ。なん十畳という紙にでっかい達磨を描いて、その翌日には米粒に雀を描く」
 そのへんなオヤジ=葛飾北斎。世界で最も有名な日本人。主人公はその北斎の娘お栄。23歳。彼女もオヤジと同じ絵描き。
 圧倒的な映像力のアニメだ。ものすごくきれいな映像である。江戸の街を、そのきれいな映像で活写している。この映像を観ただけで、この映画は成功していると思う。
 この映画の魅力は映像だけではない。なんといっても主人公、北斎の娘、お栄のキャラクターである。ご覧のような女性である。ゲジゲジ眉毛で、お世辞にも美人とはいえない。色気もない。若い娘だが男っ気もなざそう。気が強くプライドも強く口も悪い。自分のことを「オレ」という。師匠であり父親でもある北斎を「鉄蔵」と本名で呼び捨て。北斎の内弟子善次郎を「ヘタ善」とけなす。こわいものなしのお栄だが、絵筆を取ればプロの浮世絵師になる。北斎の代筆までする腕前だが、北斎にいわせれば半人前。このお栄さんがものすごく魅力的。原監督の演出も秀逸で、お栄をカーソルとして観る江戸の街が見ものだ。杉浦日向子さんの原作は未読だが、この映画の時代考証も怠りはないと思われる。お栄さん=葛飾応為の肉筆画の実物は、この時に見た。見事な美人画であった。
 傑作アニメである。二重丸でおすすめ。  
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水木しげるさんが亡くなった

 漫画家の水木しげるさんが亡くなった。93歳。人間よりも、どっちかというと妖怪に近い方だったので、いつまでも生きておられると思っていたから、この訃報は意外であった。
 小生も水木さんの漫画に親しんだクチだった。「ゲゲゲの鬼太郎」は原作も読んだし、テレビのアニメもよく観た。「悪魔くん」ももちろん。
「ゲゲゲの鬼太郎」後期は子供向けヒーローであったが、「墓場の鬼太郎」の時は「ゲゲゲ」よりも、もっと怪奇色の強い、決して子供向けではない漫画であった。小生の記憶に間違いがなければ田の中勇の声でおなじみの「目玉のオヤジ」は、かって身体があった。それが身体が溶ける病気になって、息子への愛の執念で、目玉だけが身体からとろ~りと溶け出し、息子鬼太郎の保護者となったのだ。
 それに、貸本屋時代の水木さんの漫画で「地獄の水」というのを覚えている。ずいぶん昔の事なので詳細は忘れているが、怖い思いをしたのを憶えている。

 水木しげるさんのご冥福をお祈りします。ま、こんなこといわなくても冥界に通じた方だから心配無用か。
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さつまいもごはん


 いもや。さつまいもや。きょうのメシはさつまいもの炊き込みご飯や。まず、さつまいもを切るぞ。皮つきのままでええで。
 米は洗って吸水しとく。これを昆布ダシで炊飯するで。炊飯器をつこうたら失敗せんし手軽やけど、土鍋で炊いたらふっくら炊けてうまいで。土鍋でもちゃんと手順をふんで炊いたら失敗せえへんで。
 土鍋に米、昆布ダシを入れる。昆布ダシの分量は米と同量や。米が2合やったら昆布ダシも2合や。酒と塩でちょっと味付け。
 さて、炊こか。おっと、かんじんのさつまいも入れるの忘れたらあかんで。土鍋を加熱。最初は中火やな。で、蒸気がシューシューいいだしたら、弱火にすんねん。で、10分炊く。10分たった。火を止めるぞ。フタ取ったらあかんで。そのまま10分蒸らすねん。あとは黒ゴマふってできあがりや。
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ざこば・南光・塩鯛三人会に行ってきました。


 きのうは落語会に行って来ました。芦屋の市民センター・ルナホールで行われた第69回市民寄席、「ざこば、南光、塩鯛三人会」です。芦屋市民寄席ですが、芦屋市民以外でも観覧できます。私は神戸市民ですがチケットを入手できました。この面子で前売り3000円は安いです。
 神戸は兵庫区の会社を定時に出ても、芦屋ですから、6時開場には充分間に合います。
 トップバッターは桂弥太郎さん。桂吉弥さんのお弟子さんです。米朝師匠の曾孫弟子ということになります。「時うどん」を演じられました。「ひっぱりな」がない、一人でうどんを食うバージョンでした。
 二人目は桂宗助さん。「稲荷俥」です。宗助さんらしい、きちんとまとまった噺でした。
 三人目は桂南光さん。演目は「抜け雀」でした。ボロボロで文無しの絵描きがえらそうにするのが、いかにも南光さんらしく、面白かったです。後半とオチを少し変えておられました。後半の老人の絵描き(実は前半の絵描きの父親)が描くのは鳥かごですが、この時の南光さんは雀の止まり木だけを描いてました。サゲが「親にかごをかかせた」を「天狗になるなといういましめ」にしておられました。
 中入り後のトリ前は桂ざこば師匠。「笠碁」をやらはりました。ざこば師匠の話芸を堪能しました。「待った」でケンカになるおっさん二人。二度とあいつとは碁はうたん。といいつつも、どうしても碁をうちたい。碁の相手はあいつしかおらん。ケンカしつつ離れられないおっさん二人の心情が、ざこば師匠の話芸で爆笑しました。
 さて、トリは桂塩鯛師匠。本来は江戸落語の「小間物屋政談」を演じられました。塩鯛師匠が演じると違和感なく上方落語となっておりました。比較的長い噺ですが、途中で「小間物屋政談の半ばでございます。と、ここで終わったら怒りまっしゃろ。ここからが本題でございます」とのギャグをはさんで後半にはいられました。後半は上方落語ではおなじみ、名奉行佐々木信濃守さまがおでましになるお白洲のシーンとなるわけですが、名奉行とも思えぬ意外なお裁きから、ハッピーエンドとなるサゲまで、さすが塩鯛さんのお噺です。
 面白かった。楽しかった。落語はやっぱり生で観るものです。
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イジける傘


 ぼく、どうせ折りたたみの携帯傘さ。ちゃんとした傘やと認められてへんねん。朝、出かけるとき、雨か晴れかわからんときは、確かにぼくは重宝されることもあるで。なんせ、ぼく、小さいからな。カバンに入れられるし。そやけど、最近はカバンが重くなるゆうて、あまり持ち出されへん。「お前持ってくぐらいやったら、コンビニでビニール傘買う」そやから、最近は引きこもりや。
 こないだ夕方から雨降ったとき、久しぶりに、ぼく仕事したんや。そやけどちゃんとたたんでくれへんねん。めんどうや。ここにおれ、ゆうて傘立てに放りこまれたんや。あんまりや。だから、ぼく、傘立ての中でイジけてんねん。
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とつぜんSFノート 第73回


 かって、SFは冬の時代、いや、氷河期、いやいやSFは死んだとまでいわれた時期があった。さすがに、今はそんなことはないが、ことSF雑誌に関しては厳冬期というべきだろう。
「SFマガジン」「奇想天外」「SFアドベンチャー」「SF宝石」と、いっときは毎月4誌のSF専門誌が並行して出ていた時期があった。いまは、早川書房のSFマガジン1誌だけ。しかも月刊ではなく隔月刊。その頼りのSFマガジンも隔月刊になってから劣化がはなはだしく、こりゃ近いうちに廃刊になるのではないかと心配だ。
 そのSFマガジン、創刊が1959年。それ以前に「星雲」という雑誌が1954年にあった。1号出しただけだった。「星雲賞」にその名を残す。SFマガジンは初めて軌道に乗ったSF専門誌なのだ。SFマガジンは日本のSF専門誌として、長い間ひとり孤塁を守ってきた。そして1974年、第2のSF専門誌が発刊された。「奇想天外」の創刊である。こうしてSFマガジンは15年の孤独が解消されたわけ。
「奇想天外」をSFマガジンのライバル誌というムキもいるが、小生はそうは思わない。ライバルというより、戦友といった方が正鵠を射ているだろう。奇想天外誌はまだまだ少年期であった日本のSFを成長させた、育ての親の1人といっていいだろう。
 この奇想天外は、数奇な運命を持った雑誌であった。最初は盛光社から発行され、福島正実と小鷹信光が編集にあたった。海外翻訳モノがメインで、本格ハードSFよりも、ホラー怪奇幻想な作品が多かった記憶がある。この第1期奇想天外は10号で終わる。
 第2期は編集長曽根忠穂が奇想天外社を興し、復活。写真は第2期奇想天外創刊号である。第1期の創刊号も持っていたのだが、阪神大震災で書棚が破損して手放した。
 この第2期奇天は、日本人作家中心で、本格的なSF総合誌となり、1期がSFマガジンのすき間を補填するといった感じだったのに対して、2期は堂々たる対抗誌となったのである。
 新人作家の発掘育成のも大きな働きをした。夢枕獏、新井素子、谷甲州、牧野修、山本弘は奇想天外出身作家だ。また、「別冊奇想天外」も出して、その別冊奇天の掲げるテーマを、星群祭のテーマが先取りすることも多々あった。
 奇想天外社は1984年に倒産。第2期奇想天外は終わった。第3期は大陸書房から小説専門誌として発刊されたらしいが、小生は、この第3期奇想天外は知らない。
 SFマガジンが、このていたらくなので、第4期奇想天外の発刊を強く望む。 
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深夜プラス1

 
ギャビン・ライアル 菊池光訳   早川書房

敬愛する故内藤陳さんが、新宿ゴールデン街でやっておられたお店「深夜プラス1」一度、行きたいと思っているうちに陳さんは亡くなり、小生も年取って、最近は東に下ることもなく行く機会を失ってしまった。
 陳さんのお店の店名は、本書から取ったというわけ。かの稀代の冒険小説読みの内藤陳さんがほれこんだのが本書だ。
 田中光二の冒険小説を「道中記」という人がいるが、本書などは典型的な「道中記」タイプの冒険小説である。A地点からB地点に移動する必要あり。タイムリミットが定められている。もちろん、気楽なやじきた道中ではない。さまざまな妨害がはいり、何度となく絶体絶命の危機におちいる。はたしてB地点に無事到着するか?
 A地点はフランスのブルターニュ。B地点はリヒテンシュタイン。ワケありの大富豪の実業家マガンハルトを所定の時間までにリヒテンシュタインに届けなければならない。マガンハルトは無実の罪で警察に追われ、暗殺者にも追われている。
 この仕事を請け負ったのが元レジスタンスのルイス・ケイン。荷物はマガンハルトとその秘書ヘレン・ジャーマン。ボディガードに雇ったのは、アル中でヨーロッパ№3の拳銃使いハーヴェイ・ロヴェル。この4人がフランスからスイスを抜けてリヒテンシュタインまでを駆け抜ける。襲いかかるは、ヨーロッパ№1と№2の拳銃使い。
 乗る車はシトロエンDSとロールスロイス・ファントムⅡ。愛用の銃はケインはモーゼル軍用拳銃。ロヴェルはS&WM36。
 彼らの仕事にちゃちゃを入れてくる産業スパイの元締めフェイ将軍。将軍は古典的な銃のコレクター。自慢のコレクションを、銃のプロたるローヴェルに感想を聞いた。見事な細工が施された美術品として一級品の銃を見て、ローヴェルは「銃は人殺しの道具だ。こんな細工が銃の発達を遅らせた」と、まあ、プロたるものウンチクが散りばめられている。
 まさに冒険小説の名作中の名作である。さあ、きみもモーゼルを持ってシトロエンDSに乗ろうぞ。リヒテンシュタインでは内藤陳さんが待っている。陳さん、顔の前で指を振りながら「チッチッ。遅いんだよ」そう、この本を読むのが遅すぎた。
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JRのホームのイス


 ごらんの写真は、JRの神戸駅のホームである。ごらんのようにイスが、線路とは90度の角度で設置されている。従来は、駅のホームのベンチというと、線路に向かって設置されていた。
 なぜイスの向きを変えたのか。酔っ払いが酔っぱらってイスに座っていて、そのままフラフラと立ち上がり、線路に転落する事故が多くあったそうだ。それを防止するためにイスをこんな向きに設置したとのこと。
 JRの人身事故。確かに多い。先日も住吉駅で若い女性が電車にはねられ、とばっちりでホームにいた人がケガをした。JRはいろいろ工夫している。例えば六甲道では転落防止用の柵を設置した。しかし、死ぬつもりで電車に飛び込む自殺者はどうしようもない。柵をしても柵をかいくぐるだろう。
 自殺による人身事故でJRがこうむった損害はだれがもっているのだろう。ほんらいは遺族に請求すべきと思うが、感情的に悲嘆にくれている遺族には請求しにくいだろう。しかし、JRは遺族に損害を請求すべきだと思う。多額の金銭的負担を遺族にかけるとなると、おもいとどまる自殺者もいるだろう。だが、しかし、家族を困らせてやろうと思って当てつけ自殺するヤツなら、このやり方もダメだ。
鉄道は全て高架で踏み切りはゼロ。駅のホームは六甲ライナーやポートライナーにように、柵ではなく完全に電車とホームの間をふさいで、電車の乗降口だけ扉が開くようにする。でも、高架をよじ登るヤツがいたらダメだな。困ったものである。
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緋牡丹博徒 花札勝負


監督 加藤泰
出演 藤純子、高倉健、小池朝雄、嵐寛寿郎、待田京介、若山富三郎

 きれい。藤純子きれい。以上。この映画の(というか、この緋牡丹博徒シリーズ)レビューはこれだけいえば充分である。とはいいつつも、それだけではあまりにアイソがないので、もうしばらく駄文をつづることにする。
オードリー・ヘプバーンの「麗しのザブリナ」のレビューでも同じようなことをいってるが、あの映画はラブコメで、この映画はヤクザ映画である。
ヤクザ映画は本来は男の世界を描く映画である。もちろん女が主役のヤクザ映画はこのシリーズ以外にもいろいろある。それは男の世界で、男に伍して渡世をはる女を描いたもので、男の世界の中の「女」ということの珍しさを強調したものだった。しかし、それは「女」を「男」に代入しても成り立つ。この緋牡丹博徒もコンセプトは同じだ。この映画も「女」を「男」に代入しても映画として成り立つ。例えば緋牡丹の「矢野竜子」を唐獅子の「花田秀次郎」に代入してもOKだろう。OKではあるがベクトルの違う映画となったであろう。ではなぜいろんな女ヤクザの映画の中でこの「緋牡丹」が女ヤクザ映画の代表的な作品として後世に残っているか。それは、もう主役の藤純子の存在のたまものとしかいいようがない。藤引退後、東映は後継者を見出そうとしたが、結局、だれも藤純子の後継者には成りえなかった。緋牡丹博徒は藤純子あってのシリーズであった。 
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京都SFフェスティバルに行ってきました

 きのうは、京都へ行ってきました。9時まで1時間だけ会社で仕事して、JR新快速に乗って京都へ行きました。京都SFフェスティバルです。私の算段では、9時に会社を出れば、開始時間の11時には間に合うはずだったのですが、新快速が大幅にも遅れたため、京都駅からタクシーに乗りましたが、会場の京都教育文化センターに着いたのは11時30分でした。30分遅刻でした。
 最初のプラグラムは「机上から紙上へ。TRPGとサイエンス・フィクション」は後半の30分だけ聞きました。出演者は宮澤伊織氏とオキシカケヒコ氏。
お二方ともゲームのクリエイターであり作家でもあります。ゲームと小説のかかわりについてのお話でした。
 お昼はいつものレストラン十両でサービスランチを食べました。このあたりは京都大学の近くですが、昼食がとれる適当なお店はこの十両しかありません。毎年、ここで昼食を食べます。昼食後、SFイベントならでは「やあやあ、久しぶり」をしました。東京創元社の小浜徹也氏とぱったり。西秋生の遺作「帰還」と拙作「キヨモリの鍵」掲載の「怪異居留地」を贈呈しました。ついでに先般読み終えた「プリズムの瞳」の感想をいいました。
 午後の最初の登壇者は円城塔氏。「私はよくこのイベントに呼ばれるけど、私はいつもけったいな企画担当でして」という円城氏の企画は、このために書き下ろした最新作「タンパク質みたいに」の朗読。やくしまるえつこ氏の朗読。うんと朗読しにくいのを書いてやろうとの円城氏の原稿が配布されたが、どっから見ても小説の原稿とは見えません。ところがプロとはえらいもんで、やくしまる氏がちゃんと朗読してはるんですな。
 あとは「機械に助けてもらって小説を書こう、機械文芸部」ということで、円城氏が「タンパク質みたいに」を解題。なんのことやらさっぱりで、ちっとも解題になってません。
 次の企画は「表現におけるリアリティ」吉村萬壱氏と酉島伝法氏。お二方とも大変におもしろいおしゃべりで。とっても面白い対談でした。酉島氏の快作「皆勤の徒」は天から降ってきたそうです。
 最後は「ウラジミール・ソローキンの世界」最近、日本でも「青い脂」や「ロマン」などで人気の、ロシアの作家ソローキンについてのお話。出演者はロシア文学研究家で翻訳者の松下隆志氏と特殊翻訳家で映画評論家の柳下毅一郎氏。ソローキン、私は名前は知ってましたが読んだことはありません。ちょっと興味をそそられました。
 こうして、今年の京都SFフェスティバルは終わりました。京都大学SF研究会の諸君、ごくろうさまでした。
 
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ニョッキ


 ニョッキだ。ま、なんちゅうか、イタリアのすいとんだな。ニョッキちゅうてもいろいろあるけど、今回はごく一般的なじゃがいものニョッキをつくったぞ。プレーンなじゃがいものニョッキだ。
 じゃがいもをゆでて、マッシュにつぶす。小麦粉、卵、塩を加えてねりあわせる。これを小さな団子にまるめて、たくさんの湯でゆでる。こうしている間にソースをつくろう。マッシュルームのクリームソースだ。マッシュルームをバターで炒めて、生クリームを加えて煮る。チーズを入れて、ブランデーを少したらして香りをつけよう。
 ゆで上がったニョッキを皿に盛り、ソースをかけて、できあがりだ。
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ひとめぼれ

「はい。わかりました。すぐうかがいます」 
 Y鉄工の資材部長からの電話だった。例の件、社長のOKが出たとのこと。
「課長、Y鉄工に行って来ます」
「Y鉄工?明日にしてもらえよ。それよりD電機の見積もりできたのか」
「いえ、まだです」
「あのなあ。月二〇万程度の客と、三〇〇万の客とどっちが大切なんだ?」
 Y鉄工は大手の造船会社の協力工場で、私の顧客ではCランク。溶接用の面、CO2溶接用のチップやノズル、溶接用機器類その他工具類などを納めている。売り上げは月に三〇万を超えることはない。
 先日、納品に行ったさい、購買担当者がぼやいていた。
「ガス切断機を五台大特急で納品して」
「はい。いつまで」
「ほんまは、今すぐでも欲しい。明日までなんとか頼む」
「えらいお急ぎなんですね」
「NCマシンがとうとう動かなくなった。とりあえず急いでいるぶんだけでも手切りで片づけないと納期に間にあわん」
 NCマシン。図面データを入力すれば機械が自動的に鉄板を切断加工する装置。
「うちのNC古いんだ。もう寿命だろう」
「最新のレーザーの機械に買い換えたらどうです」
 ほんの冗談のつもりでいった。NCマシンもとりあえずウチの営業品目には入れてある。頼まれればカタログぐらいは取り寄せる。しかし、ウチは元来は工具屋で、ハンマーやモンキー、スパナといった工具類の商いが主だ。NCマシンのような大型工作機械は扱ったことはない。
「そうだな。カタログ取り寄せてよ」
 担当者のこのひと言が、この度のことの出発点だった。ダメもとでカタログに見積書を付けて渡した。工具屋が出す見積もりだ。大手の工作機械専門商社にかなうはずがない。
「あのう、アメダのNCマシンの件です」
「なに、あれカタログ渡しただけだろう」
「見積もりもだしました」
「オレにだまって勝手なことするな」
「すみません」
「出してしまったものはしかたがない。とりあえず行ってこい」

 試運転はY鉄工の「Y」の字を鉄板で切り抜いた。
「やっぱりいいなあ。レーザーは。スパッタも出ないし」
「それに酸素もガスも要りませんよ」
「レーザーだから当たり前だな」
 Y鉄工の現場のど真ん中で、長い間がんばっていた年代物のガス切断のNCマシンが引退した。代わりに最新のレーザー加工のNCマシンが鎮座した。
 九八〇〇万円の取引であった。一件の取引でウチの1年分の売り上げを達成した。
「ではY鉄工さんのご発展を祈って、かんぱーい」
 さすがに大きな商いである。機械の搬入据え付け試運転も無事終わった。来週の月曜から本格運用に入る。この仕事の打ち上げという意味で、関係者で祝いの酒宴を催すことになった。出席者は、ウチの社長、部長、課長、
もちろん営業担当者の私、Y鉄工の社長、資材部長、購買担当者、それにメーカーのアメダの課長と担当者。費用はウチとアメダがもった。
「Yさん、いまだからお聞きしますが、見積もりはウチだけではないでしょう」ウチの社長がY鉄工の社長に聞いた。
「はい。おたくもふくめて三社合い見積もりです」
「参考までにお聞きしますが、あとの二社は」 二社ともアメダの一次代理店で大手の商社だ。
「わたしも今だから正直にいうが、おたくの見積もりが一番高かった」
「ではなぜウチに」
「そこにいる、お宅の担当者くんの熱意と人柄にほれたんだ」
 酒宴は盛り上がった。夜もふけた。おひらきとなった。
「こまった」Y社長だ。
「車で来てるんだが運転代行が急に都合が悪くなった」
「ではわたしが運転します。わたしは飲んでません」
 わたしは、酒は一滴も飲めない。
「お帰り。おとうさん。こちらは」
 Y社長宅に着いた。娘さんが玄関に出てきた。美人だ。
 一目惚れってある。わたしの女房はこの時の娘だ。Y鉄工の二代目社長に就任した。
 
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JR 明石


 JR明石駅である。JRの神戸線をよく利用される方はご存知だと思うが、西の方に行く普通電車は「西明石行き」との行き先表示のある電車が多い。この明石駅は、その西明石のひとつ東の駅だ。この駅の方が明石市の中心部にある。
 この駅のホームに立って北を見ればお城がある。明石城だ。駅前の道の向こうが城。駅からこんなに近い城は珍しいのではないか。ここは公園になっていて、桜の名所である。小生も何度か花見に来たことがある。
 お城は駅の北側だが、南にも面白いところがある。この駅から南へ歩いて10分もかからない。すぐそこである。魚の棚商店街だ。水産物の街明石の象徴とともいうべき商店街。それが魚の棚商店街。
 この商店街、可能ならば、お昼の12時過ぎに行くことをお勧めする。昼網といって、すぐそこの漁港で水揚げされたばかりの魚が、生きたまま店頭に並ぶ。
 明石の鯛が、店頭でピチピチ飛び跳ねている。その横をこれまた明石のタコがくねくねうごめいている。小生、車を持っているころは、第2神明を飛ばして、ここに鯛やタコを買いに来た。鯛はもちろん刺身にする。アラはあら炊きだ。タコは刺身とタコ焼きだ。
 もちろん明石焼き(現地では玉子焼きという)のお店もたくさんある。どこで食べてもおいしい。
 明石、魚好きにとってはパラダイスな街だ。
 

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プリズムの瞳


  菅浩江          東京創元社

 菅浩江はある意味SFの申し子のような作家ではないか。小生は彼女が小学生のころから知っているが、菅浩江は京都生まれ京都育ち、たしかいまも京都にお住いのはず。
 小生が所属する星群の会は昔、京都で例会をやっていた。小生も菅浩江も、この本の解説を書いた三村美衣も毎月例会に出ていた。小生や三村は京都人ではないが菅はきっすいの京都人だ。京都人、人当たりは柔らかく、ほんのり、はんなりとしているが、細いが強靭な芯が通っている。しかも、その芯が、微妙に曲がっていたりする。そんな京都人のSFの申し子たる菅浩江の書いたロボットSF連作短編集である。
先月、大阪大学の石黒浩教授の講演を聞く機会に恵まれた。石黒教授はご存知のように世界的なロボット工学者。特に人型ロボットの研究では世界でトップクラス。本書に出てくるロボットも人型ロボットだ。菅浩江と石黒教授のロボット観の違いが、なかなか興味深い。
 石黒教授は極力人間に近いロボットを開発研究している。ロボットと人間の融和を目指しておられる。そして、その成果を上げておられる。老人ホームで認知症の改善にロボットが役立った。高島屋の婦人服売り場に販売員ロボットを置いた。ロボットの売り上げは100人ぐらいの販売員の中で6位だった。あたりまえのことだが教授はロボットを肯定的に考えておられる。
 いっぽう、菅浩江は京都人SFもんらしく、素直にロボットのことを考えてない。「ピイ・タイプ」と呼ばれるロボット。プロフェッショナルのピイ。さまざまな業務に特化した能力を持つ人型ロボットである。もちろん、その専門分野の能力は人間を遥かに凌駕する。
 このピイ・タイプロボット、当初は重宝されたが、だんだん人々に忌み嫌われ使われなくなった。職を失ったピイ・タイプロボットは、絵描きとなって各地をさすらう。彼らは、許された場所にイーゼルを立て、絵を描く。ただただ絵を描く。それ以外のことは何もしない。
 なぜ、ピイ・タイプは嫌われたのか。ロボットに問題はない。人間に問題があるのだ。職場にロボットがやって来た。人間そっくり。仕事をやれば、ものすごく有能。もちろん言葉もしゃべる。プログラムされた優等生的な受け答えをする。職場にこんなヤツがいる。気持ち悪い。その有能さに嫉妬する。こうしてピイ・タイプロボットは放逐された。
 人間そっくりのロボットの気持ち悪さ。このことは石黒教授もいっておられた。その克服方法も研究している。気持ち悪さの壁も越えることができるとも。ところが菅浩江は壁を越えられないと考えたわけだ。石黒教授は人間とはいかなるモノかを考えるのがロボット研究の目的といっておられた。菅浩江も石黒教授と同じ事を考えているわけ。問題は人間だ。菅はロボットに人間の弱さいやらしさを反射投影しているのではないか。高島屋の婦人服売り場の人間の販売員は石黒ロボットに嫉妬したのだろうか。
 菅VS石黒。小生はどっちかというと菅派かな。
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便利なバターナイフ


 サンドイッチを作るとき、バターをパンに塗るのだが、室温に戻すために冷蔵庫から出し忘れることがある。そんな時は冷えて固いバターに苦労する。バターが切れない塗れない。バターナイフをガスの火であぶったりしながらさんざん苦労する。そんな経験がおありだろうか。
 NHKの早朝番組「まちかど情報室」朝食のあと出勤するまでの間に観ている。さして役に立ちそうでないモノが多いが、中には、こりゃ便利だと思うものもある。そこで紹介されていたのが、このバターナイフ。「スプレッド・ザット・バターナイフ」という。
 これは欲しいと思ってネットを使って入手した。熱でバターを切るのだが、電熱ではない。なんの熱かというと熱源は人体。体温でバターを切る。
 熱伝導が非常に良い金属で出来ているバターナイフである。握るだけで体温がナイフに伝わりバターが切れる。
 使ってみた。これは便利だ。冷蔵庫から出したばかりのバターでも簡単に切れる。20秒も握っておれば、スムーズにバターが切れてパンにぬれる。
 試しに左手に普通のバターナイフ、右手にこのナイフを握って、氷を切ってみたら左はまったく切れないのに、右はスーと切れる。
 3240円と少々お高いが、おすすめ。
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