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5月31日(土)その2 青豆のリゾット

 
 わたくしリゾットが好きで朝食によく作ります。朝ごはんは何にしましょうかと考えたら、ついリゾットになってしまいます。というわけで今朝もリゾットの朝食にしました。
 初夏、というより、もうそろそろ梅雨。この時期は青い豆がおいしいですね。旬のものをいただきたいものです。リゾットの具はそら豆と絹さやを用意しました。
 そら豆はさやから出して、切れ込みを入れて塩ゆで。ゆで上がったら皮をむいておきます。絹さやはスジを取ってさっとゆでる。
それにしても野菜をゆでるのは難しいですね。ゆで過ぎるとへなへなになってしまいます。ゆでが足らないと青臭い。熱がちょうどいい具合に加わって、野菜の甘味が出てくるところで湯から上げるのがちょうどいいのですが、なかなかそんなに上手くいきません。料理の達人になると「もういいですよ」と、鍋の中から野菜が語りかけるらしいのですが、わたくしなどは、まだまだ未熟者ですから、よほど耳をすまさないと野菜の語りかけが聞こえません。
 そら豆と絹さやの準備ができたら。あとはいつものリゾットの作り方。玉ねぎ、米をオリーブオイルで炒めて、スープで煮ます。煮えたら、そら豆と絹さやをトッピングします。そら豆の甘いうまみと、絹さやのしゃくしゃくした歯ごたえが美味しゅうございます。
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5月31日(土) 本の川柳に入選した

 見知らぬ所から宅急便が届いた。なんやろ、と思って開けてみると、表彰状と1万円の図書券が入っている。本の日「サン・ジョルディの日」記念、本の川柳に応募していた。入選していた
 小遣いの足しになればと、おりにふれて、俳句、川柳、標語などの公募に応募している。ときたまこうして入選することがある。
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とつぜんリストラ風雪記 10

とつぜんリストラ風雪記9

第10回

 胃潰瘍もとりあえず完治して、2003年4月11日に神戸市立中央市民病院を退院した。4月下旬まで求職活動を休んだ。再就職の最初の目標を、2003年2月いっぱいとしたから、予定を大幅に遅れている。何年も無収入で生活できるほど、わが家は裕福ではない。早急に就職する必要がある。しかし、べつに特殊な技術を持っているわけではない中高年が、簡単に就職できるほど世の中は甘くなかった。おおいに焦っていた。ストレスがたまっていた。このたまったストレスが小生の胃に穴を開けたのだろう。
 それでなくても小生は、イラチで短気でイライラしやすい性格。そのため胃潰瘍という持病を持ってしまった。この時の入院で少しは反省したのであった。イライラしても成らないことは成らない。できる限り心を平安に保って就職活動をしようと決心したのであった。

2003年4月12日(土)
 完全休養日とした。もちろん外出はなし。履歴書、職務経歴書の作成などの自宅でできる就職活動も休止。一日寝ていた。

4月14日(月)
 完全休養はこの日で終わる。まだ外出はひかえているが、自宅で書類を書いたり、新聞の求人広告をチェックする。

4月15日(火)
 退院後初めて外出する。かかりつけの消化器内科のTクリニックへ。ここのT先生は前回も書いたが、中央市民病院の消化器内科の副部長だった先生。胃潰瘍が持病だった小生は、一番最初の出血の時、このクリニックに飛び込んだ。それまで胃の具合が悪いと、六甲アイランド病院に外来で通院していた。この病院もいい病院だが、なにせ大型の総合病院。診察を受けるのに半日仕事。会社を休まなくてはならなかった。近くで適当な消化器に強い内科医をさがしていて見つけたのが、このクリニック。最初に小生が行った時は、開院して半年目だった。
中央市民病院は原則として、受診するのに紹介状が要る。今回の入院も病院に向かうタクシーの中で、T先生に電話して病院に一声かけてもらっていた。おかげで、病院到着後の処置、診察、治療、入院が実にスムースにいった。
胃内視鏡検査の予約。本格的な外出は内視鏡検査の結果をみて、先生が判断するとのこと。

4月16日(水)
 外出許可は出ていないが、T先生には内緒で、灘ハローワークへ行く。まだ、家で安静にするべきだが、この日は雇用保険の認定日につき、どうしてもハローワークに出向く必要があった。失業者の身の上で、入院費用がかかった上に、無収入ではさすがに具合が悪い。

4月21日(月)
 Tクリニックにて内視鏡検査。完治しているといわれる。もちろん外出許可も出た。

4月22日(火)
 求職活動再開。灘ハローワークへ求人検索に行く。

4月25日(金)
 久しぶりにパソナへ行く。梅田ハローワークにも立ち寄る。パソナの担当H氏に入院のお見舞いをいわれる。
 入院前に書類を送っていたN電子から断りの電話。この会社は求人募集をしていない。従って、ハローワークで見つけた案件ではなく、知人の紹介でもない。実は小生宅の近所の会社。歩いて15分ほどの距離。ものは試しと、自己紹介文を同封して、履歴書、職務経歴書を送っていた。
 新聞広告を出したりハローワークに登録はしていないが、いい人がいれば採用したいと思っている企業があるに違いないと思っていた。街で見かけたり、何かで知った会社で、これはと思う会社に書類を送っていた。企業とすれば人事募集をしていないのに、どこの馬の骨とも知れぬヤツから突然履歴書が送ってきた。もし人が必要で、なんらかの事情で公に募集をかけたくないなら、(そういう企業は案外存在する。急な募集でないなら、手間と人手をかける公開の人事募集ではなく、非公開で人を探している)縁故か社員に情報の提供を求める。
 だから、よほど大きな幸運がないと、相手は書類を見てくれさえしない。面接、採用となると奇跡が起こらない限りない。従って、このような企業に書類を送っても無視され無反応があたりまえ。そらそうだろう。突然、書類を送ってきた無関係の人に、電話代をかけて連絡する義理はない。それでも万が一の可能性に賭けて書類を何社かに送っていた。
 ところが、このN電子は丁寧に断りの電話を入れてきてくれた。しかも、正社員の口はないが、アルバイトかパートという形でいいのなら来て下さい、と、いわれた。大変にありがたい申し出である。縁もゆかりもないない小生に気をかけていただいたわけ。しかし小生は、当時は失業半年目。まだまだ現実を甘く見ていた。それでは家族を養えないと判断して丁重にお断りした。

5月1日(木)
 阪神VS巨人。阪神勝つ。今期(2003年)巨人に負けなし。非常に快調。阪神優勝や。

5月8日(木) 
 大阪は北加賀屋のSN工業で面接。「購買の経験者とか、何を仕入れていました」「電子部品です」「金属素材の購買経験は」「ありません」「ウチとは畑違いですな。お帰りください」
 大雨の中、面接に来たが、15秒で終わった。

5月9日(金)
 パソナでN電子のアルバイトの話を断ったと報告。叱られて残念がられた。とりあえずアルバイトで入社しておけば、働きを評価されて正社員に登用される可能性があるとのこと。
 お叱りは判るが、それはあくまで可能性。アルバイトのままという可能性のほうが高い。そのような不確かなモノに収入源を頼るわけにはいかない。

5月10日(土)
 近くにマツダの販売店がある。新発売のRX-8が展示してあった。なかなかよさそうな車だ。欲しい。宝クジがあたったら買うぞ。
 小生、車の好みははっきりしている。一番好きなメーカーはホンダ。次にマツダ、日産はスカGだけ。嫌いなのはトヨタ、ダイハツ。マツダはロータリーエンジンが魅力だ。

5月12日(月)
 伊丹ハローワークへ行く。ものすごく多くの人が来ていた。これだけ失業者がいるのか。中高年の男の人も多い。ライバルが多いということ。
 午後。Tクリニックへ。その後の胃の具合は良い。

6月4日(水)
 灘ハローワークで見つけたH屋D堂の下見に行く。

6月6日(金)
 パソナで外資系の会社を1件紹介してもらう。なんだか風が吹いてきたような感じだ。再就職まぢかという感じ。


                     つづく
 
 
 
 
 
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5月29日(木) 後ろにも目をつけよう

 自動車の事故は、こちらがいくら気をつけて運転していても避けられない事故がある。信号待ちでの追突事故などはそんな事故の典型だろう。なにせ、こっちが停止している所に、いきなり背後からドーンとやれれるのだから避けようがない。ところが、このような追突事故でもはある程度は防ぐことができる。
 信号待ちしている時はどうしても信号が気になる。青に変わると、いち早くスタートしようと信号をにらみつけているのではないだろうか。確かにドライバーにはせっかちな人が多く、少しでもじっとしていると、すかさずブーとクラクションを鳴らされる。
 信号も大切だが後ろも大切である。小生は、信号待ちや料金所の車列の最後尾についた時は、信号3後ろ7の割合で見ている。バックミラーやルームミラーで後ろから来る車を気をつけて観察している。
 後ろから近づく車があれば、ブレーキペダルをパタパタと踏んでやる。するとブレーキランプがピコピコと点灯する。もちろんハンドブレーキは引いている。もし、その車のドライバーがボーとしていたら、このブレーキランプのピコピコでハッと気がつくかもしれない。万が一、そのまま追突、というこになりそうだったら、ブレーキをいっぱいに踏む。タイヤと路面の摩擦で少しでもエネルギーを殺し衝撃を少なくすることができる。
 

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5月28日(水) 鼻

 万城目学の「鴨川ホルモー」を読まれただろうか。面白い小説だから未読の方には一読をお勧めする。この小説で主人公が一目ぼれするのが、鼻がきれいな美女。この設定がなかなか面白い。ただたんにきれい、というのではなく、鼻がきれいというので、この美女のキャラが立っている。また、芥川竜之介の短編に「鼻」というのもあった。ことほど左様に鼻は顔のパーツのうちで印象深いものだ。
 顔のパーツ、目、鼻、耳、などで、鼻はなんだかユーモラスな感じがするのはなぜだろう。
目が三つとか一つの妖怪がいる。目は普通二つだ。それが、少なかったり、多かったりすると大変に不気味。夜道で出会うとこわいだろう。耳が一つの場合は、怪我したんだなお気の毒にと思う。耳が三つや四つあっても、そう違和感を感じないかも知れない。ミスター・スポックのバリエーションに思うだけ。
ところが、鼻がなく、顔面の真ん中がつるんとしていたり、逆に、鼻が二つも三つもあったら、そんなん見たらプッと吹き出すのではないだろうか。鼻にはなにか、えもいわれぬおかしみがある。なぜだろう。
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5月27日(火) 東海道と山陽道の境目 


 これは神戸駅のホームから撮った写真。ご覧のように、ここがJRの東海道線と山陽線の境い目。東京から神戸まで590キロ走ってきた東海道線の西の端。ここから、北九州市の門司駅まで530キロの山陽線が延びる。
 ま、いわば昔の感覚でいえば、ここからが西国ということか。戦国の世であれば西国というと毛利の勢力範囲。ところが、1582年天正10年、羽柴秀吉は備中高松城を攻めた。有名な高松城水攻めである。この攻城戦の最中に本能寺の変が勃発。秀吉は高松城城主清水宗治の切腹を条件に、とっとと毛利と講和を結び、世に名高き「中国大返し」を敢行して明智光秀を討ったのは、ご承知の通り。秀吉はその後天下を取り、大阪に本拠を構えた。毛利も明治まで安泰にすごした。
 備中高松城は今の岡山市にあった。だから、上記のような歴史的な背景を考えると、岡山までが太閤さんのご威光がおよんでいた土地。そこから先は毛利の土地ということになる。だから、山陽道の東の端は岡山と考えるのが自然。神戸のこのあたりは播磨。播磨にこのような標識があることを太閤さんが知ったらどういわれるか。
 徳川? 徳川ってなんや。このへんはずっと豊臣恩顧の土地やで。めったなことをいうもんやないで。JRさん、この標識を岡山まで移しときなはれや。太閤さんに申しわけないで。
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阪急電車


有川浩       幻冬舎

 なにげない私鉄の、なにげない路線を、なにげない電車が走る。その電車に乗るのは、なにげない人たち。
 本好きの政志は、図書館で目をつけた本を先に借りた女性と、電車の中で言葉を交わす。
 彼を後輩に寝取られた翔子は、彼らの結婚式に、花嫁より目立つ真っ白なドレスを着て、あてつけに出席する。
 孫娘をつれたしっかり者の時江は犬を飼おうと思っている。彼女は翔子と出会い声をかける。
 ミサはすぐきれるカツヤと別れようと、思っている。女子高生悦子には漢字が読めない、社会人の彼がいる。
 苗字に少々コンプレックスを持っている、田舎出身の美帆は、軍事オタクの、やはり田舎出身の圭一と同じ大学で同じ講座を受けている。
 阪急今津線。阪急というとハイソな神戸線。京都、大阪を結ぶ阪急の看板路線京都線。歌劇のタカラヅカと大阪を結ぶ宝塚線などを思い浮かべるムキも多いだろうが、この作品の舞台は宝塚と西宮市今津を結ぶ今津線。阪急の中では地味な路線。この地味な今津線の八つの駅にまつわる16の短い物語。宝塚→西宮北口の往路と、それから半年後の後日談の復路。登場人物は、それぞれの物語に少しづつオーバーラップしながら、お話はじゅづつなぎにつながっていく。いづれのお話もかわいい。特に美帆と圭一のエピソードは可愛くってほほえましくって、甘くって、小さなキャンデーのようなお話。
 翔子が時江に「いいところ」といわれた小林駅(コバヤシではないオバヤシ)は小生も所用で何度か利用したが、べつだんどうということのない駅である。
 歌劇の宝塚、宝塚ホテルがある宝塚南口、閑静な住宅地逆瀬川、阪神競馬場の仁川、関西学院大学の最寄駅甲東園、厄除けの門戸の厄神さん(毎年1月19日は大賑わい)の門戸厄神、神戸線と結ぶ西宮北口。地味といわれる阪急今津線だが、それぞれの駅にはこれだけの特徴がある。ところが小林には何もない。ところがこの作品を読んだら、小林がなんだか「いいところ」に思えてきた。
 
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5月26日(月) ドラニモマケズ

ドラ ニモマケズ
ジャイ ニモマケズ
スワニモ コイニモマケズ
ツナガル打線ヲモチ
借金ハナク
決シテ負ケコサズ
イツモシズカニ首位ヲイク
1日ニ先取点3点ト追加点ト少シのダメ押シ点ヲ入レ
アラユル チームニ
苦手意識ヲモタズ
ヨクミキキシワカリ
ソシテ勝ツ
兵庫県ノ西宮ノ阪神電車ノ近クノ
大キナ球場ニイテ
東ニ金満球団アレバ
行ッテ叩キノメシ
西ニ四番打者ト三番打者ヲクレタ球団アレバ
行ッテ恩ガエシヲシ
南ニ監督ガ辞メタ球団ガアレバ
行ッテ マタ トレードシマショウネ トイイ
北ニ元監督ノ球団ガアレバ
ヨクガッバテルネ トイイ
連勝ノ時ハ行ケ行ケデツッパシリ
連敗ノ時ハ若手ノチャンストシテ
ミンナニ警戒サレ恐レラレ
エースヲブツケラレルガ
ヤスヤスト撃破スル
阪神タイガースハソウイウチームニ
ナリタイ      かな


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5月25日(日) エジプトの庶民料理コシャリ


 日本にはラーメン屋、牛丼屋があちこちにあるように、エジプトではコシャリ屋があちこちにあるそうな。行ったことないからわからへんけど。ともかくエジプトでは大変庶民的な料理で、人気の店は行列ができるとか。
 そのコシャリを少々アレンジして作った。米とスパゲッティという2種類の炭水化物の合わせワザの料理。まず米。米をパスタの一種とみなして扱った。普通に炊飯器で炊かず、大きな鍋で茹でて水切りをしておいた。茹でる時にクミンで香りをつけ塩で味付け。スパゲッティは普通にアルデンテに茹でて、細かく刻んでクスクス風に加工した。
 トマトソースを作る。にんにくをバターで炒めて、つぶしたトマトを加える。しばし煮て塩、こしょうで味付け。ヒヨコ豆の水煮缶を小鍋で加熱。
 皿に米、パスタ、豆を盛って、トマトソースをかける。さっぱりしてて、なんとも味わい深い。
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5月24日(土)その2  阪神どたん場で逆転

  テレビを点けてびっくり。あれえ、今日の相手はソフトバンクが相手だったのでは。ところが杉内や松中、川崎といった連中は「FDH」のロゴの入ったユニフォームを着とる。いつの間に福岡ダイエーホークスが復活したんかいなと思とったら、ホークス九州移転20周年球団創設70周年やて。で今度甲子園では南海ホークスのユニフォームでやるんやて。おもしろい。西武以外にソフトバンクもやってくれる。他の球団もやってくれへんやろか
 で、試合になってまたびっくり。1,2番が赤星、平野じゃない。1番バルディリス、5番桜井、ライトフォード、指名代打浅井?なんやこのオーダーは!いくら今まで打てへんかった杉内やからゆうて、右ばっかり並べとるだけやんか。で、きっちり杉内に抑えられとった。
 岩田、杉内の投手戦。でも杉内の方がよかったな。で、やっぱり阪神は最後の頼みはJFK。今日はJとF。きっちり抑えた。ソフトバンクは杉内以降は久米、小椋は合格だがあとの、よう知らん外人ピッチャーがダメやったね。スタメンでない赤星が逆転打。新井がダメ押し。後に投げるピッチャーの差がでた。
 それにしても交流戦になって、すんなりとはいかんな。やっぱりパリーグは強い。さあ、明日からは西武。今年の西武は1985年の真弓、掛布、バース、岡田らがガンガンホームランを量産してた阪神みたいやな。問答無用で長打力でねじふせるとこなんかそっくり。いわば23年前の阪神タイガースとやるみたい。今年の日本シリーズも23年前同様、阪神VS西武になりそうや。
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5月24日(土) ガンボ


 これから夏に向かうこの季節、暑い季節が旬の野菜がおいしくなってくる。オクラはその代表だろう。ネバネバがいかにも元気がでそう。このオクラを使って、ガンボ・スープを作った。カリブ海沿岸の料理。
 オクラ、和食っぽい野菜だが原産地はアフリカ。日本に伝わったのは明治初め。アメリカから伝わった。広く栽培されるようになったのは1960年代。日本では比較的最近の野菜。オクラは日本語みたいだが英語。ガンボはフランス語。和名はアメリカネリ。なるほど、アメリカから来たねちっこいヤツ。実に判りやすいネーミングである。
 アメリカへは奴隷とともにアフリカから伝わった。だから黒人の多いカリブ海沿岸でこの料理ができた。
 材料は、オクラ、ベーコン、にんにく、玉ねぎ、ホールトマト、スープ、塩、こしょう、ローリエ。
 にんにく、玉ねぎ、ベーコンを炒める。玉ねぎが透明になったら、ホールトマト、水を加えてローリエで香りをつけながら煮る。少し煮たらオクラを加えて、塩こしょうで味をととのえたら出来上がり。パンのおかずにいい。スパゲッテイのソースにしてもいい。カレー粉を加えてカレーとしてご飯にかけてもいい。もちろん、そのまま具だくさんのスープをして食べてもうまい。
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この子の七つのお祝いに

「いや、絶対いや。この子はわたしの子よ。だれにも渡さないわ」
「じゃあ、どうするつもりだ」
「逃げる。この子を連れて逃げるのよ」
「そんなことできるか。オレは会社もあるし、今の生活を全部捨てて、この子のために夜逃げしろというのか」
「あなたは、この子と会社と、どっちが大切なの」
「いいか、よく聞け。なにもかも承知の上だったのだろう。この子を預かった時、七つになったら返却するということを」
「わかっているわ、そんなこと。でも、この7年間、わたしはすべてをこの子の育児に費やしてきたのよ。確かにわたしがお腹を痛めて産んだ子ではないわ。それでも、この子はわたしの子なの」
「オレだっていやだ。この子を手放すのは。オレも“父親”だったのだから」
「なぜ過去形で話すの、あなたはこれからも、ずっとこの子の父親よ」
「わからないヤツだなあ」
 深夜1時過ぎ。二人の横では、きのう七つの誕生日を迎えた優士が安らかな寝息をたてている。笑った。楽しい夢を見ているのだろうか。きのうのお誕生会、よほど楽しかったのだろう。興奮してなかなか眠らなかった。
 寝顔を見ていると、清美のいうこともよくわかる。この3人の生活が、永遠に続いたら、どんなに素晴らしいことかと敏之も思った。しかし、それは許されない。子供は必ず政府に返さなくては。
 この子は政府の手で産まれて、敏之、清美夫婦が預かって、7年間育ててきた。そのための充分な報酬と特典は享受している。
 このような子を預かった夫婦で、子供を連れて逃げた夫婦も確かにいる。しかし、必ず見つけ出されて、子供は政府の手に戻される。夫婦がその後、どのような身の上になったかは、だれも知らない。また、そのような夫婦が、普通に生活しているのを見た人はだれもいない。

 究極の人口知能と呼ばれる、その超LSIが開発されたのは、数年前のことだった。
 2000年代初頭より、政府はITの次はAIだとのかけ声で、人工知能の開発に力を注いだ。人間とまったく同じように考え、判断し、そして感情を持った「チップの形をした人間」を創り出すことを、国家の目標として、人材と予算を惜しみなくそそいだ。
 類人猿程度の知能を持ったチップが完成して、そして、ついに15年前、人間とまったく同じ知能を持つチップが完成した。
 工場から出荷した直後のチップは、いわば産まれたての新生児。ソフト面で手を加え、プログラムして「教育」を施さないと、「人間」として完成しない。
 当初は工場で、技術者の手で「教育」がなされてきた。新生児、乳幼児、幼児、少年と、子供が成長していく段階で経験する、あらゆる事柄を、幼児教育、児童心理学などの専門家の助言を受けながら、技術者がソフトウェアをプログラムしていた。しかし、このやり方でできあがるのは、しょせん「工業製品」であって、決して「人間」ではない。「人間」を育てるのは、「人間」の父母の手で育てるのが一番いい。
 クローン技術で培養された肉体から、脳を抜き取り、代わりに頭にチップを埋め込んだ赤ちゃんが、敏之と清美の元に預けられたのは7年前だった。子供が欲しくても産まれない、この夫婦にとって、何度も抽選にもれ、やっと巡ってきた幸運は、人生最大の喜びだった。子供に名前をつけて、来た日を誕生日として、わが子のように育てた。
 子供の優士はすくすくと育っていった。設定どおりに、小さな病気をしたり、ケガをして、適度に二人を心配させたが、基本的には丈夫で健康な子供だった。
 離乳した。立ち上がってトットッと歩いた。公園で初めて友だちも出来た。第1期反抗期もあって、少しだけ清美の手をやかせた時もあった。
 幼稚園に入園した。小学生になった。夫婦は成長の節目節目で、親としての喜びをたっぷりと味わった。その間、優士の中のチップは知識を貯え、学習し、経験を積んで、「成長」していった。

「毎回毎回、こんな騒ぎじゃイヤになるな。ロボットのソフトを改良してもらわないと。オッ、ビスが1個ないぞ」
 うつぶせに寝かされた、敏之と清美の後頭部のフタを閉めながら相棒がいった。
「そうだな。里親に育てさせるのはいいが、里親ロボットのソフトを設定しなおす必要があるな」
 オレはそういうと、敏之と清美の頭の中から引き抜いたチップを、二つ一組にして、サンプル№33145と印字してケースに収容した。
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5月22日(木) QC活動は会社の業務だ

 トヨタがQC活動に残業代を支給することになった。当然のことである。トヨタはこれからのQC活動だけでなく、今までのQC活動に関わった従業員全員に、過去の分もさかのぼって残業代を支給すべきだ。これによってトヨタは利益を得てきたのだから、従業員に還元するのはあたりまえのこと。
 QC活動とは、職場の改善改革工夫を、その職場にいる従業員が、小集団をつくり、自主的に話しあい知恵を出し合って、より良い職場を作り、より良い仕事をしようというもの。これは、あくまで現場の従業員が自主的に行う活動とされているから、残業代は出ない。
QCはまごうことなき、れっきとした会社の業務である。建て前は「自主的な活動」となっているが、実態は全く自主的ではない。強制である。そして会社は従業員にタダ働きさせて、その成果で利益をあげている。
 小生も、今は亡きK電気時代に、資材部のQCサークルのリーダーをやっていた。もちろん好き好んでQCのリーダーなんかやったわけではない。松葉の串カツとビールで課長に押し付けられたのである。昨年の9月21日の日記にも書いたが、もちろん残業代も出ないし、それどころか発表会で使うOHPのシートのイラストを、小生の個人的なSFの友人に依頼した。もちろんタダではない。松葉より上等な居酒屋でおごった。小生の自腹である。
 自分の時間をこのQCのためにかなりつぶされてしまった。この時の発表会では確か、社長賞とやらをもらった。賞状と「幻の酒やで、めったに手には入らん酒やで」とさんざんもったいをつけて越乃寒梅の一升瓶をもらった。そんなん、メンバー6人で飲んだら、利き酒にもならない。
 トヨタに限らず、日本の製造業はたいていこのQC活動を導入している。それが、ま、日本の製造業の品質の優秀さの原動力となっているのだが。
 自社の従業員には「自主的なQC活動」と称して、残業代も払わずに時間を吸い取り、知恵を吸い取り、下請け企業には、やれ「かんばん方式」だのジャスト・イン・タイムだのといってさんざん好き勝手いう。吸血鬼のようなことをして、過去最高の利益を上げる。その利益を従業員の給料に還元しない。また、さんざん搾り取った下請け企業の加工費、単金にも反映しない。
 では、その「過去最高の利益」はどこにいったのでしょうね。
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5月21日(水) 昭和のプロ野球

 西武ライオンズが球団創立30周年記念として、前身のかっての西鉄ライオンズのユニフォームを着て、交流戦後の試合に臨むことになった。
 これはなかなか面白い企画。団塊の世代としては、大変になつかしい。で、ここはひとつ、この企画をもっと拡大してもらいたい。西鉄ライオンズの相手が、オリックスバッファローズじゃ、しまらんでしょう。ぜひとも阪急ブレーブスのユニフォームで西武の相手をしてもらいたい。他の球団も同様。ソフトバンクは南海ホークス、日本ハムは東映フライヤーズ、ロッテは大毎オリオンズ、楽天は前身がないから近鉄バッファローズ。
 今年は間に合わないから、来年の交流戦はセリーグの球団もつきあったらどうか。横浜は大洋ホエールズ、ヤクルトは国鉄スワローズで。阪神、巨人、中日、広島は当時のユニフォームで試合に臨んでもらいたい。
 面白いと思うんやけど。
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SFマガジン2008年6月号


SFマガジン2008年6月号№626読了
 去る3月19日に亡くなった、アーサー・C・クラークの追悼特集の1回目。内容はクラークのエッセイ。追悼文。スティーブン・バクスターとクラークの会話。バクスターの短編。
 追悼文は日本のSFもん19人が、それぞれのクラークに対する想いを綴っておられる。クラークという巨木をどう仰ぎ見るかで、それぞれの立ち位置がわかる。興味深かった。

 今号の雫石人気カウンター
   1 愛の新世界  樺山三英
   2 時のこどもたち スティーブン・バクスター 内田昌之訳

 リーダーズ・ストーリーの選評で、拙作「ある餓死者」が触れられている。このブログに掲載したので、どうかご一読ください。 
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