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日曜午後五時

 日曜日の午後五時。大阪は梅田。紀伊国屋書店の前。大きな液晶テレビがある。
 紀伊国屋の入り口の横で待つ。周囲にはたくさんの人が待ち合わせている。雑踏の中に待ち人を確認して、笑顔で駆け寄る人。待ち合わせ時間を過ぎているのか、心配顔で時計を見る人。私は、どうやら後者のようだ。

「今度の日曜日午後五時。梅田の紀伊国屋の前で待ち合わせましょう」
「五時紀伊国屋ですね。判りました。ところで私たちは初対面です。目印が必要ですね」「そうですね。プロ野球の広島カープの帽子をかぶって行きます」
「はい。判りました。私は、ええと」
「あ、いえ。広島の帽子を見れば手を振ってください」

 五時十五分だ。広島の真っ赤な帽子は目立つから、すぐ判るはずだ。ここは関西だ。圧倒的に阪神ファンが多い土地柄。阪神の帽子をかぶった人は見かけたが、広島の帽子をかぶった人はまだ見かけない。
 六時まで待った。結局、待ち人は来なかった。約束をすっぽかされたか。いや、私が見逃したのかも知れない。こんどは私も帽子をかぶって行って、目印にしよう。阪神ファンの私はタイガースの帽子なら持っている。

「申しわけございません。どうしても外せない急用ができましたので」
「電話下さればよかったのに」
「すみません。たまたま電池切れでした」
「ま、すんだことはしかたありません。今度は私も目印に阪神タイガースの帽子をかぶっていきます」
「はい。私は前と同じ広島カープの帽子です」
 
 約束は午後五時紀伊国屋の前だ。今は四時三〇分。梅田の紀伊国屋の前まで余裕で行ける。阪神の帽子も用意したし、さて出かけるとしよう。ん、電話だ。
「はい。あ、ワシや。うん。うん。それで、容態は。わかった。すぐ行く」
「ああ、私です。すみません。急用ができました。え、来週の日曜日。場所時間は同じ。わかりました。目印は阪神と広島の帽子。ええ、それでOKです。どうも申しわけございませんでした。では、来週の日曜日に」

 このあたりでは火葬場で骨上げをすませると、そのまま初七日の法要を行うことが多い。遠方の親戚も多く、一週間後にまた来てもらうのもはばかられる。
 骨壺を抱いて葬儀場に戻る。なにかとかさばるオヤジであったが、こんな小さな骨壺に収まってしまった。
 火葬場についていかなかった親戚が、葬儀場の座敷の間で待っていた。
 肉親を亡くし喪主を務めるのは初めてだ。遺族なるものになったのも初めてだが、葬式屋がすべてやってくれる。
 オヤジがクモ膜下出血で倒れたとの連絡を受け、病院に駆けつけると、人工呼吸器をつけてベッドに横たわっていた。長男の私が到着したとの報告を受けて、主治医が来た。今夜が峠だ。臨終は夜中の十一時だった。
 一時間も経たないうちに葬式屋がやってきた。「寝台車を手配しましょうか」というから「お願いします」といった。それからはすべてがベルトコンベアーに乗せられた。
 実家のオヤジの部屋に遺体を寝かせると、葬式屋がカタログを開いた。葬式はその葬式屋の会館で行うこと、祭壇は最上級の一つ下のランク、呼ぶ坊主は浄土宗、戒名は居士ランク、火葬後、引き続いて初七日を行うこと、その時の会席料理は中程度の「白菊」会葬御礼に香典返しの品の選定。臨終から二時間以内にすべての段取りが決まった。決められた。 
「私、楠木と申します。お父上の部下でした。お父上にはひとかたならぬお世話になりました。亡くなられたことを今朝知りました。知っていれば、どんなことがあっても告別式に参列しておりました。それでなんとかお線香だけでも上げさせていただきたいと思いまして、今からうかがおうと思います」
 今は日曜日の午後四時半だ。今から出ないと五時に梅田に着けない。
「あの、申しわけありませんが、私、今から出かけなければなりません」
「すみません。もうすぐそこまで来ております。お線香を一本あげるだけで退散します」
 楠木がやってきたのは午後五時ちょうどだった。帰ったのは六時を過ぎていた。よくしゃべるじいさんだった。このじいさん、自慢話をしにきたのだ。
 自分がいかに有能な技術者で、そのためオヤジがどれだけ助かったか。オヤジは管理者としては有能だったが、技術者としては平凡な技能しか持ってなかった。オヤジのこの足らないところは、すべて自分がフォローしていた。そのおかげで、オヤジはマネジメントに専念でき部長になった。
 スキを見つけて電話しようと思ったが、楠木のじいさんのペラペラしゃべりにスキはなかった。電話をかけたのは六時すぎだった。
「まことに申しわけございません。急な来客がありました。ところでどうします。私たちが会うのは」
「もちろん、会いましょう。あなたもお忙しいようですね。来週の日曜の午後五時から少しだけ時間を空けておいてください」

 午後四時だ。少し早く着いたようだ。きょうはなんとしても、彼に会いたいものだ。電話ではしゃべったことはあるが、まだ一度も会ったことはない。
 彼のことは何も知らない。電話の声の様子から判断するに、私と同年輩の男と思われる。あと判っていることは、広島カープファンだということ。
 五時までまだ時間がある。少し時間をつぶそう。紀伊国屋の店内に入った。書店に入るのは久しぶりだ。最近は本はネットで買うことが多く、書店に足を運ぶことはとんとなくなった。
 本離れ、本が売れない、といわれているが、日曜の午後、大阪は梅田のど真ん中の書店である。大勢の客が店内にいて満員盛況。どこの書店もつねにこれぐらいの客が入れば、出版不況だなんていわれないだろう。
 店内をブラブラしつつ、興味を引く本をパラパラしていると、五時一〇分前になった。
 電話が鳴った。
「はい。ええ、ほんとですか?私、きょうはこのあと予定はありません。待てといわれれば、いつまででも待てますが」
「はい。ここではなく、近くの喫茶店ででも待ってます」
「うん、はい。はいはい。では、かっぱ横町の居酒屋『ききょう』で飲みながら待ってます。阪神の帽子をかぶってます。広島の帽子をかぶって来てください」
「いいですよ。私、明日は会社お休みです。あなたさえよろしければ痛飲しましょう。え、明日は振り替え休日ですよ。うん、それは大変ですね。では軽く一杯ということで」
 紀伊国屋書店の横を通って、阪急電車の高架下に行く。古書店が集まっているところをぬけると、阪急かっぱ横町。そこの入り口の二階にある居酒屋が「ききょう」だ。
 店の中に入る。入り口に近いカウンターに座る。ビールとやっこ、から揚げを注文する。
さすがに帽子をかぶって飲み食いするのは気が引ける。阪神の帽子は脱いで横に置く。
 入り口に近いカウンター席だ。横に阪神の帽子を置いて飲んでいる。店に入ってくれば嫌でも目に付くだろう。
 彼の会社は桜橋とのこと。ここまでは歩いてこれる。なんでも、仕事が忙しく、なかなか時間が取れない。なんとか抜け出してここまで来るとのこと。
 ビールを飲みながら、チラチラと店の入り口を気にする。
 仕事の都合でなん時ごろ来られるか判らないそうだ。彼と私は、このところ毎週、すれ違い行き違い急用をを繰り返し、未だに会えずにいる。今晩こそ会おう。二杯目のジョッキをあけたとき、思わぬ人物が奥から出てきた。
「あれえ、これは思わぬところで。久しぶりだな」
 高校の同級生だった男である。
「おれはちょくちょくここで飲むが、お前と会うのは初めてだな」
「おれもここではときどき飲むよ」
「飲む時間帯が違うんだな」
「もうお帰りか」
「いや二軒目に行くんだ。徳山と会うんだ。お前も知ってるだろ。柔道部だったヤツだ」
「知ってる。オレは中学もいっしょだった」
「だったら好都合だ。お前も来いよ。徳山も喜ぶ」
「うん。徳山とはオレも会いたいが、オレ、ここで人と待ち合わせてるんだ」
「そうか、だったらその人もいっしょに来たらいい。良かったらいっしょに飲もう」
 この男も徳山も、クラス会の二次会なんかで酒席をともにしたことがあった。二人とも、一人でも多くの人間と、ワイワイいいながら飲むのが好きだ。
「ちょっと待ってくれ。電話してみる」
 彼はまだ仕事中だった。なんとか一区切りついたら行くとのことだ。もう少し待ってくれといわれた。どうもかなり無理しているようだ。言外に次の機会を待ちたいような雰囲気がする。しかし、これだけすれ違いをやってきたのだから、いいだし難いようだ。
「あのう。よろしければ来週の日曜ということで、どうでしょう」
 電話だから相手の顔は見えないが、パッと表情が変わったのがよく判った。
「はい。では来週」
「聞いてのとおりだ。さ、行こう」
 その晩は三人でしこたま飲んだ。翌日は二日酔いでぐじゃぐじゃになった。
 
 取引のある業者から甲子園の切符をもらった。阪神VS広島戦の切符だ。日時は今度の土曜日。
 阪神電車の甲子園駅を出る。目の前は阪神高速の高架だ。その阪神高速の下をくぐる。甲子園球場の入り口が見えてくる。もらった切符は一塁側アイビーシートだ。プレイボールまでまだ時間はある。思いついて、レフト側の入り口まで歩く。さすがにカープの赤い帽子をかぶった人が多い。カープ女子とかで最近は女性のカープファンが多い。
 あの人もカープファンだ。まだ一度も会ったことがないからどんな人か知らない。あの人も私を知らない。でも、以心伝心というか、視線があえばピンと来るかも知れない。
 年かっこうは私と似たようなものだろう。四〇代後半というところか。
 決してがさつな男ではないだろう。それなりの紳士で、ある程度教養もあると思われる。
そんな男でカープファンである。私は阪神ファンである。甲子園にも年に何度か来るが、私はそうではないが、阪神ファンにはけっこうがさつな男が多い。もちろん阪神ファンにも紳士もいるが。
 レフト側入り口周辺をうろうろする。四〇代後半のカープファン。もちろん、そのあたりにいくらでもいる。それらしい人物を見かければ視線を合わせた。複数の人物と視線が合ったが、いずれも無反応だった。どうも、「彼」はここには来てないようだ。来てても合ってないかも知れない。合っても判らないだろう。
 試合は〇対一で阪神が負けた。試合が終わったのは一〇時近かった。投手戦で両チームとも点が入らないまま延長戦となった。一一回阪神の守護神オ・スンファンが広島四番の新井にホームランを打たれた。
 阪神電車甲子園駅に向かう。きげんの良くない四万人近い人間が、ぞろぞろと一つの駅に向かう。阪神甲子園はさして大きな駅ではない。中には駅に向かわず、近くの居酒屋でやけ酒を飲む者もいる。私は真っ直ぐ家に帰る。明日は日曜なので、少し飲んで行こうと思ったが、夕方のことが気にかかり、今日は飲む気がしない。
 明日の午後五時、梅田の紀伊国屋の前で待ち合わせをしている。その人とは、妙な具合で、日曜の午後五時になると、なぜかどちらかが都合が悪くなって会えない。明日は、私も、あの人も、なんとしてでも会おうということに決めた。

 日曜の午後五時。大阪は梅田の紀伊国屋の前。待ち合わせの名所である。多くの人が、人待ち顔で立っている。
 私は阪神タイガースの帽子をかぶっている。待ち人は広島カープの帽子をかぶってくることになっている。
 来た。広島の赤い帽子は目立つ。こちらに向かって歩いてくる。私と同じぐらいの年かっこう。想像したとおりの男だ。
 私の前で立ち止まった。
「○○さんですか」
「はい。△△さんですね」
「はい。はじめまして」
 握手した。
「さて、どうしましょうか」
「そうですね。そもそも私たちはの用事ってなんだったんでしょうねえ」
「わかりませんね」
「では、こうしましょう。なんの用だったか、思い出したら電話ください」
「はい。その時はまた、お会いしましょう」
「はい。日曜午後五時。場所はここで」
「では、そのおりに」
 こうして二人は別れた。

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キヨモリの鍵

 危機は芦屋川を越えた。トクガワ・ミナモト軍の一部は神戸市東部に進入した。ホンダ・ヘイハチロー率いるトクガワ先遣隊本隊は尼崎まで来ている。彼らは巨大兵器オダイバ・ガンダムを押し立てて、武庫川を渡ろうとしている。
 神戸は、トヨトミ・タイラの最後の砦だ。神戸がトクガワ・ミナモトの手に落ちれば、西国のモウリはトクガワ・ミナモトの陣営に入る。それは日本全域がトクガワ・ミナモトの支配下になるということだ。冷酷な独裁者イエヤスの治世となり人民は塗炭の苦しみを味わうのは必定。
 希望はある。神戸市はまだ、民主的なトヨトミ・タイラの勢力圏にあった。

 大阪湾に入った。トヨトミ・タイラの虎の子「チヌ」は潜望鏡深度まで浮上し上陸予定地まで進む。
 「チヌ」はかっては旧日本国海上自衛隊所属の潜水艦で「あきしお」と呼ばれていた。戦闘艦としては、歳がいきすぎているため、引退したが、輸送艦としては、まだまだ役に立つ。旧日本政府より無償提供を受け、主要な乗員も元海上自衛隊員だ。
 チヌ。関西では黒鯛のことをこう呼ぶ。大阪湾には黒鯛がたくさん生息する。古くから大阪湾は「チヌの海」と呼ばれた。
 トヨトミ・タイラ海軍部―といっても所属艦船はチヌ一隻だけだが―、の主戦場―といっても一カ所だけだが―、である大阪湾にちなんで名付けられた艦名だ。
 艦長は潜望鏡を九〇度左に向けた。
「六甲アイランドに敵の姿は認められない。ようそろう。微速前進」
 潜望鏡を少し上げる。六甲連山が黒く横たわっている。新月の夜だ。山腹のところどころに灯が見える。
「OKだ。予定通り深江に上陸できるぞ」
 艦長が潜望鏡から目を離して、副長にいった。
「アツモリを呼んできます」
「頼む」
 副長といっしょに五人の男がブリッジに入ってきた。そのうちの一人がいった。
「十分後出る。艦長ゴムボートを用意してくれ」 
 若い。まだ二十代前半だろう。十代の少年といってもいい。その若い男が艦長に命令している。人に命令するのが慣れているようだ。「浮上する。副長、ゴムボートを二つ甲板にだしてくれ」艦長がいった。
 漆黒の海面が泡だった。墨一面のキャンバスに白い斑点が散らばった。斑点の群れを割って大きな長い鉄の塊が海中より現れた。
 ハッチが開いた。アツモリたちが甲板に出てきた。二人と三人に別れてゴムボートに乗り込む。二人乗りが先、三人乗りが後。アツモリは後ろにボートに乗った。先のボートの一人は二メートル近い巨人だ。
「行くぞセイカイ」アツモリが巨人に声をかけた。二つのボートの船外機が稼働し始めた。「艦長。世話になった」
 アツモリが先に敬礼した。
「成功を祈る」
 深夜の海を北に進む。左側に黒い陸が見える。六甲アイランドだ。行き先の陸地は深江浜の埋め立て地。この両方ともに敵はいないことになっている。
 深江浜の目前まで来た。海面から二メートルほど上がらないと地上に出られない。
 アツモリが時計を見る。
「時間だ。セイカイ合図を」
 セイカイが懐中電灯を点灯して立ち上がった。
「いや、待てセイカイ。懐中電灯をそのままそこに置いて、お前ら二人こっちに乗り移れ」
 五人が一艘のゴムボートに乗った。沈みそうになる。二艘のゴムボートの距離が離れた。暗い水面に、セイカイが残した懐中電灯が、無人のゴムボートで蛍のように光っている。 突然、カタカタカタカタ。削岩機のような音がした。無人のゴムボートの周辺で激しく水しぶきが上がった。
「撃つな」
 アツモリが小さな声でいった。
「やつらはこっちに気がついてない。ゆっくり岸壁に近づけろ」
 五人を乗せたゴムボートは岸壁にぴったり接岸した。
「どうします」
 セイカイがアツモリに聞く。
「味方がもうすぐ来るはずだ。コスケ泳いで向こう側から上がって、合図してくれ」
 小柄な男が、そっと海に入り静かに泳ぎだした。ゴムボートとは反対側に行った。イカリ型フックがついたロープを投げる。フックがコンクリートに当たるカチッという音が聞こえる。そのままそこで待つ。
 だいじょうぶだ。敵は気づいてない。上に上がる。敵は海面をライトで照らし始めた。アツモリたちが見つかるのも時間の問題だ。 コスケは時計を見る。もう来るはずだ。あいつらが来ないと、ここで釘づけになってしまう。時間の余裕はない。早急に「キヨモリの鍵」を手に入れなければ、ここ神戸も悪らつなトクガワ・ミナモトの手に落ちる。
 バイクの音がする。複数のバイクが猛スピードで近づいてくる。銃撃の音。海面を照らしていた光が消えた。
 地面に伏していたコスケは顔を上げ、バイクの方を見た。ヘッドライトの色。オレンジ、黄色、青の三色。間違いない。あいつらだ。銃撃の音が止んだ。海面に向かってライトを三度点滅した。
 ロープが四本飛んで来る。アツモリたち四人が上がってきた。コスケと合流する。
 皮のツナギにヘルメットの巨漢の男がやって来た。顔じゅうヒゲだらけ。後ろに四人従えている。
「マタベイか」
 地上に上がってきたアツモリが巨漢に問う。
「アツモリか」
「車は」
「用意した」
「五人乗りか」
「もちろん。チューンナップしてあるから馬力が出る。道具も一通りトランクに積んである」
「どの道がいい?」
「山手幹線が適当と思われる」
「思われる?」
「未確認だ。偵察に出ると、今日、お前たちが来ることが疑われる」
 アツモリたちが上陸したここは神戸は東灘区深江浜の埋立地。目的地はここより西に一〇キロほど。神戸市兵庫区切戸町。神戸市内を東灘から西へ車で移動しようと思えば、三本のルートがある。南から、国道四三号線。国道二号線。山手幹線。一番大きな道路は四三号線だ。
「ミナモトの連中はみんな殺ったか」
「八人いた。八人全員頭に穴を開けてやった」
 アツモリたち五人が車に乗り込んだ。ハンドルはコスケが握る。アツモリは助手席に座る。
 阪神高速五号線の下をくぐる。左に廃墟となった中央卸売市場東部市場が見える。深江大橋を渡る。埋立地を離れて本土に入った。ここからはトクガワ・ミナモトの支配地域となる。
 アツモリたちが侵入したことは、奴らには知られていないはずだ。さっきの八人は深江浜埋立地の警備要員だろう。マタベイは八人が連絡を取る前に全員殺害している。奴らが気づくまで少しは時間がかかる。それまで、できるだけ距離をかせごう。ともかく、一刻も早く「キヨモリの鍵」を手にねばならない。
 国道四三号線だ。頭上を阪神高速三号線が走っている。この二本の道路は二階建てとなっており、地上が四三号線、高架が阪神高速だ。
 神戸市東部を貫く三本の道路のうち、一番巾が広い四三号線は灘区で二号線と合流する。山手幹線はその名のとおり、一番山側を通る。
 四三号線は最も南。目的地から一番遠いルートだ。この路線を行くなら、ここで左に曲がらなければならない。アツモリたちはそのまま北へ走った。
 阪神電車の踏切を渡る。そのまま真っ直ぐ。正面に赤鳥居が見える。赤鳥居の前の道が二号線だ。
 二号線を横断した。赤鳥居をくぐるとすぐJRの線路。高架になっている。
 JRのガードが目前。
「曲がれ。左だ」
 アツモリが運転しているコスケに命じた。ガードの直前で急カーブ。
 ガードが爆発した。砕石が車の天井に当たってカンカンと派手な音をたてる。銃撃の音が追ってくる。線路沿いに走る。またガードが見える。今度は大きなガードだ。片側二車線の道が線路の下を通っている。
「ガードをくぐるな。南へ走れ。」
 敵は唐突に現れた。アツモリには気配が読めていたのか。北からガードをくぐって七台走ってきた。南からも三台。挟み撃ちになった。
 右手に小学校がある。正門が見える。門があいている。廃校になったようだ。
「あの学校に入れ」
 車はドリフトしながら車首を西に向けた。門を通った。すぐ校舎。校舎を抜けて運動場に入る。
「止まれ」
 校庭の一番西の端で車を停めた。正門が正面に見える。車が通れる門は正門しかない。北と西にも門は有るが、車は通れない。学校に閉じ込められた。門から敵が入ってこない。警戒しているようだ。門は一台づつしか通れない。
「セイカイ。トランクを見てくれバズーカでもないか」
 あった。セイカイがバズーカ砲の狙いを正門に向ける。
「どうする」
 セイカイがアツモリに問う。
「しかたがない。もう一度あいつらの手を借りよう」アツモリは電話をかけた。
 突然、一台が校庭に飛び込んできた。
「セイカイ撃つな。コスケ、ドライバーを撃て」
 コスケが拳銃を撃つ。フロントガラスを貫通して、敵の頭に命中した。敵の車は横倒しになった。
「全員射殺」
 倒れた車から一人はい出してきた。そいつの頭もコスケが吹き飛ばす。拳銃を構えたまま車に近づく。車内にあと二人残っていた。その二人のとどめも刺す。
 正門は1台しか通れない。不用意にくぐるとどうなるか、敵は判ったはずだ。正門から、こちらは出られない。敵は入れない。
 東の方から数台のバイクの音が聞こえてきた。銃撃戦になったようだ。
「セイカイ西門を撃て」 
 バズーカ砲を撃つ。二発。門の左右に撃ち込む。ブロック塀が崩れて車一台通れるスペースが開いた。
「まだ出すな。セイカイ、リアシートに座ってバズーカを構えておけ」
 セイカイがリアシートに後ろ向きに座って、窓ガラスをたたき割った。バズーカの筒先を車の後ろに突き出す。
 東の正門から一台侵入してきた。
「撃つな。出せ」
 一瞬、後ろのタイヤが白煙を上げた。キュとタイヤが地面を噛む。何かに蹴飛ばされたように車が前に出た。真っ直ぐ西門に向かう。
 西門を通り抜けた。一呼吸あとに敵が西門にさしかかる。
「撃て」
 セイカイがバズーカ砲を撃った。西門をくぐり抜けかけている敵に着弾。残骸が門をふさいだ。これで、しばらくは敵を足止めにできる。
 一台のバイクが寄ってきた。マタベイだ
「恩に着る」
「車での移動は無理だ。道路はトクガワ配下のオオクボの手の者に押さえられた。電車で行け。JRはまだチョウソカベの支配下にある。摂津本山の駅から乗れ」
 車を摂津本山駅の南側に着けた。五人が車から降りた。銃声。ロクロウとカマノスケが倒れた。
「ロクロウ、カマノスケ」アツモリが二人に駆け寄ろうとする。
「いかん、われらにかまわず行ってくだされアツモリさま」
 ロクロウが肩で息をしながらいった。腹を手で押さえている。そこからは血がとめどなく流れ出す。カマノスケは即死したようだ。「ここはオレがなんとかする。セイカイ、アツモリさまを頼む」
 コスケが二人を自分の背後に押しやった。「コスケ」
「早く行け」
「さ、アツモリさま。電車が来る。電車にはユキムラさまとサイゾーが乗っております」
 セイカイに背中を押されながらホームに駆け上がる。
「待っていたぞ」
 ホームには隻眼の男が剣を抜いて立っている。
「ヤギュウ・ジュウベイ推参」
「どけ。頭を砕くぞ」
 セイカイが金砕棒を、ブンと振った。
「お待ちくだされセイカイどの。ジュウベイの相手は私が」
 忍者装束の少年が現れた。
「おぬし、確か服部半蔵配下の・・」
「影丸。伊賀の影丸」
「トクガワの禄をはんでいるおぬしがなぜ、トヨトミ・タイラの味方をする」
「確かにオレはトクガワの隠密をしていた。しかし、オレの実の父親は神戸出身の横山光輝だ。そんなオレがタイラに敵対できない」「なんでもいい。トクガワに仇なす者は斬る」 ジュウベイは裂帛の気合いで影丸に斬りかかった。影丸、紙一重の見切りでジュウベイの切っ先をかわした。
「電車が来る。さ、お二方早く」
「かってはさせぬ」
 ジュウベイ、アツモリに斬りかかる。チャリン。ジュウベイの刃はセイカイの金砕棒に当たった。火花が散る。
 電車が止まった。ドアが開く。車内からジュウベイめがけて手裏剣が飛ぶ。ジュウベイ、刀で手裏剣を振り払う。
「アツモリさま。早く車内へ」
「サイゾー頼む」
 コスケにいわれてアツモリとセイカイの背中を押してサイゾーが電車に乗り込む。
「待て。逃さぬ」
 ジュウベイが動く。
 影丸が飛ぶ。ジュウベイと電車の間に着地した。影丸の懐から木の葉が流れ出した。風に乗ってジュウベイの方に舞いよる。
「う、なんだ」
 ジュウベイがヒザを付いた。
「忍法木の葉がくれ」
 そう叫ぶと影丸の姿が消えた。アツモリとセイカイを乗せた電車が発車した。
「お待ちもうしておりました。アツモリさま。拙者サナダ・ユキムラと申します」
 中年の男が片膝をついてあいさつした。
「この者はサイゾウです」
「そなたが高名なユキムラか」
「はい。トヨトミ家恩顧の者にござる」
「拙者はタイラだ」
「タイラはミナモトとは不倶戴天の敵どおし。ミナモトはトクガワの盟友。われらトヨトミとトクガワも不倶戴天の敵にござる。われら、なんとしてもアツモリさまに『キヨモリの鍵』を手に入れてもらいとうござる」
「その『キヨモリの鍵』はどこにある。兵庫区の切戸に行けとだけ聞いた」
「兵庫区の切戸にはキヨモリ公の供養塔がござる。『鍵』はそこにあります。すでに私の手の者をやっております」
 サイゾーがそこを離れて電車の運転席についた。電車を発車させる。急加速する。あっという間に住吉を通過した。
「三ノ宮で降りてくだされ。そこから西はミナモトのヨシツネが押さえてござる」
 三ノ宮に着いた。三ノ宮駅のホームの西の端から見ると、線路上にバリケードが築かれている。電車はそれ以上西には行けない。
「JR、阪神、阪急、地上を走る鉄道はすべてヨシツネの手の者の支配下にあります」
「では国道2号線を走るか」
「道路はミナモトに派遣されたトクガワのイイがおります」
「では、どこを通って兵庫区の切戸へ行けばいい」
「神戸市営地下鉄海岸線だけは、イシダミツナリさまがおさえてござる」
「なにイシダは関ヶ原で負けて六条河原で斬首されたのではないか」
「あれは影武者。ミツナリさまはタイラがフクハラの屋敷の奥でかくまっておりました」
 アツモリとセイカイが電車から降りる。
「ではアツモリさま。地下街へ行きなされ。地下街の入り口付近でさる高貴なお方が待っておられる。そのお方とお会いなさるのが先決です」
「お前はどうする。ユキムラ」
「ホンダ隊が武庫川を越えて西宮へ入りました。オダイバ・ガンダムの威力はすさまじく、西宮を守るマエダ・カトウ・クロダの面々は苦戦しております。拙者も援軍にかけつけます」
「そうか。では」
 アツモリはJR三ノ宮の西の改札を出た。そこのすぐ上が神戸交通センタービルだ。そのビルの地下に降りると神戸三宮の地下街さんちかだ。
 アツモリとセイカイは交通センタービルの一階にでた。その時、背後に殺気を感じた。凄まじい殺気だ。
 阪急三宮駅の方から巨大な影が現れた。人間だ。二メートルを超す大男が声をかけてきた。
「待たれい。タイラのアツモリさまとお見受けする」
 僧だ。ものすごい巨漢の僧だ。
「いかにもみどもはアツモリだ」
「そちらのお方は、ミヨシ・セイカイどのか」
「いかにも」
「拙僧はムサシボウ・ベンケイ。ヨシツネさまの命で、ここでそなたたちを待っておった。ここから先は通さぬ。タジマどのでられい」
 センタービルの南側を国道二号線が走っている。その二号線の方から初老の男が階段を上がってきた。小柄な男だ。小柄だが周囲を圧する威圧感がある。
「拙者、将軍家指南役ヤギュウ・タジマ。せがれジュウベイは影丸ごときに手を取られておるが、新陰流宗家の拙者は簡単にはいかんぞ」
「どけいタジマ」
「仏におうては仏を斬り、鬼におうては鬼を斬る。トクガワにあだなす者は拙者が斬る。この妖刀村正もトヨトミ・タイラの血を欲しておるわ」
 アツモリとセイカイはベンケイとタジマに挟まれた。
「ベンケイは私が止めます。アツモリさまはなんとか地下へ」
 そういうとセイカイは金砕棒をぶんと振った。三〇キロはある太い鉄の棒だ。イボイボの付いたその鉄棒が頭に当たれば、頭は木っ葉微塵だ。ベンケイは手に持った巨大な長刀でガシッと金砕棒を受けた。金砕棒はベンケイの顔の寸前で止まった。
 ベンケイの長刀がじわりと動く。刃がセイカイのほほに触れる。セイカイのほほから血がにじむ。
 二メートル前後の二人の巨人が満身の力をこめて押しあっている。金砕棒と長刀。金属の塊がこすれ合う。ギギギギ。
 互角だ。ベンケイはセイカイを倒して、さらにアツモリを倒さなくてはならない。セイカイはベンケイを倒しタジマを倒さなければならない。アツモリもタイラでは指折りの剣豪だが、タジマは強敵だ。セイカイは背後にアツモリが気になる。一刻も早くアツモリを地下へ行かさなくては。一瞬、スキができた。
 デェヤア。ベンケイは長刀を押した。セイカイの金砕棒がわずかに下がった。長刀が斜め上に閃いた。血飛沫が飛んだ。ドサッ。何かが落ちた。次ぎにガン、金属の重量物が落ちる音。切断されたセイカイの片腕が落ちた。金砕棒が床に転がった。
「セイカイ」
 アツモリが振り向いて見たセイカイには、右腕と首がついてなかった。首がないセイカイはその場に仁王立ちしている。
 前にヤギュウ・タジマ、後ろにベンケイ。タイラ・アツモリ絶体絶命。
 その時、紫色の霧が周囲に立ちこめた。霧が薄くなると、ボーと人影が現れた。若い男だ。少年といっていい。切支丹伴天連のいでたちをしている。太刀を抜いてアツモリの前に出た。
「アツモリどの。お行きなされ」
「あなたは?」
「私はアマクサ・シロウ。トクガワを絶対に許すことができないのです」
「あなた一人で二人を」
「心配ご無用。エロイムエッサイム。エロイムエッサイム。我は求め訴えたり。トクガワに怨みある者、いま、ここに蘇るがいい」
 また紫の霧が出る。三人の男が現れた。一人は青白い顔の総髪の男。一人はベンケイに負けぬ大男。長い槍を持っている。いま一人は中肉中背の男。ぞろりと太刀を抜いた。
「拙者、ユイ・ショウセツ。トクガワに遺恨ありしはアマクサどのと同じ」
「同じくマルバシ・チュウヤ」
「カナイ・ハンベイ」
「ここは我らに任せて。行きなされアツモリどの」
 ショウセツがアツモリの背中を押した。
「待ていアツモリ」
 タジマが前に出た。そのタジマの鼻先に槍の穂先が突き出た。タジマは村正でかろうじて槍を払いのける。
「にっくきトクガワの飼い犬め。串刺しにしてくれるわ」
 マルバシがぶうんと槍を回転させた。長大な槍が空気との摩擦できな臭い臭いがする。さすがのヤギュウ・タジマも一瞬ひるんだ。そのスキにアツモリは地下へと向かうエスカレーターに駆け込んだ。全速力で走り降りる。 地下へ降りた。正面にガラス張りのサテライトスタジオがある。内側のカーテンが開いた。女性が一人現れた。
「まちゃれ。アツモリどの」
「あなたは」
「わらわはヨド。これからいうことをよく聞くのじゃ」
 中年の女性だ。美しい。異様に強靱な眼力でアツモリを見ている。
「このさんちかのつきあたりに神戸市営地下鉄海岸線の三宮・花時計前駅がある。そこから電車に乗るのじゃ」
「はい」
「中央市場前で降りよ。そこにイシダの手の者が待っておる。その者から鍵を受け取るのじゃ」
「わかりました」
「このさんちかは五〇メートルほどの地下街じゃ。短いと思うでない。心して行くのじゃ」「その鍵が『キヨモリの鍵』ですね」
「そうじゃ。ヘイケ再興を切望するキヨモリ公の思念がこもった鍵じゃ。また、キヨモリ公だけではない、トヨトミの永続を願いつつ亡くなった太閤殿下の思念も入っておる」
「わかりました。なんとしても『キヨモリの鍵』を手にいれます」
「頼みましたぞ。なんとしてもトクガワ・ミナモト連合を倒すのじゃ」  
 そういうとヨドは消えた。
 神戸の地下。さんちか商店街がアツモリの目の前にある。突き当たりが地下鉄の駅だ。

「サナダどのの連絡はまだか」
「いま、ありました」
「で、なんと」
「アツモリさまは三宮に無事到着されたとのこでございまする」
「そうか。で、サナダどのは」
「ただちに応援に向かうとのことでございます」
 家臣からの報告を受けたマエダ・トシイエの上に黒い影がかかった。
 オダイバ・ガンダムがそそり立っている。全長18メートルの巨大な二足歩行有人人型兵器、機甲龍騎兵。それがオダイバ・ガンダムだ。操縦者はトクガワ軍きっての猛将ホンダ・ヘイハチロウ。
 オダイバ・ガンダムを先頭に、ホンダ、イイ、キソ、サカイといってトクガワ・ミナモト政府軍の精鋭が押し寄せている。
 トヨトミ・タイラ連合の防衛線はずるずると西に押しやられ、とうとう武庫川を突破されてしまった。
 マエダ、カトウ、クロダの軍勢は聖地コウシエンを背に布陣している。
 聖地コウシエン。それはトヨトミ・タイラ連合の最後の砦だ。ここを破られれば、トクガワ・ミナモト本隊は一気に神戸まで進撃。先に侵入している最強切り込み軍ミナモト・ヨシツネ隊と合流。そうなると神戸だけではなく兵庫の制圧は容易い。あとは西日本を統治する、長州のモウリと九州は薩摩のシマズがトクガワ・ミナモトの軍門に下るのは時間の問題だ。
 なんとしても、ここコウシエンでガンダムをくい止めなければならない。幸いいまはガンダムは動きを止めている。機甲龍騎兵は操縦者の脳波にシンクロして動く。ガンダムはホンダの脳波で動くように設定されている。ホンダ以外の人間ではガンダムは動かせない。別の操縦者向けに設定し直すには最低二四時間かかる。
「ガンダムの動きが止まったな」
「どうやらダンゾウが成功したようです」
 マエダは忍者カトウ・ダンゾウを敵陣営に忍び込ませている。そのダンゾウがホンダ・ヘイハチロウを暗殺か、あるいはオダイバ・ガンダムを操縦できない状態にしたのだろう。
「ガンダム以外にトクガワ軍に機甲龍騎兵はあるか」
 トシイエが家臣に問うた。
「ダンゾウからの報告によれば三体あるとのことです」
「ワダを呼べ」
 家臣がコウシエンに走る。ツタがおおった壁面の中から縦縞の作業服の男が家臣とともに出てきた。
「トラ部隊で何体の機甲龍騎兵が動かせる」「三体です」
 その時、ガンダムの背後から三体の巨人が姿を現した。身長五メートルの巨人だ。
「あれは?」
「ナガシマ、オー、エガワ。トクガワ軍の最新鋭の機甲龍騎兵です」
「やつら、あの三体で仕掛けている間に時間を稼いで、ガンダムの設定を変更するつもりだ」
「そのようです。アツモリさまが『キヨモリの鍵』を手に入れるまで、なんとしてもこの防衛線を死守しなければなりません」
「判っておる。ワダ、ただちにトラ部隊の機甲龍騎兵を出動させろ」
「御意」
 ワダが手を挙げた。ツタのからまったコウシエンの大扉があいた。ギギギギギ。ヌッと、三体の機甲龍騎兵が出てきた。
 バース、フジムラ、キュウジ。トラ部隊の、それこそトラの子である。
 三体のうち、一番小柄なキュウジが前に出た。
 ズコン。キュウジの腕の先から火球が飛び出した。ズウウウーン。火の玉が飛ぶ。ガゴーン。その火の玉がナガシマを襲う。キュウジの手を離れナガシマの胸板に着弾するまで一瞬であった。ナガシマの背中から火の玉が出た。煙が晴れるとナガシマの胸に大穴が開いていて、後ろにいるオーやエガワの姿がかいま見える。
 勝負は一瞬でついた。しょせんナガシマはキュウジの敵ではなかった。ガラガラガラ。崩れ落ちるようにナガシマは倒れた。
 瓦礫と化したナガシマの残骸を足でどけながらエガワが前に出てきた。エガワの肩口に穴が開いた。開口部から小型ミサイルが射出された。
 ミサイルがフジムラを襲う。フジムラ長大な超高周波振動棒を振る。ミサイルを打ち返した。ミサイルはエガワの顔面部の横に装着されたパラボラアンテナを吹き飛ばして飛び去った。
 バースがサンカン砲を発射した。砲弾がオーを襲う。オー、足を一本上げてよける。

 地下鉄海岸線三宮・花時計前駅は見えている。一気に走りぬこう。アツモリはそう思った。足を踏み出した。
「待てい」阪神電車三宮駅側から、武者が一人出てきた。
「ヘイケの公達とお見受けもうす」
 中年の実直そうな武者だ。
「拙者、クマガイ・ナオザネ。お手前はどなたかな」
「名乗るつもりはない。急ぐのでごめん」
 そう応えたアツモリの顔を見てナオザネは、ハッとした。
「見れば息子ナオイエと同じぐらいの歳の若武者。不憫じゃが首を申し受ける」
 そういうとナオザネがアツモリに組み付いてきた。ヘッドロックでアツモリの首を極める。鎧通しを抜いて首を斬ろうとする。
 ナオザネの両足が床から浮いた。弓なりに身体を反らしたアツモリはナオザネをかかえたまま後ろに倒れた。バックドロップ。ルー・テーズばりの「ヘソで投げる」バックドロップだ。
 ガグン。ナオザネの後頭部が床に激突した。むくむく。ナオザネが起きあがった。
「なかなか見事な裏投げでござる」
 アツモリは驚愕した。ナオザネは後頭部を強打したはずだ。
 ぶるんぶるん。ナオザネが首を振る。小さなナットが一個耳の穴からこぼれ落ちた。
「これは失礼。拙者、メンテナンスを怠っておりましたな。基盤を固定しているナットがゆるんでおりました」
「アンドロイドか」
 ナオザネが太刀を抜いた。斬りかかる。アツモリも太刀を抜き、ナオザネの太刀を受ける。
 チャリン。刃を合わせて双方、後ろへ飛ぶ。瞬間、ナオザネの次の太刀が襲った。かろうじてよける。非常に正確な太刀の打ち込みだ。 アツモリ、じりじりと壁際に追いつめられる。
「これよりヨシツネ様にお目通り願う。貴殿の首は、なによりの手土産だ」
 ナオザネが太刀を振りかぶった。そのナオザネの額に亀裂がある。頭部を強打し、激しく動いたためだ。
 アツモリの背中は、地下街さんちかのブティックのガラスに接している。太刀が一閃。ガラスが割れた。アツモリはそこから商品の婦人服をつかみだした。
 その婦人服を、ナオザネの額に投げつけた。ナオザネの眼の色が変わった。そして、そのまま後ろを振り向いて、トコトコと歩いていった。そごうの方へ歩いていって、コト、倒れた。
 アツモリが投げつけた婦人服は化学繊維であった。このところの乾燥した気候で、静電気を帯びていた。
 アツモリはナオザネの頭部の亀裂の隙間から小さな基盤が覗いているのを見た。その基盤にCーMOSのICが装着されている。CーMOSのICは過電流に弱い。人体が自然に持っている静電気でも破損する。だから、CーMOSのICは素手で触ってはいけない。どしても素手で触る時は、セラミックのパッケージ部分に指を付けて持つ。金属の端子部分に触れると破損する。だから作業者は静電防止作業服を着用し、アースされた専用の作業台で静電防止手袋で作業する。
 そんなCーMOSのICに乾燥した化繊の布が触れた。ひとたまりもない。アンドロイドは精密機械だ。小さなICが破損しただけで故障したわけだ。
 アツモリは走る。さんちかの南の突き当たりは居酒屋だ。その居酒屋の中から磔にされた男が出てきた。背中に材木を背負い、あばらには槍が突き刺さっている。
「拙者、トリイ・スネエモンである。拙者が命に代えて守った長篠城主奥平貞昌さま。その貞昌さまの主君トクガワさまに仇なす者はこのスネエモンが許さぬ」
「どけい。斬るぞ」
「うわはははは。武田の軍勢の脅しにも屈しなかった拙者じゃ。たかがヘイケのこわっぱ、そっ首引き抜いてくれるわ」
 トリイ・スネエモン。タケダ・カツヨリに包囲された長篠城の城兵である。城を決死の脱出。敵中を突破して、トクガワ・イエヤスに援軍を依頼。援軍といっしょに城へ戻れというイエヤスやノブナガの勧めをふりきり、トクガワ陣中を出た。途中、タケダに捕まり磔に。「援軍は来ぬ」と叫べば助けてやる、といわれたが「援軍は来る。がんばれ」と城に向かって叫び、殺された豪傑である。
 スネエモンが自らのあばらに突き立てられた槍を抜いた。りゅうりゅうと二度槍をしごいた。
「このスネエモンの血を吸った槍で、こわっぱの胸板を貫いてくれるわ」
 スネエモンは裂帛の気合いで槍を繰り出した。アツモリ、かろうじてよける。
「待てい。スネエモン」
 アツモリとスネエモンが闘っているところは、さんちかの南の突き当たりである。そこから小さなエスカレーターを降りて正面が神戸市営地下鉄海岸線三宮・花時計前駅である。その駅の改札を抜ければ、イシダの勢力内である。
 そこは神戸国際会館の地下である。そこには有名なフランスパンの店がある。そこから中年の男が出てきた。厳格な顔をした男である。
「トクガワは腐りきっておる。スネエモン殿ほどの豪の者が、トクガワに与するとは信じられぬ。スネエモン殿、ワシといっしょに腐ったトクガワを倒さぬか」
「おぬし、何者」
「オオシオ・ヘイハチロウ」
「トクガワに楯突いて自刃した愚か者が。死に切れず迷い出たか。引導を渡してくれるわ」「死にきれぬはお互いさまじゃ」
「ヘイケのこわっぱともども串刺しにしてくれるわ」
 スネエモンは槍を大きく回転させると、ヘイハチロウめがけて突き出した。ヘイハチロウの胸に突き刺さった。槍の先端が背中から出ている。ヘイハチロウ、その槍を両手でむんずとつかんで、その場で回転した。スネエモンが槍を手から離す。そのままそこで転倒。
「小僧、行け」
 ヘイハチロウに怒鳴られてアツモリが走る。一気に改札を駆け抜けた。そのままエスカレーターを走り降りる。
 電車が止まっていて、その前に武将がひとり待っていた。
「タイラ・アツモリどのか」
「はい」
「イシダ・ミツナリでござる」
「お急ぎください。電車はすぐ発車します」
「かたじけない」
「中央市場前で降りてくだされ」
「判った」
「イエヤスを倒し、太閤殿下のご威光を取り戻してくだされ」
「はい。キヨモリ公のご意志でもある」
 電車はすぐ発車した。次の駅は、旧居留地・大丸前。次はみなと元町。ハーバーランド、その次が中央市場前である。
 電車は三宮・花時計前を出ると、猛スピードで走った。車内にはアツモリが一人だけ乗っている。運転席に行って見た。ミツナリ自らが電車の運転をしている。
 中央市場前に着いた。運転席からミツナリが声をかけた。
「降りてくだされ。拙者の家臣が待っております」
 電車から降りる。ミツナリもいっしょに降りた。
「拙者、このまま三宮にとってかえる。三宮で敵の侵入を防ぎまする」
 そういうとミツナリは電車の最後尾に走った。電車は三宮に戻っていった。
 ホームに降りたアツモリに向かってバラバラと武者たちが駆け寄る。
「アツモリか首をもらい受ける」ミナモトの手の者だろう。ここまで敵が侵入していたわけだ。急がなければならない。
 五人の手の者がアツモリめがけて駆け寄ろうとしたが、五人はアツモリに届かなかった。 血しぶきが上がった。バタバタと五人とも倒れた。血煙の向こうから、男が一人やってきた。
「タイラ・アツモリどのか」
「そうだ。貴殿は」
「遅れて申し訳ござらぬ。拙者ミツナリさまの家臣シマ・サコンでござる」
「鍵は」
「ここに」
 サコンが小さな鍵をアツモリに手渡した。「これを持って新長田の鉄人の所に行ってくだされ」
「電車はミツナリどのが乗って行ったぞ」
「あの電車はもうすぐ戻ってきます」
 しばらくすると電車が来た。
「ごくろうカンベイ。ここからは拙者が運転する。アツモリどの、お乗りくだされ」
 アツモリが乗ると、電車は暗闇の中を疾走し始めた。地下鉄が出せる最高のスピードで走る。和田岬、御崎公園前、苅藻、駒ヶ林、これらの駅を通り過ぎて、終着駅新長田に着いた。
「着きましたぞ。地上へ出て、道路の西側のビルの向こう側が若松公園でござる。そこに鉄人二八号がおわす。神戸の守護神でござる。その鉄人の右足の踵の鍵穴に鍵を入れ、時計回りに回して下され」
「どうなる」
「鉄人が目覚めまする」
 アツモリが電車から出ようとする。
「お待ちくだされ。敵がここまで侵入しているやもしれぬ。充分、お気をつけくだされ」
「わかった」
 地下鉄の駅から出て地上に出る。道路から見えるビルの向こう側が公園になっている。若松公園だ。その公園に鉄人がいる。
 道路を渡ろうとする。向かいのビルの下に武者が一人たっている。若い。アツモリよりいくらか年上だろう。
 近づく。
「タイラ・アツモリどのか」
「いかにも。ミナモト・ヨシツネどのか」
「ヨシツネでござる」
「ミナモトの御曹司が、よくここまで来られたな」
「ヒヨドリ越えを通ってきました」
「さすがだな」
「さて、そろそろやりますか」
 ヨシツネが太刀を抜いた。
「そうだな」
 アツモリも抜いた。
 双方、同時に斬りかかった。チャリン。刃と刃が合わさった。次の瞬間、二人は後ろに跳んだ。
 太刀を構えてにらみ合う。相手のスキを突こうとするが、二人ともスキがない。
 アツモリとヨシツネは彫像のようになって立つ。動けばスキができる。そこに刃が打ち込まれる。先に動いた方が負ける。双方の剣技は同格。
 にらみ合ったまま三〇分が過ぎた。精神力の勝負となった。戦略的な見地からいうと、トクガワ・ミナモトは攻める方、トヨトミ・タイラは守る方だ。この構造が二人の対決に相似形のように現れた。
 ヨシツネが先に攻めた。太刀を突き出した。切っ先がアツモリを襲う。鋭い突きだ。間一髪、アツモリがかわした。ヨシツネの腕が伸びきった。アツモリはそのスキを逃さない。ヨシツネの脇の下に太刀を入れた。血しぶきが飛んだ。ヨシツネの手から太刀が落ちた。
「おみごと。さ、首を取られい」
「ごめん」
 アツモリはヨシツネの首を落とした。
 若松公園に走る。目の前のビル東急プラザビルのすぐ裏だ。
 身長十八メートルの鉄人がそびえ立っている。その足下に駆け寄る。右足の踵。シマ・サコンのいったとうり確かに小さな鍵穴が開いている。鍵を差し込み右に回す。
 ゴゴゴゴ。鉄人が動きだした。こちらを向き、アツモリと相対した。姿勢を低くしてアツモリに右手を差し出した。
「アツモリ。鉄人の手に乗れ。お前が鉄人を操縦するのだ」
「キヨモリさま」
 タイラ・キヨモリが鉄人の中からしゃべっている。
「私は鉄人の操縦方法を知りませぬ」
「案ずることはない。鉄人は脳波で動かせる。お前が手を動かせば鉄人が手を、足を動かせば足を。お前の手は鉄人の手、お前の足は鉄人の足だ」
 アツモリが鉄人の手の上に乗った。そのまま持ち上がった。鉄人の胸が開いた。そこにコクピットがある。アツモリはそのコクピットのシートに座った。上からヘッドギアが降りてきてアツモリの頭にかぶさった。
「行け。アツモリ。トクガワ・ミナモトを撃破してこの国を救うのだ。そして平和なトヨトミ・タイラの政権を樹立せねばならぬ」
 
 トクガワ・ミナモト、トヨトミ・タイラ。コウシエンで対峙する、両軍の繰り出した三体づつの機甲龍騎兵同士の戦闘はほぼ決着がついたかに思われた。トクガワ・ミミナモのナガシマ、エガワは大破。残るオーは戦闘不可能。一方、トヨトミ・タイラのバース、フジムラ、キュウジの三体は無傷で残っている。 トヨトミ・タイラ軍はこの三体の機甲龍騎兵を先頭に前線を武庫川の東まで押し戻した。
 トヨトミ・タイラのコウシエン基地の司令官マエダ・トシイエは、このままの勢いで一気にオオサカまでトクガワ・ミナモトを押し戻し、可能ならばオオサカ城を奪還、今は亡きタイコウ殿下の無念を晴らそうと考えていた。ただ懸案はオダイバ・ガンダムである。ダンゾウがホンダを行動不能にした。しかし、ホンダの代わりの操縦者がガンダムに乗り込み、稼働可能な状態に設定変更される。それぐらいの時間は経った。
 恐れていることが起こった。ガンダムが姿を現した。
 バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵ではガンダムを止められない。
 その時、西の空に巨大な物体が現れた。
「あれは鉄人。まにあったなアツモリ」 
 神戸は長田から飛来した神戸の守護神鉄人二八号だ。
 鉄人はガンダムの前に降り立った。ガッキ。鉄人とガンダムが組み合った。身長二〇メートル近い鉄の巨人ががっぷり四つになった。ギシギシと膨大な質量の鋼鉄の塊が二つ、みしっと密着してこすれあう。
 ガンダムが上手投げを打った。ドオン。鉄人が地面にたたきつけられた。
 鉄人、立ち上がろうとする。そこへガンダムのキックが来た。頭を強打され鉄人が再び倒れる。
 倒れた鉄人の胸をガンダムが踏んづけた。ガンダム、さらに踏みつけようと足を上げた。その足を鉄人がつかんだ。ガンダムが倒れた。 起きあがろうとするガンダムの両腕を鉄人が抱え込んだ。相撲でいうかんぬきに極めた。 ギギギギギ。バキッ。ガンダムの両腕が折れた。鉄人、離れる。ガンダム、両腕をぶらんぶらんさせる。
 鉄人、こん身の力を拳にこめてガンダムの胸に正拳を入れる。ガゴオオーン。ガンダムの胸が陥没した。
 ボコッ。グギュ。バースのサンカン砲が発射された。命中。ゴン。フジムラの超高周波振動棒が振り下ろされた。ボコッ。ガンダムの額に穴が開いた。キュウジの火の玉ミサイルが命中したのだ。鉄人の正拳がガンダムの胸に当たった。ドゴ。鉄人の腕がガンダムの胴体を貫いた。
 ガンダムが倒れた。
 鉄人を先頭に、バース、フジムラ、キュウジの三体の機甲龍騎兵が続く。
 神戸の守護神鉄人二八号が大坂城に到着した。トクガワ・ミナモト軍は箱根より東に追いやられた。  
 
 
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楽しき週末

 月曜日。
 雨は降ってないようだ。
「傘持って行った方がいいんじゃない」
 私はドアを開けて空を見た。空一面に薄い膜を張ったようだ。西の空は明るい。
「いらないと思うよ」
「そうね。降りそうにないわね」
「とうぶん雨は降らないらしいよ」
「そう、だったら傘はもういらないね。捨てるからちょっと待ってね」
 女房は家中の傘を玄関に持ってきた。携帯用の小型から女物の日傘まで、全部で十本あった。子供のいない、夫婦だけの家族で傘が十本はさすがに多いように思う。
「全部捨てるのか」
「うん」
「お前の日傘もか」
「だって、もう夏は来ないもの」
 私が七本女房が三本の傘を持った。玄関を出たところで隣の久野さん夫婦とあった。
「おはようございます」
 ご主人はコタツを、奥さんはストーブを持っている。
「大変ですね」
「はい。もう使うこともないから、思いきって捨てることにしました」
 うちと久野さん宅はマンションの四階。廊下に出ると、北の方に六甲山が見える。山腹のあちこちが桃色に染まっている。桜が開花し始めているようだ。今度の日曜日ぐらいが満開だろう。
 先にコタツとストーブを捨てた久野さん夫婦が階段を上がってくる。
「おや、出勤ですか」
 背広にネクタイの私を見て、久野さんのご主人が声をかけてきた。彼はパジャマにブルゾンを羽織っただけ。この後、朝寝をしようかという格好だ。
「はい。もう少し仕事が残っていますので」「大変ですね。大きな会社は。私んとこの会社はもう解散しました」
「すると、これからずっと家に」
「はい。定年前にこんなにゆっくりできるとは思いませんでした」
 久野さんはそういうと、階段を上がっていった。彼はもう働かなくてもいい。次の会社を探す必要もない。実は私も今日が最後の出勤だ。
 女房と二人で傘を捨てる。もう雨は降らない。傘はいらない。例え雨が降っても気にすることはない。濡れればいい。
 薄く曇っていた空が明るくなってきた。きょうも良いお天気になりそうだ。毎年、お花見のこの時期はスカッと晴れる日は少ない。今年は三月の後半からずっと快晴が続いている。最後に傘を差したのはいつだっただろう。四月の初旬だというのに、空はもう五月の空だ。永遠に見ることのない五月の空だ。
 駅前の不法放置自転車が減っている。通勤通学する人の数がかなり減ってきた。それに市がこまめに処分するようになった。
 改札を抜けホームに上がる。乗客がちらほら。この駅は乗降客数が多い。古くからの住宅地で、近年、駅から遠いところも住宅地として開発され、周辺の人口は倍増した。
 以前は、この時間は通勤ラッシュの最中だった。ホームに人があふれていた。それが今では人数が数えられる。電車の本数も減っている。その電車も今日の最終電車をもって運行終了となる。
 電車が来た。乗る。すいている。ガラガラだ。もちろんゆったりと座れる。ぎゅうぎゅう詰めの満員電車で通勤していたころを思うと、夢のようだ。ゆっくり本も読める。最後の本は何にしようかさんざん迷った。死ぬまでに一度は読んでおきたい本が、私には何冊かある。あまり厚い本だと読み切れない。で、この本にしたのだが、まだ半分ほど残っている。いそいで読めば間に合うだろう。
 車内は春の午前の光が舞っている。早くも満開となった桜が車窓の外を通り過ぎていく。
 電車から降りる。この駅が終点だから乗客全員が降りるわけだが、ホームにはパラパラとしか人はいない。
 駅から出る。そこにはいつもの通りの大都会の風景がある。ビルがあり道路がある。道路では信号が点滅している。歩行者側の信号が赤に変わった。数人が信号待ちをしている。数台の車が通過して行った。朝の九時前だ。 信号が青になった。歩行者数人が横断歩道を渡る。私も彼らに混じって歩道を渡った。 そこからひとブロックほど歩く。そこのビルが私の会社だ。いちおう本社ビルだ。今はどこでもそうだが、企業は本社しか存在していない。支社や工場は動いていない。製品を売る必要がない。売らないから造る必要もない。
 総務部のドアを開けて中に入る。二人が勤務していた。
「おはよう」
「おはようございます。課長」
「早いんだな」
「あと少しですので、早めに済ませて、早く家に帰ろうと思いまして」
 この二人は、五人いる私の部下のウチの二人だ。他の三人はもう退職して郷里に帰っている。
 二人が作成した書類の課長印の欄に捺印した。これで私の仕事はすべて終わった。二人の仕事も終わった。
 部長、いや、社長も専務も、私の上役はみんな会社から去った。今は、この会社では課長の私がトップ。会社といっても書類上だけの会社だ。生産も営業もとっくに終了している。
 私は総務課長として、書類上も会社を終わられたかった。会社の上層部は、今となっては会社など、どうでもいいようだ。私は違う。 こういう時こそちゃんとけじめをつけたい。だから私は所属している団体、会すべてに脱退届けを出した。
 子供の学校のPTAから、スポーツジムの会員、交通安全協会から、レンタルビデオ屋の会員まで。私は、すべて終わらせたかった。もちろん、四〇年近く勤めた会社も、やるべき仕事をしてから、正式に退職したかった。ここにいる二人も私と同じ考えのようだ。
「課長受理してください」
 二人が退職届けを出しに来た。
「分かった。受理する。長い間、そして最後までごくろうさま」
 彼らの退職届を受け取った。これが私の最後の仕事だ。私も、この瞬間、退職した。これでこの会社は完全になくなった。
「課長はこれからどうします」
「帰るさ。もう会社はないんだから」
「ちょっっと一杯やっていきませんか」
「開いてる店がないだろう」
「ところがあるんです。今も開いてる居酒屋が」
 ごく普通の居酒屋。客は先客が三人ほど。店員は大将と、奥方と思われる女性の二人。壁にお品書きが貼りだしている。
 女性がおしぼりとつきだしを持ってきた。空豆のゆでたのが小鉢に入っていた。おいしい。
「このお品書きはみんなできるのかな」
「はい」
「ほんとか?漁に出ている漁師や、作物を作っている農家がまだいるのか」
「はい。漁師のまま百姓のまま終りたいと思う人が結構います。私も居酒屋のオヤジのままで終わりたいです」
「そうか、オレもサラリーマンを全うして、会社を終わらせたもんな」
「なになさいます」
「ビール。カレイの唐揚げとイカさし。お前らも好きな物いえ。今夜はオレがおごる」
「それはいけません。課長はもう課長じゃないんですから。今は友だちどうしということで、ワリカンにしましょう」
「そうだな。もう会社はないんだったな」
 料理と酒が運ばれてきた。漁師や農家だけではなく、流通関係も業務をしているということだ。お金も通用するし、電車も動いている。電気もガスも水道もちゃんと使える。社会はまだまだ動いている。何事もないように。「それでは、乾杯」
「乾杯」
「きみたちは、これからどうする」
「ぼくは田舎の赤穂へ帰りますよ。老母がひとり暮らししてますから」
「芳川くんは」
「ぼくは結婚します」
「そうか、式をあげるのか」
「いえ。こういうご時世ですから、式はしません。役所に問い合わせたら、届け出もいらないそうです」
「そうか、おめでとう。気の毒だが子供は無理だな」
「彼女、妊娠してるんです。臨月です」
「間に合うのか」
「ぎりぎりですね」
「ただいま」
「おかえりなさい。お風呂どうぞ」
 玄関から風呂場に行く。湯船につかる。いい湯加減だ。
 三六年あの会社に勤めた。定年まで勤めるつもりだった。ところが定年を目前にして退職した。会社が解散したのだからしかたがない。決めの退職金ももらった。いまさら、お金があっても意味はないが。
 先に定年退職した先輩方より、私の方が良かったことがある。先輩方は、定年後も働く必要のある人が多く、みなさん、再就職先を探すのに苦労していた。その点、私は再就職しなくてもいい。この後、ずっと家族といっしょに過ごせる。
 風呂から上がるとテーブルの上に、徳利とお猪口、塩辛の小鉢が置いてあった。その前に女房が座っている。
「あなた、飲んできたでしょうが、わたしにもつき合って」
「おう」
 女房が徳利を持って、お酌をしてくれた。
「あなた、長い間ごくろうさま」
「うん」
 ひと口に飲んで、女房から徳利を受け取って、女房にお酌をした。

 火曜日。  
「まだやってる産婦人科を見つけたよ」
 陣痛が始まった。幸い、車にはガソリンがあと少し残っている。芳川は妻の手を取って、ガレージまで連れてきた。後部座席のドアをあける。
「ゆっくりだぞ。そっと座れ」
 大きなお腹をかかえた幸恵は、そろそろと車に乗り込んだ。芳川がそっとドアを閉める。「十五分ほど走るぞ」
 芳川は、まるで爆発物を積んでいるように、ゆっくりと発進する。
 国道に出た。走っている車は少ない。トラックなど、商用車がほとんどだ。物流の仕事に就いたまま終わりたいのだろう。彼らは根っからのプロだろう。絶対に事故は起こさない。そんな意志が感じられる運転だ。何を運んでいるのだろう。
 カーナビはまだ機能している。道は間違っていないはずだ。もうそろそろ、目的の産婦人科の医院が見えてくるはず。
 後部座席の妻の吐く息が聞こえる。呼吸の音が大きくなってきた。急がねばならない。アクセルを踏む足に力が入る。
「近藤産婦人科」看板が見えた。駐車場にはクラウンが一台留まっているだけ。医師の車だろうか。その隣に駐車する。
 玄関が開いて、白衣を着た初老の男が出てきた。
「電話をした芳川ですが」
「奥さん歩けますか」
 近藤医師は妻を分娩室に連れて行った。
「ご主人はここで待っててください」
 芳川は待合室のベンチに座った。 
 子供が生まれる。人生最大の慶事のはずだ。しかし、今から生まれようとしている子供になんの存在意義があるのだろう。生まれてくる。その子はそれだけしかできない。 
 ほんのちょっと前にベンチに座ったのに、もう、ずいぶん前に座ったような気がする。
 もうそろそろ産声が聞こえるはずだ。時間が経ちすぎている。まさか死産。悪い方へ悪い方へと考えが行ってしまう。
 産声が聞こえた。近藤医師が赤ん坊を抱いて分娩室を出てきた。
「男の子です」
 その晩は近藤産婦人科に泊めてもらった。翌日、三人で帰宅した。家族が一人増えた。
「あなた、名前を考えて」
「うん。希望があるという意味で有希だ」
「希望がある。皮肉な名前ね」
「そんなことはないよ。あと少しだけど、希望は希望だ」
 

水曜日。
 不思議なものだ。治療を一切止めてから楽になった。朝、目が覚めてから、夜、眠るまでずうっと続いている吐き気がなくなった。 吐き気はあったが吐けなかった。吐き気のため食欲はなかったがむりに食べていた。
 薬を飲まなくなって食欲が出てきた。さすがに化学療法も放射線療法もできなくなって退院した。私が最後の入院患者だった。病院そのものが閉鎖された。あの病院はよく面倒を見てくれたといっていい。
 歩いて退院できるとは思ってなかった。最初に入院したのは二年前だった。入退院を繰り返した。手術、再発の繰り返しでもあった。
 最後の入院は三ヶ月前だった。入院する時、これが最後と覚悟して入院した。余命三ヶ月。死に場所はこの病院だと思い定めていた。それが急転直下退院となった。家で死ねることになった。
 病院で死ぬ。というより病院そのものが閉鎖される。いたしかたないだろう。医者も看護師も人間なんだから、家族もいるし事情もあろう。
 家に帰ってきた。タクシーが拾えた。まだ動いているタクシーがあるのだ。運転手に聞くと「あたしゃ、車を運転する以外能がありませんや。最後まで車に乗ってますよ」と、いうことだ。
 家に帰ってもだれもいない。皮肉なもので、絶対、私の方が先に逝くと思っていたが、女房の方が先に逝ってしまった。病気知らずの元気な女であったが、心筋梗塞で急死だった。子供はいないから、私は一人になってしまった。
 とりあえず簡単に掃除した。案外、ホコリはたまってなかった。昼だ。なにか食べなくては。カップヌードル食べる。
 昼寝をして、また掃除して、本など読んでいると、たちまち夕方になった。夕食を食べなくては。さして食欲はない。当然だ。私はまだ病人なのだ。病院を出たが治癒したわけではない。余命いくばくもない病人であることには変わりはない。
 朝になった。久しぶりにわが家で目覚めた朝だ。さて、きょう一日何をして過ごそう。病人だから体力はないが、近くを散歩するぐらいはできる。
 家を出た。天気がいい。春の風が優しくほほをなでる。空気が澄んでいる。
 走っている車は極端に少なくなった。稼働している工場もないだろう。もう、空気が濁ることもない。都会がこんな空気だったら、私も病を得なかっただろう。
 走っている車は少ないが、歩いている人はけっこういる。確かに、家に閉じこもっていても、外を出歩いても同じだ。外にいる方が気がまぎれるかも知れない。
 私が入院していた病室から公園が見えた。広い公園で、大きな池があり、樹木も多く、平日の昼は、そこで弁当を食べる制服姿のOLや、食後の軽い運動をするサラリーマンたち。休日は子供連れで、池でボートに乗ったり、芝生で遊んでいる家族。ベンチで仲良くおしゃべりしている若い男女。平和を思いっきり享受している人たちがいた。
 病室のベッドから、その人たちをながめていた。羨望と憎しみを感じていた。
 私ひとりこの世を去る。あの連中はまだ生きる。なんて理不尽なんだ。なぜ私だけが死ななければいけない。
 あいつらは、まだまだ生きることの喜びを感じることができる。あいつらはまだまだ生きる。それに比べて私は。私はひとり死んでいく。  
 そんな私が退院した。まもなく死ぬことは変わりないが、私の心境に大きな変化があった。
 私ひとり死ぬんじゃない。あいつらも、私と同じ、まもなく死ぬんだ。大変、気が楽になった。  

木曜日。
 今日は十四枚書いた。われながらがんばった。全部で五百枚ぐらいにするつもりだ。やっと百枚を超えた。先は長い。
 このところ睡眠時間は三時間。目が覚めている時間のほとんどを執筆に費やしている。
 家族は捨てた。妻と子供を捨てて、私、一人家を出た。家から遠く離れたこの土地でワンルームマンションを借りた。
 私がここにいることを知る人はだれもいない。何人かいる担当編集者にも知らせていない。いま書いている、そんなことはないと思うが、この作品が仕上がれば、その時、一番信頼できる担当に原稿を手渡すつもりだ。出版されることは絶対にないが、編集者に原稿を渡すまでが、プロの作家の仕事と心得る。出来上がった原稿をどこにも出さずに仕舞い込んでおくのはアマチュアだ。私はプロだ。仕事は全うしたい。最後までプロのモノ書きでありたい。
 朝か。もうテレビも放送していない。新聞も来なくなった。昨夜、いつ寝たのか憶えていない。目覚めた時は、机の上に突っ伏していた。
 腹がへった。いつ食事をしたのか憶えていない。もうずいぶん前からものを食べていないような気がする。冷蔵庫を見たが空っぽである。キッチンの戸棚も奥からカップヌードルが一個出てきた。電気と水道はまだ生きている。湯を沸かしてカップヌードルを食べる。
 睡眠を取った。食欲も満たした。トイレで用をたした。これで生物としての生理現象はひととおり終わった。
 執筆を再開する。パソコンで原稿を書いていたが、電気が止まった時のことを考えて、手書きで原稿を書く。パソコンで書いた分は全てプリントアウトしてある。
 2Bの鉛筆でひたすら升目を埋めていく。考えなくても文章が自動的に出てくる。今、私の全存在が一つのことに集中している。執筆する。この作品を書き上げる。私は、そのことだけのために存在している。食べることも、寝ることも、排泄することも、すべては書くためだ。
 筆を起こしたのはいつだっただろうか。忘れた。もうずいぶん前のことだ。ひょっとすると生まれてすぐ書き始めたのかも知れない。
 身を焦がすような焦燥感を感じている。なんとしても、この作品を完成させたい。ストーリー、プロット、構成、個々の文章、すべて頭の中にできている。あとはそれを紙の上にアウトプットするだけだ。だから、私の中では作品は完成している。しかし私はプロの作家だ、アマチュアではない。私は作品を完成させたいのではない。仕事を完遂したいのだ。完成原稿を担当編集者に手渡して、初めてプロの作家としての仕事は完遂できる。本になる、ならないは編集者の仕事だ。私の関知するところではない。
 昼になったらしい。食う、寝る、排泄する以外は、執筆だけをしている生活。時間の経過がまったく判らなくなった。
 本当は、食う寝る排泄もしたくない。執筆に不要な身体はいらない。頭脳に直接手が付いていて、書く機能だけあればいい。そんな身体が欲しい。
 ちょっと手が止まった。フッと思った。この原稿は完成しない。全体の五分の一ほどしかできていない。
 原稿が間に合わない時に、作家がやることは二つ。締め切りを延ばしてもらう、大急ぎで書いて、少ない枚数でなんとかまとめる。
 今回の場合、締め切りは絶対である。締め切りは週末。これは絶対に動かせない。
 予定より枚数を減らして、とにかく作品としての形を創る。これも無理だ。五分の一の枚数でしめてしまうと、全く別の作品になってしまう。私は、「この作品」を仕上げたいのだ。
 

 金曜日
 俺は死なんぞ。あいつらは死んで当然のヤツらだったんだ。あんなクズなんの値打ちもない。俺はゴミ掃除をしただけだ。それで、なんで俺が死刑なんだ。 
 最高裁まで行ってやった。でも、最高裁では上告を棄却しおった。三年前に死刑が確定した。
 死刑の執行は午前中に行われる。朝が怖い。コツコツという看守の足音が聞こえるだけで、震え上がる。必死に祈る。どうか俺の部屋の前で足音が止まらないように。
 通り過ぎた。今日は金曜日だ。土曜日曜には死刑執行はない。これで三日間は生きられる。
 あの時の、クズの母親の顔は何度思い出してもおかしい。あのばあさん、俺が死刑になるよう、極刑を求める署名運動を起こしやがった。
 裁判官が主文を朗読する時、俺の顔をじっと見つめてやがった。死刑判決が出た瞬間、俺がどんな顔をするか見たかったのだろう。
 俺が、がっくりと落胆し、心から後悔し反省をうかがわせる表情でもすれば、ばあさんは満足だったのだろう。
 俺は、ばあさんに向かって、ニッコリとほほえみ、小さくピースサインをしてやった。
 その時、ばあさんは、驚き、落胆、哀しみ、怒りを全部ない混ぜにしたような顔をしやがった。ざまあ見ろ。
 とはいうものの、実は俺、ばあさんに当てつけで、ああいう態度を取ったが、本当は、死刑判決はショックだった。三人も殺しているのだ死刑は覚悟していた。しかし、無期になる可能性もあった。正直、俺だって死ぬのは怖い。
 この三年間、一瞬たりとも気の休まる時はなかった。いつ、死刑台への呼び出しがかかるか判らない。いっそ、自殺してやろうかと考えたこともあった。しかし死ねきれなかった。俺はまだまだ生きたい。
 その話を聞いた時、思わず喝采を叫んだ。あはははは。俺がいったとおりだろう。悪いのは俺だけじゃないんだ。みんな悪いんだ。罰を受けるのは俺だけじゃないんだ。

 土曜日
「一義、起きなさい。ご飯ですよ」
「もうちょっと寝かせといてよ。学校も無いなんだから」
「だめです。いくら学校が無くても、規則正しい生活を送らなくては」
 小学校四年生の息子が、半分寝たままで食堂にやって来た。三つの皿にトーストが一枚づつ乗っている。
「おはよう」
「おとうさん、今日も会社休み?」
「ああ。ずっと休みだよ。会社はもうないんだ」
「それでは食べましょ」
「いただきます」
「いただきます」
 家族三人で朝食を食べるようになって、朝が楽しくなった。以前は義彦が単身赴任していたから、息子の一義と私の二人で食事をしていた。
 三人だけの家族だが、バラバラな家族だった。私はパートではなく、フルタイムのOLをやっていた。一義は学校から帰ると、朝に私が作っておいた冷めた夕食を食べると、塾に行って、私が帰宅した後帰ってくる。亭主の義彦は月に一度か二度帰ってくる。そういう生活をずっと続けていた。
 家族三人で三度の食事をともにできる。それが幸せなことだと思えるようになった。私と義彦の会社と、一義の学校と塾が無くなった。そのおかげで三人がずっといっしょにおれる。  
「ドライブに行こうか」
 トーストを食べ終わった義彦がいった。
「車に少しだけガソリンが残っている。あれで走れるだけ走ろう」
「帰りはどうするの」
「もう帰りの心配はしなくてもいいよ。車もそこに乗り捨てればいい。駐車違反の取り締まりもないんだから」
「賛成」
「ぼく、海がいいな」
 さすがに走っている車は少ない。道はすいている。天気もいい。絶好のドライブ日よりだ。
「さて、どこの海へ行こうか」
「南の海がいい」
一義が小さく、義彦が本社勤務のころは、三人でよく行楽に行った。休日のたびに車で出かけた。
 日帰りか、一泊の小旅行だったが楽しかった。一義は特に海に連れて行くと喜んだ。波とたわむれ、小さなカニや小魚を捕って遊んだ。  一番最初の一泊旅行は南紀だった。一義が幼稚園のころだった。ものすごく楽しかったらしく、時々想い出している。また行きたいねといっていたが、義彦が単身赴任するようになって、なかなか実現できなかった。それがこういうことになって実現できるとは。
「ガソリン持つかしら」
「なんとか行けるやろ」
「今晩どうしよう」
「どっかに適当に泊ったらいいさ」
「あそこに泊ろうよ」
 一義がいったのは、前に来た時泊ったホテルだった。
「やってるかしら」
 建物はそのままあった。人っ気はない。営業はしていないようだ。
 車を駐車場に停めた。広い駐車場に数台の車が放置されている。三人は建物の中に入った。ガランとして無人のようだ。
「ごめんください」
 シーンとした静寂だけが返って来た。
「だれもいませんか」
 ホテルの従業員は全員家に帰ったようだ。
 エレベーターやエスカレーターは動いていない。階段を歩いて六階まで上がる。一番つき当たりの部屋。六二六号室。前に彼らが泊った部屋だ。
 鍵はかかってない。部屋の中は少しホコリが貯まっているが、ベッドもシーツも使える状態だ。 
「今晩、ここで寝ようよ」
「そ、しよか」
「そ、しよ。そ、しよ」
 三人は眠った。目覚めない眠りである。

 日曜日





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ミュータント狩り(最終回)


                                  ミュータント狩り(第9回) 
 
 第8章

「どこに逃げるの」
「二人だけで暮らせる土地へ行こう」
「あなたは裏切り者になってしまったわ」
「人類もミュータントもだれもいない所へ逃げよう」
 二人は山の麓まで降りていた。エリカにとっては、人生のターニングポイントとなった土地であり、ゼオにとっては、仲間の代わりに一人の愛する異性を得た土地だ。
 周囲に有った木々はだんだんまばらになってきた。陽ももうかなり西に傾いている。紅葉と夕陽があたり一面を真紅の世界に染めていた。二人はまるで血の海の中を歩いているようだ。
「もう殺し合いはいやだ」
「なぜ人類とミュータントは憎しみあわなければならないの」
「ぼくはアルビンたちのいっていることがよく判る。悪いのは君たち人類だ。地球を独占し、そして破滅させた。あげくの果てに宇宙に逃げだし、そしてまい戻って来て、再び愚行の道を歩みはじめようとしている。ぼくも初めはアルビンたちと同じ考えだった。
 この地球から人類を一掃することが、ぼくたちミュータントの義務であると思っていた。しかし、その考えは間違っていた。憎しみ合い殺し合いは人類は犯してきた愚行をたどるだけだ。ぼくたちはまだ原始的な武器しか持っていない。人類も開拓で手一杯で、組織だったミュータント討伐まで手が回らない。これが本格的な人類VSミュータントの戦争になれば、われわれも自衛のために、もっと強力な武器を持とうとするだろう。そうすると人類もさらに強力な武器を持ち出す。これがぼくたちミュータントが一番恐れていることなんだ。地球全滅寸前まで追い込んだ人類の文明は、戦争がそれを推進する大きな力となった」
 ゼオは一気に話すとエリカの目を見て同意を乞う。
「ぼくは人類とミュータントが交じり合い、一つになることが、この地球を「生き物の楽園」へのただ一つの道だと判った」
「そんなの嫌だわわたし。わたしたち生き物は、ただ生きればいいのだわ。生きていくのに目的なんてないわ。わたしは死ぬまで生きる。それだけでわたしは満足よ」
 エリカ強い光を瞳に込めてゼオを見つめた。
「あの鳥を見て。あの鳥は子供を産み、そして死んでいく。あの鳥に生きる目的はないわ。ただ空を飛び、生きて、そして死んでいく。なにも不満をいわないわ。地球の生き物の歴史は、ほとんどがあの鳥のような生き物ばかりだったわ。そして、その時代が生き物の楽園。地球が―」
 いい終ると、彼女は、紅い世界の中を男が一人歩いてくるのを見た。全身を真っ赤に血で染めた男だ。
 ゼオもその男に気がついた。エリカの手を取って全力で駆け出す。しかし、男の方が速い。
「逃げて。私を連れていると逃げ切れないわ。あなた一人で逃げて」
「そんなことはできない。死ぬ気で走るんだ」
 エリカの横を白い光が走った。ゼオが転倒。肉の焦げる臭いがする。ゼオの左ふくらはぎが黒く炭化している。
 ザックが二人に走り寄る。エリカは倒れたゼオの上に身を伏せる。
「まって。この人を殺さないで。お願い」
「そこをどきなさい。お嬢さん」
「この人を殺すなら私を殺して」
 突然、エリカが立ち上がった。ザックに襲いかかった。手にはゼオの腰にあった蛮刀を持っている。
 彼女は生まれて初めて憎しみという感情を持った。そして、初めて持った感情ゆえ、それをおしとどめるすべを知らない。それを一気にザックに向けて爆発させた。
 ついさっきまでの戦いと、全力疾走によってザックの運動神経は大きく衰退していた。それに、まさかエリカがこんなことをするとは思わなかった。
 避けきれなかった。まともに肩で刃を受けた。しかし、非力な女性の手によるためか、刃はザックの鎖骨で止まった。
 ザックの視野に、沈みかけている太陽に向かって飛んで行く鳥が入った。その鳥はまるで太陽に祝福されているように見えた。
 ゼオがエリカの手から蛮刀をひったくった。
「かせ!君はそんなことをすべきじゃない」
 一瞬のスキができた。ザックはそのスキを見逃さなかった。手首をひねりながらレーザーガンを撃つ。扇型の白い光が輝いた。エリカとゼオの首が落ちた。首のなくなった二人は抱き合うようにして倒れた。
 太陽は完全に地平線の下に身をかくした。

                                             (終わり)
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ミュータント狩り(第9回)

                                   ミュータント狩り(第8回)

 腰に殺人光線銃をぶら下げた男二人が、肩を並べるには美しうぎる風景だ。
 うす暗い森を抜けると、新しい風景が広がった。
 湖が二人の目の前にある。周囲を白樺林が取り囲んでいる。標高はかなり高い。気温は低く、透明な冷気が満ちている。ひんやりとした空気が疲れた身体に心地よい。遙かには純白の雪をまとった山脈が望見できる。二人の足元から湖の畔まで高山植物が群生している。
 4人のミュータントがやって来た。一人は平べったい円盤。一人は腕が4本ある男。一人は一つ目の巨人。そして、液体人間の肥大漢。
 人間の頭ほどの石が猛烈なスピードで飛んできた。一つ目巨人サイクロップが投げたのだ。彼の怪力で投げられた石は弾丸と化す。それは正確にザックに飛ぶ。かろうじて身をかわす。伏せながらレーザーガンを抜く。矢が飛んできた。
 キャノンの反撃の方がすばやかった。彼は横に飛びながら、サイクロップ目がけてレーザーガンを発射。しかし、4人のミュータントは、一瞬前とは同じ場所に存在しなかった。
 キャノンの放ったビームは湖面のわずか上を通過し、対岸の白樺林の方に消えて行った。
 3人の残像は時間とともに増加していく。3人のミュータントは30人の軍団と化して二人のハンターに迫ってくる。
 地面が妙に湿っぽくなってきた。ザックは凄まじい妖気を足の下に感じた。あわててその場を飛びのく。今までザックが立っていた場所から噴水が吹き上がった。
 空中の水は、ザックの頭上で一瞬静止し、ザアーと落下した。水はザックの足元から少し離れたところで水たまりとなった。それが再び空中に浮上し、ザック目がけて襲いかかる。不思議な水は空中で肥大漢エッツォになり、形を崩して鋭い円錐となった。水は氷となっている。液体人間エッツォは氷の槍と化してザックの胸に突き刺さろうとした。ザックの胸元を白い光線が走った。キャノンが放ったレーザーだ。円錐の先端が切断された。ザックはとっさに、その先端を払った。小さな円錐がコロコロと転がった。それは転がりながら個体から液体となり、さらにまた固体に戻った。それは液体人間エッツィオの首であった。先端部が取れ、先が平らになった氷の槍がザックの胸板を突き飛ばした。数メートルふっとばされたザックは、背中と後頭部を強打。一瞬、息が止まり意識を失う。この間、2本のレーザービームは輝きを止めていた。
 30あまりの残像の群れの中から、一つの影が飛び出した。それは平べったい円盤だ。円盤人間ソー。そいつは激しく回転しながら飛ぶ。円盤の周囲には、ソーの肋骨の先端部が少しづつ露出して、ノコギリの刃のようだ。二人のミュータント・ハンターのうち、一人は倒れ一人は立っていた。当然、ソーは狙いをつけやすいキャノンに襲いかかった。ザックを助けるため、レーザーガンの銃口を横に向けたのがキャノンの命取りとなった。
 円盤はキャノンの身体を通り抜けた。キャノンはへそのあたりで切断された。上半身が分離してなくなった、キャノンの下半身は、一瞬、彫像にようにその場に突っ立ち、そして倒れた。
 ザックは昏睡と覚醒のはざまで、真紅の世界をかいま見た。キャノンの切断された身体から噴き出した、大量の血液を浴びてザックは息を吹き返した。
 4本の巨大な蛮刀が振り下ろされた。4本の腕を持つミュータント、スパダだ。その後ろには一つ目巨人サイクロップもいる。キャノンを倒した円盤人間ソーは、ザックの背後の白樺の枝にぶら下がっている。
 ザックは自分の手にレーザーガンがないのに気がついた。
 自動的に身体が飛んだ。4本のうちに1本がほほをかすった。彼が身体を後ろに移動したのに従って、彼のほほの高さに赤い軌跡が残った。風を巻いて円盤人が飛んでくる。ザックはジャンプした。すぐ足の下をソーが飛ぶ。サイクロップがソーを受け止める。そして、円盤投げのように投げつけた。
 レーザーガンを持たずに、ミュータントの相手をするのは、ザックにとって初めての経験だ。チラッと「死」が頭をよぎる。すぐ、それを振り払う。こいつが頭の中に少しでもあれば、戦闘能力が大きく削がれる。頭を空白にして、身体全体を反射神経にしなければ、この危機を逃れることはできない。
 ブーツの中からナイフを出してあお向けに倒れた。前にスライディングする。目の前を巨大な円盤が飛ぶ。ナイフでその腹を斬る。
 地面はキャノンの血でべたべたになっている。その血はザックのスライディングの距離を伸ばした。その勢いを利用して、スパダの向こうずねを蹴り上げた。スパダが体勢を崩したところをザックはナイフで突こうとした。身体が邪魔をした。ザックの身体が自然に動いたのだ。サイクロップの存在を忘れていた。頭の中は。しかし、反射神経は覚えていた。一つ目巨人の両手の岩が振り降ろされた。ザックはそいつの懐に飛び込む。脇の下に手刀を入れる。岩石が落下。片腕をつかむ。一本背負いをかける。巨人が地響きを立てて地面に叩きつけられた。次の瞬間にはザックは空中に飛び上がっていた。スパダが振るう4本の刀をかいくぐりながら落下し、キックを入れる。着地した時、地面の血に足を取られて転倒。スパダの刀、サイクロップの巨大な足がザックに振り下ろされる。そこに切断されたキャノンの上半身があった。右手にはまだレーザーガンを握っていた。それをひったくる。ザックを中心に白い光の輪が出現。回転サーベル撃ち。
 二人の巨人は同時に倒れ、二度と立ち上がらなかった。

                                   次回更新予定6月6日
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ミュータント狩り(第8回)


                                  ミュータント狩り(第7回)

  第7章

 巨大な鳥の影がザックたちの頭上をよぎる。猛烈な殺気を感じる。鳥人ブーバーだ。小さな鋭い光が飛んできた。カッ。木の幹に突き刺さる。吹き矢だ。ザックはブーバーが吹き矢の使い手であることは知っていた。その光点を見る前に横の木の陰に身を隠した。キャノンとガデムもそれを見て、大あわててで散った。
「ブーバーか」キャノンが聞いた。
「そうだ」
 ザックは答えると同時に、キャノンが身体をすり寄せている木の梢あたりを、レーザーガンで撃った。巨大な鳥の影が動いた。バサッと木の枝が2,3本落ちてきた。そいつはどこかの木の中に隠れた。ザックからはよく見えない。枝と葉が多く、木漏れ日しか見えない。
 3人とも木の幹に張り付いたまま動かない。いや、相手が吹き矢の名手ブーバーと判ったから、動けないのだ。
 もちろん、吹き矢の先端には猛毒が塗られている。指先をかすっただけで確実な死を約束する毒が─。
 ザック、キャノン、ガデムの主観時間が停止した。絶対時間は流れていく。地面に写る葉の影のパターンが微妙に変化していく。
 神経戦は運動神経に大きく作用する。それが最初に表れたのはガデムだ。何かに蹴飛ばさてたように、木の陰から飛び出したガデムは、森のまばらな所まで一気に走った。彼の第3の腕ともいうべきガデムガンを真上に向けた。
 頭上の梢がガサッと小さな音をたてた。ザックは地面をにらむ。太陽の位置、地面の木の影、一瞬のうちに計算してブーバーの位置を特定した。
「ガデムよけろ」
 ザックが叫んだ時は手遅れだった。ガデムガンは火を吐く前に地面に転がった。ガデムの右腕がみるみるうちに紫色に腫れていく。
 ザックは巨大なコウモリのような翼を一瞬目に止めた。それで充分。レーザーガンのトリッガーを引く。ザックのビームの横にもう1本ビームが走る。キャノンのだ。黒い物体が落下した。その物体を切り裂いたのはキャノンのビームだ。ザックのビームはガデムの紫色に変色した右腕を切り落とした。ガデムは絶叫をあげて地面を転がりまわり、立ち上がった時は、残った左手でガデムガンを拾い、銃口をザックに向けた。ザックは、今度は腕ではなく、ガデムの眉間を貫いた。
 キャノンは目前で友を殺された。しかし、キャノンはザックの行動を理解した。感情はベストな行動の邪魔になる。
「人殺しになるより、見殺しにする薄情者になった方が良かったかな」
「気にするな」

                                     次回更新5月30日予定





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ミュータント狩り(第7回)

          ミュータント狩り(第6回)


   第6章

 エリカの、この一週間は地獄であった。しかし、彼女は彼女のままでいる。精神力が、自分が想像する以上に強かったことも事実だが、女性としての地獄を味わわずにすんだためだろう。
 七日目の朝が来た。ミュータントたちは、エリカに何もいわないが、自分がなんのために誘拐されたのか彼女には判っていた。そして、今日あたりなんらかの結論が出されるころだ。
 鉄格子の外に白い影が現れた。10人のミュータントの中で最も凶暴なアルビンだ。エリカが体験してきた、この一週間の地獄を象徴するのがこいつだ。
 アルビンにとって最大の不幸は、この美しい地球に、汚らしい人類が存在すること。人生最良に日とは、人類最後の1人を自らの手で八つ裂きにする日のことだ。また、彼にとって生きる目的は人類を一人でも多く殺すこと。自分の目にふれる人類を生かしたまま去らすことは、自分の人生を否定することだ。
 エリカを犯して殺す。この行為はアルビンにとって、彼の生き方を示す一つの象徴であり、これからの人生を示唆する行為だ。
 エリカは人類の「善」と「美」を具現化した人物といえる。そのエリカを徹底的に辱め、八つ裂きにし、醜悪な肉塊としてやる。
 うす暗い牢内で、その部分だけうっすらと白い光が輝いているようだ。アルビンの皮膚はそれほど白い。彼は腰布一つの裸だ。エリカはまぶしいとさえ感じた。その白い光の中で二つの真紅のランプが輝いている。アルビンの眼だ。その眼と、彼の股間の異様な膨らみを見れば、いかなエリカとて、自分にどんな出来事が襲いかかろうとしているのか理解できる。
 錠前を解き、鉄格子を開けて牢の中に入ってくる。エリカは思わず牢の隅に寄り身を小さくした。弱い小動物が見せる本能的な行動だ。
 普通のレイプであれば、口の端にでもニヤニヤ笑いをくっつけていただろう。が、残念ながらこれはレイプではない。破壊行為だ。全身が凶器の彼は、もちろんその男根とて例外ではなく。凶悪な凶器だ。
 アルビンは無表情なままエリカに近づく。腰布をとり全裸となった。牢内を照らす白い光が照度増したようだ。凶器がむっくりと頭をもたげ始める。
 エリカはますます牢の隅に身を収縮させる。できることならば、もっともっと小さくなり、この場から消えてしまいたい。顔をそむけているが、片目でチラッとアルビンの方を見た。その目を見て、アルビンは軽い勝利感を味わった。その目は、不幸の味を知らない澄んだ少女の目ではなく、憎しみの光が宿っていた。この娘がこんな目を見せたのは、誘拐以来初めてだ。アルビンの顔に笑みがうかんだ。
 うずくまっているエリカの腕をつかんで立ち上がらせる。彼の凶器はますますエネルギーを孕んで、巨大に膨張していく。
 いきなりアルビンがエリカの衣服をはぎ取った。全裸にされた彼女は、その場にしゃがみこもうとした。その時、ほほに鋭い痛みを感じた。大きな音がしたはずだ。アルビンがエリカにビンタした。横倒しになったエリカをあお向けにして、その場に押さえつけた。エリカは目を固く閉じて、必死で逃れようと動く。アルビンが完全にエリカにおおいかぶさった。
 アルビンの腰が持ち上がった。彼の凶器の長さだけ、アルビンとエリカの腹の間に隙間ができた。その隙間が消えた。何かが破れた。エリカは自分が落ちて行くのを感じた。
 アルビンが立ち上がった。エリカを見下ろす。エリカは股間から鮮血を流しながら、うつろな目でアルビンを見た。彼女は生まれて初めて地獄を見た。
「アルビン、アルビン」
 背中に翼を持つ男がやって来た。鳥人ブーバーだ。
「とうとうやったか。ゼオが怒るぞ。奴らがそこまで来た。行くぞ」
 ブーバーはアルビンの腕を取ろうとした。しかし、アルビンはそれをふり払い、エリカの首すじに手を伸ばそうとした。ブーバーはその行為に殺気を感じた。アルビンの剃刀のような爪を持ってすれば、エリカの頸動脈を切ることぐらい造作もない。アルビンはエリカを殺す。ブーバーは確信した。止めなければならない。しかし、ミュータント・ハンター達がやって来る。それも、あの悪名高いバン・ザックが─。
「やめろ。アルビン」
 3人の後ろから、若い男の声がした。ミュータント達のリーダー、ゼオが斥候から戻ってきた。
 この男ゼオは実力と強力な統率力で、グループのリーダーになっているが、実は純血のミュータントではない。ゼオは人類との混血だ。このことを知る仲間は一人もいない。もし、知られればリーダーの座を追われることはもちろん、グループを追放され、最悪の場合は命まで奪われるだろう。
 その出生のためか、彼は他のミュータントほどには、人類に対する憎悪はない。人類との共存共栄が彼の理想なのだ。
 このゼオの存在によって、エリカはこれまで「地獄」の底を見なくてすんだといえる。また、ゼオ自身もエリカに対して、特殊な感情が芽生え始めているのを自覚している。ミュータントとしては許されないことだ。しかし、体内を流れる血の半分が人類の血であるため、若い健康な男として、若い女性であるエリカに魅かれるのだろう。また、エリカもゼオに好感を持ってる。怪物のようなミュータントの中で、ただ一人姿かたちが人類にそっくりなのがゼオだ。それ以上に、彼がミュータントたちの防波堤となってくれたことを、彼女は知っている。
 ゼオの血が沸騰した。人類の部分の血が─。そのとき彼は、エリカを愛していることに気がついた。凌辱されたエリカを見た瞬間、ミュータントのグループのリーダーであることを忘れ、ただの恋する若い男になってしまった。
 爆発的な飛び蹴りがアルビンを襲った。ゼオの残像が残るほどの、すさまじいスピードの飛び蹴りだ。アルビンはかろうじて逃れた。ゼオの足が壁に当たった。石造りの壁に30センチほどのクレーターが開いた。石の破片が激しく飛び散る。横に飛んだアルビンが貫手を放つ。が、ゼオの反射神経は鋭かった。体勢を立て直し、右手でブロック、左手で閃かした。アルビンの心臓にゼオの左手が突き刺さった。

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ミュータント狩り(第6回)


                                       ミュータント狩り(第5回

 第5章

「ドップは殺されたな」
 男は老人にいった。その男はぶよぶよとした肥満体で、へんになまっ白い肌をしている。背はあまり高くないが、太っているので実際より大きく見える。
 問いかけられた老人―上半身が人間、下半身が馬の―はコクリと首を振った。
 その時、生理的な嫌悪感をもよおすようなキンキン声がした。「来たぞ」そいつは叫んだ。その声の主は、二人に走り寄って来た。先が鋭く尖った頭を持つ。身長50cmほどの侏儒だ。
「よし行こう」
 半人半馬の老人が立ち上がった。その背中に侏儒がピョンと飛び乗る。
 肥大漢は裸になり、斜面の下を流れている川に飛びこんだ。

 一行は、行けども行けども近づかない山、バッドバンザを目がけて走った。草原は広すぎるのか、バッドバンザが遠すぎるのか。馬に鞭をくれてスピードを上げる。
 走りながらザックは、ミュータントたちのアジトがどこか覚った。ゼオが指定した期日まであと二日となったいま、目的地まで最短で行かなければならない。
 5人は丸一日、フルスピードで馬を走らせた。そして、黄昏が迫る頃、ようやくバッドバンザの麓まで来た。
 スミスが天上の音楽を聞いた。川のせせらぎが聞こえる。
「水だ。水があったぞ」
 スミスはせせらぎの音のする方に馬首を向けた。ガデム、チャン・スーも後に続く。
「待て」
 キャノンが3人を止めたが、彼らはもう馬から降り、水をすくっていた。
「冷たい水だ。生き返る」
 スミスが口をぬぐいながらいう。
 と、突然、スミスがしゃがみこんだ。腹を押さえ、地べたを転がりまわる。ウォーウォーと、地獄の底で鳴く巨牛のような声を発してうめいた。口から血を吹き出した。血に続いてどろどろとした異様な物体を吐き出した。腸だ。彼は自分の腸を口から吐き出している。それを見ていたガデムら二人は、青くなって口に指を突っこんで、胃の中身を吐いた。
 スミスの死体が異様に変化した。腹が妊婦のように膨らみ始めた。
 パッアーン。腹が炸裂した。あたり一面にスミスの腹の内容物が飛び散った。大きく裂けたスミスの腹から不思議な粘液が流れ出した。血に混じって地面に流れ出た粘液は、どろどろと蠢き、水のような無色透明のそいつは、自力で移動して、血溜りから分離した。
 粘液は粘性を強めていき、モコモコと盛り上がって、人間の形に固まっていった。そこに現れたのはなっ白い肥大漢だ。
 地面が振動し始めた。ドドドド。地響きが近づいて来る。かなりの数の大型獣が地を駆けて来る。
 馬だ。30頭あまりの野生馬の暴走(スタンビート)だ。その馬の群れは一頭の巨大な猛獣となってザックたちに突進して来る。
 ザックはその馬の群れに強烈な殺意を感じた。何かに操られている。彼の直感はそう判断した。大急ぎで近くの木によじ登る。キャノンも登った。
 ガデムとチャン・スーが逃げ遅れた。先頭の一頭がガデムの目前まで来た。その馬が急停止した。ガデムがそいつの前足をつかんだのだ。そして、そのまま半回転、馬を横にブーンと振った。その馬は後続の群れの中に投げ込まれた。
 チャン・スーは走ってくる馬の前足にローキックを放った。馬が崩れ落ちる。そいつを飛び越して、すぐ後ろの馬の首に貫き手を入れる。手首まで肉に埋もれる。横を駆け抜けようとする馬の横腹を蹴る。腹が破れて馬の内臓が飛び散る。二人の仕事で馬の群れにブレーキがかかった。
 ザックとキャノンは群れの殿(しんがり)にミュータントが一人騎乗しているのを見つけた。レーザーガンに手をかけた。黒い物体が二人めがけて飛んできた。近くの木に当たった。木が折れて倒れる。
 木をへし折った物体は、別の木の枝にぶら下がっている。そいつは、とんがった頭の侏儒であった。
 キャノンが撃った。侏儒は枝から落下してビームを避けた。馬の群れは、ガデムとチャン・スーをよけて二手に分かれて通過した。再び4人のミュータント・ハンターに襲いかかる。
「ガデム撃て」
 ザックが怒鳴った。ガデムは膝をつき、ガデムガンを構える。いかな彼でも巨大な大砲を立ったままでは撃てない。そのガデムめがけて侏儒が襲いかかる。そいつはザックたちの頭上をかすめて空中を飛んだ。
 尖った頭を先にして、一直線に、ライフルの弾丸のようにクルクルと回転しながら飛ぶ。まさに生ける弾丸だ。
「危ない」チャン・スーが叫んだ。それを聞いたガデムは、ガデムガンを野球のバットのように振るって侏儒を打った。
 ボカッ、侏儒は10メートルほど先の木にぶつかった。バン、木からはねかり、クルクルと地上を回転して、何事もなかったように、ピョコンと起き上がった。
 馬の群れはもうガデムの目前まで迫っている。
「ガデム、早く撃て。そいつは俺にまかせろ」
 チャン・スーがそう叫び侏儒を撃った。ザックとキャノンは騎馬―いや、そいつは馬に乗っているのではなく、下半身そのものが馬である―のミュータントを撃つ。
 ガデムガンの轟音と同時に、チャン・スーのマグナム、ザックとキャノンのレーザーガンが火とビームを吐いた。
 馬の群れの前半部に血の色をした熱風が、一瞬、吹いた。馬の大半が肉片と化して砕け散った。
 半人半馬のズムはほんの一瞬だけ激しい怒りを覚えた。“私のかわいい子供たちをよくも―”その怒りが彼の命取りとなった。一瞬の気の動転が二条の白光をかわすことを遅らせた。
 侏儒はガデムガンの発射を阻止しようとしたが、チャン・スーの銃撃に妨げられた。
 侏儒は横っ飛びに飛びながら、視野の端で、敬愛する長老ズムの死を見た。そして、彼もそのズムと同じ過ちを犯した。強烈な復讐心が燃え上がった。
 人類を殺せ。ズムを殺した人類を殺せ。われわれの平和な生活を破壊する人類を殺せ。宇宙より舞い戻り、再びあの禍々しい、「人類文明」とやらをはびこらせて、この美しい地球を、昔の汚濁にまみれた星に戻そうと企む人類を殺せ。いや、奴らは人類などではない。人類なる種は大罪を犯して処刑された。もうこの世にいないはず。そうだ。奴らは我々とはなんら関係のない異星人だ。宇宙から地球にやってきた侵略者だ。侵略者は殺さなければならない。
 侏儒は地を蹴った。爆発的な跳躍だ。最も近くにいるチャン・スーに襲いかかった。地上1メートルを黒い弾丸が飛ぶ。
 チャン・スーは、もろに腹に黒い弾丸を受けた。その瞬間、チャン・スーの背中が真っ赤に大爆発した。黒い生ける弾丸―侏儒がチャン・スーの身体を突き抜けた。
 かってチャン・スーであったその肉塊は、壊れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
 侏儒は木に当たり、角度を変えてザックに襲いかかった。空手でいう三角飛びだ。
 ここでチャン・スーとザックのキャリアの差がはっきり出た。ザックは、この侏儒の事を知っていた。
 もちろん、グレムリンという名と、弾丸小僧というニックネームぐらいなら、この地方のミュータントハンターなら、だれでも知っている。しかし、なぜこの侏儒が弾丸小僧というニックネームなのか、彼がどういう特技の持ち主なのかは、だれも知らない。それを知る時は死ぬ時だ。ところがザックは生き延びた。
 今から5年前、こいつが一瞬のうちに5人を破壊しているのを、ザックは見た。その時は、今の三角飛びどころか、五角飛びをやっていた。
「伏せろ」 
 ザックは、キャノンとガデムに怒鳴ると、自分もあお向けに倒れた。すぐ上を侏儒が飛んだ。ザックの腰のあたりからレーザービームが天に向かって伸びた。
 侏儒は鳥ではない。空中の方向転換はできない。それはあたかも、水中に突き立った白刃目がけて、流れ寄る一本の藁だ。その尖った頭の先端にビームが触れ、スーとなんの抵抗もなく、ザックの上を通り過ぎて行った。地上に落ちた時は侏儒は二つになっていた。

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ミュータント狩り(第5回)

                                    ミュータント狩り(第4回)  

  第4章

 草いきれでムンムンする。馬の足をおおいかくす高さの草が、地平線の果てまで続いている。馬上から眺めると、とてつもなく広大な緑の海の上を進んでいるようだ。
 その緑の地平線の西方彼方に、かすかに山脈が見える。魔の山バッドバンザだ。六騎はその山に向かう。
 緑の海に波が立った。草叢の中を何かが移動してくる。
「来たな」
 ザックがいった。
 ザワッ!という音ともに七つの影が草叢の中から同時に飛び出した。7本の矢がザックたちを襲った。瞬間、6人は馬上から消えた。矢は正確に、馬上の6人がいた空間を射た。6人は馬の足元に身を隠した。
「突然の歓迎だな」
 スミスがいった。
 一瞬、ザックはスミス目がけてレーザー・ガンを撃った。ビームはスミスの右ほほを掠めた。ドサッ。スミスの背後で額を撃ちぬかれたミュータントが倒れた。同時にスミスもザックを撃った。巨大なマグナム弾はザックの首を掠めた。ザックの背後では、頭を半分吹っ飛ばされたミュータントがくずれ落ちた。
 スミスはニヤと笑いながらザックにいう。
「決闘なら相撃ちだったな」
「俺の勝ちだ。弾丸よりビームの方が速い」
「試してみたいものだな」
「商売道具を遊びに使いたくない」
 キャノンが二人のところにやって来た。
「草むらの中とは・・・・。やっかいな所でのお出迎えだな。やつらは接近戦はめっぽうぞ。カザマ、草を刈ってくれ」
 草を刈り始めたカザマは、カチンと金属の手ごたえを感じた。殺気!。カザマの刀が弾き飛ばされた。巾の広い蛮刀を持ったミュータントが出現した。そいつは上半身裸。胸に四つのヘソを持っている。閃光のスピードで蛮刀がカザマを襲う。紙一重でかわし、カザマも斬りこんだ。刀と刀が合わさった。火花が散った。
「ドップだ。ほかは雑魚だ」
 キャノンがいった。
 カザマとドップの闘い。剣技ではカザマの方がわずかに上だ。ドップはカザマの鋭い太刀さばきに、徐々に圧倒され始めた。
 カザマは大上段から刀を振り下ろした。一瞬、刀が消えたかと思うようなスピード。カザマの勝ち。唐竹割りにされたドップ。
 しかし、ドップは無事であった。カザマの背から白い槍が4本突き出た。ドップの四つのヘソから4本の槍が突き出ている。それはドップの肋骨だ。彼は先の鋭い肋骨を、真っ直ぐに突出させ武器として使う。
 4本の槍がカザマの身体を貫いたままひゅるひゅると、ドップの胸に吸い込まれた。ドップはカザマを抱きながらザックに向かってきた。
 ドン、カザマの死体をザックに突き飛ばした。カザマが当たったザックは体勢を崩した。
 2メートルは優にある白い槍の残像がザックを襲った。とっさに横を向く。槍の2本は背を、2本は腹をかすめた。
 ザックは次の攻撃が襲う前に、横に倒れながら、カザマの身体ごとそいつを撃った。手首をひねった。60度の白く輝く扇形が出現した。カザマの上半身と下半身が分離した。その向こうにドップの姿はなかった。
 ガデムが血相を変えてザックに走り寄った。黒い巨人がザックの首をつかみ、目よりも高くさし上げる。
「なんでカザマを撃った。絞め殺してやる」
 ものすごい怪力だ。
 パーン。ザックは両手でガデムの両耳を張った。締め付ける力が少しゆるんだ。するりとガデムの手を逃れ、ガデムの向こう脛を蹴り上げた。ガデムは前につんのめった。体勢を立て直して、再び突っかかろうとするガデムに鼻先に、ザックはレーザーガンの筒先を突きつけた。
「ガデム落ち着け」
 後ろからキャノンが声をかけた。ガデムはゆっくりとザックから離れた。
「あのドップとかいう奴、必ず俺が殺(や)る」
 ガデムは広大な背中を見せて去った。
「あいつの弱点だ。すぐカッとなる」
「あと5人残っている。一斉に来るぞ」
 草むらに五つの乱れが生じた。そこから、地上すれすれに矢が数本飛んで来た。それに向けてザックとキャノンがレーザーを発射。矢は空中で消滅した。
 ガデムが背中に背負った巨大な筒を肩にかついだ。草むらの中からザックたちを取り囲むようにして、ミュータントたちが姿を現した。
 ドーン。至近距離に落雷したような音がした。衝撃波で周囲がゆれた。ガデムの肩の先から長大な火炎がほとばしった。その瞬間、3人のミュータントが血煙と化し、消えた。
 ガデムの筒は巨大なショットガンであった。銃(ガン)というよりは、大砲(キャノン)というべきだろう。このような代物を撃てば、常人なら反動で後ろへ吹っ飛ばされる。しかしガデムの身体微動もしない。彼はまさしく人間砲台。ミュータントはドップとあと一人となった。
 ガデムの大筒は単発。大あわててで次弾を装填する。ドップにねらいをつける。ドップの胸の四つのヘソから槍が伸びた。それは彼の4本の肋骨である。そのうちの1本がガデムガンの狙いを狂わせ。3本がガデムの身体に突き刺さろうとした。ザックが二人の横に走った。
 レーザービーム一閃。ドップの4本の肋骨が中ほどから切断された。ガデムが短くなったドップの肋骨をつかんで引っ張る。ドップはよろめいて、ガデムに突き当たった。ガデムが抱き締める。ベアハッグ。ドップの顔色がみるみる変る。ミシミシミシ、ボキボキ。異様な音が聞こえ始める。ガデムが手をはなした。ドップはズルズルとその場に崩れ落ちた。
 ガデムはドップの頭に両手をかけ、足で身体を固定し、グイッとねじった。ゴキゴキ。ドップの首が360度回転した。
「逃がすな」
 ドップの凄惨な死に様を見て、生き残った一人が逃げる。
 ザックがレーザーガンのグリップに手をかけた。それより一瞬早くジョン・スミスが拳銃を抜いた。6発のマグナム弾を一呼吸で撃った。逃げたミュータントは、見えない巨大な怪物に引き裂かれたようにズタズタになった。次の瞬間には、スミスは拳銃をホルスターに収めていた。
「どうだ、俺の方が早かったろう」
 ザックは苦笑いしながら馬のほうに歩いた。

                                       次回更新5月9日予定
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ミュータント狩り(第4回)

                                  ミュータント狩り(第3回)

 森の中から5人の男がやってきた。ザックに声をかけたのは、その中で一番小柄な男だ。
「おっと、その物騒なものは早くしまってくれ。俺たちは味方だ」
 男は顔の横で両手をヒラヒラさせながら、ニヤニヤと笑った。ザックは一目で彼らが同業者であることを見抜いた。
「何か用か」
 5人ともザック同様の、埃まみれの薄汚い服装。声をかけた男はレーザーガンだが、他の4人は火薬式の大型拳銃を腰にぶら下げている。
 それぐらいの大型拳銃なら、身体のどこに弾をくらっても強烈なショックで即死する。火薬式の銃を愛用するミュータント・ハンターの数は多い。むしろザックのようなレーザーガン愛用者の方が少数派だ。サーベル撃ちに習熟していない者は、火薬式の銃の方が必殺を期せる。
「俺たちにも手伝わせてくれねえか」
「何をだ」
「とぼけちゃいかん。バン・ザックさん。あんたが ビッグ・ホワイトから請負った仕事を知ってるぜ。ホワイトの娘をミュータントどもから救出するのだろう」
「あんたらにゃ関係ないことだ」 
ザックは馬に乗ろうとした。
「ところが関係あるんだな。これを見ろ」
 男は10枚の写真を手渡した。写真1枚に一人のミュータントが写っていた。
 4本腕のスパダ
 一つ眼の巨人サイクロップス
 白い凶人アルビン
 液体人間エイツオ
 円盤人間ソー
 鳥人ブーパー
 半人半馬ズム
 槍男ドップ
 弾丸小僧グレムリン
 王子ゼオ
 10人が10人ともあらゆるミュータント・ハンター垂涎の的である。そして恐怖の対象でもある。いずれもトップクラスの高額賞金首。人類文明の復興を阻止している運動の強力な推進者であり、非常に優秀なゲリラ戦士でもある。
「あんたが追っているのはゼオ一人ではない。その10人があんたの相手だ」
 ザックは少なからずショックを受けた。むろん、彼とてこの誘拐事件をゼオの単独犯とは考えていない。
 相手は20人ほど。手強いのはゼオを含めて5人程度。今までのザックの経験から推測すると、困難ではあるが彼一人でできる仕事だと思っていた。それが相手がこの10人となると・・・・。
 男はニッと笑って手を伸ばした、ザックは写真の束を返す。
「どうだ。ビッグ・トロフィーがこれだけ揃うと、なかなか壮観だろう」
 男の懐で電話が鳴った。
「はい。俺だ」
 男は電話をザックに手渡した。
「ミスター・ホワイトがあんたに話があるそうだ」
 電話の小さな画面に、全体の豪華さがうかがえる部屋の一部分が映る。画面がスーと横に動き、口も鼻も身体つきも大づくりな初老の男が現れた。
「あいさつは抜きだ。ザック。こいつを見てくれ」
 ホワイトの映像はバストショットにズームアップされた。切断された生首を見せた。生前かなりの拷問が加えられたらしく、目鼻も判らないくらい傷んでいた。
「こいつはだれか知っておるな」
 それは高額賞金首の一人、ヨシダだ。
「こやつは.今、あんたの横にいるキャノンが生け捕りにしてワシのところに連れてきた。キャノンはどこで知ったのか知らんが、エリカ誘拐のことを知り、情報を持っておるヨシダを連れてきたわけだ。
 犯人はキャノンが見せた写真の10人だ。奴らの恐ろしさはワシもよく知っておる。ザックよ。この仕事はキャノンら5人と組んでやって欲しい。もちろん、それによってあんたの報酬が減ることはない。あんたもプロとしての面子もあるだろう。だがワシはなんとしてエリカを取り戻したい。そこのところをよく理解してくれ。たのむ」
 ビッグ・ホワイトは頼みごとをするのは、いささか尊大すぎる態度で話した。電話の画面が消えた。見てくれは尊大だが、内心はザックに取りすがらんばかりに懇願しているのが、ザックにもよく判った。
 キャノンの名前は以前から知っていた。ザックとともに、この地方で回転サーベル撃ちができる数少ない男だ。
 ザックはプロである。プロにとって最も大切なことは、仕事を遂行すること。結果が良いか悪いか。それだけがプロの評価を決める。自己のクールに客観視して、自己の能力の限界を的確に知っておくのもプロの資格だ。面子や、結果にいたる過程にこだわるのはアマチュアだ。
 ザック一人で、あの10人のミュータントを相手にするとなると、成功の確率は低い。今、キャノンら5人の手を借りてでも、成功を期せとの依頼主(クライアント)の要請があった。当然、その通りにした方が確立は高い。依頼された仕事の遂行を第一に考えるべき、奴(キャノン)との何らかの対立が生じれば、仕事が終わってから決着をつけても遅くはない。
「ま、そういうわけだ」
 キャノンはザックに右手を差し出した。二人は握手した。
「フィリップ・キャノンだ」
 キャノンは自己紹介の後、4人の仲間を紹介し始めた。
「ジン・カザマだ。第1期文明時代のニッポンという国の古武道ケンドーの使い手だ。刃物を持った挌闘では、こいつにかなう者はいないだろう」
 小柄で目つきの鋭い男が会釈した。
「ガデム。今まで素手で30人以上のミュータントの首を素手で引っこ抜いている。その上、とんでもない得物の使い手だ」
 身長は2mを越えている。黒光りするスキンヘッドの大入道が、ギョロリと目だけこちらに向けた。長さ1メートル50cm、直径15cmほどの巨大な筒を背中に背負っている。
「チャン・スー。こいつは肉体そのものが武器だ」
 あまり肉付きが良いとはいえない男が、目を細め口元をほころばせて挨拶をした。一行の中でキャノンの次に愛想の良い男らしい。
「最後にジョン・スミス。火薬式拳銃の取り扱いがめっぽううまい。俺はこいつより速く銃を撃てる男は知らない」
 テンガロンハットの下から金髪をのぞかせている。一行で一番若いが、底知れぬ殺気を感じさせる。
「バン・ザックだ」
 ザックはそれだけいうと馬に乗った。キャノンたちも乗馬する。
「ザック、どこへ行く気だ」
「ミノタニ村だ」
「そんな所で聞き込みするより、俺に任せた方が良いと思うがな」
 キャノンはいわくありげな微笑をザックに向けた。ピンときた。キャノンめ、何かたくらんでいるな。奴はヨシダから、犯行に加わったミュータントたちの正体を聞き出した。当然、連中のアジトの場所も聞き出しているだろう。それをザックにいわないのは、ザックに抜け駆けされるのを恐れているからだろう。
「わかった。お前にまかせる」
 キャノンがみんなに合図した。
「行くぞ」

                                    次回更新予定5月2日
       
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ミュータント狩り(第3回)

                                       ミュータント狩り(第2回) 
  第3章

 太陽は西の地平線のまぎわまで降りている。ザックの追跡行の第1日目が終わろうとしている。
 早朝出発して、昼食を摂ったとき以外は、一度も馬から降りずに、ただひたすら走って、もうこんな時間。ミュータントのテリトリーのかなり奥深くまで入り込んだ。
 なうてのミュータント・ハンターであるザックが、この地方の有力者である、ビッグ・ホワイトに呼ばれたのは一昨日のことだ。
 ビッグ・ホワイトは大農場主であり、その農場から収穫される農作物は、多くの人の腹を満たし、人類の悲願である第3次文明復興計画の大きな力となっている。このプロジェクト終了の暁には、人類は一挙に産業革命前夜程度にまで、文明を復興することができる。しかし、この地方の天候は、雨季と乾季の差が極端で、農業も洪水と旱魃により、大きな被害を受けることもたびたびあった。そこでブッグ・ホワイトは灌漑用ダムの建設に着手した。
 これがミュータントたちの怒りに火をつけた。彼らは、それまでは、散発的に農場を襲撃し、ビッグ・ホワイトの私設軍隊と小競り合いを繰り返してきた。そして、彼らはホワイトの愛娘エリカを誘拐した。
 1週間以内に、建設中のダムを破壊しなければエリカを殺害する。これがミュータントたちから、ビッグ・ホワイトに届いたメッセージだった。ホワイトはザックにエリカ救出を依頼した。ザックは、このような仕事を手がけるのは初めてである。彼は、人類の行政府や有力者たちが、賞金をかけて探している、ミュータントの指導者をハンティングすることを、生業としている男だ。

 降るような星空の下、ザックは老人と向かい合っていた。
「その者なら知っておる。ミノタニ村の村長(むらおさ)のせがれだ」
 ザックがビッグ・ホワイトに届いた書状にある、ゼオという名をその老人に告げたのだ。周囲には、モコモコとした枯草の小山が数十個並んでいる。ミュータントたちの住居だ。30家族ほどの小さな集落である。
「最近見かけなかったか」
「二日ほど前、このシュク川のほとりで、10人ほどで野宿しているのを見か者がおる。人類(ホサップ)の娘も連れておったとか」
「どこへ行ったかわかるか」
「わしらとミノタニ村の衆は犬猿の仲でな、言葉をかわさなんだそうな。ところでお前、なんでそんなこと聞く。お前、まさか、ミュータント・ハン・・・」
 ザックの右腕が、己の背中に閃いた。老人の喉笛がザックと口を開いた。ナイフを背に負ったサヤに戻す。横のかまどで夕餉の準備をしていた女たちが悲鳴を上げる。パラパラと男たちが駆け寄り、血みどろの老人を見て、弓矢を持ってザックの周囲を取り囲んだ。
 瞬間、ザックの両手が一閃した。彼の身体を中心に白い円盤が現れた。周囲のミュータントたちがバタバタと倒れた。白い円盤は強烈な光を発し、次の瞬間には消えた。ザックの周りには満足な体の者は一人もいなくなった。レーザーガンの回転サーベル撃ち。
 現在、最も普及しているレーザーガンは、引き金を引けば、0.002秒間ビームが照射される。これで敵を殺そうと思えば、確実に敵の急所にヒットしなくてはならない。そこで必殺を期すためには、レバーを連続照射に切り替えて、銃口を振る。レーザービームは長大なサーベルと化し、敵を斬る刃となる。ところが、銃把の中のエネルギーユニットは、ワンポイント照射なら20発撃てるが、連続照射では0.3秒で空になる。
 接近戦において、短時間にできるだけ多くの敵を倒そうと思えば、可能な限り手首のスナップを効かせて、腕の振りを素早くして、ビームの作り出す扇形を大きくしなければならない。これがレーザーガンのサーベル撃ちだ。そして、そのサーベル撃ちの完成された技が、今、ザックが見せた、回転サーベル撃ちだ。彼は、ビームを途切れさすことなく、0.3秒間で、自分の体の周囲を、レーザーガンをくるりと1回転させることができる。
「初めて拝ませてもらったぜ。バン・ザックの回転サーベル撃ち。すごいワザだな」

                                   次回更新予定4月25日 
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ミュータント狩り(第2回)

                                        ミュータント狩り(第1回)
 第2章

 今年は「新開拓紀」が始まって50年目にあたる。
「新開拓紀50年」─、それは人類とミュータントの戦いの歴史である。
 3000年前、人類は全面熱核戦争を起した。地球上全域は濃密な残留放射能に汚染された。生物のほとんどが死滅した。
 その災厄の日より数日前、30隻の超大型宇宙船が地球を脱出した。「その日」がいつか。正確に予測していた人々が存在した。
 完全自給自足機構を備えた、その宇宙船群は、1隻につき約100人。合計3000人の人間を乗せて放浪の旅に旅立った。
 時が流れた。船団の人たちは、最初に地球を出発した人たちの孫の世代になっていた。
 果てしなき放浪。地球と同じような条件の居住可能な星がきっと見つかる。希望だけにすがって人々は旅を続けた。
 ある日、懐かしい物がディスプレイに写った。
 地球! 
 彼らは放浪を続けることに疲れ、「新しい地球」の発見を諦めかけていた。そんな彼らの前に、捨てはしたが、懐かしい地球が姿を現した。
 長い長い放浪の果てに、人々は太陽系へと戻っていたのだ。ディスプレイに表示された地球は、まだまだ残留放射能が強く、居住不可能な惑星かもしれない。しかし、目の前にその星は、宇宙のサファイアのように青く輝く、まごうことなき彼らの故郷である。
 彼ら─地球を飛び出して行った人々の子孫たち─は、再び地球に降り立った。放浪のすえ、宇宙の果てで死ぬより、同じ死ぬなら故郷で死ぬ。との決断を人々は下したのだ。
 地球はきれいな地球に戻っていた。残留放射能はなかった。しかし、かって、繁栄の極みに達していた人類の文明は跡形もなく消えていた。そのかわり、そこは生命の楽園となっていた。
 限りなく広がる大草原。大地を闊歩する大型哺乳類。彼らはあの大災厄を、くぐり抜けて生きてきたのだ。人類(ホモ・サピエンス)のように地球を見捨てずに。
 しかし、地球は動植物にとっては楽園でも、戻ってきた3265人の人類(ホモ・サピエンス)たちにとっては、未開の大地である。彼らにとって、この星は地球は、帰ってきた故郷というより、これから開拓すべき、新しく発見された惑星だといっていいだろう。
 それから、時が流れた。子供が生まれ、人口が増えた。あちこちに、村が、町ができた。しかし、それは大自然の中に散らばっている「点」であって、決して「面」ではない。
 完全に原始に戻った地球の「大自然」は人類の拡散を頑強に拒む。
 ずっと後になって出てきた新参者のくせ、あっという間に横暴な征服王となり、悠久の時の流れが創った、幾種類もの生命を絶滅させ、生態系を破壊し、自らの分別のなさによって、未曾有の大災厄を引き起こした「人類」を再びはびこらせまいとする、固い決意を示すかのように・・・・。
 その人類の拡散を拒む「大自然」の「核」(コア)ともいうべきグループがある。ミュータントたちだ。残留放射能の消滅とともに復活した、大自然の中での生活に適応するように、彼らはホモ・サピエンスとは全く違う生物に変身して生き延びていた。
 ミュータントたちは、かってのホモ・サピエンスたちのような、「人類は万物の霊長なり」との奢りは、全く持ち合わせていない。この星の自然の中で生活していけることに感謝し満足し、完全に大自然のメカニズムに溶け込んで、慎み深く暮らしている。かって、人類が生まれた当初のように、森羅万象を「神」とし、海を「母」とし、山を「父」とする「地球の子」として生きている。
 彼らも、道具を使い、火も使う。知能もホモ・サピエンスと同じ。しかし、それは、虎が牙と爪を持ち、鷲が翼を持つのと同じで、身を守り食物を摂って生きていくためのもの。かっての人類のように、自然を切り拓き、「文明」を創り出そうなどという野望は決して持たなかった。
 彼らの意識下には、かって自分たちの先祖が犯した、地球生態系の大破壊という、地球史上最悪の犯罪に対する贖罪の気持ちが、強く働いているのかもしれない。
 そんな彼らの前に、ホモ・サピエンスたちが宇宙から舞い戻り、再び地球上に文明を築こうとしている。

                          次回更新4月18日予定
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新連載 週刊小説 ミュータント狩り (第1回)

  第1章

 静寂は突如破れた。かたわらの草むらから、そいつらが飛び出した。人間、と呼ぶにはあまりに異様な連中である。
 腕が4本あるもの。一つ目の巨人。コウモリのような翼を持つ男。ルビーのような真紅の眼を持ち、雪のような白い肌の怪人。半人半馬のケンタウロス。身長50cmの侏儒。円盤に首がはえ、その下側からヒョロヒョロとした四肢をはやした男。
 彼らはミュータントと呼ばれる生き物たちである。10人のミュータントのうち、人間の姿形をしているのは2人だけ。
 エリカは物理的な衝撃を感じるほどの恐怖に襲われた。フッと気が遠くなりかけた。羞恥心が彼女の味方をした。かろうじて失神しなかったのは、一糸まとわぬ姿をしているから。エリカは水浴びをしている時に襲われた。
 あわてて服を取ろうとする。黒い物体が足元をかすめて飛んだ。チクッと太ももに鋭い痛みを感じた。白磁のような彼女の太ももに、一本赤い糸が流れる。かなり鋭利な刃物で切られたらしい。その黒い物体が彼女の服を持っていた。
 侏儒である。ほぼ4頭身で、身長50センチの侏儒だ。頭頂部が鋭く尖った頭が直接胴体にのっかっている。ドス黒いなめし革のような皮膚を持ち、短く貧弱な腕と、身長の3分の2を占める太い足を持っている。
 エリカは、今、一糸まとわぬ姿を化け物どもの目にさらしている。普通の娘なら、恐怖と羞恥心で発狂するかもしれない。彼女はなんとか持ちこたえた。両手で胸と性器をかくしながら、侏儒をにらみつけた。
「返して」侏儒に歩み寄った。
 侏儒は服を横の男に投げた。全身が雪のように真っ白な男だ。男は服を受け取ると、いきなり引き裂いた。そして歯をむき出して笑った。声を出さない笑いである。雪のように白い顔の中に真っ赤なものが現れた。口だ。その口の中にはピラニアのような鋭い歯がのぞいている。
 服が切り裂かれるのを見て、エリかは急に羞恥心に襲われた。その場にしゃがみこんだ。10匹の化け物が周りを取り囲んだ。
 白い男がおおいかぶさってきた。
「やめろ」
 鋭い声が響いた。声の主は、ミュータントの中で、普通の姿形をした二人のうちの一人。若い男性。どうやら一味のリーダーらしく、一番年若いが、他の9人を圧する“何か”を持っている。
 髪は黒く長い。背は高い。瞳に気品が見てとれる。赤銅色の肌に、分厚い筋肉で武装された肉体。それでいながら、鈍重な感じはしない。
「いっしょに来てくれ。お嬢さん」
 青年はエリカに、切り裂かれた服を手渡しながらいった。その瞳には、なぜか他のミュータントたちのような憎しみはなかった。

                                次回更新4月11日予定
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フォークリフトVSヒグマ

 20リッターのポリタンクが2本。40リッターの軽油を入れた。ほぼ、1日7時間、フルに稼動しているから、2日に一度 40リッターの軽油を給油してやらなくてはならない。
 三菱重工製MITSUBISHIフォークリフトGRENDIA-FD30。これがこいつの名前だ。俺の相棒だ。午前9時から、午後5時まで。毎日7時間は、こいつのシートに座っている。
 午後6時だ。終業後、FD30の月例点検をしていた。エアークリーナーをエアーブローし、各部をグリースアップ、フォークとマストのカラーチェック。全項目異常なし。点検終わり。帰るとする。ここには、俺一人が残っている。
 寒い。北海道に来て5年になるが、この寒さには慣れない。FD30を駐車位置に駐車して、事務建屋に着替えに行こうとした。
 向こうの藪がカサコソと音をたてた。風はない。何か動物がいるのだろうか。エゾシカでもいるのだろう。ところがエゾシカではなさそうだ。もっと大きな動物がいるようだ。剣呑な雰囲気がする。三日前に事務所で聞いた噂を思い出した。ヒグマが目撃されたらしい。被害は出ていないが、熊除けの警戒をした方がいいとの、役所のお達しがあったとのこと。
 突然、藪の中から飛び出した。噂されていた「ヤツ」だ。日本の野生動物で最大最強。そして最も凶暴で剣呑な動物が目の前に現れた。そいつは俺に向かって走り出した。強烈な殺意を感じた。本州のツキノワグマのような、素朴な森のクマさんではない。ヒグマは凶悪な殺人者となる可能性を有する。1915年北海道三毛別では一頭のヒグマに7人が殺害された。
 逃げねば。どこへ逃げる。事務建屋へ逃げこむか。だめだ、クマは俺と事務建屋の中間にいる。逃げ込む場所がない。視野の端にFD30が見える。そこまでなら走れる。
 走る。ポケットからキーを出しながら走る。FD30に軽油を入れておいて良かった。いつもは朝に給油するのだが、今日は月例点検のついでに夕方に給油した。クマはすぐ後ろを走っている。
 FD30に飛び乗った。発進。エンジン音に驚いたのかやつが一瞬立ち止まった。その間、距離を開けた。ギアを2速にしてアクセルを一杯踏み込んだ。全速力で走る。業務では出したことのないスピードだ。しかし、クマは追いついてきた。北海道の山間部で仕事をしているわけだから、俺でもヒグマについての最低限の知識は持っている。ヒグマは60キロ以上のスピードで走ることができる。FD30は無負荷時で20キロしかでない。
 すぐ後ろに来た。前肢でFD30の後部をたたいた。バカか。FD30のようなカウンターバランス型のフォークリフトの尻は鉄の塊だ。前部で重量物を持ち上げるため、バランスを取るため後部はカウンターウエイトとなっている。そんなものをたたけばいかにヒグマといえども手が痛いだろう。急ブレーキを踏んだ。2本足から四足になったクマの頭がFD30に激突。ギアをバックに入れた。かなり巨大なヒグマだ。体重は400キロはあるだろう。しかし、FD30は自重4トン。18.9/1700という荷役専用車ならではの大トルクを発揮する。いかに巨熊といえども、大関と序の口の相撲だ。ズスズズズ。FD30がヒグマを押す。このまま押して、事務建屋の壁に押し付けよう。小山のような茶色の熊がフォークリフトの後ろでのたくっている。
 衝撃はシートから伝わった。FD30と建屋の壁との間に熊を挟んだ。熊の肉体が破壊―、されなかった。建屋の壁はコンクリートではなかった。うすっぺらい石膏ボードだった。建屋の壁面の全面が抜けた。400キロの熊と4トンのフォークリフトが真正面から激突したのだから当然だ。一面の壁全面が突然消失したのだから、支えを失った建屋が崩れ落ちた。
 ギアを前進に切れ変えた。崩れた建屋から離れる。もうもうと立ち上がったほこりの中からヒグマが立ち上がった。さしたる怪我はしていないようだ。頑強な化け物だ。
 黄色い目は怒りに燃えている。ヒグマは凶暴で執念深い。特に自分の餌には執着心が強い。どうやら、こいつは俺を夕食と決めたようだ。ギアを前進に切り変えて、大あわてで前に進んだ。
 ヤツはダッシュした。たちまち追いつかれ。並走された。まずい。フォークリフトは前部は荷役装置が有り後部にはカウンターウエイトが有る。ところが横はがら空きだ。ヤツが手を伸ばせばやられる。
 急停止し、急ハンドルを切った。フォークリフトは普通自動車とは違って、ものすごく小回りが利く。最少回転半径は2メートルほどだ。FD30の全長は四メートル足らず。自分の全長より短い長さで回転できる。フォークでヤツの足を払った。前肢をかすっただけだった。グギッ。FD30のフォークがヤツの骨を折ったようだ。2本足で立ち上がった。左手をぶらぶらさせている。目に狂気を見た。手負いにしてしまった。手負いのヒグマ。それは地球上で最も手強い野生動物だ。
 5メートルほどの距離を置いて対峙した。立ち上がったヒグマ。身長は3メートルはあるだろう。上等じゃないか。やってやる。俺も妻子がある身だ。むざむざと熊の夕食にされてたまるか。
 熊の目をにらみつけた。ヤツも黄色い目でじっとこちらをにらんでいる。ゆっくりをリフトレバーを押した。フォークが上がっていく。FD30のフォークの最大揚げ高は3メートル。ヤツの身長と同じ。最大まで揚げた。野生動物の喧嘩は相手より大きく見せて威嚇するのが常套手段。これでヤツと同格だ。かかってこい。
 完全に夜になった。今夜は満月だ。ヘッドランプを点灯した。光に照らされてヤツも驚いたようだ。ヤツにすれば、巨大な大目玉の怪物ににらまれたようなものだ。しばし、にらみあう。突然、フォーンを鳴らした。ヤツがひるんだ。俺はそのスキを見逃さない。フォークを下げつつ突進した。フォークの先でヤツの心臓を突こうとした。ところが2本のフォークの間にヤツの胴体が挟まった。相撲でいうもろ差しとなった。ヤツは横向けに挟まれている。幸いにこっち側の前肢は骨折している方だ。身体をねじって右手を伸ばそうとしている。前部のマストとリフトチェーンが邪魔をしてヤツの手が届かない。
 フォークを揚げた。3トンを持ち上げられるFD30にとって、いかに400キロのヒグマといえども軽い。熊を挟んだまま車体を回転させた。フォークから外れたヤツはそのまま、ぶん投げられて、地面に叩きつけられた。
 ヤツは仰向けに倒れた。フォークを熊の上に持っていった。そのままフォークを下げる。地面とフォークの間に熊を挟んだ。チルトレバーを押す。フォークが先端を下げた。がっちりとヤツを押さえ込んだ。このまま押しつぶしてやる。
 ヤツが苦しまぎれに右前肢を振った。それがフォークの根元に当たった。ピンにヤツの爪が引っかかって抜けた。ズリ。ヤツが動くと同時にフォークの鞘が抜けた。俺のFD30のフォークには、長さを長くするためオプションの鋼鉄製の鞘を装着している。それが抜けた。それに助けられ、ヤツはフォークの押さえ込みから逃れた。
 バック。ヤツが横にまわりこんだ。前進。バックを取ったヤツはカウンターウエイトに抱きついた。尻のカウンターウエイトの上はがらあきだ。後頭部に手を伸ばされたらやられる。
 急ハンドルを切る。フォークリフトは普通自動車と違い、前輪が駆動輪で、後輪が舵輪だ。後輪が角度を変えて方向を決める。急ハンドルを切ると尻が鋭く動く。FD30の尻に抱きついた熊を振り払うつもりだった。ヤツは後部ヘッドガードに右手を引っ掛けている。ドン、左手でオペレーターシートの背中を突いた。前のめりになった。骨折していない右手で突かれたら、俺はシートごと吹っ飛ばされていただろう。
 すぐ後ろに熊の顔がある。巨大な口を開けた。ナイフのような牙が見える。噛みつかれる。シートと車体のすき間に手を入れる。そこにモンキーレンチが有るはずだ。有った。それで思いっきりヤツの鼻面を殴った。FD30の尻からヤツがこぼれ落ちた。
 ハンドルを切って方向を変えた。常にFD30の前部を熊に向けてなくてはダメだ。ヤツは鼻を押さえてうずくまっている。攻撃するか。逃げるか。逃げはできない。普通自動車なら逃げられるが、時速20キロのフォークリフトではヒグマの足なら追いつかれる。攻撃しかない。
 ダメージから立ち直ったヤツが立ちあがる。直立した。大きく咆えた。ヤツに向かって走った。フォークの先端でヤツの腹を突く。ズブッ。刺さった。刃物ではないので深くは刺さらない。すぐ抜けた。激痛が走っただろう。激怒したヤツは横に回りこむ。なかなか賢いヤツだ。俺の弱点を知ってやがる。そうはさせるか。回転する。フォークがヤツの足を払った。フォークリフトでヒグマに柔道の大外刈りをかけた。見事に1本取った。
 すかさずフォークの先でヤツの頭を突いた。グギッ。骨が陥没する音が聞こえた。ヤツの頭蓋骨を粉砕したようだ。ヤツは立ち上がらなかった。
 
 
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新しいおなごし

「聞いたか聞いたか、ゲンやん」
「なんやねん」
「油屋のおなごしのことや」
「なんや新しいおなごしが来たそうやな」
「そや。えらいべっぴんなんやて」
「なんで、おまはんが知ってんねん」
「油屋の丁稚の定吉から聞いた」
「そっか、見にいこか」
「いこいこ」
 キロク、ゲンベエの二人連れ、油屋の近くまでやって来ました。用水桶の影に隠れて、油屋の店をうかがっております。
「おるか」
「おらん」
「あ、出てきた出てきた。おなごしが出てきたで」
「だれや、新しいおなごしか」
「背中やからわからへん」
「あ、こっち向いたで」
「なんや、おもやんやないか」
「どこにおんねやろな、新しいおなごし」
「おもやんに聞こか」
「おもやん」
「わっ、びっくりした。なんやねん、ゲンやん」
「新しいおなごしが来たやろ」
「なんで知ってはるの」
「定吉に教えてもろた」
「また、あの子、しゃべりやわあ」
「で、どこにおんねん。新しいおなごし」
「今は、いてしまへん。ごりょんさんの用事ででかけてる」
「しゃあないな。帰ろかゲンやん」
「お、来た来た。で、どうやった、お二人さん」
「なんのこっちゃ」
「油屋の新しいおなごしのことやがな」
「なんでせーやんまで知ってんねん」
「丁稚の定吉に聞いた」
「なんや、定吉がいいふらしとるねんな」
「ま、ちょっと一杯やってくか」
「そやな」
 三人は近くの居酒屋に入りました。そこには町内の若いもんがたむろしております。
「おお、三人そろうて、どないしたんや」
「いや、なに、油屋のおなごしの話してたんや」
「ワテも聞いたで。えらいべっぴんなそうやな」
「ワシも知ってるで」
「オレも聞いた」
「ぼくもそのべっぴんさんのこと聞いた」
「拙僧も聞きもうした。なんまいだぶなんまいだぶ」
「なんや、みんな知ってるんかいな」
「そや定吉どんに聞いた」
「え、ワテはおもやんに聞いたで」
「おまはんら油屋まで見に行ったんやろ。見たんかいな。そのおなごし」
「見てへんねん。ワテらがいった時は、おなごしは外出しててん」
「せーやんは」
「見てへん。定吉に聞いただけや」
「結局、なんや、だあれも油屋の新しいおなごしは見てえへんのやな」
「そや、定吉どんとおもやんに聞いただけや」
「おもやん、おもやん」
「なんやねん定吉どん」
「そと見てみなはれ」
「うわっ。きょうはようけ集まってんな」
「おもやん、ええ具合やな」
「おもろいやんか。このままにしとこ」
 油屋の前では、町内の若い衆がたむろしております。ウワサのおなごしをひと目見ようと、門前市をなしております。
 町の若い衆は、油屋の前でしばらく、たむろしておりましたが、日も傾き、あたりがだいぶん暗くなってきました。さすがに、三々五々帰っていきました。
「わてら、かつがれたんとちゃうやろか」
「だれにや」
「定吉どんとおもやんにや」
「新しいおなごしのことか」
「そや」
「そんなおなごしおらへんゆうことか」
「そや」
「きーこにゲンやん、聞いたか」
「なにをや」
「油屋のおなごしのことや」
「ああ、そのことか。いま、ゲンやんとその話しててん。おもやんと定吉どんにかつがれたんとちゃうかゆうて」
「そないなおなごしおらへんゆうことか」
「そや」
「ちゃうねん。おったんや」
「え」
「おったんや。油屋に新しいおなごしが」
「ほんまか」
「ほんまや。ワシの友だちが見たんや」
「で、どないやねん」
「えらい、べっぴんやねんて」
「トメ、おるか」
「なんやねん。きーこ、ゲンやん、せーやん、三人そろうて、なんの用や」
「おまはん、油屋のおなごし、見たんやて」
「ああ、いま評判のべっぴんかいな」
「そや」
「ああ、アテが見たんとちゃうねん。アテの友だちが見たちゅうとった」
「なんや。ほんでどんなおなごしやねん」
「歳のころは十七、八。色白でほっぺがちょっと紅い、小柄な可憐な娘さんやったて」
 今まで、おもやんと定吉の口でしか聞いたことのない、おなごしを実際に見たちゅう人が出てきたわけですな。若い衆の期待はいやがおうにも高まります。
「そやな。ワシは店から外へ出ていこうとするとこを見たんやわ」
「それ、間違いなく新しいおなごしか。おもやんちゃうやろな」
「ちゃうちゃう。おもやんはあないに背高こうない」
「背高いんかい」
「そや。女としたら高い方や。ええ女やったで」
「ワテは横町の八百屋でおうたんや。買いもんしとったわ」
「で、どんな女やねん。背は高いんか小柄なんか。歳は」
「そやな、背は高かからず低くからず。歳は三〇ちょっと前ちゅう感じやったな。ちょっと言葉を交わしたんやけど、ありゃ元芸子かなんかやったんちゃうやろか。ちゃきちゃきしたお姐さんやったな」
 どうも、油屋の新しいおなごしは、何人もおるみたいです。見た、ちゅう人がようけおりますが、キロク、ゲンベエ、セイハチの三人はまだいっぺんも見てません。
「定吉どん」
「なんでんねん。キーさん」
「おまはんの店のおなごしは何人や」
「二人だす。おもやんと、今度来たみくやんや」
「新しいおなごしは、みく、ゆうのんか」
「そや、みくやんや」
「そのみくやんな、背はどんなんや。高いんか。歳は」
「みくやんの背と歳でっか。そやな。あ、わかりました。すぐ行きます。すんまへんな。番頭さんが呼んではる。また、今度」
「これが油屋のおなごし、みくやんや。見たいか」
「え、トメ、なんでおまはんが、こないなもん持ってるねん」
「ワテの知ってる人に絵描いてる人がおるねん。ワテが見たみくやんを錦絵に描いてもろたんや」
 トメが懐から紙を出しました。あざやかな錦絵が描いてあります。美人画です。ものすごい美人でございます。キロク、セイハチ、ゲンベイの三人が美人画を取り囲んでワーワーゆうております。
「トメ、この絵もろていってええか」
「持ってたらええがな」
「ほんまにこないなべっぴんかいな。ワテら三人見たことないもんな」
「そやな、せーやん。いっぺんでええから、みくやんを見たいもんやな」
「しかし、なんでワテら三人だけ、みくやんを見られへんねやろな」
「げんやん、わしら三人かつがれとんのとちゃうやろか」
「どういうことや、きーこ」
「トメらみんなウソついとんや。ほんまは油屋には新しいおなごしなんておらへんね」
「そやけど、見たちゅうやつがおるで」
「十七、八の小柄な娘。背の高い女、三〇前のちゃきちゃきしたお姐さん。どれがほんまのみくやんやねん」
「ほんまやな。なんでワテら三人に、そないなウソつかなあかんねん」
「わからん」
「ほんまやったら腹たつな」
「なんぞ仕返しせな気がおさまらんな」
「なんぞええ知恵ないかきーこ」
「おお、おお。町内の若い衆集まってるな」
「お前かて若い衆やないか。きーこ」
「あんな、トメ」
「なんや」
「ワテも見たで」
「何をや」
「油屋の新しいおなごしや」
「ウソやろ」
「なんで、そないに決めつけんねん」
「あ、いや、ほんまかいな」
「ほんまや。なあ、ゲンやん、せーやん」
「ほんまやで、トメさん。ワシら三人で見たんや」
「で、どんなんやったんや。あんたらが見たちゅうおなごしは」
「秘密や」
「え、なんやて」
「秘密やちゅうねん。教えたらへん」
「なんでや」
「みくやんは、ワシら三人だけのもんや」
「なに、アホなことゆうとんねん」
「定吉、おもと、ちょっと来てくれんか」
「はい。だんさん」
「新しいおなごしに来てもらうことにした。これ、入ってきなはれ」
 新しいおなごしが部屋に入ってきました。「よろしゅう、おたのもうします。おたねです」
 あいさつして、顔を上げたおたねの顔を見て、二人は、はっとした。
「定吉どん、ほんまになってもたな」
「そやな。アテがゲンさんにウソついて、からこうたんが、町内のえらい評判になってしもて」
「なんや、ウチの新しいおなごし、みくやんちゅう名前らしいで」
「そんな名前どっから出てきたんやろ」
「で、定吉どん、これからどないしょ。ほんまに新しいおなごしがきたんやで」
「このままで、ええんちゃうん。ウソがほんまになったんやから」
「おや、おたねどん、お出かけ」
「はい、ごりょんさんのいいつけで、竹庵先生の所にお薬をもらいに。場所しらんから、定吉どんに連れて行ってもらえって」
「ほな行きましょか」
「おい。ゲンやん見てみい」
「なんやねん」
「油屋から定吉がおなごしといっしょに出てきたで」
「おもやんやろ」
「ちゃう。あれはおもやんとちゃう」
「どれどれ。なんや定吉が邪魔でよう見えへん」
「あれ、あっちへ行ったで」
「ほんまや。背中しか見えへんな」
「あとつけような」
「なんや、ゲンやんにきーこ」
「あ、せーやん。あれが油屋の新しいおなごしや」
「あれかいな。背中しか見えへんけど、べっぴんと思われるな」
「おたねどん、走るで」
「え」
「ごりょんさんの用事で竹庵先生のとこ行く時は走らなあかんことになってんねん」
「わ、どないしたんや。急に走りだしたで」「二人ともえらい速いな」
「見失うてしもたな」
「ワッ」
「あ、びっくりした。なんやねん定吉どん用水桶の影に隠れて」
「あんさんがたかて、なんでワテの後追いかけまんねん」
「そういうおまはんもなんで走るんや」
「足の鍛錬でんがな」
「おなごしはどこや」
「先帰ったで」
「あれが新しいおなごしのみくやんか」
「そうだす」
「背中しか見えへんかったけど、べっぴんちゃうか」
「そら、もうえらいべっぴんでっせ」
 新しいおなごし、みくやんがほんまにおることが判って、一目見ようと、連日、油屋の前はえらい人だかりです。ついでの油を買う人もようけおるわけですな。
「これ、番頭、番頭さん」
「へい、だんさん」
「近頃、えらい売り上げが伸びた。けっこうなこちゃけどなんでやろ。それに店のまえがえらい人だかりやけどな」
「なんか、定吉とおもとが客集めの算段したようででおます」 「そっか。二人の給金あげたらなあかんな。どれどれ、うわっ、えらいぎょうさんの人やな。あれ、みんなウチの店の前で油売っとるんかいな」
「いえ、だんさん、油を売るのはこっちでおます」
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