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大晦日でございます

 大晦日でございます。このブログの2015年の更新もこの記事が最後となります。この1年、やくたいもない、わたくしめの駄文におつきあいくださり、まことにありがとうございます。
 来年の3月で、このブログも開設満9周年となります。この9年間、ほぼ毎日更新してきました。いつだったか忘れましたが、1日だけ体調不良で休んだ日がございました。それ以外は、1日も欠かさず、なんらかの駄文を披歴してきたわけです。自分でいうのも、なんですが、あきないものでございます。
これからも、つたなき駄文をつづり、諸賢のお目を汚すことを、どうかお許しくださいませ。浅学菲才なるわたくしめではございますが、このブログをご覧くださる皆様が、少しでも興に乗じてくだされば、これにまさる喜びはございません。
文芸。文章の芸ということですね。ヘタの横好きと申しましょうか、わたくし、拙き文をつづるのを趣味としております。病膏肓と申しましょうか、わたくしのこの趣味は治りそうにはございません。だったら帳面にでも記して満足しておればいいものを、文章を書きたい、書いたら、人に読ませたい。まことに迷惑なことでございます。かような性癖のわたくしにとってブログなるモノはうってつけでございます。かくなる上は、未熟ながら文章の芸の研鑽にはげみ、少しでも諸賢の一時の慰みになるべく努力する所存でございますので、来るべき年もこの「とつぜんブログ」をごらんくださいますよう、伏してお願い申し上げまする。
 読者諸賢におかれまして、どうぞ、良きお年をお迎えくださいませ。
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とつぜんSFノート 第74回

 2015年も終わろうとしている。SF者として、今年一番のできごとは、なんといってもSFマガジンの隔月刊化である。1967年9月号№98から、48年間、毎月、1号も欠かさず読み続けてきた雑誌である。だから、SFマガジンを読まない/読めない月というのを、SF者になって初めて経験したのである。とはいいつつも、これは新刊のSFマガジンに限ったことで、古いSFマガジンは毎月読んでいる。星群の会ホームページに「SFマガジン思い出帳」という連載を持っていて、そこで紹介するために古いSFマガジンを読んでいるわけ。
 だから、以前は月に2冊のSFマガジンを読んでいた。それが隔月で1冊になったということ。いまは1975年のぶんを読んでいる。で、2015年と1975年、どっちのSFマガジンの方がいいかというと、これは、もう、圧倒的に昔のSFマガジンの方が良かった。
 1975年の第14回日本SF大会のテーマが「SFの浸透と拡散」というモノであった。あれから40年。日本のSFは浸透しつくし、拡散しつくした。なんでもかんでもSFといってもいい状況になった。映画、アニメ、漫画、ゲーム、、SFっ気のあるものが氾濫充満している。で、肝心のSFは売れたのか。これが売れたとはいえない。調べたわけではないが時代劇の方がよく売れているのではないか。最もSFに力をいれている出版社といえば、東京創元社と並んで早川書房だろう。その早川にしても国産SFは、いまだに6年前に亡くなった伊藤計劃に頼っている。また「紙の動物園」がよく売れたが、これはなんとかいうお笑い芸人がテレビで言及したからであった、その芸人が言及しなかったら、そんなに売れただろうか。
 と、いうわけで、SFが売れているとはいえないのだ。小生はSFは小説である考える。SFといえば小説のことだ。SF映画、SFアニメ、SF漫画、SFゲームなどはSFではなく、それぞれの分野のSFのカテゴリーである。
 で、昔と今のSFマガジンの比較だ。小説の量を見よう。最新の2016年2月号に掲載されている読み切り短篇は2編。連載は4編。合計6編の小説が掲載されている。隔月刊で4編の連載とは多すぎ。単行本化のストック用だろう。読者の需要に供するためではなく出版社の都合である。読者無視も甚だし。
 さて、「SFマガジン思い出帳」で来月紹介予定の、1975年2月号は、読み切り短篇17編。連載2編。ページ数は2016年2月号が376ページ。1975年2月号が392ページ。ページ数はさして変わらない。価格2016年月号1296円、1975年2月号670円。こうして見ると1975年の方が圧倒的に小説誌として充実していることがよく判る。SFは小説なんだからSFマガジンは小説誌である。現代のSFマガジンが、わが国ゆいいつのSF専門誌として、大変にゆゆしき事態になっているわけ。
 SF専門誌として、SFを応援する責務を果たさず、映画やアニメとのちょうちん企画でお茶を濁し、その場だけ売れれば良いという編集方針は考え直して欲しい。半世紀になんなんとする愛読者として、切に願う。
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仕事納めです

 12月29日です。仕事納めです。今年の出勤も今日が最終日。めったにしないことですが、職場の掃除をしました。私は家の掃除はしませんが、職場の掃除は、たまにはやります。
 私は、会社のフォークリフトの管理責任者です。簡単に洗車しました。各部にグリスアップ。エアフィルターのエアブロー。オイルの点検、燃料の給油などして、正月のお飾りをつけました。私は長年連れ添った愛車ホンダ・インテグラを手放してからは、自分の車を持ってません。会社のミツビシFD30が愛車といっていいかも知れません。
 フォークリフトの管理もしてますが、高圧ガスの管理責任者でもあります。特定高圧ガス取り扱い主任者の資格を持っています。LPG、液化酸素、液化炭酸ガスのCEタンクの保守管理も行っています。三日以上使用しない場合は、タンクのガス抜きをしてタンク内の圧力を下げなければなりません。現場が完全に仕事を終えた午後4時からガス抜きをしました。正月前、ゴールデンウィーク前、夏休み前、だいたい年に3回この作業をします。酸素と炭酸ガスがシューシュー(ものすごく大きな音がします。耳栓必要)いう音を聞きながら、明日からのお休みの算段を考えます。
 さて、休日出勤が多く、お休みが少ない私ですが、久しぶりに6日間も休めます。でも、6日間のお休みなんてアッという間に終わってしまうでしょう。お休み前の、今日のような日が一番楽しいのかも知れませんね。
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スターウォーズ フォースの覚醒

監督 J・J・エイブラムス
出演 デイジー・リドリー、ジョン・ボイエガ、ハリソン・フォード、キャリー・フィッシャー、アダム・ドライバー、マーク・ハミル

 不覚にも鑑賞中、何度もうるうるときて涙を流しそうになった。まず、オープニング。例の画面の奥に流れていく字幕で、「EPISODEⅦ」を見たとき。うう、この字幕で「Ⅶ」という数字を見れる日がこようとは。長生きはするもんじゃ。ケホケホ。
 ミレニアム・ファルコンが映った時。ハン・ソロとチューバッカ。レイアが出た時、そしてルークとの32年ぶりの再会。これらのシーンでうるうるときた。
 では、この映画うるうるくるほどの傑作かというとそうではない。確かに娯楽活劇映画としてはよくできている。しかし、正直、小生が求めたものを得ることはできなかった。
 もし、小生が1976年に冷凍睡眠に入り、(1976年というとスターウォーズ1作目 エピソード4 新たなる希望が公開される前、小生はもうSFもんとなっていて、なんでもアメリカで「惑星大戦争」という映画がつくられていることは知っていた)2015年12月に目覚めて、この映画を観たら、大喜びして大感激するだろう。しかし、小生は冷凍睡眠に入らず、39年間SFもんとして生きてきた。もちろん今まで公開された6作全部観ているし、DVDも持っている。そんな冷凍睡眠してない小生のこの映画を観た感想は、第1作目エピソード4の焼き直しじゃないのということ。
 エピソード4は少年ルークがデススターに囚われたレイアを助け出す話しだった。このエピソードⅦは少女レイが行方不明のルークを探す。超兵器が発射される。こくこくと危機が迫る。必死で空爆するXウィング戦闘機。敵基地の中枢部に侵入するソロ。基地内であばれるレイ。最後はぼかちんと大爆破してめでたしめでたし。ほとんどお話の構造はエピソード4じゃないか。男の子のルークが女の子のレイに変わっただけ。
 最初にいったように小生がうるうるきたのは、映画が良くてうるうる来たのではなく、懐かしさにうるうるきただけである。小生は30歳年取った。ソロもレイアもルークも30歳年取った。じいさんのソロ、ばあさんのレイア。うう、お互い年取ったなあ。ワシもこの30年いろいろあった。そんな想いでうるうるきたわけ。
 この映画、先行6作の蛇足である。たぶん小生はエピソードⅧもⅨも観るだろう。でも、どんな映画か想像できる。たぶん蛇足だろう。小生の想像を超えるエピソードⅧとⅨであらんことを願う。
 フォースとともにあらんことを。

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箱すし


 先日、会社の帰りしな、別に用はないが、なんの気なしに三宮の東急ハンズに立ち寄った。キッチン用品売り場をうろうろしてたら箱すし用の木枠が売っていた。箱すしか。いっぺんやってみようと思っていたから、つい衝動買いをしてしまった。
 せっかく木枠を買ったんだから、早速、箱すしをしたぞ。まず、シャリはいつものあんばい。で、具は、アナゴ、甘エビ、サーモンを用意した。
 シャリをひとつかみつかんで、木枠に入れる。具を乗っける。フタをして押さえる。均等に力を入れて押さえる。押し寿司ともいうんだから、押さえなくてはならないだろう。
 取り出してマナ板の上に並べる。アナゴは先に作っておいた甘ダレを塗る。食べやすい大きさに切る。で、出来たのが写真のすし。ご覧のように、きちんとしたかっこいいすしとはいいかねる。なんか不細工。どうも、木枠にいれるシャリが少なかったのではないか。今度やる時はもっとたくさんのシャリを押し込んでみよう。で、いいのかな?
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旭川ゲソ丼

 
 ゲソ丼である。ようするにイカの足を揚げたものをメシの上に乗っけたのである。なんでも北海道は旭川で食べられている丼物とのこと。なぜゲソなのか、イカの胴はどうしたのかは知らない。
 用意するモノはメシとゲソそして海苔。まずゲソに片栗粉をまぶす。これを揚げる。調理はこれだけ。極めて単純で簡単。ただイカやタコは中途半端に熱を加えると固くなる。だから、できるだけ高温でサッと揚げるのがよろしい。
 メシの上に海苔をしいて、揚げたゲソを乗っける。醤油、味醂、砂糖、酒、出汁でつくったタレをかける。これでOK。簡単簡単。すぐできる。で、食べる。ゲソがコリコリとしておいしい。  
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ああ遠州灘

「千秋楽結びの一番です。とうとう、この二人が全勝で、優勝をかけた大一番をむかえます」
 東の正横綱、大八州。威風堂々とした実に風格のある横綱らしい横綱。名横綱双葉山が理想とした「木鶏の境地」この境地に達したといっていい、まさに日下開山というにふさわしい現代の名横綱。その取り口もまさに横綱。どっしりと相手を受けて、深い懐に包み込んで、じっくりと料理する。典型的な横綱相撲。成績も全勝が当たり前。今のところ69連勝。双葉山の連勝記録に並んでます。この一番に勝てば双葉山をぬく。
 西の横綱、遠州灘。彼が横綱を張っているのは現代の謎といわれている。身長195センチ体重200キロ。堂々たる体格である。しかし相撲は堂々としてない。その巨体で小兵力士のようなワザをくり出す。猫だまし、引き技各種、ちょんがけ、などなど。一度、巨体ながら八艘飛びを見せたこともある。
 彼は日下開山ならぬ「非難した開山」「ひなんしたかいざん」と呼ばれる。引き技を多用し、たびたび立会いで変化して、姑息な技を連発。親方衆、ファン、マスコミからは、常に非難を浴びせられてきた。それでも十両から幕内、小結、関脇、大関ととんとん拍子に出世。成績は常に9勝6敗。たまに10勝以上することも。関脇の時にその「たま」が3場所続けてあって、10勝5敗を続けて大関になった。もちろん絵に描いたような「くんろく」大関。大関陥落しそうでなかなか陥落しない。そして、また「たま」が、こんどはなんと4場所続けてあった。直近の2場所は大八州と優勝争いを演じて、準優勝が2場所続けて、とうとう横綱に昇進した。
 さて、今場所の遠州灘がくり出した技。初日猫だまし。二日目不戦勝。三日目引き落とし。四日目はたきこみ。五日目反則勝ち。六日目不戦勝。七日目ちょんがけ。八日目不戦勝。九日目足取り。十日目小またすくい。十一日目足取り。十二日目相手勇み足。十三日目不戦勝。十四日目猫だまし。
 いかにも遠州灘らしい内容である。二日目の不戦勝は、前夜遠州灘が相手の胡椒山を飲みに誘い、大酒飲ませて二日酔いにしたといわれている。五日目の反則勝ちはわざと頭を相手の手に押し付け、マゲをつかませたといわれる。
「さあ、時間いっぱいです。国技館中のお客さん、いや、日本中の相撲ファンが大八州を応援してます」
「さあ、遠州灘、きょうはどんな手を使うか。どう変化するか。どんな卑怯な手を使うか。おや、両者まともに立ち会いました。がっぷり四つです。これはびっくりしました。遠州灘、まともな相撲を取っております」
「あ、行司が待ったをします。どうやら大八州のまわしがゆるんだようです」
「相撲再開です。おや遠州灘、大八州のまわしをつかんで、左右にゆさぶりました。ああ、大八州のまわしが外れました」まわしが外れると不浄負けといって負けとなる
 遠州灘、相手不浄負けで勝ち。横綱になって初めての優勝。しかも全勝優勝。横綱審議委員会の面々全員最大最強の苦虫をかみしめた。
「さあ、優勝した遠州灘関にインタビューです。遠州灘関、今のご気分は」
「最高!運も実力のうちさ。勝てば官軍。ようは勝ていんだよ。これから、オレは負けんぞ。ここに宣言する。オレは負ければその場で引退する」
 その後、遠州灘は勝ち続けて、とうとう70連勝。双葉山の記録を抜いた。もちろん。あらゆる姑息な技を駆使して、ずるいこと、あこぎなこと、卑怯なこと満載の相撲である。
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阪神 深江2 


 阪神電車深江駅である。ご覧のように高架になっている。ずいぶん長い間工事をやっていたが、12月12日から電車が走り始めた。この写真を撮ったころはまだ工事中であった。
 このあたりの阪神電車は子供のころから、ずっと見ていた。阪神電車というと地上を走るのがあたりまえで、こんな高いところを電車が走るのは、なんとも違和感がある。見慣れている電車が、見慣れない所を走っているわけ。阪神電車が空中電車になったようだ。
 高架工事完成といっても、下り線(京都の方から来る線を下り線という。東京ではない)だけだ。上り線(同様)は2019年の完成予定だとか。ずいぶん先だ。それまでに人類が絶滅しなければいいが。
 この高架によって、踏切がなくなり通行が便利になった。ただし南北の通行だけは。小生、所用でよく、自転車で線路沿いに走る。線路沿いだから東西の移動ということになる。今までは、踏切があるから自動車は線路の前で一旦停止する。線路沿いを自転車で走る場合、自動車が停まるから走りやすい。これが完全に踏切がなくなると、信号が設置されればいいが、自動車は停まらない。線路沿いを東西に自転車で走るには不便になった。なにごとも全てOKというモノは無いということだ。
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ぼぎわんが、来る


 澤村伊智    角川書店

 上出来のエンタティメントホラーであった。第22回日本ホラー小説大賞受賞作というから、新人のデビュー作だ。新人とは思えぬ文章力の小説だ。
 お話そのものは、なんだかわけのわからん「ぼぎわん」なるものにつきまとわれる話だが、話の持って行き方がたくみで、ストレスなくすいすい読まされる。
 映画「エイリアン」と同様な手法で怖がらせる。「ぼぎわん」本体は、なかなか主人公の前には姿を現さない。電話がかかってくる。メールが来る。会社の受付にやって来る。部下が応対。行くと、もういない。不安をかきたてつつ、じわりじわりと迫ってくる。このあたりの描写はなかなかのモノで、けっこう怖い。
 構成は3部になっていて、第1部の主人公は田原秀樹。子供のころ祖父の家で経験した怖い思いを思い出す。最近、不思議な不気味なことが起こる。妻は妊娠中。そして女の子が生まれる。積極的に子育てをする。身の回りにおこる、不可解なモノから妻と子供を守ろうとする。
 第2部は秀樹の妻香奈が主人公。夫秀樹のことなど。霊媒師比嘉真琴が娘知紗の子守をしてくれる。第3部は秀樹に調査を頼まれたフリーライター野崎が主人公。真琴の姉で真琴より強力な霊媒師琴子が活躍。第3部は映画「エクソシスト」のように、ぼぎわんVS琴子のバトル。
 秀逸なのは1部と2部の切り替わりの鮮やかさ。香奈の夫秀樹への評価が、これでもかと書かれる。良き夫と自分では思っている、世の男性諸君の心胆を寒からしめることだろう。
  
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芦屋川のサギ


 先日の日曜日、お天気がいいので、芦屋川の河口あたりを散歩した。このあたりは、けっこう野鳥がいる。カモ、カモメ、ウ、サギ、セキレイといった連中が常連さんである。
 セキレイは小鳥ながら両足を交互に動かして歩く。小鳥にはスズメのように両足をそろえてピョンピョン跳んで歩くものが多いが、セキレイはハトのように首を振りながら歩く。そのようすがかわいい。
 カモはガーガーとそのへんを泳ぎまわって、鳥の中の庶民という感じ。カモメは頭がよく根性悪。カラスはゲンが悪いとあまり好かれてないが、カモメは「カモメの水兵さん」なんて親しまれているが、ほんとうはカモメの方がワルイのかもしれない。カラスは黒、カモメは白。カモメは色で得をしている。
 サギはじっとたたずんで水中の魚を狙っている。このサギの漁をじゃましてるのがカモ。サギの目の前を泳ぎ回って、ウワウワとさわぐ。
 ところで、サギだが、白サギはよく見かけるが、写真のサギはアオサギではないだろうか。サギというと、上方落語で「鷺とり」という演目がある。
 サギに「サギ」と呼びかける。サギは「おや。ぼくを呼んでるな」と思う。ちょっと近づいて、さきより小さな声で「サギ」という。サギは「おや、遠ざかっているな」と思う。さらに近づいて、より小さな声で「サギ」「おや、だいぶん遠くへ行ったな」すぐそこまで来て、うんと小さな声で「サギ」向こうへ行ってしまった。と、安心させてサギを捕まえる。うん、こんどやってみよう。
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海街diary


監督 是枝裕和
出演 綾瀬はるか、長澤まさみ、夏帆、広瀬すず、大竹しのぶ、樹木希林

「あたし、ここにいていいのかしら」
15歳の少女がつぶやいた。だいぶん年の離れた3人のお姉さんたちがいった。
「ここにいていいんだよ」
 そう。この二つのセリフのあいだの4人姉妹のお話。最初のセリフをいったのは末っ子のすず。姉妹なんだから、遠慮することなく、そこにおればいいのだが、末っ子すずは上の3人の姉とは違うところで成長した。すずは腹違いの妹なのだ。
 鎌倉の古い家に住む3人姉妹。外に女をこさえて出て行った父の葬式に来た。3人はそこですずと会う。すずは父の女(2番目の妻)の娘。その女はすずを産んで死ぬ。その後3番目の妻をめとって父は死んだ。すずは継母と暮らしているが、居心地は良くない。
 葬式も終わって帰りがけに電車の中から長女の幸がいう
「すずちゃん。鎌倉に来ない?」
 すずは鎌倉に来た。4人姉妹の生活がはじまった。「すずちゃん」の「ちゃん」が取れるまでたいして時間はかからなかった。
 古都鎌倉を舞台に、それぞれ個性の違う4人姉妹の、生活、仕事、すずは中学生だから学校や部活が、おだやかにたんたんと描かれている。長女と次女が口ゲンカする程度で、大きな事件やトラブルも無く、平安に時間が過ぎていく。
 きれいな鎌倉の風景、きれいな4人の姉妹。トラウマを持った末っ子を優しく包む3人のお姉さん。実に心地よく、優しく、おだやかに、そして、最後は、ちょっぴり感動する映画であった。
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鶏ちゃん


 これ鶏ちゃんである。とりちゃんではない。けいちゃんという。岐阜県の郷土料理だ。簡単でうまい。鶏肉も野菜もたっぷり食べられる。
 まず、やること。鶏肉に味をつける。鶏肉はもも肉がいいだろう。むね肉なら柔らかくさっぱりしているが、肉のうまみはもも肉のほうがうまい。
 味噌、醬油、味醂、酒、しょうが(すりおろし)、にんにく(すりおろし)を混ぜ合わせて漬け汁をつくる。食べやすい大きさに切った鶏肉をこの漬け汁に漬け込む。最低3時間は漬けよう。この料理、簡単ではあるが、時間はかかるからそのつもりで。下準備はこれだけ。
 あとはホットプレートかなんかで、下味のついた鶏肉と野菜を炒め合わせるだけ。野菜はなんでもいいだろう。今回は、キャベツ、もやし、玉ねぎ、青ねぎを使った。最後のしめはうどん。肉と野菜のうまみが凝縮された汁をうどんが吸ってうまい。
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茶巾すし


 すしである。一度、にぎりすしを自宅でにぎったことがあったが、ぜんぜんダメであった。にぎりすしは素人が手をだすべきではないということを思い知らされた。かといって単純に外で食えばいいかというと、そうではない。回っているすしと、回ってないすしは区別すべきだと思う。すしは職人さんがにぎったのをただちに口に入れるべきだ。それが、ぐるぐる回っているすしは、豆を挽いて淹れるレギュラーコーヒーとインスタントコーヒーの違いと同じではないか。インスタントコーヒーはコーヒーではない。コーヒー風飲料。回転すしはすしではない。すし風米料理だろう。
 それはさておき、素人が手を出してもいいすしをつくったぞ。茶巾すしだ。まずすし飯はいつものすし飯。卵でカワをつくる。錦糸卵を作るときよりも、少し厚めにした方がいいだろう。焼くのは、こういうテクニックを使った。
 すし飯には、干し椎茸を戻して煮て、みじん切りしたもの、釜あげしらす、青のりを混ぜ込んだ。
 あとは、うす焼き卵で具を混ぜこんだすし飯を包んで、ゆでた三つ葉のジクでくくる。少し上を開けて、エビとイクラを乗っけた。
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とつぜん対談 第84回 一升瓶との対談

 きょうの対談の相手は居酒屋におられます。寒いです。こんな寒い夜は、お酒でも飲んでないとやってられませんね。今夜はしこたま飲みたい気分です。わかってます。飲みすぎは身体にドクなのは。でも、男には酒でしか晴らせない憂さもあるんです。え、酒なんかに頼らずに生きている男もいるって。そんな男もおられるでしょう。そんなしあわせなご仁は、どうぞ、おしあわせに。私は酒を飲みます。
 きょうの対談の相手は一升瓶さんです。

雫石
 こんばんは。

一升瓶
 こんばんは。ま、一杯。

雫石
 いただきます。クィ。

一升瓶
 いい飲みっぷり。もう一杯。

雫石
 ググ。

一升瓶
 かけつけ三杯というやないか。ささ、もう一杯。

雫石
 お、とっと。

一升瓶
 アテはなにがいい。

雫石 
 そやな。かんとだきがええな。大根、すじ、ごぼ天。

一升瓶
 へい。どうぞ。年の瀬ですな。

雫石
 そやな。

一升瓶
 お休みはいつから。

雫石
 30日から4日まで。

一升瓶
 休めそう。あ、あいてます。

雫石
 わからん。お猪口じゃラチがあかん。コップを出してくれ。

一升瓶
 では、これを。

雫石
 お、マスやないの。ええな。

一升瓶
 ささ。どうぞ。

雫石
 手酌でやるからええ。塩だして。

一升瓶
 はい。

雫石
 塩をマスの角にちょっと乗せてと。ググググ。プハー。

一升瓶
 アテ、追加しましょか。

雫石
 そやな。ホッケと、ええと。イカと里芋のたいたん。

一升瓶
 今夜は腰をすえて飲まはるんでしょ。

雫石
 そや。

一升瓶
 土日は休めてますか。

雫石
 土曜日はたいてい出勤しとる。どきどき日曜やすめる。

一升瓶
 いそがしいんですね。

雫石 
 いそがしいけど。休日出勤で収入が増えるんはありがたい。

一升瓶
 そろそろ引退してらくらくできるんでしょ。

雫石
 ひやもええけど。燗でもいきたいな。

一升瓶
 はい。

雫石
 お造りの盛り合わせくれ。

一升瓶
 きょうのマグロは近大マグロです。

雫石
 そや、鯨はないのんか。オバケは。

一升瓶
 鯨ないんです。最近入手困難で。

雫石
 くっそぉ。シーシェパードめ。近大にゆうとけ、マグロの次は鯨を養殖せえと。

一升瓶
 へい。熱燗。

雫石
 あつつ。そなワシも会社やめたい。会社やめて好きなことしたい。

一升瓶
 会社が辞めさせてくれないとか。

雫石
 そんなことはない。ワシの代わりなんぞなんぼでもおる。おまんまが食えんのや。年金だけやったら。

一升瓶
 お銚子、もう一本燗しまひょか。

雫石
 一本ゆわんと二本でも三本でも。

一升瓶
 そろそろにしたらどうです。アタシも半分になりましたよ。

雫石
 五合ぐらいやったら飲みたんわい。燗はもええ。そこに二合マスがあるやろ。くれ。

一升瓶
 へい。

雫石
 かせ。自分で入れるわい。

一升瓶
 ああ、二合マスいっぺんにあけた。

雫石
 うう。わしは、わしは・・・・・。

一升瓶
 ああ、酔いつぶれてもた。


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定吉七は丁稚の番号


 東郷隆        講談社

 一昨年、劇的な復活をした定吉七番。その定吉七番の昔の活躍を、もういちど読みたいと思っていた。このシリーズ、ひととおりそろえていたのだが、阪神大震災で書棚が全壊。手放した。
 古本屋で見つけて買って読んだ。やっぱり面白い。関西人のツボをくすぐりまくる、くすぐりがいっぱい。
 これ、007のパロディである。主人公定吉七は丁稚である。丁稚は丁稚でも殺人許可証を持つ丁稚なのだ。定吉というと上方落語では代表的な丁稚。上方落語で丁稚というと、まず間違いなく定吉という名前だ。上方落語ファンの小生にとっては、ものすごくおなじみのキャラなのだ。その定吉が、これまた大好きな007(ただしショーン・コネリー版とロジャー・ムーア版にかぎる)のフォーマットに則って活躍する。もうこたえられませんね。
 この1作めには、「ドクター・不好(プー・ハオ)」と「オクトパシー・タコ焼娘」の2作が収録されている。いうまでもなく「007ドクター・ノウ」と「007オクトパシー」のパロディである。おもしろいのは、映画007のジェームス・ボンドを定吉七に替えるだけでなく、世界、設定、キャラクターをそっくり日本に替えていて違和感を感じさせない。「ドクター・不好」は湘南、「オクトパシー・タコ焼娘」は関西である。
 なによりもこのシリーズ、関西のこまごまとした地名や文物、風俗が、上方落語ファンで関西人の小生が読んでも、クスリと笑えるツボのはまりようなのだ。

映画にしたらこういう配役でどうだ。

定吉      桂春蝶(当代)
千成屋宗右衛門 鷲田清一or桂文枝(当代)
九作      石黒浩or堀晃 
万田金子    内海英華or桂あやめ
ドクター・不好 ゼンジー北京

音楽はもちろん、あの連中、おかげ様ブラザースだ。
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