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オニオングラタンスープ


 寒い夜は、熱々の甘いスープがなにより。というわけで、今夜のスープはオニオングラタンスープとしよう。
 まず、何はなくとも玉ねぎがいる。1リットルのスープを作るのに最低2個は欲しい。まず、最初に玉ねぎを薄く切る。ここでは、切り方を気をつけよう。玉ねぎの繊維を断ち切るように切る。玉ねぎの頭を北極、お尻を南極だとしたら、緯度の線にそって切る。経度の線に沿えば繊維を切断できない。
 オニオンスライスのように、玉ねぎの新鮮さを楽しむのならば、繊維にそって切ればいい。玉ねぎの細胞の中の液がそのまま保たれる。ところが、このスープやカレーのベースとなる、玉ねぎの場合は、玉ねぎの細胞液を外に出して加熱して、甘味を出したいから、繊維を切断する必要がある。
 この玉ねぎを切る作業は、目が痛くて涙が出て往生する。これは玉ねぎから刺激のあるガスが発生しているから。ゴーグルでもすればいいが、そんなものして料理する人はあまりいない。目が痛くなく玉ねぎを切る方法がある。よく切れる包丁で、スパッと上手に切れば目は痛くない。
 玉ねぎを切り終えれば、それを炒めなくてはならない。ここは根気仕事。欧風カレーのベースを作るのと同じ。ひたすら玉ねぎを炒める。焦がさないように、弱火にしたり中火にしたりして火力を調整しながら。アメ色になるまで気長に炒めて玉ねぎの甘味を充分に引き出そう。スープの味はこの作業で決まる。最低20分は頑張ろう。
 玉ねぎを炒め終わったら、疲れた手で、玉ねぎをフライパンから深鍋に移し、コンソメスープを注いで、10分ほど煮る。それを耐熱容器に入れて、バゲットを乗せてチーズを乗せて、200度のオーブンで15分焼く。これでできあがり。
 玉ねぎの優しい甘さがおいしい。

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2月28日(土) 岡本へ梅見

            

 岡本へ梅見に行く。大変に良いお天気。気持ちが良い。毎年この梅林へは梅見に来るけれど、なんだか、今年の梅は元気がないような。それに、ここの梅の木は数が減ったような気がする。どうしてだろう。
 ウグイスが鳴いていた。少し前までは「ケキョケキョ」としか、鳴けなかったのに、今は「ホーホケキョ」と上手に鳴けるようになった。

                            

 明日から、弥生三月だ。寒いのが苦手な小生としては、待ち望む春が来る。やれうれしやな。
 

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フォークリフトさんとの対談

 とつぜんの新カテゴリーです。雫石鉄也がいろいろなモノと対談していきます。第1回目は、先日、引退なさった雫石鉄也の勤務先のフォークリフトさんです。

雫石
 どうも。ごぶたさしてます。

フォークリフト
 久しぶり。1月の末に会社辞めたから、ちょうど1ヶ月だな。

雫石
 何年、働かれました。

フォークリフト
 そうさね。1月8日の月例点検の時の、アワーメーターが7420時間だった。あ、ワシらは乗用車みたいに走行距離やのうて、稼働時間で管理すんねんで。

雫石
 知ってますよ。月例点検やってたのは私でしたから。この稼働時間でしたら、約10年ですね。

フォークリフト
 そや。よう働いたわ。

雫石
 中古になって、2度目のお勤めはしないんですか。

フォークリフト
 もうしんどいわ。あちこちガタがいっとうし。

雫石
 そうですね。辞められる直前は、毎月どこか故障して、月に一度は修理に出てましたね。

フォークリフト
 そやねん。ワシも早よい引退したかったんやけど、会社がなかなか新人を入れてくれへんから、老骨にムチ打っとたんやけどな。あんたにも迷惑かけたな。

雫石
 いえいえ。あなたは私がこの会社に入社して、すぐにあなたの管理責任者を命じられましたので、私としても思い入れが深いです。
 
フォークリフト
 あんたはようやってくれたわ。前のおっさんは、なんにもせんかった。

雫石
 仕事ですから。

フォークリフト
 新人来たんか。

雫石
 まだです。納期1ヶ月かかります。もうそろそろですね。

フォークリフト
 どんなヤツや。

雫石
 3トン、ディーゼル、マニュアルシフトです。

フォークリフト
 ワシは2.5トンやったから、ちょっと大きいねんな。なんでオートマチックにせんかったんや。

雫石
 私、オートマチック嫌いですねん。それにオートマチックは燃料をようけ食うし、動きが素直じゃないから使いにくいですね。それに故障するところがそれだけ多いし。

フォークリフト
 そやな。ワシもマニュアルやったし。ま、新人かわいがったてや。ほな行くわ。

雫石
 ありがとうございました。
 


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2月27日(金) なんでこんなパンがねいねんやろ

 今度の土曜日の昼食はハンバーガーにしようと思って、一昨日、近くの関西スーパーにハンバーガーバンズを買いにいったけれど売ってなかった。きのうは、コーヨー、ダイエー、阪急オアシスに行ったがなかった。きょうは、シーア、コープディズ、大丸ピーコック、パントリーにあたったけれど全滅。どうして、こんなパンがないのか。
 う~む。これはきっと、某大手ハンバーガー屋の陰謀に違いない。みんなが自宅でハンバーガーを作って食べると、外で食べるより、自分で作るほうがおいしいと気がつくからかな。まさかな。
 しかたがないから、今回は別のパンで代用しよう。次回はハンバーガーバンズを手作りするしかないか。どなたか、神戸、芦屋へんでハンバーガーバンズを売っているところを、ご存知ないだろうか。
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2月26日(木) ニュース速報の基準

 機嫌よくテレビを観ていたら、突然、画面の下にテロップが。ニュース速報。どんな大惨事、大事故、大災害か。非常に不謹慎ながら、ちょっと期待しながら画面を観る。なんせ、他人の不幸はでかいほど面白いというじゃない。
 ところが「知事選挙が行われていた凸凹県の知事に、保守系無所属の△○×◇氏(63歳)が当選しました」とか、「東京地検特捜部は衆議院議員☆◎*#(58歳)容疑者を逮捕しました」とのテロップ。な~んだ、しょうもな、こんなニュース速報で、半井さんの天気予報の邪魔をするなといいたい。
 あのニュース速報というやつ、放送する基準があるのだろうか。例えば、オリンピック期間中なら、金メダルを取って速報される選手もいるし、されない選手もいる。選挙でも知事選挙で速報される場合もあるし、されない場合もある。事故事件でも、死者が1人なら速報されない、5人ならされるかもしれない。どのあたりで、線を引いているのだろうか。
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とつぜんリストラ風雪記 23

とつぜんリストラ風雪記 22

 神戸の長田区のMK産業に就職した。最初の3ヶ月は試用期間の契約社員。2005年の新年にはめでたく正社員となるはず。時給800円。これでは家族を養っていけない。3ヶ月間節約を重ねなんとか耐えなければいけない。この時期の小生の小遣いは月に5000円であった。酒飲みで本読みの小生としては、酒か本か選択を迫られる日々であった。

 MK産業での小生の仕事は、コーヒー焙煎器の部品の見積り作成と、広告案の企画。まったく畑違いの仕事を同時進行しなくてはならない。こう書くと、いかにも多忙そうだが、それほどでもない。いや、余った時間が結構あった。その時間は工作の仕事をやらされた。基盤にIC,コンデンサー、スイッチ、抵抗、ダイオードなどの部品を、手作業でハンダ付けしていく仕事である。
 これが結構難しい。ハンダこての扱いに習熟していないとできない。小生は、親父の工場を手伝っていた時に、この手の仕事は親父に習った。ハンダ付けは得意である。
 肝心の焙煎器の仕事は、もちろん優先的にこなす。このような機器を構成している部品は2種類。機工部品と電子部品である。このうち、電子部品は小生の専門分野である。本格的に生産が始まると、月々、まとまった数量の部品を途切れなく供給しなくてはならない。前回書いたようにMK産業は電子部品専門商社との取り引きはない。
 K電気時代の人脈を使った。取引先リストを手元に保存してあったし、27年間にもらった名刺もある。これらのものはK電気時代の仕事の上の人脈ではあるが、電子部品購買仕入れのプロとしての、小生の財産でもある。道義上、社外に持ち出してはいけない資料はK電気に置いてきたが、リストと名刺ホルダーぐらいは手元に保存していた。
 見積り依頼を出すと、各社だだちに応じてくれた。このうち特に、密接な取り引きが合った3社は、K電気時代の営業担当者が、わざわざMK産業まであいさつに見えられた。このうちのファンモーターの商社D電興のM氏は、何度も足を運んでもらった。新しい取り引きを得るためとはいえ、いずれの担当者の方々も、大変に誠意を持った対応をしていただいた。
 小生は購買。物を買うのが仕事。営業は物を売るのが仕事、双方とも仕事でやっているわけで、どっちが上でどっちが下でもない。持ちつ持たれつである。買ってやるんだ、という態度では購買の仕事は絶対にできない。営業という仕事を尊重しない購買は落第だ。
 出入りの営業を小間使いのごとくこき使う購買もいる。2社に合い見積りを出させ、値下げのシーソーをさせる購買もいる。見積もりは1度、多くて2度で発注先を決めるべきだ。当て馬の見積もりを出させただけで、取引先を使い捨てる購買。さすがに私腹を肥やすような購買を、小生は知らないが、上記のようなことは購買担当者がしてはいけないことだ。
 小生は、誠意を持って、あくまで対等のビジネスの相手として、営業の人たちと付き合って来た。もちろん、かなりの無茶や無理難題もいって来た。対等とはいいながら、自分の会社に利益をもたらす購買を行うことはいうまでもない。そして相手の利益も考えなければならない。お互い様である。
 さすがに電子部品の見積り作業は順調に進んだ。1品目につき、2社か3社の合い見積りを出し、電子部品にかかるコストはかなり低く押さえた見積りとなったはずだ。
 さて、問題は機工部品だ。金属を切断、曲げ加工をしてくれる金属加工の会社は、K電気時代に付き合いもあったし、仕事もお願いしていた。しかし、電子部品の商社ほど密な取り引きはなく、小生が知っている会社は数が少ない。         
機工部品は、ほとんどが注文生産。図面を出して図面に従って製品を造ってもらわなければならない。発注する側と受注する側の密接な関係が、電子部品以上に必要だ。それに小生は、半導体などの電子部品はくわしいが、機工部品はくわしくない。
 苦労した。K電気時代の数少ない業者に図面を送り見積もりを出してもらった。これだけではデータとして不足。電話帳、インターネットなどで、機工部品を受注、製作してくれる金属加工業者を探して、見積もりを出した。
 電子部品の見積もりはわりあい簡単に出る。仕入れ値にいくらかオンして、他社に負けないと思われる見積もりを出せばいい。ところが機工部品は違う。図面を見て、使っている素材の仕入れ値、NCの経費、曲げ加工の手間賃などなど、見積もりを出すのは、結構手間がかかる。これが、以前から取引があり、見積もりの出し方によっては、仕事が来る可能性がある会社からの、見積もり依頼ならば、少々手間でも見積書を作成してくれるが、どこの紹介でもない、初めて接触してきた相手に、手間暇かけて見積もりをしてくれる会社は少ない。
 と、いうわけで、さんざん苦労して、それでもなんとか数字だけはだして、機工部品の見積もりも揃えた。
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2月24日(火) 1960年代10チャンネル金曜夜8時のお楽しみ

 日本テレビがプロレスの放送打ち切りを発表した。同テレビのプロレスは55年も続いた、同局の看板ともいえる番組だった。と、いうより日本の民間テレビ放送最大の功労者ともいえる番組だ。
 力道山のプロレスが民間放送の、ひいてはテレビ受信機の普及に果たした役割は計り知れない。昨今の不景気により、番組制作費の削減、他の格闘技の新興、それになんといっても、力道山、ジャイアント馬場、アントニオ猪木といったカリスマ性あるスター不在による、プロレスの人気低迷。昭和のプロレスのファンだった小生としては、さみしいことだが、止むを得なきことと、日本テレビの決断を理解する。
 さすがに、小生は街頭テレビで、力道山&木村政彦VSシャープ兄弟を観たほど年寄りではないが、だいぶん小さいころから力道山のプロレスを観ていた。ウチは裕福ではないが、テレビは早くから自宅に有った。親父が新しい機械が好きな上、当時の親父の勤務先が大手の電子部品メーカーで三菱電機が大きな取引先だった。三菱の家電が社員価格並で入手できた。それに親父は管理職だったから、半強制的に三菱のテレビを買わされたというわけ。強制されなくても親父は喜んでテレビを買っていただろう。その影響か、現在の小生宅は三菱の家電が多い。冷蔵庫、電子レンジなんかも三菱だ。
 それはさておき、1960年代、金曜の夜8時にテレビを点けると、三菱のCMが映った。あのころの、10チャンネル(ここは関西)この時間帯は三菱ダイアモンドアワーといって、プロレスとデズニーランドを交代で放送していた。
 パッとテレビを点けると、ウォルト・デズニーの優しそうな顔が映る、ウォルトおじさんが小山田宗徳の声で「きょうは未来の国から」という。ワッやった。うれしい。アニメで火星開拓を紹介してくれる。幼少のみぎりよりSFが血に流れていた小生は,この番組の「未来の国」が大好きだった。他に「おとぎの国」「冒険の国」「開拓の国」なんか。「おとぎの国」はミッキーやドナルドダックのアニメ。「冒険の国」は自然ドキュメンタリーをやっていた。名画「砂漠は生きている」を観たのもこの番組だったと記憶する。
 パッとテレビを点けると、ちゃーんちゃちゃーんちゃちゃちゃという日本テレビのスポーツテーマが流れると、リングが映される。
「ただいま試合を前に三菱電機の掃除機風神でリングを清めております」といって、おじさんがリングを掃除していると、白シャツを着た沖識名が上がってくる。この沖さんのシャツはたいてい暴走した外人レスラーに破られる。破れたシャツを腕に引っ掛けたまま、ワンツースリーと反則のカウントを数えていた。
 試合が始まる。このころのおなじみのレスラーは日本人なら、もちろん力道山、そして豊登、遠藤幸吉、吉村道明、芳の里、グレート東郷、外人ならジェス・オルテガ、フレッド・ブラッシー、パット・オコーナー、ミスター・アトミック、デストロイヤーなどなど。
 力道山以外で印象に残っている日本人レスラーといえば、豊登と吉村道明だな。豊登は怪力がウリでベアーハッグなんかをよく使っていた。そして両手を交差させて脇の下でカポンカポンと鳴らすワザ?をよくやっていた。
 吉村はテクニシャンで、小柄ながらテクニックで大柄な外人レスラーを翻弄してた。しかし非力は否めず、パワーで押され、ギタギタに痛めつけられていた。負けるか、と思った次の瞬間、血みどろになった吉村が相手のバックをとって、そのままロープへ。反動で返ってくるところを、くるりと大柄な外人レスラーをマットの上に畳み込んでフォール。これぞ起死回生の回転エビ固め。これだから吉村のプロレスは面白かった。
 外人ではなんといってもブラッシーとデストロイヤーだ。ブラッシーについてはここで書いた。デストロイヤーは後年はコメディアンになってしまったが、力道山のベストマッチは対デストロイヤー戦だと思う。あのころのデストロイヤーはほんとかっこよかった。
 で、前座も終わると、君が代が流れ、日本プロレスリング協会コミッショナー大野伴睦がリングに上がってくる。さあ、いよいよ力道山の世界タイトルマッチだ。ワクワク。昭和のプロレスが懐かしい。

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20世紀少年 第1章


監督 堤幸彦
出演 唐沢寿明 豊川悦司 常盤貴子 香川照之 石塚英彦 宇梶剛士

 浦沢直樹の原作は3巻まで読んで中断している。この映画は3部作で、この作品は1作目。映画の80%は小生が読んだ原作だった。だから、おおむね判ったが、原作を読んでいない人が観ればどうだろう。判り難いのではないか。
 1970年代初頭、少年たち(少女も一人いる)は、草むらに「秘密基地」を作って遊んでいた。その「秘密基地」で書かれた「よげんの書」には、20世紀の終わりに世界は滅亡するとの不気味な予言が。
 30年後、草むらの少年たちは大人になっていた。コンビニを経営する者。うだつの上がらないサラリーマン。税関職員。文房具屋。などなど。
 20世紀の世紀末、「ともだち」という教祖を頂く、新興宗教が勢力を広げつつあった。このカルト教団は、あの草むらでの「よげんの書」の通りに世界征服を企んでいるようだ。サンフランシスコでロンドンで、謎の疫病が発生。そして、20世紀最後の大晦日、巨大ロボットが東京に出現。この野望に立ち向かうのは7人の勇士たち。そして「ともだち」とはだれ。
 お茶の水工業、敷島博士、金田正太郎、T・レックスのロック、えんどうけんじ、ヤン坊マン坊、などといった、団塊の世代の懐かし心をくすぐりながら映画は中途で終わる。第2章、第3章も観ろということか。
 面白かったのは、俳優たちが原作の漫画のキャラクターにそっくり。原作漫画のファンなら喜ぶだろう。しかし原作を読んでない人が観ればどうだろうか。
どうも、この映画、客が原作を読んでいるという前提で製作されたように思う。原作と映画は全く違う独立した作品。原作を読んでいない人も楽しめる映画を作るべきだろう。
 オウム真理教をどうしても思い浮かべてしまう。「ともだち」がやりたいことは、麻原彰晃がやりたかったことではないのか。
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菜の花のリゾット

 
 毎日の食事には、青い野菜は必ず食べたい。これから春にかけての青い野菜の代表は菜の花だろう。小生も菜の花が大好きだ。おひたしなど和風の料理に使うことが多いが、きょうはイタリア料理のリゾットにしよう。
 菜の花は買って来たらすぐ水につけておく。水を吸っていきいきする。リゾットを西洋雑炊との誤解しているムキもおられるかも知れないが、雑炊とリゾットは全く違う料理。雑炊は炊いたご飯を汁で煮るものだが、リゾットはご飯料理というより、パスタ料理の1種。お米を乾燥したパスタと考えるのが正解だと思うが。
 菜の花は細かく刻む。玉ねぎをオリーブオイルで炒める。生のお米を洗わずに加える。ある程度炒めたら白ワインをふって香りづけ。
 スープを注ぐ。刻んだ菜の花を半量入れる。煮る。アクを取る。あとはお米がお好みの硬さになればOK。アルデンテが好きな人は硬めに。雑炊風にしたかったら柔らかめに。火を止める直前に、さっとゆでた菜の花の残りを入れる。緑が鮮やか。早春のリゾットだ。
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コロッケです

 
 コロッケです。ご多分にもれず、私も子供のころからコロッケが大好きでした。それも肉屋のコロッケです。コロッケというお題で文をシタタメテくださいとの依頼を受けると、肉屋のコロッケの思ひで、などどいうエッセイを書く人が多いです。ですから、違う切り口のエッセイを書きたかったのですが、私も、肉屋のコロッケを子供ころよく食べたのだから、いたしかたございません。
 母はよく駅前の肉屋でコロッケを買って来て、晩ご飯のおかずにしました。駅前のパチンコ屋の向かいの肉屋です。その肉屋はいまでも、昔のまま、そこで商売を続けておられます。このあたりは阪神大震災で壊滅した地域で、そこにあった市場も全壊して、今はもうありません。その肉屋は奇跡的に無事で生き残り、いまも店頭でコロッケを揚げておられます。母は揚げる前の衣を付けた状態のモノを買って来て、自分で揚げておりました。コロッケは揚げたてがおいしいです。
 さて、そういうわけでコロッケを作りましょう。メイン素材のじゃがいもは男爵でなくてはいけません。
 いもをゆでます。ゆでたら熱いうちに皮をむいてつぶして、鍋であおって水分を飛ばします。
 玉ねぎのみじん切りをフライパンで炒め、そこにひき肉を加えて、さらに炒めます。
 炒めた玉ねぎとひき肉を、つぶしたじゃがいもに混ぜ、塩、こしょう、ナツメグで味を付けます。そして、これを冷ましておきます。熱い状態で丸めて揚げると、コロッケがパンクすることがあります。
 冷めたら、小判型に成形して、小麦粉、卵、パン粉をつけて、たっぷりの油で揚げます。素材は火が通った素材ですから、時間をかけてあげる必要はありません。キツネ色に揚がればできあがりです。
 表面がサクサク、中がホクホク。おいしいです。
 
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2月20日(金) 習慣

 子供はなぜ医者が休みの時を狙って、具合が悪くなるのだろう。ご多分にもれず、ウチの子も小さいころ真夜中に、ちょくちょく熱を出したりした。深夜でも診てくれる小児科に連れて行くのだが。ウチの場合、六甲アイランド病院か神戸市立中央市民病院によく連れて行った。
 診てもらって、会計で支払いをするわけだが、深夜の大病院の待合。大きな待合である。必要最小限の照明しか点けていない。薄暗く、ガランとした、ただっぴろい待合で、小生が一人ポツンと待っている。
 計算が終わって、当番で深夜勤務している受け付けの女子事務員がカウンターに出てきた。そして、小生を呼んだ。
「雫石さま~。雫石さま~」それは、大勢の人の中から小生一人を呼び出しているような呼び方だった。
 深夜の大病院の薄暗い、大きな待合。そこに小生一人ポツンと、彼女の目の前に座っているわけ。他に待っている人はいない。小生に視線を合わせ、ごく普通に「雫石様」と呼べばいいと思うが。
「雫石さま~。雫石さま~」彼女は、昼間いつも、待合で会計を待つ人をこういう呼び方をしているのだろう。げに習慣とはおそろしや。
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2月19日(木) 神戸のシンボル、花時計です

 
花時計です。神戸市役所の前にあります。この前の道は「フラワーロード」といいます。地下には神戸市営地下鉄花時計前駅があります。このあたりは神戸の花づくしですね。
 このあたりは三宮といって神戸の一番の繁華街です。三宮といいますから、他の宮があるのかなとお思いでしょう。あるのです。神戸には一宮から八宮まであります。
 私は根っからの関西人です。関西三都、京都、大阪、神戸で夜酔っぱらう機会が多うございます。京都なら河原町、大阪は梅田、神戸三宮、それぞれの都市の代表的な繁華街で酔っぱらうわけですが、地元神戸で酔っぱらうのがやっぱり安心ですね。
 河原町ではちょっと深酒すると神戸まで帰れません。昔は星群の例会は京都でやってました。例会の後は宴会です。二次会三次会とついハシゴ酒です。そうなると、当時、京大生で、今は東京の出版社でSFの編集をやっているK君の下宿に泊まったりしてました。
 梅田で深酒したときは、JRか阪神の最終電車に間に合わなかったら、タクシーで帰神することもありますが、カプセルホテルかサウナに泊まったこともよくありました。当時の勤務先は中津でしたから、梅田で泊まった方が都合がいいのです。
 やっぱり三宮で飲むのが一番ですね。とはいいつつも、今は外でそんなに深酒はしなくなりました。自制しております。某大臣ではないのですから、
 ところで、この花時計ですが、ついこの前までリフレッシュ工事中で、丸ぼうずでした、今は工事も終わり、ご覧のようなきれいな花時計になりました。
 この神戸市役所の前の花時計は日本で最初にできた花時計です。1957年から半世紀以上にわたって、神戸市民のシンボルとして時を刻みつづけてきました。私は、生まれは西宮市ですが、3歳から神戸市民で、幼稚園、小学校、中学、高校とずっと神戸市立の学校でした。もちろん、今も神戸市在住で、勤務先も神戸です。そんな私にとっても花時計は、ひときわ思い入れの深いものです。これからも大切に見守っていきたいですね。

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別れのビーフシチュー

 電話が鳴る。
「俺だ」
 ビーフシチューの鍋がコンロの上でふつふつといっている。朝から煮込んでいるから、もうすぐできる。あとは塩こしょうで味を調えるだけ。
「ビーフシチューを作って待ってるぞ」
 テーブルには、俺が持っている一番きれいなテーブルクロスをかけてある。といっても2枚しか持ってないが。
 俺か。俺は探偵さ。探偵がなぜビーフシチューなんか作ってるかって。俺ができる料理はこれだけなんだ。それに今から来る客が、俺の作るビーフシチューが大好物なんだ。
 ノックの音がした。来たようだ。いつもは開けるのに、少々苦労するドアがスムーズに開いた。
「ようこそ」
「いい匂いだわ」
 俺は彼女を部屋に入れた。椅子を引く。
「どうぞ」
「ありがとう」
 座った彼女の髪には、白いものがちらほら。ワイングラスを置く。
「もうすぐシチューができる。まずはワインだ」
 赤ワインを注ぐ。
「探偵さんは、お客にはいつもワインとビーフシチューをごちそうするの」
「特別な客だけさ」
「わたしは特別なの」
「特別にしたいのさ」
 彼女の表情を見た。今の俺のセリフに、少しだけ反応したようだ。
「わたしで何人目の特別」
「一人目」
 塩をひとつまみ。黒こしょうを挽く。味を見る。できた。久しぶりに作ったがうまくいった。
 前にビーフシチューを作ってからずいぶんと時間が経った。あの時は、シチューといっしょに哺乳瓶がテーブルの上にあった。5月の光がさしこむマンションだった。この事務所には光はさしこまない。
「いくつになった」
「六つ」
「小学校入学だな」
 皿にシチューをよそう。パンもテーブルに置く。7時だ。夕食にはちょうどいい。夕方7時という面会時間を希望したのは彼女だ。
「食べながら話を聞こう。とりあえず乾杯だ」
「なんに乾杯すんの」
「あいりの小学校入学を祝いたいな」
「名前だけつけた娘でも気になるのね」
 彼女は無表情でいった。言葉に少しだけ、ほんの少しだけトゲがある。
「立って歩く娘を知らない父親でも父親は父親だ」
 俺も娘と逢ってみたい。ところが母娘は姿を消した。必死で探したが判らなかった。俺は探偵になった。ようやく探し当てた。
「別のことで乾杯しましょう」
「二人の再会に」
「乾杯」
「乾杯」
 グラスを合わせてワインを飲む。俺はワインのことはよく知らない。酒屋で一番高い赤ワインを買ってきた。俺は、酒はバーボンとビールしか飲まない。この赤ワインが値段相応のものかどうかは判らない。
「食べてくれ」
「いただくわ」
 牛肉を食べる。
「いい肉を使ったわね。よく煮込んであるわ」
 今夜は俺がこの事務所を開いて一番贅沢な夕食だ。めったに依頼が来ない探偵の夕食は、いつもはコンビニのおにぎりかカップヌードルだ。
「この事務所はあなた一人でやってるの」
「あたりまえだ。助手や秘書を雇うほど儲けちゃいないさ」
「あの人は手伝ってくれないの」
 6年前、俺は県警のデカだった。容疑者の娘は女子大生だった。娘の父親は債権者を刺殺して逃亡した。俺は彼女のマークを命じられた。デカという身分を隠して必要に応じて接触した。この時、今、俺の目の前にいる女は臨月だった。
 女房が妊娠すると男は危険になる。俺もそうだった。容疑者が山中で首を吊っている事が判った時、娘は俺の胸に顔を埋めて泣いた。できてしまった。離れられなかった。
 女房が入院した時にもホテルであった。上司に見られた。
「あいつは結婚した」
「このビーフシチュー、あのころのものより美味しいわ」
 俺に料理の趣味はない。デカのころ歯医者の待合室で退屈しのぎに、そこにあった料理雑誌をパラパラしていた。ビーフシチューのレシピが載っていた。気まぐれに作って、女房に食べさせた。彼女は衝撃を受けたようだ。生まれて初めて料理した料理が、こんなに美味しいなんて。それから毎月第2土曜の夕食は俺がビーフシチューを作ることになった。
「また、土曜日のビーフシチューをいっしょに食べよう」
 答えずに食べる。ワインを飲む。パンを食べる。
「ごちそうさま」
「俺に依頼があったのではないのか」
「あるわ」
「なんだ。探し物か」
「簡単な仕事よ。外を見てちょうだい。それが仕事よ」
「それだけか」
「それだけよ」
 彼女がカーテンを開けた。前の道路に軽自動車が駐車してある。車の横に、俺と同じぐらいの歳の男と、6歳ぐらいの女の子が立っていた。
「あの子があいりよ。あの人もこれと同じ味のビーフシチューを作るわ」 
 彼女は椅子から立ち上がると、そのまま部屋から出て行った。車の発進音が聞こえた。
 テーブルの上にはビーフシチューを食べ残していた。彼女が俺のビーフシチューを食べ残したのは初めてだ。
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2月17日(火) 学級委員長がなぜ差別なんだ?

 最近、学級委員長がいない学校があるとのこと。なんでも、人権団体とやらが「委員長になれない子供がかわいそう」との理屈で学校にクレームをつけてくるそうだ。
 アホとしかいいようがない。差別は許されない。しかし区別はしなければならない。差別と区別はどう違うか。差別は差別される人が不利益をこうむる。区別は区別される人は不利益をこうむらない。男女差別はなくさなければいけない。女というだけで不利益をこうむることはあってはならない。
 しかし、男女は区別しなければならない。男と女は体の構造も違うし生理も違う。トイレ、更衣室、風呂などは、別々にしなければならない。これは差別ではない。区別だ。
 学級委員長になる子はそれなりの理由があって委員長になる。勉強ができるか、リーダーシップがあるか、クラスで人望があって人気があるかだ。なれない子は、なれない理由があるのだ。このことで差別をしてはいけないが、区別をしなければならない。学校には多くの子供が集団で勉強している。様々な子供がいる。勉強のできる子。できない子。親分肌の子。子分になる子。群れ集う子。一人でいる子。これら、一人一人の個性を認め、認識した上で教育をほどこさなければならない。
 学級委員長になれない子/ならない子/できない子は、委員長になる子/できる子に比べて、確かにある種の能力が低いところがあることは否めない。しかし、これで卑下することは絶対に無い。子供である。人生の助走の段階だ。助走が遅いといって悲観することはない。助走は速いが、急に失速して、期待したほど伸びない子もいるだろう。逆に助走は遅いが、ぐんぐん加速して、大きく飛躍する子もいるだろう。その逆もある。「栴檀は双葉より芳し」ともいうし、「大器晩成」ともいう。ようはどんな大人になるかだ。いや、人間、死ぬ間際までわからぬ、というのが正解だろう。
 それを、学級委員長なるもので、学校にクレームをつけてくるとは、なんと近視眼的なモノの見方しかできない人たちであることか。委員長なる存在は、ある意味非常に良い教育の材料になるだろう。
 組織というものはリーダーばかりでは成り立たない。リーダーがいる。補佐役がいる。参謀がいる。一般構成員がいる。社長と役職者ばかりでは会社はできない。現場で働く社員は必ずいる。これはだれが偉くだれが下っ端でもない。社長は社長としての機能を果たしている。社員は社員としての機能を果たしている。確かに組織においては、仕事の指示を出す職制には、それなりの敬意を払う必要があるだろう。しかし、それはあくまで、仕事をスムーズに運ぶための潤滑剤にすぎない。社長だから、学級委員長だからといって、その全存在が、その組織内で最上級にある人間だといって、崇め奉る必要はさらさらない。彼らは社長、委員長の職務を遂行しているだけなのだ。社員、委員でないクラスの子、彼らの果たすべきことがある。彼らが、そのことを果たさなければ、組織は成立しない。そのことにおいては、社員と社長、委員長とクラスの子はみんな平等である。
 そういうことを、しっかり教育する良いきっかけとなるだろう、学級委員長なる存在は。それを否定するとは、社会とは、組織とは、人間とは、教え得る大切な機会を放棄しているのだ。もったいない話だ。

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SFマガジン2009年3月号


SFマガジン2009年3月号№635     早川書房

雫石人気カウンター
1 受け継ぐ者      田中一江訳  エリザベス・ベア
2 シズル・ザ・リッパー        菅浩江
3 暗黒整数       山岸真訳   グレッグ・イーガン
4 フィニステラ     三角和代   デイヴィッド・モールズ

 2は、このところ菅浩江が手がけている「美容SF」第4作目。シリーズ全体がかいま見えてきた。
 1は好短編でなかなか結構なロボットテーマSFだ。原作はいい。しかし、翻訳がいただけない。冒頭からこれだ。以下同誌同号より引用。

 カルセドニーは、泣くようにできてはいなかった。もともと涙が出ないのだ。涙が、カルセドニーをめちゃめちゃにした地獄の業火が顔に貼りつけた円錐形の冷たいガラスの粒というのなら話はべつだが。

 引用終わり。なんと、もたついた日本語であることか。失礼ながらこの田中さんという翻訳者は、少々日本語の文章の修練が必要と見る。小生が手を入れてみよう。

 カルセドニーは泣けない。涙も出ない。地獄の業火がカルセドニーをめちゃめちゃにした。その時、円錐形の冷たいガラスの粒が、彼女の顔に貼りついた。そのガラスの粒が涙というのなら話は別だが。
 
 原文を読んでいないから、この訳文で正しいかどうかは判らないが、少なくとも通りの良い日本語にはなったのではないか。
 マイクル・クライトンの追悼特集が掲載されていた。小生が初めてクライトンを知ったのは「アンドロメダ病原体」非常に面白い小説だった。映画も面白かった。クライトン監督で「ウエストワールド」という映画があった。ユル・ブリンナーが「荒野の7人」の装束のままロボットのガンマンに扮する映画だった。
 クライトンの作品で一番、人口に膾炙しているのは「ジュラシックパーク」だろう。これも面白い小説だった。映画も面白かった。ところで、この作品、小説と映画では面白さの種類が違う。
 映画の面白さは、恐竜が動いている、ワー凄い。恐竜が襲ってくる。ヒヤヒヤドキドキ。ヴェロキラプトルという恐竜の新たなスターを生んだ。いわば映画「ジュラシックパーク」は、見世物の、デズニーランドのアトラクションの面白さである。スピルバーグの長所がよく出た映画だった。
 クライトンの原作は、現代知られている最新の科学で、見事に恐竜を再現してみせる。しかも読者に納得させる。クライトンは最新の生物学を、恐竜再現という最もロマンチックな形で描いて見せた。
 まったく惜しい作家を亡くした。ご冥福を祈る。
 この号で編集長が替わるとのこと。新編集長に願うこと。連載は1本。読み切り短編を増やして。現在、月刊のSF専門誌はSFマガジンだけ。国内、海外を問わず、短編SFを安定して供給しているのは同誌だけである。そのことを充分に新編集長には認識していただきたい。 

 星群の会ホームページ連載の「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうかご覧ください。  
 
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