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ほうれん草のキッシュ


 キッシュです。キッシュも色々ありますが、きょうはほうれん草のキッシュにしました。冬はほうれん草がおいしいですね。
 まず、冷凍パイシートを用意します。室温で解凍したら、延べ棒で型にあうようにのばします。型にバターを塗って、パイシートを乗せます。型からはみ出たパイシートは切り取ります。この切り取ったパイシートは、もったいないから、捨てずにいっしょに焼きましょう。ジャムをつけて食べるとおいしいです。型に乗せたパイシートの底をフォークでつついて穴をあけておきます。
 フライパンにバターと刻んだベーコンを入れて炒めます。これにほうれん草を入れて炒めて、塩こしょうで味をつけます。
 型に、炒めたほうれん草とベーコンを入れて、卵、牛乳、生クリームを混ぜ合わせた液を入れて、180度のオーブンで20分焼いて、出来上がりです。
 考えてみますと、このキッシュというお料理、茶碗蒸しと同じですね。どちらも、高熱で卵を固めるお料理。茶碗蒸しが卵にダシで、蒸気で加熱します。キッシュは卵に牛乳生クリームで、オーブンで蒸し焼き。茶碗蒸しが日本料理で、キッシュが西洋料理です。洋の東西は違えども、卵をどう扱うかを考えると、同じようなことを考えるのですね。
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1月30日(金) かみそりの刃ぐらい統一したら


 小生、髭剃りは安全かみそりを使っている。替刃がなくなったから、近くのドラッグストアに買いに行った。売り場に行くと、2枚刃や3枚刃やら色々ある。小生が使っているのは2枚刃だ。2枚刃だったら、どれでもいっしょだろうと思って、手に触れた適当なのを買った。
 家に帰ってホルダーに装着しようとすると合わない。もう一度ドラッグストアの売り場に行って、よく観察すると、ただたんに安全かみそりといっても、実にたくさんの種類がある。その売り場だけでも、メーカーはジレット、フェザー、シックの3社。2枚刃があれば3枚刃もある。で、先に買った替刃と同じジレットのホルダーを買って帰った。合わせてみると今度は合った。
 小生が以前から使っているホルダーもジレットで、アクタス・プラスというホルダー(写真右)。新たに買ったホルダーはセンサー・エクセル(写真左)ご覧のように替刃をくわえる機構の形状が違う。買った替刃はセンサー・エクセルの物だった。安全かみそりの替刃程度の物を買う時は、普通、ホルダーがどこのメーカーのどんなモノかなんて、あんまり気にしない。しかも、このホルダー、両方とも、同じジレット。古いホルダーはまだ使えるのに、替刃がないから使えない。お前が軽率な買い物をした、といわれればその通りだが、なんとかならないものか。
 激烈な宇宙開発競争を展開していたアメリカと旧ソ連。冷戦中で競争はしていても、宇宙船のコネクターなどの接合部分の規格は同じ。だからアメリカとソ連の宇宙船は宇宙でのドッキングが可能。これは万が一宇宙で故障した時に、どちらの宇宙船ででも救援できるため。冷戦時代のソ連とアメリカの宇宙船でさえ規格が統一できたのに、ひげそりの替刃が統一できないはずがない。消費者はこのようなメーカーの勝手で苦労させられてきた。かってのパソコン、ビデオテープ。新世代のDVDはブルーレイに統一したが、これはメーカーの努力ではない。力関係でブルーレイになっただけ。
 カセット式のガスコンロ用ボンベも規格がバラバラだった。本体とボンベが同じメーカーでないと使えなかった。小生は阪神大震災の被災者だが、都市ガスが復旧するまで、カセット式コンロを使っていた。救援物資でコンロをもらうのだが、ボンベがあわず使えないことがあった。この震災の時の教訓で、いまは、規格が統一され、どの本体にどのボンベでも使用可能。このように何かあると、やろうと思えばできるのだ。かみそりメーカー各社もできないはずがない。
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SFマガジン2009年2月号


SFマガジン2009年2月号№634     早川書房

雫石人気カウンター
1 フルーテッド・ガールズ 中原尚哉訳 パオロ・バチガルビ
2 セクシー・ドールまなみちゃん    森奈津子
3 F&M月からN月までを(かろうじて)切り抜けながら
                    新城カズマ
4 小惑星物語             樺山三英

 今号は日本作家特集。SFマガジンの2月号といえば、昔は特大号ということで、通常号より分厚く、日本作家特集ならオールスター総出演だった。今は通常号と同じページ数。日本作家オールスターはさすがに不可能だが、取り上げるべき作家はもっといるはず。それに連載が4本は多い。1本でいい。そのぶん読み切りを増やして欲しい。小生は、小説を雑誌連載時には読まない。読みたければ単行本になってから読む。早川さん、どうかご再考を。
 日本作家特集でありながら、外国人のバチカルビが1位になった。この作品は面白かった。女領主に人体改造された双子の少女の話。これだけ聞くとグロテスクで悪趣味なSFのように思うが、官能的で耽美な小説だ。
 日本作家でトップの森奈津子も、気色の悪い話だが、最後まで読むと、なかなか良い話だ。
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とつぜんリストラ風雪記 21

とつぜんリストラ風雪記20
 
交流プラザで人材紹介会社の使い方を教わる。それまで、いくつかの会社に登録だけはしていたが、積極的に活用していなかった。中高年の場合、登録しておくだけではだめ。こちらから、どんどん接触していかないとこの手の会社は動いてくれない。と、いうわけで、交流プラザに通いながら、せっせと人材紹介会社巡りをした。もちろん、週3回のハローワーク通いも怠っていない。

2004年8月9日(月)
 交流プラザ、今日はパソコンの使い方。小生はこの時期、基本的な使い方はできる。お仲間の人たちも、だいたいのことはできる。
 人材紹介会社W社に登録。

8月10日(火)
 交流プラザ。セミナー方式の集いは今日で終わり。

8月11日(水)
 伊丹ハローワークで、交流プラザのお仲間の人と会う。このような所で、知っている人と会うのはうれしいものだ。求人端末の待ち時間にしばしお話する。この人もご苦労を重ねている様子。お互いの健闘を祈りつつ分かれる。
 宝クジで1万円当たった。ラッキー。少しぐらいは良いこともある。 

8月12日(木)
 D化学から面接の連絡あり。

8月13日(金)
 午前中は梅田ハローワークと、人材紹介会社BK社へ。BK社にて登録。午後は、何社かの人材紹介会社へのメール送信。人材紹介会社には、定期的に出向き、面談する必要がある。それができない時は、メールで紹介の督促をする。常にコンタクトを絶やさないようにしなければならない。
 履歴書と職務経歴書を8通作成する。同じ物を1通書いてコピーすればいいが、そうする場合もあるが、この時は、応募先によって書き分けていたので、手間がかかった。職務経歴書はプリンターで打ち出すから8通でも手間がかからないが、履歴書は可能な限り手書きを心がけた。聞いた話では、なんでも関東の企業だと、履歴書はコピーでも気にしないが、関西の企業に応募する場合は、手書きの方が心証が良いらしい。

8月14日(土)
 アテネオリンピックの開会式を観る。

8月18日(水)
 三宮、阪急会館へ大友克洋に「スティームボーイ」を観に行く。なかなか良かった。スティームパンクだ。

8月21日(土)
 大阪S化学で面接。少々遠い。小生宅から片道2時間。いそがしい会社らしく、残業時間が多いとのこと。面接の感触は良い。遠いことと残業時間の多さを考えれば、もし、内定をもらっても考えものだ。

8月23日(月)
 大阪S化学から、2次面接をいってくる。ところが、この会社、ネットで調べてみると、某新興宗教の友好企業であることが判る。う~ん。

8月24日(火)
 アテネオリンピック野球。日本、先発オクスプリング、抑えウィリアムスのオーストラリアに負ける。オクスプリング、阪神ではダメやったけれど、中日や巨人には勝てんかったけれど、日本には勝ったわけだ。藤本VSウィリアムスという、普通では観れん真剣勝負が観られた。

8月25日(水)
 大阪S化学で2次面接。残業時間は月100時間を超すとのこと。ところが時間外手当は出ない。その場で断る。

8月27日(金)
 交流プラザ、面接の練習をする。

8月29日(日)
 阪神、広島に大勝。これで8連勝。どないしたんや。

8月30日(月)
 大阪は中津の人材紹介会社K社で登録、面談。

8月31日(火)
 今日は一歩も外出せず。自宅で就職活動。ハローワークのサイトで求人検索。3社の人材紹介会社のホームページから求職登録。履歴書、職務経歴書、応募書類に同封する添え状の作成などをする。
 
9月1日(水)
 きょうは忙しかった。掃除機のホースが破損したので、兵庫区のサンヨーに交換用のホースを引き取りに。その足で三宮の人材派遣会社HI社で面談。自宅にホースを置いて、そのまま大阪へ。梅田で昼食。本町のC社で面談。1日に面談を2社以上予定に入れるのは少々きつい。

9月2日(木)
 いくぶん涼しくなってきた。今日は一日中自宅。登録しているのに連絡がまったくない人材紹介会社が何社かある。そういう会社には、こちらから積極的に接触すべき。順々に紹介の督促のメールを送信する。メールでらちがあかないのなら、出向いて面談すべき。ともかく、ほっておいては絶対にダメ。中高年の求職者は、求人がほとんどないから、忘れ去られる。

9月6日(月)
 大阪は塚本のKS電機で面接。電気機器の組み立て。小生の専門分野とは違うが、そんなことはいっていられない。

9月13日(月)
 午前10時と午後2時に人材紹介会社で面談。いずれも大阪。どちらか1軒にするつもりだったが、相手の担当者が、この日のこの時間でないと都合がつかないとのこと。梅田で昼食。時間をつぶすのに苦労する。

9月15日(水)
 西宮ハローワークで久しぶりに1件収穫有り。神戸のMK産業から面接をいってきた。

9月21日(火)
 MK産業で面接。神戸市長田区。常務が面接してくれる。この会社、実は設計者の募集だったけれど、
「私は資材購買の専門家です。御社の今回の募集は設計ですが、御社の資材業務の力になりたく、こうして募集外の業務ながら応募書類を送付させていただきました。なにとぞ面接の機会を下さいますよう、お願い申し上げます」
 との添え状を同封して、履歴書と職務経歴書を送っていた。この案件はハローワークで見つけたが、募集外の職種のため、ハローワークを通さずに応募した。従って、ハローワークの紹介状は送付していない。こういうこともある。だから、ハローワークを頼るだけではなく、情報だけ仕入れて、求職者独自で行動することも肝要である。
 面接すると、相手方は小生の資材購買という業務のほか、コピーライターという前歴に興味を持った様子。資材とコピーという、他ではあまりない合わせワザがどうも効いているようだ。確かな手ごたえを感じて面接を終わる。

 
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1月27日(火) 車は生き物だ

 会社のフォークリフトが持っていかれた。寿命が尽きて廃車となる。しばらくすると新車が納車される。
 フォークリフトの管理責任者としては、会社が新車を購入してくれるのはうれしい。ここ数ヶ月フォークリフトの故障に悩まされてきた。小生の職場ではフォークリフトが無いと仕事ができない。故障するたびに責任者の小生は、現場の人間にどうにかしてくれとの、文句の矢面に立っていた。たびたび会社に新車購入の要請を出していたが、やっと新車が来る。
 このフォークリフトは、小生がこの会社の入社した時から、管理責任者をしていた車である。簡単な故障なら自分で修理し、グリースを注し、月例点検をし、給油して、面倒見てきた車。引き取りに来たトラックに積み込まれ、トラックが会社の門を出るときは、一抹の寂しさを禁じえなかった。
 小生の親父は小さな工場を経営していた。小生も手伝っていた。親父が大手の電子部品メーカーを辞めて、独立して工場を持った時から、ずっと使っていた車がある。初代マツダボンゴ。一見華奢なワンボックスワゴンながら、よく働いた車だった。親父と苦楽をともにした車だ。さすがにポンコツになり、新車を買うことになった。マツダの人に持って行かれるボンゴを、見送る親父が大変に寂しそうにしているのを覚えている。
 かくいう小生もホンダインテグラ1600ZSに10年ほど乗っていた。小生が楽しいことをする時には、いつもいっしょにいてくれる車だった。リストラされた時、その車をガリバーに引き取ってもらった。充分に乗った車だから、売れずに、逆にお金を取られた。スクラップになる運命である。インテグラをガリバーの駐車場に置いて、歩いて帰る時、何度も振り返ってわが愛車を見た。ものすごく寂しかった。
 車は愛情を持って使うと、魂を持ってくるらしい。これら3台の車は、小生の目から見て寂しそうにしていた。車は機械ではない。生き物だ。
 
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ダークナイト


監督 クリストファー・ノーラン
出演 クリスチャン・ベール、ヒース・レジャー、マイケル・ケイン、モーガン・フリーマン

 アメコミ原作のハリウッド製ヒーローもの活劇、ということで、能天気にアハハと笑いながら、映画を観ている2時間とちょっとの時間を、楽しく過ごせばいいや,と軽い気持ちでこの映画を観るとえらい目にあう。
 とんでもなく重いテーマをはらんだ、暗い映画だ。結末はアンハッピーエンドで、主人公のバットマンは重き荷物を背負わされる。胃にもたれて、食欲がなくなるかもしれない。それでは雫石は観るのを止めろといっているのか。いえいえとんでもない。ぜひ観ていただきたい。大変な傑作である。
 スーパーマン、スパイダーマン、フラッシュ・ゴードン、Xメン、そしてバットマンシリーズ。アメコミ原作のハリウッド映画もずいぶん観たが、その手の映画の最高傑作だ。他の作品が束になっても、この映画にかなわないだろう。
 犯罪都市ゴッサム・シティ。富豪ブルース・ウェインはバットマンとなって悪と戦う。そこに最凶の犯罪者ジョーカーが現れた。市警、バットマンとジョーカーの戦いに、さっそうと正義の「光の騎士」が現れた。地方検事ハービー・デント。デントはバットマンのように顔を隠さずに悪と戦う、市民に認知されたヒーローである。それに比べてバットマンは法の外で悪と戦う。いわばならず者といっていい存在。そんなバットマンにジョーカーがいう。「お前がいるから俺がいる」
 バットマンは富豪ウェインが、趣味でやっているヒーローである。非合法の騎士ダークナイト闇の騎士である。ジョーカーは金目当てで犯罪をしているのではない。犯罪することそのものが目的。いや、ジョーカーそのものが犯罪、悪の権化である。いわばバットマンとジョーカーは表裏一体。目盛りの針がこっちに振れたのがバットマン。あっちに振れたのがジョーカ-。この両者の間に入ってきたのが、正々堂々を悪と戦う市民に選ばれた地方検事ハービー・デント。映画は「正義」とは「悪」とは何かを、常に観客に問い続けながら、大きな悲劇に向かって突っ走る。
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うどんすき


 今夜の鍋はうどんすきや。うどんすきは大阪の料亭「美々卯」が発祥の店で有名やけど、今夜は美々卯に負けへんうどんすきを作ったろやないか。
 うどんすき用の鍋は、アルミで平べったい第2次大戦のイギリス軍のヘルメットみたいな鍋やけど、あれはうどんを鍋のへりにそって、引きずり出しやすいようになってるんや。ワシとこには、そんな鍋は無いさかい、普通の土鍋を使う。
 うどんすきで一番大事なんはなんちゅうても、ダシやな。昆布と鰹節でちゃんと
ダシとらなあかんで。昆布は羅臼を使うた。利尻の方が澄んだダシが取れるけど、羅臼の方が旨味が濃いダシが出るで。羅臼は高いけど、ここはひとつフンパツや。日高なんかの安もんの昆布でもええけど、日高でダシとると白く濁るで。昆布は1~2時間以上は水につけて置いて、じっくり加熱するんや。ぶわっと強火で急に沸騰させたらあかん。ゆっくり昆布が温まっていくあいだに、じんわりと旨味が出るんや。弱火でゆっくりな。
 沸騰ちょっと前までいったら昆布を取り出す。そこに厚削りの削り節を入れる。ワシはヤマキの「業務用だし」ちゅう混合厚削り節を使うとる。いろいろ試したけどこれがワシの口におうとる。これをグツグツ煮出す。泉が湧き出るように煮出すんや。そやな7分ぐらい煮るなワシは。これで旨味が充分に出たら、次は香りや。薄く削った花かつおをひとつかみ入れて、加熱、今度は煮出さずに、すぐ火を止める。そして濾す。ダシのとり方はいろんな流儀があるけど、これがワシのうどんすきのダシのとり方や。ワシかて、吸いもんの時、うどん蕎麦の時、煮物ダシの時、それぞれダシのとり方を変えとるで。
 そして味つけや。味つけはワシんとこ秘伝の「かえし」を使う。ワシはうどんや蕎麦を食うときのために「かえし」を常にストックしとるんや。うどん用は薄口醤油と味醂、蕎麦用は濃口醤油と味醂を同量、壷にいれて置いとる。今回はうどん用のかえしを使う。さて、これでダシが出来た。
 で、中身やがな。まず肝心のうどん。太目の煮込み用讃岐うどんを用意した。他の具は、鶏もも肉、焼きあなご、サワラ、椎茸、湯葉、白菜。鶏ももはワシがいつもやっていることやけど、皮をあぶって軽く焦げ目をつける。照り焼きや唐揚げの時はええけど、鶏もも肉を煮て食べる時は、皮目をあぶったほうが、絶対おいしいで。香ばしくなって、鶏が苦手な人もおいしゅうに食べられる。なに、そんなに手間やあらへん。ガスレンジ付属の魚焼きグリルに入れとくだけや。
 さてさて、鍋が煮えてきたみたいや。桜正宗を燗しよか。
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辛子蓮根


 辛子蓮根である。熊本名物である。熊本県は友人もいないし、行ったことは、高校の修学旅行で阿蘇に行っただけ。熊本に用の有る知人もいない。ようするに、熊本県は小生とはあまり縁のない土地。だから辛子蓮根は人からもらった事もないし、食べたこともない。作るのも今回が初めて。
 で、いろいろと調べて作ってみた。小生の知人で、以前に辛子蓮根を作ったご仁がいて、そのご仁、自分が作った辛子蓮根は辛くて食べられなかったとのこと。さてさて、小生が初めて作った辛子蓮根はどうかな。おっと、忘れ物をしていた。酒屋に買い物に行かなくては。熊本名物辛子蓮根を食べるのだから、酒は球磨焼酎でなくては。球磨焼酎を買いに行こう。

 星群ホームページ連載の雫石鉄也担当「SFマガジン思い出帳」が更新されました。どうぞご覧になってください。
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1月23日(金) クレーンの操作


 朝焼けにたたずむクレーンである。このクレーンはジブクレーンという種類。小生はクレーン操作の資格を持っているが、この手のジブクレーンは操作できない。小生の資格で操作できるのは、床上操作式のクレーン。工場の天井などに設置されていて、押しボタンのペンダントスイッチで操作するクレーンだ。
 ペンダントスイッチには上下東西南北のボタンが付いていて、そのボタンを押すとクレーンはその通り動く。簡単そうだが、これがけっこう難しい。資格を取るのに学科試験と実技試験があるが、実技試験で不合格になる人もいる。
 工場の天井に沿ってレールがはわせてある。そのレールの上で、ホイストが東西南北に移動する。ホイストからはワイヤーとペンダントスイッチが、ぶら下がっていて、ワイヤーの先にはフックがついている。このフックに玉掛けワイヤーを引っ掛けて荷を扱うわけ。ちなみに、このフックは作業していない時は,2m以上に巻き上げておかなくてはいけないのだが、それを忘れる作業者がいる。そのフックに頭をぶつける事故が発生することがある。5トンや10トンの重量物を吊り上げる鉄のフックである。生身の人間の頭に当たれば無事ではすまない。こういう所を歩く時はヘルメットが必ず必要である。
 このクレーン、ボタンを押せば押したボタンの通り動くのだから、簡単そうだが、慣れないと操作が難しい。
 なんトンという荷をワイヤーにぶら下げて南のボタンを押す。すると天井のホイストは南に動く。荷は慣性の法則でその場で静止したがる。しばらくすると、ワイヤーに引っ張られて荷も南へ。ホイストが先行し、荷は少し遅れて南へ移動する。
 目的地に着いたからボタンから指を離す。ホイストは止まる。ところが、荷は、今度はそのまま行こうとする。その先に何かあると荷はそれに衝突。こういう事故を防ぐため、目的地の少し手前でホイストを止める。荷がホイストを追い抜こうとした瞬間に、南のボタンを、荷が移動した分だけ押す。するとワイヤーが垂直になる。そのままで目的地につける。
 熟練した人は、起動から停止まで、ワイヤーが垂直のままで、荷をぴたりと目的地に着ける。
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ディスコ探偵水曜日


舞城王太郎    新潮社

 うっへー。えらい本に手をつけてしもた。ものすごくぶっとい。上下巻で、上巻621頁。下巻452頁。上巻は雑誌新潮に連載していたもの。下巻は1050枚の書き下ろし。上下合わせて3000枚ぐらいになるのではないか。
 昨年の12月から読みはじめて、今年になってやっと読み終えた。足掛け2年もかかってしまった。ともかく稀有な読書体験をさせられた。
 とにかく、読んでも読んでも読み終わらない。話はぐじゃぐじゃでよう判らん。それでも、わけのわからん妙な流れがあって、先へ先へと読まされる。まるで、深い深い日本海溝の底にある乱泥流に巻き込まれて、真っ暗闇の中を流されて行くみたい。ふ~、しんどかった。
 迷子探し専門の探偵ディスコ・ウェンズデイが、6歳の少女梢を預かることになった。ところが、時空を越えて17歳の梢が出現。さらにさらに、14歳の桔梗なる女の子まで。そして梢が行方不明に。
 梢の行方を求めて、ディスコは天下無敵の水星Cなる和菓子職人と福井県のパインハウスなる玄妙な館に。館の主は推理作家の暗病院終了。暗病院はすでに死亡している。
 パインハウスに集うのは、大爆笑カレー、美神二瑠主、ジュディ・ドールハウス、蝶空寺快楽、豆源、猫猫にゃんにゃんにゃん、などという珍妙怪奇な名探偵ども。暗病院の死を巡って、上巻は名探偵たちの摩訶不思議な推理合戦が繰り広げられる。上巻は本格ミステリーの様相。
 下巻は一転してSF?仕立て。次々と繰り出される宇宙論。時間と空間を自在に操りながら、物語は着地点と思われるところに着地する。
 よー判らん小説だったが、これだけは判った。この物語は、アメリカ人探偵ディスコ・ウェンズディの少女梢に対する純愛の物語である。と、いうことはこの小説は21世紀の「ロリータ」ではないか。ウラジミール・ナバコフの「ロリータ」もぶっとくてよー判らん小説だったが、ぶっとくてよーわからんことでは、この小説は負けていない。
読みほす。」のまくらさんのように、舞城にはまる人にとっては大傑作だろう。しかし、舞城を受け付けない人は、小生と同じ苦労を味わうだろう。そのへんのことを、どうかお覚悟の上、お読みいただきたい。

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助手席の女

 対向車とすれ違う、ほんの一瞬のできごとであった。その車の助手席に彼女が座っていた。運転していた男の陰にかくれて、顔が半分しか見えなかったが、間違いなく彼女だった。あれから3年の歳月が流れたが、ちらっと見えた横顔はあいかわらず美しかった。
 彼女は3年前の夏、あらゆるマスコミ媒体、広告媒体に、さっそうと登場して、アイドルなる存在になるはずであった。そして、私はヒットメーカーのCMプロデューサーになるはずであった。
 チラシ、カタログ制作専門の零細広告プロダクションのコピーライターだった私は、いつか全国区のクライアントをつかみ、メディアミックスの大がかりなキャンペーンを手がけるのが夢だった。
 デザイナー、事務員兼イラストレーター、社長、私。たった4人のプロダクションで、チラシやカタログのコピー作成、POPの企画など。細かい仕事の連続。仕事があればいい。あってもせいぜい商店街の大売出しのチラシの仕事だ。なにもすることがなく日がな1日、資料調べと称して図書館ですごしたこともたびたび。私のクリエイター生活はうつうつとしたものだった。
 あるコンテストに応募したことが転機だった。広告専門の出版社がやっているコピーのコンテストに応募した。金賞を取った。審査委員長をやっていた有名なコピーライターが自分の会社に来ないかと誘ってくれた。もちろん誘いに応じた。
 初めてマスコミ広告の仕事をした。電卓のコピーを書いた。全国紙の夕刊、テレビ欄の下に、私がコピーを創った広告が掲載された。それは生まれてから最もうれしい瞬間だった。
 さらにうれしいことに、その電卓の広告はシリーズ化され、私は大手の広告代理店D社にヘッドハンティングされた。
 その後、コーディネーターとしての才能も認められ、いちコピーライターから、キャンペーン全体を構築するプロデューサーへと昇格した。そして、私は、大手の化粧品メーカーの夏のキャンペーンを手がけることになった。
 まず、イメージガールの選択から始めた。クライアントは、トップの資生堂を、このキャンペーンによって一気に追い抜く野望を持っていた。そのため、キャンペーンの顔ともいうべき、イメージガールの選択は最も大切な仕事だ。
 今までのイメージガールたち、前田美波里、夏目雅子、アグネス・ラム、たちを大きく凌駕するイメージガールでなくてはならない。彼女は─。
 基本コンセプトの設定。テレビCMの絵コンテの作成、新聞、雑誌広告のサムネール作成、テレビ、ラジオの時間とり、新聞、雑誌のスペースの確保、CMソングの作詞作曲、各スタッフの手配。あらゆる作業が着々と進行していったが、最も大切なイメージガールの選択だけは、最後まで難航した。
 追い抜いた車の助手席で彼女を見た。
 信号で止まった時、その場で本人と、車を運転していた父親を説得して、かっさらうように彼女を会社に連れて行った。私の上司も、クライアントも、彼女にあって即座にOKした。
 ただちにCMの撮影、ポスターの撮影に取りかかった。それと同時に芸能マスコミに対するパブリシティも行った。週刊誌に水着のグラビアが掲載された。これをきっかけに、新しいグラビアアイドルとなった。
 そしてキャンペーン開始。あっという間に彼女は、名前と顔が知られた。
 映画の出演、CDの発売も決まり、写真集はベストセラーとなった。彼女がスーパースターの座につくことは、間違いなかった。
 彼女を助手席に乗せている時、私は事故を起こした。前を走る車に激突。私は軽傷ですんだが、彼女は顔に整形不可能な重傷を負った。
 旬のアイドルが、発掘してくれた恩人のCMプロジューサーの車に同乗。事故で再起不能の重傷。芸能マスコミの格好の餌食だ。まず、私と彼女の仲を疑われた。二人は男女の関係か?車でどこへ行こうとしたのか。彼女に来ている山のような仕事はどうなる。そのうち、彼女と私の過去をあること、ないことを書きたて始めた。
 クライアントの化粧品メーカーはイメージガールの変更を要求してきた。もちろん重傷の彼女にその仕事は続けられない。キャンペーンは別のイメージガールを起用して続けたが、結果は大失敗であった。クライアントは代理店の変更を告げてきた。私はD社を辞めた。
 あれから3年─。
 さっき見た彼女の横顔は美しかった。すると彼女の顔は……。
 Uターンした。確かめよう。あれは彼女か?しばらく追跡すると、その車のテールランプが見えてきた。ラジオが女性シンガーの曲を流し始めた。彼女の声だった。それに気をとられた。激突。
 うすれ行く意識の中で、その車のドライバーが見えた。私だった。
 追突のショックで、助手席に置いてあった、商店街の大売出しのチラシの原稿が、車外へ飛んで行った。
 
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1月20日(火) コンビニがデパートに勝つ

 コンビニが売上げでデパートを追い抜いた。当然だろう。小生はいずれこうなると思っていた。デパートなる販売方法は完全に時代遅れといっていい。なん階建てもの巨大なビルに、絢爛豪華な売り場がずらり。そこで売られているのは、あこがれの高級品。お相手をしてくれるのは、きれいなおねえちゃん。
「男はつらいよ」の寅さんのセリフに「紅おしろいつけた、白木屋黒木屋のおねえちゃんに、くださいちょうだいといったところで、1万円を下らない品物だ」というのがあるが、要するにデパートとは高級品をきれいなおねえちゃんが売っている所だったのだ。で、デパートの有る場所は、大阪の梅田や神戸なら三宮といった繁華街。電車に乗って行く。電車に乗って繁華街に行くのだから、あまり恥ずかしいかっこうはできない。それなりの服装で出かけるわけ。
 子供のころはデパートへ行くのは行楽だった。きれいな服を着て、電車に乗って三宮か梅田に出かける。お母さんお父さんが買い物して、ボクにもオモチャ売り場で好きな物を買ってくれる。屋上の遊園地でちょっと遊んで、食堂で豪華な昼食を食べる。食堂の前のディスプレイウンドウの前で、さあ何を食べようかなと迷っている時の楽しさ。デパートは「ハレ」のもの、非日常のワクワクする所だった。
 コンビニで売っているものは、おにぎり、お菓子、文房具、週刊誌、新聞、タバコなどなど。日常使うこまごました物ばかり。店員はアルバイトのおにいちゃん、おねえちゃん。アルバイトのおねえちゃんにもべっぴんはいるかも知れないが。ある場所は家のすぐ近所。歩いて行ける。夏ならランニングシャツに短パンにサンダルで行ってもかまわない。コンビニは「ケ」のもの。日常の生活に直結した所だ。 昭和30年40年代は、まだまだ「戦後」だった。欲しい物がいっぱいの時代だった。3C(カー、カラーテレビ、クーラー)などといわれていた時代だった。そんな欲しい物がぎっしり詰まった所がデパートだった、デパートに行くたびに生活は豊かになっていくように見えた時代だった。そして豊かになった。物質だけは。欲しい物はみ~んな手に入った。あとは、消耗品を補充するだけ。
 日本人はやっと戦後の飢えから解放された。満腹した。もうこれ以上入らない。ゲップ。物が売れなくて当然なのだ。デパートは「豊かさ」を買う所、コンビニは「生活」を買う所。「豊かさ」には終わりがある。「生活」はいつまでも続く。
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スターウォーズ エピソード3 シスの復讐


監督 ジョージ・ルーカス
出演 ユアン・マクレガー ナタリー・ポートマン ヘイデン・クリステンセン

 以前から欲しいと思っていた、この映画のDVDを手に入れた。これで、スターウォーズシリーズ全6作のDVDが手元に揃った。昨夜観た。思えば1978年の第1作「エピソード4」の日本公開から30年経った。ハリウッドでこういうSF映画が製作されていることは、SFマガジンの「トータルスコープ」のページや、ファンダムの噂で知っていた。
 小生はSFファンでありながら、SF映画には点が辛く、あまり良い点をつけたことがない。このジャンルには「2001年宇宙の旅」という、遥に仰ぎ見る巨峰が存在するため、どうしても判断基準が高くなってしまうのは致し方ないだろう。だから、「惑星大戦争」(SFマガジンで初めて紹介された時は、こういう題名の映画だとされていた)には、あまり期待はしていなかった。ジョージ・ルーカスという監督も知らなかったし。ところが日本公開に先立って、先に海外で観た友人がいた。当時まだ作家デビュー前で海外青年協力隊だった谷甲州である。甲州がいうことには、ともかく大変なスピード感の映画で、ものすごく面白かったとのこと。羨ましがらせやがって甲州め。
 そして1978年の夏だったと記憶する。SF仲間と大阪は梅田の紀伊国屋の大きなテレビの前で待ち合わせて観に行った。小生の記憶に間違いがなければOS劇場だった。「2001年宇宙の旅」もこの劇場で一人で観たが、感動のあまり腰が抜けて座席から立ち上がれなかった。ところが、スターウォーズの時は、お仲間みんなで思わず拍手していた。場内を見ると同じように拍手している連中がいる。どっかで見た連中だから、小生たちとは違うサークルのSFファンどもだろう。映画のあと、みなで飲みに行った。もちろん、今観た映画スターウォーズの話題で大盛り上がり。興奮しながらルークだソロだレイアだと、スターウォーズを肴に飲むわ食うわの大宴会。
 その後、「帝国の逆襲」「ジェダイの復讐」と、封切りされるたび、お仲間と連れ立って観に行き、観終わった後大宴会というパターンが続いた。このシリーズはこういう観方が正解ではないだろうか。
「ジェダイの復讐」でルークがジャバに処刑される寸前、R2がライトサーバーを空中に放り投げ、ルークがそれを受け取り、ジャバの手下をバッタバッタと斬り倒すシーンなどは、場内で拍手がおこり、「待ってました」の声がかかった。映画上映中にスクリーンに向かって、「待ってました」の声がかかるのは、東映の「昭和残侠伝」で高倉健の花田秀次郎と、池部良の風間重吉の、肩を並べて男同士の相合傘で、殴りこみに行くシーンしか、それまで知らなかった。
 で、肝心の「シスの復讐」だが、星群ホームページの「とつぜんコラム№50」に感想を書いたから、ここでは割愛するが、ただ、昨日観終わって、映像のすごさに改めて感動した。映像的に優れた映画は他にもあるだろう。ただ、SFの楽しさ面白さを目の前に映像として見せてくれた映画はスターウォーズシリーズが最高ではないだろうか。SFの哲学、思想を映像としてくれたのは「2001年宇宙の旅」だから、この2本の映画は、今のところSF映画の双璧をなすと、小生は思うのだが。
  
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タラの昆布蒸し


 料理の加熱方法は、焼く、煮る、炒める、チンする、と色々あるが、「蒸す」という加熱方法が、最も素材の味を残す加熱法ではないだろうか。電子レンジの「チン」すると、蒸すは一見似ているが、出来た料理はだんぜん蒸した方がおいしい。
 例えば棒棒鶏を作る時、チンと蒸しを食べ比べれば判るが、蒸した方が鶏肉のおいしさがよく出ている。なぜか判らない。チンはマイクロ波で食品を構成する分子を振動させて、摩擦熱で加熱している。蒸しは高温の水蒸気で加熱しているわけ。チンは食品そのものを発熱させているのに対して、蒸しは水蒸気で、覆い包むように加熱している。蒸す方が素材のおいしさが、外に出にくいのだろう。
 さて、これはタラの昆布蒸し。小生は魚の食べ方では、この昆布蒸しが、最もおいしい食べ方のひとつ(おかしな日本語)だと思う。季節季節の旬の魚を昆布蒸しにして楽しんでいる。春の鯛。夏の鮎。冬にはカキでやってもおいしい。
 生タラに軽く塩。昆布に酒を刷毛で塗る。タラを昆布で包む。そして、それを竹の皮で包んで、強火で15分蒸す。ポン酢で食べる。
 何よりも大切なことは、竹の皮で包むこと。間違ってもアルミホイルなんかで包んで蒸してはいけない。水蒸気が通らないし、アルミホイルはタラに何も与えない。竹の皮だと、竹のいい香りがタラに移っておいしい。
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忘れないために


 今日の朝食はカップヌードル。わが家の1月17日の朝食は、毎年、カップヌードルと決まっている。
 14年前の今日、私の愛する神戸が破壊された。被災者だったころ、一番よく食べたのがカップヌードル。あの大震災を忘れないために、1月17日の朝食はカップヌードル。
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