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大晦日です。

 大晦日です。2009年も今日で終わりです。おかげさまで、この1年、このブログは1日も休まず更新することができました。これもご覧くださる読者の存在がなによりの励ましです。ありがとうございました。
 毎日更新できましたが、別にそれを意識していません。石にかじりついても、意地でも毎日更新するぞ、と、心に決めたわけでは決してありません。病気して身体が動かなければ寝ていますし、用事があればそれを優先しますし、深酒して泥酔すれば酔いつぶれます。
 1年間、寝込むことはありませんでしたが、用事はそれなりにありました。それでも、1日のうちでブログ更新の時間が毎日取れたということです。これは大変にありがたいことです。それだけ、健康で平穏な日々が送られたということです。
 アメリカの大統領が変ったり、日本では政権交代が実現したり、新型インフルエンザが大流行したりと、なにかと騒がしい1年でしたが、とにもかくにも2009年はこれで終ります。年が改まったとて、懸案事項がすべてリセットされて、ゼロからやり直せるわけではありません。それでも、気持ちだけでも切り替えることができます。気分良く2010年を過ごしたいものです。
 では、みなさん、良いお年を。
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きょうからお休み。部屋の整理をする

 きょうからお休みなり。起床は定刻午前4時。休みぐらいゆっくり寝たらいいかもしれないが、小生、寝坊というものができない体質になってしまった。困ったもんだ。
 布団から出たのは4時だけど、目が覚めたのは3時ごろ。3時に起きてゴソゴソやると家人を起こしてしまう。それはかわいそう。枕元に電気スタンドを引っ張ってきて本を読む。
 4時から5時まで少し原稿を書く。5時から朝めしを作る。今朝は神戸ソバめし。今日は休日だから、週末料理人の小生がめしを作る。ちなみにおせちは週末料理人は手がけない。家人の仕事なり。
 7時からテレビでニュースなど観る。あまり面白きこともなし。8時から部屋の整理。不要のガラクタ、本を処分する。いつか使うかも知れんと思って本棚とタンスの隙間にさまざまなモノを突っこんでいたが、ゴミの巣窟と化している。有機物が堆積して、新たな生命が誕生して、そいつが進化して文明が勃興しそうなので、ゴミの巣窟を一斉ガサ入れ。地球上に人類以外の知的生物の発生は未然に防がれた。「いつか使うかも知れん」そんないつかはまず来ない。今後は不用品はその場で廃却するとしよう。
 本を処分するのはやはり気が引ける。小生、今まで、蔵書の大整理を3度やった。1度は独身の時の引越しで。2度目は結婚して新居に入居した時。3度目は阪神大震災の時。一番沢山本を持っている時と比べたら3分の1以下になってしまった。ほんとは読んだ本は全部保存しておいて、ずらりと蔵書が並んだ書斎で、う~むとうなりながら次作の構想などを練る巨匠、というテイをやってみたいが、ウサギ小屋マンションではそうもいかず、定期的に本の小整理を行う必要がある。本は買わずに図書館で借りればいいという人もいるが、小生、いつまでに読まなならん、という具合に期限を決められて本を読むのは嫌いゆえ、読む本は全て購入している。困ったもんだ。
 部屋の整理を終え、散歩に出る。休みだからといって家でゴロゴロしていると体重増加の因となる。東へ。市境を越えて芦屋市内を歩く。お寺の境内で餅つきをやっていた。良いお天気なり。気持ちの良い散歩であった。
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メタボおやじの正月休み

 ううさむ。さむおまんな。暮れの29日。ワシの勤務先もきょうが仕事納めや。おしつまりましたなあ。あと3日で正月や。「あといくつ寝るとお正月~」ちゅう歌があったけど、正月が楽しいのも子供のうちだけやな。子供やったら、お年玉がもらえるけど、大人になったら、お年玉をやらにゃあかん。
 正月ちゅうたって、貧乏人ゆえ別に予定はないで。新型インフルエンザがはやっとるさかい、人がようけおるとこに行くのはさけよう思うとるさけえ、初詣にもいかへんつもりや。十日エビスだけは行くつもりやけど。ちゅうわけで寝正月ちゅうことになるけど、血圧高めで、糖尿の心配ありのメタボおやじとしては、食っちゃ寝食っちゃ寝しとったら体重が増えてしまう。困ったもんだまったく。
 うう、年明けの5日までの過ごし方を考えにゃあかん。メタボおやじにとっちゃ正月は楽なのか苦なのか。

 正月や 金はなくとも 脂肪が貯まる
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重力ピエロ


監督 森淳一
出演 加瀬亮、岡田将生、小日向文世、鈴木京香、吉高由里子

 グラフィティアート、連続放火、DNAの塩基配列、生命科学者の兄、絵の上手な弟、美しい亡き母、優しく強い癌の父、24年前の連続強姦事件、ストーカーナツコ。
 映画が始まって初めてのセリフが「ハルが2階から落ちてきた」そして一見、なんの脈絡もないこれらの事柄が、ばっと散りばめられる。この散りばめられたピースが、だんだんとつながりだして、そしてジグソーパズルが完成する。そして、映画の最後のセリフも「ハルが2階から落ちてきた」
 泉水と春の兄弟。優しく理科系の兄泉水、フリーターで少し影がある弟春。二人を優しく包む養蜂家の父。この3人、強い絆で結ばれた「最強の家族」
 仙台市内で連続放火事件。現場には必ずグラフィックアート=落書きがある。春はこの落書きを消すアルバイトをしている。兄弟はこの落書きと放火現場の関連に気がつき、放火犯を捕らえようとする。そしてそこに不思議なサインを見いだした。
 24年前、仙台市内で連続強姦事件があった。犯人は当時高校生。その犯人が成人して仙台に舞い戻り、よからぬ商売をしている。この放火事件と強姦事件に関連はあるのか。二つの事件をつなぐパイプ役がストーカーナツコ。
 伊坂幸太郎作品の映画化だが、いつものように謎を散らばらしておいて、まとめて一つの絵にして、な~るほど、こうなったのか、と感心させられるべき映画ではあるが、今回は「な~るほど」度が低かった。
 父があまりにも出来すぎくんで、ちょっと現実離れしている。あそこまで寛容で優しいと人間離れしている。もう少し人間臭さを持った父であればよかった。
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ローストチキン

 
少し遅れたけれど、クリスマスということでローストチキンを焼いた。小生は別にキリスト教徒ではないけれど、クリスマスにはクリスマスらしい料理をしたいものだ。ほんとは鶏一羽丸ごと丸ごと焼きたいところだけれど、ウチみたいな小家族では食べきれず残してしまう。もったいないから、鶏の足を使った。
 作り方はいたって簡単。鶏肉に塩して2時間ほど置く。こしょうを振り、バターを塗る。電気オーブンのグリル機能で30分焼く。肉を裏返してさらに30分。これでできあがり。手で持ってかぶりつこう。骨つきの肉はおいしいのだ。
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味噌煮こみうどん


 うう、さむおまんな。こないに寒い朝はグツグツしとる煮込みうどんがなによりのごっそうや。それに味噌はあったまるさかい、味噌をつこうた煮込みうどんがええな。ちゅうわけで味噌煮こみうどんを作る。名古屋の名物やけど、うまいもんはワシら関西人が食うてもうまいんや。
 ダシは昆布と削り節で取るんや。昆布は利尻をつこうた。昆布は一晩水に漬けておいて火にかける。沸騰直前に取り出すんや。で、削り節やがな、吸いもんのダシやったら、薄く削った鰹節を湯にいれて沸騰する前に火を止めて、さっとダシを取るんやが、麺類のダシは削り節をぐつぐつ煮出すんや。そのため厚削りの削り節を使う。ワシはヤマキの業務用ちゅう削り節をつこうとる。アクがぎょうさん出るさかい、ていねいにアク取りするんやで。ダシに削り節のえぐみを出さずに、濃厚な旨味だけを出すようにするんや。
 そんで具やけどな、干し椎茸、青ネギ、鶏もも肉、あぶらあげ。干し椎茸は一晩水につけて戻しておく。鶏もも肉は皮目をあぶって軽く焦げ目をつける。あぶらあげは熱湯をかけて油抜きをするんや。
 小鍋にダシを入れうどんを入れる。ほんまは。名古屋まで味噌煮こみ用の麺を買いに行きたいところやけど、近くのスーパーで普通の煮込み用のうどんを買うてきたわ。具を入れ、八丁味噌を溶かす。かくし味にすりにんにくを少し入れるとおいしいで。最後に卵を1個ポンと入れたらできあがりや。
 ずずずず、はふはふ いいながら食お。
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とつぜんSFノート 第2回

 小生が、自分がSF者であることを自覚したのは、小学校の5年か6年ごろだったと記憶する。
 小生は、子供のころ、特に勉強のできる子ではなかった。劣等生ではなかったが、優等生ではなかった。ただ、理科だけは非常に良くできた。特に生き物好きな子だったので生物系がよくできた、
 学年で一番の子、関西の名門進学校灘中学校に進学したS君という子がいた。この子は算数、国語、社会など主要科目で常に学年で一番で、学校を代表する優等生だった。ところがこのS君、理科だけはどうしても2番だった。理科は常に小生が学年で一番だった。「理科は雫石君にどうしても勝てない」と、いわれていた。
 小生は本が好きな子でもあった。図鑑類をながめて喜んでいた。また、生き物好きゆえ、ファーブル昆虫記、シートン動物記を好んで読んでいた。生き物好きが、のちに大学への進学先に水産学科を選ばせたのだろう。それよりも、理科好き本好きという資質が、その後の小生の人生に大きく影響している。
 理科が好きで、本が好き。こういう子供が長じてSF者となるのは、ある意味必然的なことではないだろうか。まさしく小生はそういう子供だったのである。
 小学校の南側に小さな川、というより溝だな、この溝には、ガムシ、タイコウチ、水カマキリ、ヤゴなどの水棲昆虫がたくさんいた。運が良いとタガメ、ゲンゴロウといったあこがれの昆虫と出会えることもあった。小生の休み時間や放課後のすごし方は、この溝での虫とりですごすことが多かった。もちろんクラスメイトと校庭で相撲をとったり、こんな遊びもした。また、学校のすぐ北側には六甲の山々が連なっている。だから、放課後は学校の裏山、保久良神社や金鳥山へ足を伸ばすこともできた。
 こんなアウトドアの遊びもしたが、本好きゆえ、学校の図書室ですごす時間も多かった。その小学校の図書室で非常に魅力的な本に出会った。どこの出版社の本か思い出せないが、児童向けの空想科学小説だった。
 その本の口絵に魅了された。どことも知れぬ異星の風景。その風景の中で光線銃を手にして宇宙服を着た少年が、この世のものならぬ怪物と対峙している。怪物は今まさに少年に襲いかからんとしている。たぶんハインラインのジュビナイルだと思う。こんな世界があるのか。自分がいるこの世界とはまったく違う世界がある。異世界を垣間見る喜びを知った。
 あとで知ったことだが、それが「えすえふ」と呼ばれているものであった。
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人間の一生は無限ではない

 人間の一生は無限ではない。有限だ。生き物は必ず死ぬ。人間も生き物だから死ぬ。永遠に生きることはできない。だから、人間、一生のうちでできることに限りが有る。
 食べる物も限られている。本もそんなにたくさん読めない。映画も、すべての映画を観れない。今、生存している人全員と知り合いになることは不可能。だから、歳を取ってくると、1回の食事、1冊の本、一人の人物との出会いが大切になってくる。なにせ限りがあるのだ。まずい物を食う時間はない。くだらない本を読む、アホと交流する、といった余裕は無いはず。と、なると、優れたモノを見抜く眼力が必要だ。試行錯誤する時間はあまりない。愚劣なモノ、人と接して貴重な残り時間をムダに過ごすことはさけたい。
 こういう眼力を身につけるためには勉強しなくてはならない。試行錯誤を繰り返し、たっぷりと寄り道もして経験を積まなくてはだめだ。いろんなモノを食べ、手当たり次第に本を読み、できるだけたくさんの人と接することが必要。仕込みが大切である。
 矛盾しているのである。だから、どこかで、仕込みと厳選を切り替えなければならない。人生のどの時点で切り替えるかが問題だ。人間、一生勉強だ、という人もいる。勉強だといって、愚劣なものにばかりに接しただけで死んでしまうのは虚しい。難しい問題だ。
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ハローワークの案件は玉石混合。石に気をつけよう

 失業して最も頼りにするのがハローワークである。再就職支援会社、人材紹介会社、新聞広告、求人チラシ、求人情報の入手方法はいろいろあるが、求職活動のメインはやはりハローワークであろう。小生も、求職活動中はハローワークの活用が活動のメインだった。
 経験者だからいうが、職を求めてハローワークへ行く者は必死である。生きていかなくてはならない。家族を養っていかなくてはならない。だから、ハローワークの求人案件で少しでも望みのある案件には必死で食い下がる。ところが、ハローワークで提供される案件は、正直、玉石混合だ。
 ハローワークで、これはと思う案件を見つけ、面接に行くと、採用してやるからわが社の株を買え、という話があるそうだ、なんでも、わが社は近々株式を上場する。ついては株主になってくれれば正社員にしてやる、といわれてお金を出した。ところが採用されない。株式は上場されない。お金は返してもらえない。詐欺ではないか。
 ハローワークは企業からいって来る求人は、無条件で求職者に提供される。小生も、かなりの案件をハローワークで見つけて応募、面接をした。ほとんどはまともな企業だったが、いかがわしい企業に遭遇したことも、何度かあった。
面接に行き、ヤバイと思って面接を受けずに帰ったこともある。交通費と時間の損。失業者にとっては大きな痛手だ。
 ハローワークは求人をいってくる企業を無条件で求職者に提示するのではなく、なんらかのフィルターを通す必要があるのではないか。悪質な企業が存在することは承知しているが、全部を調査するのは困難、と、ハローワークの担当者はいっている。
 小生もハローワークにはさんざんお世話になった。窓口で相談に乗ってくれた職員には、親身になっていただき感謝している。ところが、ハローワークには窓口の人以外にも、奥で仕事らしきことをしている人もいる。ずいぶんヒマそうな人も多々見かけた。外から見てヒマそうに見えるだけで、本当は多忙を極めていて、小生が見かけた時はたまたま忙中閑有りだったかも知れないが、万が一お手すきなら、そういう調査をハローワークでやるべきだと思うが。
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真田剣流


白土三平     小学館

 この漫画の主人公は人間ではない。とりあえず、物語の中心になって動くのは桔梗という少女だが、彼女がストーリーを駆動しているわけではない。主人公は術である。人を呪い殺す呪術が主人公。怪人暗夜軒が操る「丑三の術」がこの漫画の主人公である。
 かといって、本作はオカルト漫画ではない。忍者漫画である。白土三平は日本の忍者漫画の第一人者、といっても多くの人が賛成してくれるだろう。その白土の漫画の忍術は念力や心霊といった、人知の外の原理で行う術は出てこない。必ず科学的な裏付けがある。忍術を出した後には、図解入りで詳しく科学的な解説をしてくれる。それが白土漫画の魅力でもある。もちろん、本作の主人公「丑三の術」もタネがある。呪いで人は殺せない。この「丑三の術」の正体は何か、というのが本作の駆動力だ。
 時代は関が原の合戦が終って、大阪の陣まで。徳川家康が天下を握ったが、豊臣家は存続し、徳川の天下は安泰ではない。そんなおり、浅野長政、真田昌幸、堀尾吉晴、加藤清正といった豊臣方の有力大名が次々謎の死をとげる。暗殺だ。みんな暗夜軒が操る「丑三の術」によって殺されている。この術をかけられれば必ず死ぬ。いかに厳重な警戒をしていても防御不可能。
 育ての親をこの術で殺された野生の少女桔梗は、仇、暗夜軒を追う途中で、猿飛、霧隠たち真田幸村の家来たちと知り合う。桔梗は猿飛たちに真田剣流の秘太刀を伝授される。
 桔梗の仇討ちを軸に、徳川と豊臣の闇の戦い、そして大阪の陣という表の戦い。怪僧南天坊天海、2代目服部半蔵、若き宮本武蔵、柳生但馬、風魔一族。多彩な人物が物語を彩る。
 最後にこれからこの漫画を読む人にご注意を。小生は小学館文庫版を読んだが、この本を読むのなら、絶対に1巻目の解説を読んではいけない。なんと丑三の術の正体が書いてある。小生は、この漫画は昔読んで覚えていた。だからいい。しかし、最初に読む人が1巻目で丑三の術のからくりを知ってしまえば、2巻目を読む興味はなくなる。
 筆者は内記稔夫という人。現代マンガ図書館の創立者で、第1回手塚治虫文化賞受賞者だとか。こういう人物なら、「真田剣流」という漫画の解説で、丑三の術の正体明かすことがどういうことなのかよく判っているはず。書いてはいけないことを書いてしまった。また、それをそのまま掲載した編集者も悪い。
どうかご注意を。
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はたして死刑が適当か?

 土浦殺傷事件の金川真大被告に死刑判決がでた。当初、弁護側が控訴しようとしたが、金川本人が控訴を取り下げた。金川は「全面勝利だ」と喜び、死刑執行が遅れれば「裁判を起す」と、早期の処刑を望んでいる。
 このような犯罪者に死刑判決は適当であろうか。小生は疑問に思う。死刑になりたくて、凶悪な犯罪をおこし、望みどおり死刑になる。金川の希望を叶えただけの判決。国の金を使って自殺の手伝いをしているだけである。弁護士の一人がいったそうだが、「泥棒に追い銭」とはこのこと。
 死刑とは刑罰である。刑罰には二つの側面がある。犯罪者を更生させる教育的な側面、悪いことをしたから懲らしめる「お仕置き」の側面。更生の望みがない犯罪者は死刑に処せられるわけ。となると死刑には教育的な側面はなく、「お仕置き」としての側面しかない刑罰となる。
 金川のごとき死を望む者を死刑にしたとて「お仕置き」にはならないだろう。となると、金川には刑罰が加えられないことになる。あれだけに凶悪な犯罪をおこしながら刑罰がなしというわけにはいかない。
 このような犯罪者には、死刑は不適当だと思う。死ぬまで獄につなぎ、どんなことがあっても絶対に釈放しない、終身刑が適当だと思うがどうだろう。
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扉をたたく人


監督 トム・マッカーシー
出演 リチャード・ジェンキンス、ハーズ・スレイマン、ダナイ・グリラ、ヒアム・アッバス

 静かな怒りに満ちた映画だ。観る前は、老教授と、異国の若者の心の交流を描いた、ハートウォーミングな映画だと思っていた。ところが政治的なメッセージを発信する映画だった。ブッシュのいった「テロとの戦い」に疑問を呈している。かといって声高にNOといってはいない。静かに淡々とアメリカに渡ってきた若者と老教授を描写するだけである。
 ウォルターはパッとしない大学の教授。妻に先立たれ一人暮らし。ベテランのわりには大学での地位は低く、講義は週1コマ、本も4冊しか出していないし、論文も共同執筆。ピアノ奏者だった妻の想い出にとピアノを習うが、その才能もなく止めてしまう。
 学会出席のため、いやいやニューヨークに着たウォルター。ニューヨークの自分のアパートで外国人のタレクとゼイナブのカップルとはちあわせ。彼らは不動産屋にだまされてウォルターのアパートに住み込んでいた。
 ウォルターはしかたなく二人を居候させる。タレクはシリア人、ゼイナブはセネガル人。二人とも不法滞在者。
 タレクはアフリカの打楽器ジャンベの演奏者。ウォルターはタレクにジャンベを習い、そしてジャンベ演奏の魅力に目覚める。
 タレクは地下鉄の無賃乗車を疑われて逮捕され、拘置所に拘留される。弁護士を雇い、必死にタレクの釈放に向けて動くウォルター。ところがシリア人で不法滞在のタレクは釈放されない。9.11以前は不法滞在にも寛容であったアメリカは、外国人の男性には厳しくなった。テロを心配しているらしいが、タレクはテロリストではない。
 息子から連絡がないのを心配してタレクの母モーナがウォルターを訪ねてくる。二人で拘置所に通ううち、モーナとウォルターはお互いに憎からず想うように。ところがタレクは本国に強制送還。モーナもシリアに帰ることに。また孤独になったウォルターは一人地下鉄の駅でジャンベをたたく。
 ウォルター、タレク、ゼイナブ、モーナ、出てくる人はみんなちゃんとした人。分をわきまえ、礼儀を知り、教養も有り、人の気持ちが判り、善意の人ばかり。なのになぜ不幸になるのか。タレクはジャンベを演奏できない。アメリカに滞在できない。ゼイナブは恋人を失う、モーナは息子と離れる。そしてウォルターはせっかくできた親友を失いジャンベだけが手元に残った。だれが悪いのか。もちろん、この4人は悪くない。では、だれが、何が悪いのだ。
 

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手こね寿司


 今日のお昼はてこね寿司です。伊勢志摩地方の郷土料理です。もともとは漁師料理で、漁師たちが、忙しい漁のあいまに獲れた魚で手早く作って、手早く食べていたお寿司です。
 地元では、具の魚はカツオを使うことが多いようですが、今回はマグロを使いました。寿司飯は普通の寿司飯の要領で炊いておきます。私は、少しかたい目が好きです。
 マグロはヅケにしておきます。サクに切ったマグロを、漬け汁に漬けます。漬け汁は醤油、砂糖、酒、すりゴマを合わせます。お好みで砂糖を抜いてもいいですね。漬け時間は、そうですね、10分ぐらいでいいでしょう。
 ご飯に酢をうちます。その前に、漬け汁でご飯に味をつけてもおいしいです。
炊き上がったご飯を飯台にあけ、酢をうっていきます。酢のあんばいですが、飯が2合なら、酢大さじ2杯と2分の1、砂糖大さじ1杯、塩少々、といったところでしょうか。甘さを押さえたかったら砂糖を少なくします。ゆずの汁などのかんきつ類の汁を加えてもさわやかです。うちわであおぎながら、しゃもじで酢をご飯にまんべんなく混ぜます。
 マグロを酢飯に混ぜ込み、しそ、三つ葉、海苔をパラパラして出来上がりです。おいしいですよ。
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うずめめし

 
島根県は津和野あたりの郷土料理である。うずめ飯の名前の由来は諸説あるが、具を飯で埋めるから、というのではないかと小生は思う。
 水で戻した干し椎茸、豆腐、にんじん、大根、ごぼう、などを小さなサイの目に切る。これを昆布鰹だしで煮る。
 椀にご飯をよそう。本当は具が下でご飯が上だが、具が上の方がおいしそうなので、ご飯の上から煮た具をかけた。その上に三つ葉、海苔、わさびを乗せる。やさしい料理でさらさらといただける。二日酔いの朝に食べるのに良い。
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マイホーム

 ザー。湯が湯船の縁からあふれる。ゆっくりと身体を沈める。肩までつかる。ちょうど良い湯加減。ふ~。大きなため息をする。
 この瞬間をどれほど夢に見たことか。新築のマイホーム。そのマイホームで初めての風呂へ入る。至福の時に違いない。そう想像していた。
 その想像が現実となった。現実は想像の通りであった。ゆったりと湯につかっていると涙がじんわりと出てきた。
 マイホームを建てる。それが私の人生の目的だった。
 私の両親は貧乏だった。父親は小さな町工場で旋盤工をやっていた。要領の悪い男で一生うだつが上がらなかった。母は従順な女で、稼ぎの悪い父にグチ一ついわなかった。
 二人とも、六畳一間の日当たりの悪いアパートの一室で死んでいった。両親と私の家族三人はこの六畳間がわが家だった。
 両親は収入のほとんどを使って私を大学まで進学させてくれた。
 私は結婚しても六畳間を出なかった。いや、出られなかった。私も貧乏だった。三流私大を卒業した私は、小さな電機会社に就職した。結婚して子供が二人できた。親子四人、六畳一間で暮らした。 いつかこの六畳間から脱出してやる。マイホームを建てて親子四人が幸せに暮らす。ともかくマイホームを建てる。すべてがその一点に集約した人生だった。
 わが家の食費は一食三〇〇円。家族四人でだ。テレビはない。新聞も取ってない。子供たちは友だちの家でテレビを見せてもらっていた。あわよくば夕食までごちそうになれば食費が助かる。妻はジーンズ以外着たことがない。私の昼食はコンビニのおにぎり一個。できるだけ同僚上司におごってもらうように心がけた。電車四駅分を歩いて通勤して、会社から支給される交通費を貯金した。
 町工場の総務係の給料ではなかなか貯金ができない。夜は運転代行の、休日はスーパーの商品倉庫でアルバイトをした。五時間以上は寝たことはなかった。もちろん妻もパートに出た。
 なんとかマイホーム資金の半分ほど貯金できたところで、リストラされた。私はあきらめなかった。
 そして、こうして私のマイホームができた。駅から少し離れた場所で、小さな建て売りだが、これが私の家だ。
 もう風呂から上がろう。いつまでも私が入浴しているわけにはいかない。妻と子供たちも入浴したいだろう。
「お~い。お前たちも入りなさい」

 一家三人殺害犯人無職永田照男(四七)は、妻真弓さん(四三)長男良一さん(十四)次男節夫さん(十二)の三人を殺害。死体をバラバラにして山中に遺棄。三人にかけられていた生命保険で、マイホームを購入したことが警察の取り調べで判明した。なお、未発見だった、三人の頭部は新築の永田宅の浴槽で発見された。頭部は白骨化していて、湯につかっていて、なぜか薄くバラ色になっていた。
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