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スケアクロウ


監督 ジェリー・シャッツバーグ
出演 ジーン・ハックマン、アル・パチーノ

 ロードムービーの傑作である。男二人がアメリカの底辺を旅する。どうしようもなく貧しくて無教養な二人だが、なんとかしようという強い意志は持っている。
 なんにもない。風が吹いている。ダンブルウィードが転がっていく。道がある。車は通らない。地平線のかなたまで道が伸びている。道路のはたは鉄条網の柵。男がやってきた。大きな男だ。汚いコートをはおりカバンを一つ持っている。大男が柵をくぐって道路に出てきた。
 木の陰からもう一人の男が出てきた。小さい男だ。荷物は二つ。うち一つは赤いリボンがかかった白い箱。小さな男が大きな男に声をかける。 
大男マックスは短気で喧嘩っぱやく不愛想。6年間の懲役を終えてシャバに出てきた。小さな男ライオンは5年間の船乗り生活から足を洗い陸に戻ってきた。ライオンはおとなしく人なつっこい。
 正反対の二人はこうして出会った。マックスは洗車業を始めるつもり。ライオンを共同経営者に誘う。マックスはピッツバークで洗車屋を開業するつもり。ちゃんと金も貯めているし綿密な計画もある。そのことを記した手帳を見せる。
ライオンは、男の子か女の子かもわからぬ、まだ見ぬわが子にあうため、デトロイトに行く途中。赤いリボンの白い箱はわが子へのプレゼントだ。
どうしようもない男二人。マックスは洗車業の計画を書いた手帳。ライオンはわが子へのプレゼント。これが二人の希望の象徴。だが、マックスの洗車業は、どうも成功するとは思えぬ。ライオンのプレゼントは安物の電気スタンド。
けなげである。そして哀しい。ラスト、マックスのライオンへの友情が感動する。胸に迫る。
ところで、ライオン=アル・パチーノを見てて、「男はつらいよ」で出てくる寅さんの弟分、のぼる=秋野太作(津坂匡章)をほうふつとした。人なつっこくて哀しい。よく似ていた。
ジーン・ハックマン、アル・パチーノ。二人の名優の演技が見ものの、哀しい名画である。 
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サンマのひつまぶし


 ひつまぶし。名古屋の名物である。名古屋へ行くことがあって、機会があれば一度食べたいと思っていた。名古屋在住の知人が、熱田神宮近くの有名店に食べに行った。なんでも1時間待ちで、熱田神宮の境内で時間をつぶして食べたそうな。たいへんおいしかったとのこと。
 小生、名古屋に行く用も当分ないし、行っても、いらちの小生は1時間も待つのはむり。こうなりゃ自分で作ってやれと思ってできたのがこれ。
 ほんらいはウナギを使うのだが、ウナギは高いのでサンマを使った。サンマを蒲焼にする。重箱にごはんを少し入れて、サンマを乗せ、その上にごはんをよそう。さらにその上にサンマを並べる。サンマの蒲焼の2段重ねである。
 まず、ふつうに食べて、2杯目はお茶漬けでいただく。薬味は、海苔、ネギ、ワサビ。なかなかのもんだった。サンマもウナギに負けてない。
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鴨南蛮


 これから寒くなる季節。麺の好きな私。熱い種ものの麺がありがたい。うどんとそばをその時の気分で作って食べている。きょうはそば気分。どんなそばにしよう。うん、鴨だ。鴨のそばだ。鴨南蛮を食べよう。
 鴨南蛮。鴨とネギのそば。私も昔はポケモンをやったことがある。今のポケモンは知らないが、カモネギなるポケモンがいた。
 このそば、ポケモン入りのそばではない。鴨ロース肉と長ネギのそば。鴨とネギは焼く。これを熱いそばの上に乗っける。食べる。うまい。
 
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とつぜんSFノート 第82回

「ゼネプロうっとうしいな」その小生のひとことが、すべてのはじまりであった。そのひとことで、その後の2年間、100人を超える人間が関西のSFファンダムを右往左往し、2年後の「その日」1000人を超える人間が大阪は吹田に参集したのである。
 1984年8月のある夜、小生と星群のYS、それにSF同人誌「S&F」主宰者の山根啓史の3人が、大阪は梅田の居酒屋「松屋」で飲んでいた。この3人、その年の8月27日から北海道で開催される第23回日本SF大会EZOCON2(北海道でSF大会が開かれるのは2回目)に参加する予定であった。山根は当時近畿日本ツーリストでアルバイトしていた。彼が北海道までの飛行機の切符を手配してくれたので、それを受け取るために松屋で会ってたのだ。だから、小生もYSも山根も、その数秒前は。2年後に「あれ」をするとは夢にも思わなかったのである。「あれ」第25回日本SF大会DAICON5である。
 ゼネプロ、SFショップゼネラル・プロダクツ。このゼネプロの中心人物岡田斗司夫、武田康広たちは、それより前年1981年DAICON3、1983年DAICON4を開催、成功をおさめている。ちなみに「シン・ゴジラ」の総監督庵野秀明もこの連中の一味だ。
 小生はこのゼネプロ一味に良い感情は持っていなかった。なによりDAICON=ゼネプロという風潮が気に食わなかった。1964年のDAICON1の実行委員長は筒井康隆氏、1971年のDAICON2の実行委員長は、小生が尊敬するSFファンの1人星群の会創立者高橋正則氏。DAICONはゼネプロの連中だけのものではないのだ。
「そうですね」山根が賛同した。
「大阪でSF大会やろやないか」
「DAICON5ということですね」山根が聞いた。
「そや」
 もう一度いう。小生の頭の中にも、いや、だれの頭の中にも、大阪で5回目のSF大会をやる。という構想は、小生たちが松屋に入って乾杯するまではカケラもなかったのである。
「本気でやるんやったら、北海道で立候補せなあかんな」YSがいった。
 日本SF大会を誘致実行するには、少なくとも2年前にはSF大会中に行われる日本SFファングループ連合会議に出席して、大会立候補を宣言しなくてはならない。その会議で賛成を得られれば、日本SF大会を開催できる。この翌年、1985年は新潟で行われることが決まっていた。だから1986年に大阪で日本SF大会開催を立候補するわけである。2年前だから規約にはそっている。
「北海道のファングループ連合会議でDAICON5立候補しますよ。いいんですね」山根が聞いた。
「ええ。やろ」小生が答えた。
 こうして3人は、大きな企てをいだいて、北海道への機上の人となったのである。
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大ニュース

 神戸市中央区東川崎町。JR神戸駅の南がわ。全面ガラス張りのスカイブルーの高層ビルがある。神戸クリスタルタワーだ。
 午後の西からの光を受けてクリスタルタワーの壁面が輝いている。その壁面にひびが入っている。いつの間にひびが入ったのだろう。ひびが入った瞬間を見た者はいない。だれも知らないうちに入っていた。
 そのひびが大きくなった。目に見えるスピードでひびが大きくなっていく。その時、そこにいた人も、駅から出てきた人も、ひびが入ったビルの壁面を見ている。高層ビルの中層を中心に、上を下にひびが走る。
 パラパラとガラスの破片が落ちてきた。「あぶないから下がって」ビルの警備員がやじ馬を遠ざける。ビルから出ようとする人は中に戻す。警官もやってくる。
 爆発したようにガラスが吹き飛んだ。埴輪が現れた。武人像の埴輪がクリスタルタワーに埋め込んである。ものすごく巨大な埴輪だ。頭が5階あたりにある。埴輪がビルから抜け出して全身を現した。
 無表情な石の顔を人々に向けている。動き出した。ズーンズーンと足音が響く。驚愕する人たちの前で立ち止まった。腕を顔の前で交差した。顔が変わった。無表情な石の顔から、青黒い皮膚の憤怒の表情の男の顔になった。アゴの先の割れたアメリカの俳優カーク・ダグラスというか、かっての横浜ベイスターズのリリーフエース佐々木主浩というか。血走った眼で足元の人々をにらみつけている。
大魔神だ。1960年代、かっての大映で製作された特撮時代劇である。その映画の主役の大魔神が、この21世紀の神戸のクリスタルタワーから実際に出現した。ハマの大魔神ではない。実物の大魔神が現れた。
2016年×月○日神戸新聞一面。きのう、午後3時45分ごろ、JR神戸駅前のクリスタルタワーから大魔神が出現。国道2号線を西に移動。七宮の交差点で高松線に移って、中央市場前でUターンして、クリスタルタワーに戻った。15人のケガ人が出た。2号線と高松線沿線の多くの建造物に全半壊の被害が出た。

 東京都世田谷区桜新町。その家のある場所に昨日まで何があったのかだれもわからない。その家はずっと昔からそこにあった。みんなそう思っている。
 その家は2次元だ。ちょうどアニメのセル画に描かれたような家だ。縦と横だけで奥行きがまったくない。では描き割りかというとそうではない。家の横に回ると、ちゃんと家の横が見える。その家は3次元の家として存在している。
「この家、見たことがある」だれかがいい出した。「わたしも」賛同する人がたくさんいる。「この家、あれじゃない。ほら、あれの」「そうだ、あれの家だ」「サザエさんの家だ」
 アニメのサザエさんの家がそこにある。アニメに描かれている家そのものがある。もちろん周囲の風景は現実のモノだ。その現実の風景に中に、アニメのセル画に描かれた家が、現実のモノとして存在している。なんの違和感もなく。
 玄関に少しすき間が開いている。そこから小動物が飛び出してきた。猫が玄関から飛び出してこちらに走ってきた。魚をくわえている。
 猫は現実の動物の猫ではない。アニメの絵の猫だ。ガラッ。乱暴にドアが開け放たれた。バタバタと若い女が飛び出した。現実の女ではない。アニメの女だ。その女。だれでも知ってる、あの女だ。24,5歳。どんぐりまなこ。耳の横とひたいにお団子を三つくっつけたようなヘアスタイル。
「サザエさんだ」「うわっ。ほんもののサザエさんだ」
「こらああ。まてええ」サザエは騒々しくアニメの猫を追いかけていった。角を曲がったところで、ガッチャーンと大きな音がした。自転車が横倒しになって、ラーメンが散乱している。割れたラーメン鉢の横で若い男がへたりこんでいる。ヒジをすりむいたらしく少し血を流している。この男は現実の男だ。その男にアニメのサザエがペコペコ頭を下げている。
「すみません。すみません」声は声優の加藤みどりの声にそのものだ。
 2016年△月△日。東京新聞。きのう、午前10時ごろ、世田谷区桜新町に、とつぜん磯野さんの家が出現しました。この場所には、ほんらい何があったのか現在不明。関係各所が調査中。今は磯野波平さん(54)の土地建物がある。その磯野家から、この家の長女磯野サザエさん(24)が飛び出して、一時は騒然となった。この騒ぎでラーメン店店員大野牧夫さん(26)が腕に軽傷を負った。

 大阪市北区芝田町。土曜日の午後6時。紀伊国屋書店の前で、大きなテレビビッグマンの前はきょうも待ち合わせの人でいっぱい。
 と、JR大阪駅方面から不思議な3人連れがやってきた。一人は70代と思われる老人。杖をついて頭に黄色い頭巾をかぶっている。あとの二人は屈強な若い男。3人とも和服を着ている。
「わ、なにあれ、水戸黄門じゃない」「そや水戸黄門や」「なんやなんや。なんぞのコスプレかいな」「オレのじいさんが好きでよく見てた。あれ、あの黄門様東野英治郎やんか」「確か東野英治郎は死んだのでは」「そっくりさんじゃないの」「あんがいほんまもんやったりして」「まさか。はははは」
 3人はビッグマンのところまでやってきた。
「ご隠居、この騒ぎはなんでしょう」
「謀反のたくらみかも知れんぞ」
「なんか不穏な感じです」
「助さんや、あれを」
「ええい。静まれ静まれ。この紋所が目に入らぬか。ここにおわすは、先の副将軍、水戸光圀公であらせられるぞ。一同のもの頭が高い。ひかえおろう」
「ぎゃはは。太秦の映画村が出張してきたんか」「なんぞの広告か」「じゃまやなおっさん。そこどけ」
「ご隠居、静まりませんな」
「助さん格さん、少しこらしめてやりなさい」
 二人の男が、そこにいる人々の中に暴れこんだ。何人かの男が抵抗したが、勝負にならない。たちまちのされて、二人の足もとでうめいている。後ろの方から竹刀を持った男が来た。
「強いなコスプレのにいさん。ワシが相手する。ワシは剣道4段や」
 一人が短刀を抜いた。刃を裏がした。峰打ちをするつもりだ。
「峰打ちか、真剣じゃないだろう。そんなことせんでもええ」
 竹刀の男が打ち込んだ。白刃一閃。竹刀を手から落として、その場に倒れこんだ。
「ご隠居、ちょっと失敗しました」
 倒れた男の左足から血が流れている。
「助さんらしからぬな。手当てをしてやりなさい」
 人々がざわめきだした。
「真剣や」「ほんまもんの刀や」「ほんまもんの水戸黄門や」
 曽根崎書から警官がかけつけた時は、3人は阪急梅田駅方面に去って行った。改札を通った形跡はない。
 2016年□月□日。朝日新聞。きのう午後6時ごろ、大阪市北区芝田町の紀伊国屋書店前の路上に、時代劇のコスプレをした3人組が現れ、人々に暴行を働いた。13人のケガ人。そのうち2人は重傷。なお、一人は刃渡り40センチほどの日本刀を所持していたもよう。警察は銃刀法違反ならびに暴行容疑で3人の行方をさがしている。なお一部にあれは本物の水戸黄門一行だという意見もある。

 大魔神とサザエさん、水戸黄門は毎日同じ所同じ時間に現れた。テレビが毎日それを生中継した。新聞も連日大きく報道した。
 大魔神はクリスタルタワーから2号線高松線を行き来した。サザエは連日、お魚くわえた猫や弟のカツオと追っかけこ。水戸のご老公は梅田で印籠を振り回す。
 日が経つに連れて新聞の見出しの活字は小さくなり、テレビも全国ニュースから地方ニュースになった。そのうち、新聞もテレビもマスコミは報道しなくなった。

 大魔神、サザエ、水戸黄門がある日をさかいに現れなくなった。新聞はトップで、テレビは全国ニュースで報じた。
 
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神戸にも繁昌亭ができる

神戸にも上方落語の定席ができる。いままで、大阪は天満の繁昌亭だけだったが、これで関西で、生の上方落語がいつ行っても楽しめる場所が2ヶ所できるわけだ。
 神戸の新開地に第2の繁昌亭を作る計画は、一昨年から検討されていた。兵庫県、神戸市、それに地元の新開地周辺地区まちづくり協議会は、計画推進の方針を持っていた。ところが肝心の上方落語協会がはっきりしなかった。若手の落語家たちが、集客を心配して不安視していた。その上方落語協会が総会を開いて投票。神戸繁昌亭計画推進賛成の票が反対票を上回った。上方落語協会も神戸繁昌亭実現の意志を持ったわけだ。
 これで、兵庫県、神戸市、地元新開地、上方落語協会の4者の足並みがそろい計画実現に大きく前進した。
 神戸の新開地は、東京の浅草、大阪の新世界と並ぶ大衆娯楽の一大拠点だった。小生の高校は湊川にあった。湊川と新開地はすぐ近く。だから小生もよく新開地周辺をうろうろした。確かに高校生が出歩くには適した街とはいいかねる。昔は。「ヤ」の字のおにいさん、おじさんがたも、よくお見かけした。今はそんなことはなく、うら若いご婦人が一人でこられても安心して歩ける街だから、どうぞ神戸は新開地に遊びにきて欲しい。
 神戸在住の上方落語ファンとして、こんな楽しみな話しはない。天満の繁昌亭には何度か行ったが、新開地なら会社の帰りでも寄れる。せいぜい行って、なんとしてでも神戸繁昌亭を成功させたいものだ。
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作家になってどうする


 本の雑誌11月号を読む。特集は「めざせ新人賞!」読んだあと暗澹たる気分になる。新人賞とってどうする。作家になる。で、作家になっても本が売れない。専業作家だけではとうてい食えない。
 新人賞。応募作品のほとんどは、ハシにも棒にもかからないクズ。だから、ある程度文章の基本が身についた人なら、いいところまでは行ける。新人賞を取るのはさほどむつかしくない。新人賞を取っただけではダメなのだ。問題は2作目。新人賞を取ったがいいが、ほとんどの人は2作目を出さずにポシャてしまう。で、こんなに苦労して作家になっても、まったく本が売れない。困ったもんだ。まったく。 
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殿、利息でござる


監督 中村義洋
出演 阿部サダオ、瑛太、妻夫木聡、竹内結子、寺脇康文、西村雅彦

 現代でいえば閑古鳥が鳴いているシャッター商店街か。江戸時代のシャッター商店街再生プロジェクトの映画である。
みちのく仙台藩の吉岡宿。貧乏である。住民は百姓であるが、商店も営むものも多い。ところが、店もまったくはやらない。不景気風が吹きまくっている町だ。夜逃げする住民多く、人口減少が不景気に拍車をかけている。不景気だから人が減る。悪循環だ。どうにかしないと町は破綻してしまう。
どうにかしなくては。で、町一番の知恵者茶師の菅原屋篤平治が破天荒なアイデアをひねりだした。藩に金を貸して利息を取ろうという算段。1000両3億円の金を集める必要がある。
篤平治と酒屋穀田屋十三郎は極秘に出資者を募り始める。貧乏な彼ら。1000両もの大金はすぐには集まらない。計画がばれれば打ち首。何年もの歳月をかけて賛同者を増やし、藩の役人にも理解者をつくりながら、少しづつ小銭を貯めて目標の金額に達すべき根気強く計画を進めていく。
これ実話である。そのため必要なところで解説のナレーションが入るが、違和感がない。実話だから、その通りだと思うが、ちょっと上手く行きすぎなんじゃないか。極秘の計画といいつつも、なんだかんだしてるうちに、町中の人が知ってるし、肝いり、 大肝いりといった町、地域の取りまとめ役や藩のお役人、最後は殿様まで、彼らの計画に賛同する。この計画を邪魔する悪役がでてこない。藩の財務担当も最初は却下するが。邪魔はしない。悪役の出てこない映画は後味はよいがスパイスがない料理のようだ。
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スペアリブと大根の塩煮


 昔は、濃い出汁やスープを使ったり、たくさんの調味料で強く味付けをしたりしないと、もの足らなかったが、最近はできるだけ、シンプルに素材の味を生かしたほうがおいしいと思うようになった。
 今回の煮物はスペアリブと大根の煮物。出汁もスープも使わない。使うのは水。スペアリブからいい味がでるので余計な出汁は不要。水で充分である。
 豚のスペアリブと大根を水を入れた鍋に入れて加熱。下ゆでも、炒めもしない。手間も余計な手間はかけない方がいい。調味料は塩と酒。それだけ。あとは煮るだけ。簡単、シンプル、それが一番おいしいんではないか。
 
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ねぎしおとり丼

 
 鶏肉の丼もんといえば親子丼が代表的やが、あれは簡単に作ろうと思えば、簡単にできるけど、おいしく作ろうと思えば、結構むつかしいもんや。それよりもっと簡単で、なおかつおいしい鶏の丼がこれや。ただし、簡単やけど時間がかかるで。
 まず、長ネギをみじん切りや。しょうがをすりおろすで。ボールにこれらと、ゴマ油を入れて食べやすい大きさに切った鶏もも肉を入れて、塩コショウや。鶏肉をようもみこんで、そのまま1時間以上味をしみこませるで。
 さて、鶏肉によう味がしみた。鶏肉にまとわりついたネギを払って、フライパンで焼くんや。肉がやけたら、肉を取り出し、つけ汁ごとネギも焼こう。
あとは丼めしの上に鶏肉とネギをのせて、ゴマをパラパラしたらできあがりや。簡単でうまいで。
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午後2時7分地震発生。震源地鳥取県震度6。神戸は震度3。

2時ちょっと過ぎ職場の自室でデスクワークしてると、とつぜんグラッときた。地震だ。同時に携帯電話が鳴った。緊急エリアメール地震速報。鳥取県で震度6。すぐ席を立ってCEタンクの点検。酸素、炭酸ガス、LPG。三つとも無事を確認。工場長に報告。
 CEタンクから自室にもどる途中も地面が揺れてるような。神戸は震度3。21年前の阪神大震災の恐怖を想いだす。震度7を経験している小生にとって、震度3でも怖い。
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とつぜん上方落語 第5回 時うどん


 おなじみの落語「時うどん」には2種類あります。「ひっぱりな」があるバージョンとないバージョン。「ひっぱりな」があるバージョンは、男二人が1杯のうどんを食う。最初に食う男(こいつが金をごまかす)のそでを、次に食う男が、早よ食えといってひっぱります。
ないバージョンは一人の男が代金をごまかしてうどんを食うのを、影から見ていた別の男、この男が同じようにしてうどんを食う。
 ないバージョンは桂吉朝師匠がやっていて、お弟子さんの桂吉弥さんの「時うどん」もこれ、この時聞いた吉弥さんのお弟子さん桂弥太郎も「ひっぱりな」がないバージョンでした。吉朝一門の「時うどん」はみなさん、ないバージョンでしょうか。私、上方落語はもうずいぶん長いことファンやってますが、江戸落語はよく知りません。この「時うどん」江戸落語では「時そば」ですね。「時そば」は確かないバージョンでした。
 私は、どっちかというと「ひっぱりな」があるバージョンの方が好きです。この噺はうどんを食う表現が見せ場となりますが、食う男のうどんを食う表現以外にも、食うのをじゃまされ、チャイチャイと後ろの男をけん制するしぐさも面白いです。そでをひっぱる後ろの男の、早くうどんを食いたい切実な様子と、ほんのうどんが二すじほど残った鉢を受け取った時の落胆と嘆きも面白い。そしてこの男二人を見ているうどん屋のオヤジ。この3人の演じわけが噺家さんの腕の見せ所です。
 この噺、一杯のうどんのありがたさがよく判る噺です。特に「ひっぱりな」があるバージョンだと1杯のうどんを分け合って(後の男はうどんが二すじ残っているだけですが)たべるのですから、1杯のうどんを一人で食うありがたさがよくわかるのです。この落語を聞くと、いつもうどんが食べたくなります。で、さっそくうどんをつくりました。そでをひっぱるヤツがいないから、一杯のうどんを安心して食えます。ズズズズ。ええダシつこうてるな。うどんはやっぱりだしやで。
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麻酔と入院手術の説明をうける

 午後から半日休暇をとって、神鋼病院へ。11月22日の手術にそなえて、麻酔医の説明と、手術入院についての説明を受ける。
 手術は「経尿道的前立腺レーザー切除術(HoLEP)」という手術。麻酔は半身麻酔。脊髄くも膜下麻酔という麻酔だそうだ。背骨に注射して、下半身を数時間麻痺させる。なんか痛そう。手術が長引いたり、途中で半身麻酔が切れたら全身麻酔をほどこすこともあるとのこと。
 副作用として、手術後、頭痛、知覚異常、脱力、筋力低下などが起こるそうな。ごくまれ、何万件に1件の割合で重大な副作用が起こることもある。ご承知おきください、とおどされる。
 麻酔の説明の後、手術と入院中のだんどりについて説明を受ける。手術前日の11月21日の午前中に入院。術前準備を行う。主治医から手術の説明。この日は夕食が出て入浴もできる。
 手術は11月22日の午前9時からの予定。朝から点滴。手術時間は前立腺の大きさしだいだから、手術にかかってみないと判らない。手術後はベッドで安静。テレビを観たり本を読むことぐらいはできるとのこと。点滴、心電図モニター、留置導尿カテーテル、と、またサイボーグ状態。術後7日ぐらいで留置導尿カテーテルは外される。1週間ぐらいで退院できる。退院後は1日に1000ccの水を飲むべし。
 小生、これで生涯で6回目の入院だが、こんな説明を受けて入院するのは初めて。今までは胃や大腸からの出血で緊急入院ばかりだった。入院なんてもんはできたらせんほうがええ。
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文学とはなんぞや

 ボブ・ディランがノーベル文学賞を受賞した。これに関して、多くの感想は「意外だ」「びっくりした」「思いもしなかった」というもの。小生も同様である。
歌手では初めての受賞だ。ノーベル歌唱賞ではないので、ディランの歌に賞が与えられたわけではない。ディランが作詞した歌詞が文学的に優れていると、ノーベル賞の選考委員が評価したわけだ。
 この件に対して異をとなえている人がいる。「文学賞」であるからして、詩や小説、評論に与えられるべき、歌うことを前提にした歌詞に「文学賞」をおくるのはおかしい、ということだろう。
 こういうことになると、「文学」とはなんぞや。文学の定義という問題になってくる。ディランの受賞に異をとなえている人にとっては、文学とは、詩や小説を紙に印字して表現したモノ(最近は電子的にディスプレイに表示されたモノも入れるべきだろう)という定義なのだろう。
 ところがそうではない。人はだれでも物事を表現したいという欲を持っている。その表現欲の素=メッセージ。これが「文学」である。それを詩にするか小説にするか、はたまたディランのように歌にするかは、表現手段が違うだけで「文学」の価値は同じである。と、いうこともいえるわけで、このたびのノーベル賞選考委員はそう考えてボブ・ディランをノーベル文学賞としたわけだろう。
 ノーベル賞選考委員は画期的なことをわけだが、すでに、かようなことをすでにやっているジャンルがある。いささか手前味噌であるが、SFである。SFの賞、世界的にはアメリカのヒューゴー賞、日本では星雲賞、いずれも映像門がある。また日本SF大賞を受賞した映画やアニメもある。
 今後は映画やアニメ、漫画もノーベル文学賞を受賞してもいいだろう。手塚治虫がご存命なら、ノーベル文学賞を受賞していたかもしれない。残念。
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蛇イチゴ


監督 西川美和
出演 宮迫博之、つみきみほ、平泉成、大谷直子、笑福亭松之助

「あんなことゆうてるけど、ほんまやろか」「あいつ、何考えてるんやろ」と、いうことが西川監督が、ずっと追求してきたテーマではないだろうか。
ゆれる」でも「ディア・ドクター」でもそうであった。彼女の初監督作品のこの映画もそうだ。
 小学校の教師をやっている倫子が婚約者を家に連れてくる。働き者の頼れるお父さん。そんな父を支える良き主婦の母。認知症を患ってはいるが、明るくやさしい祖父。そんな家族に接して婚約者の鎌田もすんなり溶けこんだようだ。父も鎌田が気に入ったようだ。幸せである。なんの心配もない。アイツのこと以外は。
 祖父が死んだ。葬式の日、アイツが帰ってくる。アイツ、倫子の兄でこの家の長男周治が帰って来た。ここらあたりから、この家、明智家にかぶさっていたベールがはがれおちる。
「心配ないって。オレにまかせておけ」万策つきた父と母は周治に頼ろうとする。ところが倫子は懐疑的だ。子供のころ倫子は、兄が蛇イチゴがあるという学校の裏山に行ったがなかった。
「蛇イチゴなんかなかったよ。お兄ちゃんのウソつき」
「ほんとにあるよ。いまでもあるよ」
「じゃ、今から見に行こうか」
 テーブルの上に置かれた蛇イチゴのショットで映画は終わる。
 兄ははたして信用できるのか。ちゃらちゃらした態度、ペラペラと口八丁手八丁。なんかヤバイこともしていそう。でも兄だ。家族だ。肉親だ。まさか・・・。
 ホームドラマである。コメディである。でも白くはない。黒い。ブラックホームドラマでありブラックコメディである。それにホラーっぽいところもある。
 傑作だ。これが初監督作品!西川美和すごい。
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