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とつぜん上方落語 第18回 胴乱の幸助

「おお、割り木屋のおやっさんが帰ってきたで」
「おやっさん、どやった。首尾は。手打ちでけたんか」
「あたりまえや。ワシをだれやと思うとるねん。胴乱の幸助やで」
「で、北の三代目はどうした」
「おういこっちや」
「うわ。大きなトレーラーがなん台も。なんやこれ、おやっさん」
「最初のトレーラーのは火星14や」
「火星14つうと北のミサイル」
「これ、どないしたんや」
「金さんがワシにくれたんや」

 胴乱の幸助。割り木屋のおやっさんのゆいいつの趣味はケンカの仲裁。丹波の山奥から天秤棒に天保銭2枚くくりつけて大阪へでてきた。それから、働いて働いて、いまの身代を築いた。働くことしか能のない、おやっさんの道楽がケンカの仲裁。
 ワーとケンカしてる間に割って入り、「待て待て。お前らオレをだれか知ってるか」「あ、割り木屋のおやっさんでんな」「胴乱の幸助はんでんな」
 で、近くの小料理屋に連れて行って、胴乱から金だして(胴乱、財布というか小さなバック、昔バスの車掌さんが前にぶら下げてたアレ)、酒飲ませて料理食べさせて「このケンカオレに預けるな」「もうケンカするなよ」
 で、このおやっさん、人呼んで胴乱の幸助。
 大阪じゅうケンカを探して歩いてます。人のケンカがないと犬のケンカの仲裁から、浄瑠璃の架空のケンカの仲裁に京都にまで出張します。
 で、近畿関西いちえんのケンカはひととり納めた。相撲協会と貴乃花のケンカも納めて、日馬富士と貴ノ岩のふたりを改めて呼び出して、改めて仲直りさせた。こうして、割り木屋のおやっさん、日本中のケンカを仲裁してしもて、日本にケンカは無くなった。
 そんな胴乱の幸助はん、あの二人をほっとくわけがありません。北の金さんとメリケンのトラちゃんです。
 おやっさん、もろこしの習さんに話をつけて、もろこしに金さん、トラちゃんを呼びつけます。
「お前ら、オレをだれか知ってるな」「割り木屋のおやっさんでんな」「ミスター・コースケか」
 金さんは苦労知らずの三代目ボン。トラちゃんはしょせんは不動産屋のオヤジ。胴乱の幸助とは人間の出来が違います。胴乱から50兆ドルほど金を出して「これで、このケンカ、オレに任せるか」
「はい」「YES」
「金、ミサイルと核をオレにわたせ」「トラ、空母をオレに預けろ」
 割り木屋のおやっさん。胴乱の幸助が本年度のノーベル平和賞に決まったけれど、おやっさん、辞退しよった。
「ワシはそないなもん欲しくてケンカの仲裁してんのんと違う」
 
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とつぜん上方落語 第17回 猿後家


 べんちゃら。関西弁でんな。おべっか、ゴマすりのことでおます。そういや、植木等の歌でゴマスリ行進曲ちゅうのんがおましたな。
 この、「猿後家」という噺には、べんちゃらで食ってる男が出てきます。さる大店の後家はん(あ、しもた。ゆうてもたワシあかんわ)、ダンナを亡くしたあと、お家はんとしてお店を切り盛りしてます。これがごっつい有能なお家はんで、お店は繁盛してます。
 この、お家はん。ごっついべっぴんです。うしろから見たら。で、前に回ったら、このお家はん、猿みたいな顔してるんですな。本人もそれをえらく気にしてます。
 このお家はんのお店へ出入りしとる男がおるんですな。こいつがお家はんにべんちゃらいうんです。小野小町かてるての姫か、はたまたクレオパトラか楊貴妃か。うんとこさべんちゃらゆうて、お家はんのご機嫌を取る。そうなるとお家はんも気分ええさかい、なんぼか包んで渡す。このおっさん、それで生活しとるわけでんな。で、あるとき、ついうっかり「サル」とゆうてもた。お家はん怒らしてしもて出入り禁止。なんせ、お家はん、「サル」といわれるのんをごっつい気にしてる。「サル」とつく言葉は禁句なんです。そやからワシは冒頭で「さる大店の」ゆうたんはあかんのや。ワシも出入り禁止や。「さるすべり」とか「村田巨人をさる」もあかん。「このぐんにゃりした時計だれの絵や」「ダリや」「え、だりや」「だれや、やろ下手なしゃれゆうな。さるバドール・ダリや」こえもアウト。
 で、この男反省して、こんどは充分気をつけて、伊勢参りした時の話しをお家はんにした。お伊勢さんだけの話をすりゃええもんを、奈良に立ち寄った話しをしおった。これがあかん。この写真の池のことをいいおった。猿沢の池。
 しかし、まあ、なんですな。やっかいなお家はんですな。この家はんにべんちゃらゆうときの、ええ参考書がおます。筒井康隆はんの「残像に口紅を」や。あれは一つづつ文字が消えていき、その文字を含む存在そのものが世界から消えていくという話やった。
 このお家はんにべんちゃらゆうとき「さ」「る」を消してゆうたらええねん。すると「猿」はこの世に存在しないわけ。で、「猿」から進化した人類も消えるわけで、みいいんないのなったとさ。めでたしめでたし。




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とつぜん上方落語 第16回 青菜


「植木屋はん、青菜を食べるかえ」
 仕事を終えた植木屋はんに、だんさんが酒の相手をしてもらう噺です。だんさんの奥方の対応に感心した植木屋、家へ帰って自分の女房に同じことをやらすわけですな。四畳半一間の家です。奥なんかありません。押し入れに女房を入れて「奥や奥や」とやるわけですな。
 これ、ほんとは夏の噺なんです。で、このたび、この噺を再現しようとしました。ウチはマンションなので奥はありません。ダイニングキッチンにおって、ワシが手をたたくと洋間から出てこいといおうと思いましたが、ウチの洋間にはエアコンがありませんので彼女が熱中症になったらいけないので、それはやめました。
 で、青菜とお酒を再現しました。お酒はやなぎかげというお酒ですな。これは判りました。焼酎を味醂で割って冷やしたモノです。やなぎかげを作ったあとの、残った焼酎のしまつに困りました。私は酒は日本酒、ビール、ウィスキーしか飲みません。焼酎は嫌いです。ワインに関しては無知です。捨てるのももったいない。結局、料理の調味料として使いました。
 で、モンダイは青菜です。青菜といえば小松菜、ほうれん草、春菊といったところが代表的な青菜でしょう。だいたいが、かような菜っ葉は冬が旬。しかし、この噺は夏の噺。いろいろ調べたが判りません。どうもカブの葉ではないでしょうか。今の時期、カブの葉は手に入りません。で、小松菜かほうれん草、どっちかということになりました。ほうれん草は原産が外国、小松菜は昔から日本にある野菜。と、いうことで小松菜を使いました。おひたしにして、ゴマをふりました。これをアテにやなぎかげを飲みました。
 ところで、この「青菜」桂米團治さんが、米團治襲名直前の小米朝時代に神戸文化ホールで「青菜」をやらはった。今から9年ほど前のことです。聞きほれてしまいました。名が人を作るとはこういうことです。10月に7代目笑福亭松喬さんの襲名披露公演に行くつもりで前売りを買ってあります。たのしみです。
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とつぜん上方落語 第15回 ちりとてちん


 どこにでも知ったかぶりをするご仁はおるものですな。上方落語で知ったかぶりが出てくる噺といえば「ちりとてちん」でおます。
 だんさんの誕生日に来たきーさん。だんさんが出すものを、なんでも喜んで食べます。こうして、出されたものを喜んで食べると、うれしおます。それに比べて。と、ここからが、この噺のキモになるわけですな。
 それに比べて、あのタケ。何を出しても、食べたことがある。知っとる。ちょっと長崎に行ってました。長崎やったら、こんなもん毎日食べてる。なんてことをいいよる。ほんま、しゃくにさわるヤツやで。
 と、いうことで、だんさんときーさん、共謀してタケをこらしめることになったちゅうことや。で、1週間ほど、戸棚に入れっぱなしになって、腐ってカビが生えた豆腐を、長崎名産「ちりとてちん」やゆうて、タケに食べさせるちゅう噺や。
 ワシは今まで、何度か落語に出てくる食べ物を実際に作って食べてきた。今回もほんまに豆腐を1週間ほど室温で放置しておいて「ちりとてちん」を作ろうと思うとったけど、家人に反対された。臭いし、豆腐がもったいない。その通りや。それに、ほんまに「ちりとてちん」を食って、O157にでもなったら、また入院や。ワシ、もう入院はいや。で、ほんまに食べられるのを作ったのがこれや。
 いわばイタリア風冷やっこ。豆腐の下準備はこうする。赤、緑、黄色のピーマンを小さく刻んでさっと炒める。それを豆腐にかける。ケッパーもかけよう。仕上げにエキストラバージンオリーブ油をたらす。どや、ぱっと見たら「ちりとてちん」に見えるやろ。これはほんまに食べられるし、しかもおいしおまっせ。
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とつぜん上方落語 第14回 千両みかん


みかんや。いまは真夏や。いまは知らんが、昔は真夏にみかんなんか食えんかった。季節はずれのもんを食いとうなるとこまりもんやな。春に松茸が食いたい。秋にたけのこが食いたい。冬にすいかが食いたい。
食いとうても食えん。見とうても見えん。会いとうても会えん。普通の人ならあきらめるけど、どうしてもあきらめ切れん人がおる。その人は大店のボン。あきらめきれんで、想い悩み、とうとう身体を壊しよった。
で、心配した親だんさんが、番頭にボンの悩みを聞きだしてもろたら、みかんが食いたいという。季節は真夏である。みかんなんてない。で、番頭、大阪中駆けずり回って、みかん1個手に入れてきた。みかん1個千両。これ1個千両。だったら1房百両。番頭みかん3房もってどろんしよった。
ちゅうのんが落語「千両みかん」や。で、これが現代では、ようある話やけどアイドルにあこがれ恋し、想い悩むボンやろな。
「総務部長」
「はい。社長」
「シンヤの具合はどや」
「あいかわらず引きこもっておられます」
「シンヤはワシの息子で、この吉田電気の副社長で、次期社長やで。はよナニが悩みか聞きだせ」
「社長、わかりました」
「なんや」
「シンヤくんはHDKのアミちゃんに恋こがれています」
「HDKというと、東淀川の地域限定アイドルのアレか」
「はい」
「いくら金使ってもかまわん、HDKのアミちゃんを連れて来い」
「着きましたよ。すみませね。アミさん」
 吉田電気の吉田社長は息子と握手させるためだけにHDKのアミちゃん呼ぶのに1000万つかった。
 アミちゃんを降ろした後、総務部長が車をガレージに入れようとしたところ、アミちゃんが座っていた後部座席に髪の毛が3本。
「アミちゃん呼ぶのに1000万。だったらこの髪の毛1本100万」
 総務部長、髪の毛3本持ってどろんしよった。
 
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とつぜん上方落語 第13回 代書屋

 こんなことゆうたから、今回は「代書屋」である。上方落語の噺家で、「代書屋」の代表的な演じ手といえば、3代目桂春團治師匠と桂枝雀師匠だろう。この両師匠の「代書屋」は対照的だ。春團治師匠のは、きっちりした端整な「代書屋」枝雀師匠は自由奔放で破天荒な「代書屋」だ。いわば、春團治師匠のがクラシックだとするならば、枝雀師匠はアヴァンギャルドジャズといったところか。
 春團治師匠のが代書屋にポイントが置かれているが、枝雀師匠は客にポイントが置かれている。その客の名も春團治バージョンでは、河合浅治郎。枝雀バージョンでは松本留五郎。河合は春團治師匠の本名。一方、枝雀師匠は本名は前田。松本はどこから来ているのだろう。聞いた話では前田少年のおじいさんの名前だとか。この松本留五郎氏、上方落語きっての名キャラクターだと小生は思う。ボケキャラ。江戸落語では与太郎。上方落語では喜六といったキャラがあるが、枝雀師匠の松本留五郎氏は、ただたんにボケというのではなく、ぶれないボケというか、芯のあるボケっぷりが爆笑をさそう。この留五郎のボケにふりまわされる代書屋の混乱困惑がおかしい。この松本留五郎バージョンの「代書屋」は弟子の桂雀々さんがしっかり受け継いでいる。生年月日をいうのに「セーネンガッピ」といい、生年月日をいうてください「セーネンガッピ、ヲ」と、後半、ポン菓子のポンを「ポン」と大きな声でいうのには、いつも大爆笑する。
 で、河合浅治朗氏の職歴だが、巴焼き、下駄の減り止め売り、ガタロ。松本留五郎氏は巴焼き、下駄の減り止め売りは同じだが、ポン菓子をやっていた。巴焼きは回転焼きあるいは姫路あたりでは御座候ともいう。小生も作ったことがある
ガタロ。ガタロ=河童のことでんな。これは知らない人が多いだろう。春團治師匠は「河川に埋没せる遺失物を回収して生計をたつ」といったはる。今の川はそんなことはないが、昔の川にはいろんなモノが川底に落ちいていた。川の中に胴までの長い長靴をはいて入って、川底をさらって、クズ鉄や金属を集めて売って生活してた人がいた。これをガタロという。
 ポン菓子。これは小生の子供のころによく来ていた。機械をリヤカーに乗せておじさんがやって来る。町の路地なんかに機械を据えて、火を入れる。そこに米を持って、おじさんに渡すと、おじさん、機械に米を入れて圧力を加えつつゴロゴロゴロと米を炒る。そして圧力を一気に抜く。ポンと大きな音がして、機械の中でポン菓子ができているというすんぽうだ。
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とつぜん上方落語 第12回 高津の富


 高津宮、高津神社である。主祭神は仁徳天皇。この神社、小生たち上方落語ファンにとっておなじみの神社である。境内には先代桂文枝師匠の碑もある。
 ぱっと想いつくだけで、「崇徳院」「延陽伯」そして、もちろん「高津の富」といった古典落語が想いつく。
 上方落語好きとしては、いっぺんは高津さんにお参りしなくてはと思うとった。さきの休日に行ったしだい。
 地図を見ると大阪地下鉄谷町九丁目からほど近い。こりゃすぐ判るわいと谷九の駅を出たらよく判らん。ふと気がつくと生国魂神社。ぜんぜん見当違いのところに来ている。それはそれとして、このいくたまさん、彦八まつりにも来たいもんだ。
 小生は極端な方向音痴。山も海も見えないところでは、どっちが北やら南やら、さっぱり判らぬ。小生たち神戸人は、街中、どこにいても六甲山が見える。ちょっと高いところに登れば海が見える。山側=北、海側=南、そう覚えておけば、まず、迷わない。そういう土地で長年生活してるのである。であるからして山も海も見えぬところでは方向がまったく判らぬ。何人かの人に聞いてやっと着いた。
「ちょっとモノをたずねますが」「なんでんねん」「あんた、えらい急いでまんな」「へえ、ウチのかみさんにケがついてまんねん」「どんなケでんねん」「産気」「え?」「サンケ」「なんでっか」「サンケ」「シンブン」てな、問答はなかった。
 高津神社の境内に入っての印象。想像してたより小さな神社やな。ウチの近くの森の稲荷神社とあまり変わらない。
「わらわこんちょ~、たかつがやしろにさんけぇなし、まえなるはくしゅ
ばいさてんにやすろぉ、はるかさいほぉをながむれば、むつのかぶとのいた
だきより、どふぅはげしゅ~してしょ~しゃがんにゅ~す」
 これ「延陽伯」で、言葉の難しいお嬢様がおっしゃった言葉である。日本語に訳すと、「私は今朝、高津さんにお参りしたおり、白酒売ってる店で休憩してたら、遥か西の方をながめてたら、六甲山の頂から強風が吹いて、小砂が眼に入った」
 で、小生もこのお嬢さんにならって、遥か西方をながめたが、六甲山なんかぜんぜん見えない。昔は見えたのであろうか。
 で、「高津の富」である。いろんな噺家が演じているが、小生は6代目笑福亭松喬師匠のが一番好きだな。この噺、「因州鳥取の豪商」の、いかにも大金持ちのお大尽っぷりをうんと強調し、後半、実はすかんぴんのからっけつであった。それが千両くじが当たった。という、2段どんでんであって、この「因州のお大尽」のキャラが面白いのである。桂米朝師匠なら、お大尽がマジ本物のお大尽に見える。松喬師匠の「因州のお大尽」の大物ぶりは、どこかかわいげがある。松喬師匠独特のおとぼけが奥にあって、あんなこというてるけど、このおっさん、ほんまもんやろかと思わせるわけ。
 ところで、小生が「子の1365番」が当たったら。どうするかって?こうするのである。
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とつぜん上方落語 第11回 愛宕山

 愛宕山。上方落語の春の代表的な噺や。京都のだんさんと大阪の太鼓もちの一八と茂八が愛宕山へ野がけピクニックに行く噺ですな。
 春霞がたなびく中、レンゲ、タンポポが花盛り。麦の穂が青々として菜の花が彩っているという、春爛漫の中を室町へんのだんさんが、祇園の芸妓や舞妓はん、太鼓もちの一八茂八を引き連れて愛宕山へとやってまいりました。あ、その道中のにぎやかなこと。
 この噺で京都のだんさんが大阪の太鼓もちに、京都の山自慢をします。「京都には高い山がある。東山、比叡山、鞍馬山、愛宕山。大阪には山はあるか」「大阪にも山はおまっせ。天保山、真田山、茶臼山」「そんなん山やあらへん。地べたのニキビや」
 で、この一行、愛宕山へ登って、かわらけ投げをして遊んで、だんさんが小判を谷底へ投げて、一八が傘につかまって谷底に飛び降りるんや。
 この愛宕山、だんさんが自慢するほど高こうない。標高924メートル。わが街神戸の六甲山は932.1メートル(くさにいちばん、と憶えた)六甲山の方が愛宕山より高い。
 つうわけで、神戸版「愛宕山」上方落語「六甲山」つうのを考えたで。

 神戸は元町で大きな中華料理屋を営むワンさん。きょうはお店はお休み。なじみの三宮へんのスナックやクラブのホステスや、ひいきの阪神タイガースの選手や、北野町のジャズバンドを引きつれて六甲山へ野がけに行きました。その道中の陽気なこと。ブンチャカブンチャ。ブンチャカブンチャ。
「着いたある。これが100万ドルの夜景あるよ」
「だんさん、かわらけ投げはおまへんのか」
「そんなもん、ないあるね」
「ほう、そやったら、ここでなにしまんねん」
「なにもしないある。夜景をめでるあるよろし」
 六甲山の山頂からの夜景は、ほんと、すごいもんです。
「うわあ。きれい。100万ドルの値打ちがあるな。もったいから片目で見まっさ」
「なんで片目で見るあるか」
「今夜は右目で50万ドル」
「で、左目は」
「こんど来た時のために取っておくんです」
「へー、それで」
「だんさん、10ドルほど貸しておくんなはれ」
「なんでや」
「うっかり、左目、うす目あけてしもうた」
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とつぜん上方落語 第10回 寝床

 趣味。楽しみごとは自分だけで自己完結すべきや。自分がいくら好きで楽しいといっても人が好きかどうかわからへんやろ。失業中、契約で下半身の病気専門の薬屋でコピーライターとして働いたことがあった。そこの当主(社長やのうて当主)は詩吟が好きで、半強制で詩吟のクラブに入れられ、昼休みにうごうごと詩吟をうならされた。ワシ、それまで詩吟なんて縁のないもんやったんやけど、これですっかり詩吟が嫌いになってもた。おっさん、自分が詩吟が好きかも知れんが、せっせと詩吟嫌いを増やしとる。あほなおっさんや。
 このバカ当主と同じような旦那がでてくる落語があんねん。「寝床」や。これに出てくる旦那は大店の旦那で、アレさえなければ、なかなかけっこうな旦那やろな。アレとは旦那の趣味、浄瑠璃。おっさん自分ひとりで浄瑠璃をおごおごやってりゃええんやけど、素人浄瑠璃を人に聞かせたいちゅう欲望をおさえきれん。で、貸家の住人や店のもんを集めて浄瑠璃をむりやり聞かす。うまけりゃええけど、これが殺人的にヘタ。みんななんやかんや理由をつけて来やへん。すると旦那怒って、貸家の店子は店だてをくらわす、店のもんにはヒマを出すと、大騒ぎ。
 これ、浄瑠璃やからまだマシやけど、料理やったらもっとたいへんやな。ワシも料理するけど、食べるのはワシと家族だけや。だから被害はウチだけでおさまっとる。ワシのまずい料理で人様に迷惑はかけん。ところが「寝床」の旦那みたいなおっさんがおんねん。

「総務部長」
「はい、専務」
「こんどの日曜、総務部員全員、社長宅集合な」
「え、まさか」
「そや、そのまさかや」
「なんで総務だけ」
「総務だけやないで。ワシや常務、部長、課長、管理職全員や」
「他の社員は」
「考えてみいや。総務部員は組合員やない。管理職もや。あんなんに組合員を巻き込んでみい。ストライキおこされるで」
「あの専務」
「なんや」
「わたし、この前の健康診断で、血圧高め、血糖値糖尿1軍レベル、尿に潜血、GTP,中性脂肪、要精密検査、尿酸値35.PSA21という結果です」
「それがどうした」

「社長、本日はお招きいただきまして、まことにありがとうございます。ひさしぶりに社長のお料理をいただける。こんなうれしいことはありません」
「専務のいうとおりです。社長の手料理。ミシュラン五つ星もはだしで逃げ出しますからな」
「本日は特選素材を取り寄せて、ワシが特に腕によりをかけて作った。こころして食ってくれ」

本日のメニュー

前菜 くたくた菜の花のチョコレート和え
主菜 ポークソテー 大納言小豆のあんこソース 
スープ カツオの血合肉のオレンジ風味スープ
パスタ 鶏レバーと明石鯛の八丁味噌のフィットチーネ
パン  豆板醤クリームパン
デザート イワシのアイスクリーム なまこのジャム入り
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とつぜん上方落語 第9回 鷺とり


 休日出勤の多いわたしでも日曜は休みのこともあります。先日、お天気の良い日曜日、芦屋川を散歩してました。カモやサギ、セキレイ、それに河口の近くにはカモメなどけっこう野鳥がおります。
 サギがおりました。これはアオサギでしょうか。シロサギもいましたが、シロサギは警戒心が強いのか、写真を撮らせてくれません。
 サギの出てくる落語といえば、なんといっても「鷺とり」ですね。わたしは桂枝雀師匠のをDVDで持ってますが大爆笑です。この落語ではサギを捕まえる方法としてサギに呼びかける方法が紹介されています。
 最初、大きな声で「サギ」と呼びます。するとサギは人間がいるなと思います。で、近寄って、さっきより小さな声で「サギ」といいます。するとサギは、「おや、遠ざかっているな」と安心するわけで。サギのすぐ後ろで、うんと小さな声で「サギ」といいいうとサギは、人間はうんと遠くへ行ったなと思うわけです。で、ワッとサギを捕まえるというすんぽうです。
 これを航空自衛隊の戦闘機の攻撃システムに採用するのです。高価な対空ミサイルよりよほど効果的で安あがりです。次期主力戦闘機のF35にはせひ採用してもらいたいものです。
 中国空軍の最新鋭ステルス戦闘機J-20が尖閣上空に出現。航空自衛隊のF35がスクランブル発進。日本が誇る秘密兵器「サギトリ」を搭載したF35です。空対空ミサイルなんぞは積んでません。
 まず遠くの方から大きな声で「J-20」と呼びます。あとはおわかりですね。J-20のケツにぴったりくっついて「J-20」で、うしろから20ミリバルカンで撃つ。「サギトリ」があれば20ミリバルカンがあれば充分です。上方落語は日本の防衛予算の削減に大いに役立ちます。安部晋三さん稲田朋美さん、上方落語を聞きましょう。
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とつぜん上方落語 第8回 池田のしし買い


 さむおまんな。こないに寒い時は、シンからぬくとまりたいでんな。そんなときは鍋がいちばんや。あたたまる鍋。ししの鍋やな。ぼたん鍋ともゆうな。ししの身は薬食いとゆうてな、身体がほこほこぬくとまりますでな。
 さて、鍋の用意や。まずしし肉を手に入れなくてはならんわい。落語やったら池田まで行って、山猟師の六太夫さんに頼んで猪を鉄砲で撃ってもらうねんけど、いまの池田に行っても六太夫さんはおらへんし、猪もおらんやろ。
 ワシは神戸は東灘の住民や。ほんまは猪なんざ珍しくもなんともあらへん。そのへんになんぼでもおるけど、神戸の街中で鉄砲撃つわけにもいかん。
会社のおっさんで北区のおっさんがおる。そのおっさん、毎年、冬になるとさ176号線を通って三田までしし肉を買いに行くとか。ワシも三田まで買いに行こうと思うた。実は三田は「海神」があるS市のモデルや。「三田のしし買い」やな。実は三田、ワシが学生のころよう行った街や。オヤジが西宮市山口町で工場をやっててワシも手伝いによう行った。で、完成した製品の納品場所が三田にあったちゅうわけや。「海神」のS市はあのころの三田や。三田もとんと行ってないな。いまの三田はよう知らん。久しぶりに三田へ行こうと思ったけど、めんどうになってやんぴや。ネット通販で買った。で、ぼたん鍋にして食うた。しし肉はうまおすな。
池田のしし買い。桂米朝師匠、桂枝雀師匠、笑福亭仁鶴師匠、いろんな噺家がこの噺を得意としてるけど、ワシの持ってる枝雀師匠の「池田のしし買い」ヘタしてぐちゃぐちゃやど、ごっついおもろい。マジで師匠がヘタしたんか、計算ずくかわからん。サゲのあとであやまってはったからマジかもしれんが、ワシは計算ずくやと思うな。 
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とつぜん上方落語 第7回 掛け取り

 もうすぐ大晦日ですな。大晦日の落語もいろいろおます。そんなかで、きょうは「掛け取り」をやってみよう。
「掛け取り」借金取りのことでんな。おしつまった大晦日に、今年の借金を全部払って、すがすがしく新春を迎えようちゅうわけや。ところが無いそでは振れん。押し寄せる借金取りをあの手この手で、ごまかして、お引取り願うちゅうのんが、この噺や。
 5代目桂米團治さんが、小米朝時代から得意としたはる噺でや。長屋のクマはんが、借金取りの好きなもんを話題にしてケムに巻いて、返済を待ってもらう。米團治さんはオペラやクラシックがお好きで造詣が深いから、オペラ、クラシックネタをおりこまはる。
 で、ワシやけど。ワシ、ほんまは金貸しやねん。大勢の貧乏人どもに、ようけ金貸しとる。ここだけの話しでほかでいうたら困るけど、ワシの掛け取り対策にええのんがあるねん。ワシの好きなもんは、なんちゅうてもSFや。そやからワシを撃退すのんは、こうすんのが一番や。

 待っておくんなはれ。なにもハイラインとはゆうてへん。師走になってからクラークなるまで働いたさかい、新年になったら、バラードと降るように金が入るねん。あんさんが小松ってるのは、ようわかりま。堀やから、イーガンの胃カメラも延期して、こないにハル・クレメント。だから、テッド・チャンと払うゆうてまんがな。え、いま、半村だけはらえて、見てみなはれ。あての財布。ボネガッとホコリがたまってまっしゃろ。きょうのところは、そのへんをブラッドベリと散歩して帰ってハミルトン。
 ええ、そんなことでごまかされんて。シマック。ばれたか。いや、こっちのことダン・シモンズ。わかってマシスン。甲州っとはらいたいんはレムもおんなじや。今日泊だけやから、待ってくれとゆうブラウン。
 ええ。ディックりしまんがな。そないにおこらんでもウィンダム。わかりました。あてもラッセル。ヴァン・ヴォークト用意しますさかい、ここはとりあえずケン・リュウとしまひょ。え、わかってくれはった。おおきに。ウェルズと感謝しまっさ。おおきにベルヌ。感謝感激雨アシモフ。どうぞニーブン。
 
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とつぜん上方落語 第6回 崇徳院

しかし、てったいのクマはんからすれば、なんとも面倒な娘やな、ちゅうこってす。ウチの若だんさんにひと目ぼれするんはええねん。なんぼでもひと目ぼれしたらええ。直接、本人に「好き」と素直にいえばええもんを、しちめんどくさいことに和歌なんぞに想いを託したもんで、こんな苦労するちゅうこった。
 若だんさん、高津のお宮で、水も滴るようなびちょびちょな美少女と出会う。その美少女、緋塩瀬の茶帛紗をわすれよる。で、その茶帛紗を手渡す。そのびちょびちょ美少女、短冊に和歌を残しよった。
「瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の」これ、崇徳院さんの上の句なんですな。「われても末に逢わむとぞ思ふ」の下の句が書いてない。上の句だけ残したことは「また逢いましょう」というはんじもんでんな。
 びちょびちょ美少女もひとめぼれしはったかも知れんけど、ウチの若だんさんは、もっとひどいひとめぼれ。くだんの彼女を恋こがれて、とうとう寝ついてしもうた。あと何日かの命やて。恋わずらいは命には別状はないと思うけど。若だんさんを助けるには、そのびちょびちょ美少女を見つけ出して、想いを叶てやるしかないちゅうわけや。
 そんなわけで、てったいのクマはんが美少女探索を親だんさんから命じられたわけや。報酬は借金ぼうびきの上に過分のお礼金。さらには倉付の借家を5軒。クマはん親だんさんに、その上、欲に駆られた女房に尻をたたかれ大阪中を駆け巡る。
「瀬をはやみ」「瀬をはやみ」「瀬をはやみ」と声をからしてグルグルグル。人より場つうことで散髪屋になんべんでも入るから、ヒゲ剃り過ぎてアゴがヒリヒリ。
 クマはん、くたくたになってやっと、びちょびちょを探り当てたら、彼女も恋わずらい。なんのこちゃ。
「好きやねん」「わても」ですむことを、和歌なんかに託すから、こんな騒動になったんや。けど、クマはんは家持ちの家主はんになったんやろな。
 
 
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とつぜん上方落語 第5回 時うどん


 おなじみの落語「時うどん」には2種類あります。「ひっぱりな」があるバージョンとないバージョン。「ひっぱりな」があるバージョンは、男二人が1杯のうどんを食う。最初に食う男(こいつが金をごまかす)のそでを、次に食う男が、早よ食えといってひっぱります。
ないバージョンは一人の男が代金をごまかしてうどんを食うのを、影から見ていた別の男、この男が同じようにしてうどんを食う。
 ないバージョンは桂吉朝師匠がやっていて、お弟子さんの桂吉弥さんの「時うどん」もこれ、この時聞いた吉弥さんのお弟子さん桂弥太郎も「ひっぱりな」がないバージョンでした。吉朝一門の「時うどん」はみなさん、ないバージョンでしょうか。私、上方落語はもうずいぶん長いことファンやってますが、江戸落語はよく知りません。この「時うどん」江戸落語では「時そば」ですね。「時そば」は確かないバージョンでした。
 私は、どっちかというと「ひっぱりな」があるバージョンの方が好きです。この噺はうどんを食う表現が見せ場となりますが、食う男のうどんを食う表現以外にも、食うのをじゃまされ、チャイチャイと後ろの男をけん制するしぐさも面白いです。そでをひっぱる後ろの男の、早くうどんを食いたい切実な様子と、ほんのうどんが二すじほど残った鉢を受け取った時の落胆と嘆きも面白い。そしてこの男二人を見ているうどん屋のオヤジ。この3人の演じわけが噺家さんの腕の見せ所です。
 この噺、一杯のうどんのありがたさがよく判る噺です。特に「ひっぱりな」があるバージョンだと1杯のうどんを分け合って(後の男はうどんが二すじ残っているだけですが)たべるのですから、1杯のうどんを一人で食うありがたさがよくわかるのです。この落語を聞くと、いつもうどんが食べたくなります。で、さっそくうどんをつくりました。そでをひっぱるヤツがいないから、一杯のうどんを安心して食えます。ズズズズ。ええダシつこうてるな。うどんはやっぱりだしやで。
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とつぜん上方落語 第4回 くっしゃみ講釈

 小生はNHKの大河ドラマはあまり観ない。でも、今年の「真田丸」はおもしろいから観ている。三谷幸喜の脚本がおもしろいのだろう。「真田丸」いちおう主人公は真田信繁だが、群像劇といっていい。三谷幸喜はこういう群像劇を創らせるとたいへんうまい。ただし「ギャラクシー街道」での大失敗で判ったのだがSFはまったくダメ。
 それはさておき、「真田丸」はオヤジ、おじさんがおもしろい。まず、なんといっても真田昌幸の草刈正雄。これまで真田昌幸といえば片岡千恵蔵、丹波哲郎といった重い人たちが演じるイメージがあるが、軽い草刈正雄が演じると、たいへんにキャラの立った真田昌幸となった。
 それから徳川家重臣の二人の本多がおもしろい。本多正信。近藤正臣が演じているのだが、家康の知恵袋で、酢でもコンニャクでもいかん老臣ぶりがおもしろい。もう一人の本多、本多忠勝。藤岡弘、がアツク演じている。本多平八郎忠勝。徳川家きっての猛将。57度の合戦にでながらかすり傷ひとつ負ったことがない。こんな猛将をアツイ藤岡が演じている。ぴったりの適役というほかない。
 この本多忠勝、拙作「キヨモリの鍵」にも出演してもらった。この作品の忠勝はトクガワ・ミナモト連合軍の機甲龍機兵オダイバ・ガンダムの操縦者だ。
 上方落語にも本多忠勝が出てくるのがある。「くっしゃみ講釈」である。界隈きっての小町娘、小間物屋のおもやんとの恋の語らいをじゃまされた主人公。邪魔した講釈師後藤一山に復讐を算段する。講釈場で胡椒の粉をくすべて、くっしゃみさせて講釈できんようにしてやろうという計画だ。胡椒の粉を買いに横町の八百屋へ行ってのぞきからくりの「八百屋お七」を「ホェ~イ小伝馬町より引き出され」と一段そっくり語って、胡椒の粉の代わりにとんがらしの粉を買ってくる。
 で、講釈場。このとき読み上げられたのは「難波戦記」大坂夏の陣(冬の陣やったかな)の講釈。
 大坂城中、御上段の間には内大臣秀頼公。おん左にはご母堂淀殿。軍師の真田左衛門尉幸村、四天王の面々には後藤又兵衛基次、長曽我部宮内少輔元親。木村長門守重成。このへんから、とんがらしの粉を火鉢の火でくすべだす。
 先手の大将、その日のいでたちいかにと見てやれば、黒皮おどしの大鎧、白檀磨きの篭手脛当て、鹿の角前立てうったる五枚シコロの兜をいただき、へー、へーくしょん。
 城中目がけて乗り込み来たりしが、天地も轟く大音声、は~くしょん。やあやあわれこそは、駿、遠、三の三カ国において、さる者ありと知られたる、へーくしょん、本多平八郎忠勝とはわれのことなり。はーはーはーくしょん。われと思わん者は、いざ尋常に勝負勝負。はーくしょんへーくしょん。
 と、ここに本多忠勝がでてくるわけ。この噺を聞くたびに思うのだが、このころヨーロッパでは胡椒はたいへんな貴重品。こっちで横町の八百屋で売ってて、講釈の邪魔すんのに使ってた。西洋と東洋の違いだな。 
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