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ソロモンの偽証



 宮部みゆき   新潮社

 稀有な読書体験をさせてもらった。全3巻4700枚。長大な作品である。しかし長大な小説を読んだという読後感はない。あれよあれよという間に読んでしまったというのが実感だ。確かに枚数が多い小説ではあるが、作品内で流れる時間は1年に満たない。昨年のクリスマス・イブで始まり、今年の夏休みで終わる。主たる舞台も公立の城東第三中学校の校内。では、何にこんなに枚数を費やしたのか。登場人物の造形に費やしたのだ。人物造形の名手宮部みゆきが、一切手抜きなし、リミッターをとっぱずして、じっくりと腰をすえて、多数の登場人物一人一人を造形していく。これだけの枚数が必要なのは理解できる。
 都内に雪が降ったクリスマス・イブの夜、一人の男子中学生が死んだ。校舎の屋上から転落したのだ。警察は自殺と断定。柏木卓也は自殺した。柏木くんは目立たない子だったけれど、不幸なことだった。それで落ち着いた。
 自殺ではない。殺人だ。ボクは殺害現場を目撃した。犯人は大出俊次をボスとする悪ガキ3人組。との告発状が校長、柏木の担任、同じクラスで警視庁刑事を父に持つ藤野涼子のもとに届いた。
 思わぬ事態が重なって、告発状はテレビ局に転送され、事件は報道される。疑心暗鬼が渦巻き、学校は疑惑疑問に包まれる。藤野涼子は、大人には任せて置けない、自分たちの手で真相を究明しようと、学校内裁判の開催を提案する。協力する先生、反対する先生、無関心な生徒、協力的な生徒、さまざまな困難を乗り越えて、夏休みの自由研究という形で学校内裁判が開廷した。
 判事、検事、弁護人、陪審員、廷吏、被告人、中学生だけの裁判。彼らは証拠を集め、関係者に聞き取り調査をし、証言証書を作成し、証人を呼び、見事に裁判を行う。
 冒頭で書いたとおり、人物の造形が見事。検事藤野涼子。容姿端麗な美少女。しっかりした優等生。父母妹の恵まれた家庭。父は警視庁刑事で適確なアドバイスももらえる。最初はいい子のヒロインだったが、ヒステリックな所もあり、けっこうイヤな女であることが判る。
 弁護人神原和彦。第三中学校の生徒ではない。柏木卓也とは塾で友人だった。それだけの縁でなぜ彼は弁護人をかってでたのか。女の子ようなかわいい顔をしているが切れ者。想像を絶する生い立ちの少年。
 弁護人助手野田健一。気弱な少年であるが、乱暴者大出俊次をなだめつつ裁判につかせる。両親とのトラブルをかかえる。彼がこの物語で一番成長した子供ではないか。
 被告人大出俊次。手のつけようのない不良少年。何度も補導されたワル。彼がこうなったのも理解できる。あんな親父では子供がワルにもなる。
 証人三宅樹里。ひどいニキビで悩む。暗い性格で友だちは浅井松子しかいない。その松子も交通事故で死ぬ。実は彼女がこの長大な物語を駆動させる人物。
 担任森内恵美子。若く美人。えこひいきの多い先生。知らぬまに人の嫉妬をかって、非常にまずい立場になり大ケガまでする。
 そして被害者柏木卓也。?。柏木卓也とは何者。これがこの小説のテーマ。彼はかわいそうな被害者か?天使か悪魔か?正か邪か?
 夏休みの4日間の裁判も終わる。子供たちは見事に評決する。被告人大出俊次は涙を流す。
 そして時間は流れた。野田健一は城東第三中学に戻ってきた。教師として。みんなはどうした。
「友だちになった」
 見事なエンディングだ。これだけの話。読者としても、野田以外の登場人物たち。藤野涼子、神原和彦、井上康夫、三宅樹里、山崎晋悟、みんなどうなったか気になるではないか。宮部はそういう未練を一切切り捨て、「友だちになった」の一言で閉める。見事である。
 中学生が夏休みの自由研究に学校で裁判を開廷する。ありえない話だ。非現実的だ。ところがいったん巻を開くと、そんなことは忘れてしまう。読者は城東第三中学に傍聴人として参加している。フッとわれに返って「こんな話ありえない」とは、本書を読書中一度も思わなかった。宮部みゆきの術中にはまったのである。おそるべし宮部みゆき。

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阪神VS井川!?

おや、井川くん久しぶりやの。阪神タイガースとしては井川と初めての対戦や。いわば初物ピッチャー。初もんに弱い阪神打線やけど、高山移籍初打席でホームラン。同点にする。ところがいつもはメッセンジャーを援護する打線も井川をもひとつ打てん。鳥谷のタイムリーで2点返して井川をマウンドから引きずり下ろすけど、あとのオリックスのピッチャーを打てんで、元エースのよしみか井川に勝ち星をプレゼント。
 ただ収穫はあったで。みょうばんピッチャー渡辺の復活や。リリーフに1枚加わったんはええこっちゃ。
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とつぜんSFノート 第43回

 1976年。京都烏丸今出川の今はなき京都府立勤労会館の会議室。1月の星群の例会。星群祭のことが話題となった。第1回星群祭(1974年)第2回星群祭(1975年)は、いちおう成功との認識があった。第2回の時も、今年もやる?やらない?ではっきりしなかった。結局やって、ファンダムでは好評をはくしたものと思っていた。
 で、小生はみんなに聞いた。「今年もやらへんの」で、みんなの返答。「なんならあんたがやったら」このひと言で小生は第3回星群祭実行委員長をやることになった。この実行委員長拝命は、小生が生まれて初めて引き受けたSFイベントの実行委員長だった。
 第1回星群祭は参加はしたが、準備段階では小生はまだ星群に入会していなかった。第2回の時は会員として横で見ていたから、どんなことをやるかは、おおむね判ったが、実際に自分がやるとなると大いに戸惑った。
 日本SF大会のような大きなイベントだと、何人ものスタッフがいて、実行委員長は具体的な作業は行わず、調整、決断、判断、交渉、といった仕事が主な仕事だ。ところが星群祭のような小さなイベントだと、スタッフといっても実行委員長と、事務局長の二人だけで準備作業を行わなければならない。
 まず、テーマを決めた。「エンタティメントとしてのSF」自分で設定したテーマではあるが、70年代の日本SFを総括したテーマだったのではないか。70年代初頭に、早川書房のSF担当が福島正実から森優に替わった。これによって、日本のSFが娯楽性を全面に打ち出した路線も包括するようになった。「文学性」を重視し、眉間にシワを作りながら「考える」ことを読者に求める、福島路線から、楽しむために読む、本を読んでいるあいだだけでも浮世のウサを忘れられるSFが多く供給されるようになった。
 ちょうど、このころ時代が呼んだような作家が二人現れた。日本SF第2世代作家である。田中光二と山田正紀。小生は二人の登場を非常にうれしく思った。特に田中光二は小生の嗜好にぴったりの作家だった。西部劇好き、冒険小説中毒、海人間、当時、田中氏は横浜在住、小生は当時も今も神戸、港町の住人。田中光二の作品は、それまでにない斬新な小説だった。非常に映像的で徹底的にエンタティメントに特化した小説だ。
第3回星群祭のゲストに田中光二氏を呼ぶことにした。田中氏に星群祭にゲストとして参加くださるよう手紙を書いた。快諾の返事をもらった。ちなみに
小生が知っている範囲では、SFファンが開催するSFイベントに作家をゲストで呼ぶ場合、作家は好意で参加する。ギャラは出ない。講演を行ってもらったり、パネルディスカッションにパネラーとして参加してもらっても、講演料などは出ない。100%作家の好意で参加してもらっているのである。田中光二氏はこのころ、すでに売れっ子作家だったが、手弁当で横浜から京都まで来ていただいたわけ。この当時の日本のSF界は作家とファンの間は、大変に親密で近かった。
小生は、不慣れながら、諸先輩方のアドバイスを受けながら、なんとか第3回星群祭開催にこぎつけた。
 田中氏は前日に京都に着いた。星群祭の前日は合宿をやっている。その合宿に現れた田中光二氏の第一声。「麻雀やらない?」
 1976年7月18日(日曜)京都府立勤労会館にて第3回星群祭は開催された。ゲストは田中光二氏、眉村卓氏、柴野拓美氏、風見潤氏。この4氏の講演。4氏を囲んでのパネルディスカッションを行った。
 なお、このころの星群祭ではショートショートコンテストを行っていた。この第3回の1位は「氷結美女」山本弘。あの、と学会会長の山本氏である。
 で、なんとか無事に第3回星群祭を終わることができた。 


 
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どうぞ点やるゆうとんのに、遠慮ぶかい阪神打線

 ま、こんな日もある。打線は水ものとはようゆうたもんや。このんところ好調の阪神だせんやけど、きょうはあとひとおしがでんかったな。新井兄弟は新井家の伝統芸併殺打を打っとうし。それでも6本ヒット打っとうけどあかんかったな。それよりも楽天先発戸村8個も四死球こしらえてくれて満塁のチャンスを作ってくれるけど、きょうの阪神はよっぽど遠慮ぶかいいんか、いえいえ点は要りまへんゆうて結局完封させる。
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日替わり守護神でええんちゃうん

また久保で負けたわ。出たら負けを確信するクローザーなんてあらへんで。こりゃチームのためにも本人のためにも、どないかせやなあかんで。先発で実績のあるピッチャーなんやから先発にもどしたらええんちゃうん。いったん決めた守護神役、そんな簡単に替えるもんちゃうゆう人がおるけど、あかんかったらどんどん替えたらええんちゃうん。日本国憲法ですら替えよかゆうとる連中がおるねんから、阪神の守護神ぐらい替えたらええんや。で、この前もゆうたけど9回を投げるピッチャーは別に固定せんでも、その時適任のピッチャーが投げたらええんちゃうん。日替わり守護神でええやんか。
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子供のいいわけかいな

 子供をしかると、よくこんな口ごたえをする。「だって、××ちゃんもやってるよ。みんなやってるもん。なんでボクだけおこられなあかんのん」
 こんな子供みたいな口ごたえをするご仁がいる。ええ年したおっさんで、大きな市の市長で、政党のトップである。
 みんなやってるからといって、その悪行は決して許されない。他人のことをあげつらう以前に、自分サイドのやったことの反省をするのが、まず先決だろう。××ちゃんのやったことは××ちゃんが反省すればよろしい。○○ちゃんのやったことは○○ちゃんが反省すればいい。ボクが悪いことして、しかられたら、だまってボクが反省したらいいのであって、××ちゃんや○○ちゃんのことにまで言及するのは、余計なお世話というものである。それに、そもそも、この子供は、それが悪いこととは思っていないようだ。困った子供だ。
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OK牧場の決闘


監督 ジョン・スタージェス
出演 バート・ランカスター、カーク・ダグラス、ロンダ・フレミング

 西部劇大好き人間で、ジョン・スタージェス「大脱走」「荒野の七人」がお好みの小生としては、いつか観たいと思っていた映画だ。ほこりっぽい西部の風景や、ガラの悪そうなおっさんが集う酒場を観るだけでもうれしいが、映画としては正直面白くなかった。上記2作品で見せた、スタージェスらしい軽快な演出がなかった。それに主演のバート・ランカスターも「プロフェッショナル」のランカスターのように生き生きとはしてなかった。
 お話は、西部劇史上最も有名なエピソード。OK牧場で繰り広げられた、保安官のアープ兄弟+アープの助っ人ドク・ホリディと牛泥棒クラントン一家の銃撃戦を描いたもの。この最後のアクションへ至るまで、元歯医者で、労咳を病み、博打と酒で身を持ち崩しているドク・ホリディと保安官ワイアット・アープの友情、ドクと恋人ケイト、ワイアットと女賭博師ローラの、色恋模様を描いていく。
 ダクラスのドク・ホリディは良い。ところがランカスターのワイアット・アープがぜんぜんダメ。西部劇史上に名高い名保安官とのことだが、ランカスターが法の番人、正義の人、人格高潔な名保安官をそのままなんのひねりもなく演じている。西部劇に出てくる保安官って、本当に正義の味方、法の番人だったのかな。半分ヤクザみたいな連中もいたんではないか。ある意味、日本の時代劇に出てくる岡っ引、目明しと同じような存在だったのではないだろうか。関八州の宿場町なんかに、お上から十手取り縄を預かった、御用聞きの親分さんなんてのが出てくるが、アレはたいてい、その町を縄張りとするヤクザの親分がやっていたのではないか。仔細に調べたことはないが、西部の保安官も同じようなものではないだろうか。
 名保安官ワイアット・アープは本当にこの映画のような法の番人だったのだろうか。ほんとうは半分ヤクザな拳銃使いだったのではないか。だから、優等生ワイアット・アープではなく、「悪」の要素もあるワイアット・アープを描いて欲しかった。そういう意味からもバート・ランカスターは不適任だった。
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新玉ねぎの丸ごと煮


 友人から新玉ねぎをいただきました。今の時期、新玉ねぎがおいしいです。サッとスライイスして、鰹節をパラパラして、醤油をちょっと垂らして食べると、爽やかな一品となります。
 スライスオニオンもいいですが、さて、この新玉ねぎ、どう料理しましょうか。旬のものですから、いかように調理してもおいしいですが、今回はひとつ、シンプルに玉ねぎのおいしさを味わうとしましょう。玉ねぎは加熱すると、甘味が増しておいしくなります。ですから、へんに手を加えず、このまま煮てみましょう。
 和風の煮物とします。和風ですから、昆布と鰹節の出汁を使います。せっかくですから、ダシの素やダシパックは使わず、昆布と鰹節でちゃんと出汁を取りましょう。
 鍋に出汁を張って、茶色い皮をむいた玉ねぎを入れます。白くてきれいです。あとは、これをコトコト煮ていけばいいのです。味付けは酒と薄口醤油だけです。砂糖と味醂は使いません。玉ねぎそのものが甘くなるのですから、余計な甘味は必要ないでしょう。
 30分ほど煮ます。串を刺して様子を見てもいいですね。最後に塩で味を調えます。スナップえんどうを添えます。煮えたらしばらく、そのまま置いておきます。さめていく段階で味がしむのです。玉ねぎ好きにはこたえられない一品ですね。
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若いスターはええやん。苦労人加藤にあっぱれ

 五月晴れの日曜日。超満員の甲子園。大谷がスタメンの日本ハムが相手。いやあ、復帰登板の藤浪にとって、実にお膳立てが整った登板やったな。しかも、1回裏早々、日本ハム先発の武田勝から電光石火の6点先制。きょうは1回で阪神勝ち&藤浪4勝目は決まったな。
 で、注目の藤浪VS大谷やけど、3打席2安打で打者大谷が勝ったけど、もっとおもろい対決があった。まず、7回、藤浪VS稲葉。2000本安打達成しとる功なり名を遂げた大ベテランと、注目されている新人ピッチャー。結果は藤浪が三振とって勝ち。ここは稲葉が一発打って藤浪に勉強させてもらいたかったな。
 次に9回。加藤VS大谷。輝くばかりのルーキーと、2球団をクビにされ、何球団も渡り歩いた苦労人。決してスターではないおじさん加藤が大谷を三振に切って圧倒。じつはワシ、この加藤が大谷を三振に取ったんがうれしかった。ワシもリストラされ、いくつもの会社を渡り歩いてきたおっさんや。スター大谷をリストラ苦労人加藤がおさえたんがごっついうれしい。阪神が日本ハムに勝ったことより、加藤が大谷に勝ったんがうれしい。
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勝つときは、どないしたって勝つ

 打線は水もんや。このんとこ調子ええ阪神打線やけど、打てへん時もあるやろ。そやから日本ハムがスクイズで上げた1点。この点が決勝点になって、今日は負けかなと思うとった。ところが、1軍復帰の福原、ここんとこえらいがんばっとう筒井の好投が勝ちを呼んだな。9回、浅井のデッドボールを足がかりに満塁、武田久のワイルドピッチで同点、マートンの一打でサヨナラ。う~む。阪神、マジで強いな。
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カリフォルニアロール


 寿司ではありません。SUSHIです。日本料理ではありません。アメリカ料理です。カリフォルニアのSUSHIバーあたりで創められたものでしょう。巻き寿司ですが、裏返しの巻き寿司です。
 寿司飯の塩梅はいつもの私の塩梅で。具はアボガド、カニ身、カニ風味かまぼこ、そしてアルファルファも使いましょう。
 アルファルファ、私にとっては思い出深い野菜です。私の新婚旅行はカリフォルニアでした。オプショナルツアーでヨセミテに行ったのですが、その道中のバスで食べたサンドイッチにアルファルファがはさんであったのを覚えています。ヨセミテの滝も見ましたが、たしかにでっかい滝ですが。でっかいだけです。大きさはぜんぜん違いますが、那智の滝の方が大きく感じました。ヨセミテの滝はたんなる滝ですが、那智の滝はご神体ですから神様なのです。
 アボガドは小さめのサイコロに切ってレモン汁をふりかけておきます。アボガドの種?もちろん取り除きます。食べたい人は食べれるのなら食べたいてもいいですが、私は食べません。カニ身は缶詰を使いました。マヨネーズで和えておきます。
 さて、巻いていきましょう。海苔の上にご飯を乗せます。平らにまんべんなくのばしましょう。ゴマをふって、ご飯が下になるようにラップの上にのっけます。海苔の上に具を乗せて、ラップで巻いて、食べやすい大きさに切ってできあがりです。
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ネクタイ

「あの、ご栄転おめでとうございます」
 その娘は、ウチの課にいる5人の女子社員のなかで最も地味な娘だ。地元の高校を卒業後に入社して5年。課の庶務的な仕事をしてもらっている。出張すれば、必要経費の精算は彼女に伝票をポイと渡すだけでOK。実に楽だ。ボールペン、クリップといった文房具も彼女が管理していて、取りに行けば「ハイ」と手渡してくれる。細かくめんどうな仕事はみんな彼女がやってくれる。課員みんなが、そんな仕事を彼女に押しつけているともいえる。課長の私自身も、そんな彼女が便利だから、課員たちの行状を黙認していた。
 その娘、吉田珠子が、みんながいない時にこっそり紙袋をくれた。私はこの支社を離れ、本社に戻る。このS市の支社には6年いた。営業課長としてそれなりの成果を上げたことが、本社の人事に認められたのだろう。本社の営業本部の次長に昇進する。
  餞別の品は課員一同からもらっている。個人的にくれたのは吉田珠子だけだ。一瞬、どうしようか考えた。受け取った。ネクタイだった。正直、私の好みから外れたデザインだった。
 6年ぶりのわが家だ。本社のある都心から電車で1時間30分の所に小さな建て売りを買った。そのわが家には1ヶ月住んだだけで、S支社に転勤となった。月に一度か二度帰宅はしていたが、娘と妻には夫と父のいない生活を、6年も続けさせていた。
 男の一人暮らしだったから荷物はそう多くない。それでも、荷ほどきはけっこう細々とめんどうだ。嫌がる女子大生の娘を、なんとかなだめて手伝ってもらった。
「お父さん、このネクタイなに?」
「もらいものなんだ」
「パッとしないデザインね」
 風呂から上がると、妻の手料理とビールが食卓に並んでいた。席につくと妻がビールをお酌してくれた。
「ご苦労さま。昇進おめでとうございます」
 飲む。うまい。
 娘もお酌してくれた。
「お父さん、お帰り」 
 飲む。うまい。
 娘が何か取り出した。
「これ、昇進祝い」
「なんだ」
「開けて見て」
 ネクタイだった。私の好みにピッタリだった。
「わたしと翔子と二人で選んだのよ」
 妻と娘と二人がかりで選んだだけのことはある。私のお気に入りの1本になることは間違いない。

「行って来る。翔子は」
「まだ寝てるわ。昨日おそくまで論文を整理してたみたい」
「そうか。このネクタイして行ったといってくれ」
 
 3ヶ月ぶりのS市だ。社長の支社視察のお供だ。社長は視察を終え、社長訓示を済ませるとさっさと帰った。営業本部次長の私は、もう一泊して、あす社長から指摘された、営業強化策の具体的な方策を指示する。
 廊下で吉田珠子と出あった。目礼してすれ違った。
「あ、あのう、課長さん」
 呼び止められた。
「なに」
「私のあげたネクタイしてないんですか」
「あ、あの時はありがとう。また今度するよ」
「わたし、一生懸命選んだんです。これなら課長さんに似合うって」
「ごめんごめん。キミのくれたネクタイいつもはしてるんだよ」
「次長、なにしてるんですか。会議が始まりますよ」
「あ、次長さんだったんですね。すみません」
 吉田珠子は顔を赤くしてむこうへ行った。その晩はS支社当時よく行った、駅前商店街のバーに立ち寄った。シャッターの目立つ商店街で、そのバー海神はひっそりと営業していた。
「お久しぶりです。岸川さん」
 マスター鏑木もだいぶん歳を取った。
「マスターもお元気そうで」
「そうそう岸川さん。岸川さんの部下で吉田さんって女の子がいましたね」
「はい」
「あの子が岸川さんのことを色々聞いていきましたよ」
「なんのためかな」
「なんでもネクタイ選びの参考にするんですって」

「次長、お電話です」
「どこから」
「S支社の吉田さんです」
 なんの用だ。営業本部次長の私に、支社営業庶務係の女子社員がなぜ直で電話をかけてくるのだ。業務上の連絡なら職制を通して連絡するはずだ。吉田珠子とは私的な縁はないはずだ。
「はい。岸川です」
「私のネクタイしてますか」
 この2ヶ月、吉田珠子から電話が25回あった。有給休暇を取って3度本社まで面会に来た。用件はいつも同じ。
「わたしのネクタイしてください。わたし、一生懸命考えたんです。課長さんのマンションの管理人さんや、バー海神のマスターに聞いて、課長さんに気に入ってもらえるネクタイ選んだんです」

 S支社に出張だ。
「今夜一泊して、明日の夕方には帰る。お、翔子、起きたか」
「お父さん、出張。うん、なにそのネクタイ。趣味悪~い」
「そうねえ。こんなネクタイどうしたの。私が買ったんじゃないわ。あなたの趣味でもないわ。翔子、あのネクタイ持って来て」
 娘が昇進祝いのネクタイを持ってきた。妻が結んでくれた。
「うん、やっぱりこれの方が似合うわ。こっちは捨てとくね」

「わたしのネクタイしてないんですね」
「うん。せっかくのキミの餞別の品だったんだが、妻と娘がどうしても僕に似合わないというんだ。正直いうと、僕もそう思うんだ」
「判りました。次長さん」

 吉田珠子はその後すぐ結婚した。夫を連れてあいさつに来たが、彼のしているネクタイは、私にくれたネクタイと同じデザインだった。

   
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阪急 宝塚南口


 先般、手塚治虫記念館に行った。ここに行くには阪急電車宝塚より、ひとつ手前の、宝塚南口の方が近くて判りやすい。宝塚南口を降りて、宝塚大橋を渡ったら、すぐ手塚治虫記念館が見えてくる。この写真は宝塚大橋から北を向いて撮った。鉄橋は阪急電車今津線。対岸に見える小豆色の屋根の建物は歌劇の宝塚大劇場。
 下を流れる川は武庫川。パリにセーヌ川、京都に鴨川が有るように、宝塚に武庫川がある。阪神間という大きな都市圏を流れる川としてはきれいな川で、ここより流れ下ると西宮と尼崎の市境をこの川が流れている。阪神大震災の時、神戸から大阪まで歩いて物資の調達、会社への無事の報告に行ったが、この武庫川が世界の境い目だった。武庫川より神戸より西宮側は大震災で破壊された町。川を渡って、大阪より尼崎側に行くと、なにごともなかったような、平穏な日常の世界があった。
 その阪神大震災の犠牲者を悼んで、創られたとされる「生」のオブジェは確かこのあたりの中洲だったはずだが、この写真を撮った時には確認できなかった。
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クローザーは固定せんでもええんちゃうん

 ええんちゃうんタイガース。4月は投手力で勝ってたけど、今は打力で勝てるようになったな。マートンなんか、きのうはあわやサイクルヒット、きょうは4安打2打点の大当たり。4番がこれだけ打ったら、そら勝てるわな。9回の時点で7対1の6点差。これだけ点差があったら守護なめくじ久保のお出ましを願うこともあらへん。よしんば久保でもなんぼなんでも6点も取られへんやろ。守護神不在の阪神は今んとこ打力にモノをいわさにゃしゃあないな。
 クローザー、別に久保に固定せんでもええんちゃうん。加藤、安藤、鶴、だれでもええんやん、その時適任のピッチャーが勤めたらええんちゃうん。もちろん久保でもええ場合もあるやろ。そこんとこ見ぬくんがプロのピッチングコーチちゃうん。中西はん。
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とつぜん対談 第52回 茶せんとの対談


 この徳利とお猪口は正月にしか使わず大事にしています。阪神大震災の時は東京の伯母に貸し出していて無事でした。その伯母、杉並でお茶の先生をしているのですが、今日の対談相手はその伯母の師匠筋に当たる人(?)です。伯母は老母の姉ですから90を越してます。その師匠筋ですから、えらい年寄りです。なんでも茶の奥儀を極めたご仁だそうです。では茶せんさんどうぞ。

雫石
 よく来て頂きました。

茶せん
 はい。

雫石
 私、子供のころ、夏休みに杉並の伯母の家に遊びにいったことがあります。確か、まだ新幹線開通前でビジネス特急「こだま」で6時間かけて東京に行きました。その時、伯母の家でお会いしましたね。

茶せん
 覚えています。神戸の鉄也くんですね。

雫石
 よく覚えてますね。

茶せん
 一期一会。人との出会いを大切にするのが茶の心。茶を学ぶ者、人との出会いを大切にします。茶人は一度あった人は忘れません。

雫石
 へー、そんなものですかね。失礼ですが茶せんさんは100歳はゆうに超えてますね。驚くべき記憶力ですね。

茶せん
 茶の心です。

雫石
 私も茶道を勉強したいのですが。

茶せん
 勉強なさるがいい。

雫石
 私を弟子にしてくれますか。

茶せん
 私の流儀には入門も破門もありません。茶を学びたいと思う人はすべて私の弟子です。

雫石
 では、もう私は師匠の弟子ですか。

茶せん
 はい。

雫石
 では、まずなんの勉強からしましょう。

茶せん
 なんでも。森羅万象、すべてが茶の勉強です。

雫石
 なにを勉強すればいいんですか。

茶せん
 茶の心です。

雫石
 あのう、これ、そこの自販機で買った「お~い、お茶」のペットボトルですが、私、もう師匠の弟子ですが、どうやって飲めばいいんですか?

茶せん
 鉄也くんは右利きか。

雫石
 はい。

茶せん
 左手でボトルを握り、右手でキャップをひねって取って、口に当てて飲めばいいのです。

雫石 
 普通じゃないですか。

茶せん 
 それが茶の心です。

雫石
 ペットボトルから古天明平蜘蛛の茶釜にうつして熱くして、曜変天目茶碗で飲まなければいけないのでは?

茶せん
 そうしたければそうしなさい。

雫石
 平蜘蛛の茶釜は、信長に攻められた松永久秀が、信長に対する当てつけで茶釜を抱いて自爆したから現存しません。曜変天目茶碗も現存するのはごくわずかでしょう。だったら、このビール買った時にもらった「キリン」のロゴのあるビアグラスで飲んでもいいんですか。

茶せん
 そうしたければそうしなさい。

雫石
 曜変天目茶碗で飲むのと、キリンのビアグラスで飲むのとではどう違うのですか。

茶せん
 同じです。

雫石
 だったら師匠に習うことないですか。

茶せん
 そう思うのなら私から離れなさい。

雫石
 伯母の家にようけお弟子さんが来てますが、あの人たちは何を習いに来てるんですか。

茶せん
 茶の心です。

雫石
 千利休が来客があるというので、庭の椿の花を全部切り取って一輪だけ残して、わびさびだとか。なんともイヤミですね。素直に椿の花を全部残しておけばいいのに。

茶せん
 それが茶の心です。

雫石
 秀吉はそのへんが癇に障って利休を切腹させたのでしょうね。私は秀吉の気持ちが理解できます。利休、嫌なおっさんですね。

茶せん
 茶の心です。

雫石
 利休も嫌なヤツだが、もてはやされている北大路魯山人も嫌ですね。あんなん、ただの傲慢で食いしん坊なおっさんやないですか。魯山人の作品もハッタリだけですね。

茶せん
 茶の心です。

雫石
 なんでも茶の心ですね。

茶せん 
 そうです。

雫石
 宇宙は何でできてますか?

茶せん
 茶の心です。
 
 
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