Mayumiの日々綴る暮らしと歴史の話

日日是好日 一日一日を大切に頑張って行きましょう ξ^_^ξ

隠者が孔子の隠れることを諷した

2015-02-04 17:15:50 | Weblog

楚狂接輿歌而過孔子曰、鳳兮鳳兮、何徳之衰也。徃者不可諌。來者猶可追。已而已而。今之從政者殆而。
孔子下欲與之言。趨而辟之、不得與之言。

楚の狂接輿歌いて孔子を過ぎて曰はく、
「鳳よ鳳や、何ぞ徳の衰えたる。往く者は諌むべからず、来たる者は猶お追うべし。已みなん已みなん。
今の政に従う者は殆し。」
孔子下りて之と言わんと欲す。趨って之を辟け、之を言うを得ず。

                                                    微子第十八の五


孔子が楚に往こうとした時、楚に偽って狂人となっている接輿と云う者があって、
歌って孔子の車前を過ぎた。
その歌は次の様なものである。
「鳳や鳳や、道あれば見れ道なければ隠れてこそ、その徳は盛んであるのに、
今の様な道なき世に猶隠れずにいるとは、何と徳の衰えたことであろう。
過去の事は諌めて止めることはできないが、将来の事は猶追いつくことができる。
今は隠るべき時である。止めよ、止めよ。今の様な無道な世に政に従う者は危ういことだ。」
鳳を以て孔子に比し、孔子がかかる無道の世から隠れることを欲したのである。
孔子はこれを聞いて車を下って接輿と話そうと思ったが、接輿は疾行して孔子を避けたので、
孔子は接輿と話すことができなかった。



今日は水曜日休みでしたが、この時季の休みと云っても、お風呂或いは温泉に行くか、
買い物lくらいしかすることがない。
けれど、除雪要らずなことは、これは御馳走に近いものがあります。
穏便に日々が過ぎて行くことには、何の不満も不幸もないものですね。


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孔子が魯を去ったことを記す

2015-02-04 16:48:55 | Weblog

齊人歸女樂。季桓子受之、三日不朝。孔子行。

斉人女楽を帰る。季桓子之を受くけ三日朝せず。孔子行る。

                               微子第十八の四


魯の定公の十四年に、孔子は魯の司冠となり、宰相の事を兼ねて行った。
三月で魯の国は大いに治まった。
斉人は魯が孔子を用いて覇者となれば、己の国が先ず併呑されることを懼れて、
国中の美女八十人を択び舞楽を奏させて魯の君に贈り、
声色に溺れさせて賢を用いる心を妨げようとした。
時に魯国の政は季桓子が専らにしていたから、桓子は魯君に勧めてこれを受け、
君臣共に楽しみに耽って政治を怠り、朝に出ないことが三日に及んだ。
賢人を用いて女楽を受けるのは賢を侮るのである。
三日朝に出ないのは礼を棄てるのである。
与に政を行うことのできないのを見て、孔子は遂に魯を去った。


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