縷紅草(るこうそう) Ipomoea quamoclit おせっかいな人 私は忙しい 常に愛らしい 世話好き
子曰く、唯(た)だ女子と小人とは養い難しと為(な)すなり。
之(これ)を近づくれば則(すなわ)ち不孫(ふそん)、之を遠ざくれば則ち怨む。
孔子が女を軽蔑した証しとしてよく使われる言葉だそうですが、その女とか小人とかは普通の者を云うのではなく、下女や下僕のことを言ったのでした。
家庭内のことで他に知られたくない事情でも彼らには知られてしまうわけで、ときに彼らは自分は主人の特別な存在であると考えるのです。
だからあまり近づけてしまえば、不遜な考えをおこす恐れがあり、かと云って遠ざける様な事をしたなら相手は怨みに思うだろうと云うこと。
最高気温が前日よりか低かったとしたって、昨日の土曜日だって私は暑かったでした。(;´O`)
ダラけていてはいっそう暑く感じるものだと思って、いつもの様に朝早く庭に出て、それから洗濯掃除、曇っては来ましたがお布団干しもしました。
今日はお昼の12時にお風呂に出るからって、それは励みにもなるんだけれども忙しいです。
今ホッと出来るのは、サウナ後に水風呂に入っている時です。
幾らか涼しくなったとしたって、私は何か身体の芯がいつまでも熱を持っているみたいで、この感じって秋になり寒くなって来たかナ~!?くらいまで続きます。
首と両脇の太い血管のあるとこを特に冷やしたいです。(*´О`*)ホッ!
だけど、年々夏には強くなって来た様に思うんですね。
何が何でもエアコンが欲しいと思った事もあるけれど、今のところはまだ扇風機さえそんなには使っていません。
「秋の扇」とは、寵愛が薄れられた女性のことを言いますが、秋になったらエアコンも扇風機も要らず、短い夏の北海道ですから精々お盆過ぎまでの辛抱でしょうし、寒くなればなったで、この位の暑さなどは懐かしく思うでしょう。
苦手な暑さだけれど、頭で好いイメージを創り、ダラダラと過ごさない様にするのが目標です。
その対策として、私は気の進まぬ予定があると体調が悪化すると云うオカシナ人だったりしますから、毎日思いつきの自由勝手な環境にしておくって方がイイって思っています。
夏に無理をしなければ、秋になって冬になって、案外元気でいられるんだしって事も判り、スカッと気分晴れ晴れもないけども、所謂、それなりで好しとすべきだと考えています。(^_^)ノ
今日で7月も終わり。
特にどうってこともなく恙無く過ごせたことは好かったナと思いますが、何かしら自分の中で満足が出来ていないものがある様な、それって何かと想えば「理想」があるのだろうと思います。
理想の実現は普段の習慣から来ると私は考えています。
孔子は過去に理想或いはユートピアがあると説いた人で、自分の生きている今から100年も200年も前の人に傾倒していました。
この思想って儒教の根源の一つだったりするんだそうですが、どー考えても想像しても、過去に理想?・・・ってまるで理解しがたいです。
私は低い理想ばかりだから、手の届くことや物を一つ一つ掴んで、明日や明後日も理想を叶えたいと思うんですよ。
思えば成せるじゃないですか。