限りなき知の探訪

45年間、『知の探訪』を続けてきた。いま座っている『人類四千年の特等席』からの見晴らしをつづる。

惑鴻醸危:(第63回目)『騎虎から下りられない習近平』

2022-10-30 20:54:05 | 日記
最近(2022年10月)開催された中国の第20回共産党大会で、習近平の第3期目の政権が誕生した。世間の見方は、「習1強体制」「習近平に権力が集中した」というが、私には逆のように思える。つまり、「習近平が強いのではなく、仲間がつくれないので、仕方なく身内だけで固めた」という風に見える。こういうと、当然のことながら「内部の情報通でもないのにいい加減なことを言うな」とお叱りを受けること必然だ。確かに、私は中国共産党内部の事情を直接得ている訳ではない。しかし、世間で流されている情報にしろ、現時点では「噂、思惑」の域を出ていない観測的見解が多いように思える。

習近平の弱み:
1.習近平は過去10年の腐敗撲滅運動で、多くの敵を作った。
2.江沢民が存命、その上、江沢民派の薄熙来や周永康がまだ牢獄の中で生きている。
3.共産党のエリート集団「共産主義青年団 (共青団)」出身の有能な官僚から協力を拒否されたので、指導部内および国家運営に人材不足。

習近平のこの10年の政権で、腐敗撲滅で数多くの敵を作った。とりわけに江沢民派の薄熙来や周永康のような大物まで投獄したことで、江沢民派だけでなく、いままで数々の利権を食い物としていた腐敗グループ全体から目の敵にされた。

習近平はこのような状況で、最も頼りにしていたのは、共青団であっただろう。かれらはここ数十年間、共産党全体のいわばエリート集団であったので、習近平のように仲間が少ない弱小グループにとっては羨ましい限りであったであろう。さらに、10年前に胡錦濤からトップを譲られたこともあって、共青団にたいする恩義も感じていたはずだ。しかし、いくら努力しても彼らを自派に取り込むことは出来なかった。それで、今回の発表で胡春華が中央政治局委員から外されたことは、習近平が降格させた、ととらえられているが、私は逆に「共青団が習近平への協力要請を断り、自発的に閣外に出た」というようにとらえている。どういう論点で共青団が習近平に不賛成であるかは推測するしかないが、経済政策と外交の2つのキーイシューであるのは間違いないだろう。現在、中国はどのような政策をとるにもグローバルな観点を外すことはできない。国際性豊たかな共青団にしてみれば、習近平の中国中心主義は危なっかしくて見ていられないのであったろう。しかし、いくら論理的に説明しても、中国至上主義の習近平はグローバル観点に立った見方が出来ないのであろう。

習近平には現状あまりにも敵を多く作ったにも拘わらず、自分を支える自派の部下が余りにも貧弱なので、もし今、権力を手離してしまうと、恨みつらみのつのった敵からの攻撃をはねかえすことができないと確信しているからだ。つまり、1強とは、名ばかりで、実態はまったく「四面楚歌」の状況だ。とりわけ、軍(人民解放軍)の横暴を厳しく咎めたため、軍からは恨まれている。主席を退けば、当然、丸腰で軍に立ち向かわないといけない。



この現象を現在視点で見ると、非常に分かりにくいが、歴史を振り返ると、全く相似形の現象がある。それは、北宋時代の王安石の新法派と司馬光の旧法派の対立だ。
北宋時代に新法派と旧法派が争ったとき、新法派には王安石以外めぼしい人材はいなかった。それに引き換え、旧法派には『宋名臣言行録』に見られるように、多士済々、才能あふれる官僚(例:欧陽脩・富弼・文彦博・韓琦、司馬光・程顥・蘇軾・蘇轍など)がきらぼしの如くいた。結局、王安石は才覚とぼしい貧弱な官僚たちを率いて新法を浸透させようとしたが、成功しなかった。それだけでなく、引退すると旧法派の巻き返しで、新法派は迫害された。

数千年来、尚古主義、歴史主義にどっぷりつかっている中国人にしてみれば、北宋のような1000年前の出来事は、近年におこった出来事と同じぐらいの親近感をもつのだろう。そして、その時に起こったことは、明日にでも起こると考え、行動する。
「中国の政治は分かりにくい」というのは、単に時間軸だけの問題だ。毛沢東が起こした文化大革命や、四人組と鄧小平の関係なども、当時は全く状況が判断できず、今から見ると「当時の人は、一体何を見ていたのか?」と不思議に思うぐらい、とんちんかんな意見が溢れかえっていた。ところが、記録魔の中国人であるから、政治家の言動はあたかも秘密警察が身辺にぴたっと張り付いて記録したのではなかろうかと思うぐらい詳細な記録が、当人たちの死後にわぁーっと一斉に出てくる。『毛沢東の私生活』『周恩来秘録』『鄧小平秘録』などを読むとはじめて彼らの言動の真意が理解できる。

習近平の現状は、何も好き好んでトップの座に居座っているのではなく、故事でいう「騎虎の勢い下るべからず」という状況なのだ。(「騎虎の勢い下るべからず」とは「一旦、虎に乗ったら降りることはできない」(注:べからず、は「~すべきでない」という意味ではなく「~できない」という意味。出典:隋書の「騎獣之勢、必不得下」)つまり、習近平の今回の一連の言動(最高指導部のメンバーの68歳引退の撤廃、国家主席の2期10年の任期の撤廃、胡春華の降格など)はトップの座を降りるにも降りることのできない、状況下のやむをえない行動なのだと私は推測するのだが、その真意が明らかになるのは、今から30年ほど後の話になるであろう。私はそれを確かめることはできない。もし、将来、『習近平秘録』が出版されるようなことがあれば、是非、この点をチェックして欲しいと念願する。
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