癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

サクラは咲いたが・・・

2020年04月30日 | 日常生活・つぶやき

 26日に開花宣言が出された函館だが、その後、気温が上がらず不安定な天候が続き、開花のスピードが遅れているようだ。五稜郭公園はもう満開になっても良い今日の段階でも5分~7分咲き程度である。特に北側の裏門の方が遅れている感じである。

 昨日から大型連休が始まり、本来であれば、五稜郭公園や函館公園は花見客や観光客でごった返しているはずだった。しかし、新型コロナ感染拡大に伴う外出自粛に合わせ、五稜郭公園は、夜桜の提灯も設置されず、花見宴会も禁止となり、昨日から5/6までの一番良いときに郭内への立入が禁止になっている。花見は外堀のサクラを歩きながら眺めるだけである。また、函館公園も出店も夜桜も中止になった上に、やはり昨日から5/6までの公園内への立入が禁止となった。

 近郊のサクラの名所である北斗市や森町も花見に関するイベントを一切中止し、シダレザクラで有名な北斗市の法亀寺も境内へは立入禁止となっている。

 それだけでなく、五稜郭タワーや函館山ロープウェイを初め、朝市やベイエリアなどほとんどの観光施設も5/6までは臨時休業となっている(休業施設一覧表。また、公営の駐車場はすべて閉鎖されていて、函館市民だけでなく、観光客が来たとしても、車を停める所もなく大変である。

 GW初日の昨日は、五稜郭公園の散策路の人出は例年よりはかなり少なかった。しかし、ウォーカーやジョガーの他の花見客が思ったより多かった。ウォーキングやジョギングはむしろ普通の道路や郊外の方が感染リスクが低い感じがした。そこで、昨日は車で出掛け、四季の杜を歩いてきた。しかし、そちらも同じことを考える人が多いと見えて、結構多くの人が歩いていた。 

 我が家も例年のGWは、妻の休業に合わせて車中泊旅行に出掛けていたが、今年は旅行は止めにした。まさに、春爛漫の一番良い季節は、新型コロナに奪われてしまった形である。

 今日は、MTBに跨り、まずは五稜郭公園でサクラを写した。9時前だったこともあり、ウォーカーとジョガーだけのような感じだった。その後、桜が丘通りを抜けて、「函館レトロ建築探訪」シリーズのために、観光客のいない元町~末広町~弥生町~船見町の建物をカメラに収めて来た。

 走行距離20km、西部の坂道は押して歩いたところが多かった。時間は3時間10分。昼食前に帰宅することができた。午後からは雨が降ったので、午前中の行動が正解だった。


函館レトロ建築探訪(その4)~ベイエリアの指定伝統的建造物

2020年04月29日 | レトロ建築・古民家カフェ

 今回、この「函館レトロ建築探訪」シリーズを掲載するにあたって、いろいろな目に付くレトロ建築物を見て歩いていたら、西部地区には「伝統的建造物」と「景観形成指定建築物」のプレートが設置されている建物が多かった。

 その2つの違いを調べていたら、歴史的な建造物が数多く存在するいわゆる「西部地区」と言われる一帯は、「都市景観形成地域」として指定されている地域があり、その中でも、核心的な地区が「伝統的建造物群保存地区」として決定されていることが判明。

 その中で「伝統的建造物」に指定されている建築物は「伝統的建造物群保存地区」に存在し、「景観形成指定建築物」に指定されている建築物は、その他の「都市景観形成地域」に存在することが分かった。(上の地図の青色の建物が「景観形成指定建築物」で、緑色の建物が「伝統的建造物」)

 ちなみに、これまでアップしてきた、「その1・その2・その3」の建物はこの指定地区から外れている。

 今回(その4)は、その「伝統的建造物群保存地区」の中のベイエリア周辺の「函館市伝統的建造物」に指定されている建物を取り上げることにした。(※ただし、自分がウォーキング途中に目に付いて撮影したものなので、漏れがあるかもしれない)

◎ベイエリアの中心的存在の「金森倉庫群」<明治42年(1909年)築>

 函館観光を代表するランドマーク的な金森倉庫群・・・手前左から「BAYはこだて」、道路を挟んで「金森洋物館」、「函館ヒストリープラザ」、「金森ホール」。

 1909(明治42)年建築、1988年から全面リニューアルし、ショッピングモール、ビアホール、イベントホールなどとして営業。 

 いずれも函館で輸入雑貨、時計や船具の販売を始めとし、新聞社や銀行などを幅広く手掛けた「金森」の倉庫として建てられたイギリス積みの煉瓦造り平屋建てである。「金森」の創業者は渡邊熊四郎で大分県生まれ。長崎で商いを始めたのち、函館に出てきたそうだ。1907(明治40)年に発生した大火で倉庫6棟を焼失し、不燃質の倉庫として再建されたのが、現在の建物。

 

◎はこだて明治館(旧函館郵便局)<明治44年(1911年)築>

 昭和37年(1962年)まで函館郵便局として使用されていたものを再利用したショッピングモール&ミュージアム。

 この建物は金森倉庫群と同じ明治40年8月の函館大火以降に建てられたもので、その中の代表的建築の一つといえる。この旧函館郵便局は函館の古建築再生活用のパイオニア的な建物でもある。

 

◎箱館高田屋嘉兵衛資料館(旧田中家昆布倉庫)<1号館(左)大正12年(1923年)築・2号館(右)明治36年(1903年)築>

 切妻屋根を桟瓦葺とし,外壁を漆喰塗とするなど,和風の意匠を取り入れている建物で,海産物用倉庫を資料館として再活用している。左の1号館は鉄筋コンクリートなのかが平屋建て、右の古い方の2号館は石造平屋建てそのこと。 

 

◎ザ・グラススタジオイン函館(旧海産商・宝興業倉庫)<明治43年(1910年)築>

    
 明治の海産商の倉庫で、切妻屋根に桟瓦葺、開口部はアーチ型となっており,港町の風情を偲ばせる洋風の建築物である。昔は木工場として利用していたが、平成4年にガラス工房となっている。 煉瓦造平屋建て。

 

◎古稀庵(旧海産商・渡辺商店)<明治42年(1908年)築>

 海産商・渡辺商店の建物として,典型的な洋風町家形式(和洋折衷住宅)のデザインを踏襲している。1階は竪繁格子をみせた和風の意匠、2階には、コーニスのデンティル、ブラケットの彫刻などを持った水準の高い意匠を展開している。現在は宿泊設備とレストランになっている。右側の建物は土蔵らしい。古稀庵の名前の由来は、ご主人が古稀の時に始めたことに因るとか・・・。

 

◎茶房旧茶屋亭(旧海産商・近藤商会店舗)<明治末期築>

 海産商・近藤商会の店舗として建てられた典型的な函館の和洋折衷の町屋。2階が洋風で1階は和風の擬洋風。1階の赤い庇と2階の白い下見板貼りが明るいコントラストになっている。1階の窓にはステンドグラスがはめ込まれていて、和風とはいえ、ここもちょっと洋風を感じさせる。
 一時は裏側にあるホテルの施設だったが、ホテルが廃業したため、現在は喫茶店になっている。

 向かって左端には分厚い煉瓦造りのうだつ(防火袖、卯達)があり、現在は車庫兼通用門となっているようだ。ホテルのときは通用門として使われていたらしい。

 

◎和雑貨いろは(旧海産問屋・轟工業店舗兼住宅)<明治41年(1908)年築>


 ザ・グラススタジオ・イン函館の横に建つ、明治末期の和洋折衷の店舗兼住宅。元は海産問屋の店舗として建てられたものだとか。一時はザ・グラススタジオ・イン函館の2号館だったことがあるが、今は和雑貨の店になっている。

 左側に煉瓦のうだつ(卯建・防火袖)があるのが特徴。1階は簓子下見板張り、開口部に格子を持ち庇を配した和風、2階は南京下見板張り、縦長窓を等間隔に配置し、軒蛇腹を持った洋風で、妻壁は人造石の洗い出し仕上げとのこと。 

 

◎ラコンチャ(旧深谷米穀店)<大正6年(1917年)築>

 建築当初は米穀店であったが、現在はスペイン料理店として営業している 1階は、竪繁格子窓、簓子下見板張り仕上げで、2階は南京下見板張りに縦長窓、胴蛇腹、軒蛇腹、持ち送りを配する住居部分で、和洋折衷建物である。 

 

◎Lサイズの店もりや(旧市水商会店舗)<明治42年(1909年)築>

 


 もとは海運関連を取り扱う会社の店舗だったらしい。今は洋服店になっている。ただし、現在は営業をしている感じではなかった?1階は、竪繁格子窓、簓子下見板張り、2階は南京下見板張りに縦長窓、胴蛇腹、軒蛇腹、持ち送りを配する和洋折衷建物。

 

◎箱館カネサ商店 (旧 カネサ佐々木邸)<明治42年(1909年)築>
 
 

 2019年7月1日にオープンした駄菓子屋。たこ焼き、焼きそば、たい焼きも扱っているようだ。2019年(平成29年)に外観が復原された建物で、1階は和風で堅繁格子の出窓、2階は洋風で縦長窓を等間隔に配している上下和洋折衷様式の建物。

 こうして、このベイエリアの「指定伝統的建造物」を見ると、明治40年の大火直後に建てられて、そのまま残っている建物が多いことが分かる。

 函館特有の和洋折衷住宅についての解説は、下記が詳しい。

  函館の街並みの「華」・和洋折衷住宅の魅力(函館市公式観光情報)


<接触ゼロ登山>恵山八幡川コースの外輪山(461ピーク)まで

2020年04月28日 | 登山・旅行

 八幡川コース外輪山461ピークから火口原を挟んで眺める恵山

 ◎「接触ゼロ登山」(自分なりの造語)

 新型コロナ騒動で、およそ「3密」には縁のなさそうな登山も関係者の間では自粛が求められている。特に、多くの登山者が押し寄せる北アルプスや日本百名山や都会の近くの山など、さらにはグループ登山や山小屋利用の登山などはその最たるものであろう。

 また、山中だけでなく、登山前や下山後の交通機関や宿の利用も危険性が高い。さらには、地元の人との接触で感染させる側に回る危険性もある。さらに言われているのが、医療体制が大変なときに事故を起こしたり、怪我をしたりして迷惑をかける可能性もある・・・などなどである。

 しかし、この年齢になると、ステイホームでは体力維持も難しいし、運動不足で免疫力も落ちそうな感じである。感染リスクが少ないとのことで、許容されているウォーキングだけでは汗を掻くこともなく、どうも物足りない。五稜郭公園などは結構混みあっているし、皆さんマスク姿である。それに比べたら、登山者の少ない山での単独行登山は、マスクの必要もないし、感染リスクゼロと言っても良いだろう。

 だからと言って、これまでのように遠くへ出かける車中泊での山旅は、やはり気が引ける。幸い道南の山は登山者の少ない山が多い。せめて、車で日帰りできる、さらには事故等の危険性の低い山で、往復でどこにも寄らないような「接触ゼロ登山」くらいは許されるだろう。

 ※しかし、それでも「問題がないとはいえない」という貴重なご意見もいただきました。確かに、みんながこのような考えになったらまずいだろうとも思います。当分の間、山は自重・自粛に努めます。

 昨日のユキワリコザクラを観たあとに、恵山の登山コースの中で、登山者の滅多にいない八幡川コースを外輪山の461ピークまで往復した。自分としてもまだこれで3回目である。

 北斜面でもあるし、下は杉林で上は高山植物帯なので、ほかの山のような春の花は期待していなかったが、見事なほど1輪の花も目にすることがなかった。もちろん登山者の姿も今年になっての痕跡すら目にすることはなかった。

 天気の心配がなければ、火口原へ下りて椴法華コースを下り、海岸線を歩いて登山口までのロングウォークも考えていたが、昼頃に雨予報が出ていて、上空に怪しい雲が広がっていたので、461ピークまでのピストンにした。

 10:05登山口~11:00 461ピーク(登り55分)11:10~11:45登山口(下り35分)

 この八幡川コースが不人気なのは、この先恵山へ登るためには、東尾根を下って火口原へ下り、さらに権現台コースを登り返さなければならないロングコースだからであろう。

登山口をスタート。しばらくは杉林の中を進む。

 

 予想通り花もないので、切り株を覆う見事なスギゴケをパチリ。

 

 やがて、崖の上に出る。正面は目指す461ピーク。昔はこの先に登山道(松の右下)があったが、崖崩れでなくなり、左の尾根に現在の登山道ができた。(GPSトラックログの直角に曲がる地点)

 ここから先の尾根は急な登りが続き、寒いはずなのに、パーカーを脱いで汗を搔きながら登った。脹脛や臀部の筋肉の負荷感と心拍数の上昇に、「山の体力は山でしか鍛えられない」を実感する。

 急登尾根の途中から海向山を眺める。

 

北側には太平洋に突き出た銚子岬。

 

 左の尾根から巻くように登り、461ピークを目指す。

 1時間弱で461ピークに到着。火口原駐車場には2台の車が停まっていた。多分恵山に登っているのだろう。

 461ピークから古部丸山(古部岳)を眺める。このすぐ後に雨雲に覆われた。

 

 エゾイソツツジの蕾。この花は6月が見頃である。

 

 この辺りは、コイワカガミの多いところである。花は5月末ごろなので、まだ蕾も見当たらなかった。

 

 下山時に火口原に向かうコースを少し下って、昔の進駐軍の無線基地だったという建物の土台部分(数ヶ所)を見下ろして戻った。

 下山中にみぞれが降ってきて、下山後は土砂降りの雨になった。南茅部回りで帰ったが、温泉にもコンビニにも寄らず「接触ゼロ登山」を敢行することができた。

<八幡川コースの過去記事>

◎ 07,10,31「行く秋を惜しんで~外輪山461ピーク」

◎ 11,6,07「花散策の恵山」(八幡川コース~火口原)


3年ぶりにユキワリコザクラに逢いに・・・

2020年04月27日 | 花・紅葉だより

 昨日、五稜郭公園のサクラもようやく開花宣言が発表されたが、今日は、誰とも会うことのない、とある場所にひっそりと咲くユキワリコザクラに3年ぶりに逢いに行ってきた。

 ユキワリコザクラ(雪割小桜)は、サクラソウに比べて小さく、雪解けを待って咲くのでこの名がある。
 ユキワリソウの変種で、山地帯~亜高山帯の岩礫地や乾いた草地に生える多年草である。茎の高さは僅か5~10㎝ほど。北海道では海岸に近いところに生え、特に道東では郊外の道端に生えるほど個体数も多く、根室市では「市の花」に指定している。東北地方では、限られた高山にごく少数の株がひっそりと咲く・・・この場所も、まさに海岸だが、地下水が滴る湿った岩壁に張り付くように咲いている。

 このあと、運動不足を解消するために、この時期誰も登る人のいない恵山の八幡川コースを外輪山まで往復した。これは、明日アップ予定。


函館レトロ建築探訪(その3)~銀座通り

2020年04月26日 | レトロ建築・古民家カフェ

 ここ「銀座通り」は、函館山山麓の和風建築や和洋折衷住宅や洋館などが並ぶ華やかな元町や末広町に比べて地味な感じだが、大正~昭和初期にかけては東京以北最大の大歓楽街として栄えたところである。

 ここは、大正10年の大火の後、火事に強い町づくりが進められた。防火帯としての20間幅の広い道路、鉄筋コンクリート製の不燃建築、3階建て以上の高さなどで66棟が建てられた。7割はキャバレーやカフェで一大繁華街だった。東京の銀座に模して柳も植えられた。北洋漁業で栄えた当時の函館の面影を色濃く残すところでもある。

 この都市計画は、行政でなく地元の有力者らにより立案・計画されたものというところに函館の歴史の「民の力」の凄さが伺われる。しかし、昭和9年の大火で半分近く焼け、当時の建物で現在残っているのは10棟程度。

大正10年代の銀座通り

~写真手前のビルは江口眼科の先代の病棟として使われていたもの。右奥に、屋根にパラペットを載せた現存する小野寺住設の建物が見える。

 

昭和初期ごろ?の銀座通り

 

◎はこだて工芸舎(旧梅津商店)<昭和9年(1934年)築>

 函館銀座通りと電車通りの交差点の角地に建つ旧食料品店。北海道を中心に活躍した実業家・梅津福次郎が興した酒類、食料品、雑貨を扱う店舗。

 当時の銀座通りの建物で残っている古いものは大正10年の大火後に建てられたものだが、この建物は昭和9年の大火で前社屋が消失して、建て直されたもの。鉄筋コンクリート造りに見えて、実は木造だそうだ。木造モルタル塗り、2階建て。決して木造には見えないしっかりした造りが見事である。

 2014年から、「はこだて工芸舎」として、再利用されていて、1階だけは内部を見ることができる。

 

◎旧ホテル中央荘(旧小野商店)<大正10(1921)年ころ築>
 

 銀座通りの電車通りから見て左側の入口に立つ、鉄筋コンクリート造り3階建ての建物。洋風建築だが、どことなく和風な感じも漂う。2000年ころまで営業していたホテル以前は、小野商店という呉服問屋と草刈薬局の店舗として使われていたものらしい。

 また昭和9年に起きた函館大火では、銀座通りの建物の大半が当日の猛火により内部を焼失したというが、この建物は奇跡的に火災の被害から免れた建物だという。
 その防火対策だが、当時の家主が四樽ぶんの味噌を防火扉や窓の内側に目塗りした事により、内部延焼を防いだそうである。これは、「ひし伊」も同じ方法で焼け残っている。

 カーブを描いた軒の破風部分はいかにも大正期の建物らしい。また中央の「丸に小」の文字はかっての家主・小野商店の屋号のようだ。その両脇にある植物模様の浮き彫りも美しい。また銀座通りに現存する大正期に建てられたビルディングの多くには、このような植物や果物をモチーフとした浮き彫りが施されている。 

 2000年ころのまだホテルとして営業していたころの写真。自分もこの印象が強い。

 

◎ラッキーピエロ十字街店(旧理容院)・旧梅津商店倉庫(旧函館公証役場)ほか<大正10(1921)年ころ築>

 電車通りと恵比寿通りの間の1角に連なる4棟。左からWOODROW'S(旧金子商店)、左から2軒目はラッキーピエロ十字街店(建築当時は対馬理容院)で、右は旧梅津商店倉庫(旧箕浦公証役場)。

 特に、右の梅津商店倉庫になっている建物は、幾何学的な装飾が特徴である。3階の両側に施されている切れ味鋭い逆三角形の上に三輪の花模様のデザインが印象的である。一時期ギャラリーとして使われていた時もあるらしい。

 

◎宝来パン本店ほか<大正10(1921)年ころ築ほか>

左から、旧喫茶プロスパー、旧マルダイストア、宝来パン本店、前そば処天満店(2019年閉店)、空き地(ここにも最近までは旧カフェースターという3階建ての建物があった)、旧カフェー三の糸。

★「旧喫茶プロスパー・旧マルダイストアー」(昭和9年の大火以降?)~この2軒の場所には昭和9年前の大火前には3階建ての建物があり、それぞれに「開文堂書店」と「レンカ堂・御祝品店」だったという。そのことからしても、この2軒は昭和9年の大火の後の建物と言えそうだ。2軒目のショッキングピンクの塗装が施された建物は、数年前までマルダイストアーという青果店として使われていた。以前はとても美しい浮き彫りが施されていたが、外壁の剥離が激しいため現在の姿へと改修されているという。

★「宝来パン本店」(大正10年ころ)~他の建物と同じように、ビル最上部や壁の装飾がとてもお洒落。

★「前そば処天満つ」~10数年前に新築されたレトロ風建築(都市景観賞受賞)。大正ロマン漂う町並みに調和した非常に優れたデザインだが、昨年9月に閉店してしまった。何度か入ったことがあるが、軒の破風部分に施された飾り同様に大きなエビの天ぷらが印象的だった。

★「旧カフェー三の糸」(大正10年ころ)~無装飾で武骨な建物だが、竣工時の姿がほぼ保たれている感じである。間口の狭い小規模なビルが多いのも銀座通りのレトロビル群の特徴だ。

 軒の破風部分の浮彫の模様~植物模様が多い

 

◎旧美容室あみん(建設当時は銭湯・衛生湯)<大正10(1921)年ころ築>

 個人的には、銀座通りでもっとも印象的ではないかと思われる建物。アーチ型の入り口が二つあるデザインは、なんと大衆浴場「衛生湯」として建てられたもの。2つの入口は男湯と女湯の入口だったのだろう。外見からは分からないが、煉瓦造らしい。中央2本の柱のあいだに搭屋が付いていたそうだが、昭和9年大火後は撤去されてしまったようだ。

 こんなお洒落な建物が銭湯として使用されていた当時の銀座通りは、さぞかし華やかで賑わっていたのであろうと容易に想像できる。現在も利用はされているらしいが、営業内容は不明。

 

◎小野寺住設(旧安全自動車商会)<大正11(1922)年ころ築>

 昭和のはじめは安全自動車商会のビルとして使われていた建物。外壁は若干改修されているが、以前は大正期に流行したセセッションという直線形のデザインが施されていた。
 また少し高めに設けられた屋上のパラペットは、少し離れた場所からでも一目でわかる今も昔も銀座通りのランドマーク的な存在の建物だ。(このページの2番目の画像「大正11年ころの銀座通り」の絵葉書にも写っている)


函館レトロ建築探訪(その2)~大手町・豊川町・末広町

2020年04月25日 | レトロ建築・古民家カフェ

◎加賀谷旗店(大手町10-12)<大正3年(1914年)築>

 

 創業明治30年の老舗。当初は別の場所に店があったそうだが、大正3年に染物工場、店舗兼住居として建てられたここに移転。昭和9年の大火では近隣の多くの建物が罹災したが、加賀谷旗店は無事だったとのこと。過去に何度も補修されながら、大切に使われ続けて、外観や内部ともに当初の姿を留めているそうだ。

 下見板張りの外壁に、傾斜の緩やかな屋根。平たい妻面上部の白い漆喰塗と黒い下見板の対比がアクセントになっている。正面にある土管の煙突も素朴でレトロ。数少ない大火前の下町の店舗併用住宅の歴史を伝える貴重な建物。(函館歴風文化賞受賞)

 

◎カフェ&ダイニング リット(大手町3-10)<明治45年(1912年)築>

 木骨2階建ての土蔵として建築されている。室内の柱、梁などが創建当時のままである。このあたりは昭和9年の大火にあっているが、残ったと思われる。平成15年に飲食・雑貨店として再生した。(函館歴風文化省受賞)

 

 大手町には、このほかに目に付くレトロ建築では、「ニチロビル」と「函館大手町ハウス」があるが、下記の過去記事からどうぞ!

◎ニチロビル  ◎函館大手町ハウス

 

◎豊川町会事務所・豊川稲荷神社社務所(豊川町9-14)<昭和9年(1934年)ころ築>

 豊川町会事務所とこの前にある豊川稲荷の社務所を兼用している建物。コーナーにある塔屋が印象的な洋風建築。頂部に高さを違えて緑色の正三角形を東西南北の四方に向けている。棟の下部のペディメントや側面の丸窓など洋風のモチーフが随所に見られる興味深い意匠。一方、スクラッチタイル貼りの玄関周りは和風の雰囲気も漂う、遊び心を感じる設計である。(函館歴風文化省受賞)

 

◎佐藤十五郎宅(豊川町9-20)<昭和9年(1934年)ころ築>

 昭和9年の大火後の建築で、寄棟、平入り、2階建て。海産物問屋を営む店舗併用住宅で、前面を全て出格子窓で印象的な和風外観が見事である。大工は「茶屋亭」と同じ人で、材料は当主の出身地の新潟から取り寄せた欅材で上等な造りとのこと。

 

◎紫ぜん(豊川町10-10)<明治末期築>

 

 明治館と道路を挟んだ真向かいにある欧風レストラン「紫ぜん」。明治末期に建てられた呉服商の反物倉庫だった建物(海産物倉庫という情報もある)を再生利用している。木骨土蔵造り。

 左側に煉瓦壁にアーチ型の出入り口があるが、本館の土蔵との関係はよく分からないが、当初からは併設されていなかったた感じとのこと。外から見ただけだが、内部も梁や柱は当時のままのものが使われていて、落ち着いたレトロな雰囲気だそう。(函館歴風文化賞)

 

◎花かるた(旧児玉商店)(豊川町2-12)<昭和9年(1934年)築>

 銀座通りの1本北側の通りに残る、天狗の顔が描かれた看板が目を引く純和風「居酒屋・花かるた」。看板の右側には〔京都 大石天狗堂製天狗印〕と書かれている。
 実はこの看板こそこの建物の歴史を物語るもので、もとは児玉商店という北海道における花札の総代理店だったそう。「花かるた」というのは、花札のことなのだと言う。ちなみにこの児玉商店は幕末から花札販売をはじめ、2代目はマージャンを函館に普及させた人物だったという。

 児玉商店は戦後になり、花札のほかマージャンやトランプの販売をおこなっていたそうだが、昭和58年からは居酒屋としてリニューアルオープンしている。
 

 この天狗印の看板は、明治期に京都の花札製造元より贈られたものだという。この界隈は昭和9年3月の大火で全焼した地域なので、大火の当日店主は大切なこの看板を持って、火の手が迫るこの場所から避難したのだろう。そして大火後再建されたこの建物に、歴史ある天狗印の看板が再び掲げられる事になった訳である。

 

◎箱館昆布館(旧田中商店)(末広町12-17)<昭和5年(1930年)ころ築>

 鉄筋コンクリート造りにしては、和風の意匠が施された少し地味目な感じのする外観デザイン。しかし、また和風の商家というイメージでもない。1階両脇の庇の下には、洋風建築の定番であるアカンサスの装飾が付けられていたり、何とも摩訶不思議な印象を受けてしまう建物である。左横に金属製の昆布のレプリカが立っている。

 バブル経済が全盛だった頃の函館西部地区は、投機目的のマンションが多く建てられ、歴史ある古い建物の多くが姿を消していったという時代だったという。またこの箱館昆布館も一度は開発業者の手に渡り、近いうちに解体される予定だったという。しかし地元の市民団体が再度この建物を買い取り、昆布の資料館として再生されたのだという。しかし、現在では、資料館も閉鎖されてしまった。(函館歴風文化賞受賞)

 1階両脇の庇の下には、洋風建築の定番であるアカンサスの装飾が付けられている。

左横に残る「繋柱」~現在のベイ函館の浜の掘割にあった船の繋柱。ここに移設されたようだ

 

◎〈おまけ〉 餅の老舗・栄餅(栄町5-13)※創業明治33年(1900年)

 今日、撮り直したい写真があったので、その帰りに寄って、いくつかの餅菓子を買ってきた。

 レトロ建築とは言えないが、創業明治33年(1900年)で、120年たっている函館市内でもっとも古い和菓子屋。現在は4代目。昔はこの辺りの各町内にはそれぞれ餅屋がたくさんあったそうだが、今でも続けているのはここくらい。

 昔、近くの職場に転勤してまもなく、この店に寄ったら、奥さんが子供のころ旧大野町の近くの友達の家に同居していた叔母さんだったのには驚いた。今の店主のお母さんだが、今日、店主とそのときのことやお母さんの実家のことを話したら、とても懐かしがっていた。足は不自由だがまだご健在とのこと。

 

 ゲットした、薄皮さくら餅、べこ餅、豆餅(塩味)


早咲きのサクラ探し街中ウォーキング

2020年04月24日 | 花・紅葉だより

 五稜郭公園裏の函館伏白稲荷神社前のエゾヤマザクラ

 寒い上に悪天候が続いている。桜の開花も当初の予想よりだいぶ遅れている。昨年は、今日24日に開花宣言が出されているので、結局は昨年より遅くなってしまった。

 それでも、条件の良いところでは早めに咲き出した桜もあるようだ。

 今日も午前中は雨だった。午後からは、風が強く寒いままの曇天だったが、明日はまた雨予報である。そこで、これまでの早咲きのサクラの記憶をたどり、それらを探しながらの街中ウォーキングに出た。

 今日見て歩いた限りでは、ソメイヨシノよりエゾヤマザクラの方が多く咲いていた。

9.8km、歩数計約1,6000歩。

 

◎五稜郭公園裏の函館伏白稲荷神社前のエゾヤマザクラ

 

◎五稜郭公園内のソメイヨシノ

 標本木のソメイヨシノの蕾・・・公園内のサクラはほぼこのような状態・・・明日は雨予報だし、あと2日以上は掛かりそうだ。

 それでもちらほら咲き出しているものもあった。

いつも一番先に咲く六花亭裏のソメイヨシノ

箱館奉行所前の紅梅

 

◎亀田川沿いの桜並木の早咲きのエゾヤマザクラ

 

◎教育大学前のエゾヤマザクラ

 

◎桜が丘通りのソメイヨシノ

一部には咲き出しているものもあった。

しかし、ここもほとんどはあと2日以上は掛かりそう。

 

◎柏が丘通り交差点のエゾヤマザクラ

 

◎我が家の7分咲きのシバザクラ


「アマビエ」 の和生菓子ほか

2020年04月23日 | 食べ物

西桔梗町の「和創菓ひとひら」の「アマビエ」

 最近、新型コロナの関係で、ネット上で良く目にするようになった「アマビエ」・・・つい最近まで「アマエビ(甘えび)」だと思っていて、なぜ、甘えびが新型コロナと関係するのかと思っていたが、良く見たら「アマビエ」だった。

 この「アマビエ」とは、「疫病を鎮静化させる」と伝えられる江戸時代後期の妖怪である。江戸時代後期の肥後国(現・熊本県)に現れたという。この話は挿図付きで瓦版に取り上げられ、遠く江戸にまで伝えられた。 
 弘化3年4月中旬(1846年5月上旬)のこと、毎夜、海中に光る物体が出没していたため、役人が赴いたところ、それが姿を現した。姿形について言葉では書き留められていないが、挿図が添えられている。 
 その者は、役人に対して「私は海中に住むアマビエと申す者なり」と名乗り、「当年より6ヶ年の間は諸国で豊作が続くが疫病も流行する。私の姿を描き写した絵を人々に早々に見せよ。」と予言めいたことを告げ、海の中へと帰って行った・・・とのこと。 

 水木しげる原画の彩色された「アマビエ」

   厚生労働省の「啓発用アイコン」にも使用されている。

 上記の絵からも分かるように、「アマビエ」は、長い髪とくちばしを持つ人魚のような姿の妖怪で、その絵を見ると疫病が収まるという言い伝えがあり、新型コロナウイルスの終息を願ってSNS上で話題となっている。

 こうした中、函館市西桔梗町の和菓子店「和創菓ひとひら」(はこだて銘菓ヨシダのお菓子本店)が、「アマビエ」の和生菓子の販売を今月18日から始めた。ヘラを使って、うろこやひれを再現し、毎日100個ほどを作っていて、すべて売り切れる日もあるという。

  初めて知った店であるが、非常にきれいな店内でいろいろな和洋菓子が売られている。ちょうど左奥のイートインコーナーで「アマビエ」のテレビ取材が行われていた。

 興味本位で昨夕電話したら、もう売り切れたとのことで、今日の予約を入れておいて、2個ゲットすることができた。しかし、直径5cmほどで1個378円(税込)・・・いくら手作りとは言え、ちょっと高いんじゃね? このほかにフルーツ大福(イチゴとパイン)を購入。

 イチゴ大福とパイン大福・・・このほかにもいろいろなフルーツ大福が売られている。

 なお、検索すると、全国あちこちの菓子店で、いろいろ工夫された「アマビエ」の和菓子が販売されているようだ。

 

◎カニ三昧

 入学祝いのお返しのカタログで注文したカニ3種セット

 カニといえば、北海道だが、以前は正月くらいは食べていたが、最近は高くて買って食べるものではなくなった。

 たまたま孫2号の入学祝いのお返しのカタログを見たら、「タラバガニ(脚)、毛がに、ズワイガニの3種セット」があったので、注文しておいたものが一昨日に届いた。自然解凍して昨夜の食卓に上った。さすがに全部は食べられずに、毛がには今日食べることに。

 これらのカニや海鮮料理を安く腹いっぱい食べたかったら、ちょっと遠いがお薦めはサロマの船長の家(クリック!)である。4回ほど利用しているが、いずれも完食はできずに、持ち帰り可能なカニ類は冷凍にしてもらって持ち帰っていることが多い。当時は1泊2食付きで7800円だったが、今は9000円になっている。それでも凄いはず。


函館レトロ建築探訪(その1)~若松町・旭町・豊川町

2020年04月22日 | レトロ建築・古民家カフェ

 今日は、風が非常に強く、寒かったので外出は控えた。先日カメラに収めてきたレトロ建築の中から・・・。 

◎旧滝花質店(若松町)<建築年は不明>

 石造りの蔵とくっついている和洋折衷住宅(擬洋風建築)の旧滝花質店。いつ頃の建築物なのかはネット上では不明。

 直接電話してみたら、年配のおばあちゃんが対応してくれたが、自分が嫁に来た時にはもうすでにあったので、詳しいことは分からないとのこと。ただし、母屋も蔵も昭和になってからのものにはまちがいないだろうとのことだった。なお、質店はもう営業していないとのこと。

函館で3軒しか現存していない殺生釘のある蔵。

・「殺生釘(せっしょうくぎ)」は、蔵の屋根の端の鬼瓦や鬼板の上に、陽炎のような数本の釘状の金属が放射状に付けられているもの。語源は不明だが、地域によっては「陽炎」「からす」とも呼ばれている。京都・奈良以北にしか見られない。
・「殺生釘」の目的ははっきりしないが、①魔除け ②烏が瓦に糞をしたり巣を作ったりすることの防止 ③建築主の財力の誇示などの諸説がある。

・函館は大火が多かったので「火避け」の意味合いもあったのではないかとの説もある。

 

◎旭町の「函館根津製餡株式会社」<昭和10年築>

 根津製餡は、昭和9年の大火でそれまでの店舗が焼失したため、その翌年の昭和10(1935)年に建てられたものだという。ちなみにこの店舗、現在の函館では珍しい純和風の本格的商家建築である。なお、蔵は鉄筋コンクリート製で、根津製餡が函館で創業した明治40(1907)年ころに竣工したものらしい。

 根津製餡は明治40(1907)年の創業。〔北海巴こしあん〕という乾燥餡子(あんこ)の製造で知られる、函館の老舗会社である。創業者の本間家は、江戸時代から北前船のルートとして函館と交流のあった越後・新潟の出身。この昭和9年大火焼失後の店舗のデザインは、本間家のルーツである新潟の商家建築を参考に建てたそうである。

 

◎豊川町・電車通りの「及能商店株式会社」<昭和11年築>

 昭和9年の大火後に建てられた骨太な鉄筋コンクリート造りのオフィスビルディング

 昔は函館駅前から十字街までの電車通り沿いには年季の入った建物が見られたが、この「及能株式会社」はこの界隈で生き残った、数少ない歴史的建造物になってしまった。

 装飾を排除した地味で武骨な外観は、当時の時代背景が影響していると考えられる。窓がかなり小さめに取られているのも、火災時を考慮しての設計なのだろう。

 建物の施主である及能(きゅうの)株式会社だが、石川県金沢出身の及能仁三郎が明治18(1885)年に家族と共に函館へ渡り、西川町(現在の豊川町)で畳屋を開業したのが会社のルーツである。更に及能は明治42(1909)年に自身の店を合名会社として登記、本業の畳屋のほか雑貨販売、不動産賃貸、倉庫業、金銭貸付業、食品製造業をはじめ現在に至る。

 moomooタクシーの社屋を挟んで、同じような意匠のビルが建つ。これも同じころに、同じ設計者の下で建てられたのではないかと言われている。

 

◎豊川町・電車通りの「伊藤商事株式会社」<昭和11年築>・「旧塩瀬菓子舗」<建築年は不明>

 電車通りとグリンベルトの交差点に建つ「山三伊東商事株式会社」と隙間なくくっついて建つ「塩瀬菓子舗」

 近くの及能商店と同じ頃に建てられたが、割と華やかな意匠になっている。細い縦長の窓がモダンな感じである。

 「山三伊東商事株式会社」の創業は明治18年(1885)、砂糖問屋として創業し130年を迎える。現在は業務用食材のほとんどを取り扱っている。

 後ろにも社屋が繋がっている

 

 「旧塩瀬菓子舗」~窓間の柱に面白い輪切りを重ねたような雅趣ある装飾を施したレトロビル。「塩瀬」と壁に大書してある。なんでも東京に本店を置く老舗菓子舗であったとか・・・昔は和洋菓子を扱っていたが、現在は営業はしていない。

 建築年は不明だが、隣の伊藤商事と同じ頃の可能性大だが、意匠や間口の狭さからすると銀座通りに立ち並ぶ大正10年ごろの建物と似ている。もしかしたら、昭和9年の大火で焼け残った建物・・・?

 検索してみたら、東京に「塩瀬総本家」という、宋から渡ってきた中国人が始めたという創業660年ほどの御菓子の超老舗がある。当時函館は東京以北随一の都会だったことを考えると、ここにその支店があったとしても不思議ではない。

 この辻向かいにあった、この辺りでは一番目立っていたレトロ建「旧函館信用金庫本店(旧十二銀行函館支店)」は、今年の1月に解体されてしまった。


五稜郭公園のサクラ偵察 & 手作りマスク

2020年04月21日 | 花・紅葉だより

 いつも一番先に咲く、開き始めた六花亭裏のソメイヨシノ

 4/14発表の函館の開花予想日は、日本気象協会が4月20日、ウェザーニュースが4月21日、ウェザーマップが4月23日だった。

 そこで、午前中は雨だったが、午後には青空が色がったので、五稜郭公園へ行ってみた。

まずは、函館地方気象台の標本木へ。まだ咲いてはいなかった。

 標本木の枝先の蕾・・・好天が続いてもあと2日は掛かりそうな気配・・・? ここしばらくの悪天候と低温で足踏みしているようだ。
 すでに、日本気象協会とウェザーニュースは外れ、残りのウェザーマップがうまくいくと正解になるかも・・・?

公園内のほとんどがこのような状況である。

 

 建物の大きな窓の反射熱と北西の風を遮るためか、いつも一番先に咲き始める六花亭裏のソメイヨシノもこの程度。

 

 すでに開いている胴咲きサクラ

 

 今日の我が家のシバザクラ・・・例年はサクラの咲き具合とほぼ同じペースだが、今年はこちらが早かった。

 

◎我が家の手作りマスク

 笑いものになっている布製のアベノマスクだが、我が家でも妻が3種類のマスクを作ってくれた。こちらは笑いものにはならないだろう。

 洗濯もできるので、とりあえずは、手持ちの市販マスクがなくなった段階で使用するつもりである。

 ギャザー付きの、間にティッシュやガーゼを挟み、交換できるタイプのもの。


やる事がなくなって・・・ & 妻の誕生祝い・結婚記念日

2020年04月20日 | 日常生活・つぶやき

 とあるブログを覗いていたら、「やる事がなくなって、やる事を探すことがやる事だったことに気付いた」というフレーズがあった。

 まさに、この時期言い得て妙である。ますます猛威を振るってきた感の強い新型コロナ感染拡大で、我々のような暇人にとっては、いろいろなイベントや会合が次々と中止となることやいろいろな施設が休館になるのが辛い。

 高齢者にとって大切だと言われているキョウヨウ(今日の用事)とキョウイク(今日行くところ)も無くなっている。

 一昨日の段階で函館ライフスポーツの延期されていた「納会」と「春の登山会」も中止となった。

 このあとに予定されていた退職組織の「花見」も中止となり、「総会」は、議案書が送られてきて、返信用はがきに項目ごとの承認・不承認に〇をつけて、意見があったらそれに記入する方式に変わった。もちろん総会後の「懇親会」も中止。

 恵山つつじ祭りも中止となり、毎年ガイドを依頼されている関連行事の「海向山登山会」も中止。JTBからガイドを依頼されていた6回のクルーズ船オプションの「恵山登山」も中止。

 参加申し込みをしていた有珠山ジオパークの「昭和新山登山会」も延期などなど・・・。カレンダーに記入していた予定が次々と消えて行く。

 一番ガックリ来ているのが、春にスタートしようと思っていた、昨年で1025kmすべてが繋がった「みちのく潮風トレイル」の歩き旅と、夏の「東北百名山巡り」である。どちらも自然相手で車中泊なので、3密の心配はない・・・しかし、函館ナンバーの車で、この時期に東北各県を走り回るのは白い眼で見られそうだ。

 特に「みちのく潮風トレイル」の大部分は、コロナ感染者が唯一ゼロの岩手県である。しかし、その岩手県知事が「都道府県をまたいだ人の移動を極力避けなければならない」と言っている。

 だからと言って、巣ごもり状態で過ごすのは適わない・・・幸い単独行動での遊びが好きな自分である・・・その日の天気次第で、「やる事を探すこと」に専念するしかない・・・まあ、日常的にもそんな日が多いのだが・・・。

 他人との接点を避けてのウォーキングやドライブ、肩の痛みも治ったようなのでMTBでのヒルクライムやロングライド、一層のこと道内の春山BCスキーの山旅にでも出かけようかな~・・・。

 

◎妻の誕生祝いと結婚祝い

 妻の誕生日が今日4/20で、結婚記念日が明日4/21と連続する。いつも一緒にお祝いをしているが、昨年までの2年は、自分が四国遍路と奥州街道歩き旅でこちらにいなかったので、お祝いをしてあげることができなかった。

  昼食に食べた、我が家の記念日の定番になりつつあるモントロー洋菓子店のフルーツタルト。

 夕食は、妻の希望で、「寿司海鮮処函太郎五稜郭店」の個室を予約しておいた。

 この時期の個室はありがたい。注文は二人ともレディースセット。誕生日特典割引あり。

 左は自分のデザートで、右は誕生日サービスデザート。


レトロ建築探訪ロングウォーク(15km)& コンクリートラスク

2020年04月19日 | ウォーキング・ジョギング・マラソン

 

 新型コロナ感染拡大で、「緊急事態宣言」も全国に拡大された。函館でも、昨日と今日は2日連続で1名ずつ、ひと月半ぶりに感染者が出て、ちょっとは緊張感が高まった。

 函館でも明日からいろいろな施設が休館となり、学校も再び休校となる。しかし、家の中でじっとしているのは性に合わない。天気予報では雨の心配がなくなったので、朝食後、午前中の予定で、西部方面のレトロ建築探訪のロングウォークに出た。

 

 家から国道5号線を歩き、若松町~旭町~豊川町と歩き、電車通りの1本海側の道を末広町~大町~弁天電停で折り返して、電車通りを弁天町~大町~末広町~函館駅前まで歩いた。閑散とした函館駅から列車で五稜郭駅まで乗り、昼食前に帰宅した。歩いた距離は約15㎞、歩数計は22,500歩だった。

 今回は歩かなかった宝来町・谷地頭町・青柳町・元町・弥生町・船見町方面にも印象に残っているレトロ建築は多い。こちらは次の機会とする。

 普段は観光客で賑わっている地区だが、新型コロナの影響で、観光客の姿はまったく目にすることはなかった。わずかにジョギングやウォーキングをしている人が目についただけで、寂しい限りである。

 これまでにこのブログでも取り上げたものもあるが、それ以外のものを中心に、約50軒ほどをカメラに収めて来た。今後、それらの建物の歴史を調べて、少しずつ紹介していくつもりである。

 

◎コンクリートラスク

 このお菓子も函館の建築史に関わり大の新製品である。平成27年に発足した「函館湾岸価値創造プロジェクト(GRHABIP グラビップ)チーム」の活動に関わって、昨年11月に「カフェ&デリ まるせん」で販売されたラスクである。一口サイズの大きさのラスクが4本で500円(税込)。

 ラスクの他に「函館市コンクリート物語カード」も入っていた。これもいくつか種類があるようで、これを集める人もいるようだ。

 このプロジェクトについては、いつかこのブログでも取り上げるつもりだが、函館はかつて大火の多い街で、火に耐えうる「コンクリート造りの建造物」が多い。全国最古のコンクリート製のお寺や電信柱も函館にある。このコンクリートの魅力に着目して、函館の魅力を再発見するチーム「GRHABIP(グラビップ)」のプロジェクトの一環として、コンクリートそっくりのラスクを作ってみたとのこと。

 コンクリートの岩石や砂などを再現するためにお米やごまを練りこんだり、コンクリート並みの固さを再現したりと、かなり本格的なお菓子である。

 函館を代表するコンクリート建築物であるニチロビルの中に入っている「カフェ&デリ・まるせん」に帰りに寄って購入した。一袋500円(税込み)だった。買うときに「本当に固いですから、気を付けて食べてください」と言われた。

 開けると黒いラスクにシュガーパウダーがまぶしてあった。グレーのほうがコンクリートぽいのではと思って食べたら、確かに固い。しかし、奥歯で噛むと簡単にぽろぽろと砕ける。袋の裏をみたら圧縮強度が記されている。味はとても美味しい。

 販売している「カフェ&デリ・まるせん」。この店もレトロ建築のリノベーションだが、当ブログでも訪問記をアップしている


北斗市匠の森の「カタクリ」&厚沢部町ガムシ沢の「エゾノリュウキンカ」ほか

2020年04月18日 | 花・紅葉だより

◎北斗市匠の森のカタクリの群生地

 北斗市の匠の森のカタクリの群生地も見ごろを迎えている。今年はやはり例年より1週間以上早い感じである。

 子供のころは、このカタクリは、鑑賞対象ではなく、葉をおひたしにして食べる山菜だった。ただし、食べすぎると下痢をするので要注意(大人になってからも経験済み)。

「頑張れ~!」

◎厚沢部町通称ガムシ沢のエゾノリュウキンカの群生地

 この足で、厚沢部町まで走り、毎年のように見に行っている通称・ガムシ沢とか花の谷と呼ばれているところへ。

 地元の人に訊いたら、ガムシ沢という呼称はなくて、この谷を訪れる人たちが名付けた通称らしい。

 一面に広がるエゾノリュウキンカ。こちらも例年より早い感じ。これはヤチブキともいわれ、葉や茎は食用にもなる。

 この谷は、スプリングエフェメラル(春の妖精)の競演地でもある。

◎厚沢部道の駅で購入した「キバナカタクリ」

 一株150円で売っていたので、買ってきた。

 調べてみたら、本来はアメリカ・カナダの亜高山帯に分布する花で、そのためヨウシュカタクリ、セイヨウカタクリとも呼ばれる。日本には園芸用として持ち込まれたそうだ。
 カタクリとキバナカタクリは色が異なるだけでなく、よく見ると違った特徴があるとのこと。
 ・カタクリは花径が3-4cmほどであるのに対して、キバナカタクリは4-6cmとやや大きいらしいが、これはむしろ小さめである。
 ・カタクリは1つの株に1つしか花をつけないが、キバナカタクリは2,3個の花をつける
 ・カタクリの葉には斑点があるが、キバナカタクリの葉にはない。
 ・また、キバナカタクリは球根が分かれて増える性質があり、カタクリよりも繁殖力が強いのだそうだ。

 とりあえず観賞用に鉢に植えてみた。花が終わったら、花壇に移そうと思うが、果たしてうまく根付くか・・・?


スキー場のごみ拾いボランティア & ミズバショウ

2020年04月17日 | 日常生活・つぶやき

 例年この時期、函館ライフスポーツではいつもお世話になっている七飯スノーパークのゲレンデのごみ拾いのボランティアをしている。

 新型コロナ感染拡大でいろいろな団体の事業が中止となっているが、これは、野外の活動で、3密の心配がないので、計画通り実施に踏み切った。幸い今春一番というような好天に恵まれて、10時から1時間半ほどだが、下のゲレンデを中心にごみ拾いをした。今回は30名ほどの参加だった。それにスキー場の職員も5名ほど参加されていた。

 自分はいつもこの時期に歩き旅に出ていたりで、数年ぶりの参加だった。いつもリフトの下を中心に拾って歩くことにしているが、相変わらず煙草の吸い殻を中心にキャンディーの紙や空き缶などが多かった。面白いのは、ある程度の距離を登ってから急にたばこの吸い殻が多くなる。これは、リフトに乗ってから煙草に火をつけて、吸い終わる距離が早い人で400mほどなのであろう。

 また、「何か面白いものが落ちてないかな~」と声を出した途端に、ゴーグルが目に飛び込んできた。リフトの上から落として回収を諦めたのであろう。メーカー品で結構高そうなものだった。これはスキー場へ届けておいた。

 参加者の多くの感想は、徐々にマナーが良くなっているのか、それとも今冬は雪不足でスキーヤーが少なかったのか、以前よりはごみが少ない感じだったとのこと。

 ただ、予想した通りだったが、5月12日に延期した納会と春の登山会は中止となった。

 

◎東大沼のミズバショウの群生地

 終わってから、東大沼のミズバショウの群生地へ寄ってみた。今年は葉先や苞の先が腐っている感じのものが多かった。また、花もきれいな白色が少ない感じだった。雪が少なかったことと関係があるのだろうか?

 明日からしばらく雨がらみの天候が続くようなので、このあと、北斗市匠の森のカタクリの群生地と、厚沢部町の通称ガムシ沢のエゾノリュウキンカの群生地へも足を伸ばした。これらは明日アップ予定。


ロングウォークで「ロングウォーク」へ

2020年04月16日 | 食べ物

 インパクト抜群のアフタヌーンティーセット2名分。これに1人2種類の紅茶とアイスが付いて(1000円×2)。これらはすべてママさんの手作りだそうだ。1名なら2段とのこと。

 仕事の原料が切れた妻の「ロングウォークでロングウォークへ行こう」とのお誘いに、一瞬「えっ?」と思ったが、この「ロングウォーク」は英国直輸入の紅茶専門店で、場所は湯川1丁目の電車通りに面した湯の川生協の隣。我が家から約片道6kmの所にある。

 玄関~正面は美容院で、右の入口がロングウォーク。このようなところにこのような店があったとは・・・。

 初入店だが、驚いたのが、ゴージャスなイギリス製のアンティークや生活雑貨や小物一色の店内。

 これらは、ママさんのお姉さんがイギリスに住んでいる関係で、昔から何度もイギリスへ行き、すべて自分で現地調達したものだそうだ。小物や雑貨は販売もしている。

入店した時は昼前だったので、誰も客がいなかったが、そのうちに混んできて、出るときには空席待ちが1組になった。

 

メニュー

 これらのメニューはどれもリーズナブルな感じである。

英国直輸入紅茶のメニュー~アフタヌーンティーセットには、2種類の紅茶が選べる。個別に注文すれば、それだけで600~700円である。安い!

2人でそれぞれ違うものを選び、アールグレイ、ブルーレディ、パッションフルーツ、ローズティの4種類を注文。

 

セットの前に出された2種類の紅茶。一人2杯以上飲める量なので、種類を変えて2杯ずつ楽しんだ。

帽子のようなものは、紅茶ポットの保温カバー。これも手作りだそうだ。

 

セットを食べ終えてから出された、2種類目の紅茶とデザートのアイス。

この紅茶も2杯ずつ飲めるので、合計4杯も飲み、お腹がぶがぶ状態。

 

 窓際のインテリアとティーカップに描かれたビートルズの絵。

 ボリュームも見た目もびっくりするようなセットに、合計4種類のコーヒーを飲んで、1人1000円・・・その安さと、ゴージャスなイギリス製アンティーク・・・満足感に浸りながら、帰りも6kmの道のりを快調に歩いた。

 それにしても、ここ数日は天気は良いのに、風が強くて、しかも寒い・・・明後日からは1週間ほど雨絡みの予報である。春も足踏み状態が続きそう・・・。