癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

12時間も爆睡&山菜料理

2015年05月31日 | 日常生活・つぶやき
 昨夜は、21:30に就寝したが、今朝、妻に「いつまでも起きてこないので、死んでるかと思った」と起こされたのが9:10だった。実に12時間近くも爆睡したことになる。起こされなければまだ寝ていたことになる。こんなに寝たのは何年振りだろう?

 ここ数日、好天が続き、早起きしての山遊びに忙しかったこと、昨日は3時に目が覚めたこともあり、寝不足が続いていたこと、あとは、知らず知らずの内に疲れがたまっていたからだろう。

 そんなこともあり、今日も好天だったが、のんびりと昨日の「岩部岳&知内岳~奥丸山」のホームページへのアップ作業に取り組んだ。 
http://sakag.web.fc2.com/

夕食の食卓に上った昨日採ったタケノコとフキ

タケノコご飯

フキと天かまの油いため

茹でたタケノコをマヨネーズで食べる


 今年の山菜はこれでもう最後だろう。山登りのついでに採取したギョウジャニンニクに始まり、タラの芽、ウド、ワラビ、フキ、タケノコと一通り食べることができた。
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岩部岳&知内岳~奥丸山

2015年05月30日 | 登山・旅行

知内山地最高峰の通称・知内岳山頂にて

 SHOさんとKaさんと3人で、知内山地の岩部岳(794.2m)と知内岳(854m)(地図には掲載はないが地元で定着を願っている知内山地の最高峰)と奥丸山(826.3m)(三等三角点名)に登ってきた。

 岩部岳は冬に1回と夏には2回目だった。知内岳と奥丸山は冬に1回登っているが、夏に登った人は稀だろう。体調がすぐれなかったKaさんは途中で待っていてくれて、3山とも登頂したのはSHOさんと二人だけだった。。

 当初の予定は、岩部岳へ寄り、稜線上の国有林境界刈分け道を西進し、もし刈分け道が繋がっていれば、車を1台デポしておいて、燈明岳から下山の縦走だった。しかし、岩部岳へ登って稜線上の682峰まで進んだ時点で、時間的に無理と判断し戻って下山した。

 改めて国道から出石林道へ入り、地図上の林道を稜線のすぐ下まで進んだ。そこから続いていた刈分け道を見つけて稜線まで登り、知内岳経由で奥丸山まで行って戻った。できれば縦走したいと思っていた奥丸山から燈明岳への刈分け道があることも確認できた。しかし、いずれも林道ゲートの鍵を借りることができたお陰だった。岩部岳だけならゲートからでも日帰りは十分かのうだし、実際登っている人もいる。


岩部岳への林道終点から林道跡を辿り、尾根斜面への取り付き地点の向かい側にあった大岩と石仏。
Kaさんによると以前は石仏はなく、赤い鳥居だけだったとのこと。


岩部岳の三等三角点と岳友の「龍」テープを前に


岩部岳の下山途中から眺めた稜線上のピークと一番高い知内岳。左は燈明岳。


岩部岳の下山途中に眼下に見えた岩部集落


岩部岳と国有林境界稜線上の刈分け道との分岐で休んで待っていてくれたKaさんとSHOさん


ブナの新緑に覆われた快適な稜線上の刈分け道。


改めて出石林道終点から登りなおして、国有林境界稜線刈分け道を進む。正面は知内岳。


奥丸山の三角点


詳しい山行記録は、下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)
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最終回を迎えた「箱館歴史散歩の会」(第137回)

2015年05月29日 | イベント鑑賞・参加

中尾主宰へのお礼の花束贈呈

 半月ほど前に、箱館歴史散歩の会の主宰・中尾仁彦氏から電話をいただいた。
 「ちょっと体調を崩したこともあり、箱館歴史散歩の会を5/29をもって終えることにしました。」とのことだった。

 そのことにもびっくりしたが、ほんのわずかしか参加していなかった私のような者にまでわざわざご丁寧なご挨拶をいただいたことにも恐縮至極だった。しかし、「とりあえずは治療に専念し、快復したらまた形を変えて続けて行きたいと思っています」という言葉に安心した。

 今日は絶対参加しようと思っていたが、午後に予定されていた退職組織の理事会の前に、11時からの緊急な会議が入った。そこで、昨日の内に参加できないことのお詫びの電話を入れた。体調の方は順調に回復しているとのことで安心した。

 しかし、今朝になって、わずか30分だけでも参加しようと思い立って、会場の函館市地域交流まちづくりセンターへ出掛けた。中尾氏といつもお世話をいただいている中原氏にも直接お礼のご挨拶をすることができた。最後ということで、いつもの2倍以上の220名もの参加者で会場が溢れかえっていた。1/3ほどの人が立っていた。



 今日のテーマは、「ロシアとの関係の歴史と史跡を巡る」だったが、その資料の表紙に「ごあいさつ」が印刷されていて、実際の本人の挨拶も同じような内容で話された。
 いずれにしても、7年間で137回という偉業に労いと尊敬と感謝の念でいっぱいだった。


満杯の会場・・・このほかに私の横や後ろ、入口の近くにも立っている人がびっしり。


まちづくりセンター長からの花束贈呈


まちづくりセンターから二十間坂まで延々と続く参加者の列。


二十間坂の下で、この幅広の坂道ができた経緯と函館の街並み形成の大きな要因となった大火の歴史について解説された。私はここで失礼した。
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田中陽希さん「日本2百名山ひと筆書き」スタート

2015年05月29日 | 登山・旅行

 昨年、屋久島の宮之浦岳から利尻山までの「日本百名山ひと筆書き」を達成したプロアドベンチャーレーサーの田中陽希さんが、今度は「日本2百名山ひと筆書き」に挑戦。

 今度は北海道から7ヶ月かけて南下し、九州最南端の佐多岬をゴールとする8000kmの旅が、5月25日宗谷岬からすでにスタートしている。

 今日は1座目の暑寒別岳に登頂し、無事下山したようだ。まだびっしり雪に覆われているはずなので心配したが、雪焼けで真黒になったそうだ。

 百名山はもちろん、2百名山も全部登っているので、今度は、最初から公式ホームページやブログを毎日チェックするつもりだ。できれば、6/27予定の駒ヶ岳で迎えたいものだ。

 詳細や予定の日程は下記である。
 http://www.greattraverse.com


 今日は1座目の暑寒別岳に登頂し、無事下山したようだ。まだびっしり雪に覆われているはずなので心配したが、天気に恵まれ、雪焼けで真黒になったそうだ。
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函館ライフスポーツ春の登山会「汐首山」

2015年05月28日 | 登山・旅行

 発足以来10周年を迎えたスキーを中心としたシニアスポーツクラブ「函館ライフスポーツ」の春の登山会で、一応リーダーとして、これまでの最高の43名のメンバーとともに、汐首岬の上の汐首山(三等三角点名)(290m)に登った。

 天候は良かったが、風が強かった。しかし、山肌を覆うエゾヤマツツジと麓に咲くタニウツギがちょうど見ごろで、展望にもまあまあ恵まれた。ただし、下北半島は見えなかった。登り約3kmのNTT管理道路をたっぷり時間を掛けて登り下りした。


微かに見える函館山と戸井地区の海岸線をバックに登る


山肌を覆うエゾヤマツツジと海岸線と微かに見える函館山


強い東風を避けて昼食タイム・・・ポカポカして暖かかった。


野生馬の群れ


南面を彩るエゾヤマツツジ


津軽海峡を眺めながら何を語っているのか・・・?


山肌を覆うエゾヤマツツジを眺めながらの下山


 初めて目にして、みんなで不思議がった道端のカシワの幼木にできたナラメリンゴフシ。

 もちろんカシワの果実ではない。この直径4cmほどのリンゴのようなものは、その名もナラメリンゴフシ(楢芽林檎五倍子)と言って、ナラメリンゴタマバチという、極小さな蜂の虫嬰(虫こぶ)。
 秋に交尾を終えたナラメリンゴタマバチの雌は木の根元に虫嬰を作り産卵を行う。この時に根元にできる虫嬰のことをナラネタマフシ(楢根玉五倍子)と言う。その後、この根元の虫嬰で育った雌の幼虫は冬に羽化し、枝先の冬芽に産卵を行うことによって、このリンゴのような形のナラメリンゴフシが形成される。
 外国でも同じような例があるようで、英語ではオークアップル(oak apple)と呼んでいる。


帰りに寄った戸井ふれあい湯遊館。函館市民の65歳以上は50円といううれしい入浴料にみんな大喜び。
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サクラスミレに出会えた428峰~海向山

2015年05月27日 | 登山・旅行

古武井から恵山中学校へ抜ける舗装道路から眺める海向山(左)と428峰(右)

 海向山の南隣の恵山の外輪山428峰は、最近「通称観音山」と耳にしたが、郷土史研究家のも~さんによると、昔の鉱山マップには「御殿山」と記載されていたし、古い地形図にも「御殿山」と記載されていたという。現在の地形図にも頂上付近まで道が記載されていて、ずっと気になっていた山である。

 海向山南に鐘状の山体が四つある。どれも400m前後ピークで、等高線が円を描いている。この428峰はそのひとつである。 

 今回登るきっかけになったのは、この山にスミレの仲間でもっとも大きく「スミレの女王」と呼ばれるサクラスミレが咲いているとの情報を得たからである。さらに、海向山にも、まだ目にしたことのない北海道ではここでしか見られないというマキノスミレがあるという。そこで、まず、地形図に記載されている林道跡から428峰へ登り、ほとんど藪のない反対側の斜面を下り、途中から登山道に合流し、海向山へ登った。

 サクラスミレは、結構多く目にできたが、マキノスミレはすでに終わっていたようで目にできなかった。来年の楽しみに取っておこう。 



 428峰の林道入口は、古武井から恵山中学校へ抜ける山中の舗装道路の最高地点(峠)手前にあった。
300m付近までの林道跡が続き、はっきりとした踏み跡があった。
伐採時の土場跡と思われる平坦なところも何ヶ所かあった。


300m付近の最後の土場跡の上は尾根にはっきりとした踏み跡が続いていた。


頂上から東側には恵山。


南側は津軽海峡をはさんで下北半島

◎サクラスミレ<「スミレの女王」と呼ばれる>
花びらの中央部に窪みがあって、サクラの花びらのように見えることが名前の由来らしい。
 しかし、花の色の方もみごとなサクラ色だった。スミレの中でもっとも大きい花らしい。



 全部で8株10片の花を見つけることができた。上の2枚の花弁を合わせると幅が2.5cmほどある。
 今は廃道になっている恵山の高原コースの登山道でも見られるようだ。
 自分の記録を見ると、当別丸山で写真を撮っている。葉は同じだが花の写真が小さくて良く分からない。


北側には、海向山と登山道が通ってる456峰(前山)。
428峰の北斜面を、GPSを頼りにこのコルをめがけてまっすぐ下った。
道はないが、林の中の藪はほとんど気にならなくて、どこでも自由に歩ける。


428峰と海向山のコルに広がる草原状の地形。
右は456峰で、このコルをめがけて登り、登山道へ合流した。
登山道沿いで、慎重にマキノスミレを探しながら歩いたが、まったく見つけることができなかった。


海向山山頂。今日は、遠望が利いて、噴火湾や羊蹄山、室蘭の方まで見えていた。


恵山と火口原が見えるところまで下って写真を撮って戻った。


今日歩いたGPSトラックログ
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乙部岳(1017m)

2015年05月26日 | 登山・旅行

稜線上の道から頂上を目指す(自撮り)

 珍しく好天が続いている。今日は、道新の連載記事の写真が欲しかったので、6年ぶりに乙部岳へ登った。

 この山は義経伝説に彩られている山でもある・・・乙部岳山中に九郎判官源義経が開いたと伝えられる山岳信仰の九郎嶽社が存在したことに因り、もともとは九郎岳と呼ばれていた。さらに、静御前は、義経恋しさのあまり乙部まで辿りつく。しかし数ヶ月前に義経は、乙部の川を遡り、乙部岳を越えていた。悲嘆にくれた静御前は川に身を投じる。乙部の人々は義経と静御前の悲しい運命に同情して、この川を姫川と呼び、義経が静と会えず越えた峠を姫待峠と呼んだとのこと。

 それぞれの登山口が400mしか離れていないので、いつものように距離的に短い尾根コースを登り、沢コースを下った。尾根コースの方が道も良く歩きやすかった。

尾根コースを登るのは3回目だが、初めて分岐から5分ほどの九郎嶽社の本殿へ寄った。

 九郎嶽社への分岐の少し上の道端でタケノコを30本ほど、下山の尾根コースと沢コースの分岐付近の岩場で葉の開いたおひたし用のギョウジャニンニクを収穫。

 7:00スタート、登り2時間50分、下り2時間25分 ゴール12:40、この後、乙部温泉に入って帰路に就いた。 


尾根コース登山口の九郎嶽社の鳥居


標高点613の南尾根の末端に祀られている義経が開いたとされる九郎嶽社本殿
(農漁業の豊作や海山の安全の山岳信仰)


稜線上にたくさん咲いていたタカネザクラ


雨雪観測レーダーが設置された頂上


頂上から眺めるまだ残雪を抱いた遊楽部岳


頂上から眺める駒ヶ岳と横津岳


沢コースの下から見上げる900m付近の岩塔。このそばを通って下山した。


沢コースの300m付近の行者洞(昔九郎嶽社の宗信者が身を清めるために一夜を明かしたところ)

 
ツバメオモト       ブナの幹に根をおろしたミヤマスミレ

 
オオバキスミレ    沢コースの沢沿いに咲いていたオオサクラソウ
こほかに、シラネアオイ、ハクサンチドリ、などが多く目についた。


GPSトラックログを基にした行程図


 詳しい山行記録は、下記でどうぞ! 
http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)
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お祝いの会

2015年05月25日 | 日常生活・つぶやき

 今晩は、20代のころからお世話になった小笠原愈氏の昨年の函館市文化賞受賞の仲間内のこじんまりとしたお祝いの会だった。もっと早い時期にやりたかったが、本人の固辞で、年1回の例会のこの時期になってしまった。


 この集まりは、氏が42年前に作った教育懇話会「さいかい」のメンバーである。当時は自分が最年少で29歳だった。一番多いときで17名ほどの会だったが、今では全員退職して、6名が逝去している。現在も11名の会員が健在だが、体調その他の関係で5名しか参加できなかった。

 人数は少なかったが、ひとりの持ち分が長い密度の濃い懇談を深めることができた。
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恵山展望台

2015年05月24日 | 登山・旅行

 「恵山つつじ祭り」のイベント日だったので、火口原駐車場までの車は通行禁止で、シャトルバスが運行されていた。
 それに乗って、いつもは山に登ってばかりで、歩いたことのなかった火口の下の遊歩道を歩き、恵山展望台へ行ってみた。

 午後から会議が入っていたので、午前中だけの恵山つつじ公園と恵山展望台への散策だったが、帰りには、駐車場へ入れない車の列が長くできていた。


遊歩道の階段


小地獄


荒涼とした火山地形の中を行く


火口原のサラサドウダンはまだ蕾だった


場所によっては、少し咲きだしていたエゾイソツツジ


帰りに寄った函館酪農公社の菜の花畑
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恵山つつじ祭り

2015年05月24日 | 花・紅葉だより

 今年の恵山のツツジも例年より早いので、下手するとピークを逃すかもしれないと思って、妻と一緒に出掛けたら「恵山つつじ祭り」のイベント日だった。凄い人出だった。















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台場山(川汲温泉コース~NTT管路道路)

2015年05月23日 | 登山・旅行

『北海道夏山ガイド』(北海道新聞社発行)の新執筆者となった江別在住のtetsuさんの取材に同行して、台場山(491m)へ、川汲温泉コースから登り、NTT管理道路を下って、縦走した。

 このコースは、一昨年秋に、逆コースで縦走し、国道を歩いてNTT管理道路入口へ戻っている。しかし、今回は2台の車を利用して、下山後川汲温泉登山口へ戻った。

 ちなみに、台場山の名前は、箱館戦争時に土方歳三率いる旧幕府軍が新政府軍の進攻に備えて、川汲峠の上のこの山に砲台を築いたことに因る。ここのほかに、江差山道の二股口台場山、大沼からの峠に築いた峠下台場山もある。これらと区別するために川汲台場山とも呼ばれる。

 今回登りに使った川汲温泉コースは、江戸時代~明治時代の川汲山道の間道として利用されていた旧道である。鷲ノ木に上陸した土方隊が川汲温泉(当時は鶴ノ湯温泉)から川汲峠へ侵攻する際、当時の川汲山道の本道とこの間道の二手に分かれて登っている。川汲山道の本道を登った本隊が川汲峠で待ち伏せていた政府軍に手こずっているところへ、この間道を登った迂回隊が現台場山(当時はカックミ山、毛無山、木無山などと呼ばれていた)を越えて上からの攻撃が功を奏して、政府軍を撃退させたとのこと。


川汲温泉入口から函館方面へ30~40m戻ったところに川へ下る登山道入口への踏み跡がある。
除雪目印の支柱の手前から入り、大きな木の前の踏み跡を辿って川汲川へ下る。


川汲川の浅い岩盤の上を渡渉するところから始まる。
裸足になるか登山靴でもスパッツをすれば渡れそうだけど、2人とも長靴で渡り、対岸へ放り投げておいた。
対岸に登山道が続き、左手に「史跡台場山登山口」の標識が設置されている。
ジグを切って急斜面を登る。やがて、台場山へ繋がる新緑の快適な尾根道を進む。


登山道沿いにはエゾヤマツツジも咲きだしていた。このほかにムラサキヤシオツツジも咲いていた。


周りを緑色に染める新緑の枝を広げたブナの巨木。
このほかにミズナラの巨木もあった。尾根には太いブナが多かった。


頂上へ着いて休んでいると、NTT管理道路の方から、はこだて自然倶楽部の鎌鹿さん率いるご一行が到着。
メンバーのほとんどから「いつもブログ拝見しています」と挨拶された。


山頂からいびつな形の三森山と右奥の袴腰岳。函館山方向は霞んで見えなかった。


山頂から下り、笹小屋林道へ下ったところの標識。上の方が砕かれたように削れていた。・・・熊の仕業?

目にした花々
 
ハクサンチドリ    クマガイソウの蕾
 
キジムシロ   葉の細長い名称もただの「スミレ」
(このほかに、シラネアオイ、ノビネチドリ、エゾタンポポ、センボンヤリなど)


舗装されたNTT管理道路を下り、入口ゲートへ下山。


GPSトラックログ

9:45スタート、登り1時間35分、山頂休憩50分、下り1時間05分、13:15ゴール。
この後、恵山へ向かうtetsuさんと別れて、帰路に就いた。

このコースの詳しい記録は、2013年11月24日の逆コースでどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com/daiba13.htm

昨年10月22日のみごとな紅葉の台場山の記録もどうぞ!
http://blog.goo.ne.jp/sakag8/d/20141022
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きじひき高原パノラマ展望台

2015年05月21日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ

外の展望台から新しくオープンした屋内パノラマ展望台と函館平野を見下ろす

 毛無山麓の故齋藤浩敏さんの「慰霊の道」の草刈り作業(下記記事)の後、新オープンした屋内展望台を見たくて、きじひき高原へ。

 この「きじひき高原」中腹(標高560m)に、雨天時や強風時でも、屋内からもゆっくりと景観を楽しむことができる「きじひき高原パノラマ展望台」がオープンした。
 パノラマ展望台からは、雄大な津軽海峡や壮大に広がる大沼、豊かな表情をのぞかせる駒ヶ岳などの絶景を一望できるほか、大野平野に巨大な弧を描く北海道新幹線の高架橋も見ることができる。新幹線開通後の観光の目玉にしたいらしい。

開館時間:8時30分~17時(※6・7月は19時まで。4月下旬~10月下旬まで開放)
17時(※19時)でキャンプ場のゲートが閉鎖されるので、時間的に余裕を持って下山すること。


以前からあった屋外のパノラマ展望台


屋内の様子とガラス越しに眺める大沼・小沼と駒ヶ岳


屋内の様子とガラス越しに眺める函館平野


急カーブを描く北海道新幹線の高架線と車両基地(左)と新函館北斗駅(右端)


こんな楽しいイラストの案内板も設置されていた


帰りに、ちょっと脇道へ入り、山菜採り
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「慰霊の道」草刈り

2015年05月21日 | 斉藤浩敏さん行方不明関連

 昨日毛無山へ登り、帰りに、故齋藤浩敏さんの最期の地に設置した慰霊プレートの場所へ寄ってみた。夏草が茂って、道がよく分からなくなっていた。

 そこで、早速、今日、草刈り機持参で草刈り作業をし、テープ付けをしてきた。
 昨年、この道を開削したのが6/15だったので、それから冬までは草が茂らないで済んだようだ。今年もこれで、バッチリだろう。


before
↓↓↓


after


慰霊プレート周りは枯れた供花や造花、水の入ったペットボトル等で山のようになっていた。
この慰霊プレートを設置したのが、昨年の8/19だった。それ以来、夏には訪れてはいなかった。
その後、冬になるまでにかなり多くの慰霊者が訪れたようだ。
生花の残骸が10束ほどのほかに造花まで、水入りのペットボトルが4本、
周りには、ツルニチソウが10株、マーガレットと名称不明の花も植えられていた。
さらに驚いたのが、日高の赤石と思われる大きな石。
これは、多分齋藤さんと一緒に日高に登った人が、わざわざ背負ってきたとしか考えられない。
さらに、齋藤さんが発見されるまでこの地に眠っていた2/24~4/7を刻み込んだ三角形の石。

それにしても、多くの方々が慰霊に訪れてくれていたことに改めて驚いた。
この場所までのルート地図は、このブログにしか紹介していない。
多分、このブログを見た人が来てくれたのだろう。うれしい限りだ。


運び込まれた石と植えられた花だけを残して、あとは持ち帰った。


日高の赤石と思われる大きな石と齋藤さんが発見されるまでこの地で眠っていた期間を刻んだ石
誰が持ち込んだのか、ぜひ知りたいものだ。また、花を植えてくれた人も・・・。


さらに驚いたのが、道の途中の木に付けられたいた真っ赤なハイビスカスの造花。
初め目にしたときは、この時期にあんな真っ赤な花、何の花だろう?と近づいて行って、ビックリ!
ちょうど道が上の方へ方向を変える地点だったので、誰かがテープの代わりに付けたのだろう。
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朝の内の毛無山(北斗市)

2015年05月20日 | 登山・旅行

新緑に囲まれた桧沢の滝

 朝起きたら、素晴らしい天気だった。「雨雲の動き」予報では、昼前に雨雲がやってきそうな気配だったが、それまでに下山できるだろうと、新緑と花狙いで、急きょ近郊の毛無山へ向かった。

 3/22の齋藤浩敏さんの追悼登山会以来、2ヶ月ぶりである。雪山はすっかり新緑に変わり、足元には期待通りの花々が咲き、ブナの新緑が美しかった。 
 
 6:50にスタートし、頂上到着は8:35(1時間45分)、ハエがうるさくてゆっくり休むこともできずに8:45下山開始、上空はいつの間にか曇っていた。齋藤浩敏さんの最期の地へ寄り、10:40に下山した。まもなくして、予報通り雨が降ってきた。

 5/9(土)に、毎年行われている「函館山楽クラブ」による登山道整備が済んでいた。 感謝!感謝!
 なお、5/24(日)には、「北斗市自然に親しむ会」主催の「第12回毛無山登山大会」が予定されている。


新緑を映す大石の沼


道端に咲いているシラネアオイ
このほかに、いろいろな花が咲いていた。下記をどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com/kenasi3.htm


7合目標識の設置されたブナの大木を見上げる


稜線の手前から二股岳(左)と駒ヶ岳を望む


稜線のコル付近から大野ダムをズーム


まだ開いて間もない感じの淡い新緑を呈している稜線上のブナ


駒ヶ岳をバックの頂上


齋藤浩敏さんの慰霊プレートも新緑の中に馴染んでいた。
ここまでの道は草やフキや笹の新芽が覆っていて、分かりづらくなっていた。
明日、草刈り機を持って刈払いに出直すことにした。


GPSトラックログ

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米寿会員へのお祝い届けで感じたこと

2015年05月19日 | 日常生活・つぶやき

<昨日、四季の杜に咲いていた遅咲きの八重桜>

 午後から、北海道退職校長会函館支部会員の米寿を迎えた方々のお宅へ、全国連合退職校長会と北海道退職校長会からの賀詞と記念品を、理事長と二人でそれぞれのお宅へ届けに回った。

 今年で88歳の米寿を迎える会員は6名いるが、一昨日の懇親会に参加された1名には、その場で道本部の会長から直接贈呈していただき、本人はもとより、周りにもとても喜ばれた。

 今日は、直接全員にお渡しすることができた。みなさんとても元気だ。腰が悪くて思うように外を出歩けないという方が2名いたが、頭の方はみなさんとてもしっかりしておられた。「元気の秘訣は?」と聞いても、「特に何も・・・」という方が多かった。

 中に、夫婦ともに要介護1で、昨年、介護付有料老人ホームに夫婦で入所された方がいた。お二人とも認知症の症状は全くないとのことで、部屋にお邪魔して、後学のためにいろいろなお話を聞いた。そこに決めるまであちこちの施設を見て歩いたこと、必要経費のこと、日常生活や食事のこと、入所者の様子や介護に関することなどなど、とても参考になることが多かった。

 さて、自分が米寿を迎えるとなるとまだ16年もある。退職してから12年目を迎えたが、さらに16年となると気が遠くなる年数だ。しかし、「70過ぎたらあっという間でしたよ」とおっしゃる方もいたが、それまで生きている自信はない。

 平均寿命より健康寿命・・・誰しも願っていることであろう。自分の場合は、それを維持するために登山、ジョギング、スキーマラソン、スキーなどに取り組んでいる。とりあえず80歳までは現役でそれらを続けていたいと思っている。ただ、認知症になって介護を受けたりしながら長生きはしたいとは思わない。今日お会いしたみなさんのように元気で長生きしたいものだ。

 今の調子なら足腰は自信はあるが、頭の方が心配だ・・・。せめて、こうしてブログやHPを書いたりするのも、ある意味ボケ対策になるのではないかと信じたい?
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