癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

荒船山(1422m)

2006年11月30日 | 登山・旅行
荒船山の由来は、垂直に切り立った艫岩(ともいわ)を船尾とした軍艦に見立てての命名らしい。日本二百名山に選ばれている。

長野県との県境の内山峠から尾根を辿り、艫岩経由で頂上の経塚岳まで往復した。

登山道は、艫岩の後ろから巻く部分に多少岩場が現れるほかは穏やかな道で、往復4時間ほどのお気軽登山である。
北側の展望が広がる艫岩展望台は切り立った断崖絶壁の上で、この山のハイライトである。昨日登った妙義山と浅間山のほかに北アルプスの山も見える。さらに平い尾根を30分ほどで経塚岳である。

〈コース〉 内山峠コース
〈メンバー〉妻同行
〈所要時間〉登り、2:05。 下り、2:00

下山後、明日の諏訪山登山口のある上野村へ向かう。今年オープンしたばかりの浜平温泉しおじの湯に入り、道の駅[うえの]に落ち着く。


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妙義山(相馬岳)

2006年11月29日 | 登山・旅行
この妙義山は、上毛三山及び日本三奇勝の一つで、日本二百名山に選ばれている。しかし、奇岩奇峰を連ねる岩稜の山ゆえに二百名山で最も難儀な山としても有名である。

妙義山は一帯の鋭い岩稜を連ねる山群の表妙義と裏妙義の総称で、表妙義の最高峰は相馬岳(1104m)(画像の左ピーク)である。

この山を今回の山旅の皮切りに選んだのは、長い間myHPの愛読者で、今秋の紅葉の大雪高原沼巡りと翌日のニセイカウシュッぺでご一緒した栃木県のKa女史からの「魅力ある山」として、案内の申し出があったからである。

高所恐怖症の私は、谷川岳より転落事故の多い稜線の縦走は鼻から諦めていたが、Ka女史も未踏の最高峰の相馬岳の登頂と中間道の縦走だけはしたいと思っていた。ネットで調べている内に中間道から相馬岳へのタルワキ沢コースがあることが判った。

車を一台、妙義神社登山口に置いて、秋の大雪山行でやはりご一緒したSa女史と妻の4人で、中之岳神社登山口をスタート。石門巡りや大砲岩への鎖場てビビッてしまい、予想をはるかに超える高度感の相馬岳登頂が不安になる。

しかし、岩の間を潜りながらの高度感のある急登ではあったが、難関はSa女史と妻が諦めた唯一の鎖場だけで、あとはなんとか突破して無事垂直に切り立つ頂上に立つことができた。

あとは、同じタルワキ沢コースを中間道まで戻り、遅い紅葉を楽しみながら妙義神社登山口で大満足のゴールイン。

デボして置いて車で中之岳神社登山口へ戻り、二人と別れ、明日の荒船山の近くの荒船の湯に入り、道の駅[しもにた]に落ち着く。

これまでずいぶん多くの山に登って来たが、山容の奇異さと共にスリルに富んだ忘れない印象的な山となった。それだけに案内していただいたお二人に心から感謝申し上げたい。

〈コース〉中之岳神社~石門巡り~タルワキ沢分岐~相馬岳~タルワキ分岐~妙義神社 〈所要時間〉6:15

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ナビ任せ

2006年11月28日 | 登山・旅行
17:45、道の駅[みょうぎ]に無事到着。

ナビ任せの最短は、青森から国道7号線の南下であった。昨日は秋田県南の道の駅[にしめ]まで280km。今日は朝5:30に発ち、新発田から内陸に入って、国道290号線~17号線と繋いで群馬県に入る490km、12時間強のドライブであった。

昼食は、越後やまなみ街道(290号線)の栃尾市の道の駅で、名物の油揚げ焼き定食を食べる。(画像)

今日の道中一番驚いたのは、新潟県の国道17号線の両側に連なるスキー場銀座である。スキー指導員歴36年の間、目にしたり耳にしたりしてきた苗場を初めとする有名なスキー場が次々と現れる。東京圏の大人口をバックにした立地なのであろうが、この一帯もスキー人口減少の影響で青息吐息の経営なのであろう。林立するホテルやロッジはもっと惨めかも・・・。


道の駅に着いて、すぐそばにある「もみじの湯」で2日間の運転疲れを癒す。あとは明日の好天を寝て待つだけである。

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晩秋の南関東山巡りへ

2006年11月27日 | 登山・旅行
10日ほど続けて用事のない日ができた。日程的にはもっと欲しい気もするが、冬山への端境期である北海道を抜け出して、雪の遅い南関東付近の山に遠征することにした。

候補の山は、例によって、百・二百・三百名山から選んだ下記である。しかし、天気と移動の関係で、その中から選んで・・・ということになるので不確定である。

妙義山、荒船山、諏訪山、両神山、武甲山、甲武信ヶ岳、和名倉山、雲取山、三頭山、大岳山、丹沢山、大山、

向こうの天候が29日から安定しそうなので、山旅装備を積み込んで今日の12:10のフェリーに乗った。今、このモブログを退屈な船の中で打っている。


青森から途中一泊して、皮切りの山となる群馬県の妙義山(相馬岳)の登山口にある道の駅[みょうぎ]を目指す予定である。

いつもの通り、時間はあるが金のない貧乏旅行である。青森から高速道路回避のナビを入れたら760kmと出た。まあ、明日の夕方までには着ける距離であろう。

今晩は22:00頃まで走る予定である。ナビ任せのドライブは、どこの道をどこまで走るのであろうか?


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20日ぶりの山歩き

2006年11月24日 | 登山・旅行
 ようやく悪天候続きから抜け出した昨日、誘いに乗って、横津岳山麓のハイキングに出掛けた。外遊びが好きな5名のみんなもウズウズしていたらしい。幸い雪はさらっと降っただけだったが、風が強く冷たかった。

 3時間半ほどの林道・送電線下の苅分道、遊歩道・車道を繋いだ、歩くことが目的のハイキングであったが、20日ぶりの山歩きに身体が喜んでいた。

 このほかの写真やGPSトラックログ等は、本サイトの下記ページをどうぞ!
http://sakag.web.infoseek.co.jp/yoko-sanroku06.htm
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『凍(しば)れるいのち』

2006年11月22日 | 日常生活・つぶやき
 忘れもしない大学1年の正月である。昭和38年元日早々衝撃的なニュースが飛び込む・・・「北海道学芸大学函館分校山岳部のパーティー11名旭岳で遭難!」・・・そのサブリーダーの小林さんは、私の研究室の先輩(3年生)であった。研究室の仲間は大学に近いSさんの家に集まって、泊まりがけでTVに齧り付き、次々と入ってくる惨状のニュースに見入った。しかし、全員生還の願いも空しく、生還したのは、助けを求めに下りたリーダー野呂幸司さんただ一人という辛く悲しい結末であった。

 私は、小林さんの物静かで穏やかな人柄が好きで、誘われるまま、野呂さんが寝泊まりしていた研究室に何度か出入りしたことがある。その当時の強烈な印象は野呂さんのリーダーとしてのカリスマ性である。その野呂さんから「興味があるなら山岳部に入らないか?」と誘われ、ちょっとその気になっていたこともあり、大好きだった小林さんの死と一人だけ生還してその偉大さと非難が相まって報じられる野呂さんの心中に、ずっと胸の痛む想いを抱き続けていた。

  その後の遭難報告書も読んだが、死に至るまでの心情や状況が偲ばれる悲惨な個々の遺体の様子や、野呂さんの書かれた「後ろを振り向くと、人魂が一つ二つと増えて行く・・・ああ、○○も死んだか・・」というくだりと生き残ったが故の苦悩が今でも印象に残っている。

 その彼と再会したのは数年後のことである。それは、両足の踵を切断したにもかかわらず義足で?スキーをしていた地元のスキー場のロッジである。その時はリフトも止まるほどの猛吹雪であった。すでに指導員の資格を取っていた私は講習続きで思うように練習の時間が取れないこともあり、昼休みにその吹雪の中で練習をして、ロッジに戻ったときであった。

 いきなり後ろから「こら、坂口、こんな吹雪の中で滑っていたのか?死んだらどうする!」と怒鳴られ、びっくりして、「誰だろう?このくらいの吹雪で・・・大袈裟な?」と思ったのだが、顔を見て、あの悲惨な経験に裏打ちされた野呂さんの言葉だっただけに、ズーンと胸に響き、思わず素直に「スミマセン!」と謝った。

 そんなことから、「山は恐いもの」という想いは山に登るようになった今でもなくならないし、最近山スキー登山をするようになったが、それがトラウマとなって、「天気のいいときの日帰り限定」と決めている。

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 このようなことを思い出したのは、1週間ほど前の北海道新聞に「ただ一人生還のリーダー野呂幸司、45年間の沈黙を破り、遭難事故の全貌とその後の人生の軌跡を明らかにする―」・・・それが第三者の手によって『凍れるいのち』として発刊されるという記事が載っていたからである。

昨日、その本が、先行予約注文を受けていることをネット上で見つけて、早速予約注文した。
http://www.hakurosya.com/index.php?pageId=110

 どのようなスタンスで書かれているかは分からないが、その内容次第では、大きな反響を呼ぶかも知れない。この遭難事故に関わったいろいろな立場の人々の気持ちを考えると、あまり英雄視した書き方でないことを願いたい。
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最高人数を記録したHYML懇親会

2006年11月19日 | オフミ・飲み会
     

私も開設に関わって1999年12月15日に発足してまもなく8年目を迎える北海道の山メーリングリスト (hokkaido-yama ML)・・・頭文字を繋いだだけの略称のHYMLの命名者は私であるが・・・ただ単に「山が好き!」ということだけで結びついて、現在ではROM会員も含めて500名は登録しているらしい(管理人も正確な人数は把握困難?)大所帯のMLである。
          
 このMLの特色のひとつに「顔の見えるML」がある。そのためにいろいろな活動をしているが、中でも発足間もない2000年1月9日に私の出札に合わせて開催された第1回以来、毎月欠かさず札幌で開催してきた異常に盛り上がる懇親会(オフミ)がある。それが、昨日で81回を数えるらしい。

 いつもは土日の山行に差し障りがあるので平日に開催しているが、端境期である11月だけは毎年土曜日に開催してきた。その効果が、昨日これまでの最高参加者記録として現れた。

 札幌やその近郊以外にも函館からの私や東京、留萌、余市、旭川からの参加者もあり、初参加者や久しぶりの参加者も加わり、狭い会場に溢れんばかりの宴会となった。一度立ったら座る場所を確保するのが難しいのにもかかわらず、席が入り乱れての山談義で盛り上がり、自己紹介の時間もあり、狂乱怒濤のごとき楽しい5時間はあっという間に過ぎた。

                 
        
            
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初滑り

2006年11月18日 | スキー・クロカン
今晩、札幌でHYMLの懇親会があるので、それに参加するつもりでいたら、タイミングよく、16日に札幌国際スキー場がオープンしたとのこと。

 11月中の初滑りは久しぶりである。スキーを積んで、朝5時に家を出る。中山峠以外は路面も乾いていて、9時半にスキー場着。

一番急なコース以外全てのコースが滑ることができる。雪質もパウダー、無風、晴れ時々曇り・・・初滑りにしては最高のコンディション!10日以上も悪天候続きで身体がうずうずしていた反動で、キャビンを利用してノンストップで午前中9本も滑る。

 昼ごろに電話が入る。「付き合います」とメールをいただいていた、昨夜から泊まり掛けで定山渓に入っていたHYML仲間の小樽の友人からである。下で待ち合わせて昼食をとり、午後から一緒に5本ほど滑って、14:20に打ち上げた。

初滑りでこれだけ滑ったのも珍しい。今のところはそれほどダメージはないが、明後日辺りに筋肉痛が・・・?

小金湯温泉のまつの湯から上がり、このブログを打っている。

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朝テッカリ

2006年11月17日 | 日常生活・つぶやき
          

          

 今朝、朝の好天に誘われて早朝散歩に出掛けた。雲間からの眩しい朝陽やそれを浴びて輝くうっすらと白くなった横津連峰を眺めながらの散歩であった。11時頃、今日は晴れるだろうと思って、大沼方面へドライブに出掛けた。しかし、旧大野町(現北斗市)まで行ったら、雨が降ってきたので戻ってきた。これで、3日連続朝だけ晴れてその後は雨や曇りである。それまで10日ほども連日悪天候続きだけに、朝喜ばされて、直ぐ裏切られるのが悔しい。

 このような天候を「朝テッカリ」と言っていたのを思い出した。この地域だけの言葉かと思って、ネットで調べてみたら、全国共通の言葉であったのにはちょっと驚いた。

 「朝テッカリはあてにはならぬ」とか「朝テッカリは姑の笑顔と同じですぐ曇る」「朝のテッカリと姑のニッコリは信用できぬ」などといった諺があるようだ。しかし、朝からずっと晴天の日だってあるのだが・・・?

 明日は、夜のHYML懇親会への出席と明後日の亡妻の祥月命日の墓参りで札幌へ出掛けるが、その前に、昨日オープンした札幌国際スキー場で初滑りをする予定である。まあ、スキーは吹雪にさえなければいいのだが・・・。               
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謎の正体探りウォーキング

2006年11月15日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 朝起きたら、久しぶりに朝陽が眩しい。青空も広がっている
 数えてみたら約10日振りである。連日の雨絡みの悪天候続きに、身体が鈍ってイライラしている。しかし、この好天も予報によると午前中だけのようで、山へというわけには行かない。そこで、妻を昼の外食で釣って、10時前からウォーキングに出掛ける。

 どこを回ろうか?と考えながら玄関を出る。ベランダから港方向に巨大な3本のタワーのようなものが見えている。数日前に出現し、ずっと気になっていたので、まずは、その正体を探るべくその方向へ向かって歩くと北埠頭に出た。

 当初は地上に立っているものと思っていたが、それは、豪華客船がよく接岸する港埠頭に接岸して浮いている。もっとそばで見たいのでそちらへ向かう。そばに寄ってどう見てもそれ自体では運行できる船ではない。胴体にSEADRILLと書かれているところから察するに、海底を掘るための設備であろうが、港の工事をしている風でもない。

 そこで、そばにいた関係者に聞いてみた。それは、海底の石油掘削設備で、サハリンで作業を終え、これからフィリッピンヘ運ぶための準備・補修をしているとのこと。3本の巨大なタワーのようなものは、それを海底に下ろして作業台を固定するための足になり、真ん中の櫓のようなもので石油を掘るのだそうである。

 もっと、驚いたのがその3本のタワーを立てたまま船に積んで運ぶのだそうである。不安定この上ない感じである。しかも、積むときにはその運搬船の胴体部分が海に沈んで、この設備の台船を乗せて再び浮き上がるのだそうである。その船は港外に係留していて様子が良く判らなかった。積み込むときにでもまた見に来たいものであるが、出港予定を聞くのを忘れた。

 目的を達したが、ウォーキングとしては物足りない。しかし、だんだん上空の雲が広がり、雨になりそうな気配である。しかし、予報では夕方までは持つらしい。そのまま東日本フェリーターミナルへ寄り、七重浜駅から流通センターを抜けて、国道5号線を通って帰宅する計画で歩き続ける。昼になってラーメン屋を見つけたので、そこに入ろうとすると、やはりウォーキング中の山仲間のSa女史に出会う。彼女も連日の悪天候にイライラしていた類であろう。

 しかし、ラーメンを食べている内にとうとう雨が降ってくる。どうやら止みそうもない空である。ウォーキングに出てタクシーで帰るのも馬鹿らしい。濡れながら近くのバス停まで歩き、バスを乗り継いで帰宅する。結局、今日もまた雨である・・・明日からもしばらくは雨絡みの似たような予報である・・・。イライラは募る!
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中学校時代の同期会

2006年11月12日 | オフミ・飲み会
          

 昨日、函館湯の川温泉で泊まりがけの中学校時代(旧大野町立大野中学校)の同期会を3年ぶりに開催した。すでに卒業して48年を経過しているが、これまでずっと自主的に幹事を引き受け、卒業してからずっと3年ごとに開催してきた。その時々で参加人数に波はあるが、その楽しそうな様子と「坂口さんのお陰で・・・」といううれしい言葉が励みとなって、ずっと続けてきた。

 私自身も 当時は純農村であった自然豊かな旧大野町(現北斗市)を舞台とした少年時代の思い出が沸々と蘇り、そのころに戻れる大好きなひとときである。とくに、初参加の人や久しぶりに参加する懐かしい顔との再会も楽しみである。初めは、顔と名前が一致しないで「あれ、誰だったけ?」と話している人も、近況報告や宴が進む内に少年時代の面影に出会い、話が弾む。

        

 また、当時は半数が中学校卒業での就職や家の手伝い、残りの半分が地元の大野農業高校へ、1/4が函館の色々な高校へと進学しているが、それぞれのその後の長い人生物語に触れるのも非常に興味深い。また、最近は年齢的にも、私にはまだ縁のない孫と病気の話題が多くなってきた。

 4名の担任の先生も2名になり、同期生が判っているだけでもすで18人も亡くなっている。そのうち、男性が15人である。ここでも女性の寿命の長さが際だっている。最近は、病気で参加できない人も増えてきているのが気になるところである。

         

 6時開会なのに、3時頃から集まって懐かしい歓談が始まる。一次会に引き続き、全員が参加するホテル内のスナックの二次会、さらに部屋に集まっての三次会・・・と延々と続く。さらに、部屋のでの語らい、朝食時の歓談・・・9時頃には、2年後の「卒業50周年記念同期会」での再会を約束して三々五々帰路に就いた。 
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うんざり・・・嵐続きの毎日

2006年11月11日 | 日常生活・つぶやき
 まずは、佐呂間竜巻で亡くなられた方々へ、心から合掌!

 今週いっぱい、函館も連日、強風雨・雷の大嵐続きである。今も、雷はないが風雨が続いている。来週の長期予報もやはりずっと雨絡みの予報である。冬への序章にしては長過ぎる。

 こんな天気は、身体を動かしていればそれだけで幸せな単細胞のアウトドア指向の身には非常に辛いものがある。室内でも夢中になれる高尚な趣味を持ちたいと考えているのだが、なかなか興味の湧くものが見つからないのが情けない。

 この時期、小春日和の中、すっかり葉の落ちたモノトーンの林の中を落ち葉を蹴散らしながら歩くのが大好きなのだが・・・・。
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ストーブ初点火

2006年11月08日 | 日常生活・つぶやき
昨日までは温かい日が続いていたが、今朝起きたら、室温が今年最低の14℃であった。昨日までは、寒いときはポータブルストーブで凌いできたが、そのポータブルを1時間炊き続けても室温が18℃に届かない。そこで、ストーブ初点火となった。

 それに併せて、夏から冬モードへのソファーの配置替えも行い、ストーブの前に寝ころぶ空間を設けた。我が家ではここを「怠け場」と言う。冬期間、この燃えるストーブの前が特等席である。ここに寝ころんでTVを見たり、本を読んだりしていると、動くのが億劫になるからである。また、当然うたた寝の最高の場でもある・・・。

 半年ぶりのストーブの暖かさに懐かしさを覚え、冬間近を実感したが、少し燃やしただけで、あっという間に20℃になったので消火にした。
 
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『日本三百名山登山ガイド』(上中下)ゲット

2006年11月07日 | 登山・旅行
 北海道の山の登山道のある山はすべて登り尽くしてしまった現在、道内に限ると、それらの再訪か、登山道のない山を夏は沢からの藪漕ぎ登山か積雪期の山スキー登山を続けている。しかし、段々登りたい山や登れる山が限られてきた。

 そこで、昨年から道外の山にも足を伸ばし始めている。その山を選ぶとなると、どうしても「名山」と言われている山になってしまう。その手がかりが、日本百・二百・三百名山である。これまでも東北と九州の山のそれらを中心に登ってきた。

 これまでは、インターネットで情報を集めて計画を練っていた。しかし、このたび、2000年に山と渓谷社から発刊されている『日本三百名山登山ガイド』の上中下の3分冊に、300山全部の紹介・ガイド文・コース地図などが掲載されていることが判り、通販で取り寄せた。

 見開き2ページ構成で、その山の必要な情報が十分盛り込まれているのがうれしい。あくまでも、北海道の山にこだわりながらも、まとまった日程がとれる時には、これを活用しながらしょっぱい川を渡ってみたいものである。

 気の遠くなるような「日本三百名山完登」は考えると、単なるピークハンターになってしまうような気がするので、あちこちの旅も楽しみながら、それぞれの山の良さを味わえるように気長に向かいたいものである。
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函館スキー指導員会総会、無事終了!

2006年11月06日 | スキー・クロカン
 駒ヶ岳や横津連峰にも初冠雪があり、市内でも初氷が張り、北海道で最も遅い紅葉前線も平地まで下りてきて、今年もまたスキーシーズンへの序章が始まった。

 昨日、北斗市農業振興センターを会場として開催された函館スキー連盟教育部総会に引き続き、不肖私が会長を務めさせていただいている函館スキー指導員会総会も無事終了し、新年度の活動に突入した。

 当会は、道南地区(渡島・檜山管内)のスキーとスノーボードの全日本スキー連盟公認指導員・準指導員・北海道スキー連盟認定指導員の有資格者で構成する組織で、今年で600名を越えた大所帯である。会長職もできれば他の人に替わってもらいたいところであるが、これまでの行き掛かり上そうも行かず、これで3期目(1期2年)に入った。

 スキーを取り巻く環境は年々厳しくなり、それに伴い、その指導者としての活動の場や機会がだんだん少なくなっていることも事実である。昨日の挨拶でも、現状打破のためにも、指導の場や機会を自ら作ることや、日頃からの職場や地域で、スキーの魅力と効用を説き、スキー場への誘い出すことなどの努力をお願いした。

 かく言う私も、最近はゲレンデより山スキーやクロカンスキーなどでオフピステに立つ方が多くなっている。今年は、もっとゲレンデに足を運び、若い頃にスキー経験のある中高年にカービングスキーの楽しさを体感してもらい、年齢ともに衰える腸腰筋を鍛えながらの健康づくりと老化防止に努めてもらえるように心がけたいものである。 
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