癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

スプリングエフェメラルを求めて

2011年04月30日 | 花・紅葉だより
       
   <スプリングエフェメラル競演~エゾエンゴサク、カタクリ、キクザキイチゲ、エンレイソウ>

 昨日のウォーキング効果か、7時間半もの爆睡のせいか、朝から、歩いても、車を運転しても、開腹部の傷の痛みがほとんど気にならない、退院後もっとも快調な一日だった・・・。

 だからと言うわけではないが(痛くても行くつもりだったが)、晴天予報の午前中を狙って、厚沢部町と北斗市のスプリングエフェメラル花園探訪へ出掛けてきた。久しぶりに自然の中に身を置くうれしさに感激しがら歩き回った・・・・。

 ちなみに、スプリングエフェメラルとは、春先に花をつけ、夏まで葉をつけると、あとは地下で過ごす一連の草花の総称。言葉の意味としては、「春の儚いもの」「春の短い命」とのこと。

       
             <厚沢部町のエゾノリュウキンカの群生>
              
             <ミズバショウとエゾノリュウキンカ>

       
           <北斗市匠の森のやや盛りを過ぎたカタクリの群生>

 もっと大きな画面と他の花の写真も含めて、8枚の写真は下記ページからどうぞ! 
http://sakag.web.fc2.com/spring-efe.htm
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亀足7kmウォーキング

2011年04月29日 | 大腸癌日記
          <本日の五稜郭公園の平均的なサクラの蕾の状態・・・開花予想は明日だが、果たして・・・?>

 前回も今回も、退院時に「痛くても、積極的に体を動かすことによって、傷の周りの筋肉も鍛えられるので回復も早くなるし、大腸の調子も良くなるので、痛くてもどんどん体を動かすことが肝腎です」と言われたことを思い出した。

 おとなしくしていても、動いたときに痛みを感じると、どうしても体を動かすのが億劫になり、ネガティブな気持ちになる。しかし、もっとポジティブな気持ちで過ごしたい。そこで、数日ぶりに広がった晴れ間を狙って、サクラの蕾が膨らんできたであろう五稜郭公園へウォーキングに出掛けた。

 まだ開腹部の傷の痛みがあり、急いで歩くことはできないが、腹筋を締めて、背中を伸ばして歩くと、少しは緩和される。常に痛みを感じながら歩くことによって、痛みにも馴れるし、ポジティブな気持ちにもなれる。家からの往復と堀周りを2周して約7kmほどを歩いてみた。まだ歩けそうな感じではあったが、痛みと闘いながら歩くことは結構疲れるものだ。

 歩きながら、腹部に感じる痛みを細やかに分析してみた。昨日ブログに書いたずっと気になっている臍の右横の痛みは、どうやら開腹部の傷の痛みのようだ・・・その傷は臍の直ぐ右横を中心に縦に15cmほどだが、そのさらに右奧に痛みを感じるので、もしかしたら大腸の繋ぎ目に起因する痛みかもしれないと思って不安になっていたが、どうやらそうではなかったようだ・・・傷の痛みであれば、時間が解決してくれるので心配はない。そう思ったら気が楽になった。明日からもどんどん歩こう・・・。ちなみに、現在も治療中の脂肪融解による分泌液が滲み出てくる7mmほどの傷の痛みはほとんど気にならない。

 前回の日記を見たら、術後20日で「無痛散歩ができた」と書いてある。今回は今日で術後22日目だ・・・ここが腹腔鏡手術と開腹手術の違いかも・・・?

 もう1週間ほど雨絡みの天候が続いている。今日の蕾の状態では、明日の開花予想は、少し遅れそうな気配だ。しかし、公園内には夜桜用の提灯が張り巡らされ、もうジンギスカンを囲んで花見をしている気の早いグループもあった。
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ダメージとの闘い

2011年04月28日 | 大腸癌日記
       
                <通院途中で目にした梅の花>

 昨日は、一日中開腹部の傷なのか、内部なのかよく判らない痛みに苛まされた。動くのも億劫で、ずっとソファーで転がっていた。しかし、一晩寝て起きたら、何ごともなかったようにケロッとしている・・・今日は、午前中に、隔日の傷の手当てで、外来治療を受けてきた。 

 今日の担当は、I医師と一緒に手術に当たってくれたNa医師だった。一番気になる臍の右側の内側の痛みについて聞いてみた。「手術で繋いだところに近いけれど、今現在痛みがないなら気にしなくても良いでしょう」と言われてひと安心。そういえば、入院中の20日にも同じようなことがあった・・・そのときは、自分で、「天候のせいでしょうね?」とNa医師に話していたのだったが、今回もその類か・・・?

 しかし、夕方になって、また、臍の右側の痛みが出てきた。この痛みが一番多く、特に曲げ伸ばしをするときに痛むことが多い。これがもし癒着によるものなら腹痛になるらしいが、その痛みとは違う感じだ。明後日の外来治療のときにも痛かったら、もう少し、詳しく聞いてみようと思う。前回の手術の後にはなかった痛みなので・・・。

 癌の方は取ってしまえば、それで終わりなのだが、回復は手術で受けた身体的なダメージとの闘いだ。手術前は、体調も悪いわけではないので、病気という感覚はまったくなかった。しかし、手術されて、重病人になった感じ・・・数日間の強烈な痛みとの闘いに始まり、開腹部の傷の痛み、腸の調子による張りや痛み、不安定な便通、脂肪肪融解とやらで今も治療中の傷の内部、そして、一番多く出る臍の右側の気になる痛みなど・・・日が経つに連れて、徐々に治っていくものと信じたい。 

 そういえば、前回のときは入院中にボイラーが故障した。17年もの長生きだったので、新しい物と交換した。今回は、退院の前日に10年目のストーブが故障した。昨日業者に診てもらって、点検整備といくつかの部品の交換で済んだ。人間の体も故障部分を取って繋いだり、部品を交換したりしたら、即時に元通りに復活できたらどんなに楽だろう・・・?
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退院初日

2011年04月26日 | 大腸癌日記
         <ちょうど満開状態の植え込みのエゾムラサキツツジ>

 新たな癌春生活のスタートに合わせ、テンプレートを変えてみました。

 難眠生活から解放され、寝付きは悪かったが、5時まで眠ることができたし、ソファの上での昼寝も1時間半ほどもできた・・・どうして、これが快適なはずの病院のベッドならできないのかが不思議だ・・・。

 病院まで往復歩いて、外来で傷の手当てをしてもらった・・・「I医師は4月25日で退職しました」との張り紙があり、寂しさを覚える。今日の外来担当は3人だが、入院中2度手当をしてくれた別の医師が洗滌消毒をして、絞ってくれた。絞られても痛くなく、膿のような不純な物ではなく、きれいな油のようなものが滲み出てくるらしい。これがいわゆる脂肪融解と言われる所以か?

 「おとなしくしていた方がいいのですか?」と聞いたら、むしろ「うんと動いて絞り出した方が良いです」と言われてひと安心。ガーゼも自分でも汚れが酷くなったときに貼り替え可能な創傷用粘着ドレッシングに変わり、10枚持たせてくれた。「傷はシャワーで直接洗い流して、自分でも傷の周りを押しながら絞り出して、それをまたシャワーで流すようにしてみてください」と言われ、1週間ぶりにシャワーを浴びた。明日は、特に悪化しなかったら、自分で対応して、明後日また外来へ来るように言われた。

 外来でいつもお世話になり、何かと気に掛けて下さるSa看護師から「癌も坂口さんを選んで、2度もこのような試練を与えているようですが、負けないでまた元気に山に登り続けてください。もう計画がおありなのでしょうね。」と励まされた。

 退院が前回より1週間ほど遅かったことも幸いしてか、外を歩いても開腹部の傷跡の痛みは少ない。急ぎ足は無理だが、普通に歩けるので、少しずつ距離を延ばして体力回復に努め、低山のスプリングエフェメルの花見山行からスタートしようと思う。

 午後の昼寝の後は、留守中に溜まった郵便物や文書の整理、ガン保険の書類作成などをし、タイヤ交換をしてきた。
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晴れて出所

2011年04月25日 | 大腸癌日記
     
            <27日間お世話になった五稜郭病院を裏側から撮す>

 27日ぶりに娑婆の空気を吸い、我が家へ戻ることができた。帰りに病棟詰所で見送ってくれる看護師さん達に「大変お世話になりました。前科2犯、当分保護観察付きですが、三度(みたび)戻ってくることのないよう、日々更正に励みます」と挨拶してきた。

 主治医との最後の面談内容は下記の通り・・・

○内視鏡手術で切除した直腸と横行結腸にあった2つのポリープの病理検査の結果、横行結腸の方のが癌で、完全に取り切れていないこととリンパ節転移の疑いもあるので外科手術の必要があった。手術の範囲に前回の吻合部も含まれるので開腹手術とした。

○前回の吻合部も含めて25cmほど切除し、新たに小腸と横行結腸を繋いだ。(前回と合わせて55cm短くなったことになる・・・残り1m弱?)

○今回の癌は、再発でも転移でもなく、新しい癌である。体質的に、今後1年半に一度は内視鏡検査を受けるように。

○病理検査の結果、残っていると思われた癌は消えていて、リンパ節転移もしていなかったので、ステージⅠと考えて良い。

○今後また定期的に外来検診を受けてもらうが、引き継ぐ新しい担当はO医師。とりあえず、傷の手当てに、明日また外来へ来ること。傷の方は、前回のように長くは掛からないで治るだろうとのこと。

○心配の腸閉塞については、腹腔鏡手術に比べて確率は高くなるが、体質的に罹りやすい人とそうでない人がいる。症状としては、嘔吐や腹部の激痛が多い。(予防には、一般的に消化の悪い物を避ける、水分を多く摂るなどがあるが、今後詳しく調べてみよう。)

 午前中の外来診療の後、私の面談を終えて、引っ越しの準備に入ったので、私との面談が最後の仕事だったようだ。今後は、仙台の実家も医院だが、近くの総合病院へ勤めるらしい。

 「前回の手術から定期検診、そして、この度の手術・・・3年2ヶ月にわたる先生との出会いも私の寿命の一部と考えております。特に、震災の影響で異動がひと月延びたところへ滑り込んで対応してもらえたのは、何かの縁でしょう。ありがとうございました。」とお礼を言ったら「今度は500名山を目指して頑張って下さい」と言われた。「(500名山というのはないのだけれど)ありがとうございます」と答える大人な私・・・?
 
 夕食は、退院祝いと5日遅れとなった妻の誕生祝いを兼ねて、「旬暦ひだか」で会席料理に舌鼓を打った。病院食からいきなりで、腹もビックリしているだろう。ちょっと量も多かったようで腹が苦しい・・・。



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度重なるアクシデントの末に、ようやく退院できたsakag



嬉しさを全身で表現。


      
「わぁ~い、退院だぁ~」


   ---完---
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入院26日目(術後18日)

2011年04月24日 | 大腸癌日記
    <屋上庭園から五稜郭公園を見下ろす・・・サクラの満開の頃にはピンク色に染まるだろう>

 術後数日間以外は、消灯後の21:30ごろに寝付くが、2:00前後には目が覚め、あとは朝を悶々と待つ・・・かと言って、日中もベッドで横になっていても、たまにうつらうつらする程度で、慢性寝不足の難眠生活の日々が続いている。あと一日でそれも解消するだろう。

 今朝も1:45に目が覚めた。ところが、腹が張って痛苦しい。今回初めての経験・・・ベッドの上で体を動かしながらガス抜きを図るが、思うようにならず・・・ふと、忘れていた腸閉塞の3文字が頭をもたげてくる・・・脂汗がジワッと吹き出てくる。丑三つ時にもかかわらず、起き出して廊下の散歩・・・詰所の看護師に心配される。腹をなで回しながら10分ほど歩き回ったら、便意到来・・・出したら、だいぶ楽になってホッとする。安心して二度寝できるかと思ったが、やはり眠れなかった。きっとこれからも、腹が張ったり、便秘になる度に同じ心配に苛まされるのだろうか・・・?

 今日は日曜日にもかかわらず、朝9時の外科スタッフ一同の回診があり、主治医も毎週必ず顔を出してくれた。「丸一日休む日はないのか」と看護師に聞いてみたら、「ほとんどなく、日曜日は回診してカルテ記入をして10時頃には帰る」そうだ。そのほかに当直もあるらしい・・・大変な激務だ。

 今日の手当は、注射器での洗浄消毒は同じだが、ビニールドレーンを入れないで、ゲンタシン軟膏を傷の中に入れたようだ。細菌による感染症の治療に用いる抗生物質の薬で、いろいろな皮膚病を治癒する効能があるとのこと。「先生の念力も注入して、なんとか明日までに治してください」と言ったら、「念力ですか?明日までは無理ですね~」と笑っていた。

 毎週日曜日は体重測定の日・・・入院したときは、それ以前の首の故障で運動不足だったこともあり、64kgだった。先週には60kgまで落ちていたが、食事を普通に摂るようになり、今週も同じ60kgだった。3年前も4kgほど減って57kgまで落ちた。山に登るにはこの60kg前後が体が軽くて歩きやすい。せっかくの機会なので、増やさないようにしたいと思う。
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入院25日目(術後17日)

2011年04月23日 | 大腸癌日記
      
       <院外の風致林公園に設置されている安田侃の作品「風」(ブロンズ)> 

 明後日(4/25)、主治医の退職(異動)と同じ日なのだが、それに合わせて、12:00予定の主治医の説明を聞いた後に、退院することした。

 退院が延期になった創部内側の脂肪融解による炎症だが、今日の回診時も洗浄消毒とビニールドレーンとカーゼの交換だった。中からしみ出てくる分泌液はだいぶ少なくなってきている。主治医の話では、「この液が出てこなくなるまで、少しの間毎日同じ治療が必要だが、外来でも対応できるので、通うのが大儀でなかったら、いつ退院しても良いですよ」とのことだった。

 治療のために外側に開けた傷は5mmくらいで、中もそれほど大きくはないそうだ。中から液がしみ出てこなくなると自然にその部分も外側の傷も閉じるとのこと。「前回といい、今回といい、すんなりと着かないですね~」と笑っていた。「本筋以外のところでご苦労おかけして申し訳ございません」と謝っておいた・・・・謝られても困るだろうが・・・。

 今日は、朝から雨だったが、体調は良く、岳友たちのお見舞いにも、楽しく山談義にも興ずることができた。階段昇降も3往復を3回楽にすることができたし、便も2回とも形をなしてきたし、食事も病院食では足りなくて間食もしだした・・・・もう、安定した形で回復曲線を描き出したものと思いたい・・・。

       
           <院内エントランスホールに設置されている安田侃の作品>
             左「妙夢」(大理石)         右「意心帰」(大理石)

ちなみに、安田侃のプロフィールは下記の通り
 
 1945年北海道美唄市生まれ。東京芸術大学大学院彫刻科修了後、70年イタリア政府招へい留学生として渡伊。ローマ・アカデミア美術学校でペリクレ・ファッツィーニ氏に師事。以降、大理石の産地として知られる北イタリアのピエトラサンタにアトリエを構え、大理石とブロンズによる彫刻の創作活動を続けている。
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入院24日目(術後16日)

2011年04月22日 | 大腸癌日記
      
               <今日その存在が分かった屋上庭園>

 今朝は、なぜか朝方から痛みが強くなった。ここ1週間で一番苦しかったかもしれない。回診時に処置をしてもらったら、徐々に和らいで、1時間ほどしたら、痛みがほとんどなくなり、階段昇降もできるようになった。しかし、午後からはまた、縫った傷の痛みなのか、脂肪融解による炎症部分の痛みなのか、その両方なのかはっきりしない鈍い痛みがずっと続き、なんとなく調子の悪い一日だった・・・朝から雨模様の天候のせいだろうか・・・? 階段昇降も午前中の一回だけで終わった。

 主治医は、今日は外来診察日なのと3日後に迫った退職(他の病院へ移ることをこう表現するようだ)で、いろいろ忙しいらしく、今日は一度も顔を見せることはなかった。毎日見ないとなんとなく寂しいし、調子の悪いときはなおさらだ。看護師を通じて、「今回の手術の結果や今後のことについての説明を25(月)の12:00ごろからします。」とのことだった。そのときは、3年2ヶ月間お世話になったお別れのときでもある。多分そのときに退院の日取りが言い渡されるのかもしれない。    

       
             <毎日、ベッドの片隅で昼寝をするかなこハイジ>

 さて、看病に当たってくれているかなこハイジは、午前中は家事や昨夏から始めた小遣い稼ぎの内職をこなして、14時頃に、洗濯物の換えと自分の夕食の弁当(おかず多め)持参で、自転車でやってくる。一緒に夕食を食べて、19時頃には帰る日々である。

 やもめ暮らしの私の世話をしたくて嫁に来てくれた典型的な世話女房タイプなので、こういうときは本領大発揮・・・こちらも遠慮しないで甘えられるのがうれしい。しかし、いつも感心するのは、昼寝のできない私を尻目に、ベッドの片隅で器用に1時間以上も昼寝をすることである(写真)。いつでも、どこでもすぐに眠れるのは本当に羨ましい。
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入院23日目(術後15日)

2011年04月21日 | 大腸癌日記
        
       <ヤケに気の早いサクラ・・・情報をもとに、外出許可をもらっての五稜郭公園散歩で撮影>

 本来であれば、今日退院するはずだったが、もう少しの辛抱・・・別に急いで退院しなくてはならない事情もないのだが、一番辛いのは、熟睡できないことだ。昨夜も、消灯まもなくの21時過ぎには眠りに就いたが、2時過ぎに目が覚めたら、もう眠れない・・・悶々と過ごす朝までが長い。それでも一番長く眠った方だ。「目が覚めたら朝だった・・・」は、入院中一度も経験がない・・・かといって、昼寝もほとんどできない。

 今朝の第1便は、さらに固形化し、柔らかめながらも太いバナナ状のが驚くほどたくさん出た。大腸がさらに短くなったので、水分の吸収が悪く、下痢が続くと思っていたのだが、予想に反して、こちらの回復は前回より順調のようだ・・・と喜んだら、午後のはまた下痢状だった・・・不揃いなウンコたちに振り回される日々は当分続く・・・。

 回診時の治療は、開けた穴から注射器で洗浄し、ガーゼ交換しただけ。ガーゼに染み込んだ分泌物は昨日より減っているようで、ビニールドレーンは入れなかった。癒合している創傷部に開けた穴の長さは7mmほどだが、その内部の分泌物の溜まっている部分の深さや長さはどのくらいなのか、今後、どのような経過を辿って、傷が塞がるのか、明日にでも聞いてみよう。

 今日は、8階分の階段昇降を1セット3往復に増やし、朝・昼・夕と3回することができた。3往復で汗がジワッとにじみ出てくる。それ以上すると汗が流れるので、そこで終えている。日に日に楽になり、体力が戻ってくる感じがうれしい・・・。
 
           

 山仲間のブログで、五稜郭公園のサクラで一本だけ、幹にもう咲いている木があることを知った。場所も教えてもらったので、昼食後、久しぶりに外の空気も吸いたくて、外出許可をもらってカメラ片手に散歩がてら出かけてみた。ところが、その後、妻が持って来てくれた道新朝刊に、記事になっ写真も載っていた。それを見た妻が、私に見せようと、病院へ来るときに携帯で同じ写真を撮ってきてくれたのだった・・・申し訳ない。 

      
 今年の開花予想は4月30日で、普通の枝のつぼみはこのような感じ・・・。 
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入院22日目(術後14日)

2011年04月20日 | 大腸癌日記
                <昨日いただいたお花>

 せっかく明日退院予定だったが、少々延期となってしまった・・・・
 
 昨日判明して処置してもらった創傷部の脂肪融解が原因だ・・・これも合併症の一つなのだろう・・・実は、昨夜その「脂肪融解」で検索してみたら、下記のような記述(一部抜粋)にぶつかった。その中の「創部離開」という言葉に、3年前の悪夢が蘇ってきて、嫌な予感がしていた。

 「皮膚の癒合が進んでいっても、皮下には脂肪融解による液体が貯留し、皮膚癒合が完成していないところから漏れ出て、ポケット状に癒合していない皮下部分に気がつきます。このようにして創部離開がおこると考えます。」

 たしかに、昨日段階では傷の正面は塞がっているように見えたが、内部のその液体が溜まっていたところは塞がっていないわけだ・・・・そんな不安を抱きながら、9時の回診を待った。

 案の定、分厚いガーゼも、昨日開けた穴に入れておいたビニールドレーン(体液を体外に取り出す細いテープ状のビニール)を伝って出てくる分泌物と洗浄液の残り等でかなり汚れていた。今日も、再び針のない注射器で洗浄し、そのビニールドレーンを入れ、ガーゼで覆った・・・この処置が、当分毎日必要なので、数日おきの外来対応ができるまで退院を延期しようということになった・・・。

 しかも、「先生のいらっしゃるうち、うんと甘えようと思います」と言ったら、「僕、来週の月曜日でいなくなります」とのこと・・・ありゃりゃんりゃん!なんとか、すっきりとした形で退院し、I医師にも、心おきなく新任地へ旅立って欲しかったのに・・・・これまた残念! 「今後の別の先生への引き継ぎや、退院後の定期検診計画等については、近日中にお話しします」とのこと。

 それにしても、前回といい、今回といい、原因は違うが傷の塞がりには縁がない・・・?体質的なこともあるのだろうか・・・いずれにしても、今回もまた、傷が塞がらないままの退院となりそうなのが悔しい。しかし、傷全体の上部1/5ほどに限った部分のようだし、腫れも赤みも痛みもほとんど消えたので、苦痛はほとんどなくなった。外出もOKとのこと・・・・この際、不謹慎だが、がん保険の入院見舞金の日数加算分を楽しみに、のんびり療養と階段昇降で体力作りに励むことにしよう・・・!今日は2往復を3回することができた。

 ここへ来て、便にも少し変化が出てきた・・・食事再開後はずっと下痢状態だったが、今朝になって、初めて柔らかいながらも棒状のものがいくつも出て、それが便器の中に漂う状態になった。傷の痛みも軽減されたので、昼食は完食し、夕食も妻の作ってきてくれたおかずにも箸を伸ばした・・・。
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入院21日目(術後13日)

2011年04月19日 | 大腸癌日記
           
               <赤ワインさんから贈られてきた『北海道の登山史』>

 今朝の回診で、ついに退院許可が出た・・・「もう、いつ退院しても良いですよ。都合の良い日をそちらで決めてください」「まだ腹の傷が痛むのですが・・・」「それは家にいても病院にいても同じで、時間か解決しますから・・・」とのこと。どうやら腹の調子が整い、常食が食べられるようになれば、それでOKのようだ・・・妻と相談して明後日21日(木)の午後に退院することに決めた。

 しかし、腹の傷が漠然と痛むのかと思っていたが、テープの上から触って調べてみたら、傷の上部の一ヶ所だけであることに気づいた。そこで、看護師さんに診てもらったら、詳しいことは省くが、脂肪融解による炎症を起こして、赤く腫れているとのこと。今騒いでいる原発の炉心融解でなくて良かった・・・その後、手術中だった主治医に代わって別の先生と看護師長が来て、穴を開けて絞ったり、注射器で吸い取ったりして処置してくれた。その後、痛みはだいぶ弱まった。

 明朝、主治医がまた診てくれるらしいが、これが原因で、また傷が離開するようにならないことを祈るのみ・・・。

 そういえば、まだ抜鉤(抜糸)をしていない・・・前回は、5日目で抜鉤したが、傷口が開いてしまい、退院後再縫合手術までして、閉じるまでにひと月ほど以上も掛かったので、今回は、慎重にしているのかと思っていた。しかし、今日、テープを剥した傷を見たら、前回のような鉤も糸も見当たらない・・・聞いたら、なんとボンドで付けたのだそうだ・・・びっくり。

 手術前に、冗談に「前回のような苦労はしたくないので、縫った上からボンドでも塗ってしっかり止めておいてください」と話したのだが、本当にそんなボンドがあるなんて初めて知った。そのせいか、傷は今のところ、塞がっているようだ。しかし、今日判明した脂肪融解による炎症が災いしなければ良いのだが・・・? 

       

 赤ワインさんから、このたび北海道新聞社から発刊された『北海道の登山史』(安田治著)<トップ画像>が贈られてきた。退院したら購入予定だったので、感謝・感謝である。

 まだ前段の部分しか読んでいないが、上掲の帯にも記載されているが、日本の登山史の流れの中で捉えようとしているところに特徴がある。「日本三百名山」を完登して、本州と北海道の山の歴史の違いを実感していただけにうれしい構成だ。

 構成は、第1章 近代登山史以前の山、第2章 近代登山史Ⅰ~黎明期から一般社会人への普及期~、 第3章 近代登山史Ⅱ~戦後から現代までの変遷~、第4章 ~戦後から現代までの変遷~、北海道の登山史年表・・・合計p358。

 巻末のp80にわたる年表は圧巻だ。中でも、近代登山以前の松浦武四郎の探検登山や、明治29年に我が道南の古部岳・大千軒岳・八幡岳に始まって以降の主な山の一等三角点選点の詳しい歴史も興味深い・・・。
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入院20日目(術後12日)

2011年04月18日 | 大腸癌日記
 昨夜の就寝前に点滴を外され、ようやく保釈された感じ・・・点滴をしたまま寝ているとおしっこの回数が多いので、熟睡できない。しかし、なかなか寝付けず、10時に眠剤を出してもらったのに、結局眠ったのが12時・・・それでも5時まで熟睡したが、薬が効いているせいか目覚めがすっきりしなかった。今日は自然に任せよう・・・。

 上を向いて寝ているのが、一番楽な姿勢だが、眠ってしまうと横向きになってしまっていることが多い。朝、その体勢を戻すときに、腸も元の位置に戻ろうとするときに傷の痛みと違う強い痛みが出るのが、ちょっと気になる。これが癒着のなせる業か?主治医に言わせると、「徐々に軽くなりますので、心配しないでください」とのこと。

 食事も常食になったが、胃が小さくなっていることや、腹が張ると傷が痛むので、完食できず。でも、お粥でない普通のご飯が美味しい。現在服用しているのは、ラックビーという微粒の整腸剤のみ・・・今日も3度ほどトイレに行ったが、便はまだ形をなしていない。

 点滴が外されたのを幸いに、朝食前と午後と夕食後に、地下2Fから6Fの階段昇降をしてみたが(画像)、さすが1回1往復で十分だった。まだ、歩いても、ベッドに腰掛けてPCに向かっていても腹の傷が痛い・・・この辺りが腹腔鏡手術に比べての傷の回復の遅れなのか・・・?前回は術後8日目に歩いても痛み感じなくなり、階段昇降をしているが、今回は今日で12日目だ。

 9時過ぎに、術後3回目の風呂にゆっくり入って、さっぱりする。点滴の処理をしなくても良いので、これから毎日は入れるのがうれしい。

 ここへ来て、見舞客が増えてきたが、3年前にもお見舞いをいただいたのばかりなのに、また頂くのは非常に心苦しい・・・。

 入院前に送っておいた来るシーズン前発刊予定の増補改訂版『北海道雪山ガイド』(北海道新聞社)の紙面構成された校正原稿が編集長から次々送られてきて、今日でようやく全部完成した。入院していてもインターネットでこのような仕事ができるなんて、良い時代になったものだ。

 今回の私の依頼された増補追加分は、道南の「砂蘭部山」「カスベ岳~メップ岳」と夕張山系の「布部岳」「松籟山~御茶々岳~槙柏山」の4つである。初版本にも4山載せているので、合計8山、32ページとなった。あとは、発刊が楽しみである。
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入院19日目(術後11日)

2011年04月17日 | 大腸癌日記
                <昨日いただいたお花>

【関心事~その1】

 いきなり尾籠な話で恐縮だが、前日食べた食事の分は、しっかりと出た・・・ただし、まだ下痢状態のまま。果たして形をなすのはいつの日か・・・・? 前回は腸が短くなったにもかかわらず、若い頃からの軟便体質が改善され、それまでほとんど経験したことがなかったバナナウンコが日常的に出るようになって感激した。しかし、今回はさらに短くなったことによって、今度はどうのような変化が起きるのか・・・・。

 今日も3食、腹が苦しくなると、腹の傷が痛むので、軟食のご飯は残したが、おかずはしっかり食べた。明日から常食になり、点滴も外されるらしい。

【関心事~その2】

 昨日、昨年の5月に直腸癌の開腹手術をし、9月に腸閉塞を起こしたる~ば♪さんのお見舞いを受けた。私もそうだと思っていたが、彼女も腸閉塞というのは、腸管の中が癒着して狭くなり起こるのかと思っていた。そうではなく、腸管と腸管の外側が癒着して、曲がったりして、蠕動運動がうまく伝わらないために、便がうまく流れなくなり、便秘状態になって起こるとのこと。一度やると癖にになる人がいるそうだ。多い人で30回もやった人がいるとか・・・・。

 彼女の場合は、手術はしないで、1週間ほどの入院で絶食して腸を空にして治療をしたようだ。今でも、便秘が一番怖いとのことで、便を柔らかくする薬を飲んでいるとのこと。

 前回の手術では考えたこともなかったが、開腹手術の場合、空気と触れることによって、癒着の可能性が高くなり、腸閉塞の確率も上がるらしい。数日間の山旅をしているときに罹ったらどうしようと不安になる。一昨日のレントゲン結果では、今のところその心配はないようだが、退院前の説明時に詳しく聞いておこう。
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入院18日目(術後10日)

2011年04月16日 | 大腸癌日記
         
          <6日ぶりに食べた今日の朝食>

 一昨夜の激しかった腹痛はどこへやら・・・・丸5日食べていなかった食事にようやくありつけた。人生の中で、これほど食事を摂れなかったのは初体験かも・・・? 朝食は1/3、昼食は1/2、夕食は2/3と、腹が驚かないように徐々に増やしていった。

 特に異常もなく、食後も順調に経過している。便の様子に現れるのは明日のことだろう。主治医も「この調子なら、来週早々にでも退院できるかもしれませんね~」と言われた。別に急ぐ訳ではないが、順調に経過して欲しい。

 点滴の処置をしてもらって、一昨日に引き続き、2度目のお風呂に入った・・・風呂は、やはり気持ちが良い!

         
         <サイアムさんからのお見舞い品・・・現地の木工工芸の時計>

 ここ数日、連日見舞客の訪問を受けているが、今日は、会ったこともない意外な方のの訪問を受けた・・・「タイから来ましたサイアムです」・・・いつもこのブログにコメントをくださる20数年もバンコクに在住している函館出身の男性だ。

 今回の帰省は知っていたが、まさか、病院まで訪ねてきてくださるとは思わなかった・・・感激の初対面だったが、以前から、「居酒屋で飲みながら山の話をしたいですね」と約束していたので、このような形での初対面になるとは思ってもいなかった。向こうは今が大正月で、それに、土日を付けての帰省となったようだ。

 大学を出てすぐに向こうへ渡り、仕事に就いたそうだ・・・実は、大学時代山岳部で毎年のようにヒマラヤ遠征へ出かけ、ネパールの山中に滞在することが多かったそうだ。そのたびに近くの中心都市バンコックを起点にしていたことが、向こうに住み着くきっかけになったようだ・・・今は、多くの現地人を雇う、海外旅行企画関係会社の社長さんだ。
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入院17日目(術後9日)

2011年04月15日 | 大腸癌日記
   <tokuさんからのお見舞いメールに添付されてきた「癒しの一枚」・・・本人撮影の駒ヶ岳の天体写真>

 またまた、激痛ハプニング発生・・・まあ次から次へと、本当に思うようにいかないものだ・・・昨夕から深刻な腹痛が起きて、真夜中に最高潮に達し、2回も痛み止めの注射をしてもらった。当然、楽しみにして5日ぶりの食事もまた止められてしまった・・・。


 その腹痛だが、へそを挟んだ傷の反対側のピンポイントの場所。だいぶ和らいできた夕方でも、手で触っても痛いし、深呼吸しても痛いし、歩いても痛い。真夜中の最悪の時は、黙っていても呼吸をしても激痛で、腹を動かすことさえ出来なかった。トイレへ行くための起き上がりや移動は地獄だった・・・しかし、術後の傷の痛さとは質が違う。

 朝になって徐々に痛みは和らいできた。血液検査もし、腸閉塞の検査のための腹部レントゲンも撮ったが、異常は認められないという。確かに、吐き気もないし、腹部の張りもない。今のところは腸閉塞の心配はなさそうだ。そのほか、熱もないし、食欲もあるし、体のだるさもない。ただ、ガスも便意も昨日の午後からはない・・・。

 攣ったような痛みもあるので、思い切って「癒着を起こしているということは考えられませんか?」と聞いてみた。「手術をすれば多かれ少なかれ、癒着は起きます。開腹手術の場合可能性は高くなります。その治療はまた再び開腹手術するしかないのですが、また新しい癒着を引き起こすリスクが高いので、積極的には勧めません。もう少し様子を見てみましょう」とのこと。

 もしそうであれば、今のところ、レントゲン撮影の結果は大丈夫なようだが、食事した後がちょっと怖い・・・。しかし、食べてみて反応を確かめたいという思いもあるが、その食事再開は、明日の朝食からだ。

 ちょっとネットで、調べてみたが、確かに、腸閉塞以外は、積極的な治療は行わないことが普通らしい。消化の良い食事を摂取し便通を整える、適度な運動をすることに努める。症状に応じて薬物療法が行われる場合もあります。

 しかし、夕方、上記のような不安を吹き飛ばす朗報が・・・!

 病理検査の結果、(内視鏡手術で取り残した)癌そのものが消えていて、リンパ節転移もなかったとのこと。

 ポリープの段階で内視鏡手術をした消化器内科のKo医師も、最良の場合、その可能性があるかも知れないが、それは外科手術の上、病理検査の結果を診なければ何とも言えないので、放って置くわけにはいかないと言っていた。まさに、その最良の結果だったわけだ!

 腸がさらに短くなったことや癒着や腸閉塞のリスクは増えたが、ずっと気が楽になった・・・我が悪運の強さに感謝・感激・・・・また、蘇りまっせ!
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