癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

紅葉の大雪高原沼巡り

2017年09月19日 | 登山・旅行
     
     〈一番人気の緑沼〉
 
 今日は、午後から雨予報だったので、特に予定は考えていなかった。士幌温泉道の駅で朝を迎えたら、十勝平野は台風一過の青空が広がっていた。

 昨日までの選択肢にはなかったが、大雪高原沼巡りの紅葉情報を調べたら、今年はすでに見頃のようだ。ダメもとで、急きょ昨日来た道を戻った。シャトルバスは21日からなので、登山口の大雪高原温泉まで入ることができた。

 しかし、期待した青空はなく厚い雲で覆われていた。午前中は雨の心配はないだろうと、長靴を履いてスタート。昨年の台風で周回はできず、高原沼で折り返して往復しなくてはならなかった。

     
     土俵沼

     
     バショウ沼

     
     滝見沼

     
    高いところから振り返る滝見沼

     
     無名の沼

     
     えぞ沼

      
     式部沼

     
     大学沼

     
     折り返し地点の高原沼を上から眺める

 残念ながら、陽光もバックになる青空や湖面に写す青色もなく、鮮やかさも色彩的にもイマイチだったが、紅葉鑑賞には満足できる美しさだった。

 戻る途中、残り600m地点で、予報通り雨が降ってきた。幸いそれほど濡れないでゴール。急ぎ足で2時間40分ほどの紅葉探訪だった。

晴れていればこんなに美しい
↓↓↓
好天に恵まれた、みごとなほど鮮やかな2006年のページ

 朝は晴れていた十勝平野も雨になっていた。忠類道の駅まで走り、隣のナウマン温泉でまったり。

     
     途中、ぶたいち音更店で食べた豚丼(900円)
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ファミリアティピーたかの巣

2017年09月18日 | 登山・旅行
   
〈昨夜から本日に掛けて集まってくださったサイン入り拙著の購入者たち〉

 13年前の四国遍路のときにお会いして以来のお付き合いになる鷹栖町のToさんから、「本を買われたTa さんご夫妻がお会いしたいと話している」との電話をいただいた。

      
 お言葉に甘えて、案内していただいたお宅の外観を見て、普通のお宅とは違う不思議な雰囲気にワクワクする。

      
 外に五右衛門風呂や六右衛門風呂があり、家の周りも手作り感満点の楽しそうなお宅だった。

      
 それもそのはず、13年前に築50年以上の納屋を購入して、深川から移住し、柱と梁以外は全て手作りで改造したそうだ。最初からその工事に関わってきた山岳ガイドの資格を持つ家族同様のYaさんもご一緒だった。

      
 元が母家ではないので、それを住宅に改造するのだから、家を一軒建てるのとほぼ同じ感じだろう。それだけに好きな間取りや空間など楽しい工夫できたようだ。現在でもまだ改造が続いているとのこと。

 山の名前が付いたロフト風のベッドルームがいくつもあった。全国から旅の人やリピーターがやって来ては泊まっていくとのこと。雰囲気的には、まさにゲストハウスである。「ファミリアティピーたかの巣」というそれらしい名前も付いている。
 昨夜も、遅くなって静岡から山旅にやって来たリピーターの若い女性が楽しい宴に加わった。

 当初は泊まるつもりはなかったが、すっかり宴の用意がされていて、宿泊の用意もされていた。ほかのメンバーも全員泊まるとのことなので、ついついおもてなし上手な温かで夢のある楽しい仲間の雰囲気に甘えてしまった。気づいたらあっという間に12時だった。

      
 13年前に苗木で植えたという白樺に囲まれた庭

      
 洒落た感じの暖かな薪ストーブ

      
 Yaさんの蔵書がほとんどという山関係の本がどっさり

      
 今朝になって参加してくれた、やはり拙著の購入者のGoさんも交えて、女性陣のいも団子作り講習会?

 ちょうど台風18号が通過中なので、昼までいろいろご馳走になって、のんびりさせていただいた。昼には、雨も風も収まってきたので、ToさんとGoさんと一緒に失礼した。

 全てToさんの紹介で拙著を購入いただいた方ばかりだった。おまけに、素晴らしい方々との新しい出会いの輪が広がり、心から感謝申し上げたい。


 このあとの予定は、21日の哲さんの『北海道夏山ガイド』の楽古岳の取材同行と、24日の「山のトイレを考える会」の美瑛富士避難小屋の携帯トイレブースの撤去作業のお手伝いである。その間は、天候次第で予定を組むつもりだ。
 午後から、十勝へ抜けて、士幌温泉道の駅まで走って。温泉でのんびり過ごして、ここに泊まるつもりだ。
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紅葉狙いの黒岳~雲の平

2017年09月17日 | 登山・旅行
   
  〈黒岳9合目半のまねき岩付近の紅葉〉
 今年は8月か涼しかったこともあり、紅葉が早いようだ。
 今日を逃がすと、大雪の紅葉は無理だろうと、黒岳から雲の平辺りを歩こうと層雲峡へ向かった。
 7時半だったが、ゴンドラの駐車場が満杯で、路肩から上の市根井孝悦ミュージアムのグランドの駐車場まで続いていた。

 ゴンドラも登山道も山頂も溢れんばかりの人・人・人で凄かった。好天、3日連休、紅葉のピーク、明日は台風などの要因が重なったからであろうが、北海道の山でこれほどたくさんの登山者を見たことは初めてである。

 予定通り、黒岳へ登り、雲の平辺りの紅葉を楽しんで戻った。層雲峡に戻ってきたら、ありとあらゆる路肩や駐車場スペースは車でびっしりだった。温泉に入りたくても、車を停めるところがない。しかたなく、比布の遊湯ぴっぷへ向かった。

   
黒岳リフトから黒岳北斜面を見上げる

   
ナナカマドの紅葉の向こうにニセイカウシュッペ山を望む

   
 まねき岩下の紅葉を見下ろす

   
黒岳山頂からお鉢平や雲の平方向と右手の北鎮岳を眺める

   
雲の平のチングルマが中心の草紅葉斜面と後ろの北海岳。

   
クロマメノキの紅葉

   
雲の平のクロマメノキが中心の草紅葉と後ろの北海岳

   
雲の平のナナカマドの紅葉と烏帽子岳

   
サイン入りの拙著を購入いただいたIさんから、初対面のご挨拶をいただきツーショット。

   
帰りの黒岳山頂の凄い人数の登山者を眺める

 こちらのブログを見ていて下さっている方から、朝に、サイン入りの拙著を購入してくださった鷹栖町のもう一人の方が「下山後に、ぜひともお会いしたいと言っている」という電話をいただいた。電話を下さった方とはお付き合いは長いが、もう一人の初対面の方である。そのお宅で食事を用意しているとのこと。
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増毛山道体験トレッキング

2017年09月16日 | 登山・旅行
   


 増毛山道とは、江戸末期に急峻な断崖によって交通の難所とされた増毛~雄冬間を迂回すべく、幕府の命を受け、増毛の漁場を請け負っていた商人「伊達林右衞門」によって、安政4年(1857年)に私費1500両余を投じ開削された山道である。現在の石狩市浜益区幌と増毛町別苅を結ぶ全長約27.8kmに及び、1000mを越える浜益御殿や雄冬岳を越える山道であった。

 昭和20年頃まで使われ、最近まで草木に埋もれていたが、平成21年から3年余りをかけて「増毛山道の会」の手によって、笹刈りをし別苅~岩尾間16kmが復元された。さらに、その後、新たに幌~岩尾間が復元されて、平成28年には増毛山道が全線復元された。

 その山道を歩く「増毛山道の会」主催の体験トレッキングが年に何度か開催されている。13,9,14には、岩尾入口~別苅入口(16.3km) のトレッキングに参加している。

 今回は、反対側の幌入口~岩尾入口(16km)の体験トレッキングに参加した。参加費は、バス代、資料代、ガイド料を含めて5000円。参加者は、19名にガイドスタッフ4名。中に、拙著を買いましたと挨拶して下さった方が4名もいた。

 今回のコースの特色は、1039mの浜益御殿を越えて200mほど下り、再び雄冬山の1040m付近まで登り返して、最後は海抜20mまで下るハードなコースである。そのような所に山道を開削せざるを得ない地形が凄いし、当時の人がそこを歩いていたことが凄い。

 午前6時に、ゴールとなる岩尾別温泉(あったまーる)駐車場に集合し、バスで幌入口へ移動。

 7時に、幌起点となる林道ゲートをスタート。しばらく林道を歩き、新しく開削した増毛山道へ。

      
 今回のガイドリーダーは、この7月に「増毛山道の会」の会長になられた、こがね山岳会事務局長の渡辺千秋さんだった。実は、拙著『ほっかいどう山楽紀行』の群別岳のページにも登場しているが、2001年5月に、2人で群別岳に登っている。その後1度お宅にお邪魔しているが、暫くぶりの再会だった。それだけに、歩きながら、直径2cm以上ものネマガリダケの密集地帯の中に埋もれていた山道の痕跡を探し出して、開削した苦労を直に聞くことができた。

     
 明治40年設置の一等水準点。一等は国道にしかないので、この山道は国道扱いだったことが分かる。
 増毛山道には17点あるが、まだ9点しか見つかっていない。北海道で最も高い所にある水準点は浜益御殿の頂上の直ぐ手前。

       
 浜益御殿の頂上への登り

       
 浜益御殿の頂上から、このあと登り返す雄冬山を眺める。この雄冬山にはこの浜益御殿を経由して、残雪期にスキーで登っている。ほぼこの増毛山道と同じルートだそうだ。

       
 このコースを岩尾側と幌側から開削し、昨年開通式をした場所

       
 左から、暑寒別岳~奥徳富岳~群別岳(中央の尖峰)~幌天狗~浜益岳の眺望。全て残雪期に踏破済み

       
 昼食タイム

       
 沢を巻いて登る

       
 これも残雪期に登っている岩尾天狗

       
 林道と交差する地点で、車で運んできたフルーツの提供。このほかに、大量のぶどう(ナイアガラ)もあった。さすが、果物の町増毛だ。

       
 4年前に登ってきて反対側へ進んだ岩尾分岐。今回はここから岩尾へ下る

       
 こちらには増毛山道の標識もある

       
 17時30分、日本海に沈もうとしている夕日に向かってゴール間近。

       
 ゴール地点の岩尾温泉駐車場から眺める日没ショー。

       
 岩尾温泉あったま~るで、10時間30分もの歩きの疲れを癒して解散。レクチャーもあるので、時間はただ歩くより長く掛かった。

詳しくは、帰宅後にHPに記載します。

 明日は、大雪の紅葉を見たいので、黒岳から北鎮岳の辺りをぶらぶら歩く予定。 
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札幌経由で増毛まで

2017年09月15日 | 登山・旅行
     
〈増毛北側郊外から眺める日本海の夕焼けとシルエットになって浮かぶ暑寒別岳〉

 明日の「増毛山道体験トレッキング(幌~岩尾)」の参加申し込みをしていたので、今日中に日本海側を北上して、増毛まで走るつもりだった。

 しかし、昨日の大雨で国道231号の浜益付近が通行止めになっている。増毛山道の状態も心配だったので、事務局へメールしたら、「明日は予定通り実施します。札幌から留萌回りで来てください」とのことだった。別の関係者からの電話連絡もあった。

    
〈当別町郊外の空知街道から眺める樺戸山地の山々〉

  函館を10時に出て、札幌の秀岳荘で買い物をして、空知街道を走った。留萌を回らなくても、新十津川から増毛に直接抜ける道々94号線があった。

 17:45、いつも車中泊する増毛市街地のセブンイレブン前のトイレ付き公園に到着。結局、35kmほどしか遠回りでなく、385kmだった。 
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年に1回のパークゴルフ

2017年09月14日 | 日常生活・つぶやき

 今年も、年に1回の退職組織のパークゴルフに参加。今年で10回目で、30名の参加だった。会場はすずらんの丘パークゴルフ場。
 自分は、年に1回なので当然まったく進歩しない。それだけに、上手くいくととてもうれしい。

 4コース回ったが、最初は、今までに経験ないほどの46も叩いてしまった。しかし、2コース目と3コース目は31と34で、自分としては上出来だった。31というのは、もしかしたら最高スコアかもしれない。しかし、一緒に回った優勝したYoさんは、22と24である。結局4コース目は再び41とダウン・・・トータルで152。25位/30名中でラッキー賞が当たった。
 ちなみに優勝したYoさんは101だが、昨年の優勝者のTuさんは98で8のハンディを加えても106で2位だった。


開会式







1位~5位のメンバー。全員110以内のスコアである。
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梅谷先生の遺作展

2017年09月13日 | イベント鑑賞・参加

 旧函館東高校で美術教諭を務め、創作凧師(たこし)として知られた梅谷利治さんが8月27日、肺炎のため、88歳で死去した。教員時代から独創的な凧づくりに情熱を注ぎ、2013年1月まで毎年、新作の干支(えと)の凧づくりを続けるなど、愛や平和への思いを込めた作品を大空に届けてきた。

 急逝を受け、巨大な龍(りゅう)の連だこをはじめとする作品展が市地域交流まちづくりセンターで、15日まで開かれているので見に行ってきた。

 自分の若いころ、連凧というものを生まれて初めて目にしたのは、この梅谷先生の作品だったと思う。それまでは凧は1枚で揚げるものだと思っていたので驚いたのものだ。五稜郭公園や緑の島で連凧を揚げているのを観にいたこともある。




上の2枚は、会場に飾られていた写真から







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うれしい贈り物2題

2017年09月13日 | 日常生活・つぶやき
山旅から帰ってきたら、うれしいものが2つ待っていた。

スーパーアスリートからの繊細なお祝い


 ちから!さんから発刊祝いに送られてきたうれしい水彩画
 絵も凄いが、本の題名等を上手くアレンジしているのも面白い




 帯広在住のちから!さんとは、クロカンスキー大会で出会って以来、10年近いお付き合いになる。
 まだ40代だが、クロカンスキーや自転車の世界では、全道的にも有名なトップアスリートで、そのほかに山岳スキーや登山なども凄いレベルの方である。
 にもかかわらず、こんな年寄りにも丁寧なお付き合いをしてくれる気配りの利く気さくな、私から見るとまだ好青年である。
 このたび送られてきた発刊祝いの水彩画には驚いた。あのスーパーアスリートがこのような繊細さと技術を持っていることに・・・。
 確かに、山の写真も素晴らしいので、拙著の雌阿寒岳と藻琴山の写真を3枚提供していただいた。今考えて見ると、その写真の素晴らしさも、この繊細さのなせる業であろう。

 自分にはまったく縁ない世界であるが、水彩画はあの淡さが好きで、絵画の中で最も好きなジャンルである。居間に飾っているカレンダーは、毎年星野富弘といわさきちひろのものである。それだけにうれしかった。

妻が当てたお酒のセット



 妻は、ラジオを聴きながら内職の仕事をしているので、良くラジオに面白い話題をメール投稿している。
 中でも、STVラジオの「十人十色」では、良く取り上げられていて、これまでも年に1回以上は、何か賞品を当てている。昨年もでっかいヒラメが送られてきて驚いた。
 今回は、お酒のセットである。妻はまったく飲めないので、あまりうれしくはなかったようだが、私が大喜びである。
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幌尻岳<新冠陽希コース>(9/9~9/11)

2017年09月12日 | 登山・旅行

 <1800m付近から紅葉に彩られた尾根の向こうに5回も登っているエサオマン北東カール(左)や右奥に先月登ったばかりのカムイエクウチカウシ山を眺める。右のカールは二股カール?>


GPSトラックログを基にしたコース図

 今回は、『北海道夏山ガイド』執筆者の長谷川哲さんの取材に同行し、長い林道歩きが億劫でまだ歩き残していた新冠陽希コース(「日本百名山ひと筆書き登山」の田中陽希さんがこのコースを往復したので、今年の7/8からこのコース名になった)から4回目の幌尻岳に登ることができた。

 9/9(土)19km先の新冠ポロシリ山荘までの林道歩き
 午後から前線が通過して天候が崩れそうなので、新冠道の駅で早目の7:30に哲さんと合流。
 自分の車で、国道から新冠サラブレットロードへ入り、舗装された町道と長いダートの林道(合計62.5km)を1時間40分要して、ゲートのあるイドンナップ山荘まで走った。

 9:40、広い駐車場が整備されたイドンナップ山荘をスタート。
 以前は、500mほど先の奥新冠発電所前のゲートまで車で入れたが、現在はこの山荘の横にゲートが新しく設置されていた。


 まずは、今年の7/8に設置されたばかりの「幌尻岳新冠陽希コース」命名のモニュメントとともに。「イドンナップ山荘~幌尻岳山頂2052mまで23km」「幌尻の山頂へ 自らの脚でさあ一歩を ここから踏み出そう」と刻まれていた。
 

 500mほど先の奥新冠発電所前の右のゲートを潜る。以前は、ここまでまで車で入れたが、現在はイドンナップ山荘の横に新しいゲートが設置されていた。ここから先は北電の管理道路歩きとなる


19km先の新冠ポロシリ山荘までの距離表示が5kmごとに設置されている


新冠川の上のゲートの回転柵を潜る。「自転車の使用は絶対許さない」と言った感じの頑丈なゲート


足元から高度感のある新冠川を覗く


岩崖を削って造った道路を行く。良くこのような急な崖の途中に道路を造ったものだ・・・。


アーチ式の奥新冠ダム(幌尻湖)~国道から約80kmもある全道一奥深いところにあるダム
ここから2kmの林道歩きで新冠ポロシリ山荘。


14:20、4時間30分で、この日のゴール新冠ポロシリ山荘到着。先着のグループや山から下りてきた先客が10名ほど。
この30分後には、こちらの天候の読みがみごとに当たり、スコールのような雨が降ってきた。
後続のグループは、ずぶ濡れになって到着。
この日の泊りは18名ほどで、広い2階建ての部屋でゆったりとくつろぐことができた。
ウィスキーの水割りで酔って、夕食を終えたら、18時には眠りに就いてしまった。しかし、21時半ごろトイレに起きたら、その後、朝まで眠ることができず悶々とした長い夜となった。

9/10(日)、幌尻岳往復
 昨夕からの雨がずっと小雨状態でずっと降り続いていた。朝になって、再びスコールのような雨になった。その中を登頂を目指すほかのグループや単独行の人たちが出て行く。凄い勇気だ。
 自分たちは、写真撮影と取材目的なので、雨やガス中登山はゴメンである。天気予報は、前線が抜けると晴れるはずなので、回復待ちでのんびりしていた。しかし、9時を過ぎても雨は止まない。半ば諦めて停滞を覚悟する。10時になって窓の外を見たら、太陽光が照り、青空が広がり頂上稜線も見えていた。「今からでも、明るいうちに下山できるはず」と急いで支度をする。

10:10、スタート。小屋の左側の幌尻沢沿いの登山道を進む。

 最初は、大千軒岳の知内川コースと似た感じで、幌尻沢の右岸を何度も高巻きながら進む。


幌尻沢左股沢の渡渉地点から上を見上げると、青空の下に紅葉に彩られた頂上稜線(頂上は右上)
が見え、心がはやる。

幌尻沢左股沢を渡渉すると、右股沢との間の直登尾根の登りとなる。下の方は笹やぶを掻き分けながら進む。
遅いスタートはどうしてもペースが速くなる。この急登で息が上がってしまう。
それでも、撮影ポイントではこちらがモデルとなっての撮影で一息入れながら登り続ける。
中間点を過ぎた辺りから、大雨の中をスタートしたグループの人たちとすれ違う。

以降は、昨日の記事に続く

 13:30、下山開始。途中、大岩の陰で風を避けて昼食タイム。16:10に余裕の下山。登り3時間10分、下り昼食時間を抜くと2時間30分。写真撮影をしながらも、トータルで、ちょうど6時間で往復したことになる。
 
 この日も、持参したビールとウィスキーの水割りに酔い、19時ごろには眠りに着いたが、23時半にトイレに起きてからは、また眠ることができなかった。

9/11(月)イドンナップ山荘までの林道歩きとその日の内の帰宅

4時には起きて、暗いうちに朝食を摂り、下山の準備をする。

 5:50、山荘の前で、いつも拙サイトを利用され、拙著も購入していてくださった泊村のAさんとツーショットを撮り、スタート、
 彼は、前日一番先に登頂し花畑まで戻ったら、晴れてきたので、再び頂上へ登り返して、七ッ沼の見下ろせる肩まで行ってきたそうだ。気力と体力に敬意を表する。


 山荘から出てまもなく発見した熊の足跡。大きさからすると、成獣か?


色付いてきた岩崖の紅葉を見上げる。


新冠川の川面とその崖の上の林道を眺める。

途中で、先に発った東京の5人グループに追いつく。余った手つかずのガスを2個、飛行機に持ち込めないのでもらっていただけないかとのこと。ありがたく哲さんと1個ずついただき、処分する空のボンベも一緒に1個ずつ合わせて受け取った。


10:00、4時間10分で、イドンナップ山荘前到着。それにしても、アップダウンの多い林道だった。
登りも下りも時間的に大差はなかったが、sおれでも下りの方が20分速かった。

 
 前日もこの日も、ここから日帰りピストンする人に出会った。ネット上の記録も多く目にする。田中陽希さんと同じコースと彼の日帰り登山に挑戦する人たちなのだろう。
 考えてみたら、自分も重いリュックを背追っての林道歩きと山頂往復のトータルで14時間だった。羊蹄山8の字縦走の思いをしたら、不可能なことではないと思う。

 さらに長い林道を走り、新冠道の駅で、哲さんの車を回収。新冠温泉で疲れを癒し、昼食を食べて帰路に就いた。門別から伊達まで高速を利用し、20分ほどの仮眠を2回取った。八雲で夕食を食べて、19:40には無事に帰宅できた。

 初めての新冠コースだったが、億劫だった長い林道歩きは話し相手がいたことで気分的に非常に楽だった。単調な登りと思っていた登山道も、急ではあったが、眼下の幌尻湖やイドンナップ、ナメワッカ、二股山などの日高側の山々の展望、角度の違う主稜線上の山々が新鮮だった。また、日高主稜線上では稜線上やカールの花畑は何度も目にしているが、1700mより上の斜面に広がる花畑が新鮮だった。もし、再訪するとすれば、この花畑の花狙いで、日帰りで?などどバカなことを考えている。

 もう少したくさんの写真と詳しい山行記録は、下記でどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)
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幌尻岳山頂から(9/10)

2017年09月11日 | 登山・旅行

4回目の山頂にて
雨が上がるのを待ち、10:10に新冠ポロシリ山荘をスタート。13:20頂上到着。
携帯電話の電波は通じたが、スマホが不調で、頂上からのブログ更新ができず、帰宅後にその分だけをアップ。
今年は8月が涼しかったせいか、紅葉が例年より早く、非常に得をした感じだった。
ときおりガスが懸かったり取れたりだったが、360度の大展望に恵まれた

 

初めて登った新冠陽希コースは、幌尻湖(奥新冠ダム)を眼下に、
それを挟んだイドンナップ岳などの新鮮な展望が魅力である


ナナカマドの紅葉の直登尾根を登る


紅葉の尾根の向こうに、カムエクやエサオマンなどの日高山脈主稜線南側の山並みを眺める


草紅葉のお花畑から稜線近くの登山道上の大岩を見上げる


山頂手前から紅葉に彩られた北カールを見下ろす


山頂から東カールと主稜線南側の山並みを眺める


詳しい3日間の記録は、明日のブログやHPの方へアップ予定。
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幌尻岳新冠陽希コースへ

2017年09月09日 | 登山・旅行
   
〈7/8に、イドンナップ山荘前に設置されたというモニュメントの写真(新冠ポロシリ山岳会のサイトから借用)〉

 日本百名山に選ばれている日高山脈最高峰の幌尻岳は、これまでに3回登っている。最初はメジャーな平取町からの「額平川コース」(1泊2日)だった。あとの2回は、幌尻山荘の予約と天気に左右される渡渉(先月も3人死亡)が煩わしくて、日高町からの「千呂露川・二岐沢コース」である。それも、最初は、1回目の大腸癌の術後3ヶ月でテントを北戸蔦別岳まで担ぎ上げて1泊2日で、さらに2回目は、4年前に12時間40分で日帰り往復している。

 登山コースは新冠町からの新冠コースもあったが、19kmもの林道歩きと、2泊3日が必要な上に、最も単調で面白味のないコースということで歩いたことがなかった。

 渡渉がないことと新冠ポロシリ山荘を利用できるのでテントの必要がないことから、本州からのツアー客には人気があったようだ。しかし、「日本百名山ひと筆書き」の田中陽希さんがこのコースを利用してから、急に注目されるようになった。今年の7月には、新冠町がこのコースを「新冠陽希コース」と命名し、本人を招いて命名式を開催し、モニュメントも設置した。

 特にここ数年は、額平川コースは高いシャトルバスの利用も必要になり、また、今年の二岐沢コースは昨年の台風で林道が不通となり、このコースの利用が増えているようだ。

 以前から、次に登るときはこのコースからと思っていた。このたび、道南の山を中心に何度も取材同行している『北海道夏山ガイド』執筆者の長谷川哲さんから、このコースの取材同行のお誘いがあったので、それに応じることにした。
  
 計画では、昨日から3日間の予定だったが、天候の関係で、今日からの3日間になった。しかし、好天は期待できない状況なのが気になるところだ。

 8時に新冠道の駅で待ち合わせた。今日は、イドンナップ山荘の少し先の奥新冠発電所ゲートまで私の車で走り、そこから新冠ポロシリ山荘までの19kmの林道を歩く。明日に頂上往復をして、さらに1泊して戻る計画である。

 林道からは携帯の電波が通じないので、次の更新は、もしカムエク同様、頂上で通じたら、速報を流せるが、そうでなければ、下山後ということになる。
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二十間道路の歴史

2017年09月08日 | 登山・旅行
   
 静内農業高校の生徒による二十間道路の3kmにわたるコスモスロード

 新しずない町や新冠町は、日高の山ついでに何度も訪れているので見るところが残っていない。たまたま、この時期、桜並木で有名な二十間道路のコスモスが見頃だと知ったので行ってみた。

     
 3kmの長さは見事。農業高校の手によるだけに、肥料が効いているのか、花も大きくて立派だ。

 この二十間道路は、桜の頃、2回訪れているが、その歴史は全然知らなかった。

 調べてみたら、和種馬の大型改良のため明治5年に開拓使次官だった黒田清隆が進言し、明治10年、アメリカ人技師エドウィン・ダン(Edwin Dun)が門別・新冠・静内の3郡にまたがる約7万haに及ぶ大規模な牧場を設計。野生馬2226頭を集め、明治16年、宮内省所管・新冠牧馬場(後に新冠御料牧場と改称)を開設した。

 この牧場を訪れる皇族のための行啓道路が二十間道路のルーツで、その幅が二十間(約36m)であることから、二十間道路と呼ばれるようになった。龍雲閣まで直線で7㎞にわたる。

 のちに、両側に約3,000本にのぼる樹齢100年のエゾヤマザクラなどの並木が植えられて、今日のスケールの大きな桜並木となった・・・ことが分かった。
 
 そこで、まだ行ったことのない二十間道路の奥の旧新冠御料牧場の方へ行ってみた。

     
 「宮内省新冠御料牧場事務所」の建物。大正9年新築。昭和46年に現在の事務所かできるまで、牧場運営の要として使用されていた。

     
 「龍雲閣」~明治41年に客舎(貴賓舎)として建築に着手され、翌42年竣工。
 当時、御料牧場となってから20年を経過しており、宮中御料馬の生産ならびに北海道産馬の改良の本務の他、日露戦役中、陸軍の要望に応えて軍馬の拠出をした当場にとって、皇族をはじめとして斯界の文武にわたる高位高官の士をお迎えする機会は多く、これら貴賓の宿舎として造られた。 特に二代にわたる天皇陛下が、それぞれ皇太子の御時に行啓されいる。

     
 広い敷地内の道路ぞいに続く歴史を感じる松並木。

     
     
 エドウィン・ダンが紹介したという当時の新冠御料牧場のチャシ(牧柵)

     
 二十間道路沿いに設置されてい船山馨の静内開拓を描いた作品「お登勢」の石碑


 予報が外れて、見事な天気になったが、午後からは新冠温泉で文藝春秋を持ち込んでまったり過ごしている。
     
 ロケーションの良い丘の上にある新冠温泉レコードの湯。

     
 新冠温泉で夕食に食べた「ウルトラカツカレー」~なんてことはない、入れ物がウルトラなだけで、ボリュームは普通だった。これに蓋がされて出されたときには驚いたが…。
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アポイ岳9月の花探訪のち様似町ジオサイト巡り

2017年09月07日 | 登山・旅行
  
    アポイマンテマ

 この時期でも、この山ならではの固有種やいろいろな花が咲いているというので、天候は良くなかったが、花狙いで登ってみた。
 吉田岳まで行くつもりだったが、アポイ岳の頂上に着いたら、雷がなったので戻った。

     
 5合目付近からガスから姿を見せた山頂部を見上げる

     
     アポイヤマハハコ

     
     ヒダカミセバヤ(蕾)

     
     ハクサンシャジン

     
     エゾマツムシソウ

     
     ミヤマワレモコウ

     
     チャボヤマハギ

     
     オヤマソバ

     
     チシマセンブリ

     
     エゾコゴメクサ
     
     
     ダイモンジソウ
 
 このほかに、ウメバチソウやイブキジャコウソウなどが咲いていた。

◎様似町内のジオサイト巡り

   
 エンルム岬の裏側に見られるダイナミックな縦方向の筋状模様の「板状節理」(マグマが冷え固まるときにできたもの)

 ユーラシアプレートと北米プレートがぶつかってできた日高山脈の南端に位置するアポイ岳を中心とした様似町には、世界でも類を見ない新鮮で多彩なかんらん岩から成る山々や渓谷、特殊な土壌条件などによって育まれた固有の高山植物群落、そして、海岸の特殊な地形が天然の良港となり古くから交易の拠点として栄えてきた歴史と文化がある。

 アポイ岳ジオパークは、これら様似町の貴重な大地の遺産、豊かな自然環境及び由緒ある歴史文化を丸ごと学び楽しむための「大地の公園」である。2008年には「日本ジオパーク」に認定され、2015年には「ユネスコ世界ジオパーク」加盟を果たした。
 
 下山後、海岸線に見られるそれらのジオサイトを巡ってみた。

     
「冬島の穴岩」~波の浸食によってできた海食洞。ホルンフェルスと呼ばれる変成岩の一種。江戸時代には、ここは「様似岩門」と呼ばれ、道路のトンネルとして利用されていて、松浦武四郎の詠んだ歌が残っている。

     
「日高主衝上断層」~ユーラシアプレートと北米プレートの境界の大断層が見られる貴重な場所。左側は北米プレートがめくれ上がったもので蛇紋岩。右側は、変はんれい岩。

    
「大正トンネルのかこう岩類」~トンネルの西口付近の露頭では、褐色の片麻岩の割れ目に、流れ込んでマグマが冷え固まってできた緑灰色のかこう岩類が見られる。

    
「3つのトンネル」~上記の大正トンネルの東口には、左から明治時代(建物の左)、大正時代、昭和時代の3つのトンネルが見られる。現在の国道は、さらに右の山中を抜ける平成のトンネルになっている。

     
海岸の岩場には、大きなヒダカミセバヤが花を咲かせていた。アポイ岳のはまだ蕾だった。

     
「角閃岩の褶曲」~赤紫色を帯びた片麻岩が緑色の角閃岩を包み込んでぐにゃりと褶曲している。

     
「日高耶馬溪」~江戸時代、この海岸線を歩くのは大変だったので、この上の海蝕台の上に、江戸幕府により「様似山道」が造られた。

     
「親子岩」~アポイ岳と並ぶ様似のシンボルで、海の公園となっている。

     
 観音山から眺めた「エンルム岬」~ここは陸繋島による天然の良港で「シャマニ会所」が開かれ、様似発祥の地となった。「リトル函館」とも呼ばれているそうだ。

     
 観音山から眺めた「親子岩とローソク岩と塩釜トンネル」~エンルム岬、港の中のソビラ岩、親子岩、ローソク岩はほぼ一直線に並んでいる。それは、地層の割れ目に貫入した固いマグマが、浸食から残り、さらにそれも浸食されて現在の奇岩になっているそうだ。

     
昼飯に食べた様似名物の「たこまんまかまぼこ」と「つぶめし」

 このあと、みついし道の駅まで走り、隣のみついし昆布温泉「蔵三」へ。ここでブログアップをし、夜までゆっくりする予定。温泉付きの道の駅は飲んでもそのまま車中泊できるので最高だ。
 なお、幌尻岳は天気の関係で、1日ずれて、9日からになった。
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猿留山道(沼見峠以北)~豊似湖

2017年09月06日 | 登山・旅行

猿留山道沼見峠

     
 猿留(さるる)山道とは、寛政11年(1799年)江戸幕府が資金を直接出して、最上徳内・中村小市郎らの指揮により、切り開かれた北海道最初の山道で、様似山道も同じ年に作られた。幌泉~オタベツ川(歌別川)~トヨニヌプリ(豊似岳)の中腹~サルル川(猿留川)の中流~現在の目黒地区の海岸に至る道路を開削したとのことである。
 この道路は、伊能忠敬、松浦武四郎、厚岸国泰寺の住職、根室・千島の警備する諸藩の兵など、多くの旅人が通り、紀行文や絵図がたくさん残されている。その後、明治時代に新道が開削されて使用されなくなった。

 この猿留山道がえりも町山中に一部残っているのが確認されたのが1996年のことで、町民有志の調査により、2003年春に残存している区間を確定することができた。全長約27kmと言われるこの山道は、現在、国道、町道、林道、作業道などに姿を変え、江戸時代の様子を窺うことができるのは、わずか9.3kmとのことである。

 実は、2005年10月5~6日にわたって、整備される前のこの猿留山道を歩いている。5日は、三枚岳~豊似岳~観音岳~沼見峠~猿留山道(沼見峠以南)を循環縦走し、6日には、その反対側の目黒地区から入り、沼見峠以北の山道部分を歩き、全コース踏破している。
 ただし、沼見峠以北の山道は、まだ笹刈りがされてなく、4日後の笹刈りボランティア作業のために取り付けてあるというピンクテープと山道状の痕跡だけを頼りに歩いている。(この時点で、町内でも通して歩いた人は稀で、町外者では多分私が初めてだろう言われた)
       
2005年10月6日のGPSトラックログ
(今回も同じコースを歩いた。ただし、豊似湖畔は反対側の道)

 そこで、今回は、整備された後の沼見峠以北の猿留山道を再訪し、前回同様、その後「白い恋人」のCM で有名になり、観光地になった豊似湖へ下りて周回することにした。ルートは、上掲のGPSトラックログと同じである。

     
 上空からの豊似湖。左側の尾根に猿留山道が通っている。右上が沼見峠。

     
 東入口のある目黒地区へ向かう途中の黄金道路。これが開通するまで、猿留山道が利用されていた。

     
 7:45、ワラビタイ川林道入口ゲート前の猿留山道登山口を出発。 

         
 林道を1kmほど歩くと、右手に標識がある。そこが東入口で、その右手の小川を渡渉する先に案内板が立ち、山道へと続く。

     
 沢沿いの踏み跡状態の道を進むと、左手に梯子が設置されている。(これを見落として先へ進み、踏み跡がはっきりしなくなったので戻ったら、この梯子を見つけた。)

     
 このような「猿留山道」と番号が刻まれた標識が10~30m間隔で、頻繁に設置されている。
 沢から尾根に向かって、ジグを切って、道は続く。

     
 やがて尾根に絡む道となり、いかにも昔の山道といった感じの掘れた道もある。

     
 右手に豊似岳が見える所もある。

     
 右手下に豊似湖が見える。

     
 9:10、豊似湖へ下りる分岐を通過。沼見峠からの帰りは、ここから下りる。

     
 分岐の先の快適な猿留山道。

     
 9:20、スタートして1時間25分で沼見峠(488m)に到着。
 左の祠は安政年間、右の馬頭観世音菩薩の石碑は文久年間のものである。
 北海道では、この時代のものは珍しい。それだけ、この猿留山道の古さを知ることができる貴重な史跡である。

 ガスが懸かり、残念ながら豊似湖は見えなかった。  
     
     〈前回(2005年)のときにこの峠から見えた豊似湖〉

 9:30、下山開始。
     
 9:45、豊似湖へ下りる道(右)を進む。こちらの方が、多くの人に歩かれているようだ。車で入れる豊似湖から沼見峠まで登る人が多いらしい。

     
 ハート形の頭の出っ張り部分となっている尾根の末端に白龍神が祀られた祠や石碑が立っている。
 ここから湖畔に下りる道が3本ある。今回は左の道を下った。
 湖畔に下り立ち左回りで周回路を進む。     
 
     
 前回と反対側を回り、ハート型の下の尖り部分から、出っ張り部分の方を眺める。

     
 前回はなかった標識が設置されていた。ここから駐車場までの道では、ナキウサギの鳴き声が響き渡っていた。
 標高250mしかないが、ここの岩塊地帯は氷河期に押し出されたものだそうだ。

     
 10:20、沼見峠から50分で、観光地化して整備されていた豊似湖駐車場に到着。
 ここからあとは、庶野沼の沢林道と咲梅越林道を繋いで、約3kmの林道歩き。

     
 林道ぞいには、エゾトリカブトが非常に多かった。
 11:00、スタート地点へ戻り、3時間15分の周回登山はゴール。

 このあと、えりも町のコンビニで昼食を摂り、アポイ岳ジオパークビジターセンターへ寄り、アポイ山荘へ。風呂で汗を流し、休憩所でブログアップをし、まったり過ごす。

 登山口までの林道ルートや詳しい記録は、帰宅後、HPの方へアップ予定。
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襟裳岬まで420km

2017年09月05日 | 登山・旅行
   
 9/8~10に、『北海道夏山ガイド』の執筆者・長谷川哲さんの2泊3日の「幌尻岳新冠コース取材」に同行する約束をしていた。

 ずっと天気が続きそうなので、早目に出て、明日と明後日に日高のどこかで遊ぼう考えた。とりあえず、明日はえりも町の「猿留山道と豊似湖」の再訪を計画した。

 そこで、8:30に家を出て、420km先の襟裳岬を目指した。16:30に到着。夕陽を浴びる岬を散策し、市街地に戻り、灯台公園で車中泊することにした。

     
     襟裳岬の公園と襟裳岬灯台

     
 森進一(左)と島倉加代子(右)の「襟裳岬」の歌碑

     
   襟裳岬突端から先に延びる岩場を眺める

     
振り返ると、2回登っている豊似岳を主峰とする、やはり、これまでに登った三枚岳、オキシマップ、ルチシ山などの日高山脈南端の襟裳山塊

     
     日高ならではの太平洋に沈む夕陽
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