癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

異常なし・・・術後6ヶ月検診

2011年09月30日 | 大腸癌日記
              <羊蹄山2合目付近の密度の濃い細い白樺林>

 今日は、2回目の大腸癌の術後6ヶ月検診だった。9/21に採血した血液検査とCT検査の結果を聞いただけだったが・・・。結果は異常なし。次の検診は、さらに6ヶ月後の3月とのこと。

 1回目のときは、術後1年間は毎月の検診だったが、今回は1ヶ月、3ヶ月、3ヶ月、6ヶ月と大幅飛びだ・・・まあ、1回目の時より小さくて、転移の心配がほとんどないということからなのだろう。こちらも慣れてしまって、まったく心配してはいないのだが・・・。

 転移より、また新しい癌ができる方が心配だ。そのこともあり、次の検診の後に内視鏡検査をするかも知れないとのことだった。

 1回目の術後より、大腸がさらに25cmほど、合計で55cmも短くなり、便の水分を吸収する働きをする右側の上行結腸がすべてなくなり、横行結腸も半分近くまでなくなったにも関わらず、前回よりさらに下痢をしなくなり、毎日きちんと棒状の便が出るのが不思議でならない。大腸癌に罹る前は軟便体質で、しょっちゅう下痢してたのに・・・。
 
 ただ、短くなったから当然なのだろうが、腸の中の便の通過時間が早くなっていて、1日に出る便の量も回数も多くなっているような気がする。お陰で、お腹はいつもスッキリ状態・・・日々快食、快便、言うことなし!
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

もしかして、病気?

2011年09月29日 | 日常生活・つぶやき
       

 毎日のように自宅の体脂肪率も判る体重計で体重をチェックしているのだが、8月中旬まで62kgほどあった体重がどんどん減って、ここひと月ほどで60kgを切って、最低で58kgを切ることもあった。

 これまで、一番体重が落ちたときでも、1回目の大腸癌手術入院時の57kg。しかし、その後、63kgまで復活した。今春の2回目の手術入院時でも60kgまでしか落ちずに、退院後ひと月ほどで62kgまで復活していたのだが・・・。

 当初は、暑い夏の間山に登ったり、函館ハーフを目指してジョギングしたりしたいたせいかと思っていた。しかし、これまでの夏だってもっと連日ハードな山旅をしていたにもかかわらず60kgを切るようなことは一度もなかった。

 心配になったのが、当然病気である・・・「体重の急激に減る病気」をいろいろ検索しては、その可能性を心配した。ちょっと具合の悪いことがあると、凄く気になって、眠れないこともあった・・・・。明日の術後6ヶ月検診で9/21の血液検査とCT検査の結果が判るので、何か異常があれば判るかもしれないし、そうでなくとも主治医に相談しようと思っていた・・・。


 ところが、数日前に入った温泉の体重計では62kg台だった。そのときは、その体重計が狂っていると思った。しかし、昨日、羊蹄山の帰りに入った温泉の体重計に乗ったら、ここも62kg台だった・・・・ということは、自宅の体重計が狂っているとしか思えない。自分は心配していたが、妻は2~3kgほど減ったと喜んでいた・・・。

 道理で、体調は悪くないし、食欲もある。見た目にもズボンのベルトの感じでも、そんなに痩せた気がしないはずだ・・・心配したのが悔しい!

 もう10数年以上も使用している体重計だ。タニタに電話して聞いてみたら、長い間使用しているとそのような狂い方をすることがあるとのこと。自分で調整することはできないが送ってもらえれば修理はできるという・・・。

 修理代を払うくらいなら、新しい体重計を買った方がマシと、ネットで調べて、同じタニタの「体組成計インナースキャン」という、体脂肪率以外に、内臓脂肪レベル、筋肉量、基礎代謝量、体内年齢、推定骨量、BMIなど判る体重計を注文した。定価は1万円ちょっとだが、通販で7800円ちょっとだった。
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

羊蹄山2日目の朝

2011年09月28日 | 登山・旅行
     
 日の出が5:20だというので、4:30にヘッドランプを点けて、避難小屋を出る。真狩ピークまで上がったが、日の出の地平線が見えないので、さらに、火口壁の岩場の稜線を反時計回りに進み、山頂(喜茂別ピーク)手前でご来光を迎える。

 天気が良すぎて、昨夜の落日と同じで上空に赤く燃える雲がない。それでも、地平線が靄っているので、太陽の輪郭がはっきりし、色も赤い。

     
       山頂でご来光に照らされる外国人グループ。左下は洞爺湖。

     
       「影羊蹄」とニセコ連峰

     
       朝日に輝く草紅葉の父釜の西斜面と頂稜 
      
     
       来年には、もっと小規模に建て替えられる予定の避難小屋

     
 6合目付近から斜面の紅葉を眺める。山肌の紅葉は赤がなく、あまりきれいではなかった

 詳しい山行記録は、下記親サイトからどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com  
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

羊蹄山避難小屋泊

2011年09月27日 | 登山・旅行
     
        <避難小屋から真狩ピーク斜面の草紅葉を望む>

好天が続くので、羊蹄山避難小屋に泊まっての紅葉とご来光鑑賞狙いでやって来た。

午前中に函館を出て、13:15真狩コースからスタート。テントは背負わなくてもいいが、一番重い水を3.5リットル背負わなくてはならない。缶ビールも一本断熱シートに包んで持ったが、十分冷たかった。

紅葉は小屋の周りの草紅葉が一番きれい。落日ショーは燃える雲が無くてちょっと残念。
泊まり客は外人さんを3人を含めて8人。昨年の今頃来馬岳でお会いし、今夏に弥五兵衛岳にご一緒した室蘭のHaさんと再会。

明日は、暗い内に出て、ご来光を拝んで、火口を一周して下山の予定。

《追加画像》

      
         真狩郊外から望む羊蹄山
      
         避難小屋の直ぐ横の薬草ヶ原の草紅葉

      
         黄昏迫るニセコ連峰        

      
         落日ショー
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

後半ヨレヨレの「函館ハーフ」

2011年09月25日 | 日常生活・つぶやき
      
 <10.7km付近・・・「しかべ海と温泉のまつり」の法被を着た鹿部のXCスキー仲間のSuさんとスキー指導員仲間のNaさんと一緒に走る>

 快晴の下、練習不足と調整不足(一昨日は登山、昨日は年1のパークゴルフ大会)は否めない感じで、当日を迎えた函館ハーフマラソン大会・・・とりあえず、「行けるところまで6分/kmペースで走ってみよう」の目標でスタートの列に並んだ。

 直ぐ前に、鹿部のSuさんとNaさんがいる。彼等は「昨年2時間を切っているが、今年は6分/kmで走る」と言う。それであれば、彼等に付いていこうと決めてスタート。

 ずっと3人で走っていく。3kmほどで汗だくになるほど暑い・・・スタート~5kmは29分39秒、5~10kmは28分52秒・・・ラップは6分/kmを切っている。10km通過タイムは、昨年より3分近く速い。ちょっと飛ばしすぎかな?と不安がよぎる。途中で、「24℃」の気温表示を目にする・・・暑い!

 それでも、応援の人や折り返してくるランナーの中に顔見知りを探しては、声を掛けながら走る。この行為が結構疲れを紛らわしてくれる・・・。
  
      
        <17km付近・・・もうかなりヨレヨレ>
 
 練習不足と前半のオーバーペースのツケが、湯の川の折り返し地点(14km)辺りから現れた。自分もNaさんも、イーブンペースで走るSuさんに付いていけなくなり、どんどん離されていく。10~15kmは30分35秒に落ちてくる。最初から最後まで6分/kmペースで走れた昨年と違って、どんどん追い越されモードに・・・。

 歩きたい欲求と闘いながら、妻の待っている17km付近までは・・・と重い足を引きずるような走りで頑張る。

      
        <あと3km地点・・・ここからが本当に辛かった>

 18.3kmの給水所の手前でとうとう歩いてしまった。一度歩くと直ぐに歩きたくなる・・・その後、3回ほど歩き、15~20kmは34分25秒・・・7分ペースになってしまった。昨年は、最後の3kmはどんどん追い越しながら気分良く走ったが、今年は、まったくその逆パターン。それでもNaさんは追い付いてこない。彼も、かなりバテているようだ。

      
        <ゴール前200m・・・最後の力を振り絞って・・・>

 グランドの入口まで来たら、昨年のゴールタイムだった。あとグランドへ入ってトラックの500mを残すだけ・・・最後は歩かないで走り続けようと思ったが、左足の脹ら脛が軽い痙攣を起こす・・・50mほど歩いたら治ったので、あとはゴールを目指す。

 2時間12分03秒でゴール。昨年よりピッタリ4分遅れ。続いて7秒差でNaさんもゴールしてきた。Suさんは予定通りの2時間6分台だったとのこと。

 総合順位は1133位(昨年は1116位)、年代別順位は127位(昨年は132位)・・・昨年より4分も遅かったのに、順位はそれほど変わらなかった。年代別ではむしろアップさえしている。気温が高く、それだけハードなレースだったということだろう。、そのせいか倒れて担架で運ばれた選手が多かったようだ。

なお、XCスキークラブ「XC-KID'S」の母体である函館トライアスロンクラブのメンバーは、地元の大会だけに参加者も多く、高谷会長の70代優勝や多数の入賞者も出て、非常に盛り上がり、大いに刺激をいただいた。

       
     <1000枚も撮影してアップしてある「函館のおぢさん2的ブログ」から借用・・・自由市場前交差点>
  
 帰りは、妻と一緒にラーメン屋に寄り、生ビールを飲み、辛みそラーメンを食べた。ビールは美味かったが、疲れが高じていたのか、ラーメンはようやく食べきった感じだった。

 今年は、わずか3日で1800名の定員に達したそうで、出たくても出れない人が多くいたようだ。来年は4000名に増やすとのこと。今年は、タイムはともかく、初めて歩いてしまったことに悔いが残る。来年は、もう少し練習をして、ペースを落としてでも歩かないでゴールしたいものだ・・・。
コメント (14)
この記事をはてなブックマークに追加

登山道があった尖山(知内町)

2011年09月23日 | 登山・旅行
        

 函館側から知内山地を眺めると、その先端にあるまさに名前通りの尖山(360.7m)に、小谷石の民宿「然」の裏から登山道があるという情報を登山道が入った地図と一緒にいただいた。

 今まで、聞いたこともなかったし、ネット上でもまったく目にしない。この山に登るには、その奧にあるNTTのマイクロウエーブへの管理道路を辿って、途中から薮漕ぎでしか登れないと思っていた。最近のことかと、知内丸山の登山道開削に関わった岳友に確認したら、以前からあったとのこと。

 いただいた地図を頼りに、尾根の上に続く踏み跡を辿った。ピンクテープと6ヶ所ほどに番号の書かれた標識も設置されていた。誰が、いつ頃にこれらの標識を設置したのか、連休明けにでも役場に聞いてみようと思う。
 
        
 約1時間で狭い頂上に到着。四等三角点と頂上標識まで設置されていた。山の形からも想像はできたが、津軽海峡の展望がみごと・・・・。

        
 津軽半島と眼下の小谷石の集落。左手前は登ってきた尾根の途中の310ポコ。

        
 東側眼下には、知内町市街地と知内火力発電所・・・その右側には函館山や横津連峰や駒ヶ岳も見えた。

 林床には下草や笹がほとんど生えてなく、どこでも歩ける感じなので、踏み跡が不明瞭で、鹿道もある。登りは間違うことはなかったが、下りは尾根の合流地点で2ヶ所ほどうっかり間違って下っては戻るということがあった。

 下の民宿の人の話では、知内丸山への登山道がなかったときに、一等三角点マニアの人たちは、ここからマイクロウエーブの管理道路まで登り、途中からその道路を辿り、さらにその先の尾根伝いに薮漕ぎで知内丸山に登っていたらしい・・・とのこと。

 思わぬ一山ゲットだったが、下りは、尾根の合流地点ごとに常にチェックして間違えないようにする必要のある山だった。

 登山道と間違った地点も分かるGPSトラックログと詳しい山行記録は、下記、親サイトからどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com

 下山後、いただいた地図に小谷石神社の裏から矢越岬までの道も記されていたので、偵察がてら行ってみた。近くにいた人に聞いたら、「歩いたことはないけど、昔は尾根伝いに行って、山で木を切り出して、矢越岬の入江から船で運び出したという話は聞いたことがあるし、今でもハンターがときどき入っているようだ。しかし、道というようなはっきりしたものはない」とのこと・・・。

 神社の裏に行ってみたら、入口には尖山と同じ人たちが設置したと思われる「矢越岬4km」の標識もあり、尾根づたいに鹿道状の踏み跡も続いているので、進んでみることに・・・。最初の400m辺りまでは、ピンクテープもあったが、途中からそれもなくなり、1kmほど進んだあたりで尾根がはっきりしなくなった。鹿道なのか踏み跡なのか分からないが二手に分かれているので、今回は戻ることにした。次回は、きちんとした地形図を持参し、GPSにルートも入れて再挑戦してみたい。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

現実味を帯びてきた北海道新幹線

2011年09月22日 | 日常生活・つぶやき
       
 函館新道を通るたびに見える北海道新幹線・仮称新函館駅付近の工事現場が気になっていた・・・・・そこで、今日、現場付近巡りに出掛けた。

       
             仮称新函館駅方面へ伸びる新幹線の高架
    (七飯市街地から大野市街地に抜ける道の久根別川に架かる久根別9号橋を渡った地点から眺める)

       
        高架の基礎部分(北斗市稲里付近)・・・奥の方は函館総合車両基地の工事現場
 
       
        その上に高架の支柱を組み立てる?

       
        出来上がった高架の支柱?

       
        既に現在の渡島大野駅の南側では、駅周辺の区画整備工事も進んでいた

       
    仮称新函館駅の七飯側(飯田地区)で進んでいる北海道新幹線 函館総合車両基地の工事概念図
       
       
         函館総合車両基地の工事現場


 この後、仮称新函館駅まで、大野平野をどのように進んでくるのか、高架工事をしている近くの道を辿ってみた。
       
    北斗市東前地区の高架工事・・・この西側の萩野小学校の北側で大野新道を跨ぎ千代田地区へと続いている。
 
       
    北斗市千代田地区の高架工事・・・奧に見えるのは当別丸山

 今回の工事現場巡りで、大野平野部分の路線がようやく判明し、2015年開業の北海道新幹線が現実味を帯びてきた・・・・。 
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

売却される市営谷地頭温泉へ

2011年09月20日 | 日常生活・つぶやき
 函館市民に親しまれている函館山ふもとの「市営谷地頭温泉」が民間への売却方針が決まり、その資産処分案が6日開会の9月定例市議会に提案された。売却予定額は約5億1000万円(税抜き)だそうだ。10月に売却の公告・公募をし、来年1月に売却先を選定、3月末には引き渡しをする予定で進めようとしているらしい。

 かつて年間60万人を超えていた入浴者数は年々減少し、昨年度は37万人台に落ち込んでいて、赤字が嵩むことがその理由のようだ。確かに、西部地区の人口が少なくなっている上に、市内のあちこちに銭湯料金以下で入れる温泉ができている。今のままでは、今後の利用増を望むことは無理であろう。そのことは、民間経営になっても変わりはないはずだ・・・果たして、買い取る業者や企業が現れるのであろうか?

 そう言う自分は、函館山に登った後にここで入浴することを楽しみにしているだけの年に1~2回の利用者だが、どんな形にせよ、存続されることを願いたいものだ。

         
              <五稜郭を象った露天風呂(mapple観光ガイドから借用>
 
 さて、その谷地頭温泉が、敬老の日に因んで、昨日と今日限定で65歳以上に無料開放されていた。自分に敬老はまだ不要?だが、売りに出されたら、最後の無料開放かも知れない。そこで、退職組織の会議の交通費として支給されて、たくさん溜まっている「市電・函バス共通回数券」を利用して、のんびり出掛けてみた。

 平日の午後なので、当然、老人ばかりだったが、駐車場も満杯で、いつものときよりは混んでいた。全身刺青のおじさんも2名ほど・・・市営ということで、誰でもOKなのであろう。しかし、民間経営になったら、そのような人たちが排除される可能性もあり、ちょっと可哀想な感じ・・・?
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

ふるさと山行にお付き合い

2011年09月19日 | 登山・旅行
      

 拙サイトの愛読者nao@埼玉さんが山道具持参で帰省し、「故郷の山を一緒に登りたい」とのこと・・・。彼の希望で、函館一帯を見下ろすことができる横津岳~袴腰岳を歩いてきた。

 今日から急に寒くなり、イマイチの天候だったが、高曇りで、函館近郊はもちろん、下北半島や津軽半島、大千軒岳や江差の山々から日本海、噴火湾一帯の太平洋など、見える範囲の景観がすべてくっきりと見え、本人曰く「晴れ男」の面目躍如だった。

      

 紅葉にはまだ早かったが、色付き始めたナナカマドやタカネサクラが秋色を醸し出していた。あと10日もしたら、きれいになることだろう。
      
      

 山を趣味のひとつにしている彼とは、三百名山巡りの間、お互いにどこか一緒に登りたいと思っていたが、都合が合わず、とうとう同行できずじまいだった。こちらの帰路途中に一緒に飲む機会はあったが・・・・。
 
 彼の子供時代から45年ほどになるお付き合いだが、まさか、彼のふるさと山行が初同行になるとは思わなかった。

 写真中心の山行記録は、下記親サイトからどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com 
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

万の助沢から黒松内岳へ

2011年09月18日 | 登山・旅行
        

 SHOさんとHanさんと3人で、情報のまったくない万の助沢から黒松内岳に登ってきた。
  
 天気予報からダメもとで・・・と現地へ向かった。しかし、向こうは雨が降ってなかったので、予定通り決行。途中から霧雨になったが、それほど気になる雨ではなかった。しかし、最後は全身ずぶ濡れになった。

一番大きな滝で6mくらいのもので(画像)、難しい滝はなかったが、緊張するへつりや手掛かりのない滝やオーバーハングの岩崖などがあり、後から押し上げたり、肩を貸してもらったり、上からロープを出すような場面はいくつかあった。
 
        

 普段は通ることのない黒松内岳の北側を走る立派な林道やその林道から頂上へ直接繋がる刈り払い道を歩くことができて、新鮮な感じだった。

 詳しい山行記録は、下記親サイトからどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

雨の中の14kmラン

2011年09月17日 | 日常生活・つぶやき
 今日で、一昨年7月納車の我が愛車の走行距離が60000kmを越えた。例年のペースなら、2年経過した7月中旬までには越えているはずだった。しかし、今年は、昨秋の滝からの転落でのむち打ち症、春の2度目の大腸癌手術、さらには、天候不順で山のペースが例年の半分ほどになっていることなどで、ここまでずれ込んだようだ。

 さて、走るのは車だけではない・・・9/25に迫った函館ハーフまで一度で良いから20kmは走っておきたい・・・昨日は、暑くて走る気がしなかった。

 当日までに疲れを残さないで長い距離を走るには、今日辺りがタイムリミットだ。途中、雨に降られても良いと思い、雨の止み間にスタートした。走り出してまもなく霧雨になり、徐々に雨脚が強くなってきたが、気温が高いこともあり、雨で冷やされて、かえって気持ちよく走り続けることができた。過去のハーフの最高タイムも霧雨の中の大会だった・・・。

 1時間で10kmほど走り、この調子なら予定通り20kmは走れそうだと思っていたら、さらに雨脚が強くなり、土砂降りになってきた。なんとか、あと1時間は走りたいと思ったが、雨脚が弱まるどころか益々強くなって来る。靴も重くなり、腹もちょっと冷えてきた。全身を流れる雨では、とても気持ちよく走れる状態ではない・・・・仕方なく、途中から家まで走り続けて、14kmで切り上げざるを得なかった。土砂降りの中を走ったのは、人生初体験だった・・・。

 明日と明後日は山の予定が入っているのが、週前半で、あと10km2回くらい走れれば、昨年の6分/kmはちょっと自信はないが、完走狙いならなんとかなるだろう・・・?
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

西部地区の老舗巡り

2011年09月16日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 今日参加してきた「第67回 箱館歴史散歩の会」(主宰 中尾仁彦氏)のテーマは、「西部地区の老舗巡り」だった。

 何度もの大火を乗り越えて、100年以上に渡って代々継承され、現在も営業・発展を続けている十字街~宝来町界隈の老舗を巡った。

       
 明治16年創業の銀座通りの角にある「梅津商店」(酒問屋)。 現在地に明治21年に移転。明治40年と昭和9年の大火で焼けて、現在の建物は昭和10年に建て替えられた。
 創業当時の営業は苦しかったが、明治19年に願乗寺川の水が原因でコレラが発生し、900名もの死者を出したときに、「コレラにはビールが効く」という噂が流れ、それで爆発的に売れて、軌道に乗ったそうだ・・・。  
 後に谷地頭にあった碧血碑で有名になった任侠柳川熊吉経営の料亭「柳川亭」を購入、別荘として利用した。

       
 大正4年創業の「レンカ堂本店」(結婚・結納・ご祝儀専門店)と明治末期創業の「赤のれん」(呉服屋)。ともに、昭和9年の大火後、この地で営業。

       
 レンカ堂本店の創業年数と同じ96歳になる現在も店頭に立つ3代目の奥さん・・・昔の賑やかだった当時に話をしてくれた。

        
 明治16年創業の「ヤマサ宮原」(蒲鉾店)。
 
       
 明治22年創業の「国松酒店」。現在は4代目。隣の蔵は、開口部に味噌を塗って昭和9年の大火の延焼を防いだ。この蔵は、現在BARになっている。
 
       
 大正10創業の「三上ふとん店」。現在3代目で、初代は「三上薪炭店」という木炭卸問屋だったが、夏の閑散期に副業としてふとん店を始めたとのこと。
 2階は洋風の和洋折衷様式だが、出窓なので、昭和9年以降の建物だろうとのこと・・・。

       
 明治43年創業の肉屋「阿さ利本店」。現在3代目・・・現在の建物は昭和9年の大火後の総ヒノキ造りの建物だが、それまでに4回の大火に焼けては、その都度建て直している。
  
       
 明治35年創業の「井上米穀店」。現在の建物は昭和10年の建物。2階は洋風の和洋折衷様式。
 
       
 明治16年創業の「佐々木豆腐店」。現在営業している豆腐店では最も古い。現在は5代目。初代は岩手県からやってきた。大火で何度も焼けている。昔は近くに料亭が多く、細工豆腐で有名になった。

       
 明治8年創業の「入村質店(現在は「ひし伊」)。左から大正10年の石作りの蔵、明治38年の土蔵、明治38年の鉄筋コークリート造り・・・3回の大火をくぐり抜けてきた。

       
 万延元年(1860年)創業の「千秋庵総本家」。現在は6代目。札幌の千秋庵製菓や旭川千秋庵、今は六花亭になった昔の帯広千秋庵もここからのれん分けで独立。ほかに小樽千秋庵、釧路千秋庵もあった。 


 この後、大正13年創業の「カール・レイモン」と明治12年創業の「五島軒」へも廻ったが、自分は、午後からの会議の準備で失礼した。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

メンテ日和

2011年09月14日 | 日常生活・つぶやき
 ニセコ縦走から帰ってきて以来2日間雨だったので、朝露で濡れたテントや登山靴等のメンテナンスができなかった。今日ようやく晴れたので、干すことができ、登山用具を片付けることができた。

 それにしても、相変わらず好天が続かない。晴れは今日だけで、明日からまた4日間は雨絡みの予報ばかりだ。

 10日後に迫った函館ハーフの練習も思うようにできそうにもない。そこで、今日の夕方、ちょっと走ってみた。案の定、まだ縦走の疲れが残っている感じなので、5kmで止めておいた。できれば、ここ3日以内に大沼湖畔へ出掛けて、長い距離を走っておきたいのだが・・・。

 昨年の函館ハーフの直前の練習はどうだったのかと、昨年の今頃のブログを読み返してみたら、ニセコ縦走2日目の9/11は、富士山で「日本三百名山」を完登した日だった。あれから1年が過ぎたのだが、なぜか、もっとずっと昔のことだったような気がする・・・でありながら、10数年ぶりに登った山は、そんなに経っているような気がしない・・・これって、歳のせい?
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

超大作・・・?

2011年09月12日 | 登山・旅行

 (これって三角点?・・・岩内岳の頂上に設置されていた一辺30cmもありそうな三角点もどき?)

 今日は、朝から晩まで一日中PCの前に座り、2日間の「ニセコ連峰1泊全山縦走」の山行記のアップ作業に従事?した。トータルで20時間以上の山に40枚の画像と12時間以上を費やしての2ページ渡る超大作を作り上げた・・・。 

 いつも書くが、一粒で三度美味しい・・・計画を練って、登山して、その記録をアップする・・これも登山の大きな楽しみの一つだ。これが終わって、ようやく登山が終わり、満足感・充実感・達成感に浸ることができる。ビールもウイスキーの水割りも美味い!妻から「調子に乗って、ちょっと飲み過ぎでない?」と叱られても止められない・・・せめて明日は休刊日?休館日?休肝日にするぞ!

 それにしても、今回も天気予報に振り回された山行だった。お陰で、2時間以上もヘッドランプでの初めての夜間登山と岩登りを経験することができた。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

無事ゴール

2011年09月11日 | 登山・旅行
      

(雷電山の下りでコックリ湖と海岸線を見下ろす。奥は狩場山塊)

昨夕の予報では、昼前から雨だった。10時間は掛かる。午前勝負と、真っ暗な2:45にヘッドランプを点けてスタート。テント泊装備はトイレの棚にデポ。ライトの光でよじ登る目国内岳山頂の岩場はスリル満点。パンケメクンナイ湿原への下りでランプは必要なくなった。

岩内岳で携帯で天気予報をみる。日中は晴れ予報に変わっていた。翌日の天気くらい当てて欲しい。疲れがドッと出てくる。急ぐ必要もないのでのんびり歩きになる。

それにしても、雷電山からゴールの雷電海岸までは長かった。休業している朝日温泉からの林道歩きも入れて4時間以上も掛かった。それでもだいたい予定通りの12:45にゴール。

バスの時間まで余裕があるので、ホテル雷電の温泉へ。もちろん安着祝いのビールも・・・。これから岩内と倶知安駅でバスを乗り換えて車を回収し、さらに新見峠まで走って、テント泊装備も回収。

行動時間は、1日目、10時間20分。2日目、10時間ちょうど。久しぶりにハードな山行で、さすが疲れた。テント泊装備を背負ってはとても1泊2日では無理だった。

《追加画像》
      
       1、夜明けのパンケメクンナイ湿原と岩内岳

      
       2、岩内岳から望む今注目の泊原発(左)と出来秋の岩内平野

      
       3、ゴールの雷電海岸とニセコ連峰末端の刀掛岩

 詳しい山行記録は、下記からどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com 
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加