癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

スキーのメンテナンス

2012年11月30日 | スキー・クロカン
 明日から12月・・・冬山モードとスキーシーズンに備えて、用具の点検やメンテナンスの時期である。

 自分のスキーは、ゲレンデスキー、山スキー、クロカンスキーの3種類・・・ゲレンデスキーと山スキーは、久しぶりに業者にチューンナップに出そうと思ったが、1台8,500円とのこと。2台で17,000円・・・高い! 滑走面はそれほど傷んでないので、業者に出すのは止めて、自分でエッジ調整と滑走面の手入れとワクシングに取り組んだ。

 クロカン用のスキーは、ワクシングが命だが、ゲレンデスキーと山スキーは、タイムを競うわけでもないので、ほとんどワクシングはしたことがなかった。滑りが悪いときにフッ素入りの液体万能ワックスを塗る程度だった。当然、滑走面は汚れるし、滑りは悪くなる。

 そこで、今回は、リムーバーで滑走面の汚れを落とし、クロカンスキーのベースワクシングと同じ要領で、GALLUMのワックスをピンク→バイオレット→ブルーと柔らかい方から1回ずつではあるが、アイロンで塗る→剥がす(スクレイピング)→ブラッシングを繰り返した。理想は3セットくらい繰り返せばいいのだが、面倒だし、ワックスがどんどんなくなってしまうので、1セットで止めておいた。

 これだけやっておけば、昨年までよりは滑るはずだし、必要なときは万能ワックスでも十分効果を期待できるはずだ。この後、クロカンスキーのベースワクシングを念入りにするつもりだ。

 さて、初滑りの予定だが、たまたま12/5に札幌でスキー関係の会議が入っているので、翌日にでも、札幌国際スキー場で滑ってこようと考えているが・・・。
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人生花づくし

2012年11月29日 | 日常生活・つぶやき
 今夜は、不肖私が理事長を仰せつかっている退職組織の役員の30人の忘年会だった。これまで続いた楽しい趣味の仲間の飲み会ではない。いろいろな話題で盛り上がるものの、共通の基盤は、40年近くに及ぶ同職者の先輩・後輩の集まりである。

 しかも、理事会等でいつも顔を合わせているメンバーだ。不遜ながら私的には義理と人情の世界の感が強く、いろいろ気遣いが多い・・・・趣味の仲間との飲み会とは質的には違って当たり前・・・参加者の「楽しい会でした」との言葉に救われている。

 その会場で、ふと手元にあったコースターに目がいった。酔っぱらってはいたが、パッと見で、結構含蓄のあるフレーズが並んでいた。花好きの私としては、しらふになってじっくり読んでみたいと思った。

 ついでのもう一つ・・・これも面白い・・・感じ方は自分次第。
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一夜明けて・・・

2012年11月28日 | 日常生活・つぶやき
 強烈な暴風雪を伴った低気圧に襲われた昨日の北海道・・・函館は他に比べるとそれほどでもなかったが、一日中とても外へ出る気は起きなかった。

 室蘭や登別を中心とした胆振・日高管内は、5万戸以上も停電に見舞われ、復旧に最大3日も掛かるらしい。冬の停電は、暖房が使えないこともあり大変だろう。すっかり電気に頼り切っている日常生活の弱さを露呈したようだ。

 昨夜、一昨日まで八雲で一緒だった室蘭の岳友の携帯に、お見舞いメールを差し上げたら、下記のような返信が届いた。
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ご心配戴きありがとうございます。
店の付近は幸い電気が通っていて何とか営業ができましたが、自宅に帰ったら停電でした。
幸いガスは使えたので、煮物の残りを温め、山用のランタンの下で女房共々燗酒を呑みながら八雲の話や写真を見て普段には無い時間過ごしましたよ。
山の道具があれば文明的な生活も何とかしのげるものですね(笑)。
--------------------------

 さて、一夜明けた今朝は、まさに「台風一過」状態の爽やかな小春日和の青空が広がった。
 ポカポカ陽気を浴びながら、五稜郭公園の堀周りの快適なウォーキングを楽しんだ。


 スイレン(ヒツジグサ)の葉や落ち葉が凍り付いた水面


この堀で初めて目にしたホシハジロのつがい
yamaさんが教えてくれました。)
 
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別ルートからの野田追岳と泊まりがけ忘年会

2012年11月25日 | 登山・旅行
<頂上から小鉾岳~砂蘭部岳~横山を望む>

11/10に登ったばかりの野田追岳(705.6m)だが、その後、八雲のBaさんからもらった情報をもとに、落部川支流の梯子沢林道からの南面の周回コースをTaoさんと二人で再訪した。


<ダケカンバ林の中を行く>

登りは、林道ゲートから少し進み、前回、下山途中で寄った626ピークを通る作業道を。下りは、前回歩いた稜線上の国有林境界管理歩道の460ポコからの作業道を下って、林道ゲート付近へと周回した。積雪は、スタート地点で5cmほど、頂上では25cmほどだった


<先行者の往復のトレースが続く頂上への道>

稜線に出たら前回の自分のコースから先行者の登って下ったトレースがあった。それは、下山後盤石温泉へ向かう途中で出会った、札幌の「地図がガイドの山歩き」チームのメンバーだった。私の記録を参考に登って来たとのこと。先月の日高の二観別岳以来の再会だった。


<下山コース途中の滝>

スタート11:20、登り1時間40分、下り1時間20分 ゴール14:30

詳しい山行記録は、下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com (アップ完了)



下山後、お馴染みの盤石温泉で入浴後、八雲のBaさんの温泉付き別荘・落部山荘へ。
札幌や室蘭や遠く埼玉からやってきたHYML仲間7名での泊まり込みの忘年会。

○高速道路大沼IC~森ICの間


朝、山へ向かうときに、11/10に開通した大沼ICと森ICの間だけ走ってみた。


ずっと右手にすっきりとした駒ヶ岳を眺めながら走ることができる

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例年より少し寂しかったアスリート忘年会

2012年11月24日 | 日常生活・つぶやき

 例年、11月最終土曜日は函館トライアスロンクラブ&XCキッズ合同忘年会である。
 例年は30名前後の参加者で賑わうのだが、今日は、3連休の中日ということもあり、半数ほどの参加者しかいなくて、少し寂しい会となった。

 それでも、年間を通して、各地のマラソン大会やトライアスロン大会で凄い成績を収めたり、スキーマラソン大会の他にも、海外のトライアスロン大会参加者もいたりのメンバーばかりである。日頃から、Hakodate Athlete MLで、その都度参加報告や成績等が発信・交流されている。それでも、改めて、今年の活躍を一人一人発表を聞き、刺激をもらい、最後は、全員に当たる抽選会もあったりで、楽しいひとときを過ごすことができた。

 このメンバーに入れてもらって、すでに15年ほど経つが、常に進化し、挑戦を続ける凄い仲間ばかりだ。この仲間のお陰で、自分の登山やスキーマラソン、レベルは低いなりのジョギングなども気持ちはアスリートである。


 部屋を変えての二次会
自分は明日の山や泊まり込みの忘年会があるので、22:00には失礼して、家までの6kmを歩いて帰った。


 差し入れされた様々なワイン・・・まるで試飲会のような感じだった
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家から函館山往復連れジョグ

2012年11月23日 | 登山・旅行
 今日は妻の内職の休業日、一昨日辺りから「家からスタートして、冬期間通行止めになった函館山の車道を走りたい」と言っていた。自分としても、昨日のカロリー消費、明日と明後日の忘年会に備えて、体を動かしておきたい・・・と言うことで付き合うことにした。妻はときどき走っていたが、自分は大沼グレートラン以降ひと月以上ぶりのジョギング。

 最初から7分/kmペースの亀足ジョグで、巴大橋を走り、道中もっとも急傾斜のロープウェイの坂道を駆け上がり登山口へ。登山口からは車道へ・・・・


 車道の登りは、斜度も緩いので、山登りの気分でゆっくりペースで走り続けることができた。下山も車道を下ったが、箱根駅伝の山下りの気分を味わいながら、重力に逆らわずに高速ランを楽しんだ。しかし、坂道を下って市街地の平坦な道に出たら、無重力状態から戻ったような感じで、一気に脹ら脛の張りを感じる。しかし、絶対歩こうとしない妻に引っ張られて亀足ながら走り続けることができた。 

 妻のスマートホンは距離も測れる。トータルで21km弱だった。信号待ちや頂上展望ハウスでの休憩を除いて、走った時間は正味2時間40分。

 ここ数日の高速長距離ウォーキングの効果があるのか、久しぶりのトレイルランもどきの長距離ジョグの割には意外と快調に走ることができた。ダメージが少なく、ビールが美味かった!しかし、明日からは筋肉痛だろう・・・。
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腹ごなしウォーキング14km

2012年11月22日 | 日常生活・つぶやき
 今日は11月22日で「いい夫婦の日」とのこと。昨年は、妻孝行で函館駅前のホテルロワジールの1122円で食べれる「いい夫婦の日ディナーバイキング」に出掛けた。ところが、今年はすでに予約が一杯で断られた。

 自分は、昨夜と24日と25日に飲み会や忘年会が入っているので、ちょっと食傷気味だが、妻は「自分だけ美味しい物を一杯食べてずるい!」と宣う・・・ということで、ホテル法華クラブのディナーバイキングへ。ここは、女性値段とシニア値段があるので、意外と安く食べれるのがうれしい。しかし、バイキングというのがくせもの。ついつい、悲しいサガで、食べなくては損とばかり腹一杯食べてしまう。


 それを見越して、まずは、五稜郭公園の堀周りで高速ウォーキングをして、ホテルまで約7000歩。さらに食べ終わっての帰り道に再び五稜郭公園の堀周りで高速ウォーキングを9000歩・・・合計16000歩。距離にしてざっと14kmほど・・・妻は途中リタイアで9kmだったが、少しはカロリー消費になったかな?


 例年は、この五稜郭公園の堀周りは「五稜星の夢(ほしのゆめ)」というイルミネーションで飾られていて、夜間ウォーキングやジョギングで賑わっていたが、今年は節電対策で中止になって寂しくなった。
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山仲間のオフ会

2012年11月22日 | 登山・旅行
 昨夜、「北海道の山メーリングリスト」(略称HYML)函館地区メンバーの懇親会を催した。
 参加者は7名と少なかったが、その分、全体で話しができるちょうど良い人数だった。お陰で3時間、話題が途切れることなく、終始全体での楽しい山談義が続いた。

 初参加の方もいて、新鮮な感じだった。皮切りの話題は、やはり「積丹岳事故の賠償判決」についてだった。みんな関心があったらしく、共通の想いは「あの判決はおかしいよ」だった。当然、そこから、我々山ヤとして気を付けなければならないことへと話が発展していった。

 そのほか、個々に「今年の山を振り返って」を話してもらって、それをもとにしたいろいろな話題へと広がって、あっという間に3時間が経過した。いつも思うのだが、このような共通の趣味の仲間の飲み会は良いものだ。
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初雪景色

2012年11月21日 | 日常生活・つぶやき
 異常に遅い今年の函館の初雪は18日だったそうだが、雪が舞った程度で目にすることはできなかった。

 今朝起きたら、一面雪景色に変わっていた。この時期、雪のないときは寒々しくて外へ出るのが億劫だが、雪景色になるとあまり寒さは感じないで、外へ出るのも億劫でなくなる・・・これは、冬到来を喜ぶ自分だけなのだろうか?でも、昨冬のような大雪は山やスキー場だけで結構!

 早速、雪が溶けない内にと朝のうちに五稜郭公園の堀周りへウォーキングに出掛けた。歩いている内に舗装道路はどんどん融けていった。

 例年はもうオープンしている札幌近郊の札幌国際スキー場と中山峠スキー場が、今日オープンしたようだ。今年の初滑りは、12/5に札幌でスキー関係の会議が入っているので、その前後を狙ってみようと思っている。 


夜更け過ぎに雨が雪へと変わったので、路面が凍り付いてツルツルで車は大変なようだった。


例年はもっとサクラの紅葉が残っている内に一度くらい雪化粧するのだが、今年は殺風景になっていた。


内土手の上で、名残紅葉を見つける


今年この堀で産まれたカルガモたち?堀が凍り付いてしまったらどうしているのだろう?
その前にどこか南へ渡っているのだろうか?

 昨年の11/16の五稜郭公園の雪景色  ↓
 http://blog.goo.ne.jp/sakag8/e/2604e6bebd9ad4e90bd8b4305ba6cec9
 まだ紅葉がたくさん残っていて赤と白のコントラストがきれいだった。
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積丹岳事故の賠償判決

2012年11月20日 | 登山・旅行
<昨年4月に登った積丹岳を下山後入浴した「岬の湯しゃこたん」の駐車場から眺める>

  昨日の夕刊や本日の朝刊にも載っていたが、積丹岳で2009年2月、遭難した札幌市豊平区の会社員が死亡したのは、道警の山岳遭難救助隊が適切な救助を行わなかったためだとして、両親が道に約8600万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が19日、札幌地裁であった。裁判長は「救助隊に過失があった」として計約1200万円の支払いを道に命じた。

 この会社員は、09年1月31日、スノーボードをしようと知人2人と積丹岳に登り、吹雪で遭難。途中で引き返した知人らが救助を求め、救助隊は2月1日、遭難者を発見。抱きかかえて下山する際、雪庇(せっぴ)を踏み抜いて隊員とともに滑落し、さらに救助用のそりに乗せて引き上げようとしたが再びそりが滑落し行方を見失った。藤原さんは翌日発見されたが、搬送先の病院で凍死と確認された・・・・という事故だった。

 このニュースを見て、同じ山を舞台に遊んでいる身としては、「果たして、これでいいのだろうか?」と、非常に複雑な想いを抱いた。

 自分は、山へ入るときは「自己責任」で入っている。いつ、同じように遭難という目に遭うかも知れない。そんなとき、救助や捜索に当たってもらえるだけで、その結果はどうであれ、感謝しなくてはと思っている。そのような迷惑を掛けたくないからこそ、細心の注意を払っているつもりだ。

 本人は自己責任と思っていても、賠償を求める原告は親族であるのが厄介だ。個人的には、自分のミスで遭難したこの場合に8600万円という高額の損害賠償を請求するのもどうかと思うが、1200万円の判決が出たということは、過失を認めたということだろう。

 北アルプス辺りにあるそれ相応の訓練を受けている山岳警察隊や山岳救助隊のような組織ならともかく、本務でない救助に行って訴訟を起こされては、たまったものではないと思う。

 もし、我々が遭難者を発見して救助しようとして、同じ様な過程で2次災害となった場合はどうなのだろう?また、グループ山行でリーダーを務めることも多いが、そんなときにも過失責任を問われる可能性だってあるわけだ・・・・などと、いろいろ考えさせられる裁判だ。

 また、道警は、捜索や救助に慎重を期すようになり、出動の範囲が狭まりはしないか心配でもある。個人的には、被告側には最高裁まで争って欲しいと思うのだが、他の方は、この判決をどう思われるのだろう・・・・?

<追記>
下記のサイトに、裁判の経過が詳しく書かれている。
我々山ヤの論理と違って原告側に立った論述で、道警側の姿勢や対応が批判されている。
http://www.geocities.jp/shimin_me/shakotandake_s.htm
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函館土木・産業遺産フットパス

2012年11月19日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
 最近、国内のさまざまな地域で、それぞれの特徴を活かした魅力的なフットパスが整備されてきている。「フットパス」とは、イギリスを発祥とする“森林や田園地帯、古い街並みなど地域に昔からあるありのままの風景を楽しみながら歩くこと【Foot】ができる小径(こみち)【Path】”のことらしい。

 函館にもないかと検索してみたら、「函館土木・産業遺産フットパス」がみつかった。これは、寒地土木研究所道南支所が設定したものである。土木学会選奨土木遺産や北海道遺産などの土木・産業遺産12ヶ所を、函館市電のどつく前電停から青柳町電停までの5km弱を巡るルートで紹介している。

 これまでに目にしているところが殆どだが、土木・産業遺産という新しい視点で函館の古い歴史を感じてみるのも良いだろうと、天候が安定した今日の午後にウォーキングがてら一人で歩いてみた。国内で道内で最古や最初というものが多かった。


①函館漁港船入澗防波堤
明治32年に完成した石積みの防波堤。まだ現役で、最近その上にさらに嵩上げがされている。
調査・設計は、近代港湾整備の父として有名な広井勇博士。


②道内初の下水道
明治23年、函館港湾整備のため、弁天砲台を取り壊してその埋立地に整備した下水道施設。
函館どつくの周辺で、現役で活躍している。


③石積岩壁
「緑の島」への橋の両側付近に残る明治時代のままの岩壁


④旧桟橋(東浜桟橋)
青函連絡船の船着き場として明治43年まで利用されていた。
そばには「北海道第一歩の地」碑が建ってる。


⑤七財橋
明治19年に竣工した橋。名前の由来は工事監督の石川七財の名に因る。
昭和44年に改修されているが、ベイエリアの観光スポットにもなっている。


⑥日本最古のコンクリート電柱
大正12年、当時の函館水電会社(現在の北海道電力)が建てた電柱。まだ現役。


⑦市電操車塔
昭和14年に、市電の交差点の信号現示とポイントの切り替えを手動で遠隔操作するために建てられた。
平成7年まで電車信号機の制御装置が置かれて使用されていた。、


⑧東北以北最古のエレベーター
大正12年に建てられた今井丸井デパートに、昭和9年に手動エレベーターとして設置。
現在は函館まちづくり交流センターとなっているが、今でも、スタッフに申し出れば利用することができる。


⑨東本願寺函館別院
大正4年に完成した本堂は、国内最古の鉄筋コンクリート製の寺院。


⑩元町配水池
明治22年建設の日本最古の配水池。日本人の設計監督による国内最初の配水池。
すでに100年を経過しているが、現在も西部地区に配水をしている。左奥の赤煉瓦の建物も当時のもの。


⑪白川橋(函館公園)
明治12年の公園建設時に架けられた北海道最初の洋式石橋。造園監督者の浅野清次郎が寄付した。
明治14年、明治天皇が函館に2度目の巡幸された際の侍従、北白川官能久親王が馬車でこの橋を渡られ、自ら「白川橋」と名付けたといわれている。


⑫日本最古の観覧車(函館公園)
昭和25年に建てられた北海道最初、国内現役最古の観覧車。
もともとは大沼公園に設置されたものだったが、昭和40年、函館公園に移設。
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一枚の写真のために7時間ドライブ

2012年11月16日 | 登山・旅行
<化物山頂上から望む軍人山(左の高い方)と尻別岳>

 次回11/30の「ほっかいどう山楽紀行」は、留寿都村と真狩村の境界線を結ぶ珍名山・軍人山(561m)と化物山(375m)の予定。

 ホームページには、山行記録をアップはしてあるが、なぜかそのときの元画像がPCに残っていない。なるべく掲載日に近い旬な写真を提供したいと考えている。そこで、原稿提出の20日の前日までに写真撮影に出掛けるつもりだったが、天気予報がイマイチ当てにならない。

 そこで、今日、とりあえず行ってみることにした。午後から会議が入っているので、朝4時に出て、留寿都を目指した。7時には着いたが、ちょうど雪が降っていて、低い山も全く見えない。幸い30分ほど待ったら、雪も止み、どうやら撮影が可能になった。

 どこか二つの山が上手く収まるポイントを探して、ルスツスキー場の橇負山にも車で登ってみたが無理。初めから考えていた10分ほどで登れる化物山の頂上から軍人山とうっすらと雪化粧した尻別岳を収めて、それで良しとした。11時過ぎには無事帰宅できた。

 一枚の写真のために往復7時間ドライブだった。しかし、分相応の執筆料をいただいているので、この位のことは苦にならない。ただし、書きネタには困らないが、一人歩きが多いので、人物の入った写真が少ないのと、適当な写真がない山もある。今回のように割と近くて、撮り直しが可能な場合は良いが、そうでないときは大変だ。そのときは、岳友から借りるしか手はないようだ。これまでも、2回Haさんにお世話になっている。


<橇負山から見下ろす丘のような化物山(中央左手前)とその奥の昆布岳>

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楢山~貧乏山(七飯町)

2012年11月15日 | 登山・旅行

 雪化粧した横津連峰の北斜面、軍川地区の山側に、苅澗川を挟んで、楢山(592,2m)と貧乏山(501.0m)が並んでいる。

 珍名山として名高い貧乏山は2回目だが、隣の楢山は、林道から登れそうなので、いつでもと思っているうちに残ってしまっていた。軍川小学校の上のカリマ林道ゲートから林道や作業道を辿って、その2山を登ってきた。どちらの山も、最近大規模な植栽が進んで、林道や作業道が非常にしっかりしていた。

 駒ヶ岳も横津岳も昨日初冠雪したが、日中は融けてしまったようだ。昨夜、また降ったらしく、昨日より雪も多く、標高の低いところまで白くなっていた。

 まず、楢山を目指した。林道ゲートから近道しようと、その右の尾根の苅分道へ入った。ところがそれは国有林境界管理歩道で、林道には合流することはなかった。途中から一部藪漕ぎをして、植栽地の踏み跡を登り、楢山・上軍川林道を横切り、当初登ってくるはずだった楢山作業道へ合流して登頂。近道しようと思ったのに、かなり遠回りになってしまった。頂上までは20mほど笹藪漕ぎだった。

 下山は、その楢山作業道を下り、カリマ林道から貧乏山へ向かった。林道から貧乏山へ繋がる苅分道ができていた。そこを辿って、突き当たりを右に曲がったら、広い植栽地の真ん中に三角点が飛び出ていた。


 林道の分岐から眺める頂上。頂上は上の林の中だった。林道から右斜面を登った。


 作業道から20mほど笹藪を漕ぐと林の中に三角点が直ぐに見つかった。


 下りの楢山作業道から冠雪の駒ヶ岳をと大沼を眺める


 楢山作業道と楢山上軍川林道の合流地点から貧乏山を眺める


 貧乏山頂上から眺める駒ヶ岳


 カリマ林道の下りから楢山を眺める。頂上は左奥の高いところ。
 下の林道がカリマ林道、右側の尾根に楢山上軍川林道と楢山作業道の分岐が見える


 前回の貧乏山の時にも書いたが、昔この貧乏山にUFO基地があったという話があり、昭和51(1976)年に小学館発行『小学四年生』の9月号と10月号にマンガで連載されたことがあった。
http://oriharu.net/jkadoh_kosaka.htm


 時間が余ったので、大沼の西側にある長沼と円沼に寄ってきた。その存在は知ったいたが、実際には見たことがなかった。地図で場所は知っていたが、その入口が分からないので、大沼観光案内所で聞いた。どちらも湖畔まで車で入ることができた。


 「長沼」・・・大沼国際交流センターの手前から車道が続いていた。


 「円沼」・・・四季の森の別荘地への道の一番奥だった。

 黒ウサギさんによると、地元の人の話で信憑性はないが、昔アイヌの人たちは、この円沼を水葬場所にしていたとか。夜には鬼火や人魂のような怪しい光が出るそう・・・・? しかし、アイヌの人たちの葬り方は水葬ではなく土葬のはずだが? 

詳しい山行記録は、下記でどうぞ! (アップ完了)
http://sakag.web.fc2.com
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5時間超ウォーキング

2012年11月14日 | 花・紅葉だより
<赤川高区浄水場のモミジの落ち葉の絨毯>

 今朝起きて、体重を測ったら63kgを越えていた・・・ヤバイ! ここひと月で2kg以上増えている。ここ数年、63kgは越えないように気を付けて来たのだが・・・。大沼グレートランから全然走っていないし、最近は山の回数も減っている。それなのに安心して食べていた・・・油断大敵? 

 これから1週間後、今月の下旬だけで、4回の忘年会が入っている。このままなら、安心して飲んだり食べたりできない。そこで、あと1週間で2kg減量を目指すことにした。

 手始めに、今日は長距離ウォーキングにトライ。名残り紅葉を楽しめそうなところを繋いでみた。自宅~五稜郭公園~四稜郭~東照宮~笹流ダム~高区浄水場~新中野ダム公園~四季の杜~自宅。帰宅したら、5時間20分だった。歩数計が約36,000歩。カシミールで距離を測ったら約25km。朝食も昼食も、極軽めに抑えたので、少しは効果があったかも?

<途中で拾った光景>


五稜郭公園のサクラの落ち葉


四稜郭の内部・・・手前の標石は三等三角点(点名・砲台跡)


四稜郭の入口で、紅葉越しの函館山を写生する二人のご婦人


我が家の菩提寺・高野寺の神山教会の石仏群
陣川の奥の院の周辺に四国88ヶ所の石仏が設置されているが、
そこに欠落している2番、3番、84~88番はここにある。


現地に移設され、函館東照宮から改名し、20年を迎える北海道東照宮。
由緒や沿革は下記でどうぞ!
http://www.shibuyam.com/Toshogu/Zenkoku/Touhoku-hokaido.html


笹流ダム(日本ダム湖百選に選ばれている)


一番期待して行った笹流ダム公園の落ち葉の真っ赤な絨毯は掻き集められていた。


赤川高区浄水場のみごとなモミジの紅葉


上掲の紅葉のアップ


四季の杜から函館山を望む


四季の杜の中の落ち葉の絨毯
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「箱館戦争降伏式之地」碑

2012年11月13日 | 日常生活・つぶやき

  今朝の新聞に、亀田八幡宮に一市民の手で「箱館戦争降伏式之地」碑が建てられたとの記事が載っていたので、見に行ってきた。

 確かに、八幡宮の旧社殿の前に、刀の形を模したという石碑が建っていた。八幡宮は松前藩の祈願所として文禄3年(1594年)に建立されたが、文久3年(1863年)に改築されている。この旧社殿が、その6年後に箱館戦争の降伏誓願の場になったのである。この旧社殿は、市内で最も古い木造建築だそうだ。


 裏には、その史実の簡単な説明が彫られている。「降伏後冷酒で歓談」とも記されている。

 少し詳しく書くと、明治2年5月15日に弁天台場降伏、5月16日には千代ヶ岡陣屋が陥落、残るは五稜郭のみとなった。ちなみに、土方歳三は5月11日に亡くなっている。5月16日、五稜郭の榎本総裁、松平副総裁のもとに新政府軍の最後通告がなされている。総裁榎本武揚、副総裁松平太郎、陸軍奉行大鳥圭介は、この通告を容れ、翌17日に、指定された亀田三軒家(現八幡町)の農家中村家に赴き、新政府軍の総参謀黒田清隆に降伏を申し出た。

 こののち、榎本らは中村家から西南80メートルにある亀田八幡宮に詣で、降伏の旨を神前に誓約したと伝えられている。翌5月18日、五稜郭1000人余投降し、開城。榎本艦隊が品川沖を脱出して9ヶ月、ここに箱館戦争は終わった。鳥羽伏見の役に始まって 1年4ヶ月後、ここに戊辰の役の終焉をみたのである。

 実は、最初に降伏を申し出に赴いたこの中村家は、自分が大学時代4年間家庭教師としてお世話になったお宅だ。家は建て替えられているが、今でも同じ場所にあり、家庭教師で教えた長男が住んでいる。

 そのころ、家族から「箱館戦争の降伏の話し合いは、この家(当時の前の家)でやったんだよ。榎本武揚は隅っこに座って欠けた茶碗で冷酒を飲んでいたそうだ」と聞かされたものだ。このことからすると、降伏を神前で誓約したのは八幡宮だが、その後の冷酒での歓談は、中村家へ戻って行われたのではないかと思われる。


こちらは、旧社殿の奥に建つ現在の本殿
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