癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

天気待ち

2011年07月31日 | 登山・旅行
家を出て来るときには、明日からずっと晴れ絡みの予報だったが、こちらへ着いたら、明後日までずっと雨絡みの予報に変わっていた。おまけに、今日は大雨警報まで出ている。

今回は、のんびりと景観を楽しむ山旅にしたいので、天候が回復して好天が続くようになるまでじっくり待つつもりだ。

急ぐこともないので、途中で高速を降りて、のんびりと走った。富山県に入ったが、屏風のように連なっている剱岳を中心とした立山連峰は、黒い雨雲に覆われたまま。

暇なので、一応登山口の偵察を兼ねて馬場島まで入ってみた。山の方は雨が降っていた。その上市町では、有名な古刹の眼目山立山寺と名水百選の穴の谷霊場へ。

その後、富山市へむかい、富山城址と郷土博物館へ。その後、民俗民芸の村へ。県内の古民家を移築復元して、いろいろなテーマ館にしていた。時間がなくて駈け足で7館ほど回ったが、見応えがあった。 

今晩のどこでもホテルは射水市の道の駅。隣に温泉があるのも良く、過去2回利用している。明日と明後日は、思い切って能登半島を廻ろうかと思っているが・・・?
《追加画像》
1、立山寺参道の栂並木
2、穴の谷霊場の階段
3、茅葺・入母屋合掌造りの古民家を利用した「富山市民俗資料館」
4、建板蔵を利用した「富山市民芸館」
5、「アズマダチ」と呼ばれる切妻造りの農家住宅を利用した「富山市陶芸館」

民俗民芸村には、このほかに、「売薬資料館」「民芸合掌館」「筧牛人記念美術館」「考古資料館」「土人形工芸館」「茶室円山庵」などがあった。





《3と4の写真は、説明が反対でした》
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北アルプスへ

2011年07月30日 | 登山・旅行
今日からお盆前までの2週間の予定で北アルプスを目指すことにした。

計画とその動機は、下記の通り。(全てテント泊)

○早月尾根~剱岳~裏剱~黒部峡谷~欅平(3泊4日)
※三百名山巡りでもっともインパクトの強かった剱岳を別コースから登りたかったし、写真でしか見たことのない日本離れした裏剱の景観をこの目で見たかった。さらに、高熱隧道の一部や黒部峡谷も歩き、欅平~宇奈月間の黒部峡谷電鉄のトロッコ列車にも乗りたかった。

○猿倉~白馬大雪渓~白馬三山~猿倉(1泊2日)
※白馬岳から朝日岳まで縦走しているが、そのときはほとんどが雨とガス中だった。白馬大雪渓も登りたかったので、猿倉から循環できる白馬三山(白馬岳・杓子岳・鑓ヶ岳)を縦走するコースを選んだ。

○扇沢~(立山黒部アルペンルート)~室堂~五色ヶ原~黒四ダム~扇沢(1泊2日)
※料金は高いが、立山黒部アルペンルートを繋いでみたかったのと、室堂から五色ヶ原へ縦走し、黒部湖へ下りて湖畔を歩き、黒四ダムをじっくり見たかった。


週末のETC1000円割引がなくなったこともあり、いろいろ計算したら、小樽から新潟までの新日本海フェリーを利用した方が安上がりだったので、小樽まで走って10:30発のフェリーに乗った。

夏休みに入った最初の週末だったこともあり、これまででもっとも混んでいた。もちろん2等船室だが、たまたま同室だったのが、北海道の山旅を終えてきたご夫妻とやはり山旅を終えてきた4人家族だけだったので、山談義で退屈することはなかった。

夫妻はここ10数年毎年この時期に北海道の山を巡っているとのこと。その一番の目的は大雪山を中心とした一面に咲く花だそうだ。テントを担いで何度も同じコースを歩いているが、飽きることはないそうだ。4人家族のご主人は、20年前に日本三百名山を登り終えていて、今は、完登は無理だが、『日本の山1000』(山渓)の山や一等三角点の山を登り歩いているとのこと。

明日の朝、6:00に新潟に到着予定。高速を走って、登山口の馬場島を目指す予定だが、予報があまり良くないので、無理はしないつもり・・・。
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術後3ヶ月検診

2011年07月29日 | 大腸癌日記
             (我が家のガクアジサイ)

 今日は2回目の大腸癌の術後3ヶ月検診の日だった。検診と言っても、7/20に採血をした血液検査の結果と今後の検診計画の打ち合わせだった。

 1回目の大腸癌のときは、術後1年間は毎月の検診だったが、今回は、前回より軽く心配ないとのことで、いきなり3ヶ月検診ということになった。手術日は4/6だったので、厳密に言えば3ヶ月はとっくに過ぎているのだが・・・・。

 いつも気に掛けてくださる担当の看護師の「その顔色を見ると、また、あちこち登られているようですね。体調も全く心配ないようですね~。」の言葉通りで、本人もいたって元気そのものである。主治医からの血液検査の結果説明も、予想通り、異常もなく、腫瘍マーカーも正常値の範囲だった。次回の検診は、6ヶ月検診ということで、9月末に血液検査とCT検査の予定を入れてくれた。

 それにしても、2度も大腸癌の手術をしたが、後遺症がまったくなく、抗ガン剤治療の必要もないというのは、本当に運が良いとしか言いようがない。1度目は、たまたま別の血液検査がきっかけで見つかり、2度目は、1度目の癌の定期検査で見つかった・・・・どちらも自覚症状もまったくない状態だったので、病気をしたとか、癌に罹ったという実感がまったくない。

 おまけに、2回の手術で55cmも大腸が短くなっているのに、今回も下痢をすることもなく、固形の快便の毎日である。若い頃から下痢しやすい軟便体質で、固形の便は殆ど出ることがなかったのだが、大腸癌のお陰で、腸の調子がかえって良くなった。また、大腸が短くなった分、便の腹に溜まっている時間もさらに短くなったような気がするし、太りづらくなったような気がする・・・まったく、良いことづくめだ。

 看護師に「なくなった55cmの腸はなんの役目をしていたのでしょうね?」と言ったら、「長すぎたのでしょうかね?」と笑っていた・・・。

 さらに、不謹慎だが、支給されたガン保険は、お陰で、癌の治療にはほとんど使うことなく、再び山旅の軍資金となっている・・・ということで、安心したところで、その軍資金利用で、明日から2週間の予定で北アルプスへ出掛けることにする・・・。 
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ホワイトハウス

2011年07月29日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
        
 昨日から30日までの3日間限定で、遺愛学院のホワイトハウス(旧遺愛女学校宣教師館)が一般公開されている。

 外国人宣教師の住居を目的として1908年(明治41年)に本館と共に建てられた。白壁と尖塔また1・2階を隔てる胴蛇腹が作り出す外観の美しさが目を引く。内部も細部にわたって贅沢な手の込んだ造りになっている。
 また、洋館と和館とを併せ持つ独特の建築様式から、明治建築の傑作とも言われ、全国的にも高い評価を受けている。
 内部は宣教師が住んでいた当時そのままに保存され、家具調度や什器備品も当時のものが良い状態で保存されている。2001年に国の重要文化財に指定されている。

        
        玄関から入ると、奧の暖炉のある洋間に、歴代校長の写真が展示されている。最初の4代は外国人の女性だが、それ以降は日本人男性ばかり・・・。

        
        2階への階段         

        
        なんとなくミスマッチの桶風呂と古い洗濯機も残されている。トイレは洋式だった。        

        
        古い英文タイプが陳列されている。        

            
        寝室・・・このようなベッドルームが2階に3部屋ほどあった
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帰路途中の「美笛の滝」

2011年07月26日 | 登山・旅行
          

 今年オープンした夕張紅葉山の道の駅で夜を空かす。昨夜、携帯に28日の急な札幌での会議の案内が入った。それまでどこか山に登っていて、直接参加とも思ったが、そのような服装は用意してきていない。まずは、そのまま帰路に就くことにした。

 支笏湖を越えて美笛峠の手前の国道沿いにある「美笛の滝」の入口標識はいつも見てはいたが、滝そのものはまだ見たことがないことに気付いた。

 林道終点の案内板に0.8kmと書かれているが、結構な山道だった・・・とても観光客が物見遊山で気楽に見られる滝ではなかった。おまけに朝露で靴もズボンがぐしょぐしょ・・・。道端には、エゾヤマアジサイがたくさん咲いていた。

      

 しかし、予想を超える迫力と見応えのある滝だった。ちなみに、美笛はアイヌ語でピプィ(「小石原にある川」の意)で、この滝が懸かる川のソウオン美笛川のソウオンは「アイヌ語で「滝に入る」の意とのこと。

 昼前には、無事帰宅・・・今回の山旅は、まったくツイていなかったが、なぜか、毛虫がリュックや衣服に付くことが多かった・・・下山してくるたびに極彩色の毛虫が付いていて、鳥肌が立った。こんなに毛虫に付かれたのは初めてだ。今年は異常発生?・・・
帰宅して、風呂場でカッパの泥を落としてくれていた妻が、「ギャーッ!」と飛び出してきた。ここにも一匹、さらには車の横にも潰れたのが一匹、おまけにダニが胸と臍のそばに2匹も食いついていた・・・・。
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天気にからかわれて

2011年07月25日 | 登山・旅行
天気が良ければ、往復12時間の薮漕ぎでピラトコミ山の予定だった。夜明け前に中札内の道の駅を出て、登山口となるコイカクシュサツナイ川を目指す。明るくなって来て、見えるようになった山の方は厚い雲に覆われ、おまけに雨まで降って来る。迷うことなくUターン。

さて、どうしようかと思ったら、十勝幌尻岳が低い雲の下に辛うじてその全容を見せている。17年振りの再訪も悪くない・・・登山口をスタートして30分程で、突然雨が降って来る。慌ててカッパを着て暫く様子を見る。いつの間にか周りはすっかりガスで覆われている。当分止みそうもない感じ。結局、雨に濡れながらの撤退。

登山口まで戻ったら、雨も止む・・・悔しい。ところが、今度は、剣山がその姿を見せている。一応様子見がてら登山口へ向かう(画像)。その周りには青空も覗いている。

今度は大丈夫だろうと、登山口まで行く。ちょうど本州ナンバーの2台の車もやって来て、相前後して登り始める。ところが、10分もしない内にすっかりガスに覆われてしまう。「一時的なものだろう。その内に晴れるだろう。」と登り続けたが、とうとう頂上に着いてもガス中で展望もなし。おまけに雨まで降って来る。16年振りの再訪も散々・・・ここも、登山口近くまで来たら雨が止んだ。まさに、天気にからかわれているというか遊ばれている感じだった。

山の記録は、帰宅後にホームページにアップ。

下山後、温泉に入って、コインランドリーで洗濯。明日も明後日も雨絡みの予報なので、とりあえず、日勝峠を越えて、夕張の道の駅まで走った。
《追加画像》

岩に剣が立つ剣山の頂上
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十勝東部ドライブ

2011年07月24日 | 登山・旅行
時折霧雨の降る音更道の駅で、11:00ごろまでのんびり過ごす。雨が上がったので、山旅ではほとんど通ることのない本別~池田~浦幌~豊頃と走り、さらに、幕別~更別~中札内と廻り、明日予定のピラトコミ山に備えて、中札内道の駅に落ち着いた。

2005年にその年の道の駅を完全制覇している。そのときは、86ヶ所だったが、毎年増えて今では110ヶ所にまで増えている。妻はその度に2005年版のスタンプ帳に予備のページを作っている。その中に本別と浦幌が残っていた。その2ヶ所のスタンプも押すことができた。

義経伝説の残る本別では義経の館にも寄った。この伝説をもとにした三好京三の小説も出版されているらしい。ぜひとも読んでみたぃ。浦幌では、十勝川の河口を見て、豊頃では、長節湖・原生花園(画像)と勇洞沼にも寄った。十勝の太平洋岸にはこのような湿原と湖沼が続いている。
《追加画像》
1、音更道の駅で開催された青空市
2、本別の義経の中に展示されている人形
3、十勝川の河口方向を眺める
4、豊頃の勇洞沼



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泣き面に蜂

2011年07月23日 | 登山・旅行
台風の影響かカール底にもかかわらず一晩中強風が吹き荒れ、朝になったら止んだ。もし、予定通り稜線上のナメワッカ分岐にテントを張っていたらどうなってただろう?

東向きのカール壁が赤く染まる日の出ショーを楽しみにしていたが、雲海と上空の雲の間が少し赤く染まっただけで終わり(画像)。

5:30に下山開始し、10:50ゴール。やけに寒いと思ったら、外気温14℃にはびっくり。平地に出ても18℃だった。

まず、汚れを落とそうと、温泉ではないが260円の入浴料金が魅力な芽室町の国民宿舎新嵐山荘を目指す。

途中の上美生地区の市街地を抜けたところで事件は起きた。後ろを見たらパトカーがサイレンを鳴らして迫って来て、「止まりなさい」と言う。スピードは出ていないのになぜ?と思いながら路肩に寄せて止まった。

「交番の前に一時停止の標識があったのですが、気づきませんでした?」「気づいたら止まりますよ。道々なのに一時停止なんかあるのですか?」・・・どうやら、横から出て来た軽四トラックに気を取られ完全に見落としたようた。反則金7000円也。

自分のミスだし、金で済むことなので諦めは付くが、昨日の水筒忘れとのダブルパンチなのがくやしい。運気低調の時期か?風呂から上がって、レストランで昼食ついでに生ビールを飲んで、ふて寝・・・。
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最大のボンヘッド

2011年07月22日 | 登山・旅行
《エサオマントッタベツ北東カール発信》

最高の天気に恵まれ、今日の予定のナメワッカ分岐を目指して5時にスタート。

いつもより水量の多いエサオマントッタベツ川を遡り、10:30、予定通り北東カールに到着。ここで3日分の水を汲まなくてはならない。ところが、用意してきたはずの3㍑と1.5㍑のビニールの水筒がいくら探しても見つからない。リュックに入れた記憶もある。しかし、ないのだ・・・ガ~ン!

1㍑のポリタン一つではどうにもならない。ここで行動中止。夕方までには下山可能だが、疲れているのに急ぐことはない。このカールは5回目だが、いつもは稜線上の札内JPでばかり泊まっているので、ここで独り占めの一夜の夢を結ぶのも悪くない。


携帯が通じるので家に電話したら、「準備した部屋のテーブルの上にある」とのこと。パッキングし直したときに最後に入れようとして忘れたようだ。

登りながら、年齢的にも今回を縦走装備での日高山行は最後にしようと思った。カール下の長い滑滝の登りはこれまでで最もきつかった。そのためにも、ごく限られた岳人にしか登られていないナメワッカ岳は踏破したかったし、ナメワッカ分岐のちょっと先の稜線に咲くカムイビランジとも最後の再会をしたかった・・・3回目の挑戦だが、結局は縁がなかったということ。今まで狙った山で諦めた山はないだけにちょっと悔しい。しかし、もう4回目の挑戦はないだろう。

それにしても、今年のカール底の残雪の多さは異常だ。稜線へ突き上げるルンゼもびっしり雪が詰まっている。
テントを張り終え、焼酎の雪渓の水割りを飲みながらブログを打つ。夏の陽射しが暑い。悔しさも消え、至福のひとときなり・・・。
しかし、徐々に下からガスが上がってきて、上空の青空も少なくなって来た。明日の天候はどなのだろう?わがままだが、あまり好天でない方が諦めが付くというものだ・・・。、
《追加画像》
1、この長い滑滝を遡るとカールへ
2、シナノキンバイの群落とエサオマントッタベツ岳頂上
3、カール底とルンゼを埋め尽くす雪渓


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日高の山へ

2011年07月21日 | 登山・旅行
7/29の大腸癌術後3ヶ月検診までの日程を利用して、今夏の道内山行のメインイベントである2泊3日でのエサオマントッタベツ川からのナメワッカ岳再挑戦と日程的に余裕があれば、南東尾根の藪漕ぎでのピラトコミ山日帰りの計画で十勝までやって来た。いずれも藪漕ぎがメインの体力勝負のハードな山だ。

朝、函館を出て、のんびり走って、日勝峠を越えて、「十勝千年の森」に寄った(画像)。7年前の開園3年目に一度訪れているが、かなり充実して観光客で賑わっていた。

夕方の時点の予報がぱっとしないので、登山口まで行くのを止めて、芽室町の新嵐山荘の駐車場で夜を明かすことに・・・。今、テレビの予報は「晴れ時々曇り」に変わった。そのままであれば、明日の早朝登山口へ向って決行の予定。


安平町の手前で、鹿との車との衝突現場に遭遇。鹿は足を折ったようで道路に座り込んでいた。車は前面が潰れて、そばに呆然とした運転手が立っていた。鹿は車の前を横切って逃げることが多いので、本当に怖い。鹿も可哀想だが、運転手も可哀想。このような場合の対応はどうなるのだろう?
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沢から弥五兵衛岳

2011年07月18日 | 登山・旅行
      
 札幌から沢のスペシャリストganさんが、グリーンピア大沼の奧の宿野辺川左股沢から弥五兵衛岳に登りに来るというので、仲間に入れてもらった。HYMLメンバーを中心とした札幌3名、苫小牧1名、登別1名、函館2名の7名で、東面直登沢を登り、南東面沢を下った。

 この山は、木地挽山から苅分道があるので、それを利用して5年前に登っている。しかし、沢の情報はまったくなく、全員初めての沢だった。地図からは、深いV字谷を形成する沢なので、何か期待させるものがありそうだったが、結局は、滝もなく、360m付近から450m付近まで続く滑滝(画像)が唯一のチャームポイントだった。

      
 頂上からは、本来なら、駒ヶ岳~大沼~横津岳のパノラマが広がるはずだったのだが、生憎の天候で大沼が見えるだけだった。
 
 6:30スタート、登り、2時間35分。下り、1時間40分、11:40ゴール

 詳しい山行記録は下記からどうぞ!
 http://sakag.web.fc2.com/yago11.htm
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近郊ドライブ&花火大会

2011年07月17日 | 日常生活・つぶやき
 午後から晴れ間が広がったので、花鑑賞狙いで近郊ドライブに出た。

            
       
          <まずは、北斗市の八郎沼公園のヒツジグサ>

       
          <八郎沼公園の隣の谷観光農場のひまわり畑~切り花で自由に持ち帰りOK> 

       
       
          <谷観光農場のファームレストランでの昼食
                 上、トマトとナスのスパゲティ。下、夏野菜カレー>

        
          <森町の波多野ガーデン>

       
          <波多野ガーデンのラベンダー>
 
 そして、夜は、函館港花火大会・・・市内で花火大会は3回開催されるが、今日はその皮切り・・・。
           
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我が家の地デジ化対応

2011年07月17日 | 日常生活・つぶやき
 望みもしないのに、勝手に進められている地デジ化・・・とうとう「あと7日」に迫ってきた。いろいろ余計な出費が必要なだけに、ちょっと腹立たしい・・・。 

 我が家の場合、妻の発案で、5年前から「地デジ貯金」なるものに取り組んできた。それは、毎日家計簿をつけるときに、その日にちに10円を掛けた金額を毎日コツコツと貯める・・・1日には10円、20日には200円、31には310円なのだが、月末は苦しくなるので、逆にして、31日の月は、1日に310円~31日に10円という具合に貯める・・・結局、ひと月に5,000円弱、1年で60,000円ほどが貯まる計算だ。まさに「塵も積もれば山となる」の感が強い。

 居間のTVは、それに追いを打って、42インチ画面のを2008年11月に購入し、NCVのケーブル回線でデジタル放送を視聴してきた。しかし、そのころに比べて価格が半額ほどになっているのがちょっと悔しい。

 その後の「地デジ貯金」の目的は、録画に必要なブルーレィディスクレコーダーの購入とキッチンの室内アンテナで視ている小型TVへの対応となった。必要な費用は十分貯まってはいたが、ついついそれらの対応が延び延びになっていた・・・TV等で騒がしくなってきたので、昨日、家の近くにある2軒の大型家電量販店へ行ってみた。

 妻が目を付けておいたブルーレィディスクレコーダーは、両店とも売れ切れだった。仕方ないので、1台だけ残っていた同じメーカーのワンランク上の物にした。キッチンの小型TVはチューナーで対応することにしていたが、そのチューナーは、予約しても数週間は必要とのこと・・・・。しかし、これは、予約をして待つことにした。

 さて、デジタル機能に付いていけない・・・というより目にするだけで拒否反応を起こしてしまう説明書が苦手な典型的なアナログ人間の自分は、PC以外の電気製品全てにおいて妻に負んぶに抱っこ状態となっている・・・。情けないが、必要な機器や購入する機種の選択、そして、それらの接続や操作まで・・・すべて任せっぱなしである。説明書をじっくりと読みながら、粘り強く取り組む姿にはいつも感心する。

 昨夜も、TVと新しいデスクレコーダーとの接続、CSやBS放送の機器との接続、さらに、古いデスクレコーダーも使用するらしく、それとの接続もあるらしい・・・それに黙々と取り組む姿に感心し、その頼もしさに惚れ惚れするだけの自分である。

         

 そして、今、また心配なのは、ようやく使い慣れたのに、さらに増えることになる数多くのリモコンの操作である。この様なことを面倒くさがっていてはボケが進みそうだが、頭が痛い・・・。
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旧町名碑巡り(その3)

2011年07月15日 | 街並み・歴史探訪・ドライブ
      

 「第63回箱館歴史散歩の会」(主宰 中尾仁彦氏)に参加してきた。今回のテーマは「旧町名碑巡り(その3)」だった・・・。

 昔の函館の中心街だった西部地区には、現在は使われなくなった町名がたくさんあり、それらの旧町名碑が27ヶ所設置されている。そのうち、今回は北側というか西側というかいわゆる奥の方の10ヶ所の旧町名碑を巡り、その由来や歴史などを学びながら街並みを巡った。

  
 同じ富岡町は、現在の旧亀田地区の町名としてあるが、ここは弥生小学校より南側から公会堂の下までの一帯の町名だった。海が見える小高い丘で町の富貴を願ったことに因る。ここでは、弥生小学校の歴史や寺町だったころやアメリカ領事館跡の説明。
 鍛冶町は、鍛冶屋が多くあったことに因るが、現在のやはり旧亀田地区の鍛治町とは「冶」が違う。ここでは、山上大神宮の前身の神明社における坂本龍馬のいとこの沢辺琢磨や箱館戦争当時の箱館病院の説明。
 旅籠町は、政府公認の山の上遊郭の他に旅籠や茶屋や料理屋があったことに因り、それらの説明。

  
 天神町は、今の常盤坂の上にあった大石屋忠次郎の屋敷に祀られていた天神様に因る。 台町は、高龍寺周辺一帯だが、弁天台場を造るための土を削って平地にしたことによる。旧西小学校の前にあった遊郭や高龍寺の今の場所に移転の歴史の説明。
 山背泊町は、東風(やませ)から船を守るための泊(港)に因る。山背泊御台場の説明。


 台場町は、弁天台場の跡地にできた町に因る。この町は、ほかに4町があったが一緒になった。ここでは、台場と函館どつくの歴史の説明。
 幸町は、海岸の埋め立てによってできた町で、将来の多幸を願って付けられた。
 仲浜町は、埋め立てによってできた西浜町(旧町名碑は撮影忘れ)と東浜町の中間に因る。

     
       (旧天神町にある鯨族供養塔・・・江戸時代から捕鯨の基地だったことが解る

     
(旧台町にある高龍寺・・・明治12年(1879年)現在の場所に移転。明治43年(1910年)に完成した山門は総ケヤキ造りで、東北以北最大の山門)

     
        (山背泊の港・・・現在の入船漁港)
     
     
        (旧台場町の電車線路にある北海道最古のマンホール・・・)

  上記の旧町名は、下記の昭和24年の函館古地図で見られます。http://archives.c.fun.ac.jp/oldmaps/include/main/?action=showZoomify&zoomifyImageDirname=90
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マンホールの中の一等三角点

2011年07月12日 | 日常生活・つぶやき
     
        (函館市内のマンホールの中にある一等三角点(点名「亀田」)

 山に登る人間にとっては割と身近な存在の三角点だが、地形図の▲印のあるところに、その標石が設置されていて、主立った山では必ずと言っていいほど頂上で見ることができる。この三角点については、下記がとても解りやすくまとめられているので参照されたい。
 http://homepage2.nifty.com/tozan-women/sankakuten.htm

 この三角点には一等~四等までの等級があり、一等三角点は他の三角点の基になる存在である。全国に約1000点あり、それを訪ね歩くマニアの方々も多く、全国的なクラブもある。

         
 この一等三角点は山ばかりでなく、目に付かないが、平地にもかなりあるそうだ。その最たるものが、我が函館市内のマンホールの中にある一等三角点(点名「亀田」)だ。ごく親しいTuさん宅の玄関横の道路の縁にある。その存在は古くから知ってはいたが、今朝、用事があってTuさん宅を訪れたときに、蓋を開けて初めて目にすることができた。春に行ったときには、まだ雪解け水で頭が埋まっていた。

 マンホールの中にある一等三角点なんて珍しいと思ったが、検索すると結構あちこちにあるようだ。Tuさんの話によると、もともとは道路に設置されたものが、舗装工事等で道路がかさ上げされて、その結果、マンホールの中となったとのこと。他も同じ理由によるようだ。
         
         
 このマンホールの中の一等三角点のお陰で、思いがけない出会いに遭遇したことがある。実は、Tuさん宅の狭い道路を挟んだ横に「亀田町民会館」があり、この三角点を訪ねる人は、ここを目安に来ることが多いらしい。

 ところが、我が家の道路を挟んだ向かいに「函館市亀田公民館」と並びに「亀田本町会館」がある・・・数年前のことだが、我が家の前で山の恰好をした男女2名が、下を見ながら何かを探している。「何をしているのだろう?」と出て行ってみたら、向こうから「あれ、坂口さんですよね?」とびっくりしている。よく見たら、それまでに2回ほど山で会ったことのある札幌の三角点マニアの方で、いつも拙サイトを見ている方々だった。

 思わぬ奇遇ではあったが、要は紛らわしい名前の建物を間違って、我が家の前で探していたらしい。家へ上がってもらっていろいろ山談義に興じている内に、別行動していた仲間から携帯電話が入った。待ち合わせ場所となっていたその三角点の場所に二人がいないので電話したらしい。二人が我が家にいることを話すと、「私も会いたい」とわざわざやってきた・・・。
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