癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

濁川温泉での年越し

2015年12月31日 | 登山・旅行

「カルデラ温泉ふれあいの里」の旅館棟

温泉棟、旅館棟から離れていて長い廊下が寒いのが難点。


 結婚10年目の昨年の正月から、仕事をしながらも、一人で大掃除やおせち作りに忙しい妻のために、年越しは温泉旅館で過ごすことにした。今年は、森町「カルデラ濁川温泉保養センターふれあいの里」。

◎まずは、濁川カルデラ探訪ジョグ

 旅館到着後、豪勢な年越し料理に備えて、カメラ持参で、二人で探訪ジョギングに出た。
走り終えたら約7kmだった。


濁川地熱発電所


発電所からの蒸気送管の下を潜る


地熱発電所蒸気生産設備


蒸気生産設備から延びる蒸気送管と建ち並ぶ温熱ハウス群


濁川神社


神社の境内にある開拓百年婢など


濁川小学校


田んぼの中にある温泉の湧沸管

◎どれもがとても美味しく、大満足だった迎春の膳(年越し料理)

まだ、このほかに数品があとで届いた。


手前のお重は部屋へ持ち帰り、テレビを観て、飲みながらゆっくり食べた。


ウニ釜飯やすき焼きなど


デザートとランチョンマットに印刷された詩
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感謝!「2015年11大感動」

2015年12月30日 | 日常生活・つぶやき
 今年も、多くの新たな出会いや感動に満ちた、若い頃からの座右の銘である「挑戦と感謝」の1年でもあった。

 健康に恵まれて、相変わらずの遊び三昧の1年だった。山行日数も、30km以上のロングトレイルも加えて、目標としている100日にかろうじて届いた。特に、最近では珍しく道外遠征に3回も出掛けた。お陰で、9月中旬の大雪の紅葉登山から11月中旬の富士山裾野の紅葉と、2ヶ月も紅葉を楽しむことができた。

 そんな中から、特に感動の大きかったことを時系列に沿って10個選び出して、「10大感動」にしたかったが、絞り切れずに「11大感動」になってしまった。
 改めて見てみたら、「今年もあちこちに出かけ、良く遊んだものだ」と我ながら感心する。これもすべて、妻を初め多くの方々のお世話になったり、支えられての行動ばかりである・・・まさに幸せな3感王(感心・感動・感謝)である。

 なお、このような遊び三昧の生活に少しは緊張感を与えてくれているのが公職である。新たに北海道退職校長会副会長が加わった。2年目を迎えた北海道退職校長会函館支部長は、来春の5/15に「開設20周年記念式典・祝賀会」が予定されていて、その準備中である。スキー関係の方は、昨年に6期12年勤めた函館スキー指導員会会長を降りて、以前より気軽にスキーを楽しめたシーズンでもあった。しかし、まだ11年目を迎える北海道スキー指導者協会副会長が残っている。  

 さらに、2012年6月から始まった北海道新聞(札幌圏版)隔週金曜日連載の拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」は、90回を数えた。これは、先日の打ち合わせで、8月下旬の107回まで継続する予定である。来年のこのページに、まとめて本として出版できたことを掲載できればうれしい限りだが・・・?


 1/18~3/1、5週連続を含む6大会のクロカンスキー大会、すべて完走

1/18「HBCラジオハウス歩くスキー大会(15km)」、2/1「札幌国際スキマラソン(50km)」、2/8「おおたき国際スキーマラソン(15km)」、2/15「恵庭クロスカン(30km)」、2/22「湧別原野オホーツククロカン(85km)」、3/1「十勝大平原クロカン(42km)」


 昨年2/24に毛無山~設計山の間で行方を絶った齋藤浩敏さんの捜索活動に関わったメンバーを中心とした20名の参加で1周忌追悼登山会を行った。

 
 ハーフを中心としたマラソン大会に妻と一緒に3大会参加。いずれも予想以上の快走ばかりだった。このほかに6/28「函館ハーフ」、 10/18「大沼グレートラン」
 ちなみに、妻は、3月に「名古屋ウィメンズ」で初フルに挑戦し、完走している。

 屋久島に移住して8年になるコンブさんと一緒に登った太忠岳のほかにモッチョム山、島内ドライブ観光、愛子岳を楽しんだ。


 上記の記事は、2ヶ月経過した時点のものだが、空腹感を感じることもなくなった。もちろん、山に登るときも、ジョギングするときもそうしてきた。それでも、スタミナ的に全く影響はなかった。
 体重も2~3kg減り60kg前後で維持できている。一番うれしかったのは、気にしていた中性脂肪も正常値に収まり、糖尿病のHba1cの数値が6.8%に下がっていた。さらに、山に登っても走っても、スタミナが付いた感じがして、今のところは良いことづくめなので、今後ずっと続けて行こうと思っている。
 

 電話と携帯メールのガラケーと通信料が安く済む格安スマホ(データ通信専用)の2台持ちにした。iPhone5を使っていた妻も数ヵ月後に2台持ちにして、二人の通信料が13,000円前後から6,000円前後と半額以下になった。
 特に、旅行中には大活躍だ。HPの更新は無理だが、ほかはPCと同じ使い方ができ、いろいろなアプリ等があり、ブログ更新も楽で非常に便利だ。おまけに、家のPCに入るNCVメールも迷惑メール対策でgmailを通しているので、スマホでも送受信できるのが儲けものだった。


 毎年、二人の子どもと亡妻の義母が住んでいる札幌で亡妻のお盆をしている。その中心は、今や孫たちである。今年は、2/20に息子のところに2人目の女の子が誕生し、孫が3人になった。


 今年になって、規制が少し緩和されたようなので、我慢できずに、駒ヶ岳を構成する3つのピーク(剣ヶ峰~砂原岳~隅田盛)をぐるっと回ってきた。特に念願だった剣ヶ峰は約40年ぶりである。

 
 日本一の山岳紅葉と言われる北アルプスの涸沢と唯一残していた3000m峰の北穂高岳を中心として、9/26~10/7の間、三百名山巡りでガス中登山となった焼岳、鳳凰三山、仙丈ヶ岳と東北の大源太山に登ってきた。

 
 天候にはあまり恵まれずに、富士山姿を眺めることができたのは半分の3日だけだったが、世界文化遺産に指定された富士山の構成資源のほとんどを観て歩くことができた。


 今回の特集は、「好きなものは仕様がない~函館の偏愛なる人々・第2章~」である。
 よくもこんなに色々な分野の趣味の方がいるもんだと感心するほど多種多様な偏愛者21名の名誉ある?一人として1ページで掲載された。
 取材スタッフのSiさんも山をやられ、山の魅力を熟知している上に、拙サイトをよく見てくて下さっている方だったこともあり、とてもよい内容構成になっていたと満足し、感謝している。

 以上、10個に絞り切れずに、「11大感動」になってしまったが、このほかに涙を飲んで削ったものはまだまだ多い・・・。

 この充実した活動や1年の出来事をほぼ毎日ブログにアップし続けてこれたのは、このブログや、親サイトの「一人歩きの北海道山紀行」の読者のお陰であると心から感謝しています。
 来年も、今年以上に充実した活動と内容をアップし続けて行きたいと思っています・・・どうぞ、よろしくお願いいたします。
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函館市電の脱線事故

2015年12月29日 | 日常生活・つぶやき


 買い物の帰りの15時ごろに目撃した千歳町電停での函館市電脱線事故


 今日の午前10時30分ごろ、北海道函館市千歳町で、湯の川発谷地頭行きの函館市電が脱線した。市企業局交通部によると、市電には約60人の乗客がおり、2人が肩などに痛みを訴えたというが、病院には搬送されていないという。この事故で、函館市電は五稜郭公園前―函館駅前間が運休し、代行バスを走らせている。

 市電は前輪が脱線し、反対側の軌道を塞ぐ形で止まったままだった。5時間経過していても、復旧作業は全くされていなかった。これほど見事な脱線事故を目撃したのは初めてだ。連日の降雪が原因らしい。17時には運転が再開されたらしい。

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今後の「ほっかいどう山楽紀行」の予定

2015年12月29日 | 日常生活・つぶやき

 2012年6月から始まった拙筆による北海道新聞(札幌圏版)隔週金曜日掲載の「ほっかいどう山楽紀行」は、今年最後が12/18の90回目となる三国山だった。次は来年の1/8日掲載のエサオマントッタベツ岳の予定だが、すでにゲラもできあがっている。

 いよいよ4年目に入ることになる。当初は、こんなに長く続けさせてもらえるとは思っていなかった。しかし、その後漠然と考えていた「できれば100回」も近付いてきた。

 そこで、昨夜、たまたま札幌から来函された、現在担当(2代目)編集委員のA氏と五稜郭の居酒屋で、忘年会を兼ねて今後の打ち合わせをした。

 いろいろ検討の結果、「紙面の大きな改編期が春と秋なのだが、とりあえず100回は超えたいですね。できれば、8月一杯まで続けていただきたい」とのことだった。順調に行くと107回まで続くことになる。あと17回・・・書きたい山はまだたくさんあるので心配はない。ただ、再来年の3月までの話も出たが、それはちょっと厳しいので、8月一杯で勘弁していただいた。

 話の中で、「北海道新幹線開業の近くには函館近郊の山も良いね」とか「連載が終わった段階での本としての出版について、今から、出版部の方へお願いをしておきます」などいったうれしい話題もあった。

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無事帰宅

2015年12月29日 | 登山・旅行

26日から3日間停めっぱなしの車・・・連日30~40cmの降雪が続いた。黒い車なのにその面影なし。
 
 この北海道の山メーリングリスト(HYML)の白銀荘を会場とする「三段山オフミ」は、毎年12月~2月の毎月の3連休を中心に設定される。しかし、自分が参加できるのは、いつもこの12月だけである。

 今回は、連日の強烈な冬型気圧配置で、連日30~40cmもの降雪が続いた。いっときも青空や十勝連峰が顔を見せることはなかった。結局、山に入ったのは、25日の三段山の1段目までと、27日のカバワラ尾根のラッセル山行だけだった。主に、白銀荘でのんびり過ごす「湯治モード」で終わったが、26日にはタイミング良く旭川開催の「藪山忘年会」にも参加でき、多くの岳友との出会いやふれあいを楽しむことができた。

 今までのこの12月のオフミで最高の天候は、一昨年の12/22だった。雪も多く、スカッぱれで、この時期としては、頂上まで登り、滑りも十分楽しむことができた。


 28日の朝食。この白銀荘は自炊が基本である。毎回参加者の中から食担をお願いしている。
 昨夜と今朝は、うさこちゃんが担当してくれた。献立を決めて、2食分の食材を仕入れてくる。
 調理は食担を中心に、準備や後始末等は全員で協力してやるのが基本である。
 今朝は、このおかずのほかに、味噌汁や昨夜の残りのカレーなどだった。

 今日は、夕方までに帰らなくてはならないので、朝食後、7:40に白銀荘を出た。比較的天候の安定していると思われる上富良野~富良野~占冠~(高速利用)~千歳~美笛峠~洞爺湖回りのコースで帰った。帰宅できたのは、15:40だった。走行距離は400km弱。吹かれたのは道南北部だけだった。
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カバワラ尾根ラッセル山行

2015年12月27日 | 登山・旅行

<辛うじて1ヵ所だけ繋がっていたスノーブリッジを渡って尾根に取り付く>


2日間の物足りない感が残ったGPSトラックログ」


朝、5時過ぎに旭川を出て、白銀荘へ7時過ぎに戻ったら、20名のメンバーはまだ朝食の最中だった。

カバワラ尾根を目指すメンバーと三段山を目指すメンバーに別れて行動。自分は10名で、前十勝に続くカバワラ尾根を目指した。

img src="http://blogimg.goo.ne.jp/user_image/48/99/8b07bd22f9e3f1ea3f9421f173bf91d7.jpg" border="0">
昨夜もまた30cmほど降って一気に新雪だけで70cmを超えて、木々も重そう。その間を抜けて進む。


幸い先行者の深いトレースがあって助かった。


カバワラ尾根に取り付く先行者と我々のメンバー


カバワラ尾根の下で先行者に追い付き、感謝して、60cm 以上もの交代ラッセルが続く。

だんだん降雪も風も強くなってくる。最後のところでラッセルをしたので、体がようやく暖かくなって助かった。


カバワラ尾根の上を折り返し地点として、シールを剥がして、下山準備に掛かる。

いざ!と思って一番先に滑り態勢に入ったが、案の定、腿まで埋まってまったく進まない。しかたなく、登りの深いトレースを辿るだけのボブスレーもどきの滑りだけとなってしまった。残念だったが、みんなでワイワイ登り降りするのも楽しいものだ。


重そうな雪をまとったエゾマツを見上げる。


ようやく白銀荘が見えてきて、ゴール。

8:40スタート、10:45カバワラ尾根上折り返し地点、10:55下山開始、11:45ゴール。

午後からは、温泉に入り、今晩も泊まるメンバーの飲みながら、のんびりお喋りに興じる。今夜は、明日が平日なので、泊まりは8名のみ。


大魔人の打った10割蕎麦


夕飯前に、まずは、手打ち蕎麦を食べて日本酒を飲む。自分の大好きな太めで歯応えのある絶品だった。




夕飯は、カレーライス、カルボナーラ、サラダ、ほうれん草のおひたし、ゆで玉子などと豪勢。
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昼は白銀荘でノンビリ、夜は旭川で「藪山忘年会」

2015年12月26日 | 登山・旅行

 朝目が覚めたら-14℃。新雪は30cm。今年一番の厳寒を経験。
 天気は昨日より良くない。天気が良ければ、前十勝岳下のカバワラ尾根を滑りたかった。


<朝のうちの白銀荘そばのダケカンバ>
朝のうちは穏やかな天気だったが、だんだん雪が降ってきて、風も付いてきた。


<吹上温泉白銀荘>

 結局、朝下りてきたエバさんとシゲさんと白銀荘でお喋りして過ごした。そのうちに、「三段山オフミ」の今晩泊まるメンバーも到着。ほとんどは1段目まで登りに行った。誘われたが、昨日より天気が悪いし、同じところなので止めた。戻ってきたメンバーや遅く着いたメンバーも加わり、15時までのんびり過ごし、「藪山忘年会」の旭川へ向かった。 

◎藪山忘年会in旭川

 例年この時期札幌で開催してきた藪山愛好家の忘年会だか、今年は旭川の居酒屋で。札幌、旭川、美瑛、北見、江差、函館と、全道各地から11人集まった。 





 このあとは、旭川労山事務所泊。


いもむしゴロゴロ
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三段山の1段目まで

2015年12月25日 | 登山・旅行

<スノーシューで登る安平町のエバさんと雪山初体験の恵庭市のシゲさん>


 明日から28日までの2泊3日の予定で、毎年開催されている『北海道山のメーリングリスト(HYML)』の第1回三段山オフミ(吹上温泉白銀荘をベースにした雪山ツアー)である。

 ところが安平町のエバさんが、1日早く入り、ことしから山を始めた恵庭のシゲさんの冬山テント泊講習をするという。自分は、厳冬期の山中泊はしないことにしているので、一緒には泊まらないが、テント設営場所までお付き合いをすることにした。

 11時に登山口の白銀荘前で待ち合わせたが、早く着いていたスノーシューの彼らに先行してもらい、スキーで後を追った。


 予想通り、1段目の急斜面も、今年は雪が少ない。この斜面の上の方で彼らに追い付いた。少しの間だけだが、ラッセルの協力ができた。彼らが予定していたテン場は、1段目の上のエゾマツ林だった。


 テント設営のお手伝いも少しした。この時点では、雪もふってなく、テント設営が終わったら、もう少し上まで行って、滑りを楽しむつもりだった。

 しかし、テント設営が終わったら、ガスも懸かってきて、降雪も激しくなってきた。


 初対面のシゲさんと、テント前で記念撮影をして、二人と別れて、白銀荘まで滑り降りた。1段目の急斜面も、ブッシュが多く、思うような滑りは楽しめなかった。

 14時前には下山し終え、白銀荘の温泉でのんびり過ごしている。


白銀荘の内湯


白銀荘の露天風呂

 このあとは、白銀荘の駐車場で車中泊。明日は、エバさんたちも朝の内に下りてくるし、他のメンバーも到着する。天気と相談して予定を決めるつもりだ。しかし、夜は、旭川で「藪山忘年会」。
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札幌市電&イルミネーションほか

2015年12月24日 | 登山・旅行

市電ループ化に伴って、新しい景観になったすすきの交差点


 ホテルで目が覚めたら、9:15 でびっくり。寝たのが23:00だったが、昨朝2:00に目が覚めたことや、初滑りの初講習で疲れたのかも知りない。

 特に予定もなかったので、11:00までホテルでのんびり過ごした。つい先日ループ化した札幌市電の「サイドリザベーション方式」という、車道と歩道の間に線路が敷かれているのを見に行った。ただし、これは、新しく繋がったすすきのと西4ち丁目までの駅前通りだけだが、新鮮な感じがした。


 ついでに、初めて札幌市電に乗って街並み見物をしてみることにした。距離に関係なく、一律170円は安い。1周したらちょうど1時間だった。
 乗客の話では、ループ化されてから混むようになったとのこと。やはり、便利になったのだろう。




 初めて目にしたサイドリザベーション方式の軌道。これが内回りと外回りが両側にある。
タクシーやトラックの荷物積み下ろしが慣れるまで大変そうだ。

 その後、市電で回ったお陰で、場所が分かった札幌中央図書館へ。

むかし、北海道教育大札幌分校があった場所らしい。


玄関ホールが非常に洒落ていた。2時間ほど本を読んですごした。


 夕方には、大通公園のイルミネーションを見て回った。毎年少しずつちがうようだ。











 明日の上富良野町の三段山の予定だ。今晩は、恵庭の道の駅で車中泊するつもりだが、その前に恵庭温泉ラフォーレでのんびり過ごしている。
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初講習・初滑り、夜はすすきの

2015年12月23日 | スキー・クロカン

きょうの参加者一同。前列の真ん中で偉そうな赤ヤッケが自分。

 北海道の山メーリングリスト(HYML)のスキー講習会の講師を依頼され、朝の4時に家を出て、札幌国際スキー場まで走った。

 中山峠までほ、ずっと雪がなく快調に走ることができた。スキー場は素晴らしい天気で、雪もたっぷり。まさに、最高の今シーズンの初滑りで、初講習だった。まだ、雪がなくオープンもてきない道南のスキー場に持ち帰りたいくらいだった。

 約35名の受講者を上級、中級、初級、テレマークの4班に分けた。講師はローテーションをして、自分は昨年上級班を受け持ったので、今回は一番のびしろの大きな初級班を担当させていただいた。

 初級と言っても、アウトピステの雪山を手こずりながらもばんばん滑っている仲間はかりだ。ゲレンデでなければ練習のできない基本的なことを中心に講習した。

 みなさん、習い上手で、こちらの意図をくみ取って、一生懸命がんばってくれた。たった1日で、初級者とは言えないほど良い滑りかできるようになり、こちらも非常にうれしかったし、楽しかった。






私の班の7人の侍と美女


朝の定山渓天狗岳

 夜は、お互いのブログを通して、いろいろお付き合いのある「田舎おじさん」とふたりで、お馴染みの串鳥で3時間以上も飲み、語り(2/3以上は函館弁マシンガントークだが🙏)、これも非常に楽しく有意義なひとときを過ごすことができた。
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ドラマ「下町ロケット」ほか

2015年12月22日 | 日常生活・つぶやき

 12月20日、『下町ロケット』(TBS系)が終わった。ドラマはコマーシャルの長さが嫌で、いつも録画しておいて観ることが多い。最終回も、録画しておいたものを昨日観た。最近の連続ドラマでは、久しぶりに感動モノだった。平均視聴率が20.4%で、最終回は22.3%だったというのうなずける。。

 小さな町工場が大企業に立ち向かい、次々と苦難を乗り越えていくというストーリーだが、正義感あふれる主人公の反撃に気分が「スカっとする」ことが一番だった。しかし、自分的には、日本のモノづくりのレベルを支える中小企業の努力、技術者としてのプライドと熱意に感動した。このような中小企業の努力が報われる経済機構になってほしいものだ。

 あと、お笑いタレントをまじめな役に起用したりの面白さもあった。佃製作所の一番の理解者として重要な役回りだった吉川晃司も格好良かった。この年齢になって熟成された男らしさが印象的だった。

 自分は、あまりテレビは観る方ではないが、どちらかと言えば連続ものより、一話ずつストーリーが完結するドラマが好きだ。だから、NHK大河ドラマはここ数年観たことがない。録画してまで毎回見ているのは「相棒」だ。このほかに、「釣りバカ日誌2」は、期待していたのにあっという間に終わってしまったのが残念。前の「釣りバカ日誌」は夫婦とも好きで、DVDを借りてきてまで全巻観たものである。

 あと、録画して良く見るのは、サスペンスものの2時間ドラマだ。今晩も、大好きな松本清張原作のドラマがあるので、早速録画しておいた。 
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今年も残り10日/卑し系夫婦忘年会

2015年12月21日 | 日常生活・つぶやき

年賀状書き

 12月に入ったと思ったら、あっという間に、今年も残すところ10日になってしまった。
 そのうち、23日から28日までは、札幌、上富良野、旭川方面での、スキー講習会の講師や、雪山ツアー、忘年会などに誘われて留守にするので、残していることはすべて、今日明日中に片付けなくてはならなかった。大掃除はすべて妻任せ。

 昨日のフルコース試走のダメージは思ったより少なく、疲れはあるが、軽い筋肉痛だけで痛いところは何もない。しかし、首のこりが一番辛かった。長距離を走ると、首がこることが分かった。

 幸い雨なので、休養がてら、年賀状の残りのコメントを書いて、投函し終えた。図書館から借りて来た本も読み終えて返却してきた。来年の1/8掲載の「ほっかどう山楽紀行」の原稿も2日前に送り、今日校正原稿も送られてきた。

 夜は、28日まで留守にするので、昨日の消費カロリーに安心して、癒し系ならぬ「卑し系夫婦」忘年会を居酒屋でしてきた。

このほかに二人で5~6品以上は食べている

 良く、このブログを見ている方々から「良く食べますね~」と言われたり、「その体力はどこからくるのですか?」と言われることが多い。体力は単純に良く食べ良く動くことに他ならない。

 確かにこの年齢で、他人に比べても良く食べる方だと自負?している。それでも、169cmで60kg前後を維持できているのは、この歳でも基礎代謝量が1400kcal台であることが大きいと思う。妻に言わせると「燃費の悪い車」と同じらしい。

 何度も書いているが、自分のいろいろなスポーツ的活動は、糖尿病に始まっている。「一病息災」ではないが、食べたい飲みたいという欲求を我慢するのが嫌だから、食べた以上に動くことが大きいと思っている。来年も、良く食べ、良く動いて、薬の世話にもならず、元気に「卑し系」で過ごしたいと思っている。
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[函館マラソン」フルコース・マラニック試走

2015年12月20日 | ジョギング・ラン・ウオーキング

昨日の北海道新聞に掲載された来年の「函館マラソン」のコース図。赤色の丸数字は下記の写真番号。


実際に走ったコースののトラックログ(スマホの「Mytracs」による)

 昨日、来年6/27(日)開催の「函館マラソン」の初のフル(42.195km)とハーフのコースが発表になった。しかも、制限時間は微妙な5時間20分となっていた。
 ハーフのコースは昨年と同じだが、フルは折り返し地点が5ヶ所もある。しかし、おおむね函館のいろいろな景観を楽しみながら走れそうなコースだ。

 フルには参加する気はなかったが、せっかくのコースだし、しばらく体を動かしていないので、妻を誘って、フルの42.195kmをマラニックモード(走ったり、休んだり、歩いたり)で踏破してみることにした。妻は、今年の3月に「名古屋ウィメンズマラソン」でフルを5時間ちょっとで完走している。しかし、自分はランでは未体験の距離である。11年前の四国遍路では、40km以上は12時間近を要して、数日は歩いている。

 本来は、スタート・ゴール地点である千代台陸上競技場を発着点としたかったが、ゴール後温泉に入りたかったので、車で、25.2kmの第3折り返し地点の谷地頭電停近くの谷地頭温泉まで行って、そこを発着点として、あとはコース図通りに走った。

 谷地頭電停を8:40にスタートして、走るときは、おおよそ7分30秒/km前後のペースを維持したが、37km過ぎからは数回歩いてしまった。途中、トイレタイム・コンビニでのエネルギー補給タイム・昼食タイムも入れて、7時間07分で、15:47分に谷地頭電停に戻ることができた。
 妻のGPSウオッチでは、休憩タイムと信号待ち時間を除いた実際の走行時間は、5時間25分だった。
折り返し地点を見逃して通り過ぎたり、トイレ等に寄った距離もあるので、アプリでの移動距離は43kmを少し超えていた.

 消費カロリーは、スマホのアプリの「Mytracs」では、3580kcal、「Runkeeper」では2685kcalだった。ただし、「Runkeeper」の方はウォーキングモードの数字なので、中を取って3000kcalは消費していると思う。

 下記にアップしている写真の丸数字は、谷地頭スタートではなく、千代台陸上競技場を発着点とした上記のコース図の赤色の丸数字と同じである。 

 
①千代台陸上競技場の前で、高校選抜のミーティング中  ②梁川町の交差点を左折

 
③中島廉売通りを走る。この後、駒場小学校の前から右折し、競輪通りから漁火通りへ。
④函館空港への入口手前。ハーフの折り返し地点から空港までの緩やかで長い上りが一番辛かった。

  
⑤空港手前の第1折り返し(10.3km)のOTSレンタカー前。その後、戻って旧戸井線へ
⑥左手に函館空港を見ながら 

 
⑦志海苔館を望む   ⑧第2折り返し(14.1km)の望洋団地自治会館前  

 
⑨漁火通りへ戻り、湯川温泉ホテル街を走る  ⑩漁火通りの啄木小公園前を過ぎた辺り

 
⑪第3折り返し(25.2km)の谷地頭電停。この後、新川河口まで同じコースを戻り、新川沿いを走る
⑫海岸町の跨線橋昇り口分岐(左)、当日は左へ進み、跨線橋の上を走ることになる

 
⑬跨線橋の歩道階段を昇る。跨線橋を越えた後は港湾沿いの道路を走る 
⑭万代埠頭で右折し、ともえ大橋へ

 
⑮七財橋から赤レンガ倉庫群の前を走る ⑯第4折り返し(35.1km)の布目水産前

 
⑰第5折り返し(36.0km)の緑の島   ⑱再びともえ大橋を北上

 
⑲ともえ大橋を下りて左折し港湾沿いの道路へ。再び、海岸町の跨線橋を渡り、高砂通りを走る。
⑳本番のゴールの千代台陸上競技場へ


今日のゴールの谷地頭温泉


 今年は、朝食抜き健康法をしているせいか、体重が2~3kg減り、スタミナも付いた感じで、思っていたよりずっと楽に走れた。今年の山行やハーフマラソン大会(6分/kmを切っている)も非常に調子が良い。今日だって、昼食タイムの20km地点までは、朝のリンゴ半分だけだった。その後、おにぎり1個、小さな大福2個、バナナ1本を2度に分けて食べただけだった。なんたって帰宅後のビールが美味かった

 何も練習しないで、これだけ走れるのだから、もしかしたら、練習をして、7分/kmペースで走ることができれば、本番でも4時間50分で走れることになる。まだ制限時間まで30分の余裕がある。回収バスと競争しながら、「72歳でのフルマラソン初挑戦」も面白いかもしれないなんて思った・・・・。しかし、その練習が嫌いなのが玉に瑕・・・。これまでの山パワーだけでハーフを走るのとはわけが違う。 
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函館駅前イルミネーション点灯

2015年12月19日 | イベント鑑賞・参加

 冬の函館は、さまざまなイルミネーションに彩られる。
 今年の函館駅前広場には、本日から、函館山といさり火をイメージしたイルミネーションが登場。
道南杉を使った暖かみのあるフレームが目を引き、
JR函館駅から駅前・大門の繁華街へ、光の海が広がっている。

 あと98日に迫った2016年3月26日の北海道新幹線開業日にも、お祝いムードを盛り上げてくれそうだ。
 期間 2015年12月19日(土)~2016年3月31日(木) 点灯時間 日没~22時











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図書裡会歴史講座・第18回「函館の町名」

2015年12月18日 | イベント鑑賞・参加

講師の図書裡会歴史講座主宰(元函館市史編纂室長)紺野哲也氏(年中赤シャツで通す有名人)
 
 昨日、中央図書館大研修室で開催された図書裡会歴史講座・第18回「函館の町名」に参加してきた。いつもは50名以内だったらしいが、今回は60名ほどになったそうで、部屋が満杯で資料が足りなかったそうだ。自分も含めて取り付きやすいテーマだったこともあったようだ。この講座に参加するのは確か2回目のはず?

 用意された資料の厚さに驚いた。今回のテーマに関するものだけで31ページのほかに、前回の補助資料ほかが18ページもあった。調査し、PCで打ちこみ、印刷・丁合・製本・・・その労力にまずは脱帽。

 以下、自分の備忘録として、印象に残ったことや初めて知ったことなどを箇条書き的に書きとめておきたい。

○箱館という名称が記録に登場するのは「新羅之記録」正保3(1646)年。
○箱館という名称の地誌的記録の最初は「津軽一統志」寛文9(1669)年。当時は「箱館」より、隣の「亀田」がこの付近の中心集落だったようだ。

函館町名記録の最も古い資料は『東蝦夷地道中記』寛政3(1791)年
 その資料には、「地蔵町、内澗町、大町、弁天町、裏町、中町、山ノ上町、神明町」の8町が挙げられていて、それぞれの町の様子が綴られている。 

当時のメインストリートは、現在の西部地区を西に向かって走る電車通りであった。この通り沿いに、箱館の港内懐が内澗町(現末広町)、この大通りの真ん中に大通町である大町、西隅に弁天社のある弁天町の3町が並んでいた。次いで、3町が裏手に、裏町、中町、神明町が並び、その坂上が山ノ上町、内澗町の東隣で箱館から奥地に向かう辺りにあった地蔵堂にがあった付近が地蔵町。この8町が『東蝦夷地道中記』に記されている全町名で、当時の箱館全域をカバーするものであった。
なお、「大町」の由来は、もともとの「大通町」の「通」が抜けたことに因る(紺野氏解)。

官許/箱館全図」 万延元(1860)年・函館中央図書館デジタル資料館には、町並み全域の区割り、通りが詳細に描かれている。この絵図には30以上の町名が記載されている。
 当時の町名は、区画ではなく、すべて「通り上」に記載されている。しかし、幕末期に箱館を統治した江戸幕府は、人別改で箱館の戸口を掌握した時には、『東蝦夷地道中記』の8町に大工町と鰪澗町を加えた10町に、箱館市中の外として位置づけられていた尻沢辺町(現在の住吉町)が箱館の戸口調査の基礎町名だった。

箱館奉行から新政府の箱館府への引き継ぎの町名
 函館中央図書館所蔵の「慶応4年4月吉日 飛かゑ」によると、前年10月の戸口調査数値では、家数が3,303戸、人口が14,660人だったようだ。このときは、神明町、仲町、鰪澗町を3町まとめたために全部で9町になっている。

戸籍法の制定・明治4(1871)年、施行明治5年2月
 当時の函館市街は3つの「戸籍区」が設定され、函館山の裾を巡る山手地区を「第1区」として27町、弁天町から内澗町までの海岸線とその裏町を「第2区」として13町。地蔵町から北東に拡がる新興地区を「第3区」として13町。合計53町が名を連ねた。江戸時代以来の11町のほかに42の町名が公称されたことになる
 なお、江戸時代には町名が付けられていなかった御役所(箱館奉行所役所周辺には「大町上通」という町名が付いたが、明治6年には「元町」に改められている。
 その後、明治6年に、町域と町名が精査され、廃止された町名と新設された町名がある。その中で、宝町と幸町は明治8年に新称承認されている。
★このころの西部地区に多くあった町名は、現在は末広町、元町、船見町、大町、弥生町、弁天町、入舟町などに統合されてしまっている。

明治32年、函館区の誕生 函館区大字亀田村の編入
 それまでの繋部の北東に位置していた亀田村の半分ほど234万7000坪が函館区に組み入れられ、函館区大字亀田村となった。その後、明治6年に、大字亀田村という呼称が廃止され、現在も使用されている25の新町名が誕生した。
 この編入は、五稜郭を函館区に入れたかったために行われたものと思われるとのこと(紺野氏解)

昭和14年、函館市と湯川村の合併
 旧大字旧下湯川村、旧大字上湯川村、旧大字亀尾村で合計28町が増えた。昭和15年に字が取れた。
★以上が、昭和49年の函館市と亀田市との合併までの旧函館市域だった。

○「住居表示に関する法律」昭和37年
 函館市でも昭和40年から住居表示が実施され、明治5年から6年にかけて誕生した相生町、春日町、宝町、音羽町、高砂町、真砂町、富岡町、西浜町、仲浜町、東浜町、船場町などの町名も100年近い歴史に幕を下ろしている。

【感想】
 函館山裾の港湾沿いから発達した函館市は、人口の増加と地形的な特徴から、居住地や市街地がどんどん北東へ広がり、新しい町名が誕生し、それに連れて、江戸時代から昭和に掛けての西部地区の懐かしい町名が次々と消えて行った・・・そんな歴史的な経過とその節目となった年度や法律等が分かって、大変有意義な講座だった。

<おまけ>
 図書裡というのは、函館図書館の父・岡田健蔵氏の雅号で、いつも図書館の裡(うち)にありとの思いを込めたものだが、図書裡会(としょりかい)の音だけ聞くと「年寄り会」とほぼ同じだ。参加メンバーもまさに年寄りばかりだった・・・
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