癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

伊達紋別岳&有珠山

2012年10月31日 | 登山・旅行
 朝起きたら、天気予報が良かったので、急遽思い付きで伊達紋別岳と有珠山に登ってきた。しかし、上空には雲が広がり、それほどでもなかった。ただ、両山とも途中の黄葉が非常にきれいだっただけに陽光が欲しかった。

○伊達紋別岳

ミズナラやカシワの黄葉の中を登る


一面の笹の海とダケカンバ


伊達市街地と噴火湾


頂上から有珠山と洞爺湖を眺める

10:00スタート、登り1時間10分 下り50分 12:35ゴール

・今年ですでにこの山だけで140回も登っているという地元の方に出会った。冬も登るらしい。
・20代のころ一緒に山に登っていた同じ職場の先輩夫婦に会った。頂上で懐かしくおしゃべり。

詳しい山行記録(02,12,01、05,7,23)は下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com/datemonbetudake.htm

○有珠山


紅葉の中を行く


黄葉の中を落ち葉の絨毯を踏んで


外輪山から紅葉の山肌と有珠海岸を眺める


外輪山展望台から有珠山を眺める

13:00スタート 登り50分 下り40分 15:00ゴール

詳しい山行記録(06,6,30)は、下記でどうぞ!
http://sakag.web.fc2.com/usu06.htm
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

様似迷菓「尻餅」&後始末など

2012年10月29日 | 日常生活・つぶやき
<昨日、アポイ山荘で購入した「日高路・様似迷菓 尻餅」>


 妻も大喜びだったが、艶めかしい形といい、「迷菓」という洒落心もなかなかだ。この由来は、JR日高線のどん尻(最終駅)で銘菓にならんとして産まれた迷菓とのこと。この他にも誰とでもお知り合いになれる「おしり愛」(尻餅2個詰め)もあるらしい。

 さて、餅ではなく、すあまらしいが、どこからどのように食べたらよいのやら・・・。尻から割って食べるのも憚られる・・・食べるのは明日にしよう。  

 さて、5泊6日の山旅だったが、昨夜は疲れて帰宅早々直ぐにバタンキュー。今日は、まずは山道具の後始末・・・汚れ物は余裕があれば、コインランドリーで洗濯してくるのだが、それをしないで帰宅した。妻が文句も言わず洗濯してくれるのがうれしい。しかし、もうこの時期はいないと思って油断していたダニが洗濯機の前を這っていた。

 次に、昨日分のブログをアップ。その後、メールチェックや溜まっていた郵便物のチェック、急ぐ用件へのメールや電話での対応などなど、いつも山旅から帰ってきた日は慌ただしい。

 その中に、出掛ける前に提出して安心していた退職組織の会報への原稿・・・昨年は半ページだったので、そのつもりで書いて出したら、「今年は1ページ4段組なので、書き足して欲しい」というメールが入っていた。慌ててその原稿を書き上げて、メールへ添付して送信。

 そして、ようやく落ち着いたところで、ホームページへの山行記録のアップに取り組んだ。とりあえず、今日は1日目の「賀張山」と「ヌモトル」山をアップ完了。
http://sakag.web.fc2.com/
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

二観別岳~本二観別岳・循環縦走

2012年10月28日 | 登山・旅行
<えりも町のニカンベツ川林道入口から眺める本二観別岳(左)と二観別岳(右)(前日撮影)>

 地図上にその名前はないが、様似町とえりも町の境界稜線上に聳える1005.4m峰(二観別岳)と1009m峰(本二観別岳)である。ニカンベツ川の水源に位置することがその通称の由来だろう。襟裳岬までの立派な日高山脈主稜線の山である。

 今回は、「地図がガイドの山歩き」メンバーを中心とした札幌6名、北見1名、函館1名の8名でその循環縦走にトライ。前夜の焚き火を囲んでの懇親会で飲み過ぎたせいか、残念ながら稜線はガス中の展望無しに終わった。


 林道沿いの紅葉の美しさに歓声を上げるが、陽光があればもっときれいだったろう


 二観別岳の西側のコルを目指して急な沢を登る


 展望のない二観別岳で三等三角点(点名・奴多布)を前に記念撮影


 笹藪とハイマツに覆われた稜線を本二観別岳へ向かう


 強烈な笹藪の斜面をまっすぐ下る。
 周りの山の笹は丈の低いミヤコザサなのに、なぜかこの山だけは強烈なチシマザサだった。
 下の沢まで下ると林道跡に出て、無事循環縦走を終了。

 アポイ山荘で汗を流し、帰路に就く。ハンドルを取られる暴風雨の中、高速道路をひた走り、21:00過ぎには帰宅。5泊6日で8ピークを踏んだ山旅が終了。

 詳しい山行記録は、下記へ更新中
 http://sakag.web.fc2.com  
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

天狗岳(様似町)&焚き火オフミ

2012年10月27日 | 登山・旅行
 今回の山旅で最高の天候である。朝の内に様似町の天狗岳へ。昨年の同じ時期に登った袴腰岳の西隣の山。今日これから合流する仲間と雨の中登ったが、途中で断念した山でもある。

 昨年車をデポした地点の先の尾根絡みの林道が整備されていて、1.5kmも余計に入ることができた。昨年断念したすぐ下だった。これまで通り、この山の尾根も膝下くらいのミヤコザサで歩きやすかった。わずか45分で登頂できた。


 途中のピークから眺める姿は端正な姿(上の画像)だが、頂上直下は急な岩場が続いて怖かった。こんなところにも上手く岩場を巻く鹿道があって助かった。

 6:15スタート、登り45分、下り30分、ゴール 7:45。

 8時半前には国道まで出ることができた。昼の待ち合わ時間までのんびり過ごす。


 左・天狗岳、右・昨年登った袴腰岳(えりも町市街地付近から)


 明日の予定は、「地図がカイドの山歩き」メンバーが中心の薮山仲間8名で、様似町とえりも町との境界線上にある1004.5m峰(二観別岳)と1009m(本二観別岳)の循環縦走だ。今日の午後に合流して、ニカンベツ川林道の奥で、焚火を囲んでの懇親会。



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

アポイ岳&幌満峡紅葉

2012年10月26日 | 登山・旅行

<5合目からアポイ岳への尾根と頂上を見上げる


 昨日のうちに今日の予定だったピセナイ岳に登ったので、今日は、花の時期に2回登っただけなので、この時期のアポイ岳はどうなのかと登ってみた。当初はピンネシリまでピストン縦走をしようと思っていたが、ずっとガスで覆われたままだったのでアポイ岳だけで戻った。

 結局、日高主稜線は雲に覆われたままだったので、昨日無理して登ってよかった。しかし、「山楽紀行」に使えそうな写真は撮れなかった。また長谷川さんにお世話になることした。


花の時期は花に目や気を取られて気づかなかったが、昨日の疲れもあるが、思ったよりハードなコースだった。


頂上の下から海岸線を俯瞰する。突き出ている岬はエンルム岬


一等三角点(点名・冬島)と祠が設置されている頂上の様子


この山に限らず、この日高管内の山はモミジやカエデが多く、紅葉が非常にきれい。


6:40スタート、登り2時間05分、下り1時間45分、10:40ゴール。
誰にも会わないだろうと思っていたが、単独行の二人の男性が登ってきた。


アポイ岳下山後、紅葉の名所・幌満峡へ。アポイ岳の南側を流れる幌満川沿いである。
確かにみごとなほどきれいな紅葉の山肌が展開されていた。





 幌満ダムまで入り、大泉様似林道を走り、途中から全面舗装の立派なアポイ徳富林道を走ってアポイ山荘へ。今晩は、ここで夜までのんびりし、駐車場でどこでもホテルの予定。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

オキシマップ山&ピセナイ山

2012年10月25日 | 登山・旅行
 今日は比較的天気予報の良かったえりも町のオキシマップ山だけの予定だった。しかし、下山後移動していたら、青空の下に日高山脈の主稜線が見えていたので、午後からあわててピセナイ山に登った。

○オキシマップ山


<左側がオキシマップ山、その右が三枚岳と豊似岳(三枚岳の陰になっている)

 えりも岬に近い追分峠の北側に連なる豊似岳を中心とした山塊の山である。ほかのルチシ山、三枚岳~豊似岳~観音岳はすべて登っているが、この山だけが残っていた。

 襟裳肉牛育成牧場の中から木の生えていない笹斜面の尾根を登った。笹もひざ下くらいの丈で、藪漕ぎはなかったが、急な尾根を直登するので、結構きつかった。


頂上直下から襟裳岬を望む



稜線でつながる豊似岳(中央右)をバックに



非常の多く見られた赤い実~ガマズミではないような気がするが・・・?


6:10スタート、登り2時間25分、下り1時間30分、10:30ゴール

○ピセナイ山


 登る前は青空の下にくっきり見えていたので、午後から超高速登山で登ったが、頂上に着いたら、上空は雲が広がり、パッとしなかった。


カムエクから北側の山は白く雪化粧していた。


 林道がすでに施錠されていて、5.3kmの林道歩きだった。13:05スタート、登り1時間55分、下り1時間50分、17:00ゴール。登りはこれ以上は無理というほどの超高速だった。しかし、下山したらすっかり暗くなっていた。

 トータルで、久しぶりに8時間行動になった。新冠レコードの湯でブログを打つ。これから、昨夜に引き続いて新冠道の駅へ。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

紅葉藪山2山~賀張山&ヌモトル山(日高町)

2012年10月24日 | 登山・旅行

 手前の雲に朝日が遮られて、真上へ陽光が昇る様を見ながら、夜を明かした鵡川道の駅から日高町へ向かう。

 今日は、日高町(旧門別町)の一等三角点の賀張山と二等三角点のヌモトル山に登った。どちらも登山道はないが、この地域の山は、笹が短く、頂上に続く尾根さえ特定できれば、藪こぎ登山はほとんど苦痛ではない。

 ところが、ポカをして、用意した地図を全部忘れてきてしまった。頼りはGPSに打ち込んだルートのみ。高いGPSは地形図も入っているが、自分のは安いのでそれはなし。目の前の地形とGPSルートで判断するしかない。尾根の取り付きまで行けばなんとかなるだろうと楽観してトライ。

○賀張山(486.9m)(アイヌ名はポロヌプリ)


 日高町と新冠町の境界をなす厚別川沿いの道を奥へ進む。奥山牧場に断って車を置かせてもらって出発。地図がないのでどれが頂上か分からない。奥さんが「賀張山は、一番奥の山です」と指を差して教えてくれた。安心して牧場の中の通路を抜けて最短の左側の尾根に取り付く。

 急な尾根だったが、丈の短いミヤコザサはほとんど歩くのに支障はない。しかも尾根には鹿道ができている。頂上手前のピークから尾根を間違えて10分ほどのアルバイトをしたが、無事到着。

 大きなな一等三角点標石(点名・賀張山)を前に・・・後ろの赤い看板は頂上標識かと思ったが、「鳥獣保護区」の標識だった。木が煩くてほとんど展望はなかった。

 7:00スタート。登り1時間10分、下り35分、9:00ゴール。

○ヌモトル山」(612.8m)

 ヌモトル山で検索すると、Web上で心霊スポットの話が出てくる。この話は、あるはずのない薮山山中に“幻の家”が現われ、そこの座敷では若い二人の女性が酒を飲み交わし騒いでいるとのこと。酒の匂いまで漂ってくるらしい。近づこうと思ってもどうしてか近づけず、気が付けば崖っぷちに追い込まれていたというものだ。

 道路から最短の北東尾根からトライ。その取り付き地点まで行ったら林道があって、ゲートが閉ざされていた。初めから林道は当てにしていなかったので、尾根の藪に取り付いて進んだらその林道に出た。
 しばらく林道を歩いて、再び尾根に取り付いたが、1本手前の尾根に取り付いてしまった。心霊スポットではないが、途中で深い沢の崖の上へ出てしまった。その崖を下って沢へ下り、登り直して予定の尾根へ移動した。地図があれば、このような間違いはしなかっただろう。しかし、冒険もどきで、これもまた楽しいものである。
 
 下山は、沢を越えないで尾根をずっと下ってきたら、林道に出た。その林道は結局スタート地点まで続いていた。

 崩壊した崖の対岸の紅葉がきれいだった。天気が良ければ、無効に太平洋が見えるはず。

 頂上には二等三角点(点名・奴牟取山)の標石。後ろの木に境界線標識が付けられて赤いテープが結ばれていた。

 頂上からの唯一の展望

 スタート9:40。登り55分、下り40分、11:15ゴール。

 下山したら雨が降ってきた。時間的には登るのは無理だが、山名が面白いエチナンゲップ山への林道状況を偵察に行った。しかし、手前のダムのところにゲートがあり施錠されていた。そこからだと尾根取り付き地点まで8kmほどの林道歩きが必要だ。往復4時間近い林道歩きはかなり億劫だが登ってみたい山である。

 雨の中、新冠温泉レコードの湯へ。入浴後、のんびりこのブログを打つ。今夜のどこでもホテルは新冠の道の駅の予定。
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

日高管内低山巡りの旅へ

2012年10月23日 | 登山・旅行
 今週末に様似町の藪山のお誘いを受けたので、その前後もあわせて1週間ほどの山旅に出ることにした。午後に家を出て、温泉併設の鵡川の道の駅まで走った。  

 静狩峠や洞爺湖、北湯沢辺りの紅葉がちょうど見ごろだった。暗くなったので分からなかったが、支笏湖畔や美笛峠もきれいだったに違いない。それらを楽しみながら6時間ほどのドライブ。

 途中、北海道新聞苫小牧支社に寄ってひと仕事・・・今朝本社へ送っておいた次回の「ほっかいどう山楽紀行」の「ピセナイ山」の校正原稿をFAXで受け取るためだ。いつもは家に送ってもらうのだが、今回は旅先なので、このような方法を取った。

 担当に校正をしてもらって、お互いにそれで良しとなれば、次の紙面原稿へと進む。今回は時間的にもたまたま苫小牧を通ったので助かった。今後、このようなときには、どこかFAXで受信してもらえそうなところで頼まざるを得ないときもあるだろう。たとえば、コンビニや温泉など。日本三百名山巡りのときに、『山と渓谷』の校正原稿を北アルプスの縦走後に入った温泉へFAXで送ってもらって対応したこともある。

 さて、これから温泉へ入って、夕食を・・・温泉付きの道の駅は車中泊に最高!しかし、車中泊は、この時期、すでに冬仕様・・・冬用の寝袋を持参してきたが、今晩は上に掛けるだけでで良いかも?



コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

島崎藤村ゆかりの「寿楽園」探訪

2012年10月22日 | 日常生活・つぶやき
 北斗市当別のおしまコロニーの入口に「寿楽園」と書かれた古い「看板が立っている。当初は、コロニーの関係施設の名前かと思っていた。しかし、数年前になって、葛登支灯台の裏山にある島崎藤村の妻冬子の実家、当時の豪商・秦家(漁網問屋)の別邸庭園だったことが判明。

 ちなみに、島崎藤村の出世作は「破戒」だが、自費出版するべくその資金を調達するために明治37年に義実家のある函館を訪れ、妻の実父である秦慶治から400円を援助してもらったことは有名な話だ。この資金援助がなければ、「破戒」は生まれなかったし、藤村という作家も存在しなかったと言われている。この「寿楽園」には、のちにその秦家に恩義を感じて贈ったとされる藤村の碑文も現存している。

 さて、この「寿楽園」、今はすっかり荒廃しているが、ネット上にもその情報や探訪記が公開されている。ざっと概略を記せば、次のようなところだったらしい。

 藤村の妻冬子の姉浅子の夫秦貞三郎が造営。大正10年(1921)貞三郎の還暦を祝う碑が建ち、藤村が「寿翁遺跡碑文」の一文を草している(寿翁は貞三郎の号)。明治~昭和時代前期の児童文学作家,小説家巌谷小波(いわやさざなみ)の「花長者水にも富める眺めかな」の句碑と共に現存。今は荒れているが、本州から名石を運び、大小7つの池にハスが咲き、洋風の建物があったという。
 昭和14、5年頃は花鳥風月を楽しむ人々の訪れが多く、賑わいも最盛に達し、函館の花柳界から遠出した芸者達が総出で遊んだという。太平洋戦争が始まるとともに庭内も荒れ、戦後は一時期、原野に還るほどになった。
 その後、葛登支岬にある稲荷神社を再建した人物が、寿楽園の荒廃する様を嘆き悲しみ、私財を投げ打って10余年の歳月をかけて再建させたこともあったという。

 この秦家の子孫は現在の秦商事だが、この土地は、現在は函館市内のとある観光ホテルが所有しているらしい。元の遊歩道だったところは粗刈りながら刈り払いがされていた。誰かが、ときおり手入れをしているようだ。 


入口に建つゲートの跡?



その右側に建つ比較的新しいレストハウスの建物
 これが、私財を投げ打って10余年の歳月をかけて再建させたという人物が営業していた店だったのでは?
 

ゲートの先には刈り払われた道が続く。
庭園内の昔の遊歩道跡は粗刈りながら刈り払いがされていて歩きやすかった。
 


石の門と朽ちて倒壊した木造の門
  


その左手の石の門の先に建つ石造りの門扉?
そばに碑文があり、赤御影石に彫られた石碑も



秦寿翁之奥津城~貞三郎の墓、直ぐ後ろに石造りの納骨堂?が建っている



大正6年建立の金婚記念碑
~碑文からは、秦家初代と二代目の業績や貞三郎がこの地に植林事業を展開し、寿楽園を建てた経過等が読み取れる。



壽翁還暦の碑~上の句は「花長者水にも富める眺めかな  小波」
 この下の碑文が、大正10年に島崎藤村が、壽翁還暦の記念に残した「壽翁遺跡碑文」。ちなみに、上に刻まれている巌谷小波の句碑は、上磯町歴史散歩によれば昭和14、5年ごろに建ったとのこと・・・ということは、もともと藤村の碑文とは別物だったのだろうか?
ちなみに、巌谷小波の句碑がここにある由縁は不明。



こちらが島崎藤村の残した碑文
~この碑文を贈ったときには、妻冬子はすでに鬼籍の人となっている
碑文からは、貞三郎の生い立ちや業績、この庭園の造成や庭の様子、一般へ開放したことへの想いなどが読み取れる。


名石を配した池や石橋の跡~藤の蔓が絡みついている



かつてはハスの花が咲いていたという7つの沼の一つ


 あちこちに立派な松、桜、梅などの庭木が植えられている。しかし、洋風の別荘の建物はどこにあったのか分からなかった。いずれは、どこかで整備して、昔の様子が復元されることを願いたいものである。
コメント (6)
この記事をはてなブックマークに追加

遅れ紅葉「大沼グレートラン」

2012年10月21日 | 日常生活・つぶやき

 例年は紅葉が見頃の「大沼グレートラン・ウオーク」に妻と一緒に参加してきた。今年の紅葉は10日ほど遅れているとのことで、非常にきれいだった昨年より、5日も遅いのに紅葉はかなり遅れていた。

 ランは湖畔1周14.4kmと6.3km、ウォークも同じコース・・・参加者は、自分の参加したランの1周コースは、戸井の道南駅伝や札幌の北海道ロードレースなどと重なったせいか、最高だった昨年より150人ほど減って、777名名だった。その他の参加者も含めて合計1,400名ほどだった。

 昨年もそうだったが、カメラ持参のファンランのつもりだった。ところが、妻のペースに合わせて走っていたら、最初の4kmほどまで5分ちょっと/kmのペースで走っていることに気づいた。妻は頑張ってみると言うが、あとで苦しくなるのは嫌なので、ペースを落として、その後5分40秒前後のペースで走った。

 結果、1時間21分33秒で昨年より1分ほど速かった。妻は最後の3kmは6分台まで失速したらしいが1時間20分11秒だった。1分半ほど負けたことになるが、最後まで失速することなく、ファンランの目的が達成できたので満足である。帰りは、無料入浴券で流山温泉で汗を流した。


 

 



Fuさん提供

Fuさん提供




コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

公開講座「徳川義親 八雲への想い」

2012年10月20日 | イベント鑑賞・参加

 本日の午後、八雲町のはぴあ八雲で開催された徳川黎明会徳川林政史研究所(東京)の第2回公開講座に参加してきた。

 平成5年から3年間勤務したことのある八雲町は、徳川御三家である尾張藩の士族開拓の町である。その独特の歴史に非常に興味があり、勤務当時もいろいろ書物を読みあさったことがある。

 第1回の2010年8月にも参加したが、今回もこの企画・運営に当たった八雲産業八雲事業所長のO氏(スキー指導員仲間)から、案内をいただき楽しみにしていた。ちなみに、八雲産業株式会社は、尾張徳川家の資産管理運営を目的として、1948年に設立された会社で、尾張徳川家が運営していた旧徳川農場を引き継いだ八雲事業所があり、植林事業を行なっている。

○講座名・・・「徳川義親 八雲への想い」~山と緑に囲まれた理想郷をめざして~
○会場/日程・・・はぴあ八雲 コミセン・ホール/13:00~16:30  250名ほどの参加者    
○講座内容(講師~4名の徳川黎明会徳川林政史研究所研究員)
・趣旨説明「八雲開拓倉庫からのメッセージ」
・第1報告「徳川農場 その成立と足跡」
・第2報告「森を作る~徳川義親と八雲の人々」
・第3報告「八雲ブランド「熊彫」の誕生」~徳川義親と八雲住民のかかわり~
・パネル・ディスカッション・・・報告者4名+地元の郷土史家:幸村恒夫氏


 今回の報告は、八雲町内にある徳川家所有の「開拓倉庫」に保存されていた明治末期~昭和初期の文書などの1332件の資料を平成19年~23年を調査したその結果をもとに、明治時代に八雲を開拓した尾張徳川家の第19代当主徳川義親(1886~1076年)と、まちの暮らしとの関わりが中心だった。

 研究員も初めて目にした史料だっだこともあり、町民ももちろん初めて知る内容の多い貴重な報告だったようだ。3時間半にも及ぶ講座だったが、それぞれの研究報告も中身が濃く、非常に興味深く拝聴できたので、時間は全く気にならなかった。

 徳川農場の理念は「公共性・公益性」で、農業の発展だけでなく、市街地の整備、住宅の改善、農民生活の向上などに繋がった。また、徳川農場は山林事業にも力を入れ、大正期からは農場収入の大半を占めていた。当時は大野(現北斗市)にも山林事業中心の大野農場もあったことなど、初めて知った。
 また、八雲が発祥の地だった木彫り熊は、義親が冬期間の農家の副業として導入したことは知ったいた。それ以外にも潤いのある生活、高尚な趣味の涵養の狙いもあり、農民美術工芸品にまで高まり、あっという間に全道へ広がったこと、北海道の代表的土産物として発展していった経過や八雲の木彫りの熊は「熊彫」という商標登録がされていたことなどが興味深かった。
 それらは、常に八雲住民の生活向上のことを考えて、「徳川さん」と慕われた義親の人柄によるところが大きかったようだ。
コメント (2)
この記事をはてなブックマークに追加

棟方志功展

2012年10月18日 | イベント鑑賞・参加

 北海道立函館美術館で、9/15~11/7の間、「棟方志功展」が開催されている。これまでも青森の棟方志功記念館などで何度か観ているが、何度観ても独特の力強い画風には飽きることがない。たまたま、今日、退職互助会の教養講座でこの鑑賞会が計画されていたので、それまで待っていた。

 個人で行けば、1000円のところ、会からの補助もあって400円で観れる上に、前もって学芸課長の説明も聴けるからである。85名ほどの参加者だった。

 全部で38点の作品が展示されていた。函館美術館での展覧会は3回目だそうだ。今回は、版木72枚を使った2m×全幅26mの「大世界の柵」の他にも、大作や連作など大型の作品も多く、ただでさえ力強さとボリューム感に富んだ志功の作品にこれまで以上に圧倒されるすばらしい展覧会だ。 

 志功は、自らの版画とは言わずに「板画」と称した。それは、板の中から生まれた絵画であるというが、そのことがよく解るような気がした。 
 

 地家学芸課長の説明

 棟方志功の生い立ちやゴッホに影響されて「わだばゴッホになる」と画家を目指して上京したこと。しかし、油絵は3年連続帝国美術展に落選して、木版画の道へと進んだこと、そして独自の画風を確立して行った過程、その後の作風の変化や有名な作品の説明など30分ほど聞いた上で展示を観たので、とても解りやすかった。
 中でも、色刷りだと思っていた作品が、「裏彩色」という彼独特の技法を用いていることが解り、新鮮な感じで観ることができた。


 パンフレットからの切り抜き


 美術館の前のナナカマドの紅葉
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

「ほっかいどう山楽紀行」掲載曜日変更

2012年10月18日 | 登山・旅行
 6月から始まった北海道新聞札幌圏版の拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」、これまで隔週土曜日掲載だったが、今週から隔週金曜日に変わることになった。

 11回目となる次回は明日・・・・明日は、今年なら11月になっても十分紅葉登山が楽しめる我が地元の「恵山・海向山」の予定。

 金曜日に変更になったことで、以前からの「山屋は土曜日の早朝、新聞も読まないで家を飛び出し、日曜日の夕方帰ることが多いので、読み逃すことが多いんだよね~。なんとか掲載日を変えることはできないのですか?」という声にもお応えすることができそうで、こちらも大いに喜んでいる次第。

 下記からも4~5日遅れですが、読むことができますので、今後ともよろしくお願い致します。
 ご感想やご批正などいただければ、なお幸いです。
 http://sakag.web.fc2.com/sangaku.htm
コメント (4)
この記事をはてなブックマークに追加

久しぶりの早朝ジョグ

2012年10月17日 | 日常生活・つぶやき

 今度の日曜日(10/21)は「大沼グレートラン」(大沼湖畔一周14.4km)である。エントリーしているのだが、「函館ハーフ」以降、先週ちょこっと5km走っただけで全く走っていない。しかし、妻はしっかりと走っているようだ。
 
 今回は、カメラ持参ののんびりファンランのつもりだが、このままならちょっと完走の自信がない。そこで、夜明け前に家を出て五稜郭公園の周りへ走りに出掛けた。ヒヤッとして非常に気持ちがよい。走るにはちょうど良い気温だ。

 日の出が函館ハーフの頃より30分は遅くなっている。ちょうど公園へ着いたときに日の出を迎えた。途中、公園の中で行われているラジオ体操をカメラに収めたりしたが、結局5周して家までの往復と合わせて12kmほど走った。まあ、これでなんとか完走できる足はできたであろう。走る筋肉とは全く違うが、函館ハーフ以降の6日間の山歩きも少しはトレーニングになっているだろう。あとは前日に5kmほどの足馴らしで当日を迎える予定・・・。


 五稜郭正門前の日の出


 日がすっかり昇った堀周りをウォーキングする人たち

 

ラジオ体操をする人たち 
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

定期検診異常なし&栗拾い第2弾

2012年10月15日 | 大腸癌日記
<ダケカンバの幹に絡みつくツタウルシの紅葉を見上げる>

 今日、10/2に受けていた2回目の大腸癌術後1年半定期検診のCT検査と血液検査の結果を聞きに行ってきた。

 全く心配はしていなかったが、「CT検査も血液検査での腫瘍マーカーともに、どちらも異常ありません。」とのことだった。腫瘍マーカーが大丈夫と言うことは、他の部位にも癌はないということだろう。

 次回は来年の3月。そのときは、大腸の内視鏡検査もしてもらうことにした。本来は、1回目の大腸癌で終わっていれば、そこで5年目検診となり、無罪放免となるところだった。しかし、2回目で3年延長になったので、どうなるのだろう・・・・?

 しかし、2回も腹を切って、大腸が55cmも短くなったのに、なんの後遺症もなく、むしろ、若い頃から軟便体質だったのに、それもなくなり、毎日バナナうんこがきちんと出るようになったのが、いくら考えても不思議だ。自分にとっては、今の長さが理想的だということか・・・?

 おまけに、最近はなぜかアルコールに強くなったような気がする。あまり飲んでも酔わないし、顔も以前より赤くならないようである。



 前回拾ってきた栗がまだたくさん冷蔵庫や冷凍庫に残っているのだが、今度は大きな丹波栗の拾える場所を教えてもらった。

 「今年はたくさんあるので、来年にでも・・・」と思っていたが、妻が「大きい栗なら栗ご飯にもできるので、自分も今年の内に拾ってみたい」と言う。そこで、妻の仕事を夜に回して、午後から一緒に出掛けた。

 確かに、ビックリするほど落ちている。しかも、前回のヤマグリと違って大きい。直径4cmほどのものがボロボロ落ちている。二人で夢中になって拾った。30分ほどで切り上げたが、かなりの量になった。家へ帰って計ったら6.5kgもあった・・・拾うのは楽しいので、夢中になって拾ったが、家へ持ち帰ると、その量の多さにちょっと辟易してしまった。

 また、2kgほどをお裾分けし、残りを直径3cm以上のものとそれ以下のものとに分けてみた。大きなものは剥き栗にして栗ご飯や食材として使うつもりだ。小さい・・・と言ってもヤマグリの大きいものよりまだ大きいのだが、それはゆで栗にして食べるつもりだ。1回分、ゆで栗にして食べてみた。甘さはヤマグリの方が上だが、十分美味しい。食べ出したら止まらなくなるのが厄介・・・。

 とりあえず必要な分だけ処理して、あとは冷凍庫や冷蔵庫に保存することにしたが、栗で占拠されている状態だ。今後主食代わりにでもせっせと食べなくては・・・。栗ってビタミンCが多くて免疫力がアップするらしい。
コメント (11)
この記事をはてなブックマークに追加