癌春(がんばる)日記 by 花sakag

2008年と2011年の2回の大腸癌手術
   ・・・克服の先に広がる新たな春を生きがいに・・・

2013年に感謝!(画像で振り返る10大感動)

2013年12月30日 | 日常生活・つぶやき
 松の内に3日間もクロカンスキーの練習で開けた2013年・・・今年も多くの新たな出会いや感動に満ちた充実且つ平穏な1年であった。
 山行日数も目標としている100日をかろうじて超え、道内はもちろん東北や紀伊半島などあちこちの山旅も楽しみ、相変わらずの趣味三昧の生活だった。
 そんな中から、特に感動の大きかったことを時系列に沿って10個選び出して、写真で振り返ってみた。
 改めて見てみたら、自分の頑張りもあるが、多くの方々のお世話になったり、支えられての行動ばかり・・・まさに、若い頃からの座右の銘である「挑戦と感謝」が実現できた1年でもあった。

 さらに、昨年6月から始まった北海道新聞(札幌圏版)隔週金曜日連載の拙筆による「ほっかいどう山楽紀行」は、41回を数えて継続中です。来年も続きますので、よろしくお願いいたします。


3/3 50km以上のウルトラスキーマラソン3大会完走(札幌国際50km、湧別原野85km、十勝大平原58km)
「湧別原野」では、チューリップおばさんとの初対面が叶い、自分の滑走場面が入った彼女の投稿ビデオがTV放映(youtubeで視聴可能)。
3年ぶりに参加した「十勝大平原」では、山仲間が応援に駆け付けてくれ、夜には13名もの交流会が用意されていた。


5/22~6/12 12年ぶりの我が家の外装リフォーム
コンクリート部分の補修も含めて前回の倍以上の費用を掛けた。
外壁の色を思い切ってエメラルドグリーンに変えた。車庫のシャッターも電動に新調。


5/15、『山と渓谷』6月号にこれまでの最高の5ページにわたる執筆


5/27 2年越しの念願の白雲岳の「幻の湖」・・・この時期10日間ほどしか現れない


7/2 HBCTVで羊蹄山を舞台に密着取材を受けた「登山にはまった理由」の番組が放映
youtubeでも見られます


8/13 お盆で孫1号と孫2号そろい踏み
昨年1月誕生の息子の長女と今年5月誕生の娘の長男


8/17~29 飯豊連峰縦走を初めとする2週間にわたる東北の山旅


9/9 まさに挑戦・・・12時間40分を要しての幌尻岳日帰り登山・・・今年の「一名山」となる


9/29 昨年に引き続き夫婦揃っての函館マラソン目標タイムでの完走


10/22~25 2年掛かりで北と南が繋がった1200年の歴史を持つ修験の道「大峯奥駈道」縦走


 本年もお付き合いありがとうございました。新年もよろしくお願いいたします。
 皆様のご健康とご多幸を心よりお祈りいたします。
 
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ゲレンデ初滑り

2013年12月29日 | スキー・クロカン

一昨日まで雪のない函館市内だったが、朝の段階で20cm近い積雪となった。
一日中降り続いてので、これが根雪になりそうな気配だ。
函館近郊で唯一オープンしている函館七飯スノーパークもゲレンデコンディションが良さそうなので、初滑りに出掛けた。
すでに、山スキーとクロカンスキーは初滑りが済んでいるが、ゲレンデスキーが一番遅くなってしまった。

まだ空いている内に、4kmのコースを2本ノンストップで滑った。とても良い雪で、気持ちよく滑れた。
3本目の段階で、ゴンドラ待ちの長い列ができていた上に、故障で20分以上も止まったままになった。
動き出して頂上へ着いたときには天気が急変して吹雪きになった。
何も見えない中、ただ下っただけで、下で天気の回復を待ったが、好転しそうもない。

今シーズンからリフト・ゴンドラ料金が500円ずつ上がり、シニアの5時間券が2500円になっていた。
それで3本はもったいない感じだったが、無理して滑っても楽しくないので終わりにした。
その上、重いスキーをゴンドラの階段で持ち上げて昇っている内に右肩を痛めてしまった。
クロカンスキーのストックワークに影響が出なければよいのだが・・・・。





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も~さんとのおしゃべり

2013年12月27日 | 日常生活・つぶやき

 今日、も~さんから彼が2010年に79日間かけてMTBで踏破したイザベラバードの歩いた道&塩の道&羽州浜街道の2500kmの野宿旅をまとめた自家製本『街道踏破』を分けてもらう約束をしていた。

 彼の家へ訪問。まずは、彼が一昨日登ったトレースを、こちらが昨日辿ったばかりの姉弟山談義で盛り上がった。地形図を前にいろいろな可能性やルート採りの話、藪漕ぎ登山の面白さやGPSの効能などで話が弾んだ。さらに、秋頃から新しく取り組んでいる毛無山からの旧道探索を初めとするいろいろな古道探索の話やら、その参考資料や苦労や楽しさ、人々との繋がりなどを見聞きして、1時間半ほどの楽しいひとときを過ごさせていただいた。

 ついでに、ここ数年の調査をまとめた『下二股口台場調査報告書』と最近の調査登山『古部丸山旧道コース』も分けていただいた。彼は、いろいろ調べたことを必ず印刷物としてまとめているのにも頭が下がる。まだ、要塞になる前の函館山の旧三十三観音の設置場所やその参拝道をまとめた資料も欲しかったが、たまたま印刷した手持ちがなかったようだ。

 帰宅後、早速『街道踏破』を読み始めたが、面白くて止められなくなる。それぞれの場所の歴史も調べていて記述されている。イザベラバードの歩いた道も少し読んでみたが、その場所の彼女の記述も挿入されていて、現在との違いや当時の面影なども記されている。さすが旅の達人だ。こちらも旅に出たくなってしまう・・・。


  夜は、妻の内職の仕事納めに合わせて、居酒屋「つぼ八」で二人だけの忘年会をした。妻はアルコール類は一切飲めないが、いろいろな料理が楽しめる居酒屋が好きだ。妻は明日から9連休とのこと。
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姉弟山?306.2m峰(点名・小川上)

2013年12月26日 | 登山・旅行

①下山後、北斗市清水川交差点から306.2峰を同定する。後ろの高い山は696.3峰(二等三角点・河汲沢)。

 函館近郊の古道の探査研究家である も~さんが、1週間ほど前から、北斗市文月開拓の奥にあった松前藩の鷹場だったという姉弟山(あねたかやま)の位置を探索していた。昨日、3回目でその辺りで最も高い306.2峰(四等三角点・小川上)まで登って来た。

 その記録を参考に、足跡のある内にと、早速トレース泥棒をして来た。姉弟山のことが記載された説明板が設置されている文月開拓の小高神社は、子供の頃よく遊びに行ったYo君の家の前にあったことを思い出した。帰宅後、神奈川にいる彼に電話して聞いてみたら、とても懐かしがっていたが、姉弟山という山は初めて聞いたとのこと。神社は当時、樺太から引き上げてきて開拓した彼のお父さんたちが建てたが、建造に当たった宮大工は、当時同じクラスにいた向野のYaさんのお父さんだったとのこと。

 その神社の先のカーブ地点に車を置いて、昨日のも~さんたちの足跡を辿った。文月川から尾根に取り付き、その尾根伝いに306.2峰まで登った。奥に連なる北西隣のs300ピークの方が高そうに見えたので、そちらへも登ってみた。そのコルから南隣のc290ピークへも登って、306.2峰へ戻った。

 下山は、も~さんたちは248ポコ付近から八郎沼の方へ下っているが、すべて同じ所を歩くのも芸がないので、その手前から、登りのときに左手に気になったc280ピークへ登り、その南東尾根を下って文月川沿いの作業道跡へ出た。そのc280ピークへの登りの尾根で索道用のワイヤーロープの残骸を目にした。頂上には、索道の支柱と思われる木製の塔が残ってたのに驚いた。どこからどこまで繋がっていた索道かは不明だが、子供の頃、大野川に架かる鹿島橋のところまで、この方向の山を越えてくる索道(木材か鉱石を運搬)があったことを思い出した。これがそれだったのかもしれない?

 下山後、この山が見えるところを探してあちこち走り回ったが、結局清水川の交差点付近からよく見えた。いずれにしても、306.2峰が姉弟山という確証はないが、この辺りの山だったには違いない。も~さんの今後の調査に期待したい・・・。 


GPSトラックログ


②小高神社と道祖神
 この神社は、子供の頃よく遊びに行ったYo君の家(今の文月開拓会館の場所)の前にあったことを思い出した。


③この説明板の最後に「この辺りは松前藩の鷹場だった姉弟山(あねたかやま)へ通ずる所で、
 松前藩主も鷹狩りで良く通った道であった・・・」と記されている 


④小高神社から姉弟山だろうと思われる方向を眺める(306.2峰は見えない)
 左奥の高い山は696.3峰(点名・河汲沢)


⑤頂上手前のポコから頂上(中央)を望む


⑥306.2峰頂上・・・たくさんのテープが巻かれた棒杭が立ち、根元には四等三角点


⑦頂上の北西隣のピークから696.3峰(点名・河汲沢)を望む


⑧c270ポコからこの後登ったc280ピークを望む


⑨c270ポコとc280ピークとのコル付近で見つけた索道用ワイヤーロープ


⑩索道の支柱?・・・下でワイヤーロープを目にしてないと、いったい何だろうと思ってしまいそうな奇っ怪な形状だ。
子供の頃、大野川の鹿島橋のそばまでこの方向の山を越えてくる索道(木材か鉱石を運搬)があったことを思い出した。
これがその索道だったのかも?
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雪のないクリスマス

2013年12月25日 | 日常生活・つぶやき

 何度か雪景色になった函館だが、ここ数日は雪のない日が続いている。数年に一度あるかないかの雪のないクリスマスとなった。函館の根雪の平年値は12月16日だが、明日も雪は降りそうにもない。明後日以降の雪が果たして根雪になれるか?若い頃、雪のない正月もあったような記憶がある。

 五稜郭公園の冬の風物詩であるサクラの剪定作業が始まっていたが、これも雪の中でないのが不思議な感じだ。しかし、作業は捗るだろう。

 函館七飯スノーパークはなんとか一部だけだがオープンした。しかし、子供たちが冬休みに入ったにもかかわらず、ニヤマ高原スキー場とグリンピア大沼スキー場は、オープンできないでいる。


 「サンタのおじさん、ケーキ持ってきてくれないかな~」と催促する妻・・・雪がないからと言って、ブラッククリスマスにするわけにもいかないので、ウォーキングの帰りに1日遅れのサンタのおじさんになって買ってきた。1万歩歩いたって、カロリー的にはこのケーキ1個食べたらパーになるのだが・・・。

 午前中に、先日の「三段山」の山行記録をアップした
 http://sakag.web.fc2.com/sandan13.htm
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ローマへの道・冬物語

2013年12月24日 | イベント鑑賞・参加

  クリスマスイブの今日、北斗市の当別トラピスト修道院へと向かう並木道に手づくりのワックスキャンドル約300個が並べられる「ローマへの道・冬物語」と称される催しがあったので行ってみた。今年で2年目だそうだ。

 開会式会場とスタート地点の石別中学校では、石別フードマルシェと題した飲食コーナーも並び ビーフシチューやホットワイン、 おでんなどが販売されていた。また、聞き損なったが、開会式では石別中学校の生徒の夜ハンドベルの演奏もあった。

 「ローマへの道」の由来だが、トラピスト修道院のある石別地区では修道院と音楽を核とした地域活性化を目指して、毎年「石別ふれあいコンサート」を行ってきた。その際、修道院へ続く道を演奏しながら行進する音楽パレードを行っている。その修道院を聖地に見立て、そこへ続く道を「ローマへの道」と名付けたのだそうだ。その夏の音楽パレードは「ローマへの道・夏物語」と称している。


開会式会場とスタート地点となった石別中学校


スタート地点に建つ標柱と顔なし妻


昨年の様子・・・他サイトから借用


昨年のポスター・・・今年も同じデザインで2012年が2013年に変わっているだけ

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札幌ホワイトイルミネーション

2013年12月23日 | 登山・旅行
札幌まで戻って、21日に見損なった大通り公園のホワイトイルミネーションを見て歩いた。
明日で最後のせいか凄く混んでいた。

















この後、豊滝除雪センター(旧道路情報館)まで走って車中泊。

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XCスキー初滑走in白金温泉

2013年12月23日 | スキー・クロカン
 今日は朝のうちに三段山の二段目まで登って、新雪滑降を楽しみ、その後、白金温泉へ移動して、XCスキーの初滑走を楽しんだ。

○まずは、三段山の二段目まで
 夜中に10cmほどの積雪があったが、天気はあまりよくない。4人ほどで三段山の二段目辺りまで登って、滑りを楽しむことだけを目的に朝一でスタート。


賑やかな登山口(白銀荘前)・・・ぞくぞくとスタート


昨日より雪が厚くなったタンネの森


2段目の急斜面の下・・・徐々にガスが濃くなってきた

2段目の急斜面を登りきったところで戻った。
3:15スタート、登り1時間、下り15分


○白金温泉へ移動して、XC初滑走
 どこかで滑れればと思い、クロカン用のスキーや用具一式も持ってきた。運良く、昨夜の仲間から「白金温泉のクロカンコースがオープンしている」という情報をいただく。三段山から下山後、1時間かけてそちらへ移動した。


コース図・・・11~12月の期間だけ、国立大雪青少年交流の家が整備・管理している。
ここにこのようなコースがあることは知らなかった。


通行止めにした道路を圧雪車で整備し、クラシカル用のカッターも入れてある。


右は美瑛富士登山口へ向かう道路・・・ここがもっとも急だった。


天気が良ければ、十勝岳や美瑛岳が見えるはず


一瞬雲間から陽光が差した

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三段山

2013年12月22日 | 登山・旅行
 札幌を9時に出て、十勝岳麓の吹上温泉白銀荘(上の画像)を目指した。昼前に到着。天気に恵まれて、昼からだったが単独で三段山のテッペンまで登ることができた。
この時期にしては、珍しく風もなく素晴らしい天気だった、例年よりは雪が少なかったけど、ハイマツも隠れていて、滑りやすかった。
登り1時間50分、下り30分。

下山後、吹上温泉白銀荘でHYMLの14名のメンバーと合流し、宴会モードに突入。


白銀荘前から前十勝(右)と十勝岳(中央)を望む


2段目の緩斜面から前十勝ピーク(左)と十勝岳(中央奥)を望む


2段目の緩斜面から頂上を見上げる(左奥)


下から頂上を見上げる
残念ながらガスが懸かってきて、上ホロなどの十勝連峰の主稜線は見えなかった。


頂上標識・・・奥に見えるのは11月23日に雪崩で亡くなったN女史へ捧げられた花


テーブルに並んだHYML女性メンバーによる手作り料理


14名参加の宴会が16:00にスタート。21:00過ぎに終了
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藪山仲間の忘年会

2013年12月21日 | 登山・旅行




 本来であれば、昨日と今日は大滝クロカンスキーコースでの練習、今晩は札幌での藪山仲間の忘年会、さらに、明日と明後日は、十勝岳麓の吹上温泉白銀荘をベースにした山スキー登山のHYML三段山オフミの旅に出る予定だった。しかし、今年は雪が少なく、クロカンコースは、大滝も札幌の滝野自然公園もまだオープンしていない。クロカンは諦めて、直接札幌へ向かった。 

今日の藪山仲間の忘年会は、年に何度かお世話になっている「地図がガイドの山歩き」チームを中心としたメンバーで、今回は、10月の道北の鬼刺山の顔ぶれが北見や旭川からも集まった。たまたま私用で札幌へ来ることになっていた函館のSHOさんもお誘いしたら参加してくれた。 

一次会は、札幌駅に近い居酒屋、二次会はカラオケルーム、三次会は近くのチロロ3さんのマンションへ・・・そこで、3人がそのまま泊めていただくことに・・・。
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咲き出したシャコバサボテン

2013年12月20日 | 日常生活・つぶやき

 我が家のシャコバサボテンが咲き出した。ここ数年、寒くなるまで外に出しておいて、中に入れると気温差が大きすぎたのか、せっかく膨らんだ蕾が落ちてしまっていた。そこで、今年は蕾が小さい内に玄関の中に取り込んだ。すると順調に咲き出した。今年はたくさんの花を楽しめそうだ。


 冬場(北半球ではクリスマスの時期)に開花することから「クリスマスカクタス」とも称されるらしい。カニバとシャコバの違いが良く分からなかったが、茎の節ごとに一対の突起が隆起しており、これがシャコの身体を彷彿とさせるので、シャコバの名が付いたそうだ。
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はな垂れボンズの忘年会

2013年12月19日 | 日常生活・つぶやき

 大野中学校時代の古希記念同期会を10月に開催したばかりだが、いつも集まっている旧大野町(北斗市)在住メンバーの忘年会にお誘いが掛かったので参加した。

 会場は、北斗市の東前温泉しんわの湯だった。家からの距離を測ったら7.5kmほどなので、ウォーキングがてら歩いて行った。帰りは飲まない仲間が家まで送ってくれた。

 参加者は、卒業以来会ったことのないMi君も初めて参加してくれて、13名と賑やかだった。みんなが異口同音に口にしてたのは、「子供の頃の付き合いが今まで続いているのっていいよね。特に仕事関係の付き合いが一段落してからは、利害関係のないこのような付き合いが一番楽しい。誰も格好つける奴もいないし、自慢する奴もいない。格好つけたって、自慢したって、昔のはな垂れボンズの集まりだものサマにならねぇよな・・・」はい、本当に楽しかったです!

 いつものことだけど、このような楽しい会は時間があっという間に過ぎてしまうのが残念。



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家から函館山縦断

2013年12月17日 | 登山・旅行

好天で多くの登山者で賑わっていた

 朝から予報通り、スカッ晴れの天気になった。当初は初滑りに行こうと思っていたが、ここ3日ほど雪が降っていないこと、昨日の高温で雪が解けたのでガリガリ斜面になっているであろうと思って止めた。しかし、天気がもったいないので、家からスタートして空身で函館山を目指した。

 いつもは下りに利用する七曲がりコースから頂上経由で旧登山道を下る予定だった。家を出て、まずは住吉漁港を目指した。それは、海抜0メートルからの純登山をしようと思ったからだ。七曲がりコースを登って、千畳敷コースを歩いていくと、も~さんが、顔なじみのライフスポーツの女性メンバー二人と一緒にやってくるのと出会う。彼らは「焼き場の裏から入江山へ登ってきた」と言う。

 そんなルートは知らなかった。彼は、昔の地図をもとに要塞前の函館山の古い道を調査しているので、何かの道だったのだろう。まだ歩いたことのないルートなので、頂上への予定を変更して、入江山から彼らの足跡を辿ってそのコースを下ることにした。入江山までの間に20名ほどの登山者と出会った。

 入江山からの笹藪で覆われた北西尾根がそのルートだった。上の方は特に道の痕跡のない笹藪の尾根だった。下っていくと尾根を巻くような旧道の痕跡に出会うが、上の方には続いていなかった。それを辿って右へ進むと谷地形に出て、そのまま下っていくと火葬場の裏に出た。帰宅して地形図を見たら、その谷の中をつつじ山駐車場までの古い道が点線で記載されていた。

 帰宅後、電話で聞いたら、「以前、地図に載っている火葬場の裏からの谷の中の道の痕跡を辿ったときに、途中からこの尾根に向かって古い道の痕跡があったので、それを確かめたくて登ってきた。しかし、尾根のところで終わっていたので、そのまま藪尾根を登ってきた」とのことだった。納得!

 火葬場の裏側へ出るのは、あまり気持ちの良いものではないが、思わぬ形で、函館山の南側から北側への一番長いコースを縦走した形になった。あとは火葬場からの車道を通り、ドック前へ抜け、途中、市役所の食堂に寄って、安い昼食を食べて帰宅した。

 自宅発8:35~9:55住吉漁港~10:25七曲がりコース登山口~11:00千畳敷~11:35入江山~12:00火葬場~12:20どつく前電停~12:55市役所食堂13:30~14:30自宅着 所要時間(昼食時間を除く)5時間20分、歩数計31.000歩。 


住吉漁港から立待岬と七曲がりコースの付いている急斜面を眺める


ふるる函館の裏の道路から眺める市街地


地蔵山展望台から眼下の鞍掛山と海を挟んで汐首岬を眺める


地蔵山展望台の上のカシワ林のなかの道

 
も~さんご一行         も~さんとのツーショット


入江山から函館湾越しに駒ヶ岳~横津連峰を望む。右の手前のピークは観音山。


入江山から足跡を辿って北西尾根を下る。


火葬場下の墓地で目にした「天下の号外屋翁の墓」と説明板
 説明板には次のように書かれている。
「信濃助治は、明治27年(1894)年6月、衣類・コート・帽子・足袋のはてまで赤ずくめで来函した。同年11月、日清戦争の頃、彼は北海新聞の号外を函館市民にまいて”天下の号外屋”と称して売り出し、「赤服」と呼ばれていた。「赤心」(いつわりの無い心)は日本武道の精髄を表すとして、すべて赤色を用いたとのことである。日清戦争終結後は、戦勝記念に名将軍を全国に訪ねて書を頼むなど、奇行の多い人だったので、当時の地元の新聞にも奇人として紹介されている。」


数日前の強風で上の方が曲がったクリスマスファンタジーのツリーの修理作業が終了していた


市役所の食堂での昼食~フライドチキンカレー定食(うれしい510円)。ご飯は半分残した。



今日歩いた函館山部分のルート
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「日本奥地紀行」読破

2013年12月16日 | 日常生活・つぶやき

スケッチはイザベラバード自身の手による

 悪天候の日が続いたこともあり、イザベラバードの『日本奥地紀行』を一気に読み終わった。
 どう見ても、旅行家ではなく探検家であり、社会学者である。若い通訳一人を伴ってとは言え、47歳のイギリス女性が単独で、明治になって間もない頃の外国人が足を踏み入れたこともない、情報もない辺境の地やコースをあえて選んで過酷な旅を続ける姿には驚いてしまう。

 東北の地方の人々のくらしの貧しさの描写は、これまで、時代劇映画などでイメージしてきたことに比べると、それを遙かに超える酷いものである。現在は、どんな田舎に行っても、貧富の差や地域差を感じることがないだけに、わずか150年でここまで発展したものだと、変なところで感心してしまった。しかし、その辛辣な表現に比べて、彼女が非常に気に入った山峡の美しさの表現がまた緻密ですばらしい。

 東北の旅では、宿に着くと、珍しい外国人を見ようと中庭まで人垣ができ、宿を出れば村はずれまでぞろぞろ追い掛けてくる。宿のほとんどはプライバシーなどない部屋ばかりで、蚤や蚊で悩まされ、思うような食事も手に入らない。雨の中でも留まることなく旅を続け、洪水に遭遇したり、度重なる馬からの落下・・・精神的に本当にタフな女性である。この旅は最後まで言うことの聞かない馬との闘いの連続だったようである。特に北海道の雇う馬は、馬子は親切だが、ほとんど野生の馬を捕まえてきては虐待して無理矢理馴らせて、提供されるという状態なのにも驚かされた。

 東北の旅に比べると、当時外国文化がいち早く入っていて、彼女の頼れるイギリス人が住んでいて長期滞在ができた函館は、ホッとできるところだったようだ。「風の都」と称し、当時の商業都市の町の様子を詳しく表現している。屋根に石を並べている木造の町屋が並ぶ様子は貧弱でマッチ箱みたいだと表現し、大火のことにも触れている。

 函館からは、当時の七飯を通り、当時の札幌本道を抜けて蓴菜沼の宮崎旅館に泊まり、翌日森で1泊して、森から室蘭まで汽船に乗る。その後、白老~苫小牧~平取へと進むが、その途中は、もっぱらアイヌとの交流と観察である。特に平取や白老での滞在中の細かな民族・風俗・文化の観察と調査は微に入り細に入り、非常に詳しく記述している。アイヌ研究文献としても貴重なものであろう。それらの中で、アイヌの人たちの純朴さや礼儀正しさや優しさを讃えているのがうれしい。

 平取からの帰路、白老では、通訳を連れないでアイヌの案内人と二人で、道なき道を馬で分け入り、樽前山の外輪山にも登っているようだし、有珠でも有珠山の外輪山にも登っているようだ。室蘭からは陸路を通り、当時三険路のひとつと言われた礼文華峠越えの様子も詳しい。その後、長万部~八雲~森~函館と進んでいる。八雲と森の間の道はほとんどなく砂浜を歩いたようだ。その部分は快適な旅だったと記している。

 いま、このイザベラバードの歩いた道を辿る人が増えているという、道内でも、函館から平取までの彼女の歩いた道をフットパスに指定して、歩く事業が展開されている。これからは、山旅ついでに、それらの足跡を意識して辿ってみたいものだと思う。 
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ナイトウォーキング

2013年12月15日 | 日常生活・つぶやき

 今日、函館大沼スノーパークがオープンした。初滑りに行こうと思っていたが、吹雪模様だったので止めた。天候が回復しそうな明後日辺りにでも出掛けてみよう思っている。

 日中はイザベラバードの『日本奥地紀行』を読んで過ごした。明日には読破できそうな感じだ。

 夕食後、天候が穏やかになったので、堀の内側にイルミネーションが点っている五稜郭公園へナイトウォーキングに出掛けた。堀もすでにほとんど凍っていた。ウォーキングやジョギングをしている人も結構多い。

 数年前まで、一般住宅でもクリスマスイルミネーションを賑やかに点しているところが多かったが、最近は、節電モードのせいかめっきり減った感じがする・・・?


照明灯に照らされたサクラの木の影

 
自宅の近くの店頭の電飾と五稜郭タワー入口のツリー


ベイエリア裏側のツリーとJR函館駅のツリー(昨夜撮影)
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