平御幸(Miyuki.Taira)の鳥瞰図

古代史において夥しい新事実を公開する平御幸(Miyuki.Taira)が、独自の視点を日常に向けたものを書いています。

真央ちゃんに音楽療法の勧め

2006-10-30 12:10:42 | Weblog
 精神的な疲れというものは、本人が自覚した時は危険な状態に近いという性質があります。むしろ、本人よりも傍目の方が気が付いて「疲れてない?」などと訊ねたりします。スケート・アメリカで信じられないミスを連発した真央ちゃんは丁度、この本人が自覚しない精神的な疲れの中にあります。それがどうして分かるのかというと、一瞬の顔の表情に垣間見えるのです。それを説明するために、フリーのチャルダッシュという曲と黒と赤のコスチュームについては前に解説しましたが、ここではもう少し掘り下げてみたいと思います。

 前にも書きましたが、黒と赤の組み合わせは、色彩心理学では母親に対する葛藤を意味します。ただし、無能な東大出身の学者がどの様に説明しているかは分かりません。僕は、子供の心を見抜くと言われた故浅利篤先生(中学3年の時の美術教師)の独自の色彩心理学を信頼しているのです。先生の授業は、本当に驚きの連続でした。その体験があったので、僕は色彩心理学を信頼できるのです。

 さて、真央ちゃんが母親に対する葛藤を抱き始めたのは、週刊誌によるバッシングが起った時からだと思います(これ以降、ジャンプが乱れ始めた)。この心ない事件によって、真央ちゃんは母親に守られる子供ではなく、母親を守る子供という、立場が逆転した状態に置かれたのです。本当なら、まだ母親の翼の下でヌクヌクとしていたい時期に、その頼るべき翼を失ったのです。しかも、スケートの母親である山田先生とも強制的に離され、異国のアメリカに旅立たされたのです。

 チャルダッシュは、故郷を持たない流浪の民ジプシーの音楽です。ところが、故郷は女性名詞で母親なのです。母なる大地と言いますが、ジプシーは母親としての故郷を失った民となります。そういう意味では、今の真央ちゃんにジプシーの音楽はピッタリなのです。でも、基本的に母親(故郷)に対する葛藤を内包した音楽となりますから、何度も聴いていると辛くもなります。また、チャルダッシュは真央ちゃんの心を表しても、それが癒しとはならないのです。

 自分の心境にピッタリな曲と、自分の心を癒す音楽は別です。では、チャルダッシュに惹かれる心を癒すに最適な音楽は何でしょう?僕はそれを、モーツァルトのヴィオラに求めます。何故かというと、チャルダッシュが頭の中で繰り返して眠れなかった時、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K364」の第2楽章が心に響き、それでスーと癒される感覚を持ったからです。この曲はとても美しく、本質的な慰(なぐさ)めに満ちています。あるいは、赦(ゆる)しというものです。今の真央ちゃんに必要なのは、赦すという高貴な精神です。赦すという意味が分かれば、それによって自分も慰められるのです。

 神は、真央ちゃんに過酷な十字架を負わせていますが、試練を与えても仕方のない者には試練を与える事はありません。真央ちゃんが大きく成長するために、神は三年後・七年後を見据えて試練を与えているのです。もしかして、精神的に一番大人の織田君ならば理解できるのではないでしょうか。今は自分の事で精一杯の真央ちゃんですが、織田君みたいに気配りが出来るようになると、鬼(魔王=マオ)に金棒でしょうね。

            エフライム工房 平御幸(Miyuki.Taira)


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疲れている真央ちゃん

2006-10-29 15:07:38 | Weblog
 スケート・アメリカのフリーが行われ、真央ちゃんは予想通り3位でした。実は、秋華賞、菊花賞、と予想が当たり続けているのですが、真央ちゃんが気になって競馬の予想は書く気になれないのです。それ位、真央ちゃんは注目に値する天才なのです。

 多くの人は、フリーの失敗を心配するかもしれませんが、これは疲れが原因と考えられます。昨日のショート・プログラムのインタビューで、真っ先に「疲れました」と言った真央ちゃんですから、余程疲れているのだと思います。

 真央ちゃんは本来、ショート・プログラムで疲れるほどヤワじゃありません。昨年は、グランプリ・ファイナルを勝った後のインタビューで「疲れました」を聞いただけです。今回は、昨年のフリーの後と同じほど初日で疲れてしまったのです。そう言えば、キャンベルでも「バテた」と意外な事を口にしていました。

 真央ちゃんが疲れている原因は、環境の違いとハードなトレーニングにあります。年齢的に、馬で言うところのソエ(成長期の骨膜炎)が出ていてもおかしくないのです。ショートの直前にも、右脚を気にする素振りがありました。経験的に、ソエが出ていると歩く事も大変になります。また、織田選手のショート・プログラムを観戦していた浅田姉妹は、一目で疲れていると分かる仕草をしていました。ですから、完全な体調でなくてはこなせないフリーのプログラムは、今の真央ちゃんには酷すぎると予想できました。それが、3位という意外な結果を予想通りと受け止められた理由です。

 真央ちゃんが疲れている原因に、環境の変化による精神的なものもあります。でも、恐ろしく高難度のプログラムに挑戦する事で、真央ちゃんはスケートに没頭する自分を作り上げているのです。このような真央ちゃんを観ると、芸大の遙か先を見据えてデッサン力を磨いていた自分を思い出しますね。予備校で、目先の芸大受験向けの絵を模索していた仲間と先生を無視して、天才と呼ばれた先達の領域に近付く事だけを目標に精進していた自分。その年の芸大油絵科の過半数を占めた予備校で、日本画なのにデッサン・コンクールのトップに立った自分。僕も、コンクール前は端から見るとメロメロの仕事をしていましたから、真央ちゃんの目標とする物が良く理解できます。僕個人としては、今年の真央ちゃんはファイナルに出ないで世界選手権に絞った方がよいと思いますが。

 さて、もうじき天皇賞の発走ですが、ローエングリンとコスモバルク、それにスイープトウショウを応援します。

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浅田真央、黒の新コスチュームの真相

2006-10-19 17:30:42 | Weblog
 キャンベル国際で披露された浅田真央ちゃんの新プログラムですが、選曲、構成、コスチューム、それぞれに賛否が渦巻いています。大半は難曲に挑戦する真央ちゃんに好意的ですが、それでもコスチュームに関して的を射ている人は皆無です。

 真央ちゃんが今回選んだ曲は、前回も書きましたがモンティのチャルダッシュ。ハンガリー・ジプシーの舞曲がチャルダッシュですが、掲示板などではこの曲を理解出来ない人が多いようです。明るいとか暗いとかの単純な曲調ではなく、光の中に陰があり、陰の中に光があるという、希望と絶望が交差したような、極めて複雑な音楽がジプシー音楽の特徴なのです。それは、定着する土地を持たない、流浪の民が必然的に獲得した、極めてデリケートな民族意識かもしれません。

 真央ちゃんが流浪の民の音楽を選んだのは、真央ちゃん自身が流浪者となったからです。好きな食べ物は「絶対に赤出汁!」と断言していた真央ちゃんに、異国の地でのトレーニングは日本追放同然なのです。そして、日本からアメリカに拠点を移す事を決めた二人の母親、実の親とスケーターとして育てた山田先生の二人の母親に対して、真央ちゃんは複雑な葛藤を覚えているのです。それが、論議を巻き起こしている、黒地に赤い花の新コスチュームの真相なのです。

 色彩心理学では、黒と赤の組み合わせは「母親に対する葛藤」を意味します。浅利篤先生の分析では、母の叱責、不在、死亡、教師、となっています。真央ちゃんのホームシック説も流れていますが、それは大いにあり得る事です。赤い花は、二人の母親に対する不満を意味していますが、それが面積的には小さいので、爆発するほどの不満ではなく、真央ちゃんが鞘に収められるのです。でも、周りが何時までも気が付かないと、この不満は大きくなって取り返しが付かなくなる事もあります。出来るだけ早くフォローする事が大事ですよ。ちなみに、姉の舞さんが着る黒地に白ラインのコスチュームは、恐怖心を意味します。白鳥と黒鳥は、(恐らくはジャンプなどの)舞さんが克服すべき恐怖心の象徴なのです。

 ところで、構成については大いに疑問有りです。それは、曲全体を通しても4分そこそこの曲なのに、何故に編集しまくりなのか?ちなみに、デュランティという名のストラディヴァリウスで弾いている千住真理子さんの盤でも、4分02秒です。フリーは4分なので、冒頭のピアノのカットも必要ないし、曲の流れをおかしくする変な繰り返しも必要ないはずなのに、編集によって首を傾げるほどの構成となっています。これは直ちに改めるべきです。

 真央ちゃんのショートプログラムはショパンのノクターンだそうですが、ショパンも故郷ポーランドを失った作曲家です。真央ちゃんは日本に帰りたいのです。でも、真央ちゃんは弱音を吐かないで頑張っています。そうやって見ると、真央ちゃんは16才という年齢以上に大人だと思いますよ。フィギュアの選手は、織田君も性格が良いし、安藤美姫さんも愛すべき性格の持ち主です。仲が良くて支え合いながら、良きライバルとして認め合っているのですから、彼らの演技に観ている人が自然と引き込まれるのです。今のノービスが台頭するまでの、ここ数年のジュニアは空前の不作が続きそうですが、真央ちゃんたち史上最強世代が何処まで進化するか楽しみです。

           エフライム工房 平御幸
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悲愴な美しさ~新たな真央

2006-10-17 01:54:51 | Weblog
 フィギュアの06年の幕開け、日米の対抗戦が行われました。小塚君のいない男子はともかく、女子は日米とも凄いメンバーで興味津々でした。

 エミリー・ヒューズを上回った浅田舞さんは、コンビネーション・ジャンプを入れれば世界のトップクラスも夢ではありませんね。サーシャ・コーエンに勝った安藤美姫さんは、シェイプアップと姿勢の矯正でジャンプが戻ってきていました。電通によるオリンピック前のゴタゴタから解放されて、スケートに純粋に打ち込む気持ちが取り戻せたのでしょう。この二人に、陰の実力ナンバーワンの太田由希奈さんが加わって、バンクーバーの最後の枠を争うのではないでしょうか。ちなみに、村主さんと中野さんは伸びしろに疑問符で除外しました。

 さて、バンクーバー期待の真央ちゃんですが、アメリカでのトレーニングは凄まじいものがあるようです。新たにY字スピンを練習していましたが、その顔は苦痛で歪んでいました。今回、珍しく得意のトリプルアクセルを失敗していましたが、技術と体調面で完全ではないと感じました。本当の戦いは11~12月ですから、今はまだプログラムの完成度も7割程度でしょう。それでも、新たな真央ちゃんには悲愴な美しさを感じました。

 真央ちゃんは小学生の頃から、どの年齢でも年齢なりに完璧な体型を誇っています。これが彼女の最大の強みです。この天与の体を鍛え上げているので、その土台の上に、フィギュアに必要なあらゆるものが構築できるのです。でもそれは、天才のみに許される、悲愴な覚悟によって実現できるレベルなのです。

 今回のフリーの曲は、ヴィットリオ・モンティの代表作チャルダッシュ。ジプシーの旋律をヴァイオリンの独奏で奏でるのは、ロンドン生まれの女性ヴァイオリニストTasmin Little(タスミン・リトル)。彼女は恐らくは、リージェントと呼ばれるストラディヴァリウスを用いてこの名曲を弾いていますね。彼女は1757年製のガダニーニ(Guadagnini)を所有していますが、王立音楽アカデミーからストラディヴァリの貸与を受けていると思われます。

 チャルダッシュはハンガリーの舞曲ですが、モンティの曲は情熱を内に秘めたというか、同じジプシーでもカルメンのような明るさとは正反対の曲調です。日本人の演奏家では、諏訪内晶子さんが東方のジプシー曲を好んで弾いています。それは、ハンガリーのハンには、ユダヤ教の祭司であるコーヘンという意味がある事から、同じイスラエルの日本人には兄弟となる必然です。サーシャ・コーエンも同じコーヘンですから、日本人と同じように小柄なのです。

 チャルダッシュの、抑制された中に垣間見える情熱は、自分を殺して期待に応えようとする今の真央ちゃんにピッタリです。真央ちゃんの本心は、名古屋の学校に通い、クラブの後輩の模範となりながら、狭いスケートリンクで練習する事なのです。公立中学で友達と過ごす時間が貴重だった真央ちゃんには、本当は理想的な環境など存在しないのです。大人が与える理想的な環境に順応し、ある意味では自分を殺して期待に応えようとする、何とも健気な大和撫子が真央ちゃんなのです。

 真央ちゃんの表現したいものは、得点として表れるスケートの技術ではなくて、チャルダッシュに託された純粋な心なのです。僕は、真央ちゃんの演技が始まって間もなく、自然に涙が出るのを止められませんでした。それだけ。真央ちゃんの今の演技には悲愴的な美しさがあるのです。キス・アンド・クライの真央ちゃんには笑顔が無く、むしろ泣いているようでした。こんな真央ちゃんが心からの笑顔を見せてくれるようになる事を、心の底から祈らずにいられません。

         エフライム工房 平御幸

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ディープインパクト総括~なぜ酷量牝馬に負けたか

2006-10-09 14:09:26 | Weblog
 凱旋門賞から一週間が過ぎ、各メディアによる敗因分析も出尽くしたようです。でも、本音を書いている、あるいは放送しているメディアはありません。

 日本という国は、本当の意味でのジャーナリズムが存在しない異様な国です。常に世間や特定団体の顔色をうかがって記事を書くという姿勢ですから、本音というものは滅多に表に出てきません。今回のディープインパクトの敗因も、本音の大半は武騎手の騎乗ミスで一致していると思います。ですが、閉鎖的で知られる競馬サークルで取材をする難しさを知っているメディアは、気を遣って正面からの騎手批判は出来ないのです。

 武騎手の騎乗ミスを端的に表しているのが、実は同業者のコメントです。海外ではペリエなどが、先行した事、速仕掛け、を敗因と挙げています。岡部元騎手は、実況放送の半ばに「マダ!マダ!」と連呼しています。福永騎手は渋谷のパブリック・ビューイングのゲストに招かれ、「日本の馬はスピードがあるから、スーッと行ってしまう。外に出して包まれたくないと思い、引っ張ってシロッコの後ろに入れましたよね。あそこでディープが怒ってしまった。ユタカさんがイメージしていた競馬とは違ったのではないかな(以上、サンスポ)」と冷静なコメントをしています。けれど、コメントとは別に、腹の中では先行策を批判しているのです。それは、スタート直後の画面で「ヤバイ(マズイ)!」と顔を顰(しか)めている事で分かります(テレビ東京土曜競馬)。

 福永騎手は顔だけでしたが、口で批判している騎手もいました。それは隣の池添騎手で、明らかに「バカ!バカ!バカ!…」と数え切れないほど連呼していました。池添騎手の発した言葉が何故「バカ」だと分かるのかというと、実は僕も「バカ!下げろ!」を連呼していたから分かるのです。また、読唇術では「バカ」が一番分かりやすいのです。それにしても、テレビを見ていて「バカ」と品の無い言葉を発したのは、本当に何年ぶりの出来事です。それだけ、ディープの先行は衝撃的な愚策だったのです。

 ディープの敗因に斤量の差を上げる人がいますが、それこそ馬鹿馬鹿しい視点です。そう言う人に訊きますが、ではなぜ、2着に入った牝馬プライドにも差されたのですか?プライドは、日本では2キロ差の古牝馬が、1.5キロ差までしか許されない酷量なのです。ところが、プライドに対する恵まれた斤量差を敗因分析中に語っている関係者は一人もいません。これが、日本における競馬ジャーナリズムの底の浅さなのです。ディープは、プライドと同じ最後方からレースを進めたら、プライド以上に伸びてこられたのです。

 武騎手は、自分の騎乗ミスを認めようとしません。それは、狭い日本で日本一だとする自負でしょうが、ミスを批判しない報道も問題にされるべきです。勝負の世界で批判されないという事は、プロではないと同意なのです。日本の競馬サークル全体が、過保護で世界的な競争力のない危うい存在である事を証明するものでしかありません。

 最後に、競馬ファンの中にも「ディープでもダメだった」とするマイナス思考の発言と、「日本の他の馬にもチャンスが見えた」とするプラス思考の分かれた見方があります。僕は当然後者ですが、日本人は劣等感に苛(さいな)まれている人が極めて多いですから、前者の意見が多くなるのです。ディープの敗戦によって、ダメな日本人は落ち込み、そうでない日本人は勇気付けられるのです。ディープインパクトは、今の日本を映し出す鏡として、この上ない存在かもしれません。

        エフライム工房 平御幸(Miyuki.Taira)

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自然体の難しさ~ディープインパクトの敗因

2006-10-02 16:46:50 | Weblog
 凱旋門賞でディープインパクトが負けた理由は、余所(よそ)行きの競馬に尽きます。調教師も含め、スタッフ全体がリラックスしていなかったので、それが賢いディープインパクトに伝わり、微妙にリズムが崩れていたのです。

 取材規制があっただけでなく、池江調教師が前夜祭のパーティを欠席し、レースに全てを注いでいると報道がありました。でもそれらの態度は、馬にとってはマイナスなのです。特にディープインパクトは、レース前半を遊びながら走った時の方が好結果なタイプの馬なのですから、周りが緊張すると気を遣って力を発揮できないのです。

 武騎手も、パドックでは緊張して青ざめていました。それで、レースでは血迷って先行し、しかも道中で無理に外に出すなど、いつものディープインパクトとは異なった騎乗をして、ディープインパクトのリズムを失わせてしまったのです。ディープインパクトは、レースのタイムが遅いと苦戦するタイプです。弥生賞、有馬記念、凱旋門賞、例年の勝ちタイムより2~4秒も遅いレースでは、負けるか勝っても辛勝です。これが、同じサンデーサイレンス産駒でも、スローペースに強かったマンハッタンカフェとの決定的な違いです。マンハッタンカフェが今年のレースに出ていたら勝てたでしょう。

 ディープインパクトは、ミスターシービーやダンシングブレーヴのように乗り方が難しい名馬なのです。ですから、小頭数になった今年の凱旋門賞では、前半は最後方からポツンと離れるくらいで遊ばせて、最後の600mだけレースをするというのがディープインパクトにとっての理想だったのです。

 武騎手は、日本では天才扱いされますが、世界的には普通の騎手です。本当の天才はデットーリ騎手クラスの事を言うのです。海外で長距離レースを勝った事のない武騎手には、凱旋門賞は荷が重いのが現状なのです。ですから、来年の凱旋門賞のディープインパクトの鞍上は、デットーリやペリエなどの外国人騎手に変えるのが理想ですが、それも出来ないでしょう。それは、日本の競馬がまだヌルマ湯の中にある事を意味するのですが。

 ディープインパクトの実力は、ハリケーンランとシロッコに先着したところで評価されるべきです。ですから、レースでは負けましたが彼らとの勝負では勝っていたのです。ディープインパクトがレースでも勝って真の世界チャンピオンになる道は、スタッフ全体がリラックスして自然体で臨む事。これ以外にありません。できたら、日本から3~4頭程度は一緒に出場し、ディープインパクトやハーツクライが孤立する環境を改めるべきです。世界の社台ファームがそれをしないのは、怠慢でしかありません。社台の兄弟は仲が悪いのかな?エルコンドルパサーが教えてくれた、凱旋門賞挑戦への理想的なステップも、今回は生かされませんでした。

 ディープインパクト以外にも、オペラハウスの最高傑作メイショウサムソン、フジキセキの最高傑作ドリームパスポートなど、ヨーロッパでも活躍できる馬はたくさんいます。少し前の、宝塚記念でシンボリクリスエスとネオユニヴァースを子供扱いしたヒシミラクルなどは、明らかにスタミナが要求されるヨーロッパ向きです。サッカーボーイの子供は、ヨーロッパの方が向いているのではないでしょうか。芝が深い洋芝だった頃の阪神を得意にした、メジロマックイーンやトウカイテイオーなども、絶対にヨーロッパ向きだったと思います。挑戦しないで能書きを垂れるのはやめて欲しいですね。という事で、来年以降に期待しましょう。気軽に挑戦すれば結果は自ずと付いてきます。心配するのは信仰心の欠如なのですから。

            エフライム工房 平御幸(Miyuki.Taira)

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