cheeze_art's blog

The life as the diehard

そもそも発端からして過ち...

2013-07-31 18:00:35 | 虎落り言(Mogari-talk)
原子力発電によって電気を売り、莫大な利権を得んが為、強引に推し進めてきた東電及び他の電力事業者、
そしてそれを許可した政府機関が今問われることは、地球環境に対して、
今後何世紀にも渡り決して償うことが出来ない大罪を犯したという事実でしょう。

下記のデータは、アメリカ海洋大気庁 NOAA - National Oceanic and Atmospheric Administration が
7/10頃の太平洋の様子として発表した内容らしいです。
7/5頃までは通常レベルとして東電が計測していた汚染濃度らしいですが、
7/8には汚染レベルが急激にあがり(通常の約90倍*)
翌日の7/9には22倍までの上昇に落ち着きましたが、東電からの説明は開示されず、
7/10にNRA(たぶん原子力規制委員会 - Nuclear Regulation Authority)が
福島第一原発に由来するものだと発表?問題定義した?とありました。
でも日本の原子力規制委員会のサイトでは情報見つけられずです。
http://www.nsr.go.jp/news/

近日の原発情報を細かに追ってなかったけれど、汚染水が地下水から漏れた話は、
テレビでも流れてました。あまり大袈裟には流れてなかったけど、
マスメディアだから仕方ないかな。原発再稼動どころの話じゃないと思うんですが、日本。



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青い光(death fluorescence)

2013-07-30 19:12:13 | 虎落り言(Mogari-talk)
 人の死。そして動物植物を含めた全ての生命の死。昔からその死の瞬間は、その生物の
体を為すところから、魂とされるものが離脱することが、死の意味するところであった。

 私の人生の内、何度か死の瞬間に立ち会う機会があったが、未だその離脱するものを見
たことはない。しかし死に関わる商売をする、例えば葬儀関係や墓石関係の方々の一部に
は、昼間であってもその魂らしきもの離脱と遭遇したことがあると聞き及んだ。

 また私の祖父や昭和初期に生きた方々からよく聞かされた話では、田圃や墓地の辺りを
様々な形をした火の玉が飛んでいるのを見た。そしてその火の玉は、死者の魂が浮遊して
いるとか、燐というものが発光しているなどとも聞かされた。
 
私はそれらの話を聞いて、田圃は腐植土や堆肥、墓地は土葬が主流だったので、腐敗した
ガスに何らかの空中放電が作用して、火の玉が浮遊していたのだと、納得していた。
 
 しかし、最近の科学では、それが違った意味合いで研究対象にされているようだ。下記の
ヒトも、死ぬときに「青い光」を放つ?という研究論文によると、それは生命体の死の瞬間は、
発光する「death fluorescence(死の蛍光)」が確認出来たとある。

 死の瞬間...青い光を放つ。それは神秘的で、何とも神々しい事ではないかと私は感じた。

------------------------------------------------------------------------------------
生きている状態(左側)と、死の状態(右側)


 死にゆく線虫に紫外線を当てて観察することで、死の過程で青い蛍光が放たれることがわ
かった。この光は次第に強くなり、死の瞬間に最大に達し、直後に消えるという。この研究は、
細胞死遅延薬の開発に役立つ可能性もある。

 「ブルーな感じ」という言葉が、これほど決定的な意味を持ったことはなかった。新しい研究
によって、線虫が死ぬときに青い光を放つことがわかったのだ。研究者らによれば、この光は
死が秩序だったプロセスであることを示しており、遅らせることができる可能性もあるという。

 細胞死にはふたつの種類がある。ひとつは血行不良や外傷など、細胞内外の環境の悪化
によって起こる壊死(ネクローシス)と呼ばれる過程だ。もうひとつはアポトーシスなどの「プロ
グラムされた細胞死」と呼ばれるものだ。これは必要に応じて誘発される管理・調節されたプ
ロセスで、個体をよりよい状態に保つために積極的に引き起こされる細胞死だ(癌化した細胞
を取り除いたり、発生過程でオタマジャクシがカエルに変態するときなどにこのプロセスが起
こる)。

 だが、(ヒトなどの)多細胞生物が個体として死ぬ場合は、死という現象を正確に定義するの
がもっと複雑になる。個体の死は、細胞群の個別の死によって説明できるものではないからだ。
生物の個体が生きるのをやめる瞬間の定義は難しい(日本語版記事)。そもそも、個体が死に
向かうプロセス自体がよくわかっていない。

 ユニヴァーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)のデイヴィッド・ジェムズらは、線虫の一種シー・エ
レガンス(学名:Caenorhabditis elegans)が死にゆく過程を顕微鏡で観察し、『PLOS Biology』
誌に論文を発表した。

 ジェムズ氏らは、紫外線を当てると死にかけているシー・エレガンスの内部が青色の蛍光を
発することを発見した。研究チームが「death fluorescence(死の蛍光)」と名付けたこの光は、
シー・エレガンスの細胞が壊死していくにつれて強くなり、死の瞬間に最大の光強度に達したあ
と、すぐに消えた。

 この発見は驚くべきものだ。というのも、自然死しかけている線虫と、極端な暑さや寒さにさ
らされるなどのストレスが原因で死ぬ線虫、その両方で青色蛍光が観察されたからだ。

 シー・エレガンスは体の一方から青色の光波を発し、この光波は死に至るまで腸に沿って伝
播していった。この順序だった伝播は多細胞生物の個体において、一連の調整された「自滅」
信号を通じて死が訪れる可能性があることを示唆している。

 研究者らは青色蛍光の原因について、カルシウム信号に関連する生物学的経路が活性化
され、最終的にはアントラニル酸と呼ばれる物質によって蛍光がもたらされることを発見した。
青色蛍光のきっかけは、アントラニル酸が突然生成されたことではなく、アントラニル酸を閉じ
込めていた細胞膜が壊死と同時に破れて、細胞内の酸性コンパートメントからアントラニル酸
が放出されたことだった。

 研究チームがカルシウム信号の経路を塞いだところ、ストレスが死の原因である場合には、
細胞膜の破裂を遅らせることができた。だが、加齢による死の場合には破裂を遅らせることは
できなかった。これは、加齢による死にはカルシウム信号だけでなく、ほかのプロセスも関係
していることを示唆した。

 この研究は、加齢による死が細胞レベルで損傷が積み重なった結果にすぎないという説に
疑問を投げかけるものだ。生命が限界に達する時は、協調された作用によって決まっている
可能性がある。

 死の進行をリアルタイムで分析することは、死を遅らせる方法を理解し、開発するのにも役
立つ可能性がある。いずれにしろ、われわれは最期のときに「光」を見るのかもしれない。


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神の感覚

2013-07-29 16:41:45 | 虎落り言(Mogari-talk)
神道における神とは、信仰や畏怖の対象であり、
「八百万の神」とは、非常に数が多いことの例えである。

そして神を定義するならば、神の意味について理解するならば、
古代の日本人は、山、川、巨石、巨木、動物、植物などといった自然物、
火、雨、風、雷などといった自然現象の中に、神々しい「何か」を感じ取った。

この感覚は今日でも神道の根本として残るものであり、
小泉八雲はこれを「神道の感覚」と呼んでいる。
.....以上、ウィキペディア掲載記事の神 (神道)より一部抜粋。

私は、神道を信じる者として、古代の日本人が自然物や自然現象を神格化し、
自然と共に生きる心のあり方、自然現象を畏怖する健気さが好きである。

現代人は、科学進歩と共に自然を支配し、自然を畏れることをしなくなった。
それは、つまり自然の心を忘れ、生き物としての健気さを捨て去ったに等しい。

山を削り、海を埋立て、川を制御し、気象に分け入り、大気を汚し、土を変え、
命を弄び、種を絶やし、光と闇を操り、挙げ句に「神」を紛い物とさえしている。

私は思う。神は神であるから神であるのだと...
山は山であり、川は川であり、海は海であり、石は石であり、木は木であり、
動物は動物であり、植物は植物であり、宇宙は宇宙であり、神は神であると...


自然は人々に恩恵をもたらすとともに、時には人に危害を及ぼす。
古代人はこれを神々しい「何か」の怒り(祟り)と考え、
怒りを鎮め、恵みを与えてくれるよう願い、それを崇敬するようになった。

小泉八雲の言う、神々しい「何か」を感じた「神道の感覚」即ち「神の感覚」、
それはつまり、日本の根源であり、日本人の生い立ちであると私は考える。



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夏の風物詩

2013-07-28 19:26:34 | 歳時記(Spells the season)
夏の今時分になると、家の周辺では四方八方で花火が上がります。

それはある程度、市の広報などで識ることが出来るようですが、
隣や向こうの街で上げられる花火については、突然聞こえ始めます。

夕食が終わり、そろそろ寛ごうという時間を見計らってドドッドーン、
外に出て見ると、光が夜空を彩り、鈍い雷鳴の如き音が続きります。

それが十数発も打ち上げる頃には、夜空が煙に燻されて雲となる。

ドドッドーンが終盤になると、続けざまに様々な色や形か打ち上げられ、
その刹那、暗闇はただ瞬き光り、煙幕は漂い夜空の端まで覆っていく。



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大人しい週末の過ごし方

2013-07-27 12:55:10 | 戯言記(miscellaneous thoughts)
本日は、大人しめの週末を過ごしています。

明け方まで、録画してたアクション物を観て、
故に、朝はゆっくり起き、遅めの朝食を摂り、
それから少しの時間、facebookを楽しみ...

昼近くになり、車で整形外科まで出掛ける。
先日事故で傷めた右膝にマイクロ波を当て、
腰の注射をして貰い、薬を貰って帰宅する。

昼食後は自室に籠もり、エアコンフル運転、
PC&TV&light onで、電力過剰消費のまま、
惰眠をチョイス、大人しく週末を過ごします。



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空模様(datsun-roadsters)

2013-07-26 18:55:11 | 戯言記(miscellaneous thoughts)
今日は、昨日からの天気予報とは打って変わって、
午前から2度ほどスコールの如き強雨に見舞われ、
バイク移動するにも、合羽を着たり脱いだりでした。

そして昼前、某所で知人と打合せ後に外へ出ると、
今度は、すっかり陽が射す夏空に戻っていたりして、
目まぐるしく変わる天気に、翻弄された一日でした。

明日土曜日は、バイクにて気晴らしツーリングしたく、
少し安定した天気になってくれればと願っています。



夜、ネットで素敵な映像を見つけたのでアップします。


【ビデオ】美しい車と美しい風景 ダットサン「ロードスター」がカリフォルニアを走る
http://jp.autoblog.com/2012/12/23/petrolicious-drinks-in-the-glory-of-two-datsun-roadsters/

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初鮎

2013-07-25 18:10:02 | あるがまま(Nature)
今日も高知は、35℃以上の真夏日でした。

そんな暑い日中でも、蝉は逞しく啼き続け、
夕方帰宅した庭でも数匹が啼いていました。

先の日曜日に知人が釣ったという鮎を頂き、
暑気払いしてビールの肴にして食しました。

今時分の鮎は、小振りのものばかりですが、
それでも結構、鮎の味と香りを愉しめました。



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今年は暑い

2013-07-24 18:42:16 | 歳時記(Spells the season)
今日午後、ある会社に勤める女性と話をさせてもらったが、

彼女が言うのには、今年7月は例年と比べて兎に角暑い。

去年よりも一昨年よりも、今年は、兎に角暑いと仰います。



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大暑

2013-07-23 14:14:57 | 歳時記(Spells the season)
一年で最も暑い時期とされる大暑...

だが今年は空梅雨からずるずると夏になったので、

湿度にも暑さにも身体が馴れてしまったので、

本来、とても暑いはずの大暑が解りづらい。

高知では、8月24・25日の志那祢様までが暑い。
http://www.tosajinja.i-tosa.com/index.html



暑気いたりつまりたるゆえんなれば也(暦便覧)

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土用の丑の日

2013-07-22 17:47:08 | 歳時記(Spells the season)
普段より早めに帰宅したら、通路の黒鉄黐に賑やかな蝉の声。

手の届く処のニイニイゼミが、チイチイ、ジージー啼き続けている。

接写を撮る為近づいても、それを意に介さず啼き続けている。

暑い夏の盛りに、蝉に間近で啼かれると余計暑く感じるけれど、

長い間土中暮らしから地上に出た蝉の求愛行動が故の啼き声。

こちらも辛抱して、今日は慎ましくウナギ弁当でも頬張りましょう。



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