ひょうきちの疑問

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「土佐へ」 お遍路記 16日目 札所なし

2021-09-28 12:46:52 | お遍路記 「土佐へ」

【16日目】 晴れ
 【札所】なし
 【地域】室戸市(室戸岬町) → 室戸市(吉良川町) → 羽根岬 → 
     奈半利町 → 田野町 → 安田町(唐浜)
    【宿】 金剛頂寺宿坊 → 民宿「とうの浜」

 昨夜はついに一睡もできませんでした。
 なぜ眠れないのだろう。こんなに疲れているのになぜ眠れないのか、自分でも不思議です。ずっと宿坊や民宿に一人寝をしていると侘しさもつのります。それに遍路をしていると気持ちが高ぶっているようです。まだ遍路ころがしも残っているのに、このままでは体がもちません。
 このことは想像していないことでした。足が痛かったり、風邪を引いたり、そういうことばかり心配していましたが、眠れないことは想定していませんでした。

 昨日は津照寺を打った後、金剛頂寺に直接登らずに、ちょっと遠回りをして行当岬の不動岩を見てきましたが、今朝、宿坊の女将さんにそのことを言ったところ、不動岩はこの金剛頂寺が管理しているお堂だそうです。
 「それはありがとうございます」と奥さんからお礼を言われました。
 ただ奥さんもだいぶご高齢で、助っ人の女性も早朝は来ていないようで、食事の準備は1人で大変なようでした。

 朝7時20分、26番の金剛頂寺を出発しました。
 次の札所は神峯寺(こうのみねじ)ですが、今日はそこまでたどり着きません。神峯寺のある山の麓の民宿「とうの浜」に泊まります。

 この金剛頂寺のある山の頂上は雑木林ではなく農地が開けています。そして集落があります。農作業をしている人が見えます。その集落の中に金剛頂寺があります。
 宿坊を出てすぐに、軽トラに乗った地元のおじいさんに呼び止められました。
「あっち、あっち、右、右」
 軽トラに乗ったおじいさんは、わざわざ軽トラから降りて、私に道を教えてくれました。
 どうも曲がる場所を見落としていたようです。ちょっと戻ってみると確かに小さな畦道があり、遍路道の標示もありました。
「オレもどうせオレも車で下まで降りるんやから、乗せて行こか」
「ありがとうございます。でも歩いて回ってますから」と私は丁寧に頭を下げ、お断りしました。
 村の人たちは親切です。そして教えてもらった遍路道に入りました。危うく道を間違うところでした。入った遍路道は小さくて狭い道でした。

 午前7時50分、約30分かかって金剛頂寺から下界に降りてきました。
 次の札所の神峯寺へ向かって歩きます。ここは民家の横を通る遍路道ですが、そのすぐ南の海岸沿いを走る国道に出て、海を見ながら歩きたいと思います。

●写真 7時45分  この山の上に金剛頂寺がありました



●写真 7時45分  金剛頂寺を降りた村の様子


 昨夜は一睡もできませんでした。妙に頭の芯が興奮しています。最近そういう状態が続いています。昨日は少しも眠くなりませんでした。今日は、唐浜(とうのはま)まで25キロ、私にとっては長い道のりですので、体力的にきついだろうと思います。眠れなかった疲れが来なければいいが、と多少心配です。なるべく体に負担がかからないように、3時前には宿に着けるように歩きたいと思います。今日は無駄なく歩いて早く宿に着きたいと思います。ここ数日眠るのが非常に難しく、疲れがたまっています。どうしたのでしょうか。それでも歩けるのが不思議です。


●写真 8時1分  吉良川町手前の海岸




●写真 8時4分  吉良川町手前の国道



●写真 8時22分  吉良川町手前の海岸



 室戸市の吉良川町は町並み保存の運動があって、きれいに家並みが整理されていました。ここは東の川と西の川に挟まれた小さな平野を形成していました。きれいな昔ながらの土倉もありました。


●写真 8時35分  吉良川町




●写真 8時35分  吉良川町




●写真 8時38分  吉良川町の赤いだるまのポスト




●写真 8時39分  吉良川町




●写真 8時43分  吉良川町の案内板




●写真 9時45分  羽根岬へ向かう海岸




●写真 9時47分  羽根岬に向かう国道




 このあたりは山が海岸まで迫ってきてますが、その海岸まで迫ってきている山の上は海岸段丘になっていることをあとで知りました。前にも載せましたが、グーグル写真で見ると、山の上が平地になっています。しかし歩いているときには、そのことにまったく気づきませんでした。「山が迫っているなぁ」、そう思ってただただ歩いていました。山の奥はまた次の山が続いているだろうと思っていましたが、そこは平らな平地で農地が広がっていたのです。こういう地形は私にはかなり珍しいものです。
 「登って見てみたかった」とあとで思いましたが、その時はそういう余裕はありませんでした。それに山の傾斜はかなりの急で、簡単に登れるようなものではありません。


●写真 グーグル地形図




●写真 9時58分  羽根岬に向かう国道



 午前10時過ぎ、吉良川町を過ぎたあたりで、国道沿いを後ろからきた軽自動車が私の前で突然止まりました。けっこう交通量が多いところで、前に止まったままだったので、「何かな」と思ったら車の左の窓が開いて、そこからミカンが2個出てきました。私へのお接待でした。運転していた方は70代のおばあさんで、「暑くて大変ですね」と言われて、私は両手を合わせて拝んで受け取りました。ただ納め札を渡すのを、また忘れてしまいました。お接待を受けるときには自分の名前を書いた納め札を渡して、「南無大師遍照金剛」と唱えるのが作法とされています。


●写真 10時58分  羽根岬付近の工事




●写真 10時58分  羽根岬の海岸




 吉良川町の先の羽根岬を通る時には、その手前に近道の山越の遍路道があるのですが、その遍路道を通ると小高い半島の山を110mほど登らないといけません。遠回りでも岬の平坦な国道を通って行きました。体が疲れています。足のマメが痛いのと、眠れないのとダブルパンチです。足が重いです。

 羽根岬を過ぎると、奈半利の町が向こう側に見えました。お椀状に海岸がへこんでいて、その先に見えるのが奈半利の町のようです。そのまた奥の遠くに高い山が長い半島状に見えます。「あれが足摺岬かな」と思いました。


●写真 11時4分  羽根岬の国道




●写真 11時15分  羽根岬の標識



 国道沿いはずっと続く防波堤があって、右手には山が差し迫っているのですが、さっき言った吉良川町あたりは、けっこう山と海岸線の間に幅がありました。所々に漁港があります。この羽根岬にも羽根漁港がありました。町ごと村ごとに漁港があるようです。


●写真 11時23分  羽根漁港




●写真 11時26分  羽根漁港



 そこを過ぎると奈半利町に入り、入るとすぐに御霊跡がありました。国道を下りるとすぐの海岸ベタに大師堂がありました。トタン葺きのような小ぢんまりとしたものでした。


●写真 11時34分  御霊跡




●写真 11時35分  太師堂




●写真 11時37分  海岸



 12時半、今日は異常に気温が高いです。たぶん25度ぐらいあると思います。今日も昼食にカロリーメイトを流し込みました。スマホを見ると妻から、16歳になる飼い猫の具合が悪いというメールが届いていました。

 昨日はとうとう一睡もできず、そのせいで体調が悪く、足取りも重いですが、ここまで来れば半分以上は過ぎました。あと11キロ、どうにかなりそうです。
 ここ奈半利町に入ってから先の2~3キロは日陰がなくて困りました。国道沿いの小屋の建物の裏に30センチほどの小さな日陰があり、その日陰を利用して昼食を食べました。
 しかし休息している間に太陽が動いて日陰がほとんど無くなりました。こういうときに菅笠をかぶっていると便利です。これがないと直射日光に照らされながら昼食を食うことになります。体調が悪い私に、日光を防いでくれるのはこの菅笠以外にありません。ありがたいものです。この菅笠を一度かぶると他の帽子はかぶれません。


●写真 12時8分  靴脱いで休憩




●写真 12時37分  昼食時の海岸




●写真 12時38分  休憩場所


日陰がありません。


 奈半利(なはり)は結構大きな町で、この平野は今まで見てきた平野と比べると、かなり広く大きく見えます。

 この奈半利の町から北に5~6キロさかのぼって山間部に入ると、そこが北川村になります。そこが明治維新の中岡慎太郎の出身地で、今も生家が残っているようです。室戸岬に銅像が建っていたあの中岡慎太郎です。この先、高知市まではかなりの道を歩かなければなりませんが、高知市からこんなに遠くはなれた山間部の村からも明治維新で活躍する下級武士が出ていることに驚きました。
 途中で後ろから来た若い男性に追い抜かれました。奈半利の町中のコンビニで買い物をしたときにもいっしょになりましたが、軽く会釈をした程度でした。歩き遍路で若い日本人は珍しいですが、今日は土曜日なので、土日を利用しての区切り打ちかも知れません。


●写真 13時52分  奈半利町


奈半利(なはり)という地名は変わった名前です。どんな意味があるのでしょうか。


●写真 14時12分  奈半利町




●写真 14時15分  奈半利駅




●写真 14時23分  奈半利川(河口を見る)




●写真 14時23分  奈半利川(上流を見る)


この奈半利川をさかのぼった山あいに、中岡慎太郎の生家があるようです。


●写真 14時23分  田野町


奈半利川を渡ると田野町です。


●写真 15時7分  安田町の海岸


30分歩いて安田町に入ります。今日の宿がある町です。


●写真 15時13分  神峯寺の標識




●写真 15時15分  安田川を渡る




●写真 15時15分  安田町の海岸




●写真 15時23分  安田町の海岸




●写真 15時28分 安田町の集落




●写真 15時31分  民宿「とうの浜」が見えた




 午後3時40分頃、民宿「とうの浜」に着きました。ここは高知県の奈半利を過ぎた安田町です。奈半利から田野町を通って安田町の民宿「とうの浜」に着きました。

 2日前に室戸岬を過ぎると海の様子が急に和やかになります。山も室戸岬までのように海岸までせり出していなくて、山と海岸の間にはかなり幅があります。そこに集落や町並みが続いています。所々の山すその谷を通って川が流れていて、その川に沿って小さな扇状地状の平野があります。
 この奈半利の地形は、西と東が小さな半島状に山が突き出ていて、明日はその山と山の谷筋をさかのぼって神峯寺まで登っていくことになるようです。その山と山の間に平野があって、民宿「とうの浜」はその平野の海沿いにあります。民宿の前には海に面した防風林があります。

 この宿に今日は12~13人泊まっているようですが、昨日も一緒だった神奈川県の茅ヶ崎からの男性、それから長野県の野口さんとまた一緒になりました。2人とも今日すでに神峯寺を打たれていました。野口さんは、神峯寺への上り下りに2時間半かかったと言われました。野口さんの足は速いから、私の足だったら頂上でのお寺での休憩も入れて3時間半はかかること思います。
 そのほかに、大阪から来たという主婦(学生かと最初は思ったんですが)だという若い女性がいました。彼女は区切り打ちで、ちょこちょこお遍路に来ているということです。彼女も、国道を歩いていると前に車が止まり、左の窓からミカン2つが出てきて、運転されていたおばあさんからミカンをもらったそうです。お接待には、自分の代わりにお遍路さんにお参りしてもらうという意味もあるそうです。運転されていたおばあさんは、そういう願いを込めてお接待をされているかも知れません。
 それからもう一人は、静岡県から来たという60前後の女性です。その女性は今回初めてのお遍路で、歩きとバスなどもまじえて回られているようです。夕食時、5人で同じテーブルを囲みました。女性2人の名前は知りません。

 60前後の女性がさかんに「歩きは大変でしょう、疲れるでしょう」と言われるので、私が「疲れているのに眠れません」と言うと、その女性が「気持ちがハイになっているんですよ」とサラリと言われました。きっとこの女性も同じなんだと思います。何が彼女にお遍路をさせているのか、ちょっと気になりましが、お互いそういうことには触れません。落ち着いた雰囲気の女性でしたが、何かを求めてさまよっているような雰囲気がありました。
 あと6、7人ぐらいは男のグループで、遅く宿に到着して、あとで食事をされていましたので、仕事での宿泊なのかも知れません。



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