como siempre 遊人庵的日常

見たもの聞いたもの、日常の道楽などなどについて、思いつくままつらつら書いていくblogです。

「翔ぶが如く」を見る!(12)

2009-09-11 23:59:17 | 往年の名作を見る夕べ
この回から、幕末劇のスター中のスター、坂本竜馬と勝海舟が登場します。竜馬と勝の最初の登場シーンは、司馬さんの代表的名作「竜馬がゆく」の同シーンに準拠していて、鈴虫のくだりとか、海舟と吉之助の出会いの場なんかはそのまんまですが、そこがまたファンとしてはうれしくて、ニヤッとさせられるところだったりします。
 また、竜馬の佐藤浩市さん(当時30歳)が素晴らしくはまっているんですよね。わたしは、いままで映像化された竜馬役のなかでは、佐藤浩市さんが一番好みかもしれないと、漠然と思っていたのですが、確信を持ちました。すごく天然で、愛敬があって、えもいわれぬ凄みもあって素敵な竜馬です。竜馬と勝の漫才はほんとに楽しく、心地よく、ここでぜんぶ再現したいくらいです。
 というわけで、幕末ファンにはこたえられない場面にはいっていきます、第22話・23話をみていきましょう。

第1-22話「燃える思い」

 慶喜(三田村邦彦)の大ハッタリで、参与会議はむちゃくちゃなことになります。開国・富国強兵をスローガンに進んできたのに、ここにきてとつぜん「国の方針は攘夷」とか言い出した慶喜に、なにを考えているのかと不信を抱く久光(高橋英樹)。が、一蔵(鹿賀丈史)は、それは慶喜の方便で、開国を主張する薩摩を政治の中心から締め出すためではないかと。実際、慶喜は松平容保(若松武)を味方に引き入れて、参与会議のぶっ潰しを狙っているのです。
 じっさい、薩摩藩士は京都でも嫌われていて、若い藩士達はストレスが溜まっています。「命は惜しくごわはん、ハッキリ敵を決めてたもんせ」と、若い信吾(緒形直人)なんかはイライラしているのですが、そうなるとすぐ「幕府討つべし!」となってしまう。でも幕府を討てば朝敵です。どげんする…と迷走するおいどん達。こういうときに、ビシッと道を決めてくれる人は1人しかいない!それは吉之助(西田敏行)サアじゃ!!
…つうわけで、おいどん連中は一蔵を通じて、吉之助呼び戻しの陳情をします。吉之助にいちばん帰ってきてほしいのは誰よりも一蔵なのですが。一蔵は、そのまえにまず話したい人がいる、といって料亭に一席もうけ、信吾を招きます。ずーっと一蔵にわだかまりをもっている信吾は、懐柔なんかされないぞ!と頑なな態度で一蔵と向き合いますが、 一蔵は、政局のむずかしさ、一橋公の狡猾さに翻弄されて行き詰まっていることや、こういうとき吉之助サアならどうするかと、そればっかり考える、などと若い信吾に率直な弱音を吐きます。でも吉之助を呼び戻そうと運動したりして、久光の嫉妬心がまた燃え上がれば、今度こそ処刑されてしまうかもしれない。それを思って悩んできたのだけど、「信吾ドン、今は薩摩が生きるか死ぬかの瀬戸際じゃ。吉之助サアの命を薩摩のために呉れんか」。むしろ吉之助を救うというより死なす覚悟のうえで、呼び戻しのために運動してくれと。この一蔵の非情な覚悟にうたれた信吾は、協力を承諾します。
 藩士あげての血判状で懇願された久光は、殺したそうな凶悪な目をしながらも、「そのほうどもがそれほどまでに吉之助を必要なりとするならば、わしの一存でならぬとは言えまい!」と。やっぱりこの人、基本は公正な人なんだわ(笑)。
 というわけで、沖永良部島に吉之助を迎えに、信吾と吉井幸輔(福田勝洋)が行きます。長い流人生活で、足が浮腫んで具合が悪くなってしまったけど、吉之助は元気に船に乗り、ついでに喜界が島の村田新八(益岡徹)を、赦免はおりてないけど勝手にピックアップして薩摩に帰ってきました。帰国した吉之助は、まずは斉彬の墓所に詣で、平伏して、これからは命を薩摩と日本のために捧げると誓います。
 西郷家では、ほとんど主婦状態の岩山いと(田中裕子)が、吉之助の足の浮腫を取る為に、鼻が曲がるほど臭い薬をつくって男どもをドン引きさますが、その甲斐甲斐しさに、吉之助は、いとは信吾の彼女なのではないかと誤解します。ふたりは全然そんな気はないのですが。吉之助がいとを気に入り、弟の嫁にと熱心になる余り「おはんな、ほんのこて肝のすわって、こまんか気遣いもできるおごじょじゃ。そんうえに、美しゅうて、可愛いか」などと熱くヨイショしたので、いとはハートを射抜かれてしまい、その日から、恋の病でボーッとなってしまうのですね。いや、信吾でなくて吉之助に。
 ですが、こんなロマンスは置き去りにして、吉之助はすぐ旅立ち、京都に向かいます。一蔵は、まめまめしく吉之助の隠れ家などを用意して待っています。隠れ家でやっと吉之助と二人きりになると「ただただ、こん日を待っちょいもした…」と落涙。ずーっと政治工作の第一線で頑張ってきた一蔵が、ほろっと折れるんですね。男の人のこういう弱みってグッとくるなあ(オイ)。
 参与会議が消滅し、やる気をやくした久光様は帰国したいといっている、どうしたもんか…と愚痴る一蔵に、吉之助は「久光公は地五郎じゃっで」と苦笑します。 一橋公の攘夷なんかに乗って長州を叩いたりしてはダメだ、長州が崩れたら日本は異国に食い荒らされる、と、長い流人生活でも衰えていない眼力の鋭さを見せる吉之助。それをホレボレと聞きながら、吉之助の羽織を脱がせて畳んだり、足をモミモミしてあげたり、甲斐甲斐しい一蔵が、なんか奥さんのような…(笑)。
 吉之助に京都をまかせ、帰国して薩摩の国力をつけることに専念する一蔵は、京都政界で感じたことのメモを吉之助に渡します。
「薩摩は政局に深入りしすぎ、立場を悪くしもした。そいじゃっで吉之助サアには、よくよく形勢を傍観していただきたか」
「オイも、そんほかに方法はなかち思うちょった」
「…一致しもした」
 安心しもした…と、深い溜息をつく一蔵。このふたりの呼吸がイイですねえ~。こうして一蔵は薩摩に帰り、幕末の京都は西郷吉之助を迎えて、幕末劇のもっとも華々しい時代に突入することになります。

第1-23話「竜馬と海舟」

 はい、この回は幕末劇の名場面てんこ盛り、いいセリフばっかりの回ですので、余計なことは控えて、名セリフでつづりたいと思います。
 京都では、幕末の動乱のピークを迎えています。京都を追放された長州が、起死回生をねらって京都焼き討ち・天皇拉致を企て、露見して、アジトを襲った新選組に多数斬殺された池田事件。そして、その報復に燃え、今度は藩兵を率いて上京してきて御所に迫った禁門の変。
 禁門の変では、一橋慶喜(三田村邦彦)は御所防衛の総指揮官として禁裏を守護。砲声に怯えてうろたえる公家たちを落ち着かせ、頼もしげに振舞うのですが、「臆病公家が、これしきの騒ぎであのざまじゃ、長州を許すと言い出しかねん。そうなれば万事休すじゃ」と、内戦も抜け目なく幕府の地位強化に利用する気まんまんです。
 吉之助(西田敏行)は、薩摩軍の指揮官として先頭にたちます。御所の前で長州VS薩摩の白兵戦という大きな見せ場。暑苦しい薩摩武士の団体が「チェストー!」と叫んで切り込んでいくという、いやーイイですねえ。幕末劇はこうでなくては!! 禁門の変に敗れた長州は京都を落ちてゆき、時を移さず慶喜は諸大名に号令、長州征伐軍を立ち上げます。長州を敵にして結束することで、政治の中心を幕府にもってこようという慶喜の戦略なのですが、吉之助は、「長州は薩摩が討って、政治の主導権を薩摩がにぎらにゃないもはん!」と豪快に決意。大きくものごとが動こうとしているそのときに、吉之助のところに、坂本竜馬(佐藤浩市)がフラッと訪ねてくるんですね。もちろん、初対面です。
 竜馬は、薩摩藩邸の庭で鈴虫をつかまえて、初対面のっけから「虫かごはありませんろうか」とニコーッと笑う、すごく天真爛漫な男。政局に意見を求められても「意見はないちや」とニコニコッとしている。で、いま天下にたのむにたる二大雄藩、薩摩と長州が手を握ることが日本のためじゃき!といきなり言い出すわけです。「いったん我を捨てて固まったものほど強いもんはないと、いっつも勝先生は言うちょります」
 よかお言葉ごわす…と、本気で感動した吉之助に、竜馬も強く引かれるものがあり、勝海舟(林隆三)に吉之助の印象を、「大きゅうたたけば大きゅう鳴り、小そう叩けば小そう鳴る、そがいな人物と見うけました」と報告。大きすぎてバカか利口かわからない、でも「あしが議論じゃのう、政治を仕掛けにいったことは解っちゅう手ごたえありました」。
 竜馬に会ったことで、ただの幕臣ではない…と、勝という人が気になってしかたない吉之助は、大坂に滞在している勝を訪問します。幕臣の勝に、幕府の州征伐がなかなか発進しない不満を訴えてみた吉之助は、「幕府にはろくな人間がいない、誰も責任をとらず正論も通じない幕府なんかダメだ」と幕臣のくせに毒舌を吐くのに目が点になります。
 日本を滅亡から救うには、実力のある雄藩大名が上京して合流、同盟を組み、幕府を無視して、軍事権と外交権を握ってしまえばいい、そして
「幕臣としてはちょいと寂しい話だが、幕府なんざ一時の借り着でさあ。借り着なんぞは、脱いだところで日本は残る。となりゃ、日本がどう生き残るか、どのようにして進むかを考えるのが、ちったあ責任のあるとこにいる人物なら当然じゃござんせんか」
 勝の大胆な構想を、瞬きもせず聞いている吉之助は。
「勝先生。西郷吉之助、ただいま目がさめもした」
「するってえとあんた、いままで眠っていなすったか」
「はい。幕府は倒れんもん、倒したらならんもんち思うちょいもした。あいがとございもした」
「…するとアナタ、おやりになりますか」
「…はい。それが日本国のためならば」
 こうして、斉彬との出会いにつぐ人生エポックメイキングを果たした吉之助は、完全に一皮むけるんですね。つまり、「幕府は倒していいんだ」という。
 この考えをもって、吉之助は幕府征長軍にのぞみます。長州は、討幕と未来の国づくりのために倒してはならない。そのために、長州に一時的に恭順してもらえるよう、征長軍総督の参謀として談判にいくのですが、それを、吉之助は丸腰で、ほとんど単身で山口に乗り込んでいくという離れ業でやってのけるわけです。
「相手はすでに死を決しちょる。こいに対してはすべて人の道をもってなし、ついに倒れても悔いぬちゅう覚悟で向かわんにゃ、そん結果を得るこつはかなわん」
 この吉之助の大誠意で、長州は談判を受け入れ、幕府に形式上の恭順をすることで、長州征伐はなし崩しになってしまうのですね。吉之助の思惑通りに事が進み、戦が回避されたことに慶喜は苛立ち、「大事な戦であったものを、総督(=徳川慶勝)は芋の酒に酔ったらしい。銘柄は西郷印じゃ」と吐き捨てます。いっぽう、征長軍撤兵のニュースを竜馬から聞き、「けしかけたがは先生ですき」と言われた勝は、呆然として呟きます。
「竜馬。オレはこの世で恐ろしいと思った男が二人いる。ひとりは熊本の横井小楠、もうひとりがあの西郷吉之助よ。すげえヤツだぜ。けしかけはしたが、とてもやれる芸当じゃねえ。それをあの西郷はやりとげちまった。度胸、太っ腹、馬鹿っ正直。ああいうのを大人物っつうんだろうな。オイラの腹んなか、とっても複雑なんだよ。世の中これで変わるんだ。もう徳川幕府はおしまいさ…」
…そんなころ、吉之助は新八といっしょに、薩摩に帰国する旅の空におりました。 


6 コメント

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幕末大河 (淳子)
2009-09-13 00:37:56
今回も『どうなるんだろう?』とワクワクしながら読みました。いつもありがとうございます♪

幕末ものは例え脇役でも竜馬が出て来ると、更に盛り上がりますよね~!
幕末ものの佐藤浩市は、芹沢鴨や斉藤一しか観た事がなかったのですが、竜馬役をやられた事もあったのですねー!
現代ものでも真面目な役しか見た覚えがないので、意外ですがハマってたようですね♪

庵主様のレビューや劇中の台詞から、各人物の思惑や策略が見え隠れする、激動の歴史ドラマの風格を感じられます。
幕末の大まかな流れは一応知っていても、毎回どうなるか楽しみになるのが『ドラマ』なんでしょうね。
今年の大河には、そういうワクワク感が…。

でも庵主様のレビューは、翔ぶが如くも天地人も、どちらも楽しみに読んでます♪
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佐藤竜馬! (庵主)
2009-09-13 22:51:08
淳子さん

こちらこそ、いつもありがとうございます♪

佐藤さんの竜馬は、記憶にある以上に良くて、ワクワクしてしまいました。ワイルドなだけじゃなく、愛敬たっぷりで、かわいい竜馬なんですよ。
芹沢鴨も斉藤一もむちゃくちゃハマッてましたから、まあカメレオンですね。でも、こんな天真爛漫な役もできるんだあ、とあらためて驚きましたです。

幕末はそれだけでドラマになるんですが、とにかくセリフのよさにウットリし、書き写すだけで快感なので、ご覧のとおりのレビューになっちゃってます(笑)。
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佐藤・龍馬 (雪斎)
2009-09-17 23:58:43
 佐藤浩市・龍馬というのは、一番、「それらしい」龍馬だったような気がします。洞口依子・おりょうも、どことなく陰のある雰囲気が、よろしかったと思います。
 特に史実を題材にした大事なことは、「確かに、こういう人だったかもしれない…」と視聴者に思わせる半分のリアリティに、「もしかしたら。こういう人だったかもしれない…」という半分のイマジンネーションなのだと思います。
 今年の大河は、そのリアリティがまるでない。「こんな武将がいるわけないだろう…」と思ってしまう。だったら、最初から、「これはフィクションです」と断るべきなのでしょう。
「遠山の金さん」や「暴れん坊将軍」と同じ意味での、「義の人、兼続」をやるのだと言ってくれれば、怒る気にもなりませんわね。
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実在の人を演じるということは (庵主)
2009-09-19 00:06:09
雪斎さん

>「確かに、こういう人だったかもしれない…」と視聴者に思わせる半分のリアリティに、「もしかしたら。こういう人だったかもしれない…」という半分のイマジンネーション

けだし名言でございます。そのとおり!
もしかしたら…の部分は、おそらく役者の力量に委ねられる部分が大きいのかもしれませんが。

「翔ぶが如く」は、各キャスト、伝わっている写真などに風貌が似た人を意識してキャスティングしている節がありますが、「そっくりさんショー」だけではないですよね。竜馬の風貌など似ても似つかないですが、それでも、「うん、これぞ竜馬だなあ」と思わせるリアリティがあります。去年同じ役を演じた方は残念ながら…(ちょっと小声)。
たぶん、実在の人物を演じるということに、なにかこう、一歩踏み込んだドラマだったのだと思います。

まあ…そういう意味で今年のドラマは比べる気にもならないですが。
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う~ん、最高! (むぎ)
2010-03-03 18:27:24
庵主様、お久しぶりです(^^)

『龍馬伝』毎週欠かさずレビューを拝見させていただいておりますが、如何せん録画分の視聴が追いつかず、皆様とリアルタイムに楽しみを共有できず残念です。というのも、この『翔ぶが如く』DVDをレンタルし、見始めてハマってしまっているからなのです。ちなみに、原作はつい先日ようやっと読了しました…いや~、正直、長かった…(~∀~;)

『翔ぶが如く』が放送されていた当時、私はまだ小学校入りたてで歴史のれの字も分からない時でした…って、年がバレる(笑) 本当に見入ってしまいます。一字一句聞き逃せない"濃さ"が本当にたまりません!ドラマにおいて、脚本という仕事がどれたけ重みを成すかと言うことが身に染みて分かった昨年の『天●×』(ウッ吐き気が…笑)のおかげで、この作品を手がけている小山内美江子さんの力量には、ただただ脱帽です。

23話まで見終わりました。ドラマの内容が濃すぎて濃すぎて、視聴しているとあっという間に時間が過ぎていくのですが、「えっ!まだ23話しか進んでいないの?」と驚き。全50話のうち、半分にも差し掛かっていないのに、登場人物一人一人の個性がこれでもかとばかりに際立ち、見ているこちら側の感情移入もハンパじゃありません。『独眼竜政宗』に引き続き、こんな名作に出会えたことは本当に嬉しいです。

印象に残っているシーン、挙げれば山ほどありますが、庵主様が時々レビューでご指摘なさっていたように、このドラマでの「女」というものの描かれ方が、昨今の大河ドラマにはないものを感じます。家の細々した事を一切切り盛りし、男を陰ながら力強く支える姿…「家族愛」とか「夫婦仲」とか、簡単に一言で片付けられない関係が胸を打ちます。私が特に忘れられないのは、第何話だったか忘れてしまいましたが(←忘れてる)、正助が「吉之助サァと一緒に熊本に、藩外に出る!」と意気込んでいる前で、何も聞かずにただ「はい」と、凛と頷く妻・ますの姿…心配事などグチグチこぼす事は一切なく、家の事は何も心配せず気張ってください、と後押しする姿に、「女の強さって、こういうところだよなぁ…」と、胸がジーン…

あぁ、名場面は数あれど、イチイチ言っていたらキリがない~(涙) 庵主様のレビューにお任せして…

テレビで泣くことは滅多に無いのですが、この大河では涙腺をやられてしまいそうです。最終回の結末は分かっているだけに、西郷隆盛と大久保利通、この2人が決別し、死んでいってしまうと思うと、今から泣きそうです(早)! 最終回までじっくりと楽しんでいきたいと思います。庵主様の往年の名作レビューにはまたしばらくお世話になります(^^)
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幕末大河の女性たち (庵主)
2010-03-05 21:44:16
むぎさん

「翔ぶが如く」は、今思い出しても濃くて濃くて…。なんか一生懸命、DVDと格闘していた感じがあります(笑)。ほんとうにギッシリいろいろと詰まっているドラマですよね。
23話といえば、号泣必死の「寺田屋同士討ち」など数々の名場面をクリアしてこられたこととと思います。ぜひとも、後半の明治篇まで突っ走ってくださいねえ~!

大久保夫人の賀来千賀子さん、西郷夫人の田中裕子さんはもちろんですが、愛加那の石田えりさんとか、篤姫の富司純子さん、幾島の樹木希林さん…。みんな素晴らしかった。特に、女の人が幅を利かす場面はほとんどないんですのに、どのかたも匂うように美しく、格調高い存在感でしたよね。幕末篇のクライマックスで、西郷が篤姫・幾島とともに越し方を語り合う場面は感動的です。なんてことない場面なんですが、本当に美しくて。
やはり、女性の描き方というのは、昔の大河ドラマのほうが成熟しているというか…。往年の作品をみてハッとするのは、そんなところだったりしますね。
「独眼竜政宗」を見ていて、地味で冴えない愛姫が、長いスパンで目に見えない変化をとげて、最後には目の覚めるような、強く聡明な女性に代わっていたように。
そういうのが女の強さだったり、しぶとさでもあり、そのへんをさりげなく織り込むのがリアリティってもんだと思いますが…今年のドラマも、ドラマとしては決して悪くないのに、女性。まあ、今後頑張っていただきたいところです。
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