スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

「疾病給付制度」 その1

2007-08-14 06:03:05 | スウェーデン・その他の社会
スウェーデンの社会保険制度の一つの柱は、病気のために仕事を休まざるを得なくなった際に所得補填を目的として支給される「疾病給付(sjukpenning)」である。仕事を休んでいる間、人によっては家計を支えていくのが困難になるかもしれない。そんなときに助けになるのが、この「疾病給付」なのだ。

<疾病給付(sjukpenning)>
給付は病欠の2日目から。14 日目までは雇用主の負担となり、給付額は給料の80%である(年間所得のうち302250 SEK (529 万円)を超える分は考慮されない)。また、15 日目以降(自営業の場合は2 日目以降)は社会保険事務所(Försäkringskassan)が給付を引き継ぐ。医者の診断書の提出は8 日目以降に必要となる。病欠が4 週間以上続いた場合は、雇用主と本人との協議のもと、リハビリ計画を策定し、職場復帰に向けた努力が必要とされる。長期にわたる場合には、給付額が過去の給料の64%に減額される。(よく耳にするsjukskrivningとは疾病給付を受けながら病欠すること)

社会保険事務所(Försäkringskassan)

この疾病給付を受けるのは、短期的な病気のほか、労働災害のケースや、職場での肉体労働や立ち仕事のために、腰を痛めたり、それまでの仕事が困難になった人などが多い。特に、重労働で知られる福祉・介護系の職員の割合が高いという。(割合が高いもう一つの理由は、民間企業よりも公的機関のほうが病欠を申請しやすい、という理由もある)

「疾病給付」の理念は、病気による就業能力の低下に応じて、職場からの病欠を認め、所得補填をするというもの。しかも、一方的な給付ではなく、リハビリによって就業能力の回復が可能なら、リハビリを受けることが義務付けられる。社会保険事務所が“妥当”と判断したリハビリを、受給者が拒んだ場合には、給付額が減額または全額給付停止となる。

しかし、実際のところ、どれだけの日数の病欠と疾病給付を認めてもらえるか、医者による客観的な判断は難しいため、医者によって判断がマチマチになりがちだ。1993年のある実験では、全く同じ症状のカルテを異なる医者に見せて、何日間の疾病給付が妥当か、判断を仰いだところ、極端なケースではある医者は8日間が妥当としたのに対し、別の医者は71日間が妥当という全く異なる判断をしたという。

また、スウェーデンの制度で特徴的なのは、身体的な病気だけでなく、鬱病や燃え尽き症候群などの精神的な疾患でも、病欠が認められ、疾病給付の対象となることである。仕事と生活の両立を無理せずに成り立たせる、という点では優れた制度ではあるが、身体的な病気に比べて客観的な評価がさらに難しい。医者もなるべく客観的な判断をするように努めるが、最終的には患者本人の症状の自己申告に頼る部分が大きくなってしまう。そのため、モラルハザード(ズル休み)が生まれているのではないか?、という指摘がこれまでもあった。

さて、例として「燃え尽き症候群」「鬱病」「腰痛」において、実際に医者が判断を下した病欠、および疾病給付の期間の平均は2005年の時点で以下の通り。
燃え尽き症候群: 119日(約7ヶ月)
鬱病: 341日(約17ヶ月)
腰痛: 200日(約10ヶ月)
(但し、この統計には14日以下の疾病給付のケースは含まれていないので、実際の平均はこれよりも若干小さくなると思われる。)

日本人の目からすれば「そんなに長い間、仕事を休めるの! しかも、有給(給料の最大80%)付きで!?」とビックリするだろう。人間、誰しもある日突然、“壁”にぶち当たるかもしれない。そんなときに、上の燃え尽き症候群や鬱病のように、精神的なショックを理由に仕事を休むことができ、しかも生活の糧まで得られるのなら、どんなに救われるだろうか。

日本で今「ワーク・ライフ・バランス」という言葉がよく聞かれる。仕事と家庭生活との無理のない両立、ということだと思うが、スウェーデンでこのバランスがうまく取れている一つの理由は、この様にある意味“寛大な”疾病給付制度だと私は思う。

また、職場の勤務環境が悪く、従業員が体に支障をきたすようになると、病欠を取ってしまう。だから、企業の側には、労働環境の改善に常に気を使い、病欠を少しでも減らすよう努力する、というインセンティブが働く。働く側にとっては、大変嬉しい副次的効果だ。

(続く・・・)

最新の画像もっと見る

コメントを投稿