スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

紆余曲折を経て現在に至るノーベル基金

2010-11-02 01:47:36 | スウェーデン・その他の社会
今年もノーベル賞の受賞者の発表が無事終わり、授賞式と晩餐会まであと1ヶ月あまりとなった。受賞者が手にする賞金は2001年以降、1000万クローナ(1億2000万円)となっているが、この額もいくつかの変遷を経て現在に至っているようだ。

ある日刊紙が数週間前の記事でまとめたところによると、アルフレッド・ノーベルが死の1年前に遺言状を書き、その中でノーベル賞の創設を唱えた時点で、彼の資産3100万クローナだったという。現在の通貨の価値に換算すれば16億クローナ(192億円)に相当する。彼は遺言状の中で、この資産を「安全な投資先」に投資して管理するように言い残した。

ノーベル賞が初めて授与された1901年の賞金は15万クローナ(現在の価値で780万クローナ・9360万円)だった。しかし、資産の運用が当初はうまく行かなかったようだ。資産の大部分が国債などの低リスク・低リターンの債権で運用されたために収益が低かったうえ、第一次世界大戦や恐慌などの国際情勢のもとで価値が伸び悩んだ。資産の運用益よりも賞金として出て行く額のほうが多ければ、そのうち資産がなくなってしまう。そのため、賞金の水準が下げられ、1919年には13万クローナにまで下げられた。1901年の賞金である15万クローナと比べれば額面上はわずか2万クローナしか差がないが、もちろんこの間に物価上昇があるので、1919年の13万クローナは、現在の価値で比較すると210万クローナ(2520万円)に過ぎず、1901年と比べるとその実質価値は4分の1ほどでしかなかった。

20年代の戦間期には再び賞金の額が引き上げられたが、しかし30年代の世界恐慌を受けて再び減少に転じ、第二次世界大戦の勃発とともに再び低い水準に抑えられることとなった。

50年代に入り、このままでは資産が底をついてしまう恐れが出てきた。そこで、スウェーデン政府はノーベルの遺書にある「安全な投資先」の定義を改め、ノーベル財団が株式で運用することを許可したのだった(ノーベル財団の運用の監督を行っているのがスウェーデン政府というのは面白い)。

その後、世界経済の高度成長期においてノーベルの資産も確実に膨らんで行き、物価上昇に合わせる形で賞金の額も引き上げられていった。1980年には額面で100万クローナという水準に達したが、それ以降、急激に引き上げられていき、1991年の賞金の額はノーベル賞の初年の実質値とほぼ同額となるに至った。しかし、その水準に満足することなく90年代にさらに引き上げられた結果、2001年には1000万クローナ(額面)となった。しかし、それ以降は引き上げが行われていないため、物価上昇に伴って実質的な価値が若干低下している。


上のグラフは、賞金の額(賞一つあたり)の実質値(2009年の通貨価値)の歴史的推移を示したものだ。賞が始まってからの最初の10年間は威勢が良かったものの、その後、急激に引き下げられ、戦間期を除いてはほぼ横ばいを続け、過去30年間に急上昇しているのが分かるだろう。(ただし、これはクローナ建ての価値であることに注意。外国人の受賞者が多いことを考えれば、むしろ為替レートを考慮した上で、外貨(たとえばドル建て)に換算した実質値の推移を分析したほうがよいかもしれない)

ちなみに、ノーベル財団の資産額は現在31億クローナ(372億円)であるというから、当初の実質的な資産額(16億クローナ)のほぼ2倍であることが分かる。このうち53%が株式に投資され、残りが債権や不動産で運用されている。また、71%がスウェーデン国外で運用され、29%が国内で運用されているようだ。資産運用のポリシーとしては毎年3~4%の運用益をあげ、それを賞金やその他の経費に充てることにしているというから、将来も当面は安泰だと言えそうだ。

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3 コメント

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科学と宗教の文明論的ダイナミクス (歴史国際政治学関係)
2024-09-15 13:36:21


一神教はユダヤ教をその祖とし、キリスト教、イスラム教が汎民族性によってその勢力を拡大させたが、その一神教の純粋性をもっとも保持し続けたのは後にできたイスラム教であった。今の科学技術文明の母体となったキリスト教は多神教的要素を取り入れ例えばルネサンスなどにより古代地中海世界の哲学なども触媒となり宗教から科学が独立するまでになった。一方でキリスト教圏内でも科学と宗教をむしろ融合しようとする働きにより、帝国主義がうまれた。宗教から正当化された植民地戦争は科学技術の壮大な実験場となり、この好循環により科学と宗教を融合させようというのである。その影響により非キリスト教圏で起きたのが日本の明治維新という現象である。この日本全土を均質化した市場原理社会する近代資本主義のスタートとされる明治維新は欧米などの一神教国が始めた帝国主義的な植民地拡張競争に危機感を覚えたサムライたちが自らの階級を破壊するといった、かなり独創的な革命でフランス革命、ピューリタン革命、ロシア革命、アメリカ独立戦争にはないユニークさというものが”革命”ではなく”維新”と呼んできたのは間違いない。しかしその中身は「革命」いや「大革命」とでもよべるべきものではないだろうか。
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サムライソウルリスペクト (マルテンサイト千年鉄の道)
2024-09-14 08:20:23
最近はChatGPTや生成AI等で人工知能の普及がアルゴリズム革命の衝撃といってブームとなっていますよね。ニュートンやアインシュタイン物理学のような理論駆動型を打ち壊して、データ駆動型の世界を切り開いているという。当然ながらこのアルゴリズム人間の思考を模擬するのだがら、当然哲学にも影響を与えるし、中国の文化大革命のようなイデオロギーにも影響を及ぼす。さらにはこの人工知能にはブラックボックス問題という数学的に分解してもなぜそうなったのか分からないという問題が存在している。そんな中、単純な問題であれば分解できるとした「材料物理数学再武装」というものが以前より脚光を浴びてきた。これは非線形関数の造形方法とはどういうことかという問題を大局的にとらえ、たとえば経済学で主張されている国富論の神の見えざる手というものが2つの関数の結合を行う行為で、関数接合論と呼ばれ、それの高次的状態がニューラルネットワークをはじめとするAI研究の最前線につながっているとするものだ。この関数接合論は経営学ではKPI競合モデルとも呼ばれ、トレードオフ関係の全体最適化に関わる様々な分野へその思想が波及してきている。この新たな科学哲学の胎動は「哲学」だけあってあらゆるものの根本を揺さぶり始めている。こういうのは従来の科学技術の一神教的観点でなく日本らしさとも呼べるような多神教的発想と考えられる。
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 ()
2018-06-16 13:58:20
kl
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