スウェーデンの今

スウェーデンに15年暮らし現在はストックホルム商科大学・欧州日本研究所で研究員

財政健全化を成し遂げたスウェーデンの成功例

2010-06-13 18:17:33 | スウェーデン・その他の経済
リーマン・ショックが発生する前であった2008年の春先から8月頃にかけて、アメリカの金融バブルがそろそろ弾けそうだと危惧されていたが、そんな頃、実際に金融危機に陥ったときにどう対処するかがアメリカで議論され始めていた。

その時、1990年代初めにスウェーデンを襲った金融危機にうまく対処し、比較的短期間で乗り切ったスウェーデン政府の経験が評価されて「The Stockholm Solution」という言葉が次第に使われていった。だから、危機の真っ只中で政権を担っていた中道右派連立政権の財務副大臣だったルングレン氏(穏健党)は、2008年の春にIMFに招かれ講演を行った。在ニューヨークのスウェーデン領事館も、NASDAQとの共催で「金融危機にどう対応するか-1990年代のスウェーデンの経験から」というタイトルのセミナーを開いたりもした。

「The Stockholm Solution」とは、端的に言えば、公的資金を潤沢に投入して、破綻した、もしくは破綻しかかった金融機関を救済し、金融システムのメルトダウンを防ぐことである。ちなみに「The Stockholm Solution」の経験が持ち出されて議論された際に、評価を受けたのは何も当時の政権党やルンドグレン財務副大臣だけでない。野党でありながら、自国の経済破綻を防ぐために、与党と建設的な協力を行った当時の社会民主党も賞賛されることとなった。一方、スウェーデンの成功例に対する反面教師として何度も引き合いに出されたのが、金融機関への公的資金の注入を長いあいだ決定できず、貸し渋りなどの深刻な問題を引き起こすことになった日本の例であった。

リーマン・ショック以降の世界的な金融危機では、様々な国で実際にスウェーデンの過去の経験が生かされた。スウェーデンの政治家や政策担当者は、さぞかし鼻が高かったに違いない。

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今年に入ってからは、ギリシャをはじめとする南欧諸国やアイルランドで、今度は財政危機が大きく顕在化し、国が債務不履行に陥るリスクが高まったために、ヨーロッパ全体の経済が大きく揺らいでいる。

しかし、この文脈においても、見習うべき一つの例として世界のメディアが引き合いに出しているのがスウェーデンである。1990年代初めの金融危機では財政赤字が深刻となり、政府債務残高が急速に膨張しGDP比74%となった。そのため、景気が回復基調に乗り始めていた1994年以降、財政再建の必要性が認識されることとなった。1994年9月の総選挙によって、政権は社会民主党に移ったが、彼らもその認識は同じだった。

社会民主党政権は、歳出削減と増税を行って財政再建に努めた。1994年から1996年まで財務大臣を務め、その後、首相となったヨーラン・パーション「Den som är satt i skuld är icke fri(負債を抱えた者に自由はない)」という有名な言葉を作り、財政再建のスローガンとした。

また、1990年代初めまでの予算決定や財政管理のあり方には問題があり、それが財政規律を緩めていると指摘されたために、予算決定のプロセスを改めたり、歳出キャップ制を導入し、各年の予算案にはその後2年間の経済予測を添付し、それぞれの年の歳出にあらかじめ上限を設けることで、財政規律を強化するなどの努力が行われた。これらの努力が効果を表し、1990年代末からは財政は黒字に転じ、2005年までに政府債務残高をGDP比50%にまで押し下げたのだった。最新の統計によると42.3%だという。


ヨーロッパ各国の政府債務残高

一昨日のFinancial Times紙では、スウェーデンの財務大臣アンデシュ・ボリが独占インタビューを受けていた。3週間ほど前のブログで、ボリ財務大臣がテレビの前で自信ありげに喋っている話を紹介したが、Financial Timesの記事でも自信満々だった。

「If the eurozone is to escape its sovereign debt crisis, south European countries must learn from Sweden’s example of spending cuts and structural reform in the 1990s」
(ユーロ圏が財政危機を克服したいのであれば、南欧諸国は1990年代にスウェーデンが行った歳出削減や構造改革の例から学ぶべきである)

と記事の冒頭で述べている。また、欧州中央銀行がギリシャなどの問題国に融資を決めたことで事態は落ち着いているが、あくまでも短期的な解決策に過ぎず、長期的な解決策はその国自身がどうするかにかかっている、と述べた上で、

「They cannot have our expenditure levels and US tax levels. That is not a viable combination」
(スウェーデンのような歳出水準を維持しながら、税率はアメリカのように低く抑えているなんて、持続可能な組み合わせとは言えない)

と、財政の構造改革が急務であることを訴えていた。でも、税収に見合わない歳出水準を長年にわたって維持してきた国が、本当に財政構造改革なんてできるのだろうか? ボリ財務大臣は、スウェーデンが財政再建に取り組んだ時の状況を振り返って、こう答えている。

「People said we were so into welfarism; that we were completely unable to take control of our public finances. The guys on Wall Street were saying, ‘you will never get your house in order’.」
(スウェーデンは「福祉国家」の考えにどっぷりと浸かっているから、公共財政の管理なんて全くできっこない、とよく言われたものさ。ウォール街の連中は「お前らは自分ちの家計の立て直しが絶対にできないだろうよ」と言ったさ。)

しかし、そのような懐疑論にもかかわらず、当時GDP比で12%の赤字を抱えていた財政は、それから5年のうちに均衡化し、現在ではヨーロッパ、いや世界の先進国の中で財政が最も健全な国の一つとなるまでに至っている。金融危機の真っ只中であった2009年も財政赤字はGDP比2%ほどに過ぎない。

財政再建を行ったのは社会民主党政権だったが、その理念はボリ蔵相の属する穏健党(保守党)も共有するところであり、また、ボリ蔵相は今回の金融危機に際して、金融機関救済パッケージを早く打ち出し国内の金融不安を抑え、さらに、財政管理をうまく行い財政赤字を極力抑えてきた。


だから、EUの蔵相会議や世界の舞台では、非常に誇らしいボリ財務大臣。Financial Times紙は「彼は、この金融危機の嵐の中で名声をむしろ高めることになった数少ない財務大臣の一人だ」と、見事に的を射た表現を使っていた。

日本の菅首相も、財政健全化に力を注ぐという。ボリ財務大臣の発言にある「They cannot have our expenditure levels and US tax levels. That is not a viable combination」という指摘は、まさに日本にも当てはまることだろう。財政を立て直すためには、歳出と歳入のアンバランスをなくさなければならない。そのために方法の一つは、歳出を減らすことだが、無駄遣いの削減だけで財政の均衡化が図れるなんて甘い考えは捨てて、もう一つの方法、つまり、増税による歳入増加を積極的に議論しなければならないだろう。

ちなみに、ボリ財務大臣は現在42歳だが、2006年秋に就任した当時は38歳だった。若くて、ポニーテールでピアスまでしている姿は、メディア受けもするが、それだけではない。大学や大学院で近代経済学をしっかり学び、実際の経済の仕組みをちゃんと理解できた上で、国の経済を管理するトップに就いている人というのは、他の国を見渡してもそれほど頻繁にいるものではないだろう。