上海で日本語を話している中国の若者達

中国人に囲まれて日本語で通していく日常の出来事を書き綴っています。

北京かぁ

2010年03月31日 | 日記
4月中に一度は北京を訪れる事になりそうです。

実は北京には余り良い想い出がありません。
前回、大雪の北京に行ったのですが、王府井ではボラれたし、高速道路には馬車が走っていたし、雪でタクシーがスリップしていたし、50m置きに機関銃を構えた兵隊さんが立っていたし、北京駅の放送は五月蝿いだけだったし、地下鉄はまだ捥ぎりの切符式で、駅を通過するごとに車内灯が消えて真っ暗だったし、信号は交差点の中央にワイヤーで釣ってあったし、まったく何処の共産軍事国家に迷い込んだのかと思いました。
しかし、お客様のNo2が北京子会社の総経理を兼務する事になったので、どうしても行かなくてはならなくなりそうな気配です。

唯一、地蔵(北京)のシャンプーさんに会いに行けるのが楽しみです。

こんなの考えてみました。

2010年03月30日 | 趣味
電動バイクに乗っていて、一番困るのが走行中の電源消費による電池切れです。
幸い街中だと、1元から10元でおばちゃんたちが充電屋を開業しているので、のんびり充電する事も可能ですが、 郊外や開発区ではそうは行きません。
そこで次の様なシステムを考えてみました。

「総合インフラ型EV光学充電システム」

基本コンセプト
現在EVで主流の2Wey(蓄電池換装&プラグイン)充電を3Wey(3番目のアクセスはEVの上面に装備した太陽電池)充電化し、都市全体で光を使ってEVを充電する方式。
これにより、EVの蓄電池が抱えている短航続距離と過大重量増加の2点の問題を解決出来る。
また、放電ロス、電源規格の統一、充電スポットの不足という問題も併せて解決出来る。
充電ステーションをワイヤレス(規格フリー)に出来る。 (車の電源規格を規格フリーに出来る)
交差点ごとに自動照明を設置すると、短時間受電、車載蓄電池の小容量化=軽量小型化が出来る
RFID技術を使えば、各車の充電履歴を追跡出来る。
短走行距離化することで、車の流れをコントロールし暴走事故を抑制出来る
ハイウェイでは街灯型充電ポイントで通過時に充電することで長距離移動を可能にしつつ、巡航速度を制御出来る。

当然、晴天の日中には露天で充電出来る

問題点
1.社会資本インフラとして都市、ハイウェイ全体で整備する必要がある。
→社会資本への大規模資本投入を必要とする
2.安価、高感度、高効率、許容発電波長幅の広い太陽電池の開発と製造が必要。
→大量生産によるコストダウン、高性能化に期待。

実際、NASAでは火星探査用に高高度航空機では翼面太陽電池による無限無着陸飛行の実験が行なわれていますし、アポロ計画で使用された月面用ビーグルも車体屋上設置の太陽電池充電方式でしたから、あまり奇抜なアイディアだとは思いません。
きっと他にもとっくに思いついている人達がいるでしょうから、どこかで既に実験がはじまっていなかぁ。

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金持ちって訳では無いのに

2010年03月29日 | 日記
最近、東さんは何故成功したの?と真顔で聞かれた。
決して金持ちになった訳ではないが、人生の成功はお金だけでもないだろうから、その人から見たら成功しているのかも知れない。
今年は上海に定住して5年目。最初鞄一つ、PC2台から始めて、今は数百人を率いているので、規模としては成功したのかなぁ。(実感全然無いんですが。)
でも此処まで来るのには別に秘訣は無く、大きく決めた目標に向かって、その時その時に出来る事を臨機応変に為してきただけです。
行動原則として常に心掛けてきたのは、「捨」と「離」の二文字と、自分の座標とベクトルを常に観測分析し続けている事だけ。

運が良かったから良い出会いに恵まれて此処に居るだけだと思います。
でも、多くの人はこの場所に留まる事が出来ないのも事実。
今年も沢山の知り合いが上海を去り、新たに多くの人が上海に来る事になりそうです。
今、上海で仕事をして生活している事自体が幸運であり、それこそが成功した事なのでしょう。
(確かに無免許の電動バイクで70km/hで飛ばすのは、日本では出来ないから幸せなのだなぁ。会社に上下黒皮の井出達で来ても誰も文句言わないし。)

しかし、青い瞳にじっと見据えられると、かなり怖いのを始めて知りました。
くわばらくわばら。

春 上海

2010年03月26日 | 日記
今日は好天に恵まれている上海です。
36時間ばかり事務所を留守にしたので、メールの確認に追われていますが、1件紹介した案件が期限ギリギリでした。
今日は応老師も南京方面に出掛けているので、一日事務作業でしょうか。
そういえば、増満社長が午後に来るのと、上海幹事の会が夕方に有るのを忘れる所でした。
こんな暖かな陽射しの中に、病み上がりでモニターに向かっていると、ぼぅっとしてきます。

周囲で風邪が流行っています

2010年03月25日 | 日記
今日は上海商工クラブの個人部会懇親会に出席する予定だったのですが、余りに体調が悪く、出席を取り止めました。
誰から貰ったのか判りませんが、今回の風邪は徐々に熱が高くなり、気が付くと重篤になっているようです。
大事をとって1日寝ていることにしました。

肌寒い上海とシベリア鉄道の旅

2010年03月24日 | 日記
今日は雨模様で肌寒い上海です。

下の娘が大学に受かったら、一緒にシベリア鉄道(中国からモスクワまで)に乗りたいと言ってきました。
今回の短期留学先のドイツの大学を受験する様ですが、先週日本から来た大学生達と話していて感じたのと同じ、 「早く世界に飛び出したい」と云う想いが感じられて二つ返事で了解しました。

さて、錆付いたロシア語を鍛えなおさなくてはなりませんね。
先ずは手近なところから始めていますが、間に合うだろうか・・・。
早速ウクライナ人に相談してみます。

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烏鎮は雨

2010年03月23日 | 日記
今日はアテンドで烏鎮に行って来ました。
上海から嘉興まで新幹線(動車2等指定席25元)で行き、嘉興から烏鎮までは白タク(100元)で行ったのですが、今にも分解しそうなワンボックス車を白タクの運ちゃんが飛ばす事、飛ばす事。
生きた心地がしませんでした。

さて、烏鎮の西柵に着いてからはガイドを付けてお客様と一緒に歩き廻ったのですが、まだ閉まっているお店も多く、観光地としては、まだまだこれからと言った所でした。
但し、町全体としての風情は素晴らしく、また(出来れば想い人と)来たいと思う場所でした。
はっきりと判った事は、烏鎮は日帰りで行く処では無く、泊りがけで行く処だという事でしょうか。
平日だというのに、何故か若い中国女性の一人旅が目立ったのも不思議でした。
帰路は白タクに懲りたので、西柵から長距離バス停まで1元の巡回バスに乗り、更に長距離乗り合いバスで嘉興まで戻りましたが、一人僅か8元でした。
嘉興のバス停に着いてから、嘉興駅まではバイタクで10元でしたので、2人で帰路は38元。
つまり帰りは行きの運賃の半分以下で済んだのですが、時間は倍以上掛かりました。
どちらの方法で行くかは同行者によるでしょう。

さて、話は変わって12日のブログに書いた、「非実在青少年について」ですが、昨年の9月25日に書いた、「臼井義人さん死去の中国での報道に思う日本漫画の文化力」で懸念していた事が現実化しただけでした。
結局、今更日本が滅びへ向かっている事を再確認しただけでしたね。

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南通日本人会とSBFとレポートと

2010年03月22日 | 日記
金曜日は南通へ。
日本人会の勉強会でしたが、講師の加藤先生から、南通の経済分析に関する、大変興味深い御話を拝聴できました。

しかし、同行者から不快な提案があったので、帰路のバスではお説教しちゃいました。

彼曰く、全く未知の業種にも係わらず、「仲介するから今後は必ず案件を全て通して口銭を抜かせろ」と言う。

あの、君を南通日本人会に紹介するために今正に同行させているのは私では?
日本に居る私の親戚を君から商売の為に紹介して欲しいといわれて繋いだのは私だったのでは?
SBFで君を紹介したのも私だったね?
大体、お前のノートPCが壊れて困っているのを、自分のPCを犠牲にして修理したのは誰だか忘れたのかい?
・・・etc
それでも、君に今まで一度でも便宜の対価を求めた事は無いよね?

一廻りほど年下の彼に、色々と説教じみた事を遠まわしに言ってしまいましたが、正直久々にムカついて怒っていました。
恩を返せとは言いませんが、自分の厚顔無知さには気付いてもらいたかった。

もっとも、私はプロとして、全くIT業界に無知な仲介者を挟むような仕事をする気は全く有りませんから。
挟ませて欲しいなら、少しはIT業界について勉強してから申し出るべきでしょう。
中国に暮らして長い彼ですが、中身まで中国流になっちまったんでしょうか。

さて、翌日土曜日は上海ビジネスフォーラムに。
今回は上海オフショア開発フォーラムでも事務局をご一緒している秋山女史が講師です。
前日南通から帰って、そのまま徹夜でレポートを書き上げた(と言っても半分ですが)場仮だと言うのに、今回もまた、私がレポート担当になりました。常時2本のレポートを抱えている状態ですね。
秋山女史の講演は面白かったのですが、その後の2次、3次会が寝不足で辛い辛い。
御蔭で翌日日曜は、終日爆睡でした。
レポートを早く完成させなくては・・・またしても寝不足の日々が続きます。
さて、明日はアテンドで烏鎮ですが、どんな街か、今から楽しみです。

亡父の繋ぐ縁

2010年03月19日 | 日記
昨日弊社にお迎えして、一緒に華師大計算センターを訪問した総経理は、父の教え子でした。
ご年齢からして、父の最期の数年の教え子の方ですが。この上海で亡父を知る人に出会えるとは、何と奇遇な事でしょうか。
田舎教師で生涯を終えた父でしたので、横須賀にはそれなりに教え子だった方も多いのですが、この上海で邂逅するとは。
これもあの世の父の引き逢わせた縁なので大切にしたいと思います。

日本からの珍客

2010年03月18日 | 日記
昨日は日本から2人、上海から1人の大学生3人連れの訪問を受けました。
今年二十歳になる彼ら3人は、日中2ヶ国のNPO「アイセック」の学生達です。
非常に積極的に上海企業を訪問して、日本人インターン学生の受け入れ先を探しています。

話を聞くと、日本人の2人は費用対効果の面から、趣旨説明の為に中国へ来る事を組織から渋られていたのに、どうやら中国への興味からいてもたっても居られず私費で来てしまった様です。
一緒にとった昼食でも、ついつい話が面白い方向に弾み3時間ほどお付き合い頂きました。

話の中で、先日お聞きしたコクヨの大原代表の御話をした所、彼等も興味津々でしたので、 早速コクヨの知り合いに連絡を取り、明日訪問する事になりました。

私は明日は南通の日本人会があって同行出来ませんが、彼等に実りの多い事出会いがある事を祈っています。

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