12345・・・無限大  一粒の砂

「一粒の砂」の、たわごと。
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原発是非論

2012年08月09日 05時29分28秒 | ボヤキ

新たなことが世に出てくるときには、権威者達がよってたかって足を引っ張るのは世界共通の現象である。 

その一例であるが、臓器移植がそうであったように、世間から敬遠されていた時代があった。それでも今はどうにか認知されてきたといえるのではないだろうか。 

この時に猛反対をした知識人や権威者達などはその後どう責任をとったのだろうか。無責任に言いぱなしで「しらぬ顔の半兵?」を決め込んでいるのではないだろうか。 

 

小生は、「現在は、あまりにも原発の負の面が、”感情的に強調され過ぎている”のではないか」と思ってる一人である。 

マスコミが煽りたて、”衆愚政治”を扇動しているような気がしてならないのである。

 

それで、確たる根拠も信念もあるわけではないで、穏やかなというか、正しくは自信の無いというべきだろうが、知人・友人に質問されたときには、原発容認論を機械屋崩れとしては展開しているところである。

 

このような国民が正しい判断ができない原因の多くは、「基本的、正しく詳細な情報が我々に届いていないためだと思うのである。 

一部の情報は、仮に届いていても理解できないままとなっているものも多数あるのだろうと思っている。

 

福島原発の事故前は、反原発派は社会の片隅に押し込められ、ほとんど国民にその声が届くような環境に無かったと思っている。 

反面、事故後は原発推進派が一段と肩身の狭い状態に置かれ、正当な発言が押し込められているような気がする。

 

今回のことで特に感じたのは、マスコミのいい加減さ・デタラメさだった。少しばかりの聞きかじった情報でエキセントリックな話題作り上げ、それをノーチェックで放送したのは、民放各社だったのではないか。・・・彼らを犯罪者として弾劾した気持ちがある。(あまりやると言論統制にるだろうか・・・

 

大事の時には、どうしても小さいことまで対応できないことが多い、それらをマスコミが鬼の首を取ったごとく騒ぎ立て、物事の優先順位を狂わせて、どれほど現場の作業を妨害し・志気を低下させたのかと、小生などはマスコミを呪ったものだった。(弱い立場の当事者たちは、ハラワタガ煮えくり返っても、発言で出来ないのであろうと思っている。) 

少なくともマスコミにして欲しい事は、そろそろ一度自分たちの発言が正しかったかどうか、自己採点し反省すべきは反省して欲しいのである。 

 

工場における爆発事故や災害は、その会社の総力を投入して解決に当たるのだが、今回はまさにal l Japanで事に当たったような気がする。 

この短期間であれこれ現場は実に良くやっているというのが、小生の感想である。機械屋・電気屋・土木建設屋などなど多くの人たちの活躍に敬意を表するのである。 

 

これからは、原発反対派も原発推進派も対等に堂々と意見を発言できる環境を作り正確な実のある議論が出来る場を提供するように、政府やマスコミに一考願うものである。

 

(追記)それにしても、HKなどという日本の首相は、とんでもない阿呆であり馬鹿である。こんな奴らを選んだ自分がなんとも情けない。彼らは一日も早く政治の表舞台から去り、隠居生活に入るべきであろう。


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