原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

海を見て育つもの

2011年08月09日 09時12分07秒 | 社会・文化

 潮風が吹き抜ける海岸線に、すくっと立つ野草。その凛とした姿が目を引く。北海道でよく見かける野草であるが、この名前を正確に言える人は意外に少ない。名前は「エゾノシシウド」。シシウドは猪独活と表記する。イノシシが冬に地面を掘って食するウドであるところからついた名前らしい。本州にあるシシウドとよく似ているところからエゾノシシウドと言う名がついた。基本的にはシシウドとは違う種となる。本州のそれは主に関東以南に生えるが、エゾノシシウドは北海道だけ(青森に一部あるらしい)に植生する独立種なのである。オホーツク沿岸部では群生を見ることもできる。

北海道だけの種類という野草は他にもたくさんあるが、このエゾノシシウドにはもう一つの種類がある。海岸線に生えるものをエゾノシシウドと呼ぶが、海岸から離れた山地や高原に生えるものを別の呼び方をする。その名は「エゾヤマゼンコ」。もともと別の種類として扱われていたものらしい。その後の研究で同種と分かり、海岸線のものはエゾノシシウド、山にあるものはエゾヤマゼンコとわけて呼ぶことになったという。海と山でそんなに違うとは思えなかったが、摩周湖で見た時、たしかに海岸で見かけたものと違う感じがした。花も葉も茎もみな同じなのだが、どことなく漂う風情が違う。この微妙な違いは人の感性だからうまく表現できない。

実際に摩周湖で撮影したものと比較して見てもらいたい。たしかに違って見える。潮風に当たって育ったものと、山風に吹かれて育ったものとの違いを感じるはずだ。自然界の環境が生物の生長に少なからず影響していることを思わずにいられない。

(摩周湖で見た、エゾヤマゼンコ)

人間はDNAからみると、もともと白人も黒人も黄色人もなかった。移り住んだ場所の自然気象が人間に違う色素を与えたということだ。ひげが濃くなったり薄くなったことも気象と深く関わっている。自然は考え方や精神にも強く影響しているように思えてならない。こう考えると、同じモンゴリアンでありながら全く違うメンタリティを持つ日本人と中国人の違いも理解できる。ユーラシア大陸の広大な大地を移動しながら長い歴史を培ってきた中国人と、周りすべて海に囲まれ、常に海という自然と対峙することで生きてきた日本人がその文化や精神性で大きく異なるのは当然であろう。

(左が小清水の海岸。右が摩周湖のもの)

中国と日本は大昔から交流があり、共有する文化も多い。漢字などはそのいい例である。だが同じ漢字を使いながら日本人は独自の読み方を考えた。習慣も全く違うものを育てている。偏った見方であることは承知で、その要因に海と山の違いがあると言いたい。

同じ島国である英国に騎士道というものがある。日本の武士道と極めて近い精神性を持っている。海に囲まれた国だから育った共通の心ではないだろうか。では一方でインドネシアやフィリピンなどではどうして同じではないのか。社会機構の違いがあることはもちろんだが、日本や英国と根本的に違うのは、このアジアの国々は長い間、植民地として支配されていた。この違いが大きい。英国はもちろんそんな歴史はなかった。日本は鎖国という世界史上まれな歴史を持っていたから独自の文化を成熟させたのである。

知識の浅い歴史の教師などは、日本の鎖国時代を暗黒時代であるかのように言う。明治維新を文明開化と評価する。これは基本的に間違っている。鎖国があったからこそ日本文化が熟成されたのであり、今も残る日本的精神が完成されたのである。このことを抜きに語る歴史の教師は勉強不足と言わざるを得ない。

ペリーが浦賀にやってきた時、大砲の二三発で脅せばすべて言いなりなる蛮族の棲む国と判断してやってきたのである。ところが日本人と接して初めて、これは中国などこれまで見てきた国と違うと知ったのである。何よりもその教育度の高さに驚いていた。当たり前だ、江戸時代には寺子屋をはじめ若者を教育する制度は見事なほど充実していたのである。ただ、外国文化と触れていないという欠点はあったがそれはいたしかたないことであった。その分、うちなる文化は爛熟することができたのである。

まさに、江戸時代は決して暗黒の時代ではなく、日本文化熟成の時代であったと解釈すべきなのである。

例によって話が横道にそれてしまった。

潮風に育てられたエゾノシシウドにはなにか日本的な心を感じる。海岸線で見かけたら、こんな拙話を思い出してもらえればありがたい。

(左はたぶんエゾノヨロイグサ、摩周湖にて。右はオオカサモチ、軍馬山にて)

*エゾノシシウドと良く似たものに、エゾノヨロイグサ、エゾニュウ、アマニュウがある。いずれもセリ科シシウド属。エゾノシシウドはセリ科エゾノシシウド属。ちょっと違う。


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2 コメント

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固有種! (numapy)
2011-08-10 11:59:41
小笠原諸島同様、北海道には固有種が多いことに驚きます。ま、大きいとは言え海に囲まれてるので独自の進化を遂げたのが当たり前といえば、当たり前ですが・・。
交雑が少って、固有種が守られてきたの訳ですが、唯一、人間だけが交雑種が多いのは皮肉といえば皮肉です。ま、実は交雑種じゃないんですが、出身地をたどれば本州のさまざまな土地出身に行き当たる。いろいろな文化が交雑してるのが北海道、と感じてます。
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人間はすべて交雑種 (原野人)
2011-08-10 18:20:56
人類に固有種はやはりないですね。というより生物はすべて何等かとの交雑で構成されているのかもしれません。これは地球上の生物の宿命かも。
その観点から言えば、あまり固有種にこだわるのは間違いなのかもしれませんね。
人類みな兄弟と同じように、生物もまた兄弟と思った方がいいかも。
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