原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

黒チョカ

2010年02月26日 09時10分21秒 | 社会・文化
「黒ジョカ」とも言う。黒千代香、黒茶家、黒千代家とも表記される。薩摩焼の黒い土瓶で底が扁平となっている。鹿児島県人ならだれでも知っている器であり、焼酎通にはよく知られているもの。しかし、全国区で知られているかと言うとそうではない。特に北海道では知る人ぞ知る器となる。この黒チョカこそ、芋焼酎を劇的にうまくするすぐれものであり、芋焼酎が苦手と言う人もこれを使えば一度に好きになる神技を持つ器なのである。

私がこれを見つけたのは15年ほど前、小田原の小さな瀬戸物屋であった。埃まみれのガラクタの中に一つだけあった。店の人に訊ねてもあまり理解してなかった。私も知識で知っていたがはじめてであった。鹿児島に行けばいくらでも手に入るものだが、私にはその機会がなかったからだ。
早速、家に持ち帰り試した。この飲み方には作法がある。まず芋焼酎を別の器に入れ、そこに水を足す。鹿児島ではこれを割り水という。通常5対5の割合だが、私は6が焼酎4を水にする。その状態で二日か三日保存する。好みで一日でもかまわない。
すると、水と焼酎がうまくなじんで一つとなる。それを黒チョカに入れ、火にかけ温める。温度は37から38度の人肌。この温め方もコツがいる。本来は囲炉裏の残り火や炭火で温めるのだが、現代生活では簡単にできない。ガスを弱火にしてそっと温める。熱が均等に回るように少しずつ動かしながら温める。極めて手がかかる。小さな土瓶なのですぐに沸騰してしまうので注意が必要となる。
後で分かったのだが、一度沸騰してもそれを冷まして飲めばよい。いわゆる燗冷ましだ。これも十分にうまい。

生で飲む芋焼酎と違って、雑味成分が飛んで芋の甘みと香りがふんわり。口の中にとろりと溶ける感じがする。芋焼酎は苦手という人でもたちまち虜になる味となる。黒チョカが手に入ったならぜひ試してみるとよい。


そのためのポイントがいくつかある。まず割り水に使う水。やはり水道水ではだめだ。天然水、それも軟水がベスト。幸い北海道には天然水が多い。特に摩周の伏流水で知られ道東付近の水がいい。磯分内の「カムイの水」(2008年11月17日のブログ参照)は最適。まさに鹿児島と北海道のコラボで極上酒が誕生する。
もう一つのポイントは、使った黒チョカを洗わないこと。洗わないで使い続けるとますますおいしい味がでる。忘れっぽい私はうっかり何度も洗ってしまい、その都度最初からやり直す羽目になってしまった。

たかが焼酎を飲むのに、ずいぶん面倒なことをと思う人がいるかもしれない。その通りである。だがこれがこれで、なかなかに良い。この飲み方を歩く速度にたとえた人がいる。歩かなければ分からないことがたくさんある。路傍の花の美しさや、柔らかな風の情、鳥の声など。こうした喜びを感じる飲み方だという。まさに名言。黒チョカのひと時はまさにそんな感じなのである。

ただ欠点はある。黒チョカの直径は十センチ弱の小さな器。仲間うちで飲むには小さすぎる。すぐ新しい酒を追加しなければならないからだ。正確には一人に一つの黒チョカが必要になる。つまりこの黒チョカは一人酒用と言える。
一人酒、手酌酒、演歌を聴きながら、という気分で、夜長を楽しむものだと思う。


黒チョカの語源は、注ぎ口が猪の牙に似ているところから猪牙(チョカ)と呼ばれるようになったという説と、酒瓶を中国読みでチュカというところから、琉球と交流のあった薩摩へその言葉が伝わったという説がある。
鹿児島では黒チョカで来客をもてなすという風習があって、どこの家にもある生活に密着した器であったと聞いた。いつか本場で味わってみたい。

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2 コメント

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美味そうだなぁ! (numapy)
2010-02-26 11:53:00
「黒チョカ」はまったく知りませんでした。
何しろ鯨飲だけで来てしまった酒人生、これは取り返しがつかない。もう少し嗜むということを頭の隅に入れてりゃよかった。
「チョカ」は「チョコ」に通じるものと考えたいですね。そのほうが味わいが深くなりそうな気がします。
それにしても、器シリーズ・・・。酒を飲まなかった若き日が信じられないほど、造詣が深い!
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意外に知られてないですね。 (原野人)
2010-02-26 13:37:28
鹿児島では家に必ずあると聞きました。日本は想像以上に広いです。
芋焼酎の独特の香りは残っているのですが、刺激が少ないと敬遠する人もいるようです。要はそれぞれのスタイルで好きに飲むのが実はベストなんです。
そろそろオリジナルの飲み方も考えたいものです。
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