原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

知る人ぞ知る、道東一の名水

2008年11月17日 10時19分08秒 | ニュース/出来事
阿寒国立公園を起点とする道東の各地には「摩周の伏流水」と呼ばれる湧き水がある。摩周湖に溜まった水が長い年月をかけて土壌を通り抜けて、ろ過された天然のミネラルウォーターとなって地表にでてきたものである。自然が生み出した大地の恵みを、昔から我々は手にしていた。近年となるまで、水は日本人にとっては空気と同じで、手軽に自然に手にすることができた。日本という国はまさに水に恵まれた国であったことがよくわかる。数十年ほど前から外国から飲料水が輸入される。ペットボトルの水の誕生であった。水がスーパーなどで売られるようになる。同時に、ミネラルウォーターががぜん注目される。日本でも六甲のおいしい水やアルプスの水などが売られるようになり、今ではミネラルウォーターは買うのが当たり前の時代となった。当時の塩素滅菌で消毒した水道水のまずさが、天然水の販売を加速させたようである。昔の天然水のうまさに戻ったというべきなのかもしれない

欧米でなぜミネラルウォーターが珍重されるようになったのか、その理由についてあまり深く知らずに、そのまま日本で流行したために、日本の水の良さをあまり知らずに飲んでいる人が多い。欧米を旅行した人ならすぐ分かるが、欧米の水道水(中国をはじめとするアジアでも同じことであるが)を日本人が口にすると、大半の人がお腹をこわす。成分が違うのである。ほとんどが硬水で強い塩素消毒により、日本の水道水とは全く違うものとなっている。日本の水の大半は軟水である。軟水は天然のまま飲料水にすることができるが、硬水の場合は飲料用に加工した方が無難な例が多い。欧米でペットボトルが登場した背景にはこうした理由が存在していた。
軟水と硬水の基準を少し述べておくと、ミネラルウォーターにはカルシウムやマグネシウムのミネラル(無機塩類)が含まれており、このミネラルの含有量を示すのが硬度となる。ミネラルが多い水を硬水(100mg/1以上)、少ないものを軟水(100mg/1以下)と呼ぶ。数値の計算は、硬度(mg/1)=(カルシウムmg/1×2.5)+(マグネシウムmg/1×4)となる。

話を北海道に戻そう。道東に数ある摩周の伏流水のなかで、昔からその水質の良さで知られていたのが標茶町磯分内の水であった。知られていたというのは語弊があるかもしれない。知る人ぞ知る、と言った方が正しい。その証拠に、戦前からこの村に砂糖の製造工場(日甜)が建設され(今はない)、現在も稼働するバター製造工場(雪印)が建設されている。話だけ挙げれば、コカコーラの工場建設計画から清酒工場の建設計画までいろいろ登場している。計画は実行されなかったものの、それらはすべて水の良さが要因となって生まれたものであった。天然飲料水ブームにのって、この名水が商品化されたことがあった。砂糖工場の跡地を購入したホクレンが水を売り出した。これがあまりにもお粗末な販売戦略で、見事に失敗している。失敗の要因を挙げれば、きりがないほどある。基本的に水を売るという戦略が全くなかった。まず、いかに優れた水であるかという特徴を少しもアピールしていない。天然の摩周の水というイメージだけに頼っていた。ボトルが2リットルもの一種類しか販売していない。手軽に使う小さなペットボトルの発想など何もなかった。それほど金をかけて工場ラインを造れなかったのであろう。本腰が入っていなかった証拠でもある。なによりもネーミングがまずい。「摩周の霧水」である。大地の恵みである水を、空中に漂う霧と一緒にしていた。たしかに霧に覆われた摩周湖は神秘的なイメージがある。昭和41年に発売されヒットした歌謡曲「霧の摩周湖」のイメージをそのまま利用した名前であった。40年前の歌のイメージに依存するなんて、本当に売る気があったのか疑いたくなるほどである。結果として商品は2007年を持って製造中止。磯分内にあった工場は取り壊されてしまった。

ところが現在、この名水を常用している人が結構いる。村の人は当たり前であるが、車でやってきてタンクに詰めて持ち帰る人がいる。磯分内では天然の水は公園内で湧き出しており、自由に持ち帰ることができるからだ。無料なのである。公園(酪農センター横)の水は冬の間は止まっているが、磯分内市街唯一のレストラン「夢」の店頭には常時水が出ており、ここで自由に汲むことができる。

なぜ名水と言えるのか、その良さについて伝えなければならない。この名水の成分は次のようになっている。カルシウム4.5mg、マグネシウム2.1mg、カリウム0.6mg、ナトリウム5.6mg、硬度20mg/l(摩周の霧水の表示から)。
硬度に関して言えば、南アルプスの天然水が33.1、銘水の旅が123.2、六甲のおいしい水が82.8、など比べても、その軟水度は極めて高い。ヨーロッパの代表的な水であるエビアンが297.5、ヴォルヴィックが50.0、ハイランド・スプリングが157.5となる。これらに比べても磯分内の天然水が「軟水」として大きな特徴を持っていることがよく分かる。

軟水の名水がどのようにいいのか、簡単に説明しよう。まず、この水でご飯を炊くとその違いが明快にわかる。ふっくらした炊き上がりで実においしくなる。電気釜でも素晴らしい味となる。コーヒーや紅茶、緑茶にも効果は明らかとなる。つまり飲料や料理に軟水をうまく使うとぐんとよくなる。硬水はコーヒーの苦みを抑える効果があるという説があるが、苦みや酸味を楽しむのもコーヒーの喜びの要素。軟水の方がはるかにコーヒーを楽しくさせる。お酒が好きな人なら焼酎の水割りや氷にぜひこの名水を使いたい。断然うまい。焼酎が好きでも芋焼酎は苦手という人が多い。本場の鹿児島の風習に割り水というものがある。芋焼酎に水を入れ(割合は好みで5分5分か4分6分)、一晩おいて黒チョカで少し温めて飲む方式である。お客さんを接待する鹿児島独特の習慣である。この割り水に磯分内の水を試してほしい。芋焼酎が苦手の人ががらりと変わる。その例を私はたくさん見てきた。ぜひ試されたい。ただ、スコットランド産のウィスキーには軟水はあまりあわない。味は好みだからすべての人に合わないとは言えないが。私にはそうであった。ウィスキーは硬水を原料としている。マザー・ウォーターという言い方をするが、蒸留所の水がやはり一番あう。ウィスキーにはやはり「ハイランド・スプリング」が一番いい水と言えるだろう。

私なりにこの水に名前をつけている。摩周湖はアイヌの言葉では「キンタン・カムイ・トー」、摩周岳は「カムイ・ヌプリ」。摩周の伏流水であるから「カムイの水」と私は密かに名付けている。カムイの水を使って、世界中のコーヒー豆を味わったり、カムイの水で造った氷で日本中の焼酎を味わうのが楽しみとなっている。仲間が増えることを希望してやまない。

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