北海道ではもうすっかり定番となった商品だ。このトバの売り込みのためにとりあげたわけではない。この商品のネーミングに注目したのだ。いつからこの名前で登場したのか、私は知らない。気付いた時には、売られていた。当然ながら、この名前は演歌歌手「鳥羽一郎」をもじったものであるし、メジャーで大活躍のプロ野球選手「イチロー」を意識して名付けられたもの。商品を目にするたびに、思わずニヤリとしてしまうのは私だけではないだろう。これがどれほどの売り上げをあげたか知るところではないのだが、発売以来かなり経過しており、それなりに効果があったことは予測できる。
ネットでも販売しているので全国的に知られているのではないかと思う。だが、この商品が登場した時以来今日まで、演歌歌手やメジャーリーガーからクレームがついたという話は聞いてない。明らかに有名人に便乗した名前でありながら、一種の洒落として好意的に受け止められていることがうかがわれる。
一方、思い出すのは、昨年に話題となり、ついに裁判沙汰となった「白い恋人」と「面白い恋人」のネーミング論争だ。「とばイチロー」との違いは、どこにあるのだろう。二つを見比べてみると、実態が分かる。
とばイチローは「鮭トバ」という原点があり、そこから名前から生まれている。つまり「トバ」という必然性のある名前が出発点となっている。トバの連想が実在の人の名前につながった。明らかに便乗ではあるが、そこには人物を否定したり、悪いイメージをもたらす意思はあまり感じられない。「鮭とばイチロー」というネーミングで、商標登録も認められた。商標登録は、同じ分野の似たような名前は認可しない。食品分野に同じような名前がなければ、問題はない。こうして特産商品が誕生した。
面白い恋人はどうであろうか。誰が見ても白い恋人のパクリであることは明白。しかもパロディ化して、先行商品を茶化す意思が見える。つまり、先行の白い恋人を揶揄する「毒」も感じられる。これを認めてしまうと、白い変人や赤い恋人などなど、パロディ化の歯止めは当然効かなくなる。しかも面白い恋人の決定的な問題は、同じ食品分野で登場させたということである。当然ながら商標登録は認可されなかった。それでも発売元の吉本興業は関西地区だけという限定販売だからという理由を付けて売り出した。大阪人はこうした毒のある名前や商品に反応する。徐々に売れだしてしまった。そしてついに関東圏へと販路を広げる。これが、訴訟の要因になったのである。
吉本興業は石屋製菓の訴えを受け裁判で争う構えを見せている。これは訴訟になって話題になればなるほど、自社製品が売れるという読みもあるからだ。大阪商人の嫌な根性も感じられる。割を食うのはひょっとすると石屋製菓の白い恋人かもしれない。
どうも、吉本興業の戦略にのせられたような気がする。できるだけ早めに示談で解決した方がいいのかもしれない。このまま続けると、ダメージを受けるのは、白い恋人の方ではないのだろうか。そこらへんも大阪商人は想定しているような気がして、いっそう嫌な気分となる。
本来、パロディは本家を毒して分家が得をするような要素がある。パロディの元となる方が割を食うことが多い。悪意を持ってやればなおさらである。どうも最近の商売は「質」が悪くなってきているようだ。儲かるなら何をしてもいいと言う、何でもありの精神が見え隠れする。本来、洒落や笑いというのはもっともっと上質なもので、落語の人情話ほどの味があっていいもの。商売っ気が強すぎる現代は、いつのまにか人の迷惑も関係なしで突き進むようになってしまった感がある。最近の関西のお笑いが下品すぎて笑えないのも、そんな原点をなおざりにした風潮があるからなのでないのだろうか。ヤクザとの交流で芸能界から去ったはずの芸人の復帰話がもう出始めている。関西人よ、もう少し謙虚になった方がいい。
オリジナリティの問題を言う人もいる。白い恋人も、冬季オリンピックの映画「白い恋人たち」をもじったものだから、偉そうに言うなと反論したコンサルタントがいたが、これは明らかなる間違い。商標登録でも何の問題もなかったし、論点がズレすぎている。こんな暴論は無視してかまわない。白い恋人はお菓子の名前として、そしてトバイチローも鮭トバの名前としてみごとにオリジナルティーを確立している。
*トバとは本来棒状の堅い鮭の干物。とばイチローはスライスして食べやすくした商品。この点でも工夫されている。トバは「冬場」と書く。北海道をはじめ東北、新潟の名物でもある。トバとはアイヌ語の「群れる」という言葉からつけられたという説があるが、定かではない。古くから北国の冬の食糧であった。あんがい、トバは縄文言葉(アイヌ語ではない)かもしれない。
こういう奴らに中国の偽ブランド云々を言う資格はない。同列です。鮭トバイチローは許せるけど、面白い恋人は許せない、という人が多いのも面白ノリと悪ノリの違いを理解しているオトナだからでしょう。感心したのは、北海道にはなかなかネーミングの名手が多いということです。これは文化になりうる。
蛇足ですが「吉本ノリは不味いノリ」というのはいかが?
悪ノリの関西お笑いはこれ以上は限界のような気がします。いままでは、毒も笑いにとりいれる貪欲さが買われていましたが、そろそろ飽きられているのでは。テレビの視聴率に明確に表れているようです。若者のテレビ離れの要因もここにあるような気がします。もっとも視聴率だけがテレビの生命線とは思わないですが、一つの指針であるとは思います。