原野の言霊

風が流れて木の葉が囁く。鳥たちが囀り虫が羽音を揺らす。そのすべてが言葉となって届く。本当の原野はそんなところだ。

日本が日本でなかった時があった。

2012年12月18日 08時15分47秒 | 社会・文化

 

この旗がどこの国のものか、分かる人がこの日本にどのくらいいるだろう。これは「日の丸」を掲げることを許されなかった時代の日本の国旗だった。ポツダム宣言を受託し、戦艦ミズーリ―で降伏調印を行った日(194592日)からサンフランシスコ講和条約が発効した日(1952428日)まで、日本は連合国の占領下におかれ、日本国家としての主権を失っていた(政治の統治権のみは日本政府が有していた)。当然「日の丸」は拒否された。残念ながら、この当時を詳しく解説することを避けてきたのがこれまでの日本であった。日の丸を拒否された占領下という時代に、日本人の心の奥に「独特の史観」が生まれ、それが今も影響しているように感じてならない。

 

この時代の詳しい歴史を学校の授業ではほとんど学ばなかった。たぶん、今もそうであろう。私は当時をほとんど知らぬままに大人になり、ずいぶん後になって少しずつ知った次第である。同時にこの占領下時代に構築されたものが、現在の日本に色濃く残っているという事も強く感じている。

日本を占領統治したのは連合国軍最高司令官司令部。いわゆるGHQ。本当のところ、アメリカ軍一国の主導であった。彼らの最大の目標は日本という国をいかに弱らせ、二度と連合国に逆らうことのないようにするか、であった。日本国民のためになるかどうかなどは、二の次であることは誰にでも分かる。

剣道や柔道は武力増強につながると言って、学校の授業から排斥され、6・3・3・4の教育制度への改革も旧制高等学校によるエリートの増強を抑える目的があったと聞く。映画や歌謡曲もチェックを受ける。焼野原を背景にするのは連合国の残虐さを表現するから駄目。赤城の子守唄は軍国主義に通じるという理由で禁止となったとか。なんとも奇妙な理屈だが、すべてGHQの思い通りになる日本作りを目指していたからに他ならない。残酷で非道な旧陸軍が強調され、子供たちに飴を配るやさしいアメリカ軍のイメージが強調された。すべてその後の統治を楽にするためであった。

なかでも重要だったのが日本国憲法の制定だった。非軍事化や財閥解体、農地改革などを提唱する日本人も過去にはいた(北一輝など)が、それらは参考にされることなく、GHQの意図通りに日本憲法が設計された。日本人のための憲法ではなく、かれら占領国にとって都合のよい憲法である。その憲法はいまだ継続して日本に存在している。

自衛隊が誕生したのも、日本のためではない。当時、朝鮮半島では北朝鮮と韓国との戦争が勃発していた。アメリカは日本にも連合国の一員として参加させようとした。だが、自分たちが押し付けた憲法が邪魔をする。そこで警察予備隊などという意味不明なものをつくらせた。これが現在の自衛隊である。憲法に違反するあいまいな軍隊組織が生まれてしまった。朝鮮戦争に出かけなかったのは吉田茂(当時の首相)が策を弄して反対したから。アメリカもかなり甘かった。

GHQの最高司令官であったマッカーサーは当初から日本を農業国にするつもりであった。これは自らの著書でも認めている。理由は日本をアメリカの市場とするためであった。そのための農地改革であった。大地主から土地を買い上げ小作人に配った。小規模農家の運営をフォローするために生まれたのが農協(JA)である。いつしかこれが大きな既得利権の巣窟となってしまった。

最も力を入れたのが教育制度。GHQが作った憲法を国民に浸透させるために制定したのが教育基本法(2006年に抜本改正済みだが、再改正の必要がある)である。これを押し進めるために日教組が組織された。初代代表は羽仁五郎。GHQにより獄中から生還したマルクス主義歴史学者であった。憲法改正反対、9条を守るという宗教的な信条はここが出発点であった。その後のこの組合の活動は今さら言うまでもないであろう。

GHQは当時のマスコミにも強烈な情報統制をおこなった。プレスコードによって軍国主義的なるものの排斥を押し進める。言論の自由を発しながら、GHQ批判は許さず、平和愛好的なものは奨励するというもの。米軍兵士による犯罪(婦女暴行)などの記事は当然のように規制された。意図は明確であった。さらには、戦時中の日本軍の非道を繰り返し報道させ、国民の贖罪意識を増幅させた。日本を二度と戦争に向かわせないという名目で、GHQが意識的にやらせたことであった。日本を弱らせろという役割をマスコミにも担わせていたのであった。いつの間にか日本のマスコミはそれが基本精神となり、平和推進の番人かのような存在となっていった。理屈抜きで争いを避ける不思議な論陣や、時には日本より外国のための社説ではと思うものが登場するのは、こうした過去の歴史を下敷きに考えると理解できる。GHQの影が未だ蠢いているかのようだ。

 

日本が日本でなかった時代に執られたGHQの政策が、半世紀をはるかに過ぎたというのに厳然とその影響力を維持して残っている。戦後67年に及ぶ時を、日本人はなにをもがいてきたのだろうか。忸怩たる思いが募る。

 

 

1216日衆議院議員の総選挙が行われた。自民党の圧倒的な勝利。というより民主党の大惨敗という結果であった。34カ月に及んだ民主党の政権運営にたいする国民の評価がでたのであろう。同時にこの3年という期間は、日本人が日本のためにどうするべきであるかを再認識した期間でもあったのではないだろうか。

新たな政権交代を目の当たりにして、ふと、占領下において奪われた主権を半世紀を過ぎてようやく取り戻す機会を得たような気がした。また、そうならなければ意味はない。消費増税、TPP、原発も確かに重要だが、それ以上に大切なことがある。真の日本を構築するための未来への第一歩が始まったと考えたい。戦後はようやく終わるのかもしれない。

 

*「日の丸」の代わりに用いられたのは日本商船管理局のもの。これが国旗として使われていた。


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2 コメント

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駆け抜けた68年! (numapy)
2012-12-18 13:48:04
「警察予備隊」というのを、何故か分らないけどよく覚えてます。募集ポスターが近所の自転車屋にかかってた。
何か胡散臭いものがあったんでしょうね。
国旗の件は知りませんでした。ルース・ベネディクトの日本分析が各所に巾を聞かせてますね。教育についても宗教教育を禁止したのはきっと「菊と刀」が元になってるんでしょう。ここでも暗躍した“有識者”と“日本政治家”がいるんでしょうね。
さて、日本は今後どうなるんでしょう?景気は?教育は?外交は?問題山積ですからねぇ…
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すべてこれからです。 (genyajin)
2012-12-18 14:51:16
日本はいつまでも戦後の殻を尻につけて世界を生き抜く時代から脱皮すべきです。国連にはいまだ日本とドイツは敵国条項に入っているのです。馬鹿げているとしか言いようがありません。そろそろ脱皮です。
たしかに日本には多くの難問がありますが、戦後を脱皮できれば、必ず解決すると思います。安倍新総理の誕生はそのワンステップです。
わたしも、来年は少しばかり動き出そうかと思っています。
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